「K A R Y Y N」と一致するもの

あのときは君は何を聴いていたのか

パンデミックの最中、音楽からトレンドは消え、部屋のなかで音楽作品は深く聴かれた
Deep 音楽リスナー15人の記録と200枚のアルバム

小山田圭吾/五木田智央/EYヨ
ジム・オルーク/デリック・メイ

松山晋也/水上はるこ/星野智幸
高橋智子/増村和彦/大塚広子
Chee Shimizu/Mars89
長屋美保/大前至/高橋勇人
三田格/後藤護/杉田元一
松村正人/野田努

目次

野田努 / 序文にかえて──世界からトレンドが消えたときに音楽を体験すること
EYヨ インタヴュー (松村正人)
小山田圭吾 インタヴュー (野田努)
松山晋也 / 人生のサウダージ
水上はるこ / 真夜中にニール・ヤングを聴く
星野智幸 / ベランダで口笛ライブを
三田格 / 今夜も飛沫ぶし
増村和彦 / ホームリスニングのサイケデリアを求めて
大塚広子 / 空腹に効く
Chee Shimizu / 徒然ならぬ世界と音楽と私の関係
Mars89 / サウンドトラックの旅
長屋美保 / 閉ざされたモンスター・シティに沁みる音
大前至 / 記憶を辿りながら現在を見る
高橋勇人 / ロックダウン・ダイアリー
高橋智子 / 耳を塞ぐための音楽
デリック・メイ インタヴュー (野田努)
五木田智央 インタヴュー (松村正人)
後藤護 / そもそも〈ホーム〉って何?
杉田元一 / 2020年120時間の旅 
松村正人 / 符牒と顕現
ジム・オルークの10枚

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169 - ele-king

 シンガー・ラッパー、そしてプロデューサーとしても知られるUKのアーティスト「169」(ワン・シックス・ナイン)が、キャリア2枚目となるミックステープ「SYNC」をリリースした。UKの有名プロデューサー「169」の力強いメロディセンスに唸らされる一枚だ。

 昨年は 169 にとって、プロデューサーとして大躍進の1年だった。マーキュリー賞を受賞したアルバム Dave 『Psychodrama』の楽曲プロデュース、Headie One のキャリアを大きく変えた大ヒット曲 “18 HUNNA feat. Dave” の制作、Netflix で公開されている「TOP BOY」のサウンドトラックを担当するなど、UKラップのメインストリームな楽曲を多く制作している。彼の過去作を紐解いていくと、アトモスフェリックなシンセ、隙間の多いミニマルなトラック構成、芯のあるピアノのメロディといった個性に気づく。グライム・UKラップがメインストリーム化する中で、彼の作家性はシーンのトレンドに大きな影響を与えているということ改めて感じる。

169のプロデュースワーク
Headie One - 18 HUNNA feat. Dave

 ソフトなタッチのピアノから始まる 1. “Slide for Me” は、Dave の “Screwface Capital” を彷彿とさせるビターな雰囲気を醸しながら、169の甘く優しい歌声が映える。2. “No Fears” では、グライム初期からラッパー兼プロデューサーとして活躍する Wretch 32 をフィーチャーし、アフロビーツを昇華したミニマムなビートとピアノに乗せる。

 3. “Cocoabutter” ではサックスや女性ヴォーカルのサンプルを織り交ぜたトラックが素晴らしく、169 との歌声との重ね方に聞き入ってしまう。アルバムの中盤の、UKソウルのシンガー「ジャズ・カリス」を迎えた 4. “Crazy” や、ラッパー「Jaiah」を迎えた 5. “Millies” といったコラボレーションでは、むしろ 169 は一歩下がって客演の存在感が一層映える楽曲になっている。

 アルバムの後半では、6. “Respect” は暖かなトラックの上で女性に対するジェントルな一面を見せると、その後2回転調し不穏なビートに変わっていく。アトモスフェリックなシーケンスは、The Weeknd や Drake 周辺のR&Bを彷彿とさせる。ラッパー「KNGWD」を迎えた 7. “Over Me”、ベースラインの重ね方が美しい 8. “The Way” で、24分のミックステープは幕を閉じる。

 作品全体ではラヴソングがほとんどで、トラックの作り込みのうまさに耳を惹かれる曲が多い。曲自体は短いものの展開はきちんと作り込まれており、聞き応えがある曲が多かった。また、客演している若手アーティストの個性も存分に映えている。今後は 169 のプロデュース・スキルを存分に発揮したフルスケールのアルバムにも期待したいところだ。

Kenmochi Hidefumi - ele-king

 今年はまだ半分なのでこの先どうなるかはわからないけれど……とりあえず2010年代で音楽的に最もエキサイティングな年は2013年だった。ベース・ミュージックが急拡大した年であり、個人的にはFKAトゥイッグス、DJニガ・フォックス、スリーフォード・モッズとの出会いが決定的だった。2016年も充実した作品は多かったけれど、2013年は全体の動きにどこか関連性があり、うねりのようなものが楽しめた。これには理由があるだろう。ひとつはシカゴ発のジューク/フットワークが他のジャンルに浸透するだけの時間が経ったこと、そして、2012年にメジャーで斬新なダンス・ミュージックが3曲もメガ・ヒットとなり、アンダーグラウンドに妙な刺激を与えたから。アジーリア・バンクス“212”、サイ(Psy ) ‎“ Gangnam Style(カンナム・スタイル)”、バウアー“Harlem Shake”がそれぞれ痒いところを残してくれたために、反動や継承が入り乱れて独特なカオスに発展していったのではないかと。ロンドン・パンクの主要キャラクターはそのほとんどがベイ・シティ・ローラーズについて何かしら発言していたのと同じくで、「あんなものが!」とか「あのように……」と、どっちを向いていいのかわからない感情が渦巻き、破壊と創造が一気に加速したようなものである。2013年はまた、M.I.A.やスリーフォード・モッズ、ロードやチャンス・ザ・ラッパーなど政治的なメッセージや皮肉だったりが急に吹き出したような年だったことも強く印象に残っている。「#BlackLivesMatter」というハッシュタグが世界を駆け巡った年だったのだから、それは当たり前かもしれないけれど。

 水曜日のカンパネラが「桃太郎」で時代の寵児となったのが2014年。2年遅れではあるけれど、“212”や ‎“Gangnam Style”と同じく「桃太郎」はヒップ・ハウスであり、“Harlem Shake”のバカバカしさを踏襲している点で、この曲は「2013年」ではなく「2012年」と同じ性格を持ったヒット曲だと僕は考えている。少なくとも「メジャーで斬新なダンス・ミュージック」として受け入れられ、翌年にはKOHHが注目を集めるという流れになったことは間違いない。アジーリア・バンクスはご存知のように精神を病み、RZAのプロデュースが決定していたのにラッセル・クロウのホーム・パーティで騒ぎを起こしてご破算となり、サイが一発屋で終わりかけていることも周知の事実。あるいは“212”は新曲ではなく、レイジー・ジェイ“Float My Boat”(09)にラップをのせたもので、よほど儲かったのか、レイジー・ジェイの2人はその後はほとんど仕事をしていないという意欲のなさも際立っている。メジャーでヒットを飛ばすというのはかくも恐ろしいというか、「ネクスト」の壁は高い……高すぎるのである。なかでは“Harlem Shake”がEDMのプロトタイプとなり、現在もほとんどその枠組みは守られたままだという呪縛にかけられているバウアーが懸命にそこから遠ざかろうとしている姿は様々なことを考えさせる。彼の最新作『PLANET'S MAD』はなかなかいいし、レーベルが〈ラッキー・ミー〉というのはめっちゃ渋い。直前にはヒップ・ハウスの注目株、チャンネル・トレスと“Ready To Go”をリリースするという意欲も見せている。しかし、僕はメジャーにはメジャーの役割りがあり、アンダーグラウンドにはアンダーグラウンドの意義があると思っているので、メジャーで踏ん張れない人がマイナーに活路を見出すのは少し違うと思っている。覚悟の種類が違うだけであって、アンダーグラウンドはメジャーの予備軍ではないし、坂本龍一が『B-2 Unit』をリリースした時、メジャーで堂々と売られたことを覚えているということもある(大事なのは態度であって結果ではないと『ローロ」でベルルスコーニも孫に話していたではないか)。ケンモチ・ヒデフミに僕が求めてしまうのも、だから、そこである。彼が主宰する〈kujaku club〉はシャンユイ(Xiangyu)のようなアジアのポップ・モデルも出しているのだから、レーベル・マスターに対する期待はなおさらである。

