「K A R Y Y N」と一致するもの

Renick Bell - ele-king

 つい5年前は本当にベース・ミュージックがブームだったのかと思うほど、最近はベースの存在感がない。ウエイトレスやアフロビートはパーカッションやドラムが曲を推進していくし、食品まつりもジュークからベースを抜いてしまった。OPNに至っては「窓が割れるから」という意味不明な理由でベースを遠ざけている。もちろんドラムン・ベースがダンスホールを取り込み、サンダーキャットも超絶技巧でクラブ・ジャズの改良には余念がない。しかし、パブリック・エナミーが「ベース!」と叫んで30年、ついにあのマジック・ワードがクラブ・ミュージック全体を覆うことはなくなり、必ずしも相撲界が貴乃花を必要としない事態と同じことになっている。ヒトラーが演説するときは土のなかに埋めたスピーカーから低音を出していたように、低音は共同体意識を増強させるものだと言われてきた。ということはクラブ・ミュージックと共同体意識はとっくに乖離し、SNSで結びついた村がたくさん集まったもの(=それは90年代に流行った島宇宙論を踏襲する構造)にクラブ・ミュージックも等しくなったということだろう。フロアでSNSを見ている人は多い。5年前のベース・ミュージックは最後のあがきだったのかもしれないし、孤独を誤魔化すためのニュー・エイジがマルチカルチャリズムを否定し、共同体意識のイミテーションづくりに邁進している現状にも合点が行く。EDMの合言葉はちなみに「フューチャー・ベース」である(大笑い)。
 ベースレスのトレンドを決定づけたのはアルカだろう。彼のデビュー作『ゼン』(13)はインダストリアル・リヴァイヴァルを洗練させ、刺々しい感触だけを残して下部構造を捨ててしまったことでステータスをなした。これが様式性として反復・強化され、レイビットやロティックに至る過程はここ数年の白眉だったといっていい。たいていはハードにするか、グラマラスに盛り付けるかで、オリジナルを超えた気分を味わえた。しかし、その本質はファッションであり、それに耐えうるだけのものをアルカは用意していたといえる。「死」を内包したファッションほど強いものはない。ジョイ・ディヴィジョンしかり、ドレクシアしかり。『ゼン』はそうした古典のひとつに数えられる作品になるだろう。

 テキサス出身で多摩美を出てから東京で教師をしているというレニック・ベルによる今年、2枚目のアルバム『ターニング・ポインツ』はベースレスの流れにあって、どこかアルカの様式性に反旗を翻し、ベース・ミュージックが持っていたヴァイブレーションへの回帰を促そうと、必要以上にもがき苦しんでいる印象を残す。パーカッションを多用し、曲が進むにつれてビートの叩き方はだんだんとマイク・パラディナスのような暴走状態となり、かえって淀んだ空気を引き立てている。作曲方法はプログラムとインプロヴィゼーションとオープン・ソースを使った自動作曲を混ぜ合わせたアルゴレイヴと呼ばれるもので、ライヴでは二度と同じことが繰り返されないことが特徴だという。そのようにして出来上がったサウンドがオウテカと比較されるのもなるほどで、それはファッションの外側に抜け出したいという衝動を意味しているのだろう、そのような葛藤を共有できるレーベルはむしろ〈パン〉ではないのかと思うけれど、『ターニング・ポインツ』はアイワやジェイ・グラス・ダブスをリリースしてきたカセット・レーベル〈シーグレイヴ(海の墓場)〉からとなった(デビュー・シングルはリー・ギャンブルの〈UIQ〉、デビュー・アルバムはレイビット主催の〈ハルシオン・ヴェイル〉から)。この、痒い所に手が届かないもどかしさは近い将来、何かを生み出すのではないかという予感に満ち、どこか先が読めてしまうアルカ・フォロワーよりも僕には新鮮だし、未完成の魅力がこれでもかと詰まっている。テクニックが向上したら面白くなくなってしまうという可能性もはらんではいるものの、だとしたら、楽しめるのはいまだとも言えるし(ウェルメイドしか聴かないという人には、だからオススメしませんけれど)、“ Splitting”によるビートの躓き具合なんて、期せずしてJ・ディラを乗り越えているとも言える(多分、違うと思うけど)。3月にリリースされた1作目の『ウェイリー(用心深い)』ではまだここまでパーカッションがボカスカ打ち鳴らされることはなかった。ベースで曲を転がすのではなく、パーカッションやドラムでグルーヴを生み出そうとした結果、このようなフリーク・ビートが導き出されることになったのだろう。この先どっちに向かうのかは見当もつかないけれど(自分で『ターニング・ポインツ』といっているぐらいだし)、いい意味で洗練されていけばいいなと思う。

