「K A R Y Y N」と一致するもの

The KLF──映画『暗黒時代へようこそ』 - ele-king

 元旦からサブスクを開始したKLFだが、今度は彼らの映画が公開され、話題だ。タイトルは『Welcome to the Dark Ages(暗黒時代へようこそ)』、彼らのピラミッド建設計画のドキュメンタリーとなっている。
 どういうことか説明しよう。KLFが音楽業界を去り、100万ポンドを燃やしてから23年後、ビル・ドラモンドとジミー・コーティはふたたびタッグを組むことにした。しかしそれはポップ・グループとしてではなく葬儀屋としての新しい取り込みで、具体的には死者の灰を含む23グラムの34952個のレンガによってリヴァプールに巨大な人民のピラミッド(People's Pyramid)を造ること──。

 彼らが100万ポンドを燃やした1994年8月23日からちょうど23年後となった2017年8月23日0時23秒のことである。60を過ぎた白髪のふたりは、改造したアイスクリームバンを運転し、リヴァプールの書店に到着した。
 そこで彼らは〈Welcome to the Dark Ages〉の名のもと、3日間にわたって、「なぜKファウンデーションは100万ポンドを燃やしたのか」をテーマにジェレミー・デラーなど数人のパネラーを招いての討論会をふくむ400人限定のイベントを開催し、そのなかで彼らは人民のピラミッド計画についても説明している。
 映画はこのプロジェクトのドキュメンタリーで、レンガを持ってきた人びとのインタヴューが編集されているそうだ。ハードコアなファンから8歳の女の子まで、いろんな人が登場する。
 また、映画ではジャーヴィス・コッカーとKLFのコラボレーションによる“Justified And Ancient”のカヴァーも披露されているが、ほかにはPigs Pigs Pigs Pigs Pigs Pigs Pigsの音楽もかかっている。
 ちなみにこのプロジェクトはMuMuficationと呼ばれて、現在までに3000人ほどがMumuficationに登録しているそうで、その最年少は当時5か月の赤ちゃん。残りのレンガは31592だという。 
 なお、映画のトレーラーおよび詳細はこちら

