「K A R Y Y N」と一致するもの


HMOとかの中の人。(PAw Laboratory.) - 増殖気味 X≒MULTIPLIES
U/M/A/A Inc.

初回盤 通常盤

 「初音ミク」の開発者である佐々木渉氏は、発売当初から現在にいたるまで、「生みの親」としてさまざまな場で発言を求められてきた。功績ある開発者として、ビジネスの開拓者として、日本の新しいカルチャーの最前線を拓いた証言者として。しかしその一方で、初音ミクという複雑で巨大な遊び場(=プラットフォーム)が巻き込むありとあらゆる事象については、おおむね静観の姿勢をとっているようだ。開発者の立場から、多くの人が楽しむその遊び場を壊すようなことがあってはならない......氏はおそらくはそのような思いから、日々生まれてくるおびただしい初音ミクと、おびただしいコミュニケーションのありようとを見守っているのではないだろうか。初期『ele-king』0号からの読者であったというディープな音楽体験を持ち、アンダーグラウンド・カルチャーへの理解も人一倍である佐々木氏ならではの哲学が、そこには存在しているように思われる。
 今回、そんな佐々木氏と、ele-kingの「生みの親」、野田努との対談を収録することができた。テクノの話題にはじまる音楽談義だが、初音ミクの少女性に向けた野田の素朴な疑問や、ボーカロイド以前のポップス史において、「声」の変調がいかなる意味を持ってきたのか、ボカロ文化を世界はどのように受け入れるのか、といった広い話題を含むトークになっている。前・後編に分けてお送りしましょう!

すべてはテクノにはじまる

エイフェックス・ツインの音楽もライターさんの書いてることも、「なんで、どうしてこうなっちゃったんだろう!?」みたいなことが多かったですよね。「夢のなかで音楽が浮かんで......」「彼はDJセットにやかんを持ち込んで......」とか(笑)。(佐々木)

あの頃は、作家の優位性みたいなものへの否定もありましたからね。いちど作品を投げてしまったら、どう解釈されようがそれは受け手の自由であるという態度がいっきに広がった。(野田)

佐々木:僕が初めにテクノのCDを買ったのは中学生の頃で、『テクノ・バイブル』というY.M.O.のボックスセットだったんです。当時は電気グルーヴなどが人気だった頃で、先輩の影響もあってテクノをどんどん聴いてました。でも、個人的にはいきなり『ガーデン・オン・ザ・パーム』(ケン・イシイ)なんかにすっと入っていけたタイミングでもあって、アンビエント寄りのものを、「クラブ向けのテクノとは違うものなんだなあ」と思いながら聴いたりしていました。

野田:へー。

佐々木:札幌もクラブはけっこうあったので、プレシャスホールなんかには高校の頃から行ってました。音はほんとに好奇心にまかせて聴いてましたね。『ele-king』は0号から読ませていただいていたんですが、思春期の自分はエイフェックス・ツインとかの取り上げられ方にすごく刺激を受けました。彼の音楽もライターさんの書いてることも、「なんで、どうしてこうなっちゃったんだろう!?」みたいなことが多かったですよね。「夢のなかで音楽が浮かんで......」「彼はDJセットにやかんを持ち込んで......」とか(笑)。

野田:あははは(笑)!

佐々木:そういうおもしろい音楽をやっているほうへどんどん向かっていきました。当時はインターネットとかがなくて、試聴できるといったら地元のCD屋くらいで。でもそこは〈ソニーテクノ〉(※1994年、〈ワープ〉〈R&S〉〈ライジング・ハイ〉の3レーベルを中心にソニーが日本盤として発売、90年代のテクノ・ブームの土台となった)だけは聴けたんですよ。

野田:ああー、試聴自体がまだ定着してない時代ですよね。

佐々木:それで、休みの日とかはCD屋でずっと〈ソニーテクノ〉のCDを聴いてたりしました。

野田:素晴らしいですね。しかし、中学生でいきなり『ガーデン・オン・ザ・パーム』だとハードルが高くないですか?

佐々木:いえ、不思議な音楽だなあと思ったことのほうが強くて、カッコイイなってふうにすぐには思えなかったですね。テクノって歌詞もないし、音像だけ感じながら聴いていられるものだったから、ライターさんが書いたレヴューやインタヴューと照らし合わせてすごく妄想を膨らませられるものでした。その体験がすごく強かったので、ブラック・ドッグなんかも、インタヴューで言っているようなことと、彼の音楽とがすごくリンクしやすくて。

野田:ブラック・ドッグですかぁ。それは面白いですね。当時のテクノはロックのスター主義へのアンチテーゼというのがすごくあって、自分の正体を明かさないっていう匿名性のコンセプトがすごく新鮮でね。売れはじめた頃のエイフェックス・ツインもたくさんの名義を使い分けてましたね。後からあれもこれもエイフェックス・ツインだったという、リスナーに名前を覚えさせないという方向に走ってましたね(笑)。
 で、ブラック・ドッグは、匿名性にかけてはとくにハードコアな連中でね、当時は『NME』が紹介したときも顔がぼけた写真しか載せなくて、まともにインタヴューも受けなかったんですよ。作家の優位性みたいなものへの否定もありましたからね。いちど作品を投げてしまったら、どう解釈されようがそれは受け手の自由であるという態度がいっきに広がった。作品は作り手のものであって、正しい解釈がひとつしかないというふうに限定されることをすごく忌避していた時代でしたよね。いまでもよく覚えているのは、『スパナーズ』で初めてブラック・ドッグがインタヴューを受けたときのことです。当時としては画期的な、チャット形式でのインタヴューをやったんですよ。姿は見せない、「<<......」という記号が入った、チャット形式のインタヴュー。彼らの発言はドットの荒いフォントで載って、写真はなし。1994年だったかな......、そんなものが『フェイス』というお洒落なスタイル・マガジンのカヴァー・ストーリーになったんです。

佐々木:アーティストが機材の向こう側にいる感覚というか。『グルーヴ』だったか、その頃の記事で、ブラックドッグが昔のPCのキーボードで顔を隠してるみたいな写真が載っていたんですが、それがすごく脳裏に残ってますね。知らない場所で作られた音楽というようなニュアンスもあったりしたし、その匿名性の問題にしろ、メイン・ストリームの考え方とちょっと違うところでやってるのかなと思ってました。......思ってたらプラッドとひとりのブラックドッグに分かれていきましたけども。

野田:じゃあ、もうほんとに〈ワープ〉っ子だったんですね。

佐々木:そうですね、ずっと聴いてきたので。『アーティフィシャル・インテリジェンス2』のボックスとかも買ったりして。

野田:『アーティフィシャル・インテリジェンス2』の映像を初めて観たときに、みんなで叫んでたもんね。その場に(渡辺)健吾とか佐藤大なんかもいたんですが、「すげー、これ!!」ってね! 低解像度のCGで、いま思うと大したものじゃないのに、ほんとにあのときはみんなで涙流しながら......、いや、本気で泣いてました(笑)。

佐々木:このあたりはほんとに、ショックでしたね。光沢感とザラザラした感じが混じっていて。当時はゲームでも『バーチャファイター』なんかが出ていたので、3Dポリゴンは見たことがあったと思うんですが、音楽のサイケデリックさと、映像と相俟ったときのサイケデリックさというのがやはりちょっと違っていて、すごく印象深く残っています。いま話していてもどんどん思い浮かんできますね。スピーディー・Jの"シンメトリー"って曲の動画がすごくやばくて。イルカが亜空間の中で気持ち悪い球体になってどんどん食べられていく、あれですね(笑)。やっぱり、こうしたショックを受けて、アンビエント的なものに接近するようになりましたね。それになかなかパーティに通うようなお金もなかったですし、家で聴けるアンビエントのような音楽の方へ向かうのは、必然だったかもしれません。ピート・ナムルックとか......

野田:ピート・ナムルックは先日亡くなられたんですよね。

佐々木:ああ、そうなんですか......。ファックスのアンビエントは良い意味で精神的にトラウマになりましたね人生観にも影響するくらいサイケデリックで最初は意味が分からなかった。音楽に取り残された感じがした。世界は広いなーと。あと、アンビエントは日本人の方もけっこういらっしゃったりという部分で、関心もありました。テツ・イノウエさんとか。

野田:うぅ、いま、よくその名前が出てきましたね! テツ・イノウエさん。それこそ『アンビエント・オタク』っていうアルバムを当時出してるんだよね、ピート・ナムルックといっしょに。だから先月、ピート・ナムルックが亡くなられたときに、コンタクト取りたいんだけど、テツ・イノエさんの連絡先がわからないか? って、ベルリンの知人からメールが来たんですけど......(もし、この記事を見て、ご存じの方がいたら編集部までご一報を)。
 で、この「A.I.シリーズ」っていうのは、レイヴのムーヴメントがいちど殺伐としたものになった後のエレクトロニック・ミュージックだったわけです。100%クラブに存しないところで音楽的な自由度をどんどん上げていって、わけのわからない領域まで達してしまっているというものではありますからね。そういうなかで、アンビエントなものとか、ラウンジーなものとか、あるいはエクスペリメンタルなものとか、ハウスから離れてやたら多様化した時期でしたね。それ以前は非常にわかりやすくて、「ハウス・ミュージック」っていうひと括りですべてを語ることができたんですが、「A.I.シリーズ」のようなもののおかげでほんとにわけのわからない、ひと括りにできないものになっていきましたね。

佐々木:そうですよね。レッド・スナッパーとかも「ポストロックやミクスチャー」っていうような性格の音楽の先駆けだったかもしれないですね。

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札幌アンダーグラウンド・シーンが生んだ〈クリプトン・フューチャー・メディア〉

ファックスのアンビエントは良い意味で精神的にトラウマになりましたね人生観にも影響するくらいサイケデリックで最初は意味が分からなかった。音楽に取り残された感じがした。世界は広いなーと。(佐々木)

野田:それで、テクノを聴かれてて、ソフトウェアの開発というところへ行くわけですよね。それ以前に音楽を作ったりされていたんですか?

佐々木:そうですね、紆余曲折ありまして(笑)。僕はライナーを見るのもすごく好きで、ワゴン・クライストの『スロッビング・ポウチ』を買ったときに......

野田:最高ですよね。それ、ライナー誰だっけ?

佐々木:竹村延和さんですね。竹村さんは全然ワゴン・クライストの話を書いてなくて、はじめはハービー・ハンコックの"ウォーターメロン・マン"の話をずーっとしている。で、「これはなんでテクノの棚にあったんだ」みたいなことが書かれていて、最後は「とにかく自分のリミックスがすばらしいから聴くように」という話になっている(笑)。

野田:あははは(笑)!

佐々木:これは何なんだろう? って(笑)。それから竹村さんの音楽を聴くようになりました。『ele-king』でも竹村さんが表紙で載っていらっしゃったことがあると思いますけど、彼を知ったことがひとつのショックでしたね。アンビエント的なジャンルの広がり方をさらに極端に押し進めているような気がしました。武満徹さんからヒップホップやノイズまで参照されていて、音楽ってジャンルがないものなのだな、と。そこからフリー・ジャズみたいなものも聴くようになりましたし、当時で言えばデヴィッド・トゥープさんとかがボーダーレスに音楽を紹介していて、そうしたものの影響も受けました。あるいはサンプリング・ミュージックも、ブラックドッグを素朴に聴いていたころよりもっと概念的に聴くようになったし、ニューヨーク・アンダーグラウンドのDJスプーキーやデヴィッド・シェーとかにも手をのばすようになって。
 そうしているうちに、札幌にもアートっぽい、フリー・インプロっぽい音楽をやっている人が何人かいたので、少し交流するようになりました。そういうクラスターのなかに、いまのクリプトン(・フューチャー・メディア)の社長の仲間や、当時の社員もいらっしゃったんです。彼は『スタジオ・ボイス』とか『美術手帖』とかが90年代前半にフォローしてたような、サイバー・パンクとかインターネットで世界が変わるとか、アルヴィン・トフラー以降のそういう思想的なものが大好きな方ですね。僕は最終的にそこに就職することになるわけなんです。音楽制作については、サウンドアートやノイズ・ミュージックのようなものに関わりながらやっていたことはあります。

野田:機材とかはもう自分でいじってたんですか?

佐々木:はい、もう、サンプラーを買って遊びました。カットアップ・コラージュをしてみたり。でも池田亮司さんのサインウェーブ主体に行く前のファースト『1000フラグメンツ』を聴いて、ああ、これはぜんぜん歯が立たない、こういう人がすでにいるんなら生半可にサンプラーをいじるのはナシだなと思って(笑)、そんなに長続きはしませんでしたね。

野田:ははは、なるほど。

初音ミク=DX-7 ?

 思春期におけるディープな〈ワープ〉体験を語ってくれる佐々木氏。デトロイト・テクノなどへも傾倒するなかで、氏はアナログ・シンセの再評価の文脈に立ち会うことになる。初音ミクの開発については、そうしたアナログ・シンセの太くあたたかみのある音の流行に対する、わずかなカウンター意識もあったようだ。シンセサイザーとしてのミクの声=音、そのゼロ地点に企図されていたものとは、どのようなものだろうか。

札幌にもアートっぽい、フリー・インプロっぽい音楽をやっている人が何人かいたので、少し交流するようになりました。そういうクラスターのなかに、いまのクリプトン(・フューチャー・メディア)の社長の仲間や、当時の社員もいらっしゃったんです。(佐々木)

僕は、それでなぜ佐々木さんが「声」というものに向かっていったのかということに興味がありますね。(野田)

佐々木: 90年代中盤までは、汎用コンプレッサーが高くて......。たとえばヒップホップだとDBX-160だったりとか、すごく限られたもので音圧をある程度稼げる状況だったと思うんです。安物のコンプレッサーを入れたら逆に音がぐちゃぐちゃになっちゃったり、というような状況ですね。だから、そもそも音が太い機材というものが必要でした。現在においては、プラグイン・エフェクトによって、どんなに音が細かろうと、手を尽くせば太く見せることが可能です。でも当時はそういうわけにもいきませんでした。
 たしか『テクノボン』を読ませていただいたときに、FMのシンセサイザーというものが、それまでのアナログのシンセサイザーに比べて、出音の傾向が違うという指摘があったと思います。そういう音が80年代のエレポップみたいなものへつながっていって、キラキラしたシンセの音が街にあふれていくなかで、逆にデトロイトやハウスの太いシンセの音というのは身体にも気持ちいいという実感があったと思うんです。
 で、ボーカロイドについてなんですが、これはもともと音の位相が自然でないものなんです。サンプリングした音の波形と、声をのばすときに使う波形とが違う。そのふたつの音波形を合成するので、そこで本来の音が持っているきれいな位相が失われててしまう、という面があるんです。初期のソフト・シンセもそうですが、低音がすごく弱い。なのでいまでもベースに太い音を使いたければ、ムーグのアナログ・シンセを買うべきだというような話は相変わらず生きていますよね。初音ミクは、そういう条件でいうと、「声が華奢で高い」という傾向にしなければモコモコ、シャカシャカしてしまって形にならないということが、実験の段階でわかってきました。それで、音圧がなくて、細くて、ちょっと人間離れした声に行ったんです。
 さて、これをどうやって演出して見せていこうか? 女の子のヴィジュアルを付けるとして、どんなふうにこの人間離れした声への理由づけをするか。そのときにDX-7が出てきたときの状況にちょっと似てるなと思ったんです。いままでのシンセサイザーでは、ツマミをいじって直感的に音を作ることができていたのが、DX-7ではパネルになり、アルゴリズムになり、操作がやたら面倒で、ベルの音みたいなのは簡単にできるけど、凝ったアンビエントみたいな音を出そうとすると、すごく大変な作業をしなければいけなくなる。初音ミクも、人間らしい声を出そうと思うとすごく難しくなってしまうけど、なんとなく人間じゃないような女の子の声となれば、簡単に出せる。そのへんの相似的な関係を重ね合わせようかなと思って、ヴィジュアルのモチーフとしてDX-7を使わせてもらえないかなということでヤマハさんに問い合わせて、「商標をつかわないのなら」と、了承をもらったんです。なので、カウンターといっても、そういった事情のつじつま合わせという意味合いのほうが強いかもしれませんね。

野田:それも面白い話ですね。しかも、このところ80年代リヴァイヴァルが続いているから、若い世代のあいだではDX-7みたいな音がまたぶり返しているんですよね。ただ、いまではデジタルもアナログも選択肢のひとつというか、機材と音楽の関係性って、90年代以降は相対的な関係性なんですよね。たとえばヒューマン・リーグの時代って、まだシンセなんて高いから、若い奴は誰も買えないわけですよね。だから学生がシンセを手作りしている。で、ローランド社がエレキ・ギターを買えるような価格にして販売したものが、TRシリーズとかね。それがDX-7以降、とくにアシッド・ハウスやデトロイト・テクノ以降は生産中止だったこともあって値上がりしちゃったり。オウテカなんて初期の頃はエンソニックですよね。3枚めくらいからマックス側に寄っていく。そうするとフォロワーたちもみんなマックス側に寄っていく。するとオウテカはまたアナログに戻すというようなことになる。最近でも敢えてパソコンを使わない人と、敢えて使う人と両方いるし......。
 僕は、それでなぜ佐々木さんが「声」というものに向かっていったのかということに興味がありますね。

機械と声の呪われた歴史

初音ミクも、人間らしい声を出そうと思うと難しいけど、なんとなく人間じゃないような女の子の声となれば、簡単に出せる。そのへんの相似的な関係を重ね合わせようかなと思って、ヴィジュアルのモチーフとしてDX-7を使わせてもらえないかなと思いました。(佐々木)

佐々木:われわれの会社はそもそもサンプル・ネタを販売する会社で、たとえばスタジオで録ってきたドラムのブレイクなんかをライセンス・フリーで売っているわけなんですが、そういうなかで、声の音ネタというのはかなり需要があったんです。「アー」とか「ハ~」とかもしくはダンス・ミュージック用の「ヘイ!」とか(笑)。

野田:へえー。『remix』をやっていた頃、けっこう、送っていただいているんですよね。初音ミクが出る数年前のことでしたが、たしか何度か紹介させてもらったことがあったと思うんですけど。当時は、札幌からなんでだろう? って感じでしたね(笑)。

佐々木:ビジネス的に、いちばん売れる音ネタでしたね。

野田:なるほど。サンプラーを買ってまず友だちや彼女に自慢するものといえば、声のサンプリングじゃないですか。「えー」とか、いろんな音階で鳴らして「すごいでしょう」って(笑)。声というのは素材は、音の合成機械にとってすごく何かあると思うんです。今年ele-kingでも重要作として挙げているメデリン・マーキーというシカゴの女の子の作品があるんですが、特徴としてひとつ挙げられるのはヴォコーダーを使ているということなんですね。ヴォコーダーを使ったアンビエントという感じですね。  ヴォコーダーの歴史がまた面白くて、あれは戦争中にアメリカのペンタゴンが音声を暗号化するために作り出した音声合成装置なんですよね。そのあたりのことは、今年出た『エレクトロ・ヴォイス』という本に詳しいんですが、広島に原爆を落としたりとか、ドイツへの攻撃の指令とかは酷いことは全部ヴォコーダーを通している(笑)。だからある意味、「機械で音声を変える」ということは人間の歴史のなかで非常に呪われた歴史を持っているわけです。ケネディ大統領なんかも盗聴をされたりするわけですけれども、その陰にもつねにヴォコーダーの存在がある。そういう起源の一方で、クラフトワークがヴォコーダーで歌うということがはじまるんですよね。
 クラフトワークの前にも大衆音楽において機械っぽい声が使用されるという例はいくつかあって、ウォルター・カルロスが『時計じかけのオレンジ』のサントラでベートーベンの『第九』とかをやるじゃないですか。あれでロボ声を使っているんですよ。偉大なるベートーベンの交響曲をロボ声でやったということが、当時は大人からすごく反感を買った。声をいじるというのは、やはり世の中に対してノイズを立てるような側面があるわけなんですよね。かたやクラフトワークは、『アウトバーン』で大々的にヴォコーダーを使用しましたが、そうしたメソッドがアメリカのブラック・コミュニティでバカ受けするわけです。いわば殺人兵器が反殺人兵器化するんですね。だからヴォイス・マシーンの歴史のなかに位置づけていくと、初音ミクもまたもうひとつ違った見え方がしてくるのかもと思います。やっぱうちの3歳の娘も反応するほど、可愛いもんね(笑)。

佐々木:自分としては、物心ついたころから加工された声というのはある程度世の中に普及していて、J-POPにおけるピッチの調整やハーモナイズ処理なんかも90年代中頃から盛んにされていきますよね。なので逆に加工音に慣れた耳で声に衝撃を受けた体験というと、NYアンダーグラウンドの、たとえばマイク・パットンのようなノイズ系のボイス・パフォーマーであったり、ヤマタカアイさんのネイキッド・シティみたいなものだったりとか。

野田:じゃ、機械というよりも人間ぢからのほうなんですね。

佐々木:(笑)人間というか、単純に強く個性的な声を出せば注目を浴びるものなんだなという驚きはありましたよね。

野田:初音ミクがヒットしている傍らで、R&Bからジェイムス・ブレイクにいたるまで、この数年とことんオートチューンの流行がありましたよね。何かわからないけど、生の声を加工することに対する大いなる好奇心というものが、またこの数年でいっきに拡大しています。

佐々木:自分のなかで、10代の頃には変な音とかノイズとか、音響とかもかなり通っていたので、当たり前になってしまっている部分はありました。一方でポップスの傾向としては、90年代からの小室哲哉さんの女性プロデュース物であるとか広瀬香美さんみたいな、とにかく高いキーで歌わせるというような流れと、「みんなもヤマハのイオスみたいなシンセサイザーを買って、ポップスを作って、女の子に歌わせてプロデューサーになろう!」みたいな作曲コンペティションが盛んになされるような状況とがあったと思います。それでそういうユーザーによる高い声の需要はありつつも、実際人間にはそう高い声が出せるものではない。だから、とにかく高い声を出させたいというのであれば、人間をどう歌わせるのかという点をそこまで突き詰めなくても、ボーカロイドのようなものでいいんじゃないかなという思いもありました。
 初音ミクの前に英語版のボーカロイドを出していたときがあったんですが、そのとき自分の尊敬する作曲家の方から、「なんて使えないモノなんだ」というようなご意見をいただいたことがあります。発音記号と音の関係性がもっと詰められてちゃんとしたものだと思っていらっしゃったようなんですが、ボーカロイドというのはサンプリングの音の断片がたくさん入っているというものなので、発音記号を指定すれば、リップノイズのような記号的な音まで細かくひとつひとつ合成されて出てくるかというと、そういうわけでもないんですよ。それで、「あ、これはアカデミックな層のかたに使ってもらうのはむずかしいな」とわかりまして(笑)。そういうわけなので、ボーカロイドも初期の頃は海外ではことごとく売れなかったです。アカデミックな研究に寄り添うにはサンプリングに寄りすぎているイメージですね。

野田:現代のスピーク・アンド・スペルみたいなもの? いや、でもあれは音程は変えられないもんね。

佐々木:そうですね......。日本語のボーカロイドは50音にひとつひとつの音が対応しているので、「あ」と入れれば「あ」という音が出てくるし、「い」にしても同様です。ただ、英語はスペルによって発音記号が変わるし、フレーズによって音の流れが変わったりするので、細かいところが微妙に欠落して、中身が粗かったりするんですよ。その粗い部分がそのまま置きざりにされていて。技術は確立してるのに、中身をきっちり整えていくという作業が未成熟で、当時とても中途半端なものだったんですよね。技術開発にかかったコストに対して売り上げが全然ついていかなくて、初音ミクをやる段階では、もうプロジェクトを閉じようかという話もあったくらいなんです。これで最後の製品だ、ぐらいの。携わる人数もぐっと減っていました。そんなわけで、初音ミクが生まれる前夜は、なにかおもしろいことをしなければいけないんじゃない? というようなムードにはなっていましたね。

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ボーカロイドがツールを超えたとき

ヴォコーダーは、戦争中にアメリカのペンタゴンが音声を暗号化するために作り出した音声合成装置なんですよね。広島に原爆を落としたりとかの指令は全部ヴォコーダーを通している。だからある意味、「機械で音声を変える」ということは人間の歴史のなかで非常に呪われた歴史を持っているわけです。(野田)

そのとき感じたのは、もう音楽の向こう側で音がどんなふうに鳴っているのかというのは、視聴者にとってはわからない世界になっていくんだなということです。(佐々木)

 クリエイターの創作上の利便性を上げる、いちツールとして開発されたに過ぎない音声合成ソフトが、ひとつのヴィジュアル・イメージと、思いもかけないほど多くの人びとの想像力、創作物、コミュニケーションによって、存在や人格をありありと錯覚させられるような広がりを得た。そこに「ただの女性の声ネタ」を開発するという以上の狙いはなかったのだろうか?

佐々木:まず「アニメ・ソング」というジャンル名を耳にしたときに、まったく何の音楽ジャンルでもないことに驚いて、でも若い人にすごく違和感なく浸透しているなという強い印象がありました。「アニメの主題歌であれば皆知っているし好きだからOK!」みたいなノリ。更にアンダーになると声優さんのキャラクターソングと言われるデフォルメされた声ありきの世界や、アダルトを含むゲーム由来のテーマ曲が許容されていく世界......。また、クリプトンに僕が入ったのが2005年ですが、当時オーケストラの音をサンプリングしていて、そこそこのクオリティのソフトを作れてたんです。生かサンプリングかわからないというレベルくらいには。でもそれを見たときに少しさみしい気持ちにもなりました。「一般の人がこれ聴いても、どっちかわかんないよね」というのは狙い通りでいいことなんですけど、テクノやエレクトロニック・ミュージックの歴史のなかでは、あまりポジティヴな使い方ではないと思った......要は「○○もどき」みたいなふうにして人に聴かせるやり方や、その需要が増えてきたんだなと思いました。当時、ゲームで言えば『ファイナル・ファンタジー』の〈スクウェア・エニックス〉さんとか、映画音楽なんかでも、オーケストラを呼ぶよりもコントロールしやすい音源でなんとかしようという感覚があって、いろんな部分でそういうことが起こりつつありました。
 そのとき感じたのは、もう音楽の向こう側で音がどんなふうに鳴っているのかというのは、視聴者にとってはわからない世界になっていくんだなということです。バンドが演奏しているのか、打ち込みで作られたものなのか、誰がどんな意図で鳴らしたものなのか、そういう音とそれを出す動機の関係性が本当にあやふやになっていく感じ。機材が良くなるなかで、音も多様性を持っていくということはこれまでにもありましたが、いまじゃプリセット枠がぐわーっと増えて、それこそオーケストラの音色にしても何でもあって、使い方によっては何でもできるという状況が、ほんとにいいのか悪いのか、その思考自体を止めてしまっている状況というか。リズムマシンから始まった演奏者の代用的なツールが、歌声合成(VOCALOID)の汎用化を可能にするところまで来た。だから昔の自分が初音ミクを見たら第一声「なんじゃこりゃ」とは言うでしょうね。ただ、これは声の質としてはアニメとかを視聴している人にはある程度親和性を見いだせるようなものなのかなと思いますし、人間的な要素も欠落していて、声の表現もつたないわけなんですが、そういうすごく素っ気なかったり朴訥に聞こえたりするところは、むしろよい部分でもあるのではないかと思いました。人間の代用のはずなんだけど、真正面からの人間の代用とは違う、おもちゃとしての適当さを持たせたものにしたかったというのはありますね。
 初音ミクは、自分をかわいらしく見せようとしている女の子の声を、ひたすら録りつづけた音源をボーカロイドにしているんです。だから、もともとは自分はかわいいでしょ、と一生懸命に自己主張していたものなのに、ばらばらにされてしまって、言葉のつながりとか感情とかが入っていないものになってしまっている。それが最終的に音として出てくると、なんだか間抜けなような感じがします。でもそこがとてもかわいいという部分もある。

初音ミクと性の問題

例えば南米のトロピカリアのような、ちょっとふざけたような音楽、トン・ゼーがそのへんの床を洗う機械を面白がって音楽に用いたりする感覚に似ていると思います。軽やかなおふざけというか。初音ミクというのは自分のなかではそうしたものに近いです。(佐々木)

野田:なるほどね、とても重要なポイントがいくつかありますね。まず、ボーカロイドの波形の話。きれいな波形と壊れた波形を重ねるから音が汚くなるというお話をされていましたけれども、音楽における機械声、ロボ声の使用はこれまでほぼ例外なく汚い音でしたよね。ヴォコーダーもそうだけど、だからおもしろいと言えるし、だから反感を抱かれる、という歴史をたどって来てもいるわけです。クラフトワークでさえ、はじめは笑われていたんですからね。
 もうひとつは、かわいらしい女の子の声にしたということ。僕みたいなかわいい文化の対極にいるような人間が言うのもなんですが。

佐々木:藤田さん(藤田咲)という演者さんに声をお願いしたんですが、スタジオに入ったときに、まずどういうふうに声を出せばいいんですか? と質問されました。彼女に読んでもらうのは、セリフでも日本語でもなくて、呪文みたいに50音が羅列されているものです。まったく何の意味も持っていないけど、ただ、それを読んでいるときの声の表情はそのままボーカロイドに使われます。その1語1語を細かく切ったものがボーカロイドになるわけです。で、こちらからお願いしたのは、とにかく意味不明な台本は意識せずにとにかくかわいらしくお願いしますということでした。あまりなにも考えないで、とにかく楽しく、かわいく! と煽っていたんですが、そんな問答を続けていたら、藤田さんがもう吹っ切れてしまったようで、途中で腕を振りだしたんです。テンポに合わせて体を揺らしながら声を出しはじめた。それから良いテンションになり「わたしかわいいでしょ?」という雰囲気で50音を発音しつづけてもらったので、かなり不思議な録音になりました。
 これの前にカイトとかメイコといったボーカロイドを作っているんですが、それはふつうのシンガーの方にお願いしていたので、ヴォイス・トレーニングのような録音だったんです。正しく、きれいな発音、発声。それを切って音程なしにつなげると、駅のプラットホームの音声アナウンスのようなフラットな感じになるんですが、ミクの場合は、とにかく「わたしかわいいでしょ!?」というテンションが凝縮されているので、切って貼って、そのテンションが高く口を開いた「ら」と、口が閉じ気味だけど表現を可愛くしようとした「ぬ」とかが並んだときに、ちょっと変な感じ、変な印象になります。聴き手は、歌い手側になにかメッセージか感情表現があるものという前提で聴くわけですが、そこがバラバラになるわけですね。自分はそれはユーモラスに感じるんです。例えば南米のトロピカリアのような、ちょっとふざけたような音楽、トン・ゼーがそのへんの床を洗う機械を面白がって音楽に用いたりする感覚に似ていると思います。軽やかなおふざけというか。初音ミクというのは自分のなかではそうしたものに近いです。
 音声合成として全然完璧なものではないですしね。もともとヨーロッパの会社がボーカロイド作ってたんですけど、そっちは声が人間ぽくならないのを逆手にとって、フランケンシュタインみたいな表現で、「これは人造人間みたいなものですよ」という売り方をしていたんです。それがなんとも自虐的というか、売れなさそうで(笑)、この方向はナシだなと思ったりしました。そこで日本の文化的な環境に適したものとして思い浮かぶのは、SFチックでかわいらしい女の子かなというところで、ご存知のとおりの姿かたちになっています。

野田:なるほどー。ソフトウェアのパッケージングとして重要な部分を支えている絵だというのはわかったんですが、ぶっちゃけ、このヴィジュアル自体にエロティシズムは意識されていないんですか?

佐々木:いや、僕自身もともとアニメ・カルチャーにさほど詳しいわけではないんですが......エロティシズムとは少し違うものでしょうか。昔は、男の子の性的な欲求の捌け口というと、エロ本やAVみたいなものだったりしたと思うんですけど、ある時期から肉感的なリアルな女性像が受け入れられないなどの理由で、アダルト・アニメやエロゲーなどに向かう人も一方で増えていったんだと思います。過度に母性を感じさせるように、胸が大きかったり、過度に恥ずかしそうに頬が赤らんでいたりという、アニメ等の記号的な性の表現は、自分としては作為的かつ刹那的と感じていたんです。初音ミクはそういうディテールがありつつも、頬の赤みや胸の大きさというのは極限までカットしていきました。それに、そもそもこの初音ミクの声ではあまり性的なイメージに結びつかないだろうなとも思いました。VOCALOIDの音として冷静に人間の声と比較すると、考えなしに淡々としている印象もありますし。この声を出している女の子がいるとすれば、それはおそらく胸も小さくて、性的なアプローチに乏しい姿なのではないか。それで少しストイックにしたというところはありますね。
 最近は女性のファンの方も多いですし、ニコニコ動画などの視聴者にもとても若い女性の方がいらっしゃいますから、変に性的に強調されていると、違和感になっただろうなとも感じます。

野田:ああ、なるほど。サイバー・フェミニズムっていうタームがありますよね。デジタル空間では、女性は旧来的なジェンダーから解放されるというね。ローレル・ヘイローのアルバムの会田誠の切腹女子高生の引用は、アメリカのデジタル文化になぞって言うと、サイバー・フェミニズム的なものを感じなくもないのですが、さっきのうちの娘じゃないけど、初音ミクは、女性性に受け入れられるんですね。なんか。

佐々木:もちろん最初は男の方が多かったですけどね。プログラマーとかIT系のお仕事をされながら、ネット・カルチャーのなかで情報収集をされる方がおもしろがって集まってきてくれました。一番乗りで動画を作られていた方では、鉄道オタクの方も結構いらっしゃいましたしね。

野田:なぜ鉄道オタクの人が(笑)!?

佐々木:山手線のメロディをひとつひとつ歌わせてくれるんですよ(笑)。新しもの好きで鉄道も好きという方はけっこういらっしゃると思います。

野田:ああ、そうかもねえ。


 時間を忘れて語る両氏。このあと野田がさらに初音ミクの少女性をめぐって切り込みます! 後編を乞うご期待!

Chart JET SET 2012.12.17 - ele-king

Shop Chart


1

Burial - Truant Aka One / Two (Hyperdub)
ご存じFour Tetとのジャンル越境コラボ・アンセム"Nova"も記憶に新しい美麗ベース天才Burial。『Kindred Ep』のメガヒットと1st.&2nd.アルバムの再発を経て遂に待望の新作が登場です!!

2

Toro Y Moi - So Many Details (Carpark)
激注目サード・アルバム『Anything In Return』からの先行シングル!B-sideには、Ofwgktaクルーのラッパー、Hodgy Beatsによるリミックスを収録。

3

Makkotron a.k.a. ひよこ - Waiting Room (Smr)
Smrミックス・シリーズ第三弾は、Theo ParrishやCut Chemist、Dj Shadow、Force Of Natureなどのヴァイナル・ディガー達が敬愛する、元ひよこレコード店主、Makkotron a.k.a.ひよこ!

4

Roc Marciano - Reloaded (Decon)
ヒップホップ・フリークが待ちに待ったであろうRoc Marcianoのフルアルバム! 楽曲の半数以上はセルフ・プロデュースで、他にはQ-tip, Alchemist, Ray West, Ark Druidsが参加。

5

Herbert - Bodily Functions Remixes (Accidental)
ご存じ巨匠Herbertが'01年に放った生活音グルーヴ満載の歴史的傑作『Bodily Functions』収録曲を、説明不要の音響ミニマル/フリーキー・ミニマル天才たちがリミックスした話題の1枚。

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Moon B - Untitled (Peoples Potential Unlimited)
以前カセット・テープのみで流通され、それを聴いたDam-funkも「リアル・ファンクだ」絶賛したという、全Ppuファン直撃のロウファイ・シンセ・ファンク・アルバム!!

7

Dj Nu-mark - Broken Sunlight (Hot Plate)
ヒップホップを中心に、ソウル~ブレイクビーツ~アフロ~ディスコと幅広いサウンドを披露してきた先行シングルから、俄かに期待の高まっていた最新アルバムが登場です! ゲートフォールド・ジャケット仕様。

8

Disclosure - Latch Feat Sam Smith (Pmr)
前作『Face Ep』がメガヒット、Joe Goddard率いるGreco Romanからデビューを飾った人気急上昇デュオDisclosureが、Jessie Wareらのリリースでお馴染みPmrから初登場リリース!!

9

K-def - Signature Sevens vol.1 (Rated R)(Slice Of Spice)
Lord Finesseの7"シリーズでお馴染Slice Of Spiceの次なるリリースはなんとK-Def3部作!記念すべき第1弾は、当時Marley Marlのスタジオとして有名な「House Of Hits」に所属したクルー・Rated Rを迎えたブーンバップな楽曲を、Datアーカイブからリストアし初お披露目!

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Para One - When The Night Remixes (Because)
『Passion』の中でも際立っていたソウルフルな男性Vo.をフィーチャーしたアーバン・スロウ・ディスコが嬉しい12インチ・リリース。リミックスも粒揃いです。

Tracey Thorn - ele-king

 19世紀のなかばのロンドンともあれば、近代の基礎はしっかりできているので、ひとの人生観も多様化している。『クリスマス・キャロル』に出てくるスクルージって、考えてみれば、150年後の新自由主義の走りみたいなキャラだ。当たり前の話、人はクリスマス・イヴに3人の幽霊に会うわけではないので、150年後はこうなっているのだろう。
 とはいえ、欧米のロック評論を読んでいると何かとチャールズ・ディケンズの名前が出てくる。そのおかげで僕は彼の重要性を認識したほどだ。たとえばデイヴ・マーシュという評論家は、ジョン・レノンをもっともディケンズ的なキャラクターだと言っている。ジョン&ヨーコの"ハッピー・クリスマス"は『クリスマス・キャロル』に匹敵すると評している(いかなる人も等しく幸福であることを願っているという意味において)。
 この季節は1年でもっとも感傷的な季節だ。個人的には震災以降、感傷的な音楽は意識的に遠ざけていたところがある。しかし、かれこれ10年以上も、携帯の留守電にWhy Sheep?から一方的に歌を吹き込まれる12月8日の夜を迎える頃には、自分も街のなかの感傷を受け入れざる得なくなる。メリー・クリスマス、最低の人生に乾杯。
 先日、『クリスマス・キャロル』がどういう物語なのかを8歳の子供に説明したが、骨の折れる、極めて困難な作業だった。そもそも何故スクルージが金に執着していたのか、そして何故、突然、一夜にして途方もない愛が吹き出てしまうのか、子供にわかるわけがない。大人にだってわからない。大きな七面鳥をティムに送るのに、何故スクルージが自分の名前を伏せるのか、それがわからないから偽善的な売名行為も野放しにされる。

 トレイシー・ソーンと言えば、エリザベス・フレイザーやホープ・サンドヴァルらと並んで、個性的な声ゆえに、いまだ根強い人気をほこる女性シンガーだ。昨年は、ザ・XXのカヴァー・シングルもリリースしているが、これはかねてからトレイシー・ソーンのファンだったザ・XXからの希望だったという。
 かくいう僕も世代的に言ってマリン・ガールズからエヴリシング・バット・ザ・ガールのセカンド・アルバムまではそれなりに思い入れがある。プリテンダーズの"キッズ"のカヴァーで泣くオヤジである。Why Sheep?のように、トレイシー・ソーンが参加しているというだけでマッシヴ・アタックはセカンド・アルバムが最高作だと信じている輩も少なくない。同世代では、いまだにしつこく『エデン』の頃の彼女を聴き続けてるファンも多いし、クラブ・ミュージックに接近してからの彼女もずっと追い続けている人だっている。トレイシー・ソーンがクリスマス・アルバムを出したと知れば、宿命的にそれはヘヴィー・ローテーションとなる。

 『ティンセル・アンド・ライツ』は、歌詞で『クリスマス・キャロル』を歌った"ジョイ"、それからタイトル曲以外はカヴァーという構成。大御所ドリー・パートンやあらゆる世代から愛されているジョニ・ミッチェル、アメリカの大作曲家のランディ・ニューマン、それからホワイト・ストライプスやスフィアン・スティーヴンス......童謡も歌っている。スクリッティ・ポリッティの曲は数年前の復帰作から。グリーン・ガードサイトもゲスト・ヴォーカリストとして1曲参加している。
 トレイシー・ソーンは、80年代にたくさんあったお洒落なソウルのひとつだったが、思えば、彼女のパートナーが作った『ノース・マリン・ドライヴ』にも、そして彼と彼女の『ラヴ・ノット・マネー』にも、ディケンズ的な、キャロル的な要素は強かった。〈チェリー・レッド〉の有名なコンピレーション『ピロウズ&プレイヤーズ』は1982年のクリスマスに「99ペンス以上払うな」と記されて、発売されている。実にわかりやすくキャロル的な希望を表すメッセージだが、日本では『クリスマス・キャロル』はかき消され、ネオアコなる奇妙な名称で紹介され続けている。こうしてチャールズ・ディケンズは、渋谷の街から姿を消したのだった。

第4回:HAPPY?/パンクの老い先 - ele-king

 久しぶりに、2年前までヴォランティアしていた無職者支援チャリティー施設の付設託児所で働いた。どうしても人手の足りない日があるというので、有給を消化して手伝いに行ったのである。
 2年も経てば、顔ぶれも変わっているだろう。というわたしの読みは甘かった。
 ゴム長靴を履いたオールド・パンクのNも、昔は音楽ライターだったらしいけどいまは当該施設の食堂でヴォランティアしているAも、長期無職者たちは、まるでそこだけ時が止まってしまったかのようにそこにいた。
 5年前、わたしがこの施設に出入りするようになって驚いたのは、10年や20年単位の長いスパンに渡って生活保護を受けて暮らしている人びとの存在だった。そういう人びとのなかには、自らの主義主張のために労働を換金することを否定し、生活保護を受けながらアナキスト団体に所属してヴォランティア活動に励んでいる人びとや、昔は音楽やアートなどのクリエイティヴな業界で働いていたらしいんだけれども、クリエイティヴな仕事しかしたくないの。とか言ってるうちに気がついたら生活保護受給者になっていた。という人びとなんかもいた。

 こうした国民のライフスタイルの多様性を可能にしていたのは労働党政権である。が、保守党政権下では無職者は激しい締め付けを受けているので、例えば、CRASSな生き方を信条とする50代半ばのNは、職安に仕事を斡旋されて断ったためベネフィットを打ち切られそうになり、タイムリーに脚の骨を折ったので打ち切りは見送りになったそうだが、これには、彼が公営団地の窓から飛び降りてわざと負傷したという噂もある。
 元音楽ライターのAにしても、当該慈善施設のキッチンでチップスばっかり揚げているのが災いし、職安からフィッシュ&チップス屋の仕事を斡旋されて難渋しているという。そんなに難渋しなくても働けばいんじゃないかと思うが、これらの人びとにとって、働く。ということがどれだけの難事で、面倒で、敗北を意味するのか、ということを知っているので、わたしは黙って話を聞いている。