 アルゴレイヴについて詳しくは→https://www.renickbell.net/doku.php?id=about


Marie Davidson - ele-king

 労働者階級の女──タイトルからして、未聴の人には政治的な音楽なんじゃないかという先入観を与えるかもしれないが、マリー・デヴィッドソンのこのアルバムが良いのは、ファンキーであること。ユーモラスであること。まずはこれに尽きる。そして型にはまらない表現であること。100%クラブ・ミュージックでありテクノではあるが、デヴィッドソンは詩の朗読や歌、言葉によってリスナーやダンサーの感覚を容赦なく刺激する。たとえばそれはディーヴォやB52'sで笑ったときのような感覚。そう、皮肉が効いているのだ。
 アルバムは、ぶっ飛んでいるクラバーをいじくりまくるかのような“Your Biggest Fan”からはじまる。自分を嘲笑し、セックスを笑い、ドラッグを笑い、笑いながら挑発する。で、これに続く“Work It”は最高の曲のひとつ。「I work, All the fucking time, From Monday to Friday, Friday to Sunday......」。ドライで、シャキッとしたリズム。ちょっと『ベルリン・トラックス』時代の石野卓球を思い出すようなトラックをバックに彼女は喋りまくる。自分の毎日そのものがロボット化している/オートマティックになっているということを描いているようだ。モントリオールで活動しているデヴィッドソンだが、ベルリンに住んでいたこともあるそうで、その影響がアルバムの随所に反映されているのだろう。
 深いアシッド・サウンドをバックに、患者と医師との会話が展開される“The Psychologist(精神科医)”もドラッグ体験をギャグにしているんじゃないかと思う。笑い声、わめき声は、言うなればアシッド・ハウスの先駆的作品、スリージー・Dの“I've Lost Control”からフューチャーの“Acid Tracks”、ないしはバム・バムの“Where's Your Child?”のような曲における精神錯乱というテーマをパロディにしているかのようだ。
 んで、他方ではドレクシア流のダーク・エレクトロの“Lara”もあり、あるいはAFX流のクレイジーなエレクトロの“Workaholic Paranoid Bitch”のようなトラックもある(後者においてはニナ・クラヴィッツによるリミックスもあり、そのヴァージョンも最高!)。ぼくは“So Right”という曲も大好きで、これはもう、フランキー・ナックルズ/ジェイミー・プリンシプルによる官能的な“Baby, Want to Ride”へのオマージュじゃないかと勝手に妄想している。
 言葉が強いということもあってかインスト版のアルバムもある。たしかにサウンドだけでも充分トランスできる完成度の高いダンス・アルバムなのだけれど、彼女の含みのある言葉の数々が『労働者階級の女』を特別な作品にしていることは間違いない。年間ベスト・アルバムの1枚です。 

I-LP-ON - ele-king

 パン・ソニックの強靭/強力なノイズとビートの波動がここに復活した。これこそパン・ソニックの新作と読んでも差し支えないのではないか……。
 パン・ソニックのイルポ・ヴァイサネン が〈エディションズ・メゴ〉よりリリースした I-LP-ON 名義の『ÄÄNET』を聴くと、思わずそんな大袈裟な断言(放言)をしてしまいたくもなる。つまり電子音響の傑作なのだ。
 いや、じっさいレーベル・インフォメーションによって、2000年におこなわれたパン・ソニックのツアー(クオピオ、バルセロナ、カルチュラ)で録音された音素材を使っていることが明言されているのだから、あながち誇大妄想ともいえない。
 イルポ・ヴァイサネンは過去素材を用いながらも、「より抽象的なアヴァンギャルドな傾向を持ったクラブの美学を取り入れて、実験的なエレクトロニック・ミュージックとして再定義」し、新しいサウンドを作り上げた。過去と現在をリミックスし、リコンポジションしたわけである。2017年にこの世を去った盟友ミカ・ヴァイニオの追悼アルバムとしての意味合いも強いのかもしれない。

 アルバムには全12曲が収録されていて、マシンビートからドローン、そしてノイズが交錯するトラックを存分に満喫することができる。収録曲数は違うもののパン・ソニックが2004年にリリースしたCD 4枚組のアルバム『Kesto』に近いムードだ。サウンドのヴァリエーションが豊かで、その音楽/音響から得られるインスピレーションが多様な点が共通している。ちなみにアルバム名『ÄÄNET』はフィンランド語で「SOUNDS」という意味らしい。

 そしてさらに思い出すアルバムが2作品ある。まず、2016年にリリースされ、パン・ソニックのラスト・アルバムとされていたサウンドトラック・アルバム『Atomin Paluu』だ。『Atomin Paluu』は、ミカ・ヴァイニオがまとめあげたアルバムである。対して本作『ÄÄNET』はイルポ・ヴァイサネンによってパン・ソニックの2000年のライヴ音源を用いて制作されたアルバムだ。この二作の成り立ちはどこか似ている。終わってしまったパン・ソニックというユニットへの追悼とでもいうかのように。
 追悼という意味からディルク・ドレッセルハウス(シュナイダーTM)とイルポ・ヴァイサネンのユニット die ANGEL の2017年作品『Entropien I』も挙げられる。『Entropien I』は、制作中にミカが亡くなってしまったことで、結果としてミカ・ヴァイニオ追悼アルバムになったとはいえ、制作自体はミカの存命時からおこなわれていた。となれば、この『ÄÄNET』こそ、ミカの死を受けて、その盟友(の記憶)と共に最後に共に創り上げた作品になるのではないか。
 じじつ、1曲め“SYRJÄYTYVÄ”、2曲め“RAAVITTUA KROKODILIÄ”、3曲め“TURUN SATTUMA”などの冒頭3曲からして、極めてパン・ソニック的なマシン/パルス・ビート的なトラックを展開しているのだ。
 同時に、そこかしこにイルポ・ヴァイサネンのプロジェクト I-LP-O In Dub のようなダブな音響を展開している点にも注目したい。例えば“TURUN SATTUMA”後半のダビィな展開を経て、環境音とノイズが深いリヴァーブの中で融解するような4曲め“MUISTOISSA 1, 2, 3”などはほぼノンビートのサウンドのなか、ダブと環境音が融解するようなサウンドが生成されるなど、まさに近年のイルポ的音響といえる。続く5曲め“POBLE DUB”も雨のようなノイズとさまざまな具体音が響き合うトラックである(個人的にはこの3曲が本作の特徴を表している重要なトラックに思えた)。59秒の短いインタールード的“ALUSSA”から“SEATTLE 1”、“SAN FRANCISCO KESKUSTELU”への展開も、ビートから環境音による音響へといった具合に、記憶を逆回転するように展開していく。
 アルバムはパン・ソニック的なトラックとイルポ的マシン・ダブのサウンドを交錯させつつ進行し、ラスト曲“MANAT”では、2010年リリース作『Gravitoni』の最後に収録された“Pan Finale”の終局のようにピュアな電子音の持続音の持続で幕を閉じる。『Gravitoni』は彼らの実質上のラスト・アルバムであり、となるとこれはやはり意図した符号に思えてならない。イルポは本作においてパン・ソニックの終わりを意図しているのはないか。