 『たぶん沸く〜TOWN WORK〜』というタイトルは……スルーしよう。エゴイスティックなギャグをさらっとかますケンモチ・ヒデフミのことだから深い意味があるのかもしれないけれど……。オープニングはひょうきんなセンスとスカしたムードを密着させた“Bring Me Joy”。目の前にクラブの照明がパッと点灯した感じ。続いて音の変形を楽しむように“Lolipop”が陽気さと背中合わせの切なさを同時に呼び込み、ダンスフロアにいたら予期せぬ孤独感を突きつけられただろう。“Neptune”も同じく、騒がしさや忙しさがどこにもたどり着かず、水曜日のカンパネラと同じく無国籍サウンドでありながら、ここが日本であることを強く意識させる。『PM2.5』や『Folding Knives』をリリースしてきた上海のスウィムフル(Swimful)に似てるような気もするけれど、ケンモチには個人が感じている寂しさを突き抜けて周囲にそれが共有されていくといった浸透圧はない。むしろダンスフロアで孤立しているような感覚が増幅し、それどころか「触ってはいけない孤独」という感覚は“Bombay Sapphire”にもまったく衰えずに受け継がれ、陽キャと隠キャに引き裂かれたような二重性はどんどん深刻さを増していく。ベリアルがベースメント・ジャックスに作風を乗り換えたような錯覚にも陥り、ある種の病的な感受性がポップに昇華されているようで個人的にはこの曲がベスト。偶然なのか、スウィムフルにも“Sapphire”と題された曲があり、やはりアジアの孤独が強く滲み出した曲となっている(スイムフルの“Fishaerman’s Horizon”はどことなく“上を向いて歩こう”を思わせる)。続いてインタールード風の“TukTuk Yeah”(トゥクトゥクはタイの3輪タクシー?)と“Whistle”。そして、後半のハイライトとなる“Midnight Television”へ。アフロをモチーフとしたジューク/フットワークで、神経症的に反復されるヴォイス・ループがむしろゲットーから遠く離れたジューク/フットワークであることを印象づける。太平洋を越えてついに日本に着地したな、というか。

 水曜日のカンパネラから雑味、すなわちコムアイを取り除くと、こんなにもシャープな響きになるのかとは思うけれど、『たぶん沸く〜TOWN WORK〜』はケンモチ・ヒデフミの世界観が水カンのそれと拮抗するにはちょっとサイズが短すぎる(EPだからしょうがないけど)。エンディングはきちんとした歌詞が歌われていれば新たなポップ・フォーマットを確立できそうな“Masara Town”。“Bombay Sapphire”とはまた違った意味でメロウネスを表現した佳作である。ケンモチ・ヒデフミはなにか、どこかの扉の前に立っていることは確か。もしかするとケンモチの醸し出す孤独感は嫌われることを恐れていて、そのことと表裏の関係にあるのかもしれない。そこが食品まつりのような劇的な存在感とは異なっている理由ではないだろうか(食品まつりの『ODOODO』もよかったですね)。同じアジアでもジューク/フットワークをアブストラクに処理した上海の33EMYBWなどは、もっと強迫的なアプローチが印象に残り、同じように収録時間の短いアルバムでも確実に方向性とそのインパクトを印象づける。せっかく中国や東アジア全体に広がるベース・ミュージックとは異なった緻密さやソフィスティケーションを有しているのだから、ケンモチ・ヒデフミには狂ったようにそれを突きつめてほしい。もう一度言う。ケンモチ・ヒデフミはなにか、どこかの扉の前に立っていることは確か。もっと強く、その扉を押してくれ。

vol.128:迷惑な花火ブーム? - ele-king

 7月4日はアメリカの独立記念日。本来なら野外でBBQし、ビーチではライヴショー、元気いっぱいのパレード、ネイサンズのホットドッグの早食いコンテスト(104回目)、恒例メーシーズの花火を楽しむところだが、今年はショーはなし、早食いコンテストは未公開の場所でオーディエンスなし、メーシーズの花火は6日前の6月29日からはじまっていた。今年は大きな花火を一回にドカンと上げるのではなく、毎日夜9時から10時の間の5分間、場所を変え数日かけて上げるという、コロナ・パンデミックを意識して行われたものだった。グランドフィナーレの7月4日は、この美しい花火を見て(例えオンラインでも)、心が救われた人は多かったはず。

https://gothamist.com/arts-entertainment/macys-july-4th-fireworks-light-empire-state-building-illegal-fireworks-explode-citywide

 なのだが、私がいたブッシュウィックのルーフトップではメーシーズの花火がどれだったかわからないくらい、違法花火が上がりまくっていた。夜の8時頃から深夜3時過ぎまで、花火がずっと上がり続けるのだ。一度に50箇所ぐらいたくさんの場所で上がるので、どこを見たら良いのか。
 ニューヨークでは花火は違法なのだが、6月あたりから毎日のように花火が上がり続けている。ペットたちは怯えるし、人は夜、騒音で眠れないと苦情も絶えない。花火は好きだが、こんなに毎日見ているとありがたみも無くなってしまう。アパートの前のプレイグラウンドで花火を上げている人もいたし、隣のルーフから花火を上げている人もいたし、間違ってこっちに飛んでこないかとビクビクしていた。なぜこんなに花火がNYにあるのだろう。こんなに間隔もなく上げれるのは、かなりの量の花火を持っているということだが、今年はエンターテイメントもないのでその反動なのか。
 リッジウッドの住人は、彼女のアパートから外を見ていたとき、ひとりの男性が交差点で花火に火をつけ、そのまま車で走り去ったというし、知り合いは抗議活動のときにランダムな人から花火をあげると言われたらしい。この日すべての花火を使い尽くし、次の日から花火のないNYになればと切実に思う。

https://gothamist.com/news/nearly-two-dozen-arrested-nyc-illegal-fireworks-guns-alligator-carcasses

 NYでは7月6日から第3段階:レストラン、飲食サービス、ホテルがオープンする。レストランの中での飲食は延期されたが、引き続きアウトドアでの飲食は大丈夫ということで、レストランやバーの前はテーブルと椅子、パラソルなどが置かれ、歩行者天国状態になっている。マンハッタンはまだまだゴーストタウン状態だし、アメリカでの感染率は増えている。
 ショーもまだまだだが、レストランで食事ができるのが切実に嬉しいし、NYは再オープンに向けて着実に進んでいる。まだ、家にいる時間が長いが、花火でストレスを解消するのではなく、違うことに目を向けてほしいものである。この夏、ライヴストリーミングからアウトドアショーに移行できることを期待して。