Mary Halvorson's Code Girl - ele-king

 2021年があけました、めでたい。ここはひとつ、装いもあらたに読者諸兄姉のおひきたてを願いたてまつるところなれど、年があらたまればなにもかもきれいさっぱり片づくとはいかないものらしい。旧年に突いた除夜の鐘の音が新年にひびきわたるように、三山ひろしのけん玉が歌の尺内におさまらないように、七輪にかけた餅がディジー・ガレスピーのほっぺたばりに膨らむように、事物と事象とを問わず、対象が予想の枠組みを越えるとき世界はざわめき、時間や空間、あるいは主体の連続性をあぶりだす──年初から胡乱なものいいで恐縮だが、新型コロナウイルス第三波にともなう緊急事態宣言という昨年からの重たいつみのこしを前に、暮れに脱稿するはずの原稿をしたためる私にとって正月とはなんだったのか。途方に暮れわれ知らず「去年今年(こぞことし) 貫く棒の 如きもの」(虚子)の句をつぶやく私の面前のスピーカーから Line6 でピッチベンドしたギターの音色があたかも棒のごときもので押し出される心太(ところてん)のようににゅるりとはみだしてくる。
 音源の主はコード・ガールを名乗るジャズ集団。かけているのは昨年暮れの新作『Artlessly Falling』である。グループをひきいるメアリー・ハルヴォーソンはウェズリアン大でアンソニー・ブラクストンの薫陶を受け、2000年代初頭に活動をはじめるやいなやニューヨークをハブにしたアヴァンギャルドなジャズの界隈で頭角をあらわしだした米国の女性ギタリストである。これまでトリオ編成による2008年の『Dragon's Head』を皮切りにすでに十指におよぶリーダー作をものしているが、ギター+ベース+ドラムのコンボを基本ユニットにときに七、八重奏団までふくらんだ編成をきりまわし、師匠格のブラクストンはもとよりエリオット・シャープ、マーク・リボー、ノエル・アクショテやジョン・ゾーンといった錚々たる面々と協働し、作曲と即興をよくする彼女をさして現代ジャズ界のキーパーソンと呼ぶことに異論のある方はおられまい。とはいえ上のような説明には難解さやとっつきにくさを感じられる方もおられるかもしれない。ジャズなる分野の性格上、うるさ型のリスナーを納得させないわけにもいかないが、同好の士の想定内にとどまっては元も子もない。彼女がそのように考えたかはさておき、2010年代後半ジャズの岸辺を洗った潮流もあいまって、ハルヴォーソンは新たな領野にむけて漕ぎ出していく、その最初の成果こそ2018年の『Code Girl』であり、この2枚組のレコードは彼女初の歌入りの作品でもあった、その詳細と私の所感は2018年の「別冊ele-king」のジャズ特集号をあたられたいが、その2年後にあたる2020年秋にハルヴォーソンはその続編ともいえる作品を世に問うた。
 それこそがこの『Artlessly Falling』である。まずもって目につく変化は前作の表題だった「Code Girl」を明確にプロジェクト名に格上げしたところか。それによりギター・トリオに1管(トランペット)とヴォーカルを加えた編成にも意味的な比重と持続性が生まれた。ただしメンバーには異同がある。同じく昨年に〈ブルーノート〉からリーダー作を出したアンブローズ・アキンムシーレに変わりアダム・オファーリルが加わっている。ヴィジェイ・アイヤーのグループで名をあげたこのトランペット奏者は冒頭の “Lemon Tree” で、霊妙なコーラスとギターのアルペジオ、抑制的なベースにつづき、マリアッチ風のフレーズを奏で、本作への期待を高めるが、オファーリルのトランペットが鳴り止むやいなや、リスナーはハルヴォーソンが『Artlessly Falling』に仕込んだサプライズに出合うことになる。切々とした管の吹奏にもまして哀切な声がながれはじめる。レギュラーの女性ヴォーカリスト、アミーサ・キダンビともとりちがえようのないささやくような男声、やわらかく耳朶を撃つこの声の主こそ、だれあろう『Artlessly Falling』を基礎づけるロバート・ワイアットである。
 楽曲にふれたことのない方でも名前はご存じかもしれない。プログレッシヴな音楽の道においてワイアットの名は道標である。道祖神のようなものといってもいい。その一方で、その道もなかばをすぎた古株たちからは彼はすでに引退したのではないかとの声が聞こえてきそうである。じっさい2014年の「Uncut」誌で音楽制作の停止(stopping)は明言しているが、停止は引退(retire)ともニュアンスが異なるようである。たしかにその後も参加作をちらほらみかけた気もする。あの声と存在感はなかなか放っておけないのだろう、とはいえ本作への参加もつけ焼き刃ではない。2018年の前作リリースのさい英国の「Wire」誌によせた、歌ものアルバムをつくるにあたっての参照楽曲のプレイリストの冒頭にハルヴォーソンは『Rock Bottom』(1974年)冒頭の “Sea Song” をあげている。今回の参加はハルヴォーソンのラブコールにワイアットが応えた構図だが、ワイアットが彼の音楽をとおして彼女にあたえた示唆とはなんだったのか。
 “Sea Song” を例にとれば、点描的な歌と和声にたいしてポルタメント的なキーボードやコーラスとの位置関係、その総体がかもす持続と移行が私にはコード・ガールないしハルヴォーソンの音楽性を彷彿させる。むろんこれは基調の部分要素にすぎず、そのほかにも作曲の書法や各楽器の音色と合奏の強度、即興の質、歌ということをふまえると歌詞の中身まで、論点は多岐にわかれるが、そのぶん多角的な方向性をとりうるともいえる。もはや形式としてのジャズも埒外なのかもしれないが、しかし今日のジャズとはそのようなものなのだろう。細田成嗣氏の『Code Girl』のレヴューのくりかえしになってしまうが、ここ(https://www.thewire.co.uk/audio/tracks/wire-playlist-mary-halvorson)に選曲があるので興味のある方はご覧いただくと楽しいが、リストを眺めて最初に思うのは1980年生まれのハルヴォーソンらの世代にはジャズもロックもソウルも実験音楽もひとしなみに等価だったという、ありきたりな世代論である。とはいえそれらの参照項が加算的、単線的な働き方をするのではなく面的、領域的な現れ方なのもまた、音楽の内的な蓄積を体験とみるか遍歴と捉えるかという世代論を背景にした認識論に漸近するきらいがある。本稿の主旨をそれるので深追いはしないが、ハルヴォーソンにはネタバレ上等どころか、リスナーとリソースを共有して生まれる聴き方の変化に期待をかけるかまえがある。そしてじっさいコード・ガールの楽曲やハルヴォーソンのギター演奏にこれらの楽曲からの影響を聴きとるのはさほどむずかしいことではない。とはいえそれは下敷きにするというより、掠めるというか寄り道するというか迂回するというか、原典や系譜とのこの微妙な距離こそハルヴォーソンの旨味であろうと私は思う。
 とりわけ歌という回路をもつコード・ガールは彼女の活動でももっとも制約のすくない形態であり、デビュー作である『Code Girl』ではそこに潜在するものをできるかぎり浚おうとしていた。2年後の『Artlessly Falling』もその延長線上だが、歌の比重は前作に積み増したかにみえる。先述の幕開け以外にも3曲目と5曲目でリード・ヴォーカルをとるワイアットの印象もあろうが、小節線を跨ぐハルヴォーソンの軟体めいたギターのごとく、前作の経験をもちこんだことで楽曲の意図と輪郭も明確になった。話題性はワイアットの参加曲に譲るにせよ、“Muzzling Unwashed” や “Mexican War Streets (Pittsburgh)” の後半3曲といったキダンビの歌う曲での充実ぶりも聴き逃せない。
 コード・ガールの人的構成をあえて図式化するなら、ハルヴォーソン、トマス・フジワラのリズム・セクションとキダンビ、オファーリルのフロントにわかれるといえる。ハルヴォーソンはその緩衝地帯の役割を担うといえばよいだろか。バッキングでリズムの影に隠れたかと思えば、アンサンブルにちょっかいをかけ轟音を響かせる。プレイスタイルからはフリゼール、リボー、シャープ、アクショテなどの特異さもトラッドな教養もふまえていることもわかるが、強度だのみの闇雲さやテクニック信奉からくる変態性もない。どこか恬淡とした佇まいは転落事故で下半身不随になったワイアットの復帰後初のアルバムである1974年の『Rock Bottom』の収録曲を霊感源とみなすハルヴォーソンらしい感覚といえるだろうか。「どん底(Rock Bottom)」と名づけたあのアルバムでワイアットは私たちのよく知るワイアットになった。その幕開けの “Sea Song” のエーテルめいた肌ざわりがコード・ガールに通じるのは先に述べたとおりだが、ロックにかぎらず、ジャズや民俗音楽の要素を室内楽的な空間性におとしこむ、ワイアットの方法そのものに彼女たちは親和的だった。パンクとジャズとレゲエが同じカマのメシを食ったワイアットがいたころの〈ラフ・トレード〉みたく、ここでいう方法とは多義性、多様性の謂だが、90年代以降の記号的折衷とは核心においてすれちがう。ことば遊びを承知でいえば、越境的(across the border)というより学際的(Interdisciplinary)、ジャズやロックやソウルやフォークの意匠をシャッフルした上澄みを掬うのでなく、おのおのの領野から自律しつつ、全体を貫く、いわば棒のような一貫性をたくらみながら心太のようにふるまうということではないか。
 ほとんど不条理めいたあり方だが、それらはすでに、規則、符号、暗号、和声など意味をもつコード(code)の語を掲げつつ、規範との奇妙な距離を保つ、彼女らの音楽にあらわれていた。2年ぶりの2作目でその度合いは亢進する一方だが、たやすく気どらせない密やかさも帯びている。この密やかさはハルヴォーソンの言語感覚にも通底し、表題は日本語では「巧まざる落下」とでもなるのだろうが、原題の「Art- less-ly Falling」を深読みすればいくつかの単語がうかびあがってくる。音楽において言語を感傷的に作用させたくなければ共感的、補完的な役割を押しつけてはならない──コード・ガールは音楽と同程度に入り組んだハルヴォーソンの言語感覚を堪能できるおそらく唯一の場でもある。だって “Artlessly Falling” のこざっぱりした韜晦と諧謔なんて “Rock Bottom” とタメをはるもんね。