 それにしても、生前のミカ・ヴァイニオも、彼の没後のイルポ・ヴァイサネンも、ともにパン・ソニックというユニット=存在のまわりを周回している。これはいったいどういうことか。
 端的にいってユニットやバンドというものは、終わりという概念を超越している。50年ほどが経ってもビートルズは未発表音源やリミックスがリリースされ続けているし、YMOも活動開始から40年が経過してもなお新しいコンピレーション・アルバムが新作のような新鮮さを纏ってリリースされる。ユニットやバンドは一度結成し、リスナーから認知されれば、永遠の存在となる。メンバー個人を超えた存在になってしまうのだ。
 それゆえパン・ソニックもまた終わることはないのかもしれない。もちろんミカ・ヴァイニオはもうこの世にはいない。イルポ・ヴァイサネンは、ひとりではこのユニット名を名乗ることはないだろう。パン・ソニックというユニットは実体的には終わった。だが、しかし、その音は、ノイズは、ビートは、反復は、持続は、いまだ生々しく耳の奥に、身体に、空間に、残存している。音楽家の身体がこの世から消えても、彼が発した音の記憶はいまだ蠢いている。
 「パン・ソニックの生涯からインスピレーションを受けた」という、I-LP-ON『ÄÄNET』を聴き、そんな思いを持ってしまった。そもそも追悼とは新たな始まりの儀式でもあるはずだ。

Fit Siegel Japan Tour 2018 - ele-king

 フィット・シーゲルは、21世紀のデトロイトのアンダーグラウンドの主要人物のひとり、オマーSの〈FXHE〉から登場し、DJ Sotofettとのコラボレーション作品でいちやく脚光を浴びたDJ/プロデューサー。12月に初来日が決定した。
 we must go there!

■Fit Siegel Japan Tour 2018
12.15 (SAT) 東京 Nakameguro Solfa
- Fit Siegel Japan Tour 2018 supported by bamboo -

ROOM 1
FIT SIEGEL (FIT Sound/FXHE)
COMPUMA
KABUTO (DAZE OF PHAZE/LAIR)
U-T (bamboo)
FAT PEACE (bamboo)

ROOM 2
Wataru Sakuraba
DJ Razz
DAIZEN (LAMERACT)
kenjamode (Mo’House)
Takuya Honda
bungo

Open 21:00
Door 3000yen / With Flyer 2500yen / Entry Before 11PM 2000yen

Info: solfa https://www.nakameguro-solfa.com
東京都目黒区青葉台1-20-5 oak build.B1F TEL 03-6231-9051

自身の主宰するレーベルFit Sound、ディストリビューション会社”Fit Distribution”を運営し現在のデトロイトのミュージックシーンを根底から支えるFIT SIGELが来日。2012年にOmar Sのレーベル、FXHEからのリリースを皮切りに今年度はDJ Sotofettとのプロジェクト、S & M Trading Co.でのリリース、現在のデトロイトアンダーグラウンドの支柱となるアーティストの来日に期待が高まる。競演には、長いキャリアの中で今もなお、日々フレッシュでユニークなジャンルを横断したイマジナリーな音楽世界の探求を続けFit SiegelもNYで氏のMIX CDを購入しラブコールを送るCOMPUMA、自身の主宰するパーティーDAZE OF PHAZEでは世界各地の実力派DJを招聘しながらも、世界のアーティストを相手に全く引けを取らないプレイで日本国内のパーティークオリティを見せ続けるKABUTOを始め、各地で活躍するDJが集結。年の瀬に相応しいスペシャルな一夜となっている。

12.16 (SUN) 大阪 Compufunk Records
- Compufunk Records feat. FIT Siegel -
Guest: FIT Siegel (Fit Sound/FXHE)
MITSUKI (Mole Music)
COTA (NIAGARA)
DJ Compufunk

Open 18:00
Advance 2000yen with 1Drink
Door 2500yen with 1Drink

Info: Compufunk Records https://www.compufunk.com/?mode=f3
大阪市中央区北浜東1-29 北浜ビル2号館2F TEL 06-6314-6541


FIT Siegel (Fit Sound/FXHE)
FIT Siegel(a.k.a FIT)は、デトロイト・アンダーグラウンドの支柱となるべく、静かに立ち上がっている。Underground Resistanceの本部、Submergeの”Mad” Mike Banksから音楽制作を学び、2012年にOmar Sのレーベル、FXHEから『Tonite』でデビュー。
O.m.a.r - S & L'Renee『S.E.X.』のリミックス制作に関わったり、Gunnar WendelことKassem Mosseとのコラボレーション、FIT Featuring Gunnar Wendel『Enter The Fog』をFXHEからリリース。2015年リリース作、FIT Siegel名義でのEP『Carmine』は各方面から高く評価されることとなった。2018年にはDJ Sotofettとのプロジェクト、S & M Trading Co.『Metal Surface Repair』をリリースしている。レーベル"Fit Sound"とディストリビューション会社"Fit Distribution"を運営し、そこにはURやFXHEの持つ猛烈なDIY精神を内在している。
DJとしては、ジャンルレスなアプローチを好み、DiscoやPunk~現在デトロイトで作り出される異例なテクノやハウス・ミュージックを自由に横断する。自身のDJ活動や音楽制作と並行して、レーベルとディストリビューション運営の役目を平衡し、今後もその創造的追求を極めていくだろう。

Facebook https://www.facebook.com/fitofdetroit/
Soundcloud https://soundcloud.com/fit