 「『俺らのように生きろ。俺らのようになることが模範的国民になることだ』ってのが、保守党の政治だ。自らの正当性を疑わない人間は、バカの最たるものである」
 と言いながら、Aは2年前と同じようにキッチンで芋の皮を剥いている。昔は『NME』に書いていた。と彼が言った時には、こいつもホラ吹き野郎のひとりかな。と思ったが、彼の場合、80年代に活躍していた日本の音楽ジャーナリズムの人の名を複数知っているので、けっこう真実なのかも知れない。
 一方、いつもゴム長を履いてアナキスト団体の無農薬野菜園を耕しているNについては、休刊中の『ユリシーズ』にも書いたことがあるが(よく思い返せば、Aについても書いていた)、彼はアナーコ系オールド・パンクであり、エコロジカル・アーバン・ヒッピーみたいな若手アナキストたちに笑われながら、いまでも己の信じた道を進んでいる。というか、いまとなってはもう他の道に移りようがないから。というほうが的確な気もするが、噂の左足をギブスで固めて松葉杖をつきながら、腐ったような革のライダース・ジャケットを羽織り、「ハーイ」とか言っている彼の姿を見ていると、つくづく思う。

 ああ。パンクもこんなに老いた。

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 今年、個人的に大きな衝撃を受けたのは、あるジョン・ライドンの発言だった。
 「俺は報われた。だから、俺はもっと世界を報いたい。いったいぜんたい、どうしてこんなに人生をエンジョイできるチャンスを俺に与えてくれたんだ? こんなの、おかしい」
 John Lydon Lollipop Blog Part3で、そう言いながら彼は目を潤ませた。

 長年のライドン・ウォッチャーなら、そのうち彼がこういうことを言うんじゃないかという漠然とした予感はあっただろう。
 表現メソッドとしては、いろいろトリッキーなねじれを見せる人だが、この人の根底には、筋を通したい。というのがある。喧嘩別れして空中分解し、死人まで出した青春のセックス・ピストルズで「おっさんたちの和解」を成し遂げたのもそうだし、マルコム・マクラレンへの追悼文のなかで「I will miss him」と言ったのもそうだった。最近の彼の言動に大団円的ハピネスの香りがするのは、何十年も心の奥に刺さっていた案件に、自分なりのカタをつけたからなのかもしれない。

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 無職者支援施設の食堂のクリスマスツリーに、今年は変化が見られた。
 いやに侘しいのである。自宅にツリーを持ってない人や、ツリーを飾る塒さえない人びとが集う場所なので、当該施設のツリーは金銀ぎらぎらとド派手なのが通常だったのに、今年は誰かが倉庫からツリーの装飾品をごっそり盗んで行ったという。
 「でも、ツリーの装飾品なんか盗んでどうすんの」と言うと、
 「大量にあったから、レストランとか、パブとか、デカいツリーを飾るところに持って行って安く売ったら、買う店はあるだろ」とAが言う。
 同様のことはオフィスでも起こっているそうで、ぺティ・キャッシュの金庫やPCも盗まれるようになったという。「ここには貧者たちのコミュニティ・スピリットがある」と言った人もいたが、追い詰められると人間のスピリットは摩滅するもののようだ。
 ツリーの寂寥感を軽減するために施設が考案した苦肉の策は、クリスマス・カードをぶら下げる。というものであった。施設宛てに送られて来たカードや、施設利用者たちが受け取ったカードを持ち寄って、ツリーに下げているらしい。
 「ピースフルな年になりますように」
 「来年は、みんなに仕事が見つかるように」
 ぶら下がっているカードの内側を読んでみると、「Wish」「Hope」といった言葉がやたらと多用されていることに気づく。様々な人間の願望を記した紙切れが下がったその木は、もはやクリスマス・ツリーというより、たんざくが垂れ下がった七夕の笹の木のようだ。

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 「ライドンが、『俺は報われた』って言ったの、知ってる? PiLのギグをやっていると、そう思う瞬間があるんだって」
 「また大げさなこと言ってるけど、要するに、ハッピーなんだろう」
 「うん」
 Aは炊事場で手際良く大量のじゃが芋をチップス状に切って行く。
 「最初にピストルズを見たのは、15歳の時だった。批評心も何もない年頃だったから、神のお告げを聞いたようなもんだった」
 ロンドン北部の公営住宅地で育ったAは、「金は人を幸福にはしないが、人生における選択肢を与える。その選択肢の有無が、階級と呼ばれているものの本質だ」と言ったことがある。同じような境遇から出て来て、世界のありとあらゆるものを呪詛したジョニー・ロットンに、若き日のAは強い共感を覚えたらしい。
 「俺にとっては特別なバンドだ。だから、彼がようやくハッピーになったのは嬉しい」
 と言って、Aは薄く笑った。
 「なんとなく置いていかれたような気がするのは、こちら側の問題で」

 炊事場の外では、当該施設名物の、賞味期限切れの無料パンの配給がはじまった。
 「フリー・ブレッド!」
 という食堂係の叫び声と共に、ぞろぞろと施設利用者がカウンター前に並びはじめる。
 ドレッド・ロックの白人ニューエイジ・トラヴェラーや、アサイラム・シーカー系の有色人種。若いアンダークラス・シングルマザーたち。Aもエプロンを外しながら、Nも松葉杖をつきながら、列に加わる。
 彼らは長年、この列に並んできた。
 雨の日も、風の日も、雪の日も並んできた。
 「この施設を使いたいのなら、きちんと(F)列の(F)後ろに並べ!」
 脇から入り込んできた若きアナキストを、Nが叱り飛ばす。しかし、激昂して怒鳴った瞬間に松葉杖から手を離したものだから、ふらふらと頼りなく体勢が崩れ、怒鳴りつけた当の青年から、「爺さん大丈夫かよ」か何か言われて体を支えられている。

 彼は何十年もこの列に並んできたのだ。
 労働を換金して賞味期限の切れてないパンを買うことより、労働しないで賞味期限の切れたパンを貰うことを選び、それを変えなかったのである。
 Nにどやされたアナキスト青年は、バンクシーのグラフィティがプリントされたTシャツを着ていた。編み物をしている老女たちの絵に、こんなスローガンが書かれている。
 PUNKS NOT DEAD THUG FOR LIFE

 グホグホグホと痰の絡んだ爺さんのようなサウンドでNは咳き込んでいる。
 ギブスで膨れた脚では、さすがにゴム長も履けなくなったらしい。12月も半ばだというのに、オールド・パンクはサンダル履きだった。
 そのどどめ色の靴下には、ぽっかりと大きな穴。
 「雪が降ってきたよ」と誰かが言うのが聞こえた。

 コンセプトは「seen it Somewhere, sold Nowhere, only Here.」
 って格好つけちゃってすみません。直訳しつつ行間を読んで頂けると尚良し......って偉そうにすみません。

 ライヴハウスやクラブの片隅で広げられた物販コーナーに並ぶ、バンドメンバーによる趣味丸出しで極少生産のマーチャンダイスから放たれる得体の知れない魅惑的な香りは、熱狂的なファン以外の好奇心をも多分に刺激することでしょう。
 近年はめっきり見かけなくなりましたが、昔の雑誌などでは必ず巻末あたりでメールオーダーのカタログページが掲載されていて、ガラスケース越しでは見たことの無いヘンテコなアイテムが多数掲載されており、眺めているだけでも楽しい気持ちになったいたことをいまもふと思い出すことがあります。
 オンライン上であれば、どこからでもアクセスできるのは当たり前だけれど、、それじゃあなんだか面白くないですよね!?
 多少のギミックを仕込んだネットストア『ANYWHERE STORE』が近日オープンとなります!!

 取り扱い第一弾はイギリスの名門「Honest Jon's」がひっそりとリリースしていたカーハートとコラボしたトートバッグとロゴTシャツ。
 日本初のテクノガイド本『TECHNO definitive 1963-2013』などの書籍はもちろん、少ロットで作成されたマーチャンダイスの販売を行います。ちなみに、『TECHNO definitive 1963-2013』の表と裏のイラストは数多くのデトロイト・テクノの名盤のジャケを手がけてきたアブドゥール・ハック氏による書き下ろしですが、この裏表紙で使ったSF漫画ちっくなイラストがすこぶる評判が良くて、エレクトラグライドで出店(目指すは神出鬼没な移動式マーチャンダイス屋)したときも、そのステッカーだけ欲しいという人が何人もいました。それで、現在、『TECHNO definitive 1963-2013』Tシャツの特別限定ヴァージョンとして、ハック氏のイラストをフィーチャーしたものを作ろうとか思案しています。受注制でやろうかと思っているのですが、作ったら買いたいという方がいましたら、どうかワタクシ菅村宛(adinfo@ele-king.net)にメールを下さい。また、こんなものを作って欲しいというリクエストがあれば教えてください。たとえばノイ!のマグカップとか......(ノイ!の日記というのをいま真剣に考えているのですが、どう思われますか?)

 ついに、期間限定開店中!!→ANYWHERE STORE

OMSB - ele-king

 自らを認めようとしないシステムや大人、偏見、閉鎖的なシーン、ひいては音楽業界......そのすべてにOMSBは中指を突き立てる。満を持してのリリースとなったOMSBのソロ・アルバム『ミスター"オール・バッド"ジョーダン』は、とてもエモーショナルで自身のパーソナリティに深く触れる内容だが、同時に外にも開かれた作品となった。力強いプライドを漲らせ、凄みすら感じさせる彼のラップからは、現状を変えたいと願う強い想いが伝わってくる。ここまで本作を熱量の高いものにしたのには、これまで、トラック・メイカーとしても多くの楽曲を発表する彼が、ラップ・アルバムにこだわったところに理由があるように思う。

 たとえば、ランDMCの"サッカー・Mcズ"のドラムからはじまる、その名もズバリ"ラッパー・エイント・クール"には、現行の日本語ラップに対する鋭い考察がある。「言葉遊びはもちろん大事だが/Flowの遊びは皆度外視(略)ストーリーテラーでもSlick RickみたいなFreakyさが無い(略)正統派のTake Over/つまり継承者なんて誰も居やしねぇじゃん」。「Flowの遊び」とは、ラップの抑揚や緩急のアクセントといった、おもに音楽性の部分を示し、その研鑽の無さを嘆いている。実際このアルバムで聴けるOMSBのラップの魅力は、ビートに即した性急なライミングとそのアグレッシヴなフロウにある。全曲トラックを手がける彼の別の顔が、ラッパーとしての彼にフィードバックを与えていることも強調しておくべきだろう。そのトラック群は、全体的にダークなトーンだが、上モノの豊富さや展開の妙でまったく飽きさせない。まるで、MFドゥームのファンクネスが、El-Pのインダストリアルで実験的なトラックに注入されているようだ。