Adrianne Lenker - ele-king

 2020年はインディ・ロックにとって、フォークを中心とした内省の年だった──というのは紙ele-kingのvol.26に書いたことだが、しかし同時に、多くのひとにとって内省が難しくなった年だったのではないか、とも思う。自己隔離によって外出や直接ひとに会うのが限られるいっぽうで、それまで私的な領域になかったものが侵入してくることになったからだ。オンライン・ミーティング、ヴァーチャル・オフィス、移動時間が減ることによって新たにその隙間を埋めるタスク。仕事だけではない。自宅にあって体験できる「手軽な」刺激が、広告とともに続々と流れてくる。「“おうち時間” に何をしている?」という無邪気な問いには、しかし、「自宅での時間を有効に使わなければならない」というメッセージが暗に含まれているのではないか。「何もしない」とか「ただ考えごとをする」とかいった静的な時間が、意識していないと簡単にプライヴェートから奪われてしまう。

 昨年リリースした2枚のアルバムが世界的に絶賛されたビッグ・シーフのシンガー、エイドリアン・レンカーがパンデミック下に放った本ソロ連作の静けさ、その控えめなフォークには、「隔離」の時間そのものの豊かさが息づいている。昨年5月には来日も予定されていたビッグ・シーフだが、当然のことながらツアーはすべてキャンセル。レンカーは森のなかのキャビンにたどり着き、そこで休養していたところ、次第に音楽が自分の内側から生まれてきたのだという。
 短いフォーク・ソングを集めた『songs』、長尺のインストを2曲収めた『instrumentals』に分けられた2枚のレコードは、それぞれ「天」と「地」を表していたというビッグ・シーフの『U.F.O.F.』と『Two Hands』を想起させるが、しかし『songs』と『instrumentals』は聴けば聴くほど、レンカーが歌っている/いないこと以外にその境目はあまりないのではないかと感じられる。実際にキャビンで録音されたという2作はアコースティック・ギターの小さな音が中心となっており、その演奏のタッチの細やかさこそが聴きどころになっているからだ。『instrumentals』の “mostly chimes” のみタイトル通りウィンドチャイムが中心のナンバーだが、それにしたって響きの繊細さに耳を奪われる。
 柔らかいアルペジオとともにレンカーは囁くように歌う。その歌に森の環境音が重なっていく。彼女自身の小さな心の動きが描き出される……。ジョニ・ミッチェルやニール・ヤングに強く影響を受けたというレンカーのソングライティングは基本的にクラシックだが、過剰なドラマ性を廃することでなだらかに移りゆく時間を表現するのに長けている。簡素なコード進行と繰り返されるメロディのミニマルな構成で聴き手を陶酔させる “anything”、もの悲しい調べが揺れる歌声でそっと吐き出される “my angel”。弦がほとんど最小限の音量なのではないかと思わされる “zombie girl” では鳥の鳴き声が聞こえてくるが、目を閉じればまるでギターのネックで小鳥たちが遊んでいる光景が浮かんでくるようだ。歌と環境と感情が溶け合うアコースティック・フォーク。世のなかから隔絶されているということが、孤独であるということが、こんなにも優しく温かく響く音楽はそうそうない。また、より即興的な『instrumentals』ではレンカーのアンビエントに対する感性がよく生きていて、とりわけ音が鳴っていない瞬間──その沈黙が感覚的な広がりを生み出している。
 横たわる馬を見つめながら、別離の痛みを噛みしめながら、子を持つことを想像しながら、レンカーは自身の抽象的な感情をスケッチする。それは内面の揺らぎを否定せずにただ受容するということに僕には思えて、だからこの音楽はとても大切なことを思い出させてくれる。外部から侵入されない領域を自分の手で守護することは現在とても難しく、そして忘れてはいけないことだ。

 ビッグ・シーフの『U.F.O.F.』と『Two Hands』は「バンド」というひとつの共同体の緊密さを聴き手に意識させるものだったが、誰よりレンカーがそのことに対して自覚的なのではないかと思う。彼女が過去のソロ作に収録した楽曲をバンドでは別ヴァージョンに発展させていることによく表れているが、個人から生まれるものが、他者とのケミストリー(社会)でどのように変化するのかレンカーは実践してきた。『songs』『instrumentals』でおこなわれた深い内省もまた、やがて共同体と社会に溶け出していくだろう。だからこそ逆照射的に、ひとりの時間の純度を上げることが必要なのだ。
 わたしたちは完全に世間や社会から逃れることはできない。けれどもいま、この異常な時期をどのように過ごすのかはおのおのの主体性に委ねられているのではないだろうか。だから、そう、パソコンやテレビやスマートフォンの電源は切ってしまおう。大きな音でなくていい。この弦と歌声に耳を澄ませば、自分だけの時間と感情が息を吹き返していく。

