「K A R Y Y N」と一致するもの

ZOMBIE-CHANG - ele-king

 もちろん終電前の話だ。ぜんぜんひとがいない。ちらほらとなにか炭火のようなものはくすぶっているにもかかわらず、その熱をすくいとる主体がいないのである。4月7日にはじまり5月25日までつづいたあの奇妙な空間は、当然ある種の不穏さもはらんでいたわけだが、誤解を恐れずに言えばとにかく、ただただ美しかった。
 わかりやすいビジネス活動の多くが停滞し、しかし広告だけは煌々と光を放ちつづけ、ふだんなら人混みに埋もれて視界に映し出されることのない数百メートル先のアスファルトを照らし出している。あんな渋谷の、あんな東京の光景を目撃することはおそらく、もう二度とないだろう。ずっとここにいたいと、そう思わせさえする強度を持った風景が、たしかにあの時間、あの空間には広がっていた。

 2010年代初頭~前半、yukinoiseさんから聞いた話によれば、男に媚びない原宿系ファッション雑誌のブームが終焉に向かい、インスタが流行しはじめたころに登場してきた(元)モデル/シンガーソングライターのゾンビーチャングことヤン・メイリンは、当時わんさかいたモデル兼DJのようなひとたちのなかで頭ひとつ抜けた印象だったという。ルーツがパンクにあるからだろうか、たしかに彼女の表現からは、「頭よすぎてバカみたい」(“なんかムカツク”)のように、ふつうなら見落としてしまいそうなことに気づける感度の高さがうかがえる。
 ファースト(2016)とセカンド(2017)で独自のインディ電子ポップ路線を確立、サード・アルバム(2018)でバンド・スタイルに挑戦した彼女は、4枚目となる本作『TAKE ME AWAY FROM TOKYO』で心機一転、大いにクラブ・ミュージックの要素をとりいれている。

 まずは非常事態宣言発令にともない公開された冒頭 “STAY HOME” を再生してみてほしい。「トイレットペイパーどこ?」と笑いを誘う、しかし現実的にはまったく笑えないフレーズが、ぶりぶりのベースラインのうえを転がっていく。海外とは異なり、日本からはなかなかパンデミックを踏まえた表現が出てこなかったが、それをやるのがゾンビーチャング、というわけだ。
 先行シングル曲 “GOLD TRANCE” によくあらわれているように、303と808の音色がこのアルバムの方向性を決定づけている。なかでも目覚まし時計の脅威がユーモラスに歌われる “SNOOZE” のエレクトロは際立っていて、もっとこのラインを攻めればいいのにとも思うが、ほかにもコーヒーとタバコのリラックス効果に着目した “CAFFEINE & NICOTINE” やフランス語で「知らん」「わからん」と繰り返される “JE NE SAIS PAS”、シューティング・ゲームから着想を得たという “RESPAWN” など、ダンス・ミュージックから影響を受けたトラックが数多く並んでいる。

 きわめつきは “TAKE ME AWAY FROM TOKYO” だろう。レイヴィなシンセが疾走するこの表題曲は、ひとまずは都会生活のなかにふと訪れるさびしさを描いているんだろうけど、他方で二人称の「あなた」は未知のウイルスやいいかげんな政体を指しているようにも聞こえる。「諦める時間はないさ/駆け抜ける時間もないから/どこにいてもおなじならば/考えてもしかたないさ」。ゆえに、東京から連れ出してほしい、と。つまりそれは逆に、そうやすやすとはこの状況から抜け出せないことを物語ってもいる。翻弄された東京の虚無?
 この曲の放つ情感は、あの日のスクランブル交差点に似ている。無数のネオンが照らし出していたのは、一部の人びとの意識にくすぶるこのアンビヴァレントな「連れ出してくれ」の怨霊でもあっただろう。ゾンビーチャングはその怨霊たちにいま、声を与えようとしているのかもしれない。すべてではないにせよ、2020年の東京のリアルのひとつがたしかに、ここには描き出されている。

関西酒場のろのろ日記 - ele-king

大阪、京都、そして神戸と飲み歩き、関西の酒文化と出会う

処女作『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』が5刷りの大ヒットで大いに注目されているライターのスズキナオが、関西の文化と酒を通してゆっくりと出会っていく様を綴った滋味あふれるエッセイ集。関西のディープな酒場ガイドとしてもたのしめる一冊です。

目次

まえがき

第一章 大阪の酒場
 大阪に引っ越してきた自分を迎え入れてくれた酒──大阪市北区中津「大阪はなび」「大衆酒場いこい」
 まだまだ知らない大阪があると思わせてくれる酒──大阪府大東市「リカーショップおおひがし」、大阪府東大阪市「食笑」
 東京から来た友達を迎えて朝から飲む酒──大阪市北区・天満「但馬屋」
 道路脇で分厚いマグロを食べながら飲む酒──大阪市都島区・京橋「とよ」
 東京でしか飲めないと思っていた酒──大阪市中央区・淀屋橋「江戸幸」
 あべのハルカスのふもとで体温を感じながら飲む酒──大阪市天王寺区・天王寺「種よし」「半田屋 アベノ地下センター店」

大阪酒日記その1──天満~中津~新今宮~中津~京都~西九条~立花

第二章 大阪の酒場 その2
 欲望のエネルギーを感じる酒──大阪ビル酒めぐり「大阪駅前ビル」「上本町ハイハイタウン」「船場センタービル」
 いつも少し緊張する西成あたりの酒──萩ノ茶屋「難波屋」
 大阪駅に一番近い “街” で飲む酒──梅田・「新梅田食道街」
 今まで入れなかった店に入って飲んだ酒──三人で力を合わせる「三本の矢」飲み会
 観光気分で難波のたこ焼きを食べ歩いて飲む酒──大阪市中央区・難波たこ焼き食べ歩き飲み
 気ままな「ガシ」の空気を感じて飲む酒──堺市堺区・「溝畑酒店」「平野屋精肉店」

大阪酒日記 その2──十三~大阪城公園~心斎橋~神戸~中津~大正~南田辺~京橋~新神戸~我孫子~京都

第三章 京都と神戸の酒場
 時間の流れと一体化する酒──嵐山「琴ヶ瀬茶屋」
 急こう配を登った先で飲む酒──神戸山茶屋めぐり「布引雄滝茶屋」「滝の茶屋」「旗振茶屋」「燈籠茶屋」
 生活感まる出しの京都を味わって飲む酒──京都駅周辺角打ちめぐり
 歩いているだけで嬉しくなる町の酒──新開地ハシゴ酒

大阪酒日記その3──新神戸~京都~日本橋~新今宮~新開地~中津~西中島南方~新今宮~京都~梅田~京都~十三~今宮戎

第四章 酒場以外で飲む酒
 どんなにお金がなくてもここなら飲める酒──大阪市北区・梅田「風の広場」
 大阪で生きていることを実感させてくれた酒──大阪市此花区西九条周辺「玉や」「金生」
 不安な日々の中で深呼吸をしながら飲んだ酒──大阪市都島区「大川の川辺」

大阪酒日記その4──新今宮~京都~梅田~京都~十三~今宮戎

あとがき対談(スズキナオ+パリッコ)

著者
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ” お酒』(イースト・プレス)がある。

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晩酌わくわく! アイデアレシピ - ele-king

「若手飲酒シーンの旗手」が厳選、日々の晩酌をちょっと楽しくする面白レシピの数々!

ウェブメディアをはじめ、雑誌にテレビにと引っ張りだこ酒ライターが、長年にわたり探求してきたレシピから特に反響のあったもの、オススメできるものを集めた一冊。遊び心あふれる実験レシピに10分で作れる簡単おつまみ、自宅での定番メニューからオススメの調味料紹介まで、気軽に真似したくなるおもしろレシピを一挙紹介!

目次

まえがき
パリッコの定番レシピ
酒蒸し法
しょっパフェ
実験レシピ
調理器具を楽しむ
フィーリングカレー
枯れごはん
とっておきごはん
オリジナルドリンク
愛しの調味料たち
あとがき対談(パリッコ+スズキナオ)


著者
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー、他。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『晩酌わくわく! アイデアレシピ』(ele-king books)『天国酒場』(柏書房)『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)『ほろ酔い!物産館ツアーズ』(ヤングキングコミックス)『酒場っ子』(スタンド・ブックス)『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、スズキナオ氏との共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)『“よむ”お酒』(イースト・プレス)『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)『酒の穴』(シカク出版)。

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RMR - ele-king

 トラップで飽和しつつあるUSのヒップホップ・シーンに彗星の如く現れたアノニマス・ラッパー RMR の正体を知る者は、いまだ誰ひとりとしていない。名を Rumor (発音:ルーモア)と読む彼がデビューしたのは今年のはじめ、2020年2月に遡る。それから半年ほど過ぎたいまも、アトランタ出身、現在はロサンゼルスを拠点に活動するおおよそ23~24歳くらいの青年といった基本的なプロフィールしか明かされておらず、素顔やバックグラウンドはすべて金色の刺繍が施された黒いスキーマスクの下に覆い隠されたまま。昨今の世界的なパンデミックの影響で、ライヴ等のリアルなパフォーマンス経験もほとんどしたことがない新人ラッパーがリリースしたEP「DRUG DEALING IS A LOST ART」は、自身が決してただ者のアノニマスではないという揺るぎない真実をしかと見せつけた作品である。

 謎多き RMR について語りえる唯一のことは、彼は甘く優しい歌声の持ち主だということ。本作のラストを飾る7曲目 “Rascal” は、カントリーバンド・Rascal Flatts の名曲 “Bless The Broken Road” のメロディーラインを奏でるピアノと共に、その見事な歌唱力を初披露した記念すべきデビュー・シングルである。ゴリゴリのギャングスタそのものでしかない見た目とは裏腹の甘い歌声が描くリリックはというと、「F**k 12, F**k 12, F**k 12……」と薬物取引にかけつけた警察官や麻薬捜査官を意味するスラングが繰り返されるいたってハスリンな内容。ここまでくると、一見強烈な第一印象とはちぐはぐの楽曲かと思いきや、裏の裏は表であるように、実は最初に抱いたイメージこそが正しかったのかとも思えてくる。目と耳が混乱してしまいそうな演出がなされた同作のMVも迫力満点で、噂という意味のワードを冠したその名の通りバイラル・ヒットしたのも納得の仕上がりだ。

 昨年のUSヒップホップ・シーンにて、同じくバイラル・ヒットしたカントリー・トラップ作品 Lil Nas X “Old Town Road” 以降の波を感じさせるスタイルで、抜群の歌唱力とリリシストとしての実力を発揮した本作には、Westside Gunn や Migos の Future、Lil baby、Young thug といった、現在のヒップホップ・シーンを語るには欠かせないアーティストがゲスト参加。1st EP にもかかわらず大物ラッパーたちが出揃ったことで、RMR という人物はアンダーグラウンドのいち若手ではなく、シーンではかなりやり手のゴリゴリな業界人、もしくは誰かのプロジェクトなのでは? なんて考えがふと頭をよぎる。憶測が憶測を呼ぶかのような本作の見どころならぬ聴きどころは、作品中盤に位置するソロ曲の5曲目 “SILENCE” だ。酩酊状態特有のぬるりとしたハイがじわじわと伝わってくるリリックに、浮遊感漂う壮大でありながらもどこか心地の良いトラック、そして本作全体に響き渡るかのような美しい歌声が重なったこの楽曲は、ドラッグやフレキシンでハスリンなネタを含むいわゆるトラップらしい楽曲が並ぶ中で、群を抜いて際立っている。

 「目ではなく、耳で音楽を聴いて欲しい」と、アノニマスとして活動する理由を明かす RMR の匿名性は、多少業界臭さはあれど本作でさらに度を増し、覆面の下に潜む実力と信念をたしかに裏付けた。だが、作品全体を通し描かれているのは、前述のようにトラップ・ミュージックあるあるな要素が点在する普遍的なストーリーと主張のみで、彼を知る手がかりや糸口はどこを探しても一切見当たらない。そのせいか、はたまた際どいタイトルのせいか海外では軒並み低評価を喰らっている。正直なところ、自分も多少拍子抜けした節はあるし、トラップは好きでもシーンに蔓延するドラッグ・カルチャーや、ましてや薬物取引に対して肯定的ではない。それでもなぜか惹かれてしまうのは、あえて素性を隠しつつありふれたこと(ヒップホップ、トラップの中では)をしっかりと確立したスタイルで表現し、ストレートでありながらも聴きこむごとに様々な解釈もできるといった、耳で音楽を聴かせる力が作用しているからであろうか。やはりは RMR はただ者ではなさそうだが、はたして彼は一体何者なのか?
 そしてこれからどのような作品を生み出していくのだろうか、いつの日か正体を現すのだろうか。今後も彼の活動からは目と耳が離せない。

「音楽はただの音楽だ。政治を持ち込むな」
 Ele-kingのようなメディアの読者であれば、すでにこの声明には反対している可能性が高いだろう。
 2020年という惨憺たる年が、世界中の人びとの人生をこれまでにないほど揺るがし続けるいま、この考えをさらに推し進め、問いかけてみる価値がある──「そもそも音楽は、政治的でなくても妥当性があるのか?」と。

 第一に、“政治的”が何を意味するのかを少し考えてみる必要がある。政治はしばしば、“問題(イシュー)”や“アクティヴィズム(行動主義)”の同義語として(たいがい否定的な意味合いで)、政府や社会の問題に直接の関与を示唆する言葉として理解される。例えば、ビリー・ブラッグ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやラン・ザ・ジュエルズなどの一部の音楽は、たしかにその意味では政治的である。しかし音楽は、人間の生活や経験──人間関係、日々の葛藤、仕事、友人、家族との関係などについて語っている時点ですでに政治的であり、これらのすべてのことが労働時間、ジェンダー的な役割、給与などへの目に見えない政治判断という形で影響を受けているのだ。メインストリームか、アンダーグラウンドであるかの違いは、単純に文化の支配的な美学や価値観によってどの場所を占めているかということで、政治的なのである。人が何かを政治的なものにしたくないと言う場合の本当の意味は、単に政治的な関わり合いについて、深く考えたくないということだ。

 しかし多くの人は、政治が生活におよぼす影響について考えている。身の周りで目にする恥知らずな正義の欠如と、不正を実行した権力者たちが招いた重大な結果に、責任を負わないことに激怒している。この春、安倍首相が法制度を自分の身内で固めようとしたことで噴出した激しい怒りと、シンガーのきゃりーぱみゅぱみゅがこの問題をめぐりツイッターで安倍首相を批判した投稿を、あっという間に削除するよう追い込まれたスピード感は興味深いものだった。これは、国全体の関心を引く政治的に大きな意味合いを持つ問題だったが、エンタメ業界は制度的にこのような感情に反応することができなった。

 COVID-19の危機により、政治は我々の方に押し出され、目の前に突き付けられた。コンビニに徒歩で行くこと、行き交う歩行者たちのマスクの使用状況をチェックすること、歩道を通る際にスペースを確保すべくうまく通り抜ける術、我々の愛する音楽をサポートするため、ライヴ会場に出かけていくかどうかの判断などはすべて、我々の生活への政治の介入なのだ。この危機はまた、世界中の不平等や不正をあぶり出し、パンデミックにより人種的マイノリティが立場の弱いサービス業を不均衡に押し付けられた影響から、Black Lives Matter運動への重要な筋道をつけた。

 音楽そのものから、またはアーティストのオフィシャルな声明を通じて、その感情と関わりを持つということは、音楽の役割の一部だと思う。それは社会として我々がどう考え、感じるかということで、個人としてのみならず集団としての自分を見る鏡であり──我々が独りではないということを教えてくれる。メインストリーム(主流派)が無能であると、その役割はインディーズやオルタナティヴ・シーンが担うことになる(そうでなければ、彼らはいったい何から独立したのか?何の代わりなのか?)。

 UKチャートで成功を収めたストームジーやスリーフォード・モッズのようなインディーズ・バンドの破壊的な台頭は、人びとの日常生活における政治と結びついた時の音楽のパワーを示している。

 Black Lives Matterのようなものは、アメリカの問題であって、日本の問題ではないように見えるかもしれない。これには議論の余地はあるが、仮にそうだとしても、それが社会に提起する、人種、民族、ジェンダー、セクシュアリティや社会的背景などによって、どのように人を受け入れるか除外するかという問題はここにも存在し、解決していくべきことだ。大きな問題であれ、個人的な相互関係であれ、我々が特に考えもせずに踏襲する社会的慣習こそ、芸術による探究を必要としている最たるものだ。音楽には、これらの問題について考える社会的責任があるばかりでなく、音楽は表面的にどうであれ、“あるべき姿”を当たり前に思わないことで、より豊かにはなっても、陳腐にはなりにくいものなのだ。

 芸術と政治の関係性は、別の意味でも重要だ。ラディカルな思想やオルタナティヴ・カルチャーの創造性と未来へのヴィジョンを伝える能力を制限するような制度の壁が、数多く存在する。単純にメディア側の風景も、それらの独立した声が挑戦しようとするのと同じ方向で利益を得て、成長を遂げてきたからだ。個人である彼らのパワーは、コンサート、集会、ソーシャル・イベント(社交的な催し)や会合などで集まって、声を上げる能力にある。しかしCOVID-19は、その能力を破壊する。中国は香港でのロックダウンを利用して、抗議活動に野蛮な一撃を加え、ドナルド・トランプは、来るアメリカの大統領選で、人びとが安全に投票できる方法を制限するよう、公然と郵政サービスを利用している。

 賭け金(リスク)は低く、はるかに暴力的ではないが、オルタナティヴ・ミュージックのカルチャーも、それなりに、これらの力の影響を受けている。今回のパンデミックは、文化を生き永らえさせるための、人びとが集うこと、口コミのネットワークや物理的なミーティング・スポット(集合場所)をも奪ってしまった。ただでさえ、メディアの所有権の問題、タレントの事務所の影響力、Spotifyのアルゴリズムなどで、幅広い議論や言説からは除外されているにも関わらずだ。パンデミックによってもたらされた制約のなかで、どのように組織化し、情報発信し、声を大きくしていくかということは、芸術および政治の分野の、相互的な緊急課題であるべきだ。

 もっとも個人的なレベルでは、根底に政治的な意識があるだけで、ラヴソングのようなパーソナルなものさえも豊にし、ありふれたものとしてではなく、リスナーにフレッシュな方法で感動を届ける一助になる。より広い社会的なレベルでは、アーティストが日常生活における政治的な問題に直接取り組む自由を感じている場合、音楽は人びとがすでに抱える不安や怒り、懸念などと結びつき、未来へのより楽観的な可能性を明確に表現することができる。純粋に現実的なレベルでは、政治活動と創造的なカルチャーは同じ障害の多くに直面しており、それらを乗り越えるためのツールの構築などで、お互いに助け合えるはずなのだ。その意味では、「音楽は政治的でなくても、妥当性を維持できるのか?」という問いかけでは不十分なのかもしれない。むしろいま、私たちが問うべきは、「音楽は政治的でなくても、存在できるのか?」ということなのではないだろうか。


Saving Music with Politics (Saving Politics with Music?)

by Ian F. Martin

“Music is just music. Leave politics out of it.”

If you’re reading a magazine like Ele-king, there’s a strong chance you already disagree with this statement. But as this disastrous year of 2020 continues shaking up lives around the world in ever more ways, it’s perhaps worth pushing this idea further and asking, “Is music even relevant if it’s not political?”

Firstly, we should think a little about what we mean by “political”. Politics is often understood as synonymous with “issues” and “activism”, words that suggest (often with negative connotations) some direct engagement with matters of government and society. And some music, whether Billy Bragg, Rage Against the Machine or Run the Jewels, is certainly political in that sense. But music is also already political in the sense that it talks about human lives and experiences — relationships between people, their daily struggles, navigating work, friends, family: all these things are invisibly influenced by political decisions that affect working hours, gender roles, salaries. The fact of being mainstream or underground is political simply by virtue of occupying one place or another in relation to culture’s dominant aesthetics and values. When people say they don't want something to be political, what they usually mean is simply that they don’t want to think about its political implications.

But many people do think about how politics touches their lives. They are enraged by the shameless lack of justice they see around them and the total lack of consequences for the powerful purveyors of those injustices. The flood of anger that erupted this spring at Prime Minister Abe’s attempts to stack the legal system with his allies was interesting, as was the speed at which the singer Kyary Pamyu Pamyu was pushed to erase her Twitter criticism of Abe over the issue. This was a specific issue with big political implications, attracting wide engagement across Japan, but the entertainment industry is institutionally incapable of reflecting those sorts of feelings.

The COVID-19 crisis has pushed politics right up to our front doors and pressed it against our faces. The act of walking to a convenience store, the assessments we make over fellow pedestrians’ mask usage, the negotiations we make over space as we pass on the sidewalk, the decision over whether to go out to a venue and support the music we love — that’s all politics intervening in our lives. The crisis has also accentuated inequalities and injustices around the world, with an important thread of the Black Lives Matter narrative coming from the pandemic’s disproportionate affect on racial minorities and the inequalities that push them into vulnerable service jobs.

Whether through the music itself or an artist’s public statements, engaging with those feelings is part of music’s role though. It is part of the landscape of how we think and feel as a society; it’s a mirror that lets us see not just ourselves individually but also collectively — it shows us that we aren’t alone. And when the mainstream is incapable, that role falls to the independent or alternative scenes (because if not, what are they even independent from, an alternative to?) The UK chart success of acts like Stormzy and the subversive rise of indie bands like Sleaford Mods shows the power music can carry when it connects to the politics of people’s daily lives.

Something like Black Lives Matter may seem like an American problem and not really a Japanese issue. This is debatable, but even if we take it as true, the issues it raises about society and how we include or exclude people based on their race, ethnicity, gender, sexuality or social background exist here and deserve to be untangled. Whether in big issues or personal interactions, the social conventions we follow without thinking about are the ones most in need of exploration by the arts. It’s not just that music has a social responsibility to consider these matters: it’s that music, regardless of what it’s about on the surface, can be richer and less prone to cliché, when it doesn’t take “the way things are” for granted.

The relationship between the arts and politics is important in another way too. There are numerous institutional barriers that limit radical thought and alternative culture’s ability to communicate their creativity or visions for the future simply because media landscapes have grown up around the same interests that those independent voices seek to challenge. Their power instead lies in the ability to gather together and amplify their voice — whether in concerts, meetings, social events or rallies — but COVID-19 disrupts that ability. China took advantage of the lockdown in Hong Kong to strike a savage blow against the protest movement there, while Donald Trump is openly using the postal service to restrict people’s ability to vote safely in the upcoming US election.

While the stakes are lower and far less violent, alternative music culture too, in its own way, is affected by these forces. The pandemic has closed down people’s ability to gather, the word of mouth networks and physical meeting spots that keep the culture alive when it is already locked out of wider discourse by media ownership, talent agency influence, Spotify algorithms. The matter of how to organise, disseminate information and amplify voices under the restrictions brought on by the pandemic should be a matter of mutual urgency to both artistic and political spheres.

On the most intimate level, an underlying political awareness can enrich something as personal as a love song, helping it slip free of clichés and touch listeners in fresh ways. On a broader social level, artists feeling a greater freedom to directly address the politics of our daily lives can help music connect to the anxieties, anger and concerns people already have, as well as help articulate more optimistic possibilities for the future. On a purely practical level, political activism and creative culture face many of the same obstacles and could could well look to each other for help building the tools to help overcome them. In that sense, perhaps asking if music can retain its relevance without politics is not strong enough. Perhaps instead, we now need to be asking, “Can music even exist if it is not political?”

Various Artists - ele-king

 ジョージ・フロイド事件から1ヶ月も経たない6月22日に〈プローディガル・サン〉という聞きなれないテクノのレーベルから『Black Lives Matter Compilation』というアルバムが出たので、仕事が早いな〜と思って聴いてみると、全13曲、どれひとつとしてブラック・ミュージックの影響を受けていない曲ばかりだった。これにはいささかたじろいでしまった。その時はふたつの解釈ができると思った。ブラック・ライヴス・マターというワードを利用して自分たちに注目を集めようと思ったか、もしくは今回のブラック・ライヴス・マターにはブラック・ミュージックに影響を受けていないミュージシャンやプロデューサーにも賛同者を集めるほど力があったということ。もしかするとその両方だったのかもしれないし、それこそ正解はわからない。そして、そのような多義性を許さない確固としたブラック・ライヴス・マター支援のアルバムをつくったのは〈プラネット・ミュー〉だった。わざわざ〈ミュージック・イン・サポート・オブ・ブラック・メンタル・ヘルス〉というレーベルが設立され、それがそのままタイトルとなったチャリティ・アルバムが7月3日にリリースされている。どこにも〈プラネット・ミュー〉とは記されていないので、主体はBEAMやブラック・スライヴといった支援団体が集まって設立したレーベルなのかもしれないけれど、マイケル・パラディナス夫妻を筆頭に同アルバムの8割近くを〈プラネット・ミュー〉の契約プロデューサーとその周辺の人脈が占めていることを考えると実際の制作は〈プラネット・ミュー〉が動いたとしか思えない。オープニングはスピーカー・ミュージック、続いてリアン・トレナー、J・リンやエルヴェに混ざって〈プラネット・ミュー〉からアルバムが予告されているジョン・フルシアンテはポリゴン・ウインドウみたいな曲を提供。ボクダン・レチンスキーやビアトリス・ディロンといった〈ミュー〉以外のプロデューサーではウラディスラフ・ディレイとAGF(このふたりも夫婦)もテンションの高い曲を提供し、とくに今年すでに4枚のアルバムをリリースしているウラディスラフ・ディレイは飛び抜けた出来の曲を提供している。逆に言えば最後の方にまとまっている〈プラネット・ミュー〉の新人らしき3組の曲をカットして全25曲にすればかなりな名盤であり、〈プラネット・ミュー〉が現在、何度目かの絶頂期にいることを刻印した傑作となったことだろう。しかし、チャリティ・アルバムというのはそういうものではない。『Music In Support Of Black Mental Health』は訴えている──世界的な黒人嫌悪による心理的なダメージから彼らが立ち直れる手助けをしたい、と。日本でも大坂なおみに対するバッシングの言葉がこんなに強く大量に出てくるとは思わなかったし、大阪や渋谷で行われたブラック・ライヴス・マターのデモに向けられた言葉の数々もひどかった。おかげで『Music In Support Of Black Mental Health』は身近な問題として聴くことができるアルバムとなった。あまりに内容が良いため、聴いている理由を途中で忘れそうになってしまうけれど。
(編注:三田氏のこの原稿は、大阪なおみが全米オープン優勝/決勝戦前に書いています)

 同じくチャリティ・アルバムで内容的によく出来ていると思ったのが『Nisf Madeena(半分都市)』。レバノンで起きた爆発事故の犠牲者を支援するためのもので、チュニジアの音楽雑誌「Ma3azef」が発行元。ディーナ・アブドルワヒドがブレイクして以来、チュニジアのクラブ系もエジプトやウガンダに続こうという気運の表れという面もあるのだろう。『Nisf Madeena』は多くがアラブ系のプロデューサーで占められ、キュレーターもブルックリンのマスタリング・エンジニア、エバ・カドリ(Heba Kadry)が務めている。彼女もエジプト系で、ジェニー・ヴァルやホーリー・ハーンドンの仕事で知名度を上げた存在。坂本龍一、ビーチハウス、ビヨーク、バトルズ……と、そのリストはどこまでも続く(飼っている犬の名前はイーノ!)。オープニングはなぜかチリ系のニコラス・ジャーで、怒りに満ちたオープニングの『Music In Support Of Black Mental Health』とは対照的に、静かに悲しみが浸透していく始まり。リスナーをレバノンの事故現場に招き寄せ、最初はそこで立ち尽くすしかないという気分にさせる。2曲目から4曲目にかけてユニス、イスマエル、ズリとエジプト勢が続き、甲高いパーカッションの響きがどれも耳に残る。続いてケニヤ(現ウガンダ)のスリックバックは意表をついてザラついたインダストリアル・ドローン。直前にリリースされた『Extra Muros – Kenya』でも作風の幅を一気に広げていたので、この人はいま、いい意味で予想がつかない注目のプロデューサーとなっている。イタリアからスティル(ドラキュラ・ルイス)による妙なブレイクビーツを挟んで再びエジプトのアヤ・メトワリィによるアラビック・チル・アウト。ガーディアンに「謎」と評された才能で、あの強烈なヴォイス・パフォーマー、ダイアマンダ・ガラスの弟子だそうです。アル・ナセルはパレスティナのヒップ・ホップ系、インダストリアル色を薄めたディーナ・アブドルワヒドに続いてブルックリンからファーティン・カナーンによる瞑想的なチャンバー・ポップ、さらにはロンドンからエジプト系イギリス人のFRKTLが60年代風のハードなエレクトロアコースティックをオファー。ほかにバーレンのサラ・ハラスやクウェートで育ったファティマ・アル・ケイデリ(生まれはセネガル、現ベルリン)による様々な種類のアンビエントと、アラビック・クラブ・ミュージックの様々な位相が存分に楽しめ、最後は爆発のあったレバノンからとても平穏なチル・アウトというアンサー(?)も。レバノンの爆発事故はそれ以前から続いていたインフレの責任を取る意味もあって現政府が退陣するほどのインパクトだった。爆発に巻き込まれた人だけでなく、生き残った子どもたちのPTSDも深刻だそうで、『Nisf Madeena』の収益はベイルートの様々なコミュニティに届けられるそうです→https://simsara.me/2020/09/03/ma3azef-nisf-madeena/。それにしてもカルロス・ゴーンはスゴいところに逃げたよなー。そして、世界中の人が彼のマネをしてマスクをすることになるとは思わなかっただろうな……。

photo gallerly - ele-king

 バンクシーだけではない、コロナ禍のロンドンではグラフィティ、ストリート・アートが盛ん(?)。以下、坂本麻里子さんが送ってくれた写真をシェアします。


庶民のみなさん、前方、政治家にご注意を。


こんなでかでかと書かれてしまっては警官もたまったものではないですな。


これはマスク姿がインパクトありのカマール・ウィリアムスのポスターです。

ちなみにこれはエレキング臨時増刊号『コロナが変えた世界』の表紙候補だった写真、「コロナ・フューチャリズム」です。

Marihiko Hara - ele-king

 旅は情け人は心。去る6月に3年ぶりのアルバム『PASSION』をリリースした京都の作曲家、原摩利彦だが、同作から新たに “Via Muzio Clementi” のMVが公開されている。
 映像には1968年に撮影された素材が用いられており、ノスタルジーを誘う当時のローマやロンドン、パリ、ベルリンなどの風景は、旅することの困難な現在、彼方への想像力を大いにかきたててくれる。アルバムを〆る同曲の美しいピアノとも相性抜群です。

原 摩利彦
1968年に撮影された世界の風景映像を用いた
MV「Via Muzio Clementi」を公開。
原の祖父母が8mmフィルムに収めた旅の記録。
好評発売中の最新作『PASSION』に収録!

京都を拠点に国内外問わずポスト・クラシカルから音響的なサウンド・スケープまで、舞台・ファインアート・映画音楽など、幅広く活躍する音楽家、原摩利彦。6月にリリースされた最新作『PASSION』より、原の祖父母が1968年に海外旅行にでかけた際、8mmフィルムに残した世界各国の風景の映像を合わせた「Via Muzio Clementi」のMVが公開された。

原 摩利彦|Marihiko Hara - Via Muzio Clementi
https://www.youtube.com/watch?v=0z5bQerLCCc&feature=youtu.be

 曲名の由来となっているローマなど各国の都市を移動していく映像からは、当時の人々の飾りのないあたたかな日常が垣間見られる。そして一つ一つの風景を逃さないようカメラを構えていたであろう祖父母の感情まで感じられることができる。

ーーーMV 《Via Muzio Clementi》に寄せてーーー

 幼少の頃、祖母はリビングの壁にミノルタ社の小さな映写機でスライドフィルムを投影して、海外の風景を何度か見せてくれた。これらのフィルムは祖父母が1968年に海外旅行にでかけた際に撮影したもので、医師だった祖父の視察旅行でもあったらしく、医療施設の写真も何点かある。フィルムの入った箱には鉛筆で訪れた地名————モスコー、ロンドン、パリ、ベルリン、ローマ、ナポリ、コペンハーゲン、アムステルダム、ジュネーブ、ニューヨーク、ロス、ホノルル————が書かれていた。

 昨年、KYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭2019)のアソシエイテッド・プログラムで何十点かのフィルムと、私が近年録音した音の旅の記録をミックスした展覧会を開いた。壁に投影した写真は、1968年の世界への窓のような気がして「Window」の語源の「Wind Eye」という言葉をタイトルにつけた。この展覧会の準備中に見つけた8mmフィルムをデジタル化して、初めて私は祖父の動いている姿を見た。どうやらライカのカメラは主に祖母が、8mmカメラは祖父が撮影していたようだ。生涯で一度だけの大旅行を少しでも多く残しておきたいと思ったのだろう。

 この曲は、アルバム『PASSION』の仕上げを兼ねて2019年夏に滞在したローマのアパートで作曲した。タイトルはそのまま滞在地のムツィオ・クレメンティ通り(「Via Muzio Clementi」)としている。風でゆれる白いカーテンと外光の差し込む落ち着いた部屋で仕事をして、史跡をめぐり、おいしいものを食べるという幸せな時間を過ごした。

 今年の夏は旅に出ることは叶わなかったが、半世紀前の旅の記録と旅の途中で作った音楽を合わせることができた。次の旅にでられるまで、去年はいなかった新しい家族とともにゆっくり待とうと思っている。

原 摩利彦

 本楽曲を収録する待望のソロ作品『PASSION』は、好評発売中! 心に沁みる叙情的な響きの中に地下水脈のように流れる「強さ」を感じさせる、原の音世界がぎゅっと詰まった全15曲を収録。マスタリングエンジニアには原も敬愛する故ヨハン・ヨハンソンが残した名盤『オルフェ』を手がけた名手フランチェスコ・ドナデッロを迎えており、作品の音にさらなる深みを与えている。また、購入特典として録り下ろしのスコット・ウォーカーの名曲「Farmer In The City」カヴァー音源をプレゼント。

森山未來出演のMV「Passion」公開中。
https://www.youtube.com/watch?v=1FeL0js8nB0

京都ロームシアターで行われた単独公演「FOR A SILENT SPACE」より、全4本のパフォーマンス映像が公開中!
https://www.youtube.com/watch?v=O2SOwZX_Bsk&list=PL6G4a22hEl9mivtKUdgCkLGb7nxZaozdl&index=2&t=0s

label: Beat Records
artist: 原 摩利彦
title: PASSION
release date: 2020.06.05 FRI ON SALE

国内盤CD BRC-619 ¥2,400+税
購入特典:「Scott Walker - Farmer In The City (Covered by Marihiko Hara)」CDR

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10963

【発売中!】
https://song.link/marihikohara
TRACKLISTING:
01. Passion
02. Fontana
03. Midi
04. Desierto
05. Nocturne
06. After Rain
07. Inscape
08. Desire
09. 65290
10. Vibe
11. Landkarte
12. Stella
13. Meridian
14. Confession
15. Via Muzio Clementi

 電子音楽の銀河系のずっと隅っこの広大な闇の彼方に、しかしひとつだけ眩く星があるとしたらそれがシルヴァー・アップルズだ。それは幻想的でありながら、牧歌的だった。90年代にシルヴァー・アップルズが広く再発見されたとき、時代の異端児による隠れ名盤というのも気が引けるほど、リスナーは至福の宇宙旅行──夢のようなオプティミズムに喜びを覚えていた。あのころはソニック・ブームが率先して、それを当時のサイケデリック・ロックの文脈に当てはめもしているが、やはりシルヴァー・アップルズの銀紙に包まれた1968年のファースト・アルバムがはなつ微笑ましいまでの異彩は、あの1枚にしかないものだった。

 それはまだ電子音が装飾的ないしはノベルティ的にしか使用されない時代において、楽曲における中央にその響きを持ってくるという、いわばもっとも初期型のエレクトロ・ポップであり、初期型のスペース・ロックでもあった。
 自家製の電子機材を手にしたシメオン・コックスがドラマーのダニー・テイラーといっしょに録音したアルバムには、この時代のロック・バンドの常識ではあり得ないことがふたつあった。ひとつはギター・サウンドがないこと。もうひとつはバックの演奏は電子音とドラムのみという構成だったこと。ものごとの価値観が大きく揺れていた1968年、舞台はボヘミアンたちのメッカたるニューヨークのイーストヴィレッジだったとはいえ、クワフトワークとスーサイドが生まれる2年以上前のことだ(シメオン・コックスは当時、ジミ・ヘンドリックスとセッションもしている)。