【編注】トランプ大統領も、独立記念日の演説でど派手に花火の打ち上げを強行しました。

interview with Mhysa - ele-king


Mhysa
Nevaeh

Hyperdub / ビート

PopExperimental

Tower

 どこまでも素朴なまま、さりげなく尖っている。けっして頭でっかちなわけではない。自然体でちょっと実験的──近年エレクトロニックなブラック・ミュージックの文脈で、そういうアーティストが増えてきている。道を用意したのはおそらくクラインだろう。フィラデルフィア(からブルックリンへ引っ越したばかり)のミサも、そのタイプの音楽家だ。
 2017年にラビットの〈Halcyon Veil〉からリリースされたファースト・アルバム『Fantasii』は、浮遊的な声とシンセの残響がすばらしい宝石のようなアルバムだった。3年ぶりのセカンド・アルバム『Nevaeh』は、ポップさを携えつつも、よりエッジィさを増している。“sad slutty baby wants more for the world” における声の反復や “w_me” の打撃音、“Sanaa Lathan” のキャッチーなコードや “brand nu” の天上的なハープなど、聴きどころはたくさんあるが、とりわけ注目すべきは “ropeburn”、“breaker of chains”、“no weapon formed against you shall prosper” の3曲だろう。ぎりぎりまで音数を減らした余白あふれる空間のなかで、ドローンや鈴、電子音がつつましげにヴォーカルと並走していくさまは、まるで沈黙それ自体が歌を歌っているかのようで、息を呑むほど美しい。しかも、それらがジャネット・ジャクソンやナズ&ローリン・ヒル、シャーデーのカヴァーだったりするから驚きだ(元ネタはそれぞれ “Rope Burn”、“If I Ruled The World”、“It's Only Love That Gets You Through”)。
 もっとも耳に残るのは、そして、二度にわたって挿入される “聖者の行進” のメロディである。「天国」の逆読みを題に冠した本作、その鍵を握るのはこの黒人霊歌~ルイ・アームストロングのカヴァーであるにちがいない。聖者が街にやってきたら、わたしもその列に加わりたい──そう彼女は語っているが、はたしてその真意とは? 〈Hyperdub〉が満を持して送り出すミサ、本邦初のインタヴューを公開。

セインツが来て平和になり、世の中のすべてが良くなる。わたしはそれを待っている。そして、彼らが来てくれるなら、そのなかに入りたい(笑)。一緒にいま世の中で起こっている問題と戦って、より良い世界をつくりたいと思うの(笑)。

まずは「Mhysa」の発音を教えてください。

ミサ(Mhysa、以下M):「ミサ」って読むのよ。

音楽活動をはじめることになったきっかけはなんでしたか?

M:活動をはじめたのは25歳くらい。まわりにミュージシャンの友だちが多くて、彼らがすごくサポートしてくれた。彼らと一緒に演奏するとき用に名前もつけてくれたり。スーパーヒーローのキャラクターみたいな名前にしたかったのよね(笑)。なにかと戦えるような名前を考えたの(笑)(註:「Mhysa」は『ゲーム・オブ・スローンズ』のキャラクターの愛称に由来)。子どものころは、教会の聖歌隊に入ってた。学校でも聖歌隊で歌っていたし、母親も歌っていたし、祖父も楽器を演奏して歌っていた。歌は、聖歌隊と母親から学んだの。

以前あなたは〈NON〉のいちばん最初のコンピ『NON Worldwide Compilation Volume 1』(2015)にチーノ・アモービとの共作で参加していました。その後〈NON〉からはEP「Hivemind」を出してもいますね。

M:エンジェル・ホがわたしをレーベルに紹介してくれて、あのコンピに参加する機会をつくってくれた。チーノと出会ったきっかけもエンジェル・ホよ。エンジェル・ホとはオンラインで知り合ったんだけど、そのときはチーノのことはぜんぜん知らなかった。わたしがフェイスブックにクレイジーなスピーカーの写真をポストしたんだけど、それをエンジェルが見て、「何それ!?」って反応してきて(笑)。そこから話しはじめて、その流れで「曲をつくるのか?」って聞かれたから、わたしのサウンドクラウドを教えたの。そこからコラボするようになった。チーノとは1曲だけだけど、エンジェルとはチーノとよりも作業しているわ。

今回〈Hyperdub〉からリリースすることになった経緯を教えてください。

M:前のレーベルが「じぶんたちは小さいレーベルだから、次のレコードのために、もう少し大きいレーベルに移ったほうがいい」って勧めてくれたんだけど、2018年の秋にヨーロッパをツアーしているとき、〈Hyperdub〉からアプローチがあって、彼らの「ゼロ(Ø)」パーティでプレイしないかというオファーがきたの。そこから彼らと話すようになって、わたしの新しいプロジェクトの音楽を聴いてみたいと彼らが言ってくれて、アルバムのリリースが決まったのよ。みんなほんとうにいいひとたちで、あのレーベルは大好き。ディーン・ブラントとか、ファティマ・アル・カディリとか、長年尊敬してきたアーティストがたくさん所属してるのも魅力。だから、コード9がわたしの音源を気に入ってくれて信頼してくれたのはほんとうに嬉しかったわ。彼ってほんとうにすばらしいひとだし、アーティストが活動しやすいよう居心地をよくしてくれるの。彼はわたしのメンターみたいな存在。

もっとも影響を受けたアーティストを3組あげるとしたら?

M:「もっとも!」って難しすぎる(笑)! いま出てくる名前は、R&Bシンガーのブランディとジャネット・ジャクソンね。あとは……思いつかない(笑)。

前作はジャネットの『Velvet Rope』にインスパイアされたそうですが、今回も “ropeburn” で彼女を引用していますね。

M:あの作品は、音ももちろんすばらしいんだけど、彼女がディープなテーマに触れている作品でもある。そこに魅力を感じるの。あのアルバムでは、同性愛だったり、エイズだったり、人間や人間関係の複雑さが表現されている。あの作品はすごく興味深くてパワフルだと思う。あのアルバムは、確実にわたしのお気に入りのジャネット作品のひとつだから、その作品の収録曲 “ropeburn” はカヴァーしてみたかったのよね。とうてい彼女みたいにはなれないけど、ちょっとジャネット感をもたらしたかったの(笑)。

ほかにナズ&ローリン・ヒルやシャーデーのリリックも引かれていますが、彼らのことばのどういうところに惹かれたのでしょう?

M:あの歌詞がツアー中にすごく響いてきたのよね。なんでかわからないけど涙が出てくる。だからライヴでも歌ってたんだけど、それをレコーディングすることにしたの。デーモンと戦っている様子をあんなに美しく表現しているところに惹かれたんだと思う。

本作では二度にわたってルイ・アームストロングの “when the saints” のカヴァーが登場しますね。この曲のどういうところにインスパイアされたのですか?

M:あの曲は、子どもヴァージョンみたいなものもあって、小さいときからずっとわたしの頭のなかにあって、あの曲について考え続けていたの。母親とピアノであの曲を弾いたりもしてた。あの曲は、変化が起こるって歌でもあるでしょ? セインツが来て平和になり、世の中のすべてが良くなる。わたしはそれを待っているの。セインツたちを待ってる。そして、彼らが来てくれるなら、そのなかに入りたい(I want to be in that number)(笑)。一緒に、ブレグジットとか、いま世の中で起こっている問題と戦って、より良い世界をつくりたいと思うの(笑)。だからカヴァーしたのよ。

制作はどのように進められるのでしょう? lawd knows との共同プロデュースとなっていますが、役割分担のようなものはあるのでしょうか?