 つづいて、ストーリー・テリングについて、物語としての飛躍力が足りないのではと言及する部分。稀代のリリシスト、スリック・リックと比べるのは少々酷かもしれないが、彼はUSラップと日本語ラップを対等の土俵に引き上げたいと思うからこそ、そうラップするのではないか。ケンドリック・ラマーに対してライバル心を燃やす男なのだから、そう考えても不思議ではない。ここで、USでのラップの聴かれ方について考えてみる。たとえば、前述のケンドリック・ラマーの最新作『グッド・キッド、マッド・シティ』がなぜあれだけ評論家筋に賛辞をもって受け入れられたのか。それは単に音楽として優れているというだけでなく、コンプトンでのどん詰まりな日々を自身への訓戒を込めて綴ったリリックがあったからこそである。つまりは詩と音楽性、そのどちらにも比重を置くラップをすることが、ストリートの詩人として、ラッパーに求められるものなのかもしれない。つまりは"ラッパー・エイント・クール"で客演をつとめるJUMAのウィットなパンチライン「オマエはラッパーじゃない!/ただのラップする人/ラッパーじゃなーっい!」に尽きる。

 とまれ、『ミスター"オール・バッド"ジョーダン』はその実、すばらしいコンセプト・アルバムにもなっている。ハーフで複雑なバックボーンを持つ彼の自伝的な作風であるにも関わらず、示唆に富んでいるという意味では普遍性もある。彼が抱えるドス黒い否定の情念は、おそらくは自分の居場所を求める気持ちの表れだ。クラブ、職場、いまの住まいであるアパート、ほとんどの曲で彼はその居心地の悪さをラップしている。自分の境遇を「生まれのハンディキャップ」と呪い、「あぁそうだ、ここは多分......」と回想を繰り返すなかでは気の触れた狂気にとりつかれる。しかし、クローザー・トラックの"ハッスル2112"が指し示すように、OMSBはこのアルバムが100年先も再生される明るい未来を想って、締めくくる。

 出自のコンプレックスをいたずらに刺激する警察官への反抗ソング"ファック・ザ・フェイク・ポリシア"。この曲の共演者であるDyyPRIDEの歌い出しはこうだ。「悪者風イメージ レッテル/張られた俺/道踏み外し走ってく」。奇しくもこれに、ECD著『いるべき場所』にあった「ラップに限らず音楽、芸術はむしろまともな人生を踏み外すためにあると僕は信じていた。」という一文を思い返した。道を踏み外した彼らが音楽によってむしろ逆説的に居場所を取り返そうとする行為は、マイノリティーの集合体としてのSIMI LABを最初に知ったときの印象だ。リーダーのQNが抜けて本隊にどう影響が及ぶか、危ぶまれた時期もあったが、いまではJUMAとUSOWAが穴を埋めて余りある強い存在感を出し、第2期SIMI LABを支えている(個人的に、JUMAは大好きなラッパーのひとりだ)。ラージ・プロフェッサーとの共演や、今作が耳にとまったレイダー・クランのメンバーからアプローチを受けるなど、OMSBを取り巻く周囲の状況は少しずつだが、望むべき方向へ進んでいっているようにみえる。話は戻るが、先に参照した「正統派のTake Over/つまり継承者なんて誰も居やしねぇじゃん」はじつにうまい名文句だと思う。エルヴィス・プレスリーもたしか、新たなスタイルは反逆のなかから出てくると言っていたけど、このゲームはいつだって意外なヤツが制するのだ。

 蛇足になるが、このアルバムの冒頭部分にはボーナスでマイナス・トラックが収録されており、PCでリッピングするだけではわからない仕掛けがある。さらに言うと、このボーナス・トラックの歌詞も、パッケージのどこかに隠されている。こうした細部に凝らした遊び心も忘れない、愛すべき名盤だと僕は思う。

interview with Yo La Tengo - ele-king


Yo La Tengo - Fade
ホステス

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 1日限りではあるけれど「ザ・フリーホイーリング・ヨ・ラ・テンゴ」と題されたライヴで3年ぶりの来日を果たしたヨ・ラ・テンゴ。今回の来日公演は通常のライヴとは違い、通訳を介したQ&A形式で観客とのトークを挟みながら、その場のフィーリングで選曲を決めていくという特殊なスタイル。ヨ・ラ・テンゴのライヴといえば、本編で圧倒的なサウンドを奏でて観客をうっとりさせ、アンコール・タイムではリクエストを募ったり、嬉々として自分たちの好きな曲のカヴァーを披露したりして、アットホームな雰囲気を醸し出すのがいつもの流れなのだけれど、この日は観客とのQ&A(微笑ましい質問もあれば、マニアックな質問もあり)に半分くらいの時間を割いていることもあり、全編通してアンコール・タイムのような和やかな雰囲気。この晩、ステージにセッティングされた楽器はアコギ、ベース、シンプルなドラムセット(スネアとタム、それにシンバル)だけで、数曲演奏して客電がつき、質問タイムを挟み、また演奏するという構成は、いつものヨ・ラ・テンゴのステージを期待していた人にとっては肩透かしだったかもしれないが、コアなファンにとっては満足のいく極上の公演だった。

 その翌日、インディー・ロック界随一のおしどり夫婦であるアイラ&ジョージアに、今回のライブの裏話や、来年1月に出る新作について話をきくことができた。

 自分としては10年前くらいに書いていた曲のような感覚もあったりするし。自分たちでそれらの違いを発見したり、説明したりするのが難しいだけなのかもしれないわ。

昨晩のライヴでは観客からの質問に、冗談で「プレゼントをくれないと質問に答えないよ」と言っておられたので、プレゼントを用意してきました。どうぞよろしくお願いします。

アイラ:ありがとう。昨日言っておいてよかった(笑)。

メンバーと同じシャツにヅラをかぶったコスプレ姿の通訳3人も笑いをとっていて、大活躍でしたね。あのアイディアは日本に来る前からあたためていたんですか?

アイラ:そうだよ。来日する前から考えていたアイディアだね。通訳を入れることで他の国でやるよりもショウのペースがゆるんだり、間が空いてしまったりしないようにと思って、メンバーひとりひとりに通訳をつけようっていうのは最初から考えていたんだけど、さらにショウを面白くするために通訳のみんなに僕たちのコスプレをしてもらおうと思ったんだ。実際にカツラとかを買いに行ったり、準備したりするのはすごく楽しかったよ。

アイラ役の通訳の方は、お揃いのボーダーのTシャツを着ていましたね。あれは日本で調達したんですか?

アイラ:そうだね。日本で買ったよ。

ユニクロですか?

アイラ:違うよ。H&Mだよ(笑)。自分が着ようとしていたTシャツを僕の担当の通訳の人に前もって伝えていたんだけど、彼はそんな種類のTシャツは持ってないって答えたんだ。実際に彼が当日着てきたTシャツを見たらそれでもまったく問題はなかったんだけど、招聘元のスマッシュのスタッフがこのコスプレのアイディアを気にいってくれて、どうせならお揃いのシャツを買いに行こうということでH&Mに連れてってくれて、そこで買ったんだ。

英語圏以外の国で今回みたいなQ&A形式のライブをやるのは大変そうだなと思っていたのですが、とてもユーモア満点で素敵なライブだったと思います。このような形式のショーを観て、思い浮かんだのがアメリカのテレビ番組『アクターズ・スタジオ』だったのですが、もしかして、これがインスピレーションの元になっているのですか?

アイラ:ハッハッハッハ。違うよ(笑)。それは思いもしなかったな。そこからアイディアをとったわけじゃないよ。他の国でやるとみんな好き勝手に同時にいろんなところから発言したり、おしゃべりしたりしていたりして、何が質問されているかまったくわからない状況が多いんだけど、昨日のライブを思い返してみると、みんなマナーがちゃんとしていて、きちんと挙手してマイクを持った人が質問する感じだったから、たしかに『アクターズ・スタジオ』っぽかったかもね。

 ※『アクターズ・スタジオ』......アメリカの俳優・監督・演出家らを養成する演劇の専門学校、アクターズ・スタジオが運営するテレビ番組。俳優・映画監督らをゲストに招き、同校の生徒を前に、インタヴューに答えるという形式。番組終盤には毎回決まった10の質問と、会場の学生からの質問に答える。日本では佐野元春が司会を務める『ザ・ソングライターズ』が近い雰囲気。

昨晩のトーク・セッションのなかで「新作では何か新しいことがしたかった」と言っていましたね。前々作の『アイ・アム・ノット・アフレイド・オブ・ユー・アンド・アイ・ウィル・ビート・ユア・アス』と前作の『ポピュラー・ソングス』はこれまでの集大成的なバラエティに富んだ内容でした。なかでも"ミスター・タフ"はファルセットで歌っていたり、"イフ・イッツ・トゥルー"はモータウンっぽいストリングスが入っていたりしていたので、ヨ・ラ・テンゴの新機軸はソウルっぽいサウンドなのかと思っていたのですが、新作で新しく取り入れた要素はありますか?

ジョージア:ちょっとこれまでと違うところもあるかもしれないけど、際立って新しい要素はそんなにないかなって思うわ。自分としては10年前くらいに書いていた曲のような感覚もあったりするし。自分たちでそれらの違いを発見したり、説明したりするのが難しいだけなのかもしれないわ。

アイラ:きみが言うように、たしかに"ミスター・タフ"とか"イフ・イッツ・トゥルー"みたいな曲はモータウンっぽい感じがするし、それが新機軸になっているっていう考えも理解できるよ。あの頃のアルバムの特徴を話すとすると、いろいろなジャンルっていうものをフォローしてみようって気持ちがあった時期だね。たとえば、"イフ・イッツ・トゥルー"とかはモータウンってコンセプトにもとづいて曲を書いてみようと思って、ストリングスを入れてみたりして、ジャンルをなぞっていた部分はあったんだけど、今回に関しては、特定のジャンルを意識するって感じじゃなくて、自分たちから自然に生まれてきた曲をそのまま収録した感じかな。

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いま、話をしていて考えていたんだけど、どうしてもっと早くにジョン(・マッケンタイア)といっしょにやらなかったのかなって思うよ。


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長年つきあいのあるプロデューサーのロジャー・マテノに変わって、新作ではトータスのジョン・マッケンタイアをプロデューサーとして迎えているそうですが、どのような経緯で実現したのでしょうか?