Andrew Ashong and Kaidi Tatham - ele-king

 1990年代後半から2000年代前半のウェスト・ロンドンで巻き起こったブロークンビーツ・ムーヴメント。それを牽引したプロデューサー集団のバグズ・イン・ジ・アティックの一員で、ネオン・フュージョン、DKD、シルエット・ブラウンなど数多くのプロジェクトに関わってきたカイディ・テイサン(日本ではテイタムと表記されることが多いが、正確な発音ではテイサンとなる)。DJやプロデューサーが多い西ロンドン勢の中にあって、カイディはまずキーボードやドラムを操るマルチ・ミュージシャンであり、そこから発展してプログラミングやビートメイキングをマスターしていった口である。その後、ブロークンビーツが下火になってからも地道に活動を続け、西ロンドンのサークルで現在も精力的に作品リリースを行なっているのは、IGカルチャーディーゴ、そしてカイディあたりだろう。カイディ自身はミュージシャンということもあり、サウス・ロンドンのジャズ・ミュージシャンたちからも一目置かれ、ときにセッションを行なっている。〈ジャズ・リフレッシュド〉から作品もリリースしており、バンドにシャバカ・ハッチングスが参加していたこともある。

 ソロ名義での最新作は『イッツ・ア・ワールド・ビフォア・ユー』(2018年)となるが、それ以外にここ数年来はディーゴと組んで仕事をすることが多く、彼とのユニットであるディーゴ&カイディ(別名2000ブラック)はじめ、4人組ユニットとなるテイサン、メンサー、ロード&ランクスでアルバムをリリースしている。そのディーゴ&カイディによる『アズ・ソー・ウィ・ゴーウォン』(2017年)はセオ・パリッシュの〈サウンド・シグネチャ〉からのリリースで、セオとカイディやディーゴとの交流が垣間見えるものだった。そして、〈サウンド・シグネチャ〉から2012年に「フラワーズ」というEPでセオ・パリッシュとのコラボによってデビューしたのがアンドリュー・アションである。
 アンドリュー・アションはガーナ系イギリス人で、サウス・ロンドンのフォレスト・ヒルを拠点に活動する。DJやプロデュースも行なうが、主軸はシンガー・ソングライターで、「フラワーズ」で印象に残ったのもその繊細な歌声とギターだった。当時のメディアは、彼のことをシュギー・オーティスやビル・ウィザース、またはルイス・テイラーなどと比較していた。「フラワーズ」は〈サウンド・シグネチャ〉にしてみれば異質の作品だったが、それでも自分のレーベルからリリースしたのは、セオがいかにアンドリューの才能を買っていたかを示している。

 アンドリュー・アションは非常に寡作なアーティストで、その後は2014年に「アンドリュー・アションEP」をリリースしたほかは、セオ・パリッシュとトニー・アレンの共作の “デイズ・ライク・ディス” “フィール・ラヴ” にフィーチャーされたり、ナイトメアズ・オン・ワックスの『シェイプ・ザ・フューチャー』(2018年)に参加した程度のレコーディング状況である。そんなアンドリューが2014年のEPから実に久々の新作をリリースしたのだが、そのコラボ相手がカイディ・テイサンである。ふたりの間にどのような交流があったのかはわからないが、恐らくはセオ・パリッシュも橋渡しに一役買っているのではないだろうか。現在カイディは北アイルランドのベルファストに住んでいて、レコーディングはロンドンとベルファストを結んで(恐らくはリモートで)行なわれた。リリース元の〈キット〉は本作が第1作目となり、ベルファストとロンドンを繋ぐレーベルとのことなので、カイディとアンドリューが共同で設立したのだろう。

 収録曲は全6曲とEPかミニ・アルバムくらいのヴォリュームで、アンドリューとカイディ以外の参加アーティストのクレジットはなし。完全にふたりだけで作った作品集である。演奏楽器などのクレジットもないが、アンドリューが歌とギター(及びベース)、カイディがキーボードとドラムス(及びパーカッション)、フルートなどといった役割分担になっているのだろう。リズム・トラックは基本カイディが作っていて、生ドラムとプログラミングを組み合わせたものとなっている。全体的な雰囲気としてはジャズ/フュージョン調のトラックを軸に、ソウルやファンク、ディスコなどのテイストを織り交ぜたもの。クールなブギー・トラックの “ロウ・セリングズ” のように、カイディのソロ・アルバムの延長線上にあるものだ。
 ストリングスを交えたメロウな空間が広がる “ウォッシュド・イン・ユー” は、AORタッチのアンドリューのヴォーカルにカイディのエレピ・ソロも聴きどころで、リオン・ウェアとマルコス・ヴァーリがコラボしていた1980年頃の空気感を彷彿とさせる。“Eye Mo K(アイム・オー・ケー)” も同系の曲で、ジャズとソウルの最良のエッセンスが見事に融合した上で、さらにディスコやラテンなどいろいろな要素が結びついている。いまの時代ならサンダーキャットの諸作に近い雰囲気だろう。アンドリューのギターが活躍する “サンコファ・ソング” もサンダーキャットが思い浮かぶような曲で、さらに言えばサンダーキャットが影響を受けたジョージ・デュークやハービー・ハンコックが1970年代後半に見せていたような世界だ。このあたりはずばりカイディの音楽性の土台になっている部分でもある。ヴォコーダー風のコーラスが入る “ラーニング・レッセンズ” はアジムスのようなブラジリアン・フュージョン調の曲で、やはりカイディが得意とするところの音楽性が表われている。“トゥ・ユア・ハート” はエレクトロな度合いの高い曲で、ダビーでアンビエントな空間が広がる。
 全体を通して聴くと、カイディのソロ作に比べて総じてソウルフルな度合いが増していて、そこはアンドリューが加わっているからだろう。トム・ミッシュとユセフ・デイズのコラボ・アルバムのように、アンドリューとカイディのこの組み合わせは大成功と言える。