Fatima - ele-king

 こうなる瞬間を待っていた。ある種の奇跡だろう。たとえばアルチュール・ランボーの有名な詩の一節。「ぼくは歩く、自然のなかを、恋人を連れ添っているみたいにウキウキしながら」。10代の思春期の真っ直中に読むとじつにうっとりする詩だ。20代になってもぼくはこの詩が好きで、しかし30代になってからはじょじょにだけれど「好き」が薄れていったので、自分はかつてこの詩がとても好きだったという事実だけは忘れないようにしようと思った。
 音楽が好きになった大きな理由のひとつも、音楽を聴いて恋する気持ちが湧き上がるからだ。やたら胸がときめき、切なくなり、うれしくなる。この無意味な一生をどうやって過ごせばいいんだよバカヤローなどと思っていた昨日までの自分は消えて、幸せな感覚が身体をかけめぐる。何十億儲けても儲け足りなかったゴーンよりも確実に幸せだと思える感覚だ。そんなときめきを素晴らしいポップ・ミュージックは何気なく誘発する。ファティマの『アンド・イェット・イッツ・オール・ラヴ(そしていまだそれはすべての愛)』をはじめて聴いた瞬間、つまり1曲目がはじまると、スローモーションになった世界では、落葉樹の黄色がほのかに輝き、心地良い風に包まれながら自分はとろとろに溶けていく。いても立ってもいられれなくなり、花屋に入って花を買ったほどだ。

 2014年のファティマの最初のアルバム『Yellow Memories』をぼくがなぜ買ったのかといえば、フローティング・ポインツとセオ・パリッシュが関わっているからで、レーベルも〈イグロ〉だし、彼女がロンドンのプラスティック・ピープルから出てきたシンガーであることも気になっていたし、いずれにせよ音楽的な理由によるものだ。そのレヴューでも書いているように、ローリン・ヒルやジル・スコットを聴いて育った彼女の『Yellow Memories』には、マッドリブの弟やコンピュータ・ジェイといった西海岸のビートメイカーも参加している。それを思えば、新作『アンド・イェット・イッツ・オール・ラヴ』がよりソウルフルなヒップホップに向かうことは自然の成り行きだったのかもしれない。ただ、それにしてもこのアルバムの恍惚感は出色なのだ。

 ぼくのお気に入りは以下の2曲。〈ストーンズ・スロー〉からの作品で知られるmndsgn(マインドデザイン)がトラックを手掛けた1曲目の“Dang”は、キラキラとした、メロウで官能的な波乗りだ。温かい音色によるグルーヴの合間をなめらかに滑るファティマの歌声。今後このアルバムを聴くことがあれば、まずは“Dang”をかける。“Attention Span Of A Cookie”は、ぶ厚いシンセ・ベースが効果的に入っているクラブ映えしそうな曲で、これも“Dang”と同じようにメロディラインが秀逸だ。
 ほかにも良い曲はあるし、全体的にメリハリの効いているアルバムだと言える。“I See Faces In Everything”も“Attention Span~”同様にキャッチーだし、ロンドンのグライム・プロデューサー、ザ・ピュアリストによるウェイトレス・トラックを擁する“Take It All”は、深夜の友として聴くには最高かもしれない。グライム系ではほかにJD Reidが参加しているが、その曲“Somebody Else”のリズムはたしかに目新しく、一風変わっていて面白い。LAのビートメイカーではSwarvy、そしてサー・ラーのTaz Arnold(ケンドリックの『トゥ・ピンプ~』にも参加している)もそれぞれ1曲ずつ提供している。
 しかしぼくがこのアルバムを聴いているのは、そうした音楽的な情報ゆえではない。恋人を連れ添っているみたいにウキウキするから、それでしかないし、ゆえにこのアルバムは素晴らしいと思う。そしていまだそれはすべての愛、おそらくこれからも。

Aphex Twin - ele-king

 先日ロンドンで話題となったエイフェックス・ツインのポップアップ・ショップが、東京は原宿にも出現します。12月1日(土)と12月2日(日)の2日間のみの限定オープンです。強烈なテディベアを筆頭に、さまざまなグッズが販売される模様。ロンドンでは即完売となった商品も多かったそうですので、このチャンスを逃すわけにはいきませんね。詳細は下記をば。

ロンドンに続き、エイフェックス・ツインのポップアップストアが東京・原宿にて2日間限定オープン!

11月22日(木)、エイフェックス・ツイン自身の公式SNSから動画がポストされ、ロンドンと東京での新たなオフィシャル・グッズの発売が発表された。その2日後にスタートしたロンドンのストア/通販では即完商品が続出。それに続き、今週12月1日(土)と12月2日(日)の2日間限定で、東京・原宿にエイフェックス・ツイン・ポップアップストアがオープンする。

今年、傑作の呼び声高い最新作「Collapse EP」をリリースし、シルバー・スリーヴ付の豪華パッケージ盤や、“T69 collapse”のMVも大きな話題となったエイフェックス・ツイン。彼の代表曲のMVから飛び出てきたようなグッズの数々やクラシックロゴTなど、レア化必至のグッズが勢揃い!

APHEX TWIN POP-UP STORE

開催日程:12/1 (土) - 12/2 (日)
12/1 (土) 12:00-20:00
12/2 (日) 12:00-18:00

場所:JOINT HARAJUKU (東京都渋谷区神宮前4-29-9 2F)
詳細・お問い合わせ:www.beatink.com

APHEX TWIN RETAIL ITEMS


『Donkey Rhubarb』テディベア
全高25cmのクマのぬいぐるみ
色:タンジェリン/ライム/レモン
オリジナルボックス入り
販売価格:¥5,000(一体)


『Windowlicker』傘
外側にエイフェックス・ツイン・ロゴ、内側に顔がプリントされたジャンプ傘。取手にはロゴが刻印され、木の柄を採用。
販売価格:¥8,000


『Come To Daddy』Tシャツ/ロンパース
サイズ展開:S、M、L、XL、キッズサイズ、ロンパース
販売価格:¥4,000


『CIRKLON3 [ Колхозная mix ]』パーカー
サイズ展開:M、L、XL
販売価格:¥6,000


『On』ビーチタオル
エイフェックス・ツインのロゴが織り込まれたビーチタオル
サイズ:70 × 140cm
販売価格:¥6,000


『Ventolin』アンチポリューションマスク
エイフェックス・ツインのロゴがプリントされたマスク。ロゴの入った黒いケース入り。 Cambridge Mask Co.製。ガス、臭気、M2.5、PM0.3、ホコリ、煙、病原体、ウイルス、バクテリアを防ぐ。
販売価格:¥9,000


『T69 Collapse』アートプリント
世界限定500枚。ポスターケース入り(額縁はつきません)。
サイズ:A2
販売価格:¥4,000


また今回のオフィシャル・グッズ発売に合わせて、公式には長らく配信されていなかった“Windowlicker” “Come To Daddy” “Donkey Rhubarb” “Ventolin” “On”のミュージック・ビデオがエイフェックス・ツインのYouTubeチャンネルにて公開されている。

Windwlicker (Director's Cut)
Directed by Chris Cunningham
https://youtu.be/5ZT3gTu4Sjw

Come To Daddy (Director's Cut)
Directed by Chris Cunningham
https://youtu.be/TZ827lkktYs

Donkey Rhubarb
Directed by David Slade
https://youtu.be/G0qV2t7JCAQ

Ventolin
Directed by Steven Doughton with Gavin Wilson
https://youtu.be/KFeUBOJgaLU

On
Directed by Jarvis Cocker
https://youtu.be/38RMZ9H7Cg8



初回限定盤CD


通常盤CD

label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Collapse EP
release date: 2018.09.14 FRI ON SALE


期間限定「崩壊(Collapse)」ジャケットタイトル


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Selected Ambient Works Volume II
BRC-554 ¥2,400+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2978


abel: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: ...I Care Because You Do
BRC-555 ¥2,000+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=7693


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Richard D. James Album
BRC-556 ¥2,000+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=8245


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Drukqs
BRC-557 ¥2,400+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9088


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Syro
BRC-444 ¥2,300+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2989


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Computer Controlled Acoustic Instruments Pt2 EP
BRE-50 ¥1,600+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2992


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: AFX
title: Orphaned Deejay Selek 2006-08
BRE-51 ¥2,400+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2944


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Cheetah EP
BRE-52 ¥1,800+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2994

Paul Frick - ele-king

 ミヒャエル・エンデが時間泥棒をテーマに『モモ』という童話を書いたのが1973年。オイルショックを経た戦後ドイツの労働争議が最初のピークを迎えるのが1984年。このように並べてみると、その間に挟まれているクワフトワークの”The Robot”が(前作に収録されたマネキン人形から歩を進めた発想だったとしても)どこか単純作業や長時間労働に対するカリカチュアとして「聞かれた」可能性も低くないと思えてくる(経済成長が激化したインドでも労働者をロボットに見立てたS・シャンカー監督『ロボット』で同じく”The Robot”が使われていた→https://www.youtube.com/watch?v=NEfMZbbpsAY)。実際の単純労働はトルコ移民が担い、『Man-Machine』には自分たちがドイツ人であることから逃げ、戦後長らく「ヨーロッパ人」と名乗りたがっていた風潮に対してドイツ人としてのアイデンティティを再確認するために(デザインはロシア構成主義だけど)戦前のドイツに見られた「SF的発想」に回帰するという意図があった(”Neon Lights”はフリッツ・ラング監督『メトロポリス』がモチーフ)。さらに言えばDAFは明らかにナチスの労働組合であるドイッチェ・アルバイツフロントの頭文字を「独米友好」とモジることで二重にパロディ化し、パレ・シャンブルグも西ドイツの首相官邸を名残ることで「ヨーロッパ人」と名乗ることの欺瞞に違和感を示した面もあったのだろう(ここから小沢一郎によってパクられる「普通の国」という再軍備のキーワードまではあと少しだったというか)。

 いずれにしろ、3年前にドイツの小学生たちが演奏する”The Robot”がユーチューブでけっこうな話題になったように、ドイツでは一般レベルでも”The Robot”が定番化していることはたしかで、現在のドイツでこの感覚をもっとも受け継いでいたのがブラント・ブラウア・フリックということになるだろう。最初はクラフトワークをジャズっぽく演奏していた3人組で、3人ともクラシックの素養が高く、彼らはこれまではアコースティック・テクノ・トリオと称されることが多かった。水曜日のカンパネラにも中期のクラフトワークを思わせる”クラーケン“を提供していたBBFは、しかし、このところコーチェラにも出演するなどすっかりポップ・ソングの旗手と化してしまい、”Iron Man”でデビューした当時の面影は薄れかけていたものが、メンバーのひとり、ポール・フリックが〈アポロ〉からリリースしたセカンド・ソロ・アルバム『2番目の植物園(?)』はグリッチとジャズをまたいで合間からクラフトワークも垣間見える地味な意欲作となった(自分ではこれがファースト・ソロ・アルバムだと言っている)。作品の中心にあったのは「日常性」、あるいはその「詩情」というありふれたもので、特に興味を引くものではない(録音の時期から考えてもメルケルの引退声明によってカタリーナ・シュルツェがドイツの政界に君臨するかもしれないといった動きが本格化する前の「日常」だろうし)。