アイラ:はっきりとは覚えてないんだけど、スタジオで練習しているときに誰かがふとこのアイディアを思いついたんだ。ジョンとは20年以上の知り合いでこれまでいっしょに何かをしてないことが不思議なくらい仲がいいし、音楽的にもあうし、バンドみんなが賛成したよ。ジョンはほんとに忙しい人なんだけど、たまたま彼のスケジュールにちょうど空きがあったから実現したんだ。

長年、インディー・ロックを聴いてきた人たちにとってはこのコラボレーションは夢のようです。

アイラ:そうだね。いま、話をしていて考えていたんだけど、どうしてもっと早くにジョンといっしょにやらなかったのかなって思うよ。僕たちは映画のサントラを依頼されることも多いんだけど、いつも同じようなタイプの曲を求められることが多いんだ。全然違うジャンルの音楽を書けるし、書いてみたいのにね。よく考えてみたらそういう目で自分もジョンのことを見ていたかもしれなくて、トータスのファンだし、彼の音楽も大好きだけど、自分たちは全然トータスっぽくないからと思っていて、そういう固定概念のようなものに囚われていたんだけど、そこから離れて広い視野をもてるようになったことがジョンといっしょにやるきっかけになったかもね。

昨日披露された新曲は3曲ともゆったりとしたリズムでリラックスした曲調でしたね。ジョン・マッケンタイアとタッグを組んだということで、ポスト・ロックっぽい複雑なサウンドになっているのかもとイメージしていましたがいい意味で期待を裏切られました。

アイラ:たぶん、自分たちはポストロックみたいな複雑な拍子のカウントはできないから、ついていけないんじゃないかな(笑)。

ジョンはジャムセッションの段階から関わっていたのでしょうか? それともある程度、サウンドの方向性がまとまってからポスト・プロダクションを施すという形ですか?

ジョージア:彼は一度もわたしたちのジャムセッションには来てないのよ。ジョンはシカゴに住んでいて、私たちはホーボーケンに住んでいるから距離的な問題もあるし。レコーディングをはじめる前にほとんどの曲ができていて、そのデモをもって彼のスタジオに行って、そこからアルバムに向けて共同作業をはじめたから、実際にスタジオに行くまでは彼は曲を聴いていない状況だったの。

SOMAスタジオには膨大なヴィンテージ機材が所蔵されているそうですが、いろいろ試してみましたか?

ジョージア:もちろん。

アイラ:いつもは音楽を作るときに、どういうサウンドにしようとかは前もって考えないようにしていて、自分たちのフィーリングのままに曲を作るようにしているんだけど、今回はSOMAスタジオにあるロクシコードだけは絶対に使おうと決めていたんだ。

ロクシコードとは、どんな楽器なんですか?

アイラ:エレクトリック・ハープシコードの一種で、ハープシコードとオルガンのあいだのようなサウンドなんだ。サン・ラがよく使っていた楽器だよ。

 ※ロクシコード(Rocksichord)......60年代のヴィンテージ・キーボード。テリー・ライリーも『ア・レインボウ・イン・カーヴド・エア』で使用。最近のアーティストだとウィルコやステレオラブが使用。

8月くらいからツイッターにレコーディングの様子を知らせるツイートをしてましたね。機材の写真やソフ・ボーイのフィギュアの写真をアップしていましたが、あれはSOMAスタジオの写真だったんですね。あの写真を見たときは、ジョンがプロデューサーとして参加しているというのを知らなかったので、あとで知って、なるほどと思いました。

ジョージア:そうそう、そうなの(笑)。

 ※ソフ・ボーイ(SoF'BoY)......ジョン・マッケンタイアもメンバーのバンド、シー・アンド・ケイクのメンバーで、イラストレーターとしても活躍するアーチャー・プレウィットが作者のキャラクター。ヨ・ラ・テンゴならではユーモアで、新作へのヒントだったのかも。

ヨ・ラ・テンゴの曲は夕暮れどきや真夜中っぽい雰囲気を想像させる曲が多いと思います。メンバーが集まって行うジャム・セッションもこういった時間帯にやっているんですか?

ジョージア:いいえ。私たちはいつも15時くらいから集まってはじめるのよ。(笑)

アイラ:いつも曲を作るときは、その曲自体が自由になるようにしているから、聴いた人たちがいろいろ想像してさまざまな感想をもつんじゃないかな。たとえば、昨日のライブでやった曲とかも曲の中盤くらいにならないとその曲がどんなムードでどういう方向性になっていくのかも自分たち自身でもわからないくらいだし。昨日演奏した曲も別の場所でやるとちがうムードになったりすることもあるしね。

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昨日のライブでやった曲とかも曲の中盤くらいにならないとその曲がどんなムードでどういう方向性になっていくのかも自分たち自身でもわからないくらいだし。昨日演奏した曲も別の場所でやるとちがうムードになったりすることもあるしね。


Yo La Tengo - Fade
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カヴァー曲に関しての質問です。ここ数年ではゾンビーズの"ユー・メイク・ミー・フィール・グッド"やトッド・ラングレンの"アイ・ソー・ザ・ライト"、キャロル・キングの"ユーヴ・ガッタ・フレンド"をカヴァーしていましたね。オーソドックスな選曲が増えているような気がしますが、最近はカヴァー曲のチョイスの基準は変わってきましたか? 昔はダニエル・ジョンストンやアレックス・チルトン、ビート・ハプニング、オンリー・ワンズ等、インディー寄りな選曲が多かった気がするのですが?

ジョージア:自分たちでも気づいてなかったんだけど、たまたまだと思うわ。まだリリースされてないけどタイムズ・ニュー・ヴァイキングのカヴァーもしているし。

アイラ:自分のなかで、いま挙げられたアーティストたちの境界線はなくて、たとえば、アレックス・チルトンもキャロル・キングのことをすばらしいソングライターだって公言していたように、ダニエル・ジョンストンもすばらしいと思うし、同じようにトッド・ラングレンもすばらしいと思うし。自分のなかではどっちがインディーとかいうような意識はないよ。

毎年やっているWFMUマラソンですが、リクエスト曲は事前に練習しているんですか?

ジョージア:リクエスト曲は事前にはわからないから練習できないのよ。

アイラ:リクエストが来てから演奏するまで数分しか時間がないから、その間にお互い話してみたり、音を鳴らしてみたりするだけだよ。

ジョージア:いちおう、ウォームアップを兼ねて練習スタジオでお互いに曲名を出しながら練習することはあるけど、実際にはリクエストでその曲がくることは少ないわね(笑)。

 ※WFMUマラソン......NYのネットラジオ局WFMUの運営資金を募るために、ヨ・ラ・テンゴが10年以上毎年行っているチャリティー・ライヴ。リスナーから寄せられたリクエスト曲に応えて演奏する生放送番組で、リクエストするには100ドル以上が必要。

今年に入ってから「ザ・ラヴ・ソング・オブ・R.バックミンスター・フラー」という特別なショーを何回かやっていますが、どのようなプログラムなのでしょうか?

アイラ:バックミンスター・フラーという人物に関するドキュメンタリー作品で、サム・グリーンという映像作家といっしょにはじめたプロジェクトなんだ。彼は近年、人々がスマートフォンとかそういったデバイスで映画を観ることに対していい感情をもっていなくて、劇場に足を運んで映画を観てもらいたいって意味合いを込めて、映像を流しながら、彼がナレーションをして、その横でバンドが演奏するライヴ・ドキュメンタリーという形式をやっているんだ。僕たちはその映像のために12曲のインスト曲を書き下ろしたんだ。自分たちのスケジュールに組み込みことが難しいから、そんなにしょっちゅうはできないけど。

 ※バックミンスター・フラー(The Love Song of R. Buckminster Fuller)・・・「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」とも評されるアメリカの思想家、デザイナー、建築家、発明家。「宇宙船地球号」という概念・世界観の提唱者。デザイン・建築の分野では、ジオデシック・ドームやダイマクション地図、ダイマクション・ハウス(住宅のプロトタイプ)などを発明。

ヨ・ラ・テンゴのオフィシャル・サイト限定でジョージアのソロ作品がリリースされていますね。これはどんな作品ですか?

ジョージア: 20分間のギター・インスト1曲入りの12インチで、B面はドローイングが施されているわ。どっちかっていうとアート作品みたいな感じね。

アイラ:とても美しい作品だよ。

 ※ジョージアのソロ作品......リトル・ブラック・エッグ(Little Black Egg)という名義で500枚限定プレスの12インチ。ヨ・ラ・テンゴのオフィシャル・サイトのみで販売。

ジェームスは、はっぴいえんどや不失者、非常階段、Salyu等、日本のアーティストのレコードをたくさん買ったといっていましたが、あなたが日本で入手したレコードはどんなものがありますか?

アイラ:僕は今回、スパイダースの7インチを買ったよ。

ジョージア:裸のラリーズのすごい高いボックスセットは?

アイラ:あれは日本じゃないよ。何年か前だけどサンフランシスコで買ったんだよ。高かったけど、それだけの価値はあるよ(笑)。

ヨ・ラ・テンゴはこれまでにも数々の映画のサントラに曲を提供してきましたが、もし自分たちがスコアを担当できるとしたら、どの監督といっしょに仕事がしたいですか?

アイラ:最近の映画は音楽を全然気にしてなくて、音楽は後から取って付けたような感じの映画が多いけど、マーティン・スコセッシとかジム・ジャームッシュ、コーエン兄弟とかはとても音楽を気にしているから、そんな監督の作品に携われたら嬉しいな。でもコーエン兄弟はいつもいっしょに音楽を作っているパートナーがすでにいるから無理だよね。

昨日のライブの最後に「来年また来るよ」といっていましたね。楽しみにしています。

アイラ:ありがとう。

Björk - ele-king

 2012年は、女性によるベッドルーム・エレクトロニック・ミュージックが目立った1年だったけれど、女性のラップトップ音楽においてビョークが先駆者なのはみなさんよくご存じの通り。特徴ある声と節回しのある歌手として(そして若かりし頃はキュートな女性として)評価されていた彼女は、DJカルチャーを味方につけたばかりでなく、10年前にはIDMを自分のものとしている。そして、ラップトップ音楽のDIYを実践してきた彼女は、前作『バイオフィリア』で(iPadのような)タッチパネル・スクリーンにも早速目をつけて、一応インタラクティヴな音楽のあり方(コンセプト)を提示している。僕は彼女のファンなので、勢いでソフトまで買ってしまったが、結局はそれで遊ぶことはほとんどなかった......ま、そういうものだろう。リミックス盤もこうしてまとめてCD化されるなら......いやいや、こちらは今年の春ぐらいから発表され続けている最新のリミックス・ヴァージョンも収録されているので、まとめて聴けて嬉しい。

 最初に「クリスタライズ」のマシュー・ハーバートのリミックス盤が出たときは、都内のレコ屋ではあっという間に売り切れた。同時期に出たレディオヘッドのリミックス盤がいつまでも売れ残っていたのとは対照的だった。リスナーのリミックス盤に対するリスペクトがちゃんとあるのだ。
 『バスタード』は、そのマシュー・ハーバートのリミックス盤に次いでリリースされたオマー・ソウレイマンの「クリスタライズ」のリミックスからはじまる。キャスティングそのものも最高だが、実際、シリアの人気歌手の手がけたヴァージョンは、トラックが差し替えられているだけではなく、ソウレイマン本人も一緒に歌っていて、実に愉快な再解釈となっている。ソウレイマンのリミックス(という名の共作)は、もうひとつ"サンダーボルト"も収録されている。こちらはもう一段階ハチャメチャで、報道されるシリアの内戦状態から考えられないほどの躁状態というか、中東の乾いたグルーヴ感に惹きつけられる。ソウレイマンは『バスタード』において、間違いなく陰の主役だ。