R.I.P. MF DOOM - ele-king

 30年以上にわたってヒップホップ・アーティストとして活動し、アンダーグラウンド・シーンのスーパースターとしてカリスマ的な人気を誇ってきたラッパー、MF DOOM (本名:Daniel Dumile)が2020年10月31日に亡くなった。彼の死が明らかになったのは死後から2ヶ月経った12月31日のことで、MF DOOM の公式インスタグラム・アカウントにて妻の Jasmine 名義での声明が発表され、偉大なラッパーの訃報は瞬く間にインターネット上で拡散された。享年49歳で、死因は明らかになっていない。

 MF DOOM が初めてヒップホップ・シーンでその存在を知られるようになったのは、彼がまだ Zev Love X と名乗っていた1989年のことで、当時、シーンのトップ・レーベルであった〈Def Jam〉からリリースされた 3rd Bass 「The Gas Face」への客演によって、彼自身のグループである KMD にも注目が集まることなった。客演をきっかけに〈Elektra〉との契約を果たした KMD は1991年にデビュー・アルバム『Mr. Hood』をリリースし、この作品はヒップホップ・ファンの間で大きな話題を呼ぶ。しかし、KMD のメンバーであり実弟でもある DJ Subroc の交通事故死や、レーベル側からの一方的な契約破棄によって 2nd アルバム『Black Bastards』がリリース中止になるなど不運な出来事が続いたことで、彼は一時的にヒップホップ・シーンから離れ、ホームレスに近い生活を送っていたという。しかし、マーベル・コミックの悪役キャラクターであるドクター・ドゥームからインスピレーションを受けた「MF DOOM」というアーティスト名を提げてシーンに復活し、ドクター・ドゥームと同様の金属製のマスクが彼自身のトレードマークに、1997年からソロでの作品のリリースを開始。そして、1999年にリリースされた 1st ソロ・アルバム『Operation: Doomsday』は高い評価を受け、1990年代半ばからはじまったアンダーグラウンド・ヒップホップのブームを象徴する作品にもなった。

 その後、Viktor Vaughn、King Geedorah、Metal Fingers など様々な名義でも次々と作品をリリースし、さらに様々なアーティストとのコラボレーションも行なってきた MF DOOM であるが、彼の黄金期とも言える2000年代にリリースした作品の中で最も大きな注目を浴びたのが、LAのレーベル、〈Stones Throw〉の看板アーティストであった Madlib とのコラボレーション・プロジェクト= Madvillain 名義で2004年にリリースしたアルバム『Madvillainy』だ。プロデューサーとして絶頂期であった Madlib のビートに独特な世界観と空気感を伴った MF DOOM のラップが乗ったこの作品は、コアなヒップホップ・ファンだけでなく幅広い層の音楽ファンの心を掴み、当時の〈Stones Throw〉のレーベル史上最高のセールス数を記録し、MF DOOM 自身にとっても初の商業的な成功を収めた作品にもなった。

 筆者は『Madvillainy』リリース後にLAにて行なわれたアルバムのリリース・イベントに取材を兼ねて行ったのだが、LAでは滅多に観ることのできない MF DOOM のライヴに対する観客の興奮度の高さは本当に凄まじく、彼のカリスマ的な人気を改めて実感した。そして、ライヴ後にステージ袖でマスクを取って、汗だくになっていた彼の素顔がいまでも忘れられない。

 2010年代に入ってからは、生まれ故郷であるロンドンを拠点に活動していたという MF DOOM だが、ヨーロッパを中心としたライヴ活動に加えて、コラボレーションや客演といった形で実に数多くの作品を発表し続けてきた。最も新しい作品としては、人気ゲーム『Grand Theft Auto V』のために作られた Flying Lotus のプロデュースによる “Lunch Break” が昨年12月に発表され、さらに Flying Lotus は MF DOOM とのコラボレーションEPを制作中であったことも明らかにしている。また、『Madvillainy』の続編に関しても、2011年の時点で MF DOOM 自身の口から制作中であることが発表され、一時は完成間近とも言われていたが、残念ながらいまだにリリースはされていない。しかし、実は水面下でアルバムの制作は継続していたとのことで、いずれ何らかの形で日の目を見ることを願いたい。

Thundercat & Squarepusher - ele-king

 重要なお知らせです。今月下旬に予定されていたサンダーキャットの来日公演、および、2月に予定されていたスクエアプッシャーの来日公演が、ともに再延期となりました。
 海外で猛威をふるう変異種ウイルス、日本国内での入国制限強化、緊急事態宣言再発令の予定など、現在の厳しい状況を受けての判断です。楽しみにしていた方も多いと思いますが、状況が状況ですのでここはぐっとこらえましょう。
 振替や払戻しについては近日あらためて発表されます。チケットをお持ちの方は大切に保管を。

THUNDERCAT、SQUAREPUSHER
来日公演に関するお知らせ

海外での変種ウイルスの感染拡大を受け、12月24日以降の当分の間において、英国からの新規入国拒否および米国からの入国制限を始め、海外から水際対策強化に係る措置が実施されることとなりました。さらに現在では、外国人の新規入国の全面停止も検討されています。またPCR検査の陽性者の拡大を受け、緊急事態宣言の発令も予定されており、そして未だイベントに対する規制緩和も延期されている状況です。

弊社並びにアーティストサイドは互いに協力し、ビザ取得に加えレジデンストラックでの入国、また公演前に15日間の隔離期間を設ける等々、様々な対策を講じることで、予定通り公演を開催すべく準備を進めてまいりましたが、今回の政府による規制強化及び、開催会場のキャパシティ制限などの規制を受けて、公演を再延期せざるを得ない状況となりました。

THUNDERCAT、SQUAREPUSHERともに来日に対する意欲は強く、新たな日程で開催を実現できるよう再調整中です。ご来場を心待ちにしていらしたお客様には、大変ご心配とご迷惑をお掛けいたしますが、振替公演、払戻し等の詳細についても、現在関係各所と調整中ですので、近日改めて発表いたします。

2021.01.27-29 THUNDERCAT JAPAN TOUR 2021 << 公演延期
2021.02.16-18 SQUAREPUSHER JAPAN TOUR 2021 << 公演延期

・現在、振替公演を開催すべく調整中です。既にチケットをお持ちのお客様は、お手持ちのチケットで振替公演にご来場いただけますので、大切に保管していただくようお願いいたします。

・振替公演に都合がつかないお客様には、払戻しの対応をさせていただきます。払戻しの詳細につきましても、現在調整中ですので、お手持ちのチケットを大切に保管していただくようお願いいたします。

外務省:新型コロナウイルス感染症に関する水際対策の強化に係る措置について

お客様には、ご迷惑をおかけすることになりますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。

お問い合わせ:ビートインク info@beatink.com

------------------

ENGLISH

INFORMATION REGARDING
THUNDERCAT AND SQUAREPUSHER TOURS IN JAPAN

Due to the spread of a new variant of the novel coronavirus overseas, on December 24 the Japanese government decided to enforce new restrictions on travel from all foreign countries, including refusal of new entry from the United Kingdom and the United States. In addition, due to an increase in the number of local positive PCR tests, the deregulation of events has once again been postponed.

BEATINK along with both artists were fully prepared to comply with all government regulations including undergoing quarantine in order to make these performances happen. However due to the further tightening of regulations by the government and restrictions imposed on venue capacity, we are now left with no choice other than to again postpone both tours.

Both THUNDERCAT and SQUAREPUSHER are highly motivated to perform for fans in Japan and fully intend to announce new tour dates at the earliest possible moment. We sincerely apologise for any inconvenience caused to customers who have purchased tickets, and we are currently coordinating with all parties regarding new performance dates and refunds, which will be announced very soon.

2021.01.27-29 THUNDERCAT JAPAN TOUR
2021.02.16-18 SQUAREPUSHER JAPAN TOUR 2021

- As the above performances cannot take place as scheduled, we are now in the process or arranging new dates for each performance. If you already have a ticket, please hold on to it and use the ticket to attend the rescheduled performance;

- We will gladly provide a refund to customers who are unable to attend the rescheduled performance date. Details of the refund are currently being arranged, so keep your ticket in a safe place until further notice.

Ministry of Foreign Affairs announcements may be read here.

We sincerely apologise for any inconvenience these new arrangements cause and trust that all understand that these are circumstances completely beyond the artists' or Beatink’s control.

Once again we thank you for your support and understanding.

BEATINK: info@beatink.com

Nothing - ele-king

 シューゲイザーの現在形とは何か。私はその回答としてナッシングの新作『The Great Dismal』を挙げてみたい。なぜか。ここには「陶酔のシューゲイザー」から「覚醒のシューゲイザー」という変化がうごめいているからである。

 サイケデリック・ロック/ノイズ・ロックの極限とでもいうべきシューゲイザーという音楽形式は、伝説的な存在マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、そしてスロウダイヴ、ライドなどのシューゲイズ御三家の圧倒的な影響力のもと、2020年に至るまで世界各地で有名無名問わず幾多のインディ・ロック・バンド(さらにはるシーフィールのテクノ系譜の電子音楽、フェネスなどの電子音響、M83 などエレクトロニカと融合したニューゲイザーなども)によってサウンドの生成と変化を繰り返してきた。
 くわえてブラックゲイズやハードコアなどのへヴィー・ロックからの参入によって、さらなる変化を遂げつつある。つまり陶酔のサイケデリアであったシューゲイザー・サウンドが、覚醒のノイズ・ロックに変貌していったわけだ。例えば米国のデフヘヴン、フランスのアルセストなどはその代表的な存在といえよう。
 その中にあってアメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィアのノイズ・ロック・バンド、ナッシングはハードコアやブラックゲイズ由来のシューゲイザー・バンドという意味で非常に特異な存在である。2020年にリリースされた新作『The Great Dismal』もまた一聴するとシューゲイザーの正当な後継に聴こえるが、そのサウンドにははっきりと「陶酔」から「覚醒」という変化を聴きとることができるのだ。

 結論へと先を急ぐ前にナッシングの変遷について簡単にメモをしておきたい。ナッシングは、ホラー・ショウのメンバーであったドメニク・パレルモを中心とするバンドである。2014年にファースト・アルバム『Guilty Of Everything』をエクストリーム・ミュージックの老舗〈Relapse〉からリリースした。2016年にはセカンド・アルバム『Tired Of Tomorrow』、2018年にはサード・アルバム『Dance On The Blacktop』も同レーベルから送り出した。『Tired Of Tomorrow』はピッチフォークで8.0という高得点を獲得し、インディ音楽ファンにも認知が広がった。
 いっぽうメンバーは、いくつかの変遷を経てきたバンドでもある。バンドの影の首謀者ともいえる人物はデフヘヴンの元ベーシスト、ニック・バセットだが、しかし彼はサード・アルバム『Dance On The Blacktop』で脱退し、変わってベーシストとしてフィラデルフィアのハードコア・バンドであるジーザス・ピースのフロントマン、アーロン・ハード(Aaron Heard)が加入した。
 ギタリストのブランドン・セッタもまた『Dance On The Blacktop』を最後に脱退し、USインディアナのポストロック/シューゲイズ・バンドのクロークルームのドイル・マーティンがギタリストとなった。つまりポストロック、へヴィー・ロック系譜のUSハードコア・インディの混沌としたメンバー変遷・構成となっているのだ。
 ここで注目したいのが、本作『The Great Dismal』に、フィラデルフィア出身のハープ奏者メアリー・ラティモアが参加している点である。メアリーはアンビエント的な穏やかな作風で知られる音楽家である。意外な人選に感じられる。フィラデルフィアつながりであろうか。ともあれ彼女の参加はナッシングの音楽性の広さを象徴している。
 バンド発足当時はレーベルのカラー、さらにデフヘヴンの元ベーシストであるニック・バセットがバンドの発足において重要人物であったため、そのシューゲイズ/ドリーム・ポップ的なサウンドながらもいわゆるブラックゲイズに分類されていた。しかしじっさいはパレルモの波乱に満ちた人生(乱闘の末に彼が人を刺してしまい2000年初頭に刑務所で二年間の服役をする。パレルモは正当防衛を主張)に対する音楽療法が主な目的でもあった。つまりシューゲイザー的なノイズ・ギターは、自己/他者への暴力と治癒を表現しているとすべきだろうか。
 他罰と自傷。そのネガティヴな状況の認識と表現をするために、彼らは90年代のインディ/オルタナティヴ・ロックの形式を起用し、00年代以降のドリーム・ポップ的なサウンドも援用したのだろう。まるで現実から夢うつつで浮遊し、いまここの自己を見つめるために。その意味でナッシングは、ハードコア・へヴィ・ミュージックを出発点としつつもジャンルにとらわれない折衷的な音楽表現の場であった。
 ちなみに2019年にリリースされたレア・トラック集『Spirit Of The Stairs - B-Sides & Rarities』にはロウのカヴァー曲 “In Metal”、ライドのカヴァー曲 “Vapour Trail”、グルーパーのカヴァー曲 “Heavy Water / I'd Rather Be Sleeping”、ニュー・オーダーのカヴァー曲 “Leave Me Alone” なども収録されており、彼らがインディ音楽全般を参照にしていることもわかってくる。

 とはいえその音楽の基本的な形式は90年代のシューゲイザーやオルタナティヴ・ロックであることに間違いはない。『The Great Dismal』もまたサウンド面では、モダンな録音によるシューゲイズ・サウンドの追求にこそあるように思える。楽器とサウンドの分離は明晰で、曲によっては弦楽器のオーケストレーションも取り入れた豪華なプロダクションとなっている。90年代以降のインディ・ロックとヘヴィー・ロックが交錯し、モダンなノイズ・ロック/ドリーム・ポップへと至ったとでもすべきだろうか。
 もちろん根底に流れるのはパレルモの無慈悲な暴力への恐怖なのだ。“Famine Asylum” のMVでバットを振り下ろす血まみれの男は、その象徴だろう。ドリーミーな音に、このような映像の組み合わせはショッキングだが、そのようなショックを積極的に表現することがナッシングにおける自己治癒のミッションでないか。このバンドの根底にあるオブセッションは自己/他者に巣食う暴力への恐怖だ。

 『The Great Dismal』の各曲をざっくりと述べていきたい。まず1曲目 “A Fabricated Life” は意外にもアコースティック・ギターとヴォーカルによるフォーキーな楽曲。次第に霧のようなオーケストレーションが折り重なっていく。メアリー・ラティモアのハープも不穏で美しい。
 2曲目 “Say Less” では古い女性の歌声のサンプルが曲のカウントのようにしてドラムが炸裂する。剃刀のようなギター・ノイズの向こうに、ゆらめくヴォーカル、ダンサンブルなビート。90年代のマイブラからの影響が濃厚な曲だが、インディ・ロック系譜のシューゲイザー・バンドが陶酔的なサイケデリックな音を目指していることに対して、ナッシングはハードコア経由の覚醒的なサウンドに仕上げている。
 アレックス・G(!)が参加した3曲目 “April Ha Ha” も出だしのスネアの連打からしてマイブラ『Loveless』の “Only Shallow” を思わせもする曲だが、やはりサウンド全体にキリキリとした切迫感が強く流れている。
90年代のインディ・ロックのようなはじまりの4曲目 “Catch a Fade” も途中から硬めのノイズ・ギターが投入される。5曲目 “Famine Asylum” では、メタリックな響きのノイズ・ギターと硬質なビートのアンサンブルにより、覚醒へと導くような硬質なシューゲイザー・サウンドを展開する。
 以降、6曲目 “Bernie Sanders”、7曲目 “In Blueberry Memories”、8曲目 “Blue Mecca”、9曲目 “Just a Story”、10曲目 “Ask The Rust” まで、ハードコア経由のピリピリとした緊張感に満ちたシューゲイザー・サウンドを展開し、まさに至福とでもいうべき時間が流れていく。中でも10曲め “Ask The Rust” はアルバム屈指の名曲。硬質なシューゲイザー・サウンドのむこうから悪夢から立ち直るようなヴォーカルのコントラストが絶妙だ。
 全10曲(日本盤CDはボーナストラック1曲を追加収録)、本アルバム『The Great Dismal』もまたパレルモの実存的な不安を表象しているアルバムだ。この無慈悲な世界への恐怖と生きることの恐怖を巡る実存的な問いかけと、その恐怖と絶望の記述とでもいうべきか。それは先行きの見えない状況を生きるわれわれにとっても切実な問題でもあるはず。

 『The Great Dismal』は「実存的」不安によって、90年代以降のシューゲイザー・サウンドを深化させた。陶酔から覚醒へ。不安から実存へ。まさに「いまここ」に満ちる不安を強く表現してみせた稀有なアルバムである。