 カチャカチャと小さなものが壊れるように細かく叩き込まれるパーカッションやベルなど微細なビートが楽しい曲が多く、音の素材はフィールド録音や切り刻まれたブレイクビーツなどかなり多岐にわたるらしい。それらはつまり、2000年前後にドイツで特に隆盛を誇ったエレクトロニカの方法論を意識的に踏襲したものといえ、妙な近過去ノスタルジーに彩られているとも言える。移民問題がドイツに重くのしかかる直前のドイツであり(注)、もしかするとその時期が無意識の参照点になっているのかもしれない。ポール・フリックは録音中、資本主義にも社会主義にも馴染めない人々を描写した小説家ウーベ・ヨーンゾンがナチズムの台頭から2次大戦までを描いた『Anniversaries』にも多大な影響を受けたそうで(未訳)、”Karamasow(カラマーゾフ)“と題された曲では、そうしたある種の歴史絵巻のような感覚が無常観に満ちた曲として表されてもいる(プチ『ロング・シーズン』ぽい)。そうした寄る辺なさはBBFの近作とは異なって、本当にどの曲も頼りなく、宙に漂うがごとく、である。そうした感覚はジャーマン・トランスのマーミオンも曲の題材にしていた“Schöneberg”(ベルリンの地名)でようやく安堵感へとたどり着き、焼き物を題材にしたらしきエンディングの“Gotzkowsky Ecke Turm”で幕を閉じてくれる。この弱々しさが、小学生たちの演奏する”The Robot”とともに、むしろ、外交でことごとく失敗を重ね、EUでさえ維持が難しくなってきたドイツのいまを表しているのではないだろうか。
 ああ、マッチョだったドイツが懐かしい。

注:ドイツがヨーロッパ中に移民を受け入れるよう先導してきたのはナチス時代に亡命を図ったドイツ人を受け入れてくれた周辺国に対する恩返しの意味もある。

 ソニック・ユースといえば『デイドリーム・ネイション』というくらい、このアルバムは彼らを代表する。5枚目のスタジオ・アルバムで、〈エニグマ・レコーズ〉から1988年にダブル・アルバムでリリースされ、彼らがメジャー・レーベルにサインする前の最後のレコードである。

 『デイドリーム・ネイション』は1988年の最高傑作として批評家から幅広い評価を得ているように、オルタナティヴ、インディ・ロックのジャンルへ多大な影響を与えた。2005年には、議会図書館(DCにある世界で一番大きい図書館)にも選ばれ、国立記録登録簿に保存されている。2002年にはピッチフォークが1980年代のベスト・アルバムとして、『デイドリーム・ネイション』をNo.1に選んでいる。代表曲は“Teen Age Riot”、“Silver Rocket”、“Candle”あたりで、ノイジーで攻撃的な音が生々しく録音されている。私は、オンタイムより遅れてこのアルバムを聴いたが、何年経っても自分のなかでのソニック・ユースはこのアルバムで、 NYに来て、リキッドスカイに行って、X-Girlで働きはじめたぐらい、彼らからの影響は多大なのである。

 その『デイドリーム・ネイション』が今年で30周年を記念し、映画上映がアメリカ中で行われている。

 10/20にポートランドでスタートし、シアトル(10/22)、LA(10/23)、 SF(10/24)と来て、オースティン(11/12)、デトロイト(11/13)、フィラデルフィア(11/18)。ブルックリンは11/19で、4:30 pmと9:30 pmの2回上映だったが、どちらもあっという間にソールドアウト。私は、4:30pmの最後のチケットを取った。その後は、ミネアポリス(11/20)、アトランタ(11/21)と続くが、12/8、9にも追加上映があるらしい。
 すべての上映には、監督のランス・バングスとソニック・ユースのドラマーのスティーヴ・シェリーがQ&Aで参加し、ブルックリンの上映では特別にソニック・ユースのギタリスト、リー・ラナルドと写真家のマイケル・ラビンが加わった。リーは、ブルックリンでのショーがその2日後(11/21)に、続き12/1、ニューイヤーズデイと発表されたので、そのプロモートもあるのだが。

 まず、『デイドリーム・ネイション』がリリースされた1988年ごろのワシントンDCの9:30でのライヴ映像が上映される。
 そして監督ランス・バングスの挨拶。続いてチャールス・アトラスの1980年代のNYダウンタウン・ミュージック・シーンに焦点を当てた、1989年の映画『Put Blood In The Music』が上映され、グレン・ブランカ、リディア・ランチ、ジョン・ケージ、クリスチャン・マークレイ、クレーマー、ジョン・ゾーン、そしてソニック・ユースなど、NYのダウンタウン・ミュージックを代表するアーティストたちのコラージュ映像が紹介され、さらに初期ソニック・ユースのレア映像、リハーサル・シーンやインタヴュー(with 歴代ドラマー)が上映される。これだけで、気分は80年代にタイムトリップである。歴代ドラマーのコメントがまた可笑しかった。「彼らはノイズを出したいだけなんだ」と。

 ランス監督とSYドラマー、スティーヴ・シェリーのトークでは、彼がどのようにSYでプレイすることになったか、曲作りについて(歌詞の内容を尋ねたことがあるか、誰がヴォーカルを取るなどはどうやって決めているのか、アルバムごとの違いなど)、突っ込んだ質問が降りかかっていたが、流れはスムーズ。途中で「遅れてごめん!」とトートバッグを持ったリー・ラナルドが登場し、さらに写真家のマイケル・ラビンが加わると、トークは右から左に炸裂しはじめた。

 マイケルのプレスフォトのシューティングの様子が、スクリーンの地図上に写し出されると(マイケルのアパート→ウォールStの近くでバンドに会い→ブルックリン・ブリッジ→キャナルSt→サンシャイン・ホテル→トゥブーツピザ)と、リー・ラナルドは、その写真を自分のiPhoneでバシバシ撮りはじめ(笑)、「サンシャイン・ホテルなんて覚えてないなー」など、写真ひとつひとつについての思い出話をはじめた。リーとマイケルのよく喋ること!
 そして話は、『デイドリーム・ネイション』の再現ショーの話になり、ソニック・ユースはいつも新しいアルバムをプレイするのが好きなので、最初は断っていたがようやくOKし、2007~2008年にいくつかの再現ショーをおこなった。野外が多かったのだが(私は2008年のバルセロナでのショーを見た)、そのなかでもレアな室内ショーのひとつ、グラスゴーでのショーをマイケルが撮影し、その模様を最後に上映。20年後の彼らを見るのはつい最近な気がしたが、これはいまから10年も前なのだ。日が流れたのを感じる。
 この日来ていたお客さんは、『デイドリーム・ネイション』をオンタイムで聞いていた層だろうし(隣の男の子は、ライヴ映像になるたびに一緒に歌っていた)、30年前にニューヨークで起こっていた映像を見るのはさすがに感慨深い。映像として残しておくものだなあ、と。映画館の外では、今回の記念レコード盤(マイケルが撮影したポスター付き)が、リーとスティーヴから(CDは売り切れ。もうレコードしか残っていなかったが)直接購入できた。日本で上映されるのも遠くないと思うが、みずみずしい80年代NYの詰まった映像と、いまでも新しい『デイドリーム・ネイション』は、こうやって引き継がれていくのだろう。