 そして、『バイオフィリア』のリミックス・シリーズの3枚目として今年発表された"ヴァイルス"のハドソン・モホークのリミックスも実に素晴らしい。デス・グリップスによる"サクリファイス"はリミキサーの人選においても「さすがビョーク」と言わせたヴァージョンだが、このインダストリアルな質感のビートとスリリングなエディットもモダンで格好いい。
 ほかにジーズ・ニュー・ピューリタンズやアルヴァ・ノトといった大物、そしてクラブ系ではダブステッパーの16ビット、ドラムンベースのカレント・ヴァリュー、エレクトロのザ・スリップスといった新世代らの手がけた瑞々しいヴァージョンが収録されている。どのリミックスでもビョークの歌は活かされているが、僕のベストはハドソン・モホーク。彼は、ビョークの魅力をとてもよく理解している。

 『バスタード』とほぼ時期を同じくしてリリースされたネナ・チェリー&ザ・シングの『チェリー・シング・リミックスド』も良いリミックス盤だ。ネナ・チェリーは、変なたとえだがビョークがソロ・デビューするまでビョークのポジションにいた女性シンガーである。ビョークが出てきたとき我々の世代は、あ、ネナ・チェリーが出てきた、と思ったものだった。ドン・チェリーを継父に持った彼女は、古くはニュー・エイジ・ステッパーズのアリ・アップのパートナーとして、そしてリップ・リグ&パニックの作品にも参加しているが、やはりボム・ザ・ベースがプロデュースした「バッファロー・スタンス」(1988年)が強烈だった。

 ネナ・チェリーは、今年、スウェーデンのジャズ・トリオ、ザ・シング(ジム・オルークや大友良英らとの共作でも知られる)と一緒に素晴らしいカヴァー・アルバム『チェリー・シング』を出している。これ、自分でライナーを書いたこともあって紹介そびれたが、僕は自分と同世代の人間に会うたびに推薦していた。収録曲は、スーサイドの1979年の名作"ドリーム・ベイビー・ドリーム"、1995年のトリッキーのデビュー・アルバムにおける準主役で、ソロ・アーティストとしてもキャリアを積んでいるマルティナ・トプレイ・バードの2010年のアルバム『サム・プレイス・シンプル』から"トゥ・タフ・トゥ・ダイ"、2004年に発表されたアンダーグラウンド・ヒップホップの名作、マッドヴィリアン(MFドゥーム+マッドリブ)の『マッドヴィリアニー』から"アコーディオン"、ドン・チェリーの1973年のアルバム『コンプリート・コミュニオン』から"ゴールデン・ハート"、ザ・ストゥージズの1970年のセカンド・アルバム『ファン・ハウス』から"ダート"、オーネット・コールマンの1972年のアルバム『サイエンス・フィクション』から"ホワット・リーズン"、ニコの1967年の最初のソロ・アルバム『チェルシー・ガール』から"ラップ・ユア・トラブルス・イン・ドリームス"(作詞作曲はルー・リード)......。
 『チェリー・シング・リミックスド』はそのリミックス盤で、リミキサーは、ジム・オルーク、メルツバウ、フォー・テット、キム・ヨーソイ、リンドストローム&プリンス・トーマス、ホートラックス・コブラ(ピーター・ビョーン&ジョンのジョン・エリクソン)、クリストフ・クルツマン(オーストリアの電子音楽家)、ラッセ・マーハーグ......などとかなり良いメンツが揃っている。ノルウェーの〈スモールタウン・スーパーサウンド〉はつくづく目利きのあるレーベルだと思う。

 とりあえず、アルバムに先駆けてリリースされたフォー・テットの"ドリーム・ベイビー・ドリーム"のトライバル・ハウス・ヴァージョンを聴いて欲しい。

 『チェリー・シング・リミックスド』はクラブ系と実験音楽系との真っ二つに分かれている。リンドストロームのようなアッパーなディスコ/ハウスのなかにインプロヴィゼーションとノイズが混在しているわけだが、こんなユニークなリミックス盤が成立するほど、欧州ではDJカルチャーが息を吹き返している。音楽を愛しているのか金を愛しているのか、前者でなければこんなコンピレーションは成立しない。ネナ・チェリーはアンダーグラウンドでもマニアックな人でもなく、歴としたポップスターである。

DJ Kamikaz (Clockwise.Recordings) - ele-king

レーベル再始動から、まだ少しの時間しか経っておりませんが、沢山の素っ裸で、飾りっけの無い実直な海外~国内の表現者の方々、音楽以外の表現方法で深い所から人を感動させる人物とお話する機会を沢山頂きました。。皆様から感じ取れたものは、まさしく「愛」の一言です。一見、陳腐に感じる言葉ですが、薄っぺらさの無い、本当に深い意味での「前向きな」愛です。(それ以上はご想像にお任せいたします。。)音楽が絡んではいますが、映像もあり、本もありですが、音楽を通して音楽に関係したものからも愛を頂けたものを取り上げさせて頂きました。表現する人の作り出すものこそ、その人そのもの。human is musicとはまさしく言い得て妙だと感じました。今回のチャートにのせてあるリンク先へは、ちょいとお時間使ってチェックしてみてください!生活に愛を取り入れたい人にはもってこいですよ~。

Chart


1
Kenji Hirata - 2 makes 1
https://www.youtube.com/watch?v=ZuFVoRJWjns
https://www.jkdcollective.jp/index.html#Kenji_Hirata
嘘も駆け引きも飾りっ気も全くない真っ白な世界。素敵です。

2
Think Twice About This World - 普天間のスケートショップ
https://thinkworld.ocnk.net
お店の名前のまんまのお店。オーナー缶氏のつけた店名で気付かれた方は曲も聴いてみてください。是非ホームページを見てみてください。

3
olive oil - Far From Yesterday
鬼才olive君からレーベルに届いたサンプルのアルバム、聴かせて頂きました!とても暖かいバイブスと愛に溢れた作品です。
最近毒を持って毒を制す?アーティストが多い中、愛をもって全てを制す類希な作品だったと思います。フワフワです。

4
君にお届け - ミスター・マイク
https://www.youtube.com/user/szparasite?feature=watch
スケーター兼、映像クリエイター。能無しフィルム主宰。マイク君の作品は万物への愛に溢れたフラットな感じ。

5
三田格/野田努 - Techno Definitive 1963-2013
私も色々意見しながらこねくり回して作り上げたdj klockの「sensation」を取り上げて頂いております。
音楽とそれを作った人達への純粋な愛の本。

6
dj klock - sensation
制作した当時、私は電話一本で呼ばれました。「カミカズ、常磐線乗れる?何分で着く?手伝ってほしいんだけど。」ここからが始まりでした。世の中の全ての物事が僕らにとって「先生tion」だった、という作品です。

7
KARAFUTO - ENJOY SUPER LIGHTS
まさしく音楽へのまっすぐな愛です。

8
DJ KATO - If you want to listen to more my productions...
clockwise recordingsからの新人による新作音源です。1990年代のアブストラクトミュージックへの深い愛を素直に表現しているトラック。レーベルのサウンドクラウドにて、音源の公表をいたしますので乞うご期待!

9
moodymann - Forevernevermore
愛の一言。古いですが色あせない。

10
dj kamikaze - abstractions of sounds
皆を愛し、愛された作品。ありがとうございます。

https://www.facebook.com/clockwise.recordings
https://twitter.com/dj_kamikaz
https://soundcloud.com/clockwise-recordings
https://soundcloud.com/kazakami

Chart JET SET 2012.12.10 - ele-king

Shop Chart


1

Frisco - Sho' Nuff (Hong Kong Elevators)
メンバーチェンジを経て新生Friscoとなってから初のリリースとなる本作は、レゲエ・シンガーSpinna B-illをフィーチャー!

2

Ogre You Asshole - 100年後 (Vap / Jet Set)
アルバムごとに常に新たなアプローチをし続けてきたオウガ。期待が膨らみ膨張寸前のところで届けられた本作は『Homely』の作風から一転し、オーガならではの解釈で奏でたチルな要素の強いAorアルバムに仕上がりました。

3

Sign Of Four - Jumping Beans (Jazzman)
大人気Greg Foat Groupに続くJazzmanからの新人が凄すぎます。電子音が飛び交うサイケデリック・ファンクと疾走ピアノ・ジャズ・ファンクを収録。

4

Four Tet / Austra - Motion Sickness part 2 (Domino)
名門Dominoのリミックス・コンピ『Motion Sickness』からのカット第2弾。シンセ・ポップ・トリオAustraがDomino(Us)から限定リリースしたNy新鋭デュオStill Goingリミックスも収録です!!

5

Dr. Beat From San Sebastian - Mediterraneo - Dj Harvey Remix (Eskimo)
イビザでのプロモ盤限定流通後、2007年にベルギー名門"Eskimo Recordings"より正規発売されたバレアリック・ハウス・クラシック「Mediterraneo」。予てからヘヴィ・プレイしていた御大Dj Harveyがリミックスを手掛けた500枚限定盤が遂にリリースされます!!

6

D'angelo - Voodoo - Deluxe (Modern Classics Recordings)
世界遺産的名盤!! プロモオンリーの"Devils Pie"や、Soul名曲カヴァー"Feel Like Makin' Love"、メロー最高峰の"Send It On"、名曲"Spanish Joint"等捨て曲皆無の極上のトラックを収録!

7

Prodigy - Added Fat Ep (Xl)
蟹ジャケの通称で親しまれる'97年リリースのディジタル・ロック名作『The Fat Of The Land』を彩ったお馴染みのワールド・ヒッツを豪華メンバーがリミックス大会した話題沸騰盤!!

8

Dj Nu-mark - Broken Sunlight Series 6 (Hot Plate)
Stones Throwからのリリースで一世を風靡したAloe Blaccと、現行ファンク/ソウル名門Daptoneからのリリースでお馴染のCharles Bradleyをフィーチャー!

9

Vakula & Kuniyuki - Vakula & Kuniyuki Ep (Sound Of Speed)
VakulaとKuniyukiによる珠玉のコラボEpがSound Of Speedからリリース!2012年を代表する1枚になること間違いなしの圧倒的なクオリティーを放つ全4曲を収録。

10

Vakula & Dusty Baron - Leleka 4 (Leleka)
ウクライナの奇才として世界中かの注目を集めるVakulaと、McdeからLatecomer名義での作品のリリースでも注目となったDusty Baronによるスプリットシングル!さらにDusty Baronによる楽曲を2曲収録したボーナス7"付き!
  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727