「K A R Y Y N」と一致するもの

Variou Artists - ele-king

 ジョン・リーランドの、抜群に読み応えのある『ヒップ――アメリカのかっこよさの系譜学』(篠儀直子+松井領明訳)という大著に拠れば、パティ・スミスはかつてこう言ったという。「女というボディのなかでではなく、作品というボディのなかで、アーティストとしての自己主張をする必要があった」と。クールな言葉だ。

 さらに、1976年、彼女は作家のニック・トーシュに次のように語った。少々長いが、引用したい。「かたくなな女は凡庸な芸術しか生み出さない。凡庸な芸術なんかに用はない。......ポエトリー・リーディングでわたしが『プッシー(pussy)』という言葉を言うと、どこかのばか女が必ず立ち上がり、『プッシーという言葉について、あなたはどう定義しているんですか?』とかみついてくる。わかるもんですか、ただのスラングよ。プッシーと言いたくなったらそう言うだけ。ニガーと言いたくなったらそう言うし。誰かがわたしのことをすげえビッチと言ったