「K A R Y Y N」と一致するもの

Melt Yourself Down - ele-king

 セックス・ピストルズから脳天に風穴をぶち抜かれ、その後の人生でその穴を埋めようと必死で地道に生きて来たアラフィフのばばあが、過去10年間で最もやられた音楽は、Acoustic Ladylandというジャズ畑の人々のものだった。ということは、昨年末の紙エレキングでも書いたところで、彼らのサウンドを髣髴とさせるというそれだけの理由で、Trio VDの『Maze』を2012年私的ベスト10アルバムの1位に選んだのだったが、いよいよ本家本元のリーダーだったPete Warehamがシーンに帰還した。それも、Melt Yourself Downなどという大胆不敵な名前のバンドを引き連れて。
 己をメルトダウンさせろ。とは、また何ということを言うのだろう、この人たちは。いい大人が、メルトダウンなんかしちゃいけません。
 が、実際、このアルバムでは、さまざまのものがメルトダウンしている。だいたいこれ、ジャズなのか、ワールド・ミュージックなのか、ロック&ポップなのか、ダンスなのか、もうジャンルがさっぱりわからない。異種をかけ合わせて、ハイブリッドを作りました。とかいうようなレヴェルの話ではない。カテゴリーの境界線がぐにゃぐにゃになって溶解している。そもそも、レコード屋に行ったとき、何処に彼らのCDを探しに行けば良いのかわからない(ブライトンのレコ屋では、ジャズじゃなくてワールドのコーナーにあった)。
 「キャプテン・ビーフハートみたい」(野田さん)、「渋さ知らズを思い出した。高揚感ではNortec Collective」(habakari-cinema+recordsの岩佐さん)、「こっそりカン。&ジョン・ケイジも」(成人向け算数教室講師R)という、諸氏が連想したアーティストを並べるだけでも国籍が日本からメキシコまでバラバラだが、バンド自身は「1957年のカイロ。1972年のケルン。1978年のニューヨーク。2013年のロンドン」がキーワードだと語っている。国境のメルトダウンである。多国籍すぎて、無国籍。みたいな。中近東のクラブのDJみたいな煽り方をするヴォーカルのKushalは、モーリシャス出身なのでフランス語&クレオール語も混ざっており、勝手に自分で作った何語とも知れない言葉を叫んだりもしているそうで、もはや言語すら溶解している。

 Pete Wareham 率いるAcoustic Ladylandは、実は卓越したジャズ・ミュージシャンの集団(わたしにはこの道は全くわからんので、文献に卓越したと書かれていれば、そのまま書き写すしかない)であり、2005年のBBC ジャズ・アワードでベスト・バンドに選ばれている。彼らがパンク・ジャズ・サウンドを確立した2ndの『Last Chance Disco』は、英ジャズ誌「Jazzwise」の2005年ベスト・アルバムにも選ばれた。この頃はまだジャズと呼ばれていた彼らの音楽には、何か得体の知れない起爆力があった。で、その原因は各人が一流の音楽家であったからというか、素人耳にもめっちゃ巧いとわかる人々が、ぐわんぐわんにそれを破壊しようとしているというか、それは、楽器が弾けなくとも気合だけで音楽を奏でようとしたパンクとは真逆のルートでありながら、同様のエネルギーを噴出させていた。
 Acoustic LadylandのドラマーだったSeb Rochford率いるPolar Bearや、前述のTrio VDも含め、ここら辺のUKのジャズ界の人びとの音楽が、日本にあまり紹介されていないというのは、大変に残念なことである。小規模なハコでのギグなどに行くと、ちょっとやばいほど熱く盛り上がっているシーンだからだ。

 白いパンク・ジャズだったAcoustic Ladylandが、いきなりアフロになって、駱駝まで引きながら帰ってきたようなMelt Yourself Downは、それこそパンクからポストパンクへの流れを体現しているとも言える。Acoustic Ladylandがセックス・ピストルズだったとすれば、Melt Yourself Downはジャマイカ帰りのジョン・ライドンが結成したPILのようなものだ。36分のデビュー・アルバムは、激烈にダンサブルな"Fix Your Life"から怒涛のアラビアンナイト"Camel"まで、ジャズやワールド・ミュージックはわかりづらいと思っておられる方々も、このキャッチーで淫猥な音のライオットには驚くはずだ。
 ナショナリティーも、ランゲージも、カテゴリーも、コンセプトですらメルトダウンして、どろどろとマグマのように混ざり合いグルーヴしている彼らのサウンドは、レイシストとカウンターが街頭でぶつかり、世界各地で政府への抗議デモが拡大している2013年夏のテーマ・ミュージックに相応しい。排他。衝突。抑圧。抵抗。憎悪。闘争。を反復しながら、世界がやがて混沌とひとつに溶け合う方向に進んでいるのは誰にも止められない。LET'S MELT OURSELVES DOWN.

 東京の幡ヶ谷にある異空間「LOS APSON?」が恵比寿リキッドルームの〈KATA〉で、大々的にTシャツ販売大会を実施する。これがとんでもないメンツだ。日本のストリート・カルチャー/アンダーグラウンド・シーンの総決起とも言えるような内容になっている。本格的な夏に向けて、Tシャツを買うならいましかない。そして、少数しか作られない格好いいTシャツを探すなら、ココに行くしかないでしょう。坂本慎太郎のzeloneのTシャツから五木田智央、ヒップホップのWDsoundsやBLACK SMOKER RECORDS、COMPUMA等々、「LOS APSON?」から送られてきた以下の資料をじっくり読んで、その参加者の膨大なリストに驚いて欲しい。

(以下、資料のコピペです)

 白い~マットのジャングルにぃ~、今日もぉ~嵐が吹き荒れ~るぅ~♪ということで、おまんた?アゲイン!!! 今年2013年も"T-SHIRT! THAT'S FIGHTING WORDS!!!"の季節が、遂にやってまいります! 回を重ねるごとに出品参戦者も続々と増え、闘魂バトル・デザイン壮絶!あの手この手のアイデア空中殺法!Tシャツのみならずの場外乱闘!十六文キックに卍固め、サソリ固め、ラリアットに、バックブリーカーに、スピニング・トーホールド、そしてマイナーな?決め技、人間風車まで飛び出す始末!!!(なんのこっちゃ...暴走しすぎ。。。) そんな、ストロング・スタイルから金網デスマッチまでをも網羅したような総合格闘Tシャツフェアが、この"T-SHIRT! THAT'S FIGHTING WORDS!!! 2013"なんですっ!!! そして今年は、なんと!なんと!あの革新邁進画家!大竹伸朗氏(宇和島現代美術)が、バ・バ・バーーーンと遂に参戦決定!!! Tシャツ虎の穴から大本命現れる!みたいな感じで、オジッコちびりぞぉーーー!!! Tシャツフェア参戦者達をゾクゾク・ビンビンに震撼させています! 我がロスアプソン・チームは今回、開店当初からお付き合いさせて頂いているSAMPLESSさんにデザインを入魂オーダー!めちゃんこカッコイイ(自我自賛!)3パターンのTシャツを取り揃えました!!! こりゃ、Tシャツフェア史上における記念メモリアルイヤーになりそうです!!! さあ~それでは、そんな特濃3日間に無くてはならないDJミュージック・プレイヤー達を紹介してまいりましょう! 初日は「GRASSROOTSな夜ぅ~」と題して、"ミュージック・ラバー・オンリー"を掲げるGRASSROOTSのオーナーINSIDEMAN a.k.a. Qと、MIX CD「Crustal Movement Volume 02 - EL FOLCLORE PARADOX」も好評のワールド・パラドックス・ハイブリッド・ミキサーShhhhh、そして女性アーティスト集団WAG.からオヤG達をも唸らせる選曲ムードを醸すLIL' MOFOが参戦! 中日は、酔いどれトロピカル・ハウス・パーティー「細道の夜ぅ~」で、Tシャツフェアでも毎年大人気!お馴染みの373&DJ DISCHARGEと、ALTZのレーベルALTZMUSICAからリリースしたMIX CDが早々に完売したマジカル・オーガニック奥様bimidoriの細道トリオが集結! そして、最終日は異種格闘バトルよろしく、トリップ・ストレッチングMIX「UNWOUND MIX」が大ロングセラー中のBING、ぶっトバしにかけては現在最高峰のDJ!アシッド夢芝居テクニシャンのKEIHIN、キュートなサイケデリックHIP HOPにファン急増中のDJ Highschool、そして私ロスアプソン店主ヤマベの4人にて、一時間ごとにムードがガラリと変貌するミル・マスカラス的?異空間を楽しみながら、Tシャツ争奪に参戦して頂ければ幸いです!!! 3日間の会期中はTime Out Cafe & Dinerスペースにて、お食事&喫茶&お酒を飲んだり出来るのですが、最終日には、ロスアプソン西新宿店時代に毎日モニターで流していたPOP実験映像、'80sブレイクダンス、レア・ベルベッツ、あるバンドの解散コンサートetc.を収録した伝説の?7時間ビデオの特別上映もありますので、お買い物参戦に疲れたらダラリとそちらの方も鑑賞してみて下さい。さあ!さあ!さあ!ゴングが打ち鳴らされる時が迫っています! 今からしっかりと準備万端、走り込み&うさぎ跳びなどをして体力をつけて、ご来場下さいませっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
(山辺圭司/LOS APSON?)

2013.6.28 (fri) ~ 30 (sun)
at KATA
(東京都渋谷区東3-16-6 LIQUIDROOM 2F)
https://www.kata-gallery.net/
open 15:00 close 22:00
Entrance Free!!!

〈参加アーティスト/ブランド〉
LOS APSON?, 宇和島現代美術(大竹伸朗), 五木田智央, SAMPLESS, zelone records, SEMINISHUKEI, Vicinity, DJ Discharge, 373, KIZM, GRASSROOTS, KLEPTOMANIAC, JOJI NAKAMURA, 86ed, BLACK SMOKER RECORDS, HE?XION! TAPES, THE GODS ARE CRAZY, SONIC PLATE, COLORgung, DMB PRODUCTION, DREADEYE, PARANOID, COSMICLAB, COMPUMA, hentai 25 works, MANKIND, Ackky, 威力, TACOMA FUJI RECORDS, TARZANKICK!!!, TOGA, TRASMUNDO, BOMBAY JUICE, BREAKfAST, BATH-TUB OffENDERS, MGMD KRU, 2MUCH CREW, chidaramakka by syunoven, 大井戸猩猩, 植本一子, VINCENT RADIO, WACKWACK, WDsounds, WENOD RECORDS, WOODBRAIN/水面花木工, word of mouth, Akashic, BLACK SHEEP, 4L, chill mountain, DEATH BY METAL / galeria de muerte, ESSU, ExT Recordings, FEEVER BUG, 2YANG, 37A, FORESTLIMIT, GEE, KEN2-DSPECIAL, MAGNETIC LUV, MidNightMealRecords, MOWHOK ART SHOP, nightingale, noise, SLIMY MOLD HEAVENS, SpinCollectif TOKYO, STRANGER, SUMMIT, TUCKER, LIQUIDROOM and more!!!

〈追加アーティスト/ブランド〉※6月22日現在
コトノハ, dublab.jp, STRUGGLE FOR PRIDE, INDYVISUAL, ヨロッコビール, DogBite, amala, 前田晃伸, RWCHE, SWOW Backshelter Lab.

〈DJ Time/17:00~〉
6.28 fri
「GRASSROOTSな夜ぅ~」
DJ: INSIDEMAN a.k.a. Q, Shhhhh, LIL' MOFO

6.29 sat
「細道の夜ぅ~」
DJ: 373, DJ DISCHARGE, bimidori

6.30 sun
「異種格闘でバトルな夜ぅ~」
DJ: BING, KEIHIN, DJ Highschool, ヤマベケイジ

more information
https://www.losapson.net/tshirtfair/
https://twitter.com/losapson



interview with Mark McGuire - ele-king

 マーク・マグワイヤはここからだ。彼の名がクレジットされた楽曲は膨大に存在するが、それらはいま、この『アロング・ザ・ウェイ』から、新しく光を当てられることになるだろう。エメラルズを脱退してのソロだから、ではない。彼が、彼のやるべきことを見つけたからだ。長い人生が何のためにあるのかを知る機会は少ないが、とくに意味がないようにも思われるその連続が、ある一点から一気につながっていくということが起こらないともかぎらない。マグワイヤにはきっと、そのときがめぐってきている。......そう熱と感動を込めて言い切ってしまう理由は、以下のインタヴューのなかに示されている。


Mark McGuire
Along The Way

Yacca

Review Amazon iTunes

 『ダズ・イット・ルック・ライク・アイム・ヒア?』(2010年)のリリースによって、アメリカ中西部のアンダーグラウンドなノイズ・シーンから世界へと飛び出し、クラウトロックをモードにしてしまった時代の寵児、エメラルズ。そのエメラルズ解散後初のリリースとなる今作『アロング・ザ・ウェイ』は、愛と生命をめぐる彼の哲学が4章にわたって開陳・展開された大作だ。自身による長文の解説(原文はさらに長いという)も付されており、明確にコンセプトと目的を持った作品であることがわかる。まさか彼がこれほど言葉で思考し、語る人間だとは思わなかった。聴かれるかたは必ず読んでみていただきたい。オマケのライナーなどというものではなく、むしろこのメッセージのために本作が編まれているということがありありと理解されるだろうから。

 「スピってる」......とはたしかに言った。言ったし、いまもそう思う。本作のテーマについて筆者が100パーセントの理解と賛同を示すことはないだろう。アラン・ワッツの名にもちょっと戸惑ってしまう。けれどまったく笑おうとも否定しようとも思えない。ひとはひと、ということでもあるが、やはりこのアルバムに力があるからだ。

 音楽をやる人間が言葉で説明してしまっていいのか、という批判もあるかもしれないが、彼にとっては今回、音も言葉も同じものだったのだろう。マグワイヤの目的は彼のメッセージを伝えることにある。ダメなのは言葉で目的の欠落を補足しようとすることだ。何をするべきかということそのものの軸がしっかりとあるかぎり、音が弱まることはない。自分の持てる能力をすべて使って彼は彼の思う「愛」のなかだちになろうとしている。

 そして、彼がこれまでテーマにしてきた家族のモチーフについても興味深い話が聞けた。以前のインタヴューでも同様のことを訊いているのだけれども、まったく回答の角度が違う。というか、まさにいまそれらが明瞭にひとつの線としてつながったという印象だ。"ザ・ヒューマン・コンディション(ソング・フォー・マイ・ファーザー)"は彼のすべての音楽を――パッケージされた彼のソロ作ばかりではなく、友人に手渡ししたテープやCD-R、PCにストックされた没音源などもふくめたすべてを――光の線にする。

 マニュエル・ゲッチングがどうとか、エフェクターがどうとか、そういうことは突如としてどうでもよくなってしまった。シンセを用い、音色を増し、ビートを入れ、ストレートに歌う今作の直接性を、筆者は称えずにはいられない。
(ちなみにそのあたりもいろいろと訊いていたのだけれど、ほとんど答えらしい答えが返ってこなかった。)

人間はただそれにタッチするだけでいいはずなんです。現実と愛といまの瞬間とは、同じようなものだと思います。いまの瞬間だけがリアルなもので、愛も同じです。それしか存在しません。

バンドを離れたことと関係あるかもしれませんが、今作『アロング・ザ・ウェイ』には音楽的にも吹っ切れているというか、思い切って新しいことができているようなところがあるんじゃないかと思いました。

マグワイヤ:去年から、ギターだけで表現していくことの壁にぶつかったような気がしていて、もう少し他のテクスチャーを新しく加えていきたいなという気持ちになりました。そこからシンセを購入して、いろいろと実験をスタートさせたり、他の要素をどんどん取り入れていったりしましたね。今回のアルバム制作に関しては、とくに自分にリミットを設けたりせずに、フリーな感じで、どんな音でもアリにしたいっていう気持ちだったんです。LAのスタジオに住み込んでいたんですが、そこにはたくさんの楽器もあったので、環境としては恵まれていたと思います。でも、いまアルバムを聴き返すと、いままで自分がやってきたことの延長ではあるけど、少し自由で実験的な気持ちがあったんだなということがわかりました。

シンセを購入して本格的に触るようになったのは今回が初なんですね。

マグワイヤ:エメラルズのときももちろん触ることはあったけど、やっぱり役割としてギターだったので、1年半くらいですかね、今回初めて自分のシンセを買っていろいろ勉強することができました。いままではギターの音を加工することからスタートしていたのが、スタートがギターじゃなくなったことで、ちょっと解放されたようにも感じます。去年の夏、映画のサントラを作っていたときに、シンセやドラムマシンのプログラミングとかを本格的に学ぶようになっていたので、それが自然と自分のアルバムにも反映されるようになりました。もう少しレンジのあるサウンドが欲しかったんですよね。そういうシンセの作品は、最初はネットでフリーでリリースしたんですが、今回のアルバムはいま挙げていったようないろいろな実験や要素を合成して作った作品ですね。EPはほんとに実験で、手探りな感じがありました。今回はそれをもっときちんとした形にしたものです。

なるほど。いろんな要素が入りつつ、でもこれまでやってこられたことの集大成という感じもしたんです。この作品のご自身の注釈に「愛というのは生命の認識である」という言葉がでてくるんですが、ある意味でそれは、これまでもずっとあなたの作品に感じてきたことでもあります。それを今回はわざわざこれだけの長文に書き起こし、4つに章立てて明示されたわけですよね。このコンセプトの立て方についておうかがいしたいです。

マグワイヤ:アルバム制作がはじまったのはちょうどそのサントラを作っていたときで、そのとき考えていたのは『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』のときにあったコンセプトをもうちょっと広げたいということだったんです。『リヴィング~』はナラティヴな作品というか、ちょっとしたストーリーのある作品でしたから。これを次の段階に持っていきたい、もっと奥行のあるものにしたいという思いがありました。ここ数年は、心理学と哲学をまた勉強しはじめていて、本で得たアイディアなどを成熟させたコンセプトがこのアルバムの中心になっているんですね。それは僕自身の宇宙や生命への考えでもあるんですが、同時にある程度普遍的なものでもあると思っていて、音楽もそんなふうに壮大に表現できていたらいいなと思います。
 この作品では、人生を通してあるひとりが遂げていく成長を旅のように描いているんですが、それは彼自身の成長であるとともに人類全体の旅でもあるということなんです。パーソナルかつユニヴァーサルというのが今回のコンセプトでもある。
 それから、このテキストのなかには愛についても記してあるんですが、愛とはどういうことか、というような問いに対しては、みんなそれぞれにあらかじめ持っている観念があるはずだから、誤解されることもあると思います。ですが人々は互いにつねに人生のなかで誤解しあっている部分もあって、それもひとつの人類のストーリーですね。みんな同じことを目指して、同じ夢や欲望を抱いている――同じ旅をしているにもかかわらず、お互いが通じないでミスっている部分とか、同じ言葉を話しているのに違う言葉を話しているというようなことがあります。
 愛というのは、単純なロマンスという意味ではなくて、もっと深みのあるものです。人間がいないくても存在しているようなものですね。ちょっとヒッピーっぽいというか、フリー・ラヴの思想に聞こえてしまうかもしれませんが......、でも、人間はただそれにタッチするだけでいいはずなんです。現実と愛といまの瞬間とは、同じようなものだと思います。いまの瞬間だけがリアルなもので、愛も同じです。それしか存在しません。そういうことをこの作品では言っています。

解説部分でもそのように書いておられましたね。「パーソナルかつユニヴァース」というお話がありましたが、たとえば、育った環境や前提がぜんぜん違う者同士が、いかに隣り合っていっしょに生きていくことができるのか、これは長らくアメリカという国に突きつけられてきた問題でもあると思います。こうした少し生々しい問いや例に対して『アロング・ザ・ウェイ』はあなたなりの回答を示そうとしたのかなと思ったのですが、あなたの書かれている壮大な例と、こうした生々しい問題とはどう関係しますか?

マグワイヤ:アメリカだけではなく、世界全体で人々は打ちつけられていると思っています。人類と自然、宇宙は、本当は同じひとつの生命なのに、それをむやみに切り分けようとしていて、そこでいろいろな問題が発生しているように見えるんです。人間が自然の一部なのではなく、自然外のものとして生きているような感じ。僕には助けを求める悲鳴が聞こえるような気がします。このアルバムは、けっして政治的なコンセプト・アルバムではないんですが、やっぱりそういうことを考えながら作品を作ってはいました。
 人々は真の生き方から遠く離れたところにいます。人生の意味を僕なんかが理解していると思っているわけではありませんが、社会とか政治とか階級分けとかによって本来ひとつであるべき自然と宇宙と人間を分離させると、どんどん共存から遠ざかって、ひとりひとりが引きこもったような生き方をすることになり、どんどん孤独になっていくように思います。アメリカだけではない問題ですけど、アメリカは巨大なメディアを通じていろいろな情報を世界に発信しているわけなので、責任が大きいと思っています。"ザ・ウォー・オン・コンシャスネス"という曲ではまさにそういうことを歌ってるんです。「ウォー・オン・テロリズム」とテレビやメディアではよく言われていますが、僕はむしろ人々の思考との戦争だと思います。いかに麻痺させるか、いかに衝撃的な映像などで思考停止させるか、その恐怖やトラウマによって人の心をバラバラにするか......。ほんとはみんなつながっているのに。
 このアルバムでは、そういう生き方じゃなくていいんだよということをメッセージとして持っているつもりなんです。愛を持った生き方としていいんだという、それが僕の思いです。

なるほど。その......、音にも驚くところは多かったんですが、それよりも、あなたがこんなに言葉で表現する方だったのかということになお驚いたんです。

担当者S氏:(小声で)もっと長いんですよ!

えっ、なるほど(笑)。何というか、ギターに人格が備わっているんじゃないかというくらい、とても雄弁なスタイルをお持ちなので、ほとんど「ギターの精」みたいに思っていたんです。人の言葉ではなくギター語で話す、というような方なのかなと......。一方的ですみません! でも演奏に長けた方が、言葉で語ることをよしとしなかったりすることもあるなかで、あえてここまで長い文章できっちりとコンセプトを示すというやり方を選択されたのは、それだけ思いが強かった、伝えたいことだった、ということなんでしょうか?

マグワイヤ:そうです。今回はヴォーカルや歌詞もひとつの要素として必要性があったと思います。今回伝えたかったアイディアやコンセプトは、とても具体的なものなので、インストゥルメンタルな音楽だと誤解されやすい......これはハッピーな曲だと思って作ったものを、誰かが聴いて全然違ったふうに考えるかもしれない、そういう曖昧な余地が多く残されていますよね。ダイレクトに伝えたいことを伝えてみるという挑戦でもあったので、歌詞とヴォーカルとテキストを採り入れることにしました。
 前もって決めたことだというわけでもなくて、曲を書きながら出てきたものでもあります。言いたい言葉は無限に出てくるので、それをコンパクトにまとめるのが難しいですね。

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父には9人の兄弟がいて、そのなかで男の子が7人、狭い家に11人で暮らしてきたので、彼らが集まるとすごいエネルギーのかたまりになるんですよね。

では、もうちょっと細かい部分についてなんですが、冒頭はすごく東洋的でメディテーショナルなアンビエント・トラックからはじまるんですが、その部分はパーカッションも含めてとても新鮮でした。"アウェイクニング"というタイトルは、あなたの言う「愛」への目覚め、覚醒、という意味なんでしょうか?

マグワイヤ:まさにその通りです。"アウェイクニング"というのは、生まれる瞬間のことを言っていて、人が初めて自然に触れて、愛に目覚めるということを表しています。東洋的なモチーフに対し、西洋の楽器が合わさりますね。2曲めに入ると、もう少し楽器が合わさって、一体化していくというふうになっています。あと、去年日本に来たときにすごく刺激を受けました。そこで目覚めたこともたくさんあります。

音もそうだったので、東洋の思想に影響を受けるところもあったのかなと思ったんです。日本で受けた刺激というと、どういうものなんですか?

マグワイヤ:「シオソフィ(Theosophy)」という、哲学と神学を合わせたような考え方があるんです。それは例えば、西洋から見た東洋の宗教だったり、ヒンズー教だったり、禅だったりの研究でもあるんですが、そういった本を読むなかでつねにインスパイアされるものがありますね。アラン・ワッツの本なんかは大好きです。そこからいろいろ読んで、解釈して、自分の考えと混ぜています。日本で強く感じたのも、いろいろな宗教が、元は同じところから来ているんじゃないのかなということでした。

そうやって章が進み、パート1、パート2ときて、パート3へと進むわけですが、この"ザ・ヒューマン・コンディション"というのが素晴らしいなと思いまして。何が素晴らしいかというと、あのアットホームなパーティーのヴィデオのサンプリングですね。たぶん昨日のライヴ(2013.5.10@東京 UNIT)で流れていたと思うんですが、きっとお父さんのご兄弟やご親戚が集まったパーティか何かの模様だと思うんですよ。皆さんまだ若い頃のもので。(※筆者註 その音声が大幅に使用されたトラックが"ザ・ヒューマン・コンディション")あの映像を眺めるあなたの視線のなかに、あなたの考える「愛」のひとつのヴァリエーションがあったんだろうなって思うんですが、あの音声サンプルを使用した理由を教えてもらえませんか?

マグワイヤ:まず、そうですね、その音源とライヴで使用した映像とは同一のものです。父のお祝いのパーティなんです。父には9人の兄弟がいて、そのなかで男の子が7人、狭い家に11人で暮らしてきたので、彼らが集まるとすごいエネルギーのかたまりになるんですよね。それはポジティヴな意味でも、ネガティヴな意味でも。すごくおもしろい集まりで、使用した場面は、兄弟みんなが父親を褒めたり、からかったりするところですね。
 このヴィデオは家の地下室で見つけたんです。そしてそれを妹と初めて観たときすごくエモーショナルになって、とても最後まで観れないくらいの感情になったんです。とても......ヘヴィに感じて。あれは25年くらい前の映像なんですが、あのときからいままでの25年という時間、いったいどれだけのことがあったんだろうと思ったんです。時間の流れってすごいなと。しかもその時間のなかで、遺伝子ではなく体験によって結ばれるお互いの関係を見て、人類のメタファーのように感じました。それで、この場面を曲の要素として取り入れたわけなんです。人の魂は、人生のなかでとても辛い思いを経験したりもするけれど、お互い同じような辛さを抱えているわけだから、人間関係によってお互いを癒したり癒されたり、励ましたり、愛したりしながらつながっていけばいいなと思ったんです。

なるほどなあ。最初は映画作品なのかな? と思ったくらい素晴らしい映像で、わたしも本当に涙が出そうになったんです。ただ、食事会の様子を撮っているだけなんですけどね......8ミリとかで。何だろう......素直なラース・フォン・トリアーというか......。
 わたしは今回の作品がもうひとつ持っている顔として、『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』のつづきというか、完全版なのかなというふうに思っていたんですね。あの作品も妹さんへの曲とか、弟さんへの曲とかが収録されていて、家族の声のサンプリングにはこだわられてきたのかなという印象がありました。
 家族をこんなに正面からとらえる音楽作品って、めずらしいなと思うんですよね。子どもの声が入ってたり、人々の声が入ってたりということはよくある方法ではありますが、それが家族という焦点を持つことが、あなたのひとつの特徴じゃないかと思うんです。

マグワイヤ:おっしゃったように、今回の作品は、あの作品のつづき、2作めといった感じなんです。でも、家族をテーマにすることは自分にとって自然なことでもありました。普段の生活のなかで家族はかけがえのないものです。自分の音楽は、自分をもっと深く知るということを追求しているので、自分の根っこにある家族について考えることはとても重要だと思います。ダスティン(・ウォング)とも昨日話していたんです。ポジティヴに聴こえるサンプルも多いと思うんですが、家族の関係がいつもポジティヴであるわけではない。お互いがお互いの関係によっていろんな経験をしているわけだから、そこには奥深いものが生まれてきます。
 数年前、家族は少しバラバラな状態にあったんです。でも、僕が音楽を作っていることがきっかけで少し仲良くなった。......バラバラじゃなくて家族として少し関係が強くなったんですね。だから人類全体のメタファーとしてもアリなのではないかなと考えました。今回の音楽で、バラバラになっているものが少しつながればな、と思います。

すごくいいお話が聞けました。家族がバラバラだったこともあったんですね。でも映像だけ独立してても、これは素晴らしいものだと思います。

マグワイヤ:僕もそう思います(笑)。

ええ(笑)。さて、このジャパン・ツアーではお寺も回られてますね(2013.5.1 新潟 正福寺)? お釈迦様の前で爆音で演奏されたとか。そのときのことを聞かせてもらえませんか?

マグワイヤ:あれはこれまでライヴ等で経験してきたなかでも、一番といえるものでした。最初にお寺に着いたときには、さすがにライヴ・セットを変えなければならないかなと思ったんです。その......、建物の雰囲気や構造的に。この環境に合った静かな音を出したほうがいいのではないかって。でも、当初のセットでそのままやることにしたんです。結果的には正解だったと思いました。自分の音楽は、自分にとってスピリチュアルなものだから。僕はけっしてひとつの宗教を信じているわけではないんですが、仏教やヒンズー教には美しいものが残っているというふうに思っています。だからお寺で演奏するのは、教会などでやることよりも感動しました。住職さんが踊っていらっしゃったということを聞いて、感謝でいっぱいでした! 自分の音楽に意味があるのだという気持ちになったというか。住職さんや、ここの環境に受け入れられたんだなと感じられたんです。

ああ、それは本当に観たかった! このアルバムのツアーというタイミングはまさにジャストでしたね。......何か次に見えているヴィジョンなどはありますか?

マグワイヤ:すごく長い時間をかけて作ってきたものなので、まだこのなかにいたいな、と思いますね。ちょっと疲れもありますしね(笑)。

マグワイヤ自身によるMV"In Search of the Miraculous"。
『Along The way』冒頭から3曲が使用されている。

interview with Seiho part.1 - ele-king

 ネットの回線料、携帯にかかる費用を思うと癪にさわる話だが、ここ数年の糞デジタルのお陰で、環境ばかりか、価値観も変わり、音楽の意味もポップの定義も揺れ動いている。そして、ぐらついているからこそ面白いことも起こりうる。僕のような古い価値観にしがみついている人間をよそに、連中はノートパソコンを玩具として、楽器として扱っている。
 情報過多な時代に適応しているのだ。1992年、UKで生まれたジャングルを「情報過多な時代に対応した身体の再プログラミング」と定義した人がいる。サンプラーのなかにハウスやヒップホップ、ポップス、TVの子供番組等々の音源が詰め込まれ、(当時としては)高速のビートで再生されるそのダンス・ミュージックは踊り方まで変えているが、特徴は、今日のフットワークにも通じるぴょんぴょんと跳ねるような足の素速い動きにあった。イメージとしては、次から次へと打ち寄せてくるビットの波のうえを軽やかに跳ねているようだった。
 グラスゴーの〈ラッキー・ミー〉、ベルリンの〈プロジェクト・ムーンサークル〉といったレーベルは、1992年以上の膨大な情報量の、濃縮された「再・再プログラミング」を実践している。回線のなかのジェットコースターを駆け回りながら、リアルな世界に着地する。ジャンクだが、ソウルがあり、滑らかだ。同じ感覚が大阪の〈デイ・トリッパー〉にもある。
 これはニッチではない。2011年、セイホーが設立した〈デイ・トリッパー〉は、僕がいくら嘆こうが、オリジナル盤の値打ちよりもiPodのデザインが勝る現代において、真っ当なエレクトロニック・ミュージックを配給している。真っ当な......というのは、何をしでかすのかわからないという意味においてである。とかくエレクトロニック・ミュージックは、前衛、芸術、ミニマル、ディープ・ハウス、ダブステップ......などと細分化しては、専門家化が進行、小宇宙が増え続けている。我々は、それら限定的なサークルと同時に横断的なサークルも必要とする。ゆえに〈デイ・トリッパー〉のような乱雑なレーベル、精神的な若さがあって、ポップであることを忘れないレーベルには期待したいのだ。プロディジーにも負けないベースラインをモノにして、彼らのレイヴが盛り上がることを真剣に願っている。
 〈デイ・トリッパー〉は、1992年にトリップしたかのような長髪のセイホー、恐るべき10代のマッドエッグ、そしてアンド・ヴァイス・ヴァーサ、レジーサラダ、mfp、デス・フラミンゴ・イントゥ・ザ・メマイ、マジカル・ミステイクス、オギー、ドゥーピーオといった得体の知れない連中のアルバムを出している。その傍ら、マシューデイヴィッドのカセットテープのリリースも手がけている。レーベルのポロ・シャツの販売など、マーチャンダイジングにもぬかりはない。

E王
Seiho
Abstraktsex [Limited Edition]

Day Tripper

Amazon

 この6月、レーベルの10番目のCDとしてセイホーのセカンド『アブストラクト・セックス』がリリースされた。デジタル新時代のダンス文化に対応しきれているとは言い難い日本において、待ち望まれていた作品である。何故なら『アブストラクト・セックス』には、音楽が一時期的な消費物や慰めでしかないこの時代に生まれた孤独な少年の魂を救うであろう、斬新さと寛容さがあるからだ。ネットの内輪ノリから飛び出して、前向きに時代の変化を楽しんでいる。
 このアルバムに、器用なエディットを駆使したインクやライのようなチルなR&B、スクリュー、ジェイムズ・ブレイクのメランコリー、〈ブレインフィーダー〉系のビート......等々、最新のモードが詰まっていることはさして重要ではない。セイホーが岡村靖幸への憧れを隠さずにポーズを決めて、大阪のクラブで北欧の美女をナンパしてモデルにしたときに、おおよそ勝負は決まっていた。しかもその成果を『アブストラクト・セックス』と名付けた時点で、彼が抑圧された欲望の解放者であることがわかる。大阪のタウン誌『カジカジ』(木津毅も編集で関わっている)の2012年224号には、〈デイ・トリッパー〉主宰のパーティ「INNIT」にやってくるお客さんの写真が掲載されているが、可愛い女の子と可愛い男の子でいっぱいだ。
 石野卓球、田中フミヤ、ケンイシイ......日本では20年前以来のテクノの急上昇である。間違いなくそのキーパーソンのひとり、25歳の青年、セイホーに話を聞いた。

親父がずっとジャズが好きで、店でずっとジャズが流れてたんです。お客さんが来てるときはFM802が流れてて、その頃ちょうどアシッド・ジャズとか〈モ・ワックス〉がけっこう中心でかかってたんですね。ブレイクビーツっぽいジャズが。で、そこら辺のものを父親が買ってて、それを僕も聴いてて......、みたいな感じでした。

今日、大阪といえばSeiho(以下セイホー)ですからね。

セイホー:いやいやいやいや(笑)。

大阪といえば〈デイ・トリッパー〉だと、東京にも届いています、話題の渦中にあるセイホー君、この度は、どうも、わざわざありがとうございます! 

橋元:ちょっと放送みたいになってますけど(笑)。

セイホー:ユーストリームみたいな(笑)

先日もマッドエッグのアルバムをリリースして、それをたまたま三田さんが買ってレヴューしたりとか、Pヴァインの今村方哉さんがTBSラジオでマッドエッグの曲を流したりとか。時代の寵児になりつつありますね(笑)。

セイホー:(笑)

とりあえずは、セイホー君がエレクトロニック・ミュージックにハマった経緯から教えてもらえますか。生まれも育ちも大阪?

セイホー:大阪です。千林っていう下町に生まれました。経緯は......エレクトロニック・ミュージックと言うよりは、PCで曲を作ろうと思ったのが最初でよですね。だから、大きかったのは、小学校の2、3年の頃にパソコンを買ってもらって。

小学校2、3年!? どんな現代っ子なんだよ。

セイホー:その頃でも、クラスのなかで5、6人は持ってたんですよ。

うぅ。

セイホー:ウィンドウズの98を。

橋元:年齢的にそうかもしれないですね。

でもさ、アルファベットまだあんまわからないでしょ?

セイホー:いや、わかりますよ(笑)。ABCD言うてましたよ。

キーボードを叩くって難しくない。

セイホー:でもみんな、けっこうパチパチやったり。

うちの子供なんか、そろばんだよ。

セイホー:僕のなかでいちばん大きかったのは、テレビで『ウゴウゴルーガ』とか『天才てれびくん』とかって番組をやってて、CGがすごいってなって。そのCGをどうにかして作りたいって相談したら、とりあえずパソコンっていうものを買わなあかんってなって、父親が買ってくれて、パソコンを触りだして。でもそれじゃCGは作れないじゃないですか。で、小学校3年生ぐらいのときに自分で調べて、『Strata(ストラタ)』っていうCGソフトを買ってきて。

恵まれた環境だったんだねー。

セイホー:そうですね。日本橋(註:大阪の電気街。東の秋葉原、西の日本橋と言われる)が近かったんで、そこに行って店員に訊いたら、いちばん安くて簡単に作れるのがこれでって言われて。でも何もできないんですよ。丸とか三角とかを空間に出して喜ぶ、みたいな(笑)。

ご両親はどういう方なんでしょう? 

セイホー:飲食をやってて。えっと、僕が小学校のときから寿司屋さんで。1階が寿司屋で、マンションの上に住んでるみたいな。

俺と似ているね、環境が。俺も1階が飲食で、3階に住んでいた。

セイホー:親父がずっとジャズが好きで、店でずっとジャズが流れてたんです。お客さんが来てるときは(FM)802が流れてて、その頃ちょうどアシッド・ジャズとか〈モ・ワックス〉がけっこう中心でかかってたんですね。ブレイクビーツっぽいジャズが。で、そこら辺のものを父親が買ってて、それを僕も聴いてて......、みたいな感じでした。それと、店のバイトの子がヒップホッパーで......、とかもあるんですよ(笑)。大学生だったんですけど、「DJやってて」みたいな感じで。

橋元:オシャレな寿司バーみたいな感じじゃなくて――。

セイホー:全然違います!

いいね、アシッド・ジャズがかかる寿司屋って(笑)。うちは演歌だった。

セイホー:商店街のなかにあって、どっちかと言うとお持ち帰り専用の寿司屋なんです。なかで食べるような感じじゃなくて、で、大体をス-パーに卸してて。みたいな感じの寿司屋です。

いまの話のなかで〈デイ・トリッパー〉やセイホー君の大体8割ぐらいは入ってたね。寿司屋、ヒップホップ、アシッド・ジャズ、そしてコンピュータ。マセたガキっていう。もう、そのまま〈デイ・トリッパー〉じゃない(笑)。

セイホー:(笑)そんな感じですね、ほんとに。

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僕の世代っていうか、相方のアヴェック・アヴェックも同じような感覚なんですけど、サンプリングに対する抵抗と魅力が両方あって。サンプリングって、自分が弾いてないっていうことに対する罪悪感みたいなものが。

セイホーは、セイホー君の世代では珍しく「ジャズ」ってことを言うから、そこが気になっていたんだ。

セイホー:それでジャズと言うよりは、そのあとに小学校、中学校で部活に入らないといけないっていうのがあって。小学校からパソコンには興味があったんですけど、パソコン部っていうのがなくて。中学校でも、パソコン部に入ってもタイピングとかをするだけで、CGを作れないってなって、それやったら音楽が好きやったんで、そこで吹奏楽をやり出して、地域のジャズ・バンドに入って。で、高校はずっとジャズ・バンドで、みたいな。

吹奏楽部では何をやったんですか?

セイホー:トロンボーンです。

カッコいいね(笑)。

セイホー:(笑)

自分が演奏するためにジャズを聴いてたみたいな感じ?

セイホー:そうです、そうです。ずっとそんな感じですね。ジャズを「いいなー」と思って聴いてたわけじゃなくて――。

それは何年ぐらいの話?

セイホー:それが――。でも、中学校入ったときぐらいにギターを買ってもらって、そのときに弾きたかったのがコーネル・デュプリー。スタッフとかの、ああいう80年代のフュージョンがものすごく好きで、そういうのが弾きたいなって言ってやり出して。そこから渋いジャズというよりは、アーバンなフュージョンとか――。

チャラいジャズ? 

セイホー:そうですね。だからジョージ・ベンソンやらを聴いてて――。

ラウンジーな感じの。

橋元:AORもちょっと入りつつの。でも中学生なんだ(笑)。

セイホー:はい、......みたいな感じです。

当然、クラスからは奇人だと思われてたでしょうね。

セイホー:まあそうですね。でもなんかね、それもありつつの、そんな外れた感じの音楽趣味でもなくて。なんて言うんですかね、それを聴きながら、先輩に呼ばれて「お前この譜面弾け」みたいな感じでニルヴァーナとか、グリーン・デイやらを弾かされてたって感じです。

楽器はけっこう一通りやったんだ?

セイホー:そうです、ずっと楽器はやってます。

鍵盤も?

セイホー:鍵盤も一応は弾けます。

譜面も読めて。

セイホー:一応は。

絶対音感もあって。

セイホー:いや、それはないです(笑)。でも最近、譜面を読むことがあったんですけど、全然読めなくて。あかんなー思って。

いや、すごいね。じゃあ、この新しいアルバムの1曲目の最初のピアノなんか自分で?

セイホー:ああ、それはそうです。エヴァンスのフレーズですが、弾いてるのは自分です。

サンプリングだけじゃないんだね。

セイホー:そうです。僕の世代っていうか、相方のアヴェック・アヴェック(avec avec)も同じような感覚なんですけど、サンプリングに対する抵抗と魅力が両方あって。サンプリングって、自分が弾いてないっていうことに対する罪悪感みたいなものが。

その感覚、俺より一世代上の人たちのものだよ(笑)。

セイホー:そうなんですよ。だから同じようなフレーズをわざわざ弾き直す作業をしたりとかをしちゃうんですよね。

それがなんでこういったエレクトロニック・ミュージックと結びつくんですか?

セイホー:中学校2、3年生のときに新世界の〈ブリッジ〉っていうところで、soraさんとアオキ・タカマサさんと、半野喜弘さんあたりがイヴェントをやってはって。そこに遊びに行ったのがけっこうきっかけです。

中学校?

セイホー:中学3年生です。2003年、2004年ぐらいですね。アオキさんが(海外に)行かはる直前ぐらいですね、だから。まだSILICOMをやってた頃なんで。

まだグリッチな感じだった頃?

セイホー:そうですね。

何が面白かったんですか?

セイホー:その直前ぐらい、2001年か2000年ちょうどに、アルヴァ・ノトの展示会を見てるんですよ。

展示会って何をやってたの?

セイホー:たぶんグリッチの装置を置いてるのと――。

グリッチの装置って、ノイズを出す装置(笑)? ラジオみたいな。

セイホー:そうです(笑)。あれを置いてるのと、あとアートワーク3枚がバンと壁にかけられただけのものを国立美術館かどこか、東京でやってて。それに直接は行ってないんですけど、それを紹介してる番組を有線で見てて。

中学生にとってみたら、あれはどういうものに見えるの?

セイホー:僕のなかではけっこうな衝撃やったんですよ。

未知の世界?

セイホー:そうですね。プラスにされていく未知ってあるじゃないですか?

「これアリか」って感じでしょ? 俺も中学生で初めてクラフトワークを聴いたときに、それを感じたもん。

セイホー:はい、はい。

曲を構成しているのが反復っていうのが自分でわかったときに、「こんなのアリなのかよ!?」って。

セイホー:はははは(笑)。

それと、キング・タビーとかをやっぱ中学生で聴いたとき、ものっすごく衝撃を受けたなー。やっぱ、「こんなのアリなのかよ!?」って。

セイホー:ああー、はいはい。

そういうような感じなんだ?

セイホー:そんな感じです。それで興味を持ち出して、どうやって調べたらいいのか、その術がその頃全然なくて。あの系統をどうやって仕入れるんやろ、みたいな(笑)。そんな感じをずっとウロチョロしてたら、K2レコードっていう大阪のレンタルCD屋があって。こっちで言うジャニスみたいな感じの、マニアックなレンタル・ショップで、そこに先輩に連れて行ってもらって借り出して、それで〈ブリッジ〉とかに行ってみようと思ったというか。半野さんやアオキさんを先に聴いて。そんな感じでした。

個人的なことを言うと、その頃、グリッチ系は、ヤン・イェリネクとか一部を除いて、ほとんど聴かなかったもんね。

セイホー:はいはいはいはい。でも、そこから遡って、〈ワープ〉を聴き出して......、みたいな感じですよ。そこでスクエアプッシャーに出会って、「これはヤバい」みたいな。

最初はほんとにIDMというかグリッチというか。

セイホー:そうですね。

踊るほうではなくて、座って聴くほうだったんだね。

セイホー:そうですね。この作品を作る前もけっこう〈ワープ〉とか、そんな感じも混ざりつつやったんですよ。

で、自分で最初に作りはじめたっていうのがそういうようなもの?

セイホー:いや、最初に作りはじめたのはまたちょっと違うんですよ。携帯の着メロがいちばん最初で――。

それはなんで? アルバイトで?

セイホー:いや、違います。音楽を作るっていうときに術がなくて。

でも楽器弾けるじゃん。あ、でもエレクトロニック・ミュージックで?

セイホー:そう、エレクトロニック・ミュージックをやりたかったんですよね。で、譜面を書いて。でもそれを鳴らすソフトがないから。

でもそれこそ、楽器をなまじっか弾けたらサンプリングに抵抗があるように、エレクトロニック・ミュージックっていうのは楽器を弾けない人たちがみんな作ってるじゃない?

セイホー:そうですよね。

そこは抵抗がなかったんだ(笑)?

セイホー:なんか自動で鳴るのが楽しい、みたいな(笑)。俺もようわかってへん(笑)。オルゴールといっしょで(笑)。

はははは!

橋元:じゃあCGが楽しいって惹かれたのと同じような感じで――。

セイホー:同じような感じですね。で、3和音とか16和音の音源を携帯に送って――。

橋元:そんなのありましたね!

セイホー:で、聴いて満足する、みたいな(笑)。

それは人前で発表してたりしたんですか?

セイホー:してない、してない。あ、でもけっこうしてましたね。16和音とか32和音とかが出だした頃は。携帯の課金サービスの前なんですよ。いわゆる300円で5曲とかの前で、インターネットにそういう素人サイトみたいなものが大量にあって、そこに投稿してましたね。着メロ投稿サイトみたいなんに(笑)。

しかし......、小学校2年とかでパソコンをやってたらどんなガキになるんだって感じだよね(笑)。

橋元:そうですよね(笑)。でもそれで、ネットをやってたわけではない?

セイホー:やってました、やってました。

バリバリ掲示板とかに書き込んだりする感じなの?

セイホー:いや、あーでも、そうやったんかな。PCやってるのは学校のなかで7、8人しかいないんですよ、僕らの世代は。だと、みんな繋がって2ちゃんうんぬんかんぬんみたいな話はけっこうしてましたね。

イヤなガキだねー(笑)。

セイホー:(笑)そうなんですよ。

実際みんなでやってたの?

セイホー:やってました。

恐るべき子どもだねー、ほんとね。

橋元:でもネットだけど、繋がってるのはリアルの人と同じってことは、ひとつクッションを挟んでるけれどもリアルの関係とさほど変わらないってことですよね。大胆な他者と出会ったりしました?

セイホー:ナップスターとかがたぶんその頃で、キーワードを入れまくってみんなで落としてて。「ロック」「ジャズ」とか入れて、海外のやつに、「このファイルと交換しようぜ」みたいな感じで、ファイル交換をずっとし合ってましたね。

へえー。

橋元:それはクラスの7、8人みんなやってたんですか?

セイホー:いっこ先輩で音楽好きの人がひとりいて、中学校1年生ぐらいのときにファイル共有ソフトで、アダルトから音楽から関係なしに、ゴチャゴチャ交換し合うみたいな時代がありました(笑)。

うわ、恐ろしい男だね。

セイホー:けっこう僕らの世代がそういう感じの最初やったんちゃうかな。

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キーワードを放っておいて、ダウンロードのファイルをつけときながら学校に行くんですけど、切るじゃないですか、親が。それを気づかれへんようにどう隠すか、みたいな。あたかも全部電源切ってあるかのように、モニターを切って、光ってるところをガムテープとかで止めて隠して学校に行く、みたいな(笑)。

E王
Seiho
Abstraktsex [Limited Edition]

Day Tripper

Amazon

もうここまで聞いて、〈デイ・トリッパー〉とセイホー君の9割ぐらいは理解できたね。じゃあそんな病んだデジタル・ライフを送りながら、レコードは買ってたりしたの(笑)?

セイホー:レコードも買ってました。レコードと言うより、CDは月1回弟と僕と父親で3人でタワレコに行って、好きなの1枚買っていい日があったんですよ。その日に買いに行く感じですね。

そんな子どもの頃からPCの前にいたら、PCから逃れられなくなかった?

セイホー:でも、PCがいまぐらいそんなに便利じゃなかったんで。魅力もそんだけぐらいしかなかったんですよね。1枚画像開くのに、5分待つみたいなときなんで。

ああ、回線もまだ電話回線とかADSL?

セイホー:そうですね。だからそこまでの魅力もなかったんですよね。だからキーワードを放っておいて、ダウンロードのファイルをつけときながら学校に行くんですけど、切るじゃないですか、親が。それを気づかれへんようにどう隠すか、みたいな。あたかも全部電源切ってあるかのように、モニターを切って、光ってるところをガムテープとかで止めて隠して学校に行く、みたいな(笑)。

はははははははは!

セイホー:それで落ちてるのを見る、みたいな(笑)。

俺とか三田さんの世代とはエラい違いだね。なにせ自動販売機でエロ本買ってたからね(笑)。時代は進化してるな、やっぱ。

セイホー:でもやってることはいっしょなんですけどね、男子は(笑)。

まあね(笑)。

橋元:(話をぶった切るように)16和音や32和音で作るのって、フレーズを一応の音階で組み立てることができないと、できる作業じゃないじゃないですか。いまの音楽ソフトだったらテキトーに1音入れてエフェクトをかけてどうにかなる、ってところがありますけど、そうじゃなくて、楽譜も読めれば、作曲的な部分でちゃんとコンポーズできる能力がおありだったんだなって。

セイホー:でも、どっちかと言うとカヴァーみたいなもののほうが再生数が伸びるんで、J-POPの有名どころを置き換える作業が多かったですね。

橋元:なるほど。携帯でそういうことができるっていうことがありましたね。

ふーん。

橋元:自分で好きな着メロを入れたいじゃないですか。

俺は、そんなこと考えたこともないよ(笑)。

橋元:(笑)まあ入れたいとして、何でも落ちてるわけじゃなかったんで、自分である程度作るっていうことがたしかにあったんですよね。

シリアスにさ、自分の作品を追求するようになったのはいつぐらい? きっかけみたいなものはあったの?

セイホー:うーん、けっこうそこからダラダラ作ってたんですよ。ダラダラ作るというか、そんな作品を作るっていう感じでもなくて、ネットでファイル交換でトラックをアップして、ヴォーカルが乗ってきて、みたいなものは高校時代とか中学時代とかでずっとしてたんですけど。でもそれはお遊び程度というか。ずっとワン・ループのトラックをアップして、それにヴォーカル・トラックが乗ってきたりするのをやってて、そこの掲示板でトーフビーツとかも見てるんですよ、僕らは。そこで知り合ってて。でもリアルでは全然会ったこともなくて。

そういうのってさ、同じくらいの世代だと気が合うものなの?

セイホー:そうですね、気が合うと言うよりは、そこに常連しかいないみたいな感じで。ラッパーはいっぱいいたんですけど、トラック・メイカーの数はものすごく少なかったんで。いまは逆みたいらしいんですけど。トラック・メイカーがものすごくいて、ヴォーカルは少ないらしいんですけど、その頃はどんなマイクで録ってるねんみたいな、「これヘッド・マイクで録ってるんちゃうか」みたいな(笑)。でもトラック・メイクできるのは10人とか20人とか。

たしかにそういう時期あったねー。それ高校生ぐらいのときでしょ?

セイホー:そうです。

それでトラックを作っていくんだ。じゃあトラックは最初はPC1台で作ってたの?

セイホー:そうです。だからサンプラーなんかも使ってなくて、最初からACIDっていうソフトで。

それは買ったんだ?

セイホー:はい。

それは、ちゃんと作ろうと思わなければ買わない値段じゃない?

セイホー:まあそうですね。

そのとき思い描いていた自分のサウンドっていうのはあったの?

セイホー:あんまり、ないですね(笑)。

じゃあ相変わらず、アオキくんなんかから影響を受けたエレクトロニカというか、グリッチなものっていうか、そういうのを聴いてたわけだ。

セイホー:聴いてましたね。

たとえば?

セイホー:その頃よく聴いてたのは、〈12k〉のクリストファー・ウィリッツとか、フェネスとか、テイラー・デュプリーとか、そこら辺をけっこう聴いてましたね。

フェネスの『エンドレス・サマー』(2001年)の頃?

セイホー:あれは出たときにけっこう衝撃的でしたね。まわりはみんなロックが好きだから、けっこうシューゲイザーに行っちゃうんですよ。でも僕は、なんかそうじゃないっていう(笑)、ひとりで悩んで「こういう方法論でなく、こういう音を消化できるビート・メイクがあるんじゃないか」みたいな感じでやり出してて、その頃マイスペースができるんですよ。で、マイスペースで探してて、フライング・ロータスとかハドソン・モホークとかのもっとも初期の頃に「面白い人おる」って感じで見てたんですよ。

俺は〈デイ・トリッパー〉を聴かせていただいて、やっぱり真っ先に思ったのがハドソン・モホークとかラスティとかのあらゆる情報を呑み込んだ雑食感というか、こんにちのエレクトロニック・ミュージックと呼ばれるもののいろんなものが全部放り込まれている感じっていうか。それがすごく似てるなーと思ったんだけど。

セイホー:そういうところは似ていますね。でもそこのところは、僕らの上の世代、いま30くらいの、いまよくご一緒させてもらってるアーティストとかは、そこでコミュニケーションを取ってたみたいで。マイスペース内で。僕は「すごい人らおるなー」って見るだけ、みたいな感じでしたね。

人前でやるようになったのは?

セイホー:カッツリこういう音楽でやろうと思い出したのは、大学卒業手前ぐらいでしたね。3回ぐらいのときに、趣味を超えてきて、やろうというのを決めて。そこからちょっと1、2年、フワフワしてたんですよ。音楽的に。なんか定まらんなーと。ライヴやって、目の前のお客さんを煽ることはできても、なんか作品としてまとまりがないのは何やろう、みたいな。

パーティはもうやってたんだ?

セイホー:やってましたね。

DJ?

セイホー:でもDJでやるときは、やっぱ自分の好きなもの――オールド・スクールなアシッド・ジャズとかをかけてて。

えー!? アシッド・ジャズってどういうのかけるの? まさかガリアーノとか?

セイホー:あ、そうですね。

マジー!?

セイホー:ガリアーノ好きです、僕。ああいう感じのを聴いてて。

〈トーキング・ラウド〉とか、〈アシッド・ジャズ〉レーベルみたいなものも集めたんだ?

セイホー:集めました。

いつぐらいに?

セイホー:それはでも、父と半々で集めてたんで。

それはすごい関係だね!

セイホー:〈トーキング・ラウド〉とか〈モ・ワックス〉とかは、ほんとに共有で、「あれ良かった、これ良かった」って。弟と父は完全にビバップ至上主義みたいな人たちなんで。「これはなんかちゃうわ」って言われながら、僕は「これがええんやけどなー」って言って(笑)。

ビバップ至上主義だったらほんとはアシッド・ジャズですらダメでしょ?

セイホー:そうそう(笑)。「オシャレやけどこれはジャズの本質じゃない」みたいなことを言われながら(笑)。

そりゃそうだよ。あれはクラブ・ミュージックだもん(笑)。

橋元:それもいいエピソードですね。すごく出自を明かすっていうか、音楽的な説明になっている気がします。

セイホー:だから弟はそのままビバップをやってて、ニューヨークに行ってサックスやってて、みたいな感じなんで。

DJやるときアシッド・ジャズかけてたって、2000年代でしょ?

セイホー:そうですね、2010年に入る前、2008年とかですね。

ウケるの、それ?

セイホー:ウケないです!

それはそうだよ(笑)!

セイホー:(笑)ウケないで、「こんなんやっててもしゃーないな」って思い出して、自分の曲をライヴ・セットでできるように練習し出して、ライヴし出して、でも、そういうエレクトロニック・ミュージックのライヴができるハコがいっこもなかったんですよ! 大阪で。
 いや、あったと思うんですけど、なんかこう、バンドの前座とかDJの合間とか、変なところでさせられれたんで、で、そうやって行くところ行くところで「僕も作ってます」っていうのが重なって、いまのメンバーが集まったみたいな感じです。

そのメンバーがどうやって集まったのか、〈デイ・トリッパー〉の設立を聞かせてほしいな。

セイホー:いちばん最初、阿木さんの〈ニュー・シングス〉が唯一ほんとにエレクトロニック・ミュージックだけでライヴ・セットをやってたハコで。

出た! 阿木譲(笑)!

セイホー:(笑)DJとかバンドとかが全然いなくて、エレクトロニック・ミュージックのアーティスト、5組でライヴっていう。お客さんがまあ、5人とか6人みたいな(笑)、感じのイヴェントを定期的にずっと続けてくれてたんですよ。で、そこに出て、2枚目のアンド・ヴァイス・ヴァーサ(And Vice Versa)っていうのと知り合って。

みんな阿木さんの店で知り合ったんだ?

セイホー:そうです、そうです。それでアンド・ヴァイス・ヴァーサと知り合った次の日に「鍋するからおいでよ」みたいな感じで鍋パーティに行ったら、mfpっていうのがいたんです。で、mfpっていうのがコズモポリフォニック・ラジオっていうネット・ラジオをやってて、その世代の人らがオンラとか〈オール・シティ〉とか、向こうの音楽との交流が深い人たちで。で、そこらへん界隈と話してて、「そういうメンバーで集めたパーティがやりたいねん」ってなって。で、そのパーティでいちばん重要なのは、僕らみたいなんをもっと集めたいから、「ブリング・ユア・ミュージック」って名前でやってるんですけど、デモを持ってきてくれたら入場料安く入れるっていう形にして、とりあえずメンバーを増やそうっていう。

ああー、なるほどね。それは考えましたね。

セイホー:そうですね。大体みんなで15枚ぐらい持ってきてくれるんですよ。その15枚のなかでいちばん良かったのをお客さんが決めて、そのなかでいちばん「いいね」が多かったのを次のメンバーに加えていくというか。

それはどこで発表するの? その場で?

セイホー:そうです、パーティでかけて。

それは場所はどこでやってたの?

セイホー:それは〈ヌオー〉っていう、元〈ニュー・シングス〉なんですけど、ややこしいことに(笑)。〈ヌオー〉はもうないんですよ。

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パーティでいちばん重要なのは、僕らみたいなんをもっと集めたいから、「ブリング・ユア・ミュージック」って名前でやってるんですけど、デモを持ってきてくれたら入場料安く入れるっていう形にして、とりあえずメンバーを増やそうっていう。

それで2011年に〈デイ・トリッパー・レコーズ〉として、セイホー君が中心になってはじめると。「デイ・トリッパー」っていう名前にしたのはなんでなの?

セイホー:いちばんは、宇宙感を出したかった(笑)。

「デイ・トリッパー」ってぜんぜん宇宙感ないじゃん(笑)!

セイホー:(笑)いや、それで、惑星っぽい名前をつけたかったんですよ、僕は。で、いろいろ探してたんですけど、なんか「ベタ過ぎるなー」ってなって、いろいろ考えてて。

「ジュピター」とかね(笑)。「サターン」は使われちゃってるしね。

セイホー:そうなんですよね。で、いろいろ考えた結果、旅っぽい名前にしようってなって。最初「トラベル」とか、「プラネット・トラベル」的な名前を挙げてたんですけど、そのなかで、「やっぱビートルズやばいな」ってなって(笑)。

(一同笑)

なんでそこでビートルズなんだよ(笑)。展開が唐突すぎないか?

セイホー:(笑)みんなで話し合ったなかで、僕がいちばん気に入ったのがこれなんですよね。なんか、むちゃはしょってそうなりましたけど(笑)。

じゃあケムール人は?

セイホー:ケムール人は、さっき言った宇宙旅行っていうので、最初僕、1枚目作ったときに「写り込んじゃった」みたいな設定にしてたんですよ。惑星の記念写真に写りこんだっていうのやったんですけど、それが2枚目、3枚目、4枚目と続くごとに――。

なんでケムール人を選んだの?

セイホー:べつにケムール人を意識したわけじゃないんですけど(笑)――。

『ウルトラQ』をどこかで知ったわけでしょう?

セイホー:『ウルトラQ』はでも、観てましたよ、ヴィデオで。でもケムール人やっていうので決めたんじゃなくて、ぱっと見シルエットで宇宙人っぽい形わかるの何やろうな、みたいな感じで、コーンヘッド的なもの、ケムール人がやっぱわかりやすいんちゃうか、って感じです。

そうか、それでジャケットも全部統一感がある感じなんだ。マッドエッグからはそれまでと違うけど。敢えてアーティストの作家性よりも、レーベル・カラーを打ち出した理由は何なんですか?

セイホー:ひとつは、僕がプログレ・ロックが同時に好きで――プログレ・ロックって言ってもゴングとか、ハット・フィールド・アンド・ザ・ノースとかが好きで。

カンタベリーとか。

セイホー:みたいなものが好きで。

まあジャズだからね。

セイホー:そうなんですよ。ああいうジャケットを観てて、こういう統一されたジャケット、カッコええなあと思って(笑)。

それなのに、セイホー君は、まったくカンタベリーを感じさせないところがすごいよね(笑)。

セイホー:でも、どっちかと言うとレーベルとアーティストの関係を考えたときに、いちばん最初に僕らが作ったきっかけとしては、ネット・レーベルありきで作ってるんですよ。

〈マルチネ〉的なところがあったんだ。

セイホー:そうですね。もともと、ネット・レーベルVSフィジカルみたいな構図に僕はずっとしたくなくて。出入り自由なネット・レーベルがあるのに、出入り自由なフィジカル・レーベルがないっていうのが作った最初の動機だったので。

出入り自由っていうのはどういうこと?

セイホー:レーベルがアーティストを囲うような形じゃなくて、僕らのコンセプトに沿って作品を出してくれるなら、アーティストは出入り自由ですよ、みたいな形にしたかったんですよ。フィジカルのレーベルやと契約したり、そのあとのライヴのサポートがあったりして、出入りできないっていうか、マネジメントが入ってくるじゃないですか。そうじゃなくて、レーベルのコンセプトがあって、それに賛同してくれるアーティストはここで1枚出して、それと同時にネット・レーベルでリリースしてもいいしっていう。

橋元:結社みたいなものですか?

セイホー:そうですね。いや、投稿サイトみたいな感じなんですけどね(笑)。

橋元:あー、なるほど。

なるほどね。インディ・レーベルっていうのはそういう側面があるのは事実だしね。ちなみに、自分たちのレーベルの音のコンセプトはどういう風に伝えてるの?

セイホー:音は、なるべく似通わないようにしてるんですよ。ヴァラエティがとにかく欲しいというか。たとえば、いま出してる9人でライヴやったときに、「やっぱり似てるなー」っていうのよりかは、「共通点はあるけどバラバラやな」ぐらいの感じというか。キャラ立ちしてるのがいちばんいいんで。アメコミのスーパーヒーローもんみたいな。

エレクトロニック・ミュージックって、キャラを消すか、キャラを敢えて出すかって分かれるからね。

セイホー:僕らはキャラを敢えて出すけども、タッチはアメコミ風みたいな。でも特技はみんなあります、みたいな(笑)。そんな感じにしたかったんですよ。

今回のアルバムでは、"アイ・フィール・レイヴ"って曲があるけど、そういうダンスというか、レイヴみたいなものに対しては、憧れみたいなものがあるの?

セイホー:それはレーベル関係なく、僕個人に関してはあります。というか、前のアルバムは全然関係ないんですけど、今回のアルバムに関しては、90年、91年ぐらいの『スタジオ・ボイス』とかをけっこう読み漁って作って。

全然レイヴじゃないじゃん、『スタジオ・ボイス』。

セイホー:そうですね。でも、なんて言うんですかね。セカンド・サマー・オブ・ラヴ以降のインターネットとの結びつきみたいなものに僕がすごく興味があって。うまく説明できないんですけどね。

あったっけなあ、そんなもの。

セイホー:僕のなかでいちばん印象に残ってるのは、「ヴァーチャル・セックスできる」みたいな記事で、「もうすぐヴァーチャル・セックスできる時代が来る」みたいな内容で。「この考えヤバい」みたいな(笑)。しかもそれが、僕らがいまイメージできるような、SNSで知り合って物理的にセックスすると言うよりは、「ここに突起があって」みたいな(笑)。

ははははは!

セイホー:「それが向こう側に動いて」みたなことをマジメに語ってて(笑)。「これ、すごい!」と思ったんですよね。

なるほどね。それはね、たしかにあった。ちょっといかがわしいニューエイジがあったんですよ。

セイホー:あ、そうそう!

なぜか知らないけどイルカがいたりとかさ(笑)。なぜか知らないけどそれがエコロジーに繋がったりとかね。

セイホー:ああいうネット・レイヴ感っていうか。いまで言うシーパンクみたいなものっていうか。

あれは半分は山師的なものだけどね。

セイホー:(笑)まあそうですね。そういうのがちょっと面白かったっていう。

なるほど、もう、だいぶわかってきたね(笑)。〈デイ・トリッパー〉はさ、ベルリンのレーベル、〈プロジェクト・ムーンサークル〉みたいな、ああいう雑多な感じというか、ハイブリッドな感じというか......大量の情報量をインプットして放出しているじゃない? この感覚っていうのは、意図して生まれたものではない?

セイホー:うーん......これはむっちゃ難しいなあ......。

『アブストラクト・セックス』にだって、コーネリアスの『ファンタズマ』じゃないけど、ひとつのスタイルを極めるというよりも、いろんなものの収集というか。R&Bもあるし、ジェイムズ・ブレイクもあるし、マウント・キンビーもあるし、みたいな、情報量の多さをいかに咀嚼するのかってところにも面白さを感じるんだよね。しっかり整理されているっていうか。

セイホー:はいはいはいはい。その、ハイブリッドを敢えて意識したわけじゃなくて、作り手として言えることは、音色(おんしょく)には時代性があって、リズムにはたぶんジャンルというか、元の持ってるものがけっこうあると思うんですよ。元々の人間が持ってるものというか。で、僕のなかでは、その両方は捨てれるんですよ。音色とかビートとかは僕のなかではどうでもよくて、僕がこだわってるのは、それ以外の構成要素なんですよ、音楽の。

へえー。それは面白いね。なんで音色がどうでもいいの?

セイホー:音色は時代性がすごく反映されてるんで。

それでシンセの音なんかは、ハドソン・モホークみたいに、わりとベタな感じなんだ?
 
セイホー:そうですね。プリセットっぽい。

プリセットっぽい、デジタル音色を。

セイホー:そうなってるんですよね。それよりも、その曲をキーボードで弾いてカッコいいかどうかとか、アカペラで歌ってカッコいいかどうかとかのほうが重要で。

ていうのは、譜面に置き換えたほうが重要だということ?

セイホー:そうですね、譜面に置き換えたりとか、あと、女の子が1回聴いたら覚えれて、そのあと、インストやのに口ずさめるか、みたいなことが僕のなかではけっこう重要だったんですね。

橋元:着メロサイトに戻っていく感じですね。

セイホー:(笑)

アルヴァ・ノトとかはさ、まさに音色な人じゃない? フェネスとかさ。グリッチなんだし。

セイホー:そうですね。でもあの音を、たとえば2015年とかに通用させようと思ったら、音色は置換可能な感じがするんですよね、僕のなかでは。

それ以上にもっと重要なものがあるってこと?

セイホー:音楽においては。それが置換されても、そのアーティストってわかるものじゃないと、ダメじゃないかなっていうのが僕のなかで強くあるんですよね。

ある種のポップな感覚っていうもの?

セイホー:そうですね。

フェネスとかアルヴァ・ノトみたいなものだと、ちょっとマニア向けみたいな感じになるというか、良くも悪くもだけど、ある種の頭でっかちが生じるというかね。そういうものに対する違和感みたいなもの?

セイホー:それもありつつ、ですね。それがすべてじゃないですけど。

なるほど、エレクトロニック・ミュージックの場合は、実験と大衆性みたいなもののバランスってところを往復している感じがあるもんね。どっちかに振り切れようとは思わなかったんだ?

セイホー:僕が振り切れるのが嫌いやったんですよね、たぶん。なるべくバランスを取りたいっていうのがいちばんですね。僕のなかでは。

バランスが取れてるなって思う人を何人か挙げるとすると?

セイホー:難しいなあ......。ベタなところでいくとジェイムズ・ブレイクとか。

ジェイムズ・ブレイクはどこが好きなの?

セイホー:最初聴いたときに、焼き直しでしかないと思ったんですよ。僕のなかではドゥウェレとか、ああいうレイドバックR&Bの方法論を、そのままイギリス人のポップに置き換えたらああなるんやろうな、みたいな。

おおー。ドゥウェレなんだ。なるほどね、普遍性というか、もっと真っ正面なところで。

セイホー:だから重要やったところは、リズムとか、ビートやったんじゃなくて、ジェイムズ・ブレイクが歌いたかったことが重要やったんかな、みたいな。

それでも、"CMYK"とかはそれなりにカッコいいと思わなかった?

セイホー:思いました、思いました。"CMYK"はビックリしましたけどね。

でもああいうサンプリングは嫌いなんだよね(笑)。

セイホー:いや、だからそれもバランスで、いまはサンプリングが8割ぐらいは好きなんですけど、2割ぐらいの葛藤がずっとあるというか。

バランスを取ろうとするあまり、すごく凡庸なものになってしまうリスクもあるじゃない?

セイホー:あります。そこで僕はずっと悩んでて、やっぱりポップで焼き直しでしか存在できないじゃないですか。既知感というか、聴いたものがものがやっぱりポップになっていくから。けども、音楽やっている以上聴いたことのないものを目指さないといけないんで、そこのバランスの葛藤ですね、ずっと。聴いたことないのに懐かしく思わせたり、誰も聴いてないのに1回聴いただけで頭に残って覚えられる、みたいなものをどうやって模索するか。ということがやっぱり重要ですかね。

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音色には時代性があって、リズムにはたぶんジャンルというか、元の持ってるものがけっこうあると思うんですよ。元々の人間が持ってるものというか。で、僕のなかでは、その両方は捨てれるんですよ。音色とかビートとかは僕のなかではどうでもよくて、僕がこだわってるのは、それ以外の構成要素なんですよ、音楽の。

E王
Seiho
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Day Tripper

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大阪ってさ、〈デイ・トリッパー〉やセイホー君以外にもたくさんの才能を輩出してるじゃない? でもシーンとしては、一向に盛り上がらないじゃない? そのジレンマについてはどう思ってますか?

セイホー:(笑)

この10年大阪のシーンが盛り上がらないのは、橋下だけの責任じゃないでしょ?

セイホー:(笑)シーンっていうのはなんやろうなあ......。

その辺をどうにかしたいって思いはある?

セイホー:あんまりないですね。大阪っていうものに僕のなかではあんまり縛られてなくて、どっちかって言うと、日本代表って感じなんですよね。そこでどうするか、みたいな。だから東京の方なんかは「大阪すごいね」みたいな感じで言うんですけど、「いや、そうじゃなくて、いっしょに世界でどうやるか考えようや」みたいな感じのほうが僕のなかでは強いですね、ずっと。

大阪って、作り手は出てくるのに、なんでリスナーがついて来ないの?

セイホー:そうですね(笑)。

あれって何なの? 不思議なんだけど。

セイホー:まあ、ついて来るリスナーもいますけどね。

仮にピート・スワンソンが来たとして、大阪でどこまでできるかって言うと――。

セイホー:そうですね。絶対数の問題ですね、やっぱり。

でも人口は多いじゃない? 

セイホー:あとやっぱり、飲み会とかが多いっていうのが(笑)。メンバーはぜんぜんお酒は飲まないんですよ。だからコーラなんですけど(笑)。

コーラで何時間も(笑)?

セイホー:朝までコーラでファミレスみたいな(笑)。

ははははは!

セイホー:クラブは1時で終わるんで、5時まで4時間音楽の話しかしないコーラ会があるんですよ、ミュージシャン同士の。それがやっぱ大きい(笑)。

それ熱いじゃない。それはすごいねー。

セイホー:あとはやっぱ、無職が多いんで。

アメリカの人たちもそうだよね。セブンアップとかさ。酒飲まない人けっこういるから。

セイホー:あれ作りたいとか、これ作りたいとか、グダグダ喋ってるのが多いですね。

今回のアルバム・タイトルを『アブストラクト・セックス』にしたのは何でなんですか?

セイホー:それはさっきの話に戻りますけど、ヴァーチャル・セックスとシミュレーション・セックスっていうのが僕のなかでずっとあって。それを作りたかったんですけど、あまりに生々しくて、いまっぽくないっていうのにずっと引っかかってて悩んでたときに、友だちでドイツ語の論文を書いてる子がいて、要約みたいなところに「アブストラクト」って表題がついてるんですよ、だいたい。あのアブストラクトを見て、ジャンルのアブストラクトもあるし、これいいかなと思って。だから敢えてドイツ語風にkにしてるんですよ。

それでセックスは?

セイホー:セックスは、さっき言った音色とビート以外のところで、僕が音楽やってていちばんこだわってるところってフェティッシュな部分なんですよ。それが音色に関わってるっちゃ関わってるんですけど。

音色はどうでもいいって言ったじゃん(笑)!

セイホー:(笑)いや、音色と言うよりは、ささいなこだわりなんですけど。でもその、ささいなこだわりみたいなところに――。何て言うんですかね、「この1音」とか。いまの音楽ってストリーミングなんかでざっと流れるものが多いからそんな聴き方はあんまりしないですけど、昔CD買ったら「ここ! このフレーズ!」みたいなことってあったじゃないですか。そこを何回も繰り返して、「ここがいいんよなー」みたいな。7、8分のジャズのやつを聴いて、「このフレーズなんよなー」ことを言ってる、あの感覚みたいなものが、僕のなかのフェティッシュというか、エロティシズムみたいなところがあって。

んん?

セイホー:音色よりも楽曲というか、その曲をピアノで弾いても、ハミングで歌ってもいい曲を目指して作りたいと。


※(後編)は、来週UP予定です! セイホーの

Chance The Rapper - ele-king

 チャンスラー・ベネットは、高校在学中、10日間の停学期間に作りあげた昨年のミックステープ『10デイ』(まんまやん! ちなみに、タイトルは『#10Day』とも『10 Day』とも表記される)のリリースによってその名をインターネットの大海に轟かせた。『10デイ』はみるみるうちに話題となり、4万ダウンロードを記録。常に紫煙をくゆらせ、アシッドを心から愛するこの恐るべき子どもは、チャンス・ザ・ラッパーというステージ・ネームを名乗っている。

 『10デイ』のヒットや、ジョーイ・バッドアスらとのコラボレーションで話題を集めたチャンスは、『XXLマガジン』の毎年選出しているフレッシュメンの2013年版にノミネートされる(惜しくもトップ10フレッシュメンには選ばれなかった)。大いなる期待と前評判でリリース前から早くもネット上にバズを巻き起こすなか、4月末に『アシッド・ラップ』はリリースされた――結果、このミックステープはリスナーの期待を上回るどころか、期待のはるか上空を一息に飛び越えてしまった。ソウルフルで泥臭く、肯定的なパワーに満ちた、ユニークな大傑作の誕生である。

 チャンスは、風の街シカゴのゲットーを力強く生き抜いた成り上がりのラッパー、というわけではなく、大学を卒業した両親(なんと政府関係の仕事に就いているという)の元で育ち、一流のプレップ・スクールに通っていた。彼はそこで、小学生の頃から抱いていたミュージシャンになる夢を教師から馬鹿にされ、両親からは大学進学を執拗に強要される息苦しい高校生活を強いられていた。
 チャンスを開放したのは、ラップ・ミュージックを聴くことであり、オープン・マイクのイヴェントにおいて聴衆の前で詩のパフォーマンスをすることであった。「オーディエンスの前に立ち、ストーリーを語って聴かせることは、僕を気持ちよくさせてくれるんだ。(中略)僕にとって、パフォーマンスはラッパーであることの大部分を占めている。自分のストーリーを聴衆に向かって叫ぶことは、なにものにも代えがたい感覚だね」と、彼はインタヴューで語っている。マイケル・ジャクソンに心酔していたということからもわかる通り、チャンスは根っからのエンターテイナー志向だ。『アシッド・ラップ』で活き活きと歌うようにラップする彼の力強い姿に、『リーズナブル・ダウト』のジェイ・Zや『カレッジ・ドロップアウト』のカニエ・ウェスト、あるいは『ザ・スリム・シェイディ LP』のエミネムを重ねてしまう者が多いのも無理はないだろう。それほどのカリスマを、あるいはさらに逞しく成長していくだろうポテンシャルを、チャンス・ザ・ラッパーは感じさせる。

 そしてもうひとつ、彼の生を開放した重要なものがある。それは(もちろん)アシッド――つまり、LSDである。「山ほどドラッグをやって、母校にいたときよりずっとうまくやっているよ」("グッド・アス・イントロ")。LSDがもたらすトリップは、チャンスの精神を解き放ち、創造的な自問自答をもたらしてくれる......らしい。『10デイ』と同様にひねりのない、そのまんまなタイトルを冠された『アシッド・ラップ』は、LSDのカラフルな幻覚なくして生まれえなかった。

 『アシッド・ラップ』の中心をなしているのはソウル・ミュージックだと言えるだろう。“プッシャー・マン”はカーティス・メイフィールドへのオマージュであるし、“ジュース”においてはダニー・ハサウェイの“ジェラス・ガイ”(ジョン・レノンのカヴァー。1972)をサンプリングしている。しかし、それは単純な懐古趣味や90年代回帰というわけではない。シカゴで産み落とされ、もはやグローバルなビートとなったジュークや、チャンスが常に比較対象にされる同郷のチーフ・キーフらによる、暴力とウィードの臭いが染み付いたドリルといった最新鋭のサウンドをも、チャンスは旺盛な探究心でもって嚥下し、しっかりと血肉化している。カニエ・ウェストのミックステープから引用したゴスペル風のコーラスとピアノ・リフ、分厚いホーンが鳴り響く“グッド・アス・イントロ”で、チャンスはジュークのビートを乗りこなしながら、独自の力強いソウル・ミュージックを構築している。“グッド・アス・イントロ”や、ミックステープの最後を飾る“エヴリシングズ・グッド(グッド・アス・アウトロ)”におけるジューク・ビートはまだまだ緊張感に欠ける発展途上のものではあるものの、トラックスマンの楽曲から匂いたつソウルフルな感覚と共通するようなダイナミズムが感じ取れる。
 『アシッド・ラップ』をソウル・ミュージックたらしめているのは、なんといってもチャンス・ザ・ラッパーその人の泥臭いダミ声だろう。発明と言ってもいいほどのこのユニークな声、そして歌うようなラップのスタイル、リズムの空隙に絶妙なタイミングで挿入される「アッ!」という叫びは、とんでもなく粗野で荒々しい――そしてソウルフルだ。チャンスのボーカル・スタイルには、オーティス・レディングの「ガッタ!」という叫び声からミッシー・エリオットのラップへと至る、ソウル・ミュージックの半世紀を一気に駆け上がるようなパワーが宿っている。あるいは、ルイ・アームストロングのスキャットや、バド・パウエルの唸り声、チャールズ・ミンガスがベースを引っ掻きながら堪らず発する掛け声といった、ブラック・ミュージックの古層の記憶を想起させるような、唯一無二の魅力的な声だ。

 若干20歳のチャンス・ザ・ラッパーが世に問うた『アシッド・ラップ』は掛け値なしの傑作と言えるだろう。ここには、ケンドリック・ラマーの『セクション・80』(2011)やスクールボーイ・Qの『ハビッツ・アンド・コントラディクションズ』(2012)、フランク・オーシャンの『ノスタルジア・ウルトラ』(2011)、エイサップ・ロッキーの『リヴ・ラヴ・エイサップ』(2011)といったミックステープに並び立つほどの魅力が、いや、それらを軽々と超えるほどの熱量がある。

Ginji (SACRIFICE) - ele-king

奇数月第4金曜"SACRIFICE"@Orbit
毎月第1火曜「旅路」@SHeLTeR
偶数月第3月曜「一夜特濃」@天狗食堂

6月22日 "Life Force Alfrescorial" @Panorama Park Escorial 箱根
https://lifeforce.jp

世界観で選んだ新譜と準新譜  2013.6.12


1
Frieder Butzmann - Wie Zeit Vergeht - Pan
https://soundcloud.com/pan_recs/frieder-butzmann-wie-zeit

2
Dont - AR 005 - Atelier Records
https://dtno.net

3
Stellar OM Source - Image Over Image - No 'Label'
https://soundcloud.com/omsource/image-over-image-12

4
Yes Wizard - Crowdspacer Presents'Yes Wizard' - Crowdspacer
https://soundcloud.com/crwdspcr/sets/yes-wizard-generator2

5
Juanpablo - Lost series part 1 - Frigio Records
https://soundcloud.com/frigio-records/juanpablo-mick-wills-rmx-ft

6
Anstam - Stones And Woods - 50Weapons
https://www.youtube.com/watch?v=hXuGRvlhbXg

7
Ruff Cherry - The Section 31 E.P. - Elastic Dreams
https://soundcloud.com/elastic-dreams/ruff-cherry-the-empath

8
SH2000 - Good News - Ethereal Sound
https://soundcloud.com/ethereal-sound/sh2000-good-news-forthcoming

9
Laurel Halo - Hour Logic - Hippos In Tanks
https://soundcloud.com/hipposintanks/laurel-halo-aquifer

10
Scott Walker - Bish Bosch - 4AD
https://soundcloud.com/experimedia/scott-walker-bish-bosch-album

Boards of Canada - ele-king

 1曲め、"ジェミニ"(双子座)のタイトルに、即座に『ミュージック・ハズ・ザ・ライト・トゥ・チルドレン』に収録された"アクエリアス"(水瓶座)を思い出し、本当に何度も何度も聴いたそれを聴き返してみる。じつによくできた夢の世界、幼少期の記憶を辿るような子どもの声のサンプル......。ああ、これがボーズ・オブ・カナダだと思う。そして"ジェミニ"へ。イントロでホーンが鳴ると、ストリングスが何やらダークな音を導いてくる。心地よい夢の世界では......ない。緊張感はそのまま、先行公開されたシングル"リーチ・フォー・ザ・デッド"(死者に手を伸ばす)へと引き継がれる。浮遊感のある和音こそドリーミーだと言えるかもしれないが、そこに危うげな旋律を持った電子音とブレイクビーツが重なってくると、立ち上がってくるイメージはじわじわとどこか恐ろしく、不穏なものだ。ここで、『ミュージック・ハズ~』にもたしかに、淡くも不気味なアートワークがあったことを思い出す。
 ボーズ・オブ・カナダの新作は時空がねじ曲がっている。

 本作のリリース前にレコード店やネット上に暗号をばら撒きそれをメディアやブロガーに解読させた振る舞いを、大掛かりでもったいぶったプロモーションとして不快感を露にしたひともいれば、スリリングな試みとして評価したひともいたようだが、事実としてそれだけボーズ・オブ・カナダが沈黙した8年間で彼らへの渇望が高まったことの表れであるだろう。近年とめどない広がりを見せるドリーミーあるいはヒプナゴジックな感性は当然、BOCの過去のカタログからの影響が少なくない。そのことにスコットランドの寡黙なふたりも自覚的にならざるを得なかったのかもしれない。
 ゆえに、この約10年における膨大な彼らのフォロワーに対する回答のようなものを僕は想像していたが、その予想はある部分では当たり、ある部分では外れていた。『トゥモローズ・ハーヴェスト』は、きわめてBOCの内的な歴史に言及する作品であるように思えるからだ。しかし結果的に、良くも悪くも気軽な逃避が愛でられる現在にあって、ボーズ・オブ・カナダのどこか厳格な態度は自分たちの音楽がそれらとはまた別のものであることを示すようだ。
 実際に本作を聴いたあと象徴的なものとして僕が思い返したのは、凝った一連の暗号よりも、"リーチ・フォー・ザ・デッド"の逆回転のヴィデオだった。(普通のものはこちら

 とくに説明もなく公開されたこのヴィデオは、見れば見るほど、聴けば聴くほど説明のつかない恐怖心を掻き立てる。幼少期に漠然と抱いた、きわめて抽象的な不安感と似ているかもしれない。どこか「あちら側の世界」との境界が曖昧になっているような......ひとの記憶のなかで、時間の流れが一定でなくなっているような感覚。それはボーズ・オブ・カナダのこれまでの作品にもたしかに見え隠れしていた。このアルバムではその感覚を使いながら、わたしたちの記憶のなかのボーズ・オブ・カナダへと導いていく。
 音としては、なにか決定的に新しいことをやっているわけではない。彼らの徴がよく施された、サイケデリックでメロディアスなダウンテンポ・トラック群。繰り返すが、それらのダークさや不穏さがより目立つようになっており、そして、"リーチ・フォー・ザ・デッド"だけでなく"コールド・アース"や"サンダウン"、"カム・トゥ・ダスト"(塵になる)といった、終わりや死をイメージさせるモチーフが散見される。恐らくアルバム・タイトルの『明日の収穫』に呼応しているのであろう"ニュー・シーズ"(新しい種)などは、ポジティヴなタイトルとは裏腹に決して明るい音を持っておらず、どこかインダストリアルな圧迫感すらあるトラックだ。ここでの「明日」はかならずしも明るくない。

 もういちど"アクエリアス"を聴いてみる。そして、"ジェミニ"......から、本作を通して。その変わらず催眠的なサウンドは、しかしただ気持ちいいだけのトリップをさせてはくれない。現実世界から逃避、というよりはそれを拒絶するように、死者たちの世界にすら手を伸ばす。意識は記憶を逆流し、自分のいる場所がわからなくなってくる。

スプリング・ブレイカーズ - ele-king

 『スプリング・ブレイカーズ』は冒頭、EDMに合わせて水着姿で乱痴気騒ぎを繰り広げる大学生たちを映し出す。と、書くと、あなたは嫌な顔をするだろうか。
 では、ハーモニー・コリンの2007年作『ミスター・ロンリー』まで遡ろう。マイケル・ジャクソンのモノマネをして暮らす青年がマリリン・モンローのモノマネをして暮らす女性と出会い、彼らと同じようにモノマネをして暮らす人びととスコットランドの古城で生活をする......。久しぶりの長編でコリンが描いていたのは変わらず、この世に自分自身として生きる場所が見つけられない子どもたちだった。彼らの実存を、あるいは彼らの見落とされた生を......ただそこに「在るもの」として見つめ、そしてその感情を掬っていた。
 『スプリング・ブレイカーズ』でもそれは変わらないが、基本的には頭の悪い女子大生がビキニ姿でハシャいでいるだけの映画という点で、よりハーモニー・コリンが現在身を置く場所をはっきりさせた作品である。そのサウンドトラックにあまりにもEDM、というかスクリレックスがピッタリで、彼のこんな発言を思い出す......「みんな僕を嫌ってる」。愚かな嫌われ者の子どもたちの傍にこそコリンはカメラを置き、一切の皮肉を介在させずに彼女たちの「スプリング・ブレイク(春休み)」を刹那的に映し出す。

 退屈を持て余す女子大生4人組は、春休みにフロリダに旅行に行く計画を立てているがカネがない。そこで思いつきでやった強盗で資金を得て、まんまと成功、フロリダでハメを外しまくる。そしてそこでエイリアンと名乗るギャング(ジェームズ・フランコ)と出会い、強盗にも加わるようになる......という物語は、さして重要でもない。コリンは「銃を持ったビキニの少女たちのイメージから話を膨らませていった」と語っているが、本当に少女たちはひたすらビキニ姿で画面にいる。彼女たちが「そこにいる」ことだけが、この映画である。
 春休みに大学生たちがフロリダなどのリゾート地に赴きハメを外す伝統がアメリカでは70年代からあるらしく、それは60年代の理想主義の行き詰まりの後日譚としてはあまりに皮肉めいた話だ。そして本作では、その後アメリカで起こった安っぽいカルチャーの様々な要素が合流している。ビッチたちとして出演するのはディズニー出身のポップ・アイコンである元子役たちで、大学生たちは音楽よりもドラッグとアルコールが重要なレイヴで盛り上がり、ギャングスタたちは拝金主義にまみれている。良識的な大人であれば眉をひそめるモチーフを、しかしコリンは義憤でも代弁でもなく、本当に彼らの感傷を知る手がかりとして使う。ブリトニー・スピアーズのバラードを、「銃を持ったビキニの少女たち」に歌わせるシーンで画面を満たすエモーションは、紛れもなく本作のハイライトになっている。チージーさが奇を衒って祝福されているわけではなく、本当になにかポエティックなものとして出現しているのである。そしてまた別のシーンでは、グルーパーのアンビエントを流しながらブノワ・デビエの美しい撮影で彼女たちを静かにとらえる。スクリレックスとブリトニーとグルーパーとウィーケンドが同時に使われる映画など、ハーモニー・コリン以外にあり得るだろうか。



 フロリダでの非日常を謳う彼女たちのバックグラウンドには当然、途方もなく退屈で、未来もなく、安っぽくて愚かな日常と人生がある。だからこそコリンはビキニ・ギャルの春休みを「映画」にする。その一瞬を封じ込めるために。ビキニ・ギャルが銃を持って戦うシーンはノワール映画をかすめながらも、敵のギャングが撃つ銃弾は都合よく彼女たちをよけていく。なぜなら、これは未来のない彼女たちの幻だから。それが終わりゆくものであることは、コリンも彼女たちもわかっている。「スプリング・ブレイク、フォーエヴァー! ビッチーズ!」......終わりのほうでその文句はリフレインとなる。だが、春休みは終わり、彼女たちはまた世界から忘れ去られてゆくだろう。

予告編

ANYWHERE STORE OPEN !! - ele-king

→ANYWHERE STORE

ストア開店予告が昨年末でしたから......"やるやる詐欺"感も担当スタッフの周りを包み込み、やがては切迫感の実をつけるまでに四季の経過を感じている今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか。"振り込め詐欺"の新名称が"母さん助けて詐欺"に決定された事に感化され(悪い意味で)、シンプル・イズ・ベストなANYWHERE STORE、遂に開店させて頂きます!!

開店記念として、DOWN NORTH CAMPソラくんからお花代わりに彼らのコーチジャケットを頂きましたので、大盤振る舞いさせていただきます!!非常に貴重なアイテムの数々を巡り大混雑も予想されます、どなたか知人にDJポリスさんがいらっしゃいましたら是非ご紹介くださいませ。
最後にele-所長のお言葉をどうぞ。

ele-kingは無料サイトなので、モノを売って、資金にするしかないのであります。ANYWHERE STOREでは、ele-kingで仕入れた優れものを売りますので、本サイトの存続に少しでも協力したいという寛大な気持ちをお持ちの方、自分の好きなモノが売っていることにお気づきの方は、どうぞよろしくお願い申し上げます。第一弾は、ロンドンの名門〈オネスト・ジョンズ〉(Honest Jon's Records)の格好いいデザインのTシャツとトートバックです。

 〈オネスト・ジョンズ(正直者のジョン)〉は、ロンドンのレーベルであり、レコード店。ロンドン中心のやや西側、ポートベルロードで1974年にオープンしたレコード店(開店は1974年)にはじまっている。
 ポートベルロードあたりには、ラフトレードの一号店もあるし、また、レゲエのレコードを売っているお店もいくつかあった。この通りの屋台で売られているワッキーズ(NYの伝説的なルーツ・レゲエ)を買ったこともあるし、この通りでリトル・テンポの土生剛と偶然会ったこともあった。言うまでもなく、カリブ系移民の祭、ノッティングヒル・カーニヴァルでも知られているエリアで、また、70年代はホークウインが住んでいたヒッピーの町、パンクの時代にはザ・クラッシュのメンバーが住んでいた町としても知られている(僕もロンドンで泊まるときは、ノッティングヒル地区が多かった)。
 そんな音楽的に深いエリアにある〈オネスト・ジョンズ〉は、ベルリンの〈ハードワックス〉と仲がよい。コアなレゲエ・リスナーだったマーク・エルネストゥスは、80年代、レコードを探しにロンドンにやって来ると必ず立ち寄った店のひとつが〈オネスト・ジョンズ〉だった。話しているうちに仲良くなったと聞いたことがある。それがいまやモーリッツ・フォン・オズワルドの作品のリリースやマーク・エルネストゥスのシャンガーン・エレクトロ・プロジェクトへと発展しているわけだ。
 実際この店は、最初はレゲエが充実していていることで音楽ファンのあいだで名前が通っていたが、90年代半ばになると、店のジャンルは、ソウル、ジャズ、ラテン、アフロ、そしてテクノへと幅を広げている。90年代後半、店に入るとベーシック・チャンネルのバックカタログやデトロイト・テクノが揃っていたことも憶えている。

 〈オネスト・ジョンズ〉のレーベル活動のほうは、00年代にはじまっている。デイモン・アルバーンのサポートを得ながら、トニー・アレン(アフロ・ビートの父)のアルバム、ムーンドッグ(トクマル・シューゴやパスカル・コムラードの先輩)のSP盤を中心とした編集盤、50年代のカリプソのコンピ、NYのソン(キューバ音楽)の編集盤などといった玄人好みなリリースを展開しつつ、そのいっぽうではベルリン・ミニマル・ダブの巨匠、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオ、UKベース・ミュージックの奇才、アクトレス、ダブステップの大物ふたりの共作、ピンチ&シャックルトン、南アフリカのエレクトロ、シャンガーン、コロンビアのインディ・ロック・バンド、ラス・マラス・アミスタデス、そしてトニー・アレンとデイモン・アルバーンのロケット・ジュース&ザ・ムーン......などなど最新のとんがった音源もリリースしている。今年は、好評だったカリプソのコンピ『London Is The Place For Me』の新しい編集盤を2枚同時に出している。 

(野田努)

Various Artists - ele-king

 アルバム単位で聴いているだけで、ダンス・ミュージックをわかった風に語ってはいけない。それは間違っている。ダンス・ミュージックとは12インチ・シングルとともにあるからだ。10インチでも、7インチでもかまわないのだが、八百屋のようにコツコツとシングルを入荷する店とともにある。ぱっと聴いてぱっと買う。思いすがるような気持ちで、忍耐強くアルバム単位で聴く音楽とはわけが違う。
 などと、偉そうなことを言うほど昔のように大量に聴いているわけではないのだが、それでもまだまだ聴いているぞ。URが何枚アルバムを出しているか考えてみるがいい。ルーズ・ジョインツに何枚アルバムがある? ダンスはいつでも12インチ・シングルのものだ。それが、この音楽が切り拓いてきた歴史だからだ。アルバムというフォーマットは、所詮は利益率優先主義がもたらした形式に過ぎない。優れたポップ・ミュージックがシングル単位であるように、生気をもったダンス・ミュージックもシングル単位でリリースされているのだから、まずはその時点で聴かれるべきなのだ。
 フローティング・ポインツ(サム・シェパード)は、そのことをよくわかっている。少しばかり話題になったからと言って、すぐにアルバムをリリースしてしまう尻軽女とはわけが違う......と、ここまで書いて1ヶ月以上も放置したままだった。

 そして、1ヶ月ぶりに続きを書きながら、多少の商魂は持っている僕は、結局8曲もフローティング・ポイントの曲が入っているのだから、彼の作品集を1枚でまとめれば良かったと思う。しかもこの小生意気な若者は、2012年の「Faruxz / Marilyn」のうち"Faruxz"を未収録にしやがった。本気で"Faruxz"を聴きたければ、レコードを探せと、そういうことだろう。Yutubeで聴けてしまうのだが、そんなのは最初から相手にしない。アートワークは可能な限り、贅沢にする。
 彼のような上から目線の復古主義がダブステップに内包されていたことは重要だ。無料で音楽をばらまく? それでは俺たち音楽家はどうやって食えばいい? こうした当たり前にして当たり前の生活レヴェルでの疑問がしっかり具現化されている。
 〈エグロ〉は見つけたらレーベル買いしている。それは、フローティング・ポインツという、20年前のカーク・ディジョージオやイアン・オブライアンに匹敵する才能がレーベルの主宰者のひとりであることも大きいが、ベース・ミュージックの世代がいかにしてジャズ/ソウルのエッセンスをダンス・ミュージックに取り入れるのかというよりも、彼らの明快なレーベルの態度が気に入ったからである。

 しかもこのレーベルには、スウェーデンのR&B歌手ファティマ、そしてビートメイカーのミズ・ビーツという、どう考えても素晴らしい女性アーティストがふたりもいる。アシッド復興運動家のファンキネヴン(Funkineven)による303系のうねりが耳障りだが、まあ、許そう。賢明な彼らは、過去に目を奪われるあまり現在を受け入れない高級なクラブ・ジャズの繰り返しをしないよう、先手を打っているのかもしれない。
 今年に入ってリリースしたストレンジ・Uの12インチは、初期のアンチコンを彷彿させる幻覚性の強いヒップホップだった。〈ディープ・メディ〉出身のミズ・ビートも、ダブステップからガラージ/ヒップホップに向かっている。そもそもこのアルバムのはじまりが、フローティング・ポイントによるインスト・ヒップホップ曲"Radiality"なのだ。

 『Eglo Records Vol.1』は、2009年からはじまった〈エグロ〉にとって最初のコンピレーション・アルバムとなる。さあ、これでフローティング・ポインツやファティマがいつアルバムを出しても驚かない。ファンはそれを待っているし、ボノボやシネマティック・オーケストラとは別の可能性を探ってもらいたいと思っている。

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