 いまなお語り継がれるサックス奏者、阿部薫。29歳という若さで生涯を終えながら、彼の限界の限界まで荒れ狂う演奏の記録は、その死から40年以上経とうがあらたなリスナーを惹きつけて止まない。昨年も未発表音源を加えたライヴ・アルバム『完全版 東北セッションズ 1971』がリリースされている。
 そして、この度は阿部薫へのトリビュート本というべき『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』も刊行された。これまでにも『阿部薫覚書―1949-1978』(1989)、『阿部薫1949〜1978』(1994)などが出版されているが、大友良英の言葉からはじまる本書もまた、ミュージシャンや文筆家たちが思い思いの阿部薫を語っている。阿部薫や鈴木いずみの原稿もありつつも、アンビエントの伊達伯欣や畠山地平のような人たちも文章を寄せていたりで、あらためて阿部薫の影響力の大きさを思い知る次第だ。このような伝説を語ると必要以上に力んだり、我こそは理解者とでも言わんばかりの文章が集まりがちだが、ほとんどの人が自由に自分の言葉で書いていて、杉本拓の「私は阿部薫やデレク・ベイリーが苦手だった」のようにいろんな視点を楽しむこともできる。
 阿部薫とは、音楽ファンであれば人生の何処かで(しかも10代〜20代の若い頃に)出会うべく音楽であることはおそらく間違いない。そして出会った人たちには、本書をぜひ手に取って欲しいです。


阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった
文遊社
https://www.bunyu-sha.jp/books/detail_abe2020.html

The KLF──ストリーミング開始 - ele-king

 1992年の活動休止宣言以来、すべての音源を廃盤としていたザ・KLF(ザ・JAMs、ザ・タイムローズ、ジャスティファイド・エンシェンツ・オブ・ムー・ムー)が、ついにストリーミング・サーヴィスを開始すると、これが2021年元旦のニュースとして世界に流れたことは、すでにご存じの方も多いことと思います。遅ればせながら、ele-kingでも取り上げておきます。

 ちなみにこのニュースは、最初はロンドンの鉄道橋下に貼られたポスターや落書きによってアナウンスされたようです。まあ、俺たちは俺たちのやり方をいまでもやっているんだぜってことでしょう。大晦日にはジミー・コーティのガールフレンドがその落書き現場の写真をインスタにアップしたことも話題になっているし。……しかし、いい歳なのにすごいなぁ。。。

 ストリーミングのシリーズ名は、「 Solid State Logik」。まずは「1」なので、この後、いろいろ続くのでしょうな。
 なお、懐かしのヴィデオはこちらまで(https://www.youtube.com/channel/UCbsEHtpoQxyWVibIPerXhug)。


Time Cow - ele-king

 ダンスホールに新時代を切り開いたイキノックスからタイム・カウことジョーダン・チャンによるソロ1作目。これがまたダンスホールをさらに未来へと、それもかなり遠く未来へ突き進めるものになっている。アルバム・タイトルの「Live Prog」はリアルタイムでプログラミングを行なったという方法論と「生成発展し続けている」という意味を掛け合わせたものなのだろう。「From Home」はもちろんジャマイカのこと。この変化はイギリスではなく、ジャマイカで起きたことだとタイム・カウは告げ知らせている。レゲエ文化はそのすべてをイギリスに奪われてしまったわけではないと彼は言いたいのだろう。ラヴァーズ・ロックもドラムン・ベースもイギリスで生まれた。しかし、ダンスホールはあくまでもジャマイカで「生成発展」しているレゲエの本流なのだと。

 このアルバムには前日譚がある。イキノックスの2人がバーミンガムのMC、RTカル(RTKal)にジャマイカの首都キングストンで人気のエアーBnBに招かれた時のこと。カルが街の騒音をシャット・アウトしようとしていたのを見て、改装中で使えなかったスタジオの代わりにバーに機材を設置させてもらおうと2人は考えた。3人は2018年にフォックスらを加えて総勢6人で“Jump To The Bar”というオールド・スタイルのダンスホールをリリースしていたこともあり(これはブルージーなフォックスのデビュー・アルバム『Juice Flow』として結実)、夜になるとバーでダンスホールの話で盛り上がり、とりわけ2000年代初めに活躍したエレファント・マンの話になると勢いは増した。3人はエレファント・マンがパロディ文化を広めたことに最も意義があるという点で考えが一致し、言ってみれば彼はグレース・ジョーンズとリー・ペリーがバスタ・ライムスと出会ったジギー(イケてる)なミクスチャーだと。その時に勢いで録音したのが、以下の“Elephant Man”。

 最初はたしかにバーで行われたディスカッションの延長上にある曲に思える。しかし、早々にエレファント・マンがどうしたというMCが途切れ、簡素なビートとひらひらとしたメロディだけになってからは僕はむしろホーリーな気分に満たされ、どちらかというとプランク&メビウス『Rastakraut Pasta』を思い出していた。彼ら自身が「ゴースト」と表現するシンセサイザーの雰囲気も桃源郷を思わせる恍惚としたそれであり、クラウトロックに特有の鉱物的なムードが強い。正直なところ、エレファント・マン云々というエピソードはこの曲のリスナーを限定してしまう気がしてもったいないと思うほどである。『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』も明らかに“Elephant Man”のそうした側面を拡大してできたアルバムで、もしかすると、勢いでできてしまった“Elephant Man”をもう一度再現しようとしてつくり始めた側面があるのかもしれない。いずれにしろ同作はアルバム・タイトルに「Dancehall」と入っていなければミニマル・ミュージックとして認識するリスナーの方が多いかもしれず、ダンスホールとの連続性は作家性の内面に大きく依存するものではある。ダンスホールとは思えないほど抽象化したビートに「ひらひらとしたメロディ」は同じフレーズの繰り返しに置き換えられ、全体的にはアカデミックな印象もなくはない。聴けば聴くほどタイム・カウというプロデューサーのバックボーンが謎めいていく。

 『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』に収められているのは“Part1”と”Part2”の2パターン。淀みなく伸び伸びとした“Part1”に対して”Part2”は少しダークな変奏が加えられ、イキノックスの作品では大きな比重を占めるダブ・テクノとの境界も取り払われていく。“Elephant Man”が醸し出していたホーリーなムードが抑制されているのはちょっと残念だけれど、ダンスホールの可能性をここまで押し広げたものに文句を言うのはさすがにおこがましい。名義もタイム・カウだし、丑年というだけですべてを受け入れてしまおう。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727