M:曲によるわね。インストをつくるときは、いろんなサウンドをつなげていってかたちにしていくんだけど、コードパッドとか、MIDIキーボード・コントーローラーなんかを使っていろいろ試していくの。その過程でいいなと思うものができたらそこを深めていくわ。ヴォーカルにかんしては、まず歌詞から先に書く。ホントはビートから書くべきなんだけどね(笑)。でもわたしの場合は先に詩みたいなのを書いて、それがメロディックになっていくのよね。Lawd は、良い意味でルールを決めてわたしをジャンルのなかに留めてくれる。わたし、ときどきルールを忘れてじぶんがつくりたいものをただつくってしまうことがあるんだけど、彼が、「それもいいけど、こういうのをつくろうとしてるんじゃなかった?」って思い出させてくれるの。今回のアルバム制作では、ボードの前に隣り合わせに座って、わたしがまず何かやって、それを彼が正してくれるって感じだったわ。あと、作曲でも彼が役に立ってくれることもあった。作業中に彼がピアノでコードを弾いていて、彼はただ遊びで弾いていたんだけど、それがすごくよかったからわたしが使いたいと言って曲に使わせてもらったり。彼はドラム・プログラミングでもたくさん作業してくれているんだけど、リズムのセンスがすごく良くて、知識になる。彼のドラムってホントにクールなのよ。

本作をつくるにあたり、「こういう方向にしたい」など、事前に指針のようなものはありましたか?

M:あったほうがいいんでしょうけど、ぜんぜんなかった(笑)。頭にあったのは、じぶんの境界線を広げたいということだけ。フィーリングに従ってまず数曲つくって、そこからかたちを整えていったの。

もっともポップなのは先行シングル曲 “Sanaa Lathan” です。なぜ俳優のサナ・レイサンをタイトルに? 前作には宝石泥棒のドリス・ペインに捧げた曲がありましたけど、おなじくトリビュートでしょうか?

M:彼女が美しいから(笑)。スタイルもいいし(笑)。一般的に美しいといえばハル・ベリーもそうだと思うんだけど、サナ・レイサンのほうが彼女独特の美しさを持っていると思ったの。彼女が出ているバスケットの映画があるでしょ? あれに出てくる彼女が、この曲の美しい黒人女性のイメージなの(笑)。

わたしはなにを感じてなにを求めているのか。最初のアルバムはその答えの探索の旅のはじまりだった。2枚目は、それをもっと深く探っている。わたしにとっては、曲を書く、作品をつくるということが、黒人としての自分を理解するエクササイズなの。

プレスリリースによれば、『Nevaeh』は「黒人女性であることの経験の反映」であり、「黒人女性たちが終末的状況から抜け出し、より良い新しい世界を見つけるための祈り」だそうですね。“BELIEVE Interlude” でも「世界をより良く」ということばが繰り返されます。黒人でありかつ女性であることは、合衆国においてどのような経験なのでしょう?

M:それはアメリカに住んでいてもよくわからない。数年前にセラピーに通ってて、セラピストから「あなたはどう思う? どう感じる?」って聞かれたけど、わからなかったの。そんな質問初めてだったし。曲を書くということが、その答えをみつけるのに役立つの。わたしはなにを感じてなにを求めているのか。最初のアルバムはその答えの探索の旅のはじまりだった。2枚目は、それをもっと深く探っている。わたしにとっては、曲を書く、作品をつくるということが、黒人としての自分を理解するエクササイズなの。

冒頭のスキットでは、詩人ルシール・クリフトンの詩「won’t you celebrate with me」が朗読されています。現物は未確認なのですが、日本では彼女の児童書『三つのお願い(Three Wishes)』が小学校の教科書に載っているそうです。彼女はどのような詩人なのですか?

M:あの詩は、ここ数年インスタグラムにたくさん載っていたの。最初に読んだとき、ちょうどサンドラ・ブランドとかエリック・ガーナーの事件(註:前者は2015年、警官により暴力を受けた後、独房で死体となって発見された黒人女性。後者は2014年に警官の絞め技により殺された黒人男性)なんかについて考えさせられていたときで、どうやって黒人たちがこの状況を生き延びて、世界をより良くできるのか考えていた。そんなとき、あの詩を読んですごく美しいと思ったのよね。読んでいて涙が出てきたくらい、つながりを感じた。あの詩を使ったのは、わたしがこのアルバムで表現しようとしている空間の枠をつくり出す良い方法だと思ったからよ。

原詩の「バビロンに生まれた/非白人であり女性(born in babylon / both nonwhite and woman)」の「nonwhite」の部分を「black」に言い換えていますよね。それは非白人全般ではなく、あくまで黒人であることを強調したかったから?

M:そう。彼女が詩を書いたのは90年代だったから、「black」ということばをダイレクトに書けなくて、「nonwhite」にすることで意味をより開けたものにしたんだと思う。でもいまは2020年だから、黒人として生まれ育ったなら、そのひとの主張は黒人の主張だとハッキリ言えるし、「nonwhite」だと白人が中心っぽくなってしまう。わたしはその詩を白人だけが中心に聞こえるようにしたくなかったから、少し変えたの。

おなじくフィラデルフィアを拠点に活動しているムーア・マザーについてはどう思っていますか?

M:わたし、じつは去年の11月にブルックリンに引っ越したところなの。ムーア・マザーの音楽は好きよ。いいと思うわ。

※本インタヴューは、ジョージ・フロイド事件以前の2月におこなわれたものです。

Karl Forest - ele-king

 かつて Miyabi 名義で〈TREKKIE TRAX〉からもリリースのある Karl Forest が、新名義で初となるシングル「Moon & Back」を本日7月3日、リリースしている。ナイジェリア出⾝のシンガーをフィーチャーした、いまの季節にぴったりのラヴァーズ × アフロビーツな2曲を収録。今後の活躍にも注目だ。

Boris - ele-king

 本日7/3の日本時間16時、Boris が完全自主制作によるニュー・アルバム『NO』をbandcampでリリースしている。

 これまで灰野敬二、メルツバウ、SUNN O)))、栗原ミチオ(ex. ホワイ・ヘヴン)らとのコラボレーションを含め、ドゥーム/ストーナーにとどまらない懐の深い音楽性を披露してきた彼らだが、今作は広島のハードコア・レジェンド、愚鈍(GUDON)のカヴァー “Fundamental Error” (ソルマニア/ex. OUTO/ex. シティ・インディアンの KATSUMI が参加)や、MVが先行公開された “Anti-Gone” など2~3分台のファスト・ナンバーを多数収録。バンド史上屈指のハードコア・パンク作品となっている。この怒りに満ちたサウンドをライヴで浴びる日を心待ちにしよう。

『NO』
https://boris.bandcamp.com/album/no
7/3リリース(0:00 US standerd time. 16:00 japan time)

01. Genesis
02. Anti-Gone
03. Non Blood Lore
04. Temple of Hatred
05. 鏡 -Zerkalo-
06. HxCxHxC -Parforation Line-
07. キキノウエ -Kiki no Ue-
08. Lust
09. Fundamental Error
10. Loveless
11. Interlude

Takeshi: Vocals, Guitar & Bass
Wata: Vocals, Guitar & Echo
Atsuo: Vocals, Percussion & Electronics