戸川純エッセー集 ピーポー&メー - ele-king

邂逅

〈追悼〉蜷川幸雄
〈追悼〉遠藤賢司
遠藤ミチロウ
町田康
三上寛
ロリータ順子
久世光彦(書き下ろし)
Phew
岡本太郎
杉浦茂
――戸川純による、まるで短編小説のような人物列伝

ele-kingに連載した「ピーポー&メー」の全原稿を改稿し、雑誌に寄稿した原稿、ライナーノーツ、あらたに書き下ろした原稿を加えた待望の最新エッセー集!

装画 鈴木聖
口絵写真 川上尚見(1984)

【著者プロフィール】
戸川純(とがわ・じゅん)
1961年、新宿生まれ。歌手・女優。

 子役経験を経て1980年にTVドラマデビュー。『刑事ヨロシク』(82)で初レギュラーを経、『あとは寝るだけ』(83)、『無邪気な関係』(84)、『花田春吉なんでもやります』(85)、『華やかな誤算』(85)、『太陽にほえろ! 第701話「ヒロイン」』(86)など。ヴァラエティ番組では『笑っていいとも!!』を始め、『HELLO! MOVIES!』や『ヒットスタジオR&N』では司会も。同じく映画では『家族ゲーム』(83)、『パラダイスビュー』(85)、『野蛮人のように』(85)、『釣りバカ日誌(1~7)』(88~94)、『男はつらいよ』(89)、『ウンタマギルー』(89)、『あふれる熱い涙』(92)、『愛について、東京』(93)、『ルビーフルーツ』(95)などに出演。またオムニバス形式の『いかしたベイビー』(91)では監督、脚本、主演をこなす。舞台にも立ち、『真夏の夜の夢』(89)、『三人姉妹』(92)、戸川純一人芝居『マリィヴォロン』(97)、『羅生門』(99)、戸川純二人芝居『ラスト・デイト』(00)、『グッド・デス・バイブレーション考』(18)など。

 ミュージシャンとしてはゲルニカの一員としてデビューし、『改造への躍動』(82)、『新世紀への運河』(88)、『電離層からの眼指し』(89)を。ソロ名義で『玉姫様』(84)、『好き好き大好き』(86)、『昭和享年』(89)。戸川純とヤプーズ名義『裏玉姫』(84)。戸川純ユニット名義『極東慰安唱歌』(85)。ヤプーズの一員として『ヤプーズ計画』(87)、『大天使のように』(88)、『ダイヤルYを廻せ!』(91)、『Dadadaism』(92)、『HYS』(95)。ほかに戸川純バンド『Togawa Fiction』(04)、非常階段×戸川純『戸川階段』『戸川階段LIVE!』(16)、戸川純 with Vampillia『わたしが鳴こうホトトギス』(16)、戸川純 avec おおくぼけい『戸川純 avec おおくぼけい』(18)をリリース。ほかにベスト盤や映像作品も多数。TOTOウォシュレットのCM出演も評判を呼んだ。

 著作類に『戸川純の気持ち』(84)、『樹液すする、私は虫の女』(84)、『戸川純のユートピア』(87)、『JUN TOGAWA AS A PIECE OF FRESH』(88)、『戸川純全歌詞解説集 疾風怒濤ときどき晴れ』(16)。

目次

ピーポー&メー
 遠藤ミチロウ
 町田康(町田町蔵)
 三上寛
 ロリータ順子
 久世光彦

追悼
 蜷川幸雄
 遠藤賢司

ライナーノーツほか
 Phew(Aunt Sally)
 岡本太郎

あとがき

特別収録
 杉浦茂

Neneh Cherry - ele-king

 懐かしい音楽だよね。3Dが参加した“Kong”はいわば『ブルー・ラインズ』サウンドで、1991年を思い出さずにいられない。まあ、マッシヴ・アタックの低域は、こんな生やさしいものではないけれど。
 もっともネナ・チェリーが日本の洋楽ファンに知られたのは1991年ではない。1988~1989年のことだった。彼女のシングル「バッファロー・スタンス」を熱心に聴いた典型的なリスナーといえば、この時代にボム・ザ・ベースやソウルIIソウルを聴いていた連中で、輸入盤店に足繁く通う20代の、ヒップホップ/DJカルチャー/ダンス・カルチャーに並々ならぬ好奇心を抱いていた連中だった。
 ネナ・チェリーを紹介する際に、リップ・リグ&パニックやニュー・エイジ・ステッパーズのことが語られるけれど(ぼくもそう書いてきている)、当時まだ10代なかばをちょい過ぎたくらいの彼女は、それらプロジェクトにおいて特別な存在というわけではない。前者においては義父のドン・チェリー、後者においてはアリ・アップのほうがそれらの音楽における重要な役割を担っている。
 ネナ・チェリーが洋楽ファンのあいだで最初に支持を得たのは、“バッファロー・スタンス”という“ビート・ディス”にならぶアンセムと、そして彼女の最初のアルバムによってだった。ヒップホップに影響を受けたその作品は、レコードをコスることやサンプリングは生演奏よりも劣ると言われた時代のリリースだったので、おそらく皮肉を込めて『Raw Like Sushi (寿司より生)』と名付けられている。おそらく……と書いたのは、当時この手の音楽は本国ではナショナル・チャートを賑やかすほどの猛威だったが、日本ではまだまだマニアックで、『ブルー・ラインズ』にしてもそうだったけれど、ほとんど情報らしき情報は入ってこなかった。それでも音楽は雄弁で、“バッファロー・スタンス”は(80年代前半のマルコム・マクラレンが手掛けたサンプリング・ミュージックの系譜にありながらも)、“ビート・ディス”や“キープ・オン・ムーヴィン”などといっしょにセカンド・サマー・オブ・ラヴの空気を伝える曲として、時代が劇的に変わりつつあることを印象づけるエポック・メイキングな曲として聴こえていた。
 ボム・ザ・ベースやソウルIIソウルがそうであるように、特別な季節を象徴してしまったアーティストは、時代の気流が上がるところまで上がりそして下降していく過程のその先の展開においても同じようにうまくいくとは限らない。彼女のセカンド・アルバム『ホームブリュー』(これもまたUK解釈のヒップホップ作品)は、ぼくは『ロウ・ライク・スシ』のように繰り返し聴かなかった。1992年、目の前にはすでに『ブルー・ラインズ』があったし、翌年にはテクノの時代の到来にともなって、ネナ・チェリーがいた王座にはビョークが座ることになるのだから。