 わずか2枚のアルバムを残して解散し、長らくは歴史から消えたシルヴァー・アップルズだが、80年代後半のスペースメン3以降のサイケデリック・リヴァイヴァルのなかで再発見され、あるいはディープ・リスナーでもあるヤン富田の紹介によって日本でも広く知られるようになった。スペースメン3解散後のソニック・ブームによるバンド、スペクトラムは、1996年にシルヴァー・アップルズのセカンド・アルバム『Contact』の収録曲“A Pox On You”をカヴァーすると、1999年には復活したシルヴァー・アップルズ(シメオン・コックス)との共作によるアルバム『A Lake Of Teardrops』も発表している。他に例えばステレオラブも明かに影響を受けているし、ファンのひとりだったアンドリュー・ウェザオールは復活後(そして最後のアルバムとなった『Clinging To A Dream』収録)の曲“The Edge of Wonder”のリミックスを手掛けている。
 シメオン・コックスが永眠したのは去る9月8日、82歳だった。コズミックでありながら、どこかほのぼの系でもあった彼の音楽は、ふだんは荒んだ心でもあっても、それが開かれたときに素晴らしい旅を約束してくれる。この先も変わることはないだろう。

Special Interest - ele-king

 パンクの時代だ。酔狂なのはスリーフォード・モッズムーア・ジュエリーぐらいだと思ったら大間違い。まずはニューオリンズの4人組、スペシャル・インタレストからいこう。いまもっともラディカルなバンドのひとつ、彼らは・彼女らは……、喩えるなら、そう、ストーンウォールの暴動・ミーツ・CRASS・ミーツ・レイヴカルチャー・ミーツ・ロングホットサマー。え、そこまで言えるのかと、まあたしかに箱庭的なポップスやニューエイジに慣れ老化した耳には刺激が強すぎるかもしれないけれど、このきつい時代をギリギリのところでなんとか生きている人、あるいはまた、音楽が矮小化される以前の記憶をお持ちの方には待ち望んでいたもののひとつだろう。彼らはぶっ飛んでいて、大きい。
 とはいえ、スペシャル・インタレストは過去のいかなるラディカルたちとも違っている。2018年のデビュー・アルバムの1曲目、“Young, Gifted, Black, in Leather” が、その曲名からわかるようにニーナ・シモンの魂(=反白人至上主義/『別冊ブラック・パワー特集』を参照)にリンクしながら、彼らはパラダイス・ガラージにおけるアナーキーな夜の女王たちにも通じている。
 “Disco”と名がつく曲がすでに3つもあるこのバンドは、パンクであり快楽主義者だ。つまりヴォーカリストのアリ・ログアウト(この社会からログアウトする──素晴らしい芸名!)という強烈な個は、インダストリル・ハードコア・サウンドと同化して、激怒と愉楽を両立してみせている。ログアウトはすべて──人種、ジェンダー、再開発、貧困──に怒っているが、と同時にどこかでふざけてもいるのだ。
 「私は街が滅びるのを見る/ガラクラからそびえ立つ、ケバケバしい高級マンション」“All Tomorrow's Carry”
 「急速に崩壊する甘く腐った臭い/クソが私の1日を強いる」“With Love”
 「ソドミー・イン・LSD! ソドミー・イン・LSD!」“Disco Ⅲ”
 荒々しく、野暮ったいハードコア・テクノ的なトラックもログアウトのパンク・ヴォーカルによって鮮度を取り戻し、そして間違いなく、スペシャル・インタレストがいま重要なバンドのひとつであり、『The Passion Of(の情熱)』が重要作であることをわからせている。まずはさあ、ログアウトだ。


Bob Vylan

PunkGrime

Bob Vylan

We Live Here

Venn Records


bandcamp

 さて、“イングランズ・ドリーミング”とはセックス・ピストルズの“ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン”の歌詞の一節(イギリスが夢見ているようではno future)だが、いまや“イングランズ・エンディング”だと。スリーフォード・モッズとバッド・ブレインズとの出会い、グライム・ミーツ・パンクなどと説明されるロンドンの2人組、ボブ・ヴィレイン(ボブ・ヴィランではない)の登場。本作『We Live Here』はセカンド・アルバムで、タイトル曲はボブ・ディランが17分もある例のシングル曲を発表したときにリリースしたとか。
 “Lynch Your Leaders”(リーダーをリンチにしろ)とか、直球で威勢のいい曲が並んでいるが、なかには自助(セルフ・ヘルプ)をうながす“Save Yourself”なんて曲もある。彼らが非白人の移民であることも大きいのだろう。少なくとも福祉国家たるイングランドに彼らはいないようだ。まあ、日本も自助社会に向かっているよね。ちなみに、魅力的な曲のひとつである表題曲の“We Live Here”は、次のようなナレーションではじまる。「ここは美しい場所だった/あんたらがここに来るまでは」


 君はアフリカからグラインドコアやスピード・メタルが生まれるなんて、想像できるだろうか。ウガンダのレーベル〈Nyege Nyege Tape〉からケニヤのナイロビのメタル・シーンで活動する2人(Martin Khanja、Sam Karugu )によるバンド、Dumaのファースト・アルバムは、驚くべきことに90年代半ばぐらいのボアダムスを彷彿させる。いったいこれは何なのか……アフリカだというのに(いや、だからこそ?)凍てつくような、とんでもないカオスが広がっている。そんな彼らが影響を受けたバンドは、スロッビング・グリッスル、ブラック・フラッグ、マイナー・スレット、カート・コベイン、XXXテンタシオン、ボブ・マーリー……、そしてなんとDJスコッチ・エッグ(インタヴューで、彼のことは神だと言っている。おそるべしスコッチ・エッグ)。
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