Guest Guitar: Katsumi on Track 09
Recording: Fangsanalsatan at Sound Square 2020
Mix & Mastering: Koichi Hara (koichihara-mix.com)

“Fundamental Error” Originally Perfomed by GUDON

Logo Type: Kazumichi Maruoka
Design: Fangsanalsatan

FAS-023

Ryan Porter - ele-king

 カマシ・ワシントンのバンド・メンバーでもあるLAのトロンボーン奏者ライアン・ポーターが、パリで録音したライヴ・アルバムを9月9日にリリースする。カマシやブランドン・コールマンなど、おなじみの西海岸の仲間たちが集結。故ロイ・ハーグローヴのカヴァーで幕を開ける熱い一夜を追体験しよう。

RYAN PORTER
Live At New Morning, Paris

カマシ・ワシントンのバンドメンバーでも知られるトロンボーン奏者、ライアン・ポーターによる、初のライブ・アルバム!!
ライアンが師と仰ぎ続けてきた故ロイ・ハーグローヴが愛したパリのジャズ・クラブ New Morning で、
彼の楽曲からスタートする、エキサイティングな熱気溢れるライブ盤がリリース!!

Official Release HP: https://www.ringstokyo.com/ryan-porterlive

「10代でジャズを学んでいた私に大きな影響を与えてくれた」──ライアン・ポーターが16歳の時に出会って以来、師と仰ぎ続けてきた故ロイ・ハーグローヴの “Strasbourg St. Denis” でこのライヴは幕を開けます。場所はロイもお気に入りだったパリのジャズ・クラブ New Morning。メンバーはカマシ・ワシントンらウエスト・コースト・ゲット・ダウンの仲間達。最高のシチュエーションでのライアンのライヴです。堪能してください。 (原 雅明 rings プロデューサー)

Joining Porter were:
Kamasi Washington (tenor saxophone), Jumaane Smith (trumpet), Brandon Coleman (piano; keyboards), Miles Mosley (upright; electric bass), Tony Austin (drums), Nigel Glasgow (Engineer), Kevin Moo aka Daddy Kev (Mixing & Mastering)

アーティスト : RYAN PORTER (ライアン・ポーター)
タイトル : LIVE AT NEW MORNING, PARIS (ライブ・アット・ニュー・モーニング、パリス)
発売日 : 2020/9/9
価格 : 2,600円+税
レーベル/品番 : rings (RINC66)
フォーマット : CD

Tracklist :
01. Strasbourg / St. Denis (Roy Hargrove)
02. Madiba (Ryan Porter)
03. Mesosphere (Ryan Porter)
04. The Psalmnist (Ryan Porter)
05. Oscalypso (Curtis Fuller)
06. Anaya (Ryan Porter)
07. Carriacou (Ryan Porter)
& Bonus Track 収録予定

amazon : https://www.amazon.co.jp/dp/B08B8MHWH6/

都知事選直前座談会 - ele-king

■野党一本化に失敗

土田 今回の東京都知事選では、れいわ新選組の山本太郎さんの出馬が話題をさらいました。早々と出馬を表明していた弁護士の宇都宮健児さんと政策が似通っているだけに「野党共闘は組んで一本化できなかったのか?」と残念がる声も聞こえてきました。

望月 実は、ある党の調査でも、野党候補を一本化しても現職都知事の小池百合子さんにダブルスコアで負けてしまうという調査結果が出たと聞きました。「そこまで小池さんは強いのか」と野党の幹部は意気消沈してしまったそうです。山本さんが記者会見で話をしたように、それでも次期衆院選に向けて、野党の候補一本化は必要ですから、山本さんと協議はしていたようです。でも山本さんは、自分が野党統一候補として出る場合には「消費税5%減税」を明文化し、確認団体を「れいわ東京」とすることを要望したようですが、国民民主党はその要望を呑んだものの、最終的には、立憲民主党が踏み切れなかったという流れがあったと聞きました。
 今回、宇都宮さんと山本さんのお2人が出たことで、選挙戦は小池さんが圧勝との予測が流れる中で、野党での主導権争いもテーマになっている様相です。山本さんとして野党が戦わないと無党派層の掘り起こしができないと踏んでいるのでしょう。安倍政権の支持率は下がっても、自民党の支持率は下がらない現状では、野党支持者ではない無党派層を掘り起こしていきたいという思いがあったのではないかと思います。
 山本さんの出馬によってリベラルの分裂、という側面は確かにありますが、一方で、リベラル陣営の本気度も増しており、都知事選はテレビでは討論会をしていませんが、ネットなどでの論戦は面白くなりました。過去22人の立候補者という点も含めて、多種多様な候補者が出ています。ネット世代の若者の投票率が上がることを願います。山本さんの演説力には人を惹きつける力がありますし、宇都宮さんの立憲民主・社民・共産の共闘も山本さんには負けられないと総動員体制で臨み、山本さんとの差異化をはかり、応援にも力が入っているように見えます。
 コロナ感染がやや拡大している中で、都知事選はどうなっているのかとチェックしようという機運も出てきていますし、選挙を盛り上げて投票率を上げるという意味では、小池さんが強くても、山本さんが出馬したことで政策論議が選挙戦の中で切磋琢磨されているようにも思います。懸念されるのは、都知事選後の野党共闘の枠組みがどうなるのかという点だと思いますが、都知事選の結果を見ながら野党の中での共闘の枠組みや論議がまた進むことを願います。

水越 山本さんが立候補した時には戸惑いましたが、左派の経済政策を語る候補が2人もいる都知事選挙なんて初めての経験で、長いこと右に移動し続けてきた「中心線」が、この選挙戦で多少とも元に戻っているのではと私も感じています。極端な左右がかみ合わないまま対決するのも選挙として面白くありませんが、もっと悪いのは中道同士でどっちがなっても似たようなもの、「今回は鼻をつまんで投票しましょう」と、左派は何度も言われてきました。今回は、街頭スピーチをネットで見たり、少ないですが討論会も見て、私も今では2人の立候補はいいと思うようになっています。

■開催されないテレビ討論会

土田 小池さんは強いにしても、山本さんと宇都宮さんのどちらが票数で上回るかによって今後の野党内の主導権争いに影響を与えませんか?

望月 山本さんの狙いは恐らく、消費税減税さえ一致する方向を見いだせない立憲民主に対して立場を明確にする意味でのジャブを放つことだったのではないでしょうか。今回、山本さんの支援に入った立憲民主の須藤元気さんは離党届を出していますが、まだ認められていないようです。立憲民主を離党した山尾志桜里さんは、国民民主に移りました。今後、立憲民主が山本さんとどう折り合いをつけていくのか、もしくはいかないのかということも含めて、今後注目していかなければなりません。
 政治学者の中島岳志さんは、選挙の時に有権者が熱狂するのは、政治家がひとつの物語を作っていくことだと指摘していました。そういう物語のある野党を作り、その魅力を打ち出していくことが必要なのではないでしょうか。小泉元首相が「自民党をぶっ壊す」と言って選挙で圧勝したように、ひとつの物語の中に有権者を取り込んでいく。都知事選後の野党再編では、内輪の論理で考えるのではなく、野党の中での物語をどう有権者に見せていけるかという視点をもっと掘り下げていく必要があるのではないかと思います。

野田 コロナの時代で特に重要な都知事選にもかかわらず、テレビは討論会をやらないようですね?