 ぼくは、彼女の義父であるドン・チェリーはもちろんだが、母親であるモニカ・チェリーのアートも素晴らしいと思っている。というか、スウェーデン人のモニカがアートワークを手掛けているドン・チェリーのアルバムが好きなのだ。『オーガニック・ミュージック・ソサエティ』のようなガチでスピリチュアルな作品のジャケットがあの絶妙な色彩の絵でなかたったら、だいぶ印象が違っただろう。それはドン・チェリーが想像するユートピアを補完するものとしては最良のもののようにぼくには思える。紋切り型の説明になるが、チェリー夫妻はそこに、ヨーロッパとアフリカとアジアが調和する世界を見ていた。そして、ユートピアを夢みるある意味強力な両親のもとで育ったネナ・チェリーは、自らのアイデンティティをどのように考えているのか興味深いことこのうえないのだけれど、音楽を聴いている限りでは、彼女は自分の出自にまったく縛られている痕跡はなく、じつに伸び伸びとやっている。それがまさにネナ・チェリーであり、ゆえにビョーク以前の音楽シーンでは、彼女は自由に生きる女性アイコンでもあった。20代はヒップホップで、長い沈黙のあとの復帰作となった2012年のネナ・チェリー&ザ・シングのアルバムも、いま思えば彼女らしいといえるカヴァー・アルバムだったと言える。選曲の妙もさることながら、規模は小さいとはいえセンスは尖っている〈スモールタウン〉というレーベル、それからリミキサーの人選も玄人好みで、早い話、ネナ・チェリーはカッティングエッジでいまイケているものへの関心が高く、音楽のスタイル(アイデンティティ)にとくに拘りはないのだろう。そういう意味では50もなかばを過ぎたいまも若々しく、また、自由な個人主義者であり続けているのだ。

 キーラン・ヘブデン(フォー・テット)をプロデューサーに迎えた『ブランク・プロジェクト』も、そうした彼女の立ち振る舞いと嗅覚によるところが大きいと思われるが、『ロウ・ライク・スシ』の残像がまだあるリスナーにしてみれば、ネナ・チェリーらしさという点ではどう捉えていいのかいっしゅん考えてしまうアルバムでもあった。聴いていて、ヘブデンのエレクトロニック・ミュージックをバックに歌うのが彼女でなければならない確固たる理由があるのかといえば、どうだろうかと戸惑ってしまうのだ。
 また、アンダーグラウンドで評価の高いエレクトロニック・ミュージシャンとのコンビで作品を作るというコンセプトは、それこそビョークとマーク・ベルを思わせてしまう。かつて“バッファロー・スタンス”で踊った人間のひとりからすると、たしかに悪くはない、しかし、あの頃のように繰り返し聴くのかという話になると口ごもってしまうのが正直なところだ。ヘブデンが彼女の魅力をじゅうぶんに引き出しているとも思えない。“バッファロー・スタンス”のファンキーなグルーヴ、さもなければフェミニズムの時代を先取りした“ウーマン”のようなトリップ・ホップのほうが彼女らしいと思ってしまうのはぼくだけではないだろう。だから、ネナ・チェリーにとってヘブデンとの共作としては2作目、『ブランク・プロジェクト』に続くアルバムとなる『ブロークン・ポリティクス』にはあらかじめ警戒が必要だったわけだが、これが思いのほか完成度が高く、すっかり繰り返し聴いている。
 1曲1曲の出来がかなり良い。ヘブデンも強引なエレクトロニック色を出さずに、かわりに彼のフォークトロニカ時代を彷彿させる透明感のあるトラックを並べ、控え目ながらピアノやヴィブラフォンの音色による綺麗なメロディを添えつつ、ヘブデン自身の特徴を出しながらトリップ・ホップとの溝をなめらかに埋めている。3Dによる『ブルー・ラインズ』サウンドが入ってきても違和感がないのはそのためである。音楽は季節モノではないのだが、じょじょにだが落ち葉が北風に吹かれるこの時期には本当によくマッチするし、復帰後のネナ・チェリーのキャリアにおいてはもっともキャッチーで、ファッショナブルで、ポップ・ミュージックと呼ばれうる曲が収録されているという意味では特筆すべきアルバムだ。ソウル・ミュージックに紐づくダウンテンポの音楽としての心地よさがあり、とくに“Natural Skin Deep”は出色の出来映えである。1988年のように時代の追い風は吹いていないけれど、久しぶりのポップ作品であり、ぼくは、ようやく彼女は“バッファロー・スタンス”以来の代表曲を手にしたんじゃないかと思っているんだけれど、同じように“バッファロー・スタンス”が好きだったひとたちはどう思っているんだろうか。
 

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