望月 信じ難い対応ですね。小池陣営は、コロナ禍での会見は別として、討論会にはなるべく出ないという方向でやっているようにも見えます。6月27日にネット番組である「Choose Life Project」のオンライン討論会には小池さんは出ましたが、ネットですから視聴者は多かったとはいえ2、3万人でした。1%の視聴率で100万人が見るといわれているテレビのように、多くの有権者に見られているわけではありません。
 小池さんが強いのは、女性の都知事ということで、公明はもちろん、立憲民主から共産まで幅広く支持者がいるという点にあります。小池さんには「カイロ大卒業」を含めて学歴詐称の疑惑も出ましたが、各社の出口調査の分析などを見ると、さほど有権者の判断に影響を与えていないようにも見えます。小池さんは討論会には参加せず、コロナ会見を重視することで、政治的なアピール、メリットを享受しているのではないでしょうか。
 オンライン討論会では、関東大震災の朝鮮人虐殺についての追悼文の送付を取りやめたことについて重ねて司会者に質問されていましたが、なぜ、送付を取りやめたかについては明確な答弁を避けていました。追悼文送付の取りやめは、小池さんの歴史修正主義的な側面を理解する意味ではもっと追及されるべきテーマだと思っています。コロナ禍は最重要事項であることに変わりはないですが、1400万都民のトップに立つ知事を決める重要な選挙なのですから、小池さんには逃げずに政策論争を通じて有権者に判断材料を提供するようネットをはじめ、NHKや民放テレビ各局でも討論会を開催してほしいと思います。

■政府との違いを演出した小池知事

望月 東京新聞、共同通信、東京MXテレビ3社の世論調査(6月30日付け東京新聞朝刊で掲載)で、都のコロナ対策「評価」7割、小池都政「評価」8割、東京五輪は「見直し」「再延期」「中止」と微妙に分かれていました。小池さんがどうのというより、都の政策は国に比べればまだマシ、よくやっている方ではないかという相対的な評価があるとも思います。首相と小池さんの会見を比較すると圧倒的に小池さんの方が、答弁が饒舌で、その場での切り返しもうまいと思います。
 一方、都職員の意見が反映されている「都政新報」によると、都職員からの評価は低く、「再選出馬」への賛成が21.5%しかありません。なのに、世論調査で「都政を評価する」が7割もあるのは、「小池アラート」のパフォーマンスや記者会見での発信を含め、「よく仕事をやってくれているのでは」という高評価に結びついているのかもしれません。
 国が減収世帯に30万円給付と言っていたのに、公明党の要請で一律10万円給付に切り替わるなど官邸の方針が揺れている最中に、都は感染拡大防止の協力金を出すとか、都独自の方針を出していました。私がびっくりしたのは「ネットカフェ難民をどうするのか?」という記者の質問に、ネットカフェ難民用のホテル費用など12億円を「これから予算で計上します」と迅速な予算対応を発表していました。しかし、後日、報道を見ていると、この都が提供したホテルは土日が過ぎると、追い出されたというネットカフェ難民が出てくるなど、実際、どこまでネットカフェ難民対策を本気で考えているのかが見えないような点もありました。

水越 そうですよね。私の周囲でも協力金の気前の良さで「小池さんは意外に良いのではないか」とそれまでの見方を変えた人がけっこういました。あの時の印象がなんとなくずっと残っているんでしょうね。

望月 東京オリンピックについてですが、官邸と恐らく示し合わせて「100%完全な形で実施する」と3月中旬までかなり強いトーンで言っていました。実はその最中の週末に感染爆発が起こりそうでしたが、その週は自粛要請も含めて何もせずに、翌週、IOC委員会で「見送り論が浮上」という報道が出た直後に、いきなりロックダウンとか、オーバーシュートが起こりうるということを官邸より早く大々的に言い出しました。ある意味、巧みだなと思いました。IOCの方向性が見えた瞬間に得意の横文字を使って、安倍首相よりも早く注意喚起を都知事として打ち出す小池さんは意図的に「私は官邸とは違う」というイメージを出したようにも見えます。官邸はやるつもりもなかった「ロックダウン」という言葉を使われたことに大激怒していたとも聞きました。
 今回の都知事選では、自民党の支援を断っており、一定の距離があるようにも見えます。この点、自民党の都連側も小池さんへの一定の警戒感はいまだに持っているようにも思えます。都知事選を糧にして9月解散と言われている衆議院選で、小池さんが何かをまた仕掛けてくるのではないかという警戒もあるのかもしれません。

■次期衆院選を見通す維新

土田 今回の都知事選は今後の国政にどのように影響しますか?

望月 野党が分裂している状況の中でどこが伸びてくるのかが問題です。9月に解散があった場合、テレビに出ずっぱりの大阪府の吉村洋文知事が、東京も含めて全国を走り回って運動したとすると、前回の総選挙を上回る形で、日本維新の会が伸びて立憲民主党に競り勝つ選挙区も出てくる可能性があります。政府からすると、自民が負けても、維新が勝てば、自公維という連立や閣外協力を組むことになるかもしれません。これは自公よりも右寄りで歯止めが効かない政権ができる懸念があります。前の国会で検察庁法改正案を含めて維新はほとんど賛成でしたし。

水越 そんなことになったらすごく怖いですね。トランプ並みの稚拙な右派ポピュリズム政治になるでしょう。大阪のコロナ対策も、それ以外の大阪維新の政策も東京には詳しく伝わっていないと思いますが、全国的にもっと知られる必要がありますね。

土田 今回の都知事選で小野さんが維新の推薦を受けて出馬したのは、次の衆院選を見すえてのことだろうと思います。維新は大阪では圧倒的に強いですが、今回、東京でどれくらいの票が取れるのか、リトマス試験紙のつもりではないでしょうか?

望月 昨年7月の参院選挙東京選挙区で、維新の音喜多駿さんが立憲民主の山岸一生さんに競り勝っていますし、神奈川でも維新が立憲民主を落とした選挙区がありました。想像以上に維新は関東でも浸透しつつあります。政治経済評論家の古賀茂明さんは、立憲民主やれいわに必要なのは、バラマキだけでなく、改革路線の方向性も打ち出すことだと指摘していました。その点、維新の推薦を受けた元熊本副知事の小野泰輔さんは、天下りの見直しということを掲げていました。改革路線を意識した政策なのでしょう。

土田 都はコロナ対策として1兆円以上を投入し、都の貯金にあたる「財政調整基金」が9300億円余から500億円余に減ったと言っています。山本さんは都債(地方債)の発行で総額15兆円を調達できると主張し、街頭演説でも聴衆にインパクトを与えています。これに煽られるように宇都宮陣営も告示後になって、コロナ対策の財源を具体的に示しました。それは、まず財調基金の残額5百億円に特定目的基金などを合わせて1兆円、そして外環道など不要不朽の大型道路の建設を先送りして1兆円です。そして、やはり地方債の活用にも踏み込み、公共施設の建て替え費用を都債に振り替えることで1兆円の予算を生み出すということで、結局、計3兆円を捻出するという内容でした。山本さんの総額15兆円に触発されて、現実的な政策案として打ち出してきたようです。
 都債で捻出したコロナ対策費の使い道についても山本さんは具体的に考えています。まず、都民全員に10万円を給付し、中小・零細、個人経営、フリーランスにほぼ無審査で各100万円ずつ給付します。次に、学校の授業料を1年間無料にします。それで数兆円。その後、第2波、第3波が来た場合にさらに数兆円と、何回かに分けて総額15兆円ということです。だから第2波や第3波が来なければ5、6兆円とか7、8兆円で済むかもしれないとも言っています。

望月 政府の打ち出した経済対策は総額108兆円規模で、安倍首相は「過去にない強大な規模」だと説明しましたが、国が新たに支出する一般会計補正予算は16兆7000億円規模でした。“真水” が17兆円規模でしたから、山本さんの総額15兆円は国の経済対策とあまり変わりません。一方、小池さんが言っているように将来、都民税がどれだけのしかかってくるのかという懸念があるのも確かです。小野さんも「15兆円はさすがにどうかと思うが、自分が知事になったら緊急時には、都債の発行は検討材料のひとつだ」と言っていました。

水越 選挙でこうした政策がここまで現実的に語られるのは過去にはあまりなかった珍しいことだと思います。これは経済左派の2人がライバルとしているからだと思います。例えば冷戦期、社会主義国がいたからこそ、資本主義国の福祉政策はあそこまで進んだと私は考えています。日本の政治でも大きな社会党があったからこそ、もっと言えば都知事の美濃部亮吉さん(在任期間1967年~1979年)がいたからこそ、自民党は福祉に力を入れたわけですよね。

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■「ロスジェネ世代」へのアピール

土田 山本さんは災害対策基本法に基づいて国がコロナ禍を災害指定にすべきだったとも主張しています。そうすれば台風や地震など自然災害の被災者と同じように仕事や住居を失った人たちを救済できたということです。ただ、都には権限がないので全国の知事に呼びかけて災害指定を国に強く求めるとのことでした。これに対して宇都宮さん側はコロナ禍は災害指定の適用要件に当たらないとし、特措法があるので国は応じないだろうと説明していました。こういう議論が起きているのも山本さんの出馬のおかげですね。

野田 それに山本さんは「ロスジェネ世代」を口にしています。YouTubeを見ている人がその世代に多いので戦略的に言っているのかもしれませんが、多くが非正規雇用など不安定な状態にあるロスジェネ世代を含めて、今一番、皆が不安に思っているのは自分たちの生活がこれからどうなっていくのかということではないでしょうか。それだけに山本さんの発言は説得力があるように思えます。

望月 山本さんはかつて街頭で原発被災の話をしていると、聴衆から「自分がいる非正規雇用やブラック企業の状況を知ってほしい」と言われ、そこから不安定な非正規雇用の実態などについても調べ始めたそうです。事前告知のない飛び込みの街頭で話すとたくさんの人が足を止めてくれることが分かった。そういうことが血肉化されて彼の今の演説につながっていると思います。山本さんは路上生活者らへの炊き出しなどの支援の現場にも足を運び、その人たちから直接、話を聞き、その声を体の中に吸収してため込んだ思いや言葉を発信しています。
 長年、たくさんの政治家を見てきた政治部のベテラン記者は「(山本さんは)10年に1人いるかいないかの逸材だ。言葉に力があるし、発信力がある。あのセンスは持って生まれた才能と努力の賜物としか言いようがない」と言っていました。誰に向かって何を伝えたら一番響くのかを候補者の中で徹底して分かっているのが山本さんだと思います。それが彼の演説力と発信力につながっています。

土田 山本さんは知事になったらロスジェネ世代とコロナ失業者計3000人を、都の正規職として雇用すると言っています。非正規雇用が全労働者の4割近くに上っているといわれる「貧困と格差」の時代に、非常に重要な政策だと思います。この政策はロスジェネ世代にはアピールしているのでしょうか?

望月 つい最近、政府が毎年150人、3年で450人、ロスジェネ世代に向けた国家公務員の中途採用を行う方針を発表しました。都知事選の動向を見て、ロスジェネ世代や非正規労働者をターゲットにした政策を取り入れていかないとまずいと判断したのか、これからも正規雇用を増やしていくと言っています。

■都立病院の “実質” 民営化の問題

水越 維新は公務員の削減を主張していますが、検査をはじめコロナ対策が遅れるなか、実は日本は公務員をすでに減らしすぎてきたのではないかという現実が見えてきました。そうした意識は世論調査でも浸透していると感じられますか?

望月 東京新聞で掲載した世論調査では、都に望むコロナ対策で押して「PCR検査や保健所のなどの態勢強化」を求める声が全体の3割と最も多く、60代では4割を超えています。小池都政が進めている都立病院と公社病院の地方独立行政法人(独法)化の問題も議論すべき争点のひとつです。大阪府では府立病院の独法化で医療現場が弱体化したためコロナ災害で医療現場が混迷したと言われています。都立病院の独法化に反対する宇都宮さんや山本さんの主張には、コロナ禍を受けて、もう一度、立ち止まって考えてみなければいけないものがあると思います。

水越 たとえば都立病院の独法化と言われても、具体的になにがどう変わるのかよく分かっていない人も多いんじゃないでしょうか? 特に都内では公立病院のありがたみは今回のコロナ危機でこそ言われるようになったけれど、これまで新聞でもあまり解説記事を目にした記憶がありません。現実には公立でも私立でも、病院はわずかな想定外の出来事でシステム崩壊しかねないくらい綱渡りの経営をしているのかもしれないと、この数ヶ月で知ったこともあるので、もっとその先を知りたいです。

望月 その通りですね。まだまだ有権者に独法化についてのメリット・デメリットをメディアがきちんと説明できていないようにも見えます。

土田 東京都が8つの都立病院と7つの公社病院・癌検診センターの2022年度内をめどにした独法化の方針を打ち出したのは今年3月のことです。独法化は都の財政負担の軽減が目的ですが、法人側が自前で運営資金を調達しなければならないので実質的な民営化といえます。
 大阪府では2006年に5つの府立病院を独法化することで17億円の収支改善があったそうですが、これは人件費のカットによるものです。都立病院などの独法化はコロナ禍で疲弊し切った医療現場を今後さらに人件費の削減などで痛め付けることになると思いますが、まさに新自由主義的政策による福祉・医療の切り捨てでしかありません。コロナ災害の第2波が予想される中、どうして都立病院の実質民営化が都民の怒りを買わないのか不思議でなりません。

水越 病院の民営化でなにが起きるか、よく分かっていないんです。私はずっと都内で生活していますが、公立病院にはほとんど行ってません。気づいたらなくなったり、普通外来をしなくなっていたんですね。でもそれで今まで困らなかった。コロナで久しぶりに公立病院のことを考えました。
 それから小池知事のコロナ対策の評価についてももっと報道してほしいですね。このところの感染者増加にも関わらず、小池さんの言動はちょっと不可解なほどそっけない。病床を確保されていても、後遺症のこと、公共トイレが感染源として危険なことなど、4月には分かっていなかったこの病気の知見は増えているのに小池知事は4月の感覚で話しているように私には見えます。そのあたりを、科学的視点で評価してほしいです

■民主主義を形成する政策論議

土田 他にも都知事選の争点となる問題がたくさんあると思いますが、カジノ誘致について小池さんは「メリット・デメリットがある」と明確な回答をしていません。実際には臨界副都心の青海地区(江東区)が候補地と言われ、3月に開始された羽田空港の新飛行ルートによる増便問題とも絡んで、米企業が東京を最有力候補地として狙っているとも言われています。「稼ぐ東京」をキャッチフレーズにしている小池さんも実は前向きなのではないでしょうか?

望月 大手カジノメーカーからするとカジノ誘致は横浜より東京がなんと言っても魅力的です。横浜市の林文子市長は、候補地で手を上げていますが、海外からみたらその魅力は、集客力や外国人観光客も多い東京になるのでしょう。それもあり、宇都宮さんが指摘していますが、江東区が都の候補地になっているのではないかという話があります。あまり争点化されていないのですが、選挙が終わって、コロナが落ち着いた来年の夏以降くらいに、東京が候補地として手を上げる可能性は十分ありうると思います。この問題ももっと注目されてもいいのではないでしょうか。

水越 2人の左派、リベラル寄りの候補が出てうれしい反面、有権者として考えると、山本さんと宇都宮さんという甲乙付け難い2人の候補者が目の前にいるわけです。反ネオリベ経済、反ヘイト、弱者のための都政を望む有権者にはどちらに投票しようか迷っている人も多いのではないでしょうか? 私もすごく迷っています。望月さんはこの葛藤についてどう考えていますか?

望月 政治をずっと見てきた人たちは、山本さんが、あれだけ演説で人を虜にする力を改めてすごいと思う一方で、都議会を傍聴して地道に都政をよくするための活動を続けてきた宇都宮さんのぶれない姿勢や、ジェンダー問題に対する意識、学校給食の無償化といった政策に心を動かされている人もたくさんいます。全体として、リベラル派の人たちの中でさまざまな政策について具体的に議論を深める良い契機になっているように感じます。考え方を深めているなという印象を持っています。“百合子山” が高いにしても、山本さんや宇都宮さんの陣営が選挙戦を展開する中で、独自に考えている政策が、選挙戦の中で論戦を繰り広げ、よりブラッシュアップされていくことで、有権者に伝わり、広がっていることは良いことだと思います。選挙後に、一定の評価があった野党の政策を、与党や都知事が取り入れるということはよくあることです。例えば地方債の発行にしてもこれだけ注目されると、都の財政調整基金が500億円ほどしかない中で、都債の発行は、債務負担を考慮しつつ、総務省との間で検討されるべきではという認識が生まれたのではないでしょうか。どの候補が勝ったとしても、負けた側の主張も含めて、何かしらの相互作用は必ずあるはずですし、結果としてそういうことが、最後には民主主義を形作っていくのではないでしょうか。有権者の方々が、それぞれの頭で政策を考え、自分の考えや思いに近い候補者に一票を投じていってほしいと思います。

Moodymann - ele-king

 窓のカーテンがすべて紫色に統一されているのは、プリンスの家のことではない。デトロイトのURの本拠地サブマージの建物の筋向かいにある家のことで、数年前から、おそらくはケニー・ディクソン・ジュニア(KDJ)が住んでいるのか(もしくはただ借りているだけなのか、いったい何のために?)わからないが、彼のものであるらしいとまことしやかに囁かれていると、昨年までは毎年デトロイトの野外フェスに行っている人物から聞いた。その写真、動画も見せてもらった。なるほど大きな一軒家(東京と比べると家賃は恐ろしく安いのだろう)の窓という窓は濃い紫のカーテンがあり、カーテンがない窓には黒人ミュージシャンの絵が絵が描かれている──プリンス、ジョージ・クリントン、ニーナ・シモン……。
 まったく人通りのない埃っぽい通りにポツンとそんな紫カーテンの屋敷があるのは異様といえば異様だが、しかもその建物からは通りに向かって、ただひたすら60年代~70年代のソウル・ミュージックが流れている。もうそれだけで、ひとつのメッセージである。

 よせばいいのに、この春リイシューされたプリンスの後期の傑作『レインボー・チルドレン』のアナログ盤を買ってしまったのだが、プリンスはジョージ・クリントンと並んでデトロイトの特別なヒーローのひとりである。KDJは前作の『Moodymann』からは、ハウス・ミュージックの形式をさらに拡張し、自分のルーツ(ソウル、ファンク、ディスコ)との接点に意識的なスタイルを模索しているように思える。ソウルやファンクの要素は最初からあったし、歌モノ自体は『Black Mahogani 』でも『Anotha Black Sunday』でもアンプ・フィドラーやホセ・ジェイムスなどを起用して試みてはいるが、近年のそれはリズムがハウスの機能性から自由になっているし、サンプリングにせよコラージュにせよ歌のように構成されている。

 コロナ渦ということで、察するにプレス工場が動かないから先に配信のみで5月21日にリリースされたのであろう『Take Away』の1曲目、アル・グリーンの“ラヴ&ハピネス”(ディスコ・ファンにはファースト・チョイスのカヴァーでも知られる)のサンプリングからはじまる“Do Wrong(間違えろ)”は、完璧なまでにゴスペル形式のハウスで、これはまったくKDJ印といえるのだが、その即興(ゴスペルとは決められた枠組み内での即興である)において洗練されている。続く表題曲は、キビキビしたファンクのシンセ・ベースと魔術的なコラージュによって、彼の教会(=ゴスペル)をディスコに変換する。「シスター、取って、取って、取っていって」と声は繰り返し、一瞬パトカーのサイレンが挿入される。
 が、しかし不安はすぐに消える。『Take Away』全編に滲み出ているKDJのブラック・ポップ・ミュージックへの愛情によって。アルバムはそして、KDJファミリーのNikki-Oが歌いアンドレスがプロデュースする“Let Me In(私を入れて)”~「みんなさよなら」を繰り返す“Goodbye Everybody”~デトロイトのポップ・ソウル・グループ「DeBarge」参加の“Slow Down(ゆっくりと)”、それからKDJ流のギャグ“I'm Already Hi(俺もうハイ)”を経て、ため息が出るほど美しいディープ・ハウスの“Just Stay A While”へと到達する。ここまでの流れがじつに心憎いのだけれど、この曲におけるシンセベースはラリー・ハードの“キャン・ユー・フォール・イット”の次元に侵入していると言っていいし、“Do Wrong”と“Just Stay A While”がアルバムのベストなのは疑いようがない。
 とはいえ、“Let Me Show You Love(君の愛を俺に見せてくれ)”も陶酔的なソウルとハウスのエレガントなミクスチャーだ。アルバムを締める、ジェイミー・プリンシプルのセクシー・ヴォイスが注入された“I Need Another ____”は80年代半ばのシカゴ・ハウスへのトリビュートであろう。
 じつは最後に、bandcampの画面には掲載されていないが、音源を買うとボーナストラックとして“Do Wrong”のSkate editがヴァージョンが入っている。デトロイトではいまでもスケート場でダンス・ミュージックを楽しむというスタイル(ソウル・スケート・パーティ)が活きているのだった。

 KDJはDJであり、古きソウル、ファンク、ディスコの研究家だ。まだ黒人コミュニティにしか知られていないような、倉庫にどっさり眠っているキラーなソウルやディスコを彼はチェックしているのだろう。そしてそれが彼の作品に息吹を与えているのは間違いない。『Take Away』はKDJのなかでもとりわけ歌(=ソウル)が前景化した素晴らしいアルバムだが、頼むから早くヴァイナルを出してくれ。ハードディスクではないところで、自分のコレクションに加えたい。


※なお、本日7月3日のbandcampは、Covid-19の影響を受けたアーティストをサポートするために売上のシェアを放棄する日。また、この日のために以下のレーベルやアーティストがさまざまな支援のため、特別なリリースを用意しているのチェックしてください(https://daily.bandcamp.com/features/artists-and-labels-offering-donations-special-merch-and-more-this-friday-july-3)。ちなみに、「bandcampがいかにしてストリーミングのヒーローになったのか」はガーディアンのこの記事を読んで。英語だけど(https://www.theguardian.com/music/2020/jun/25/bandcamp-music-streaming-ethan-diamond-online-royalties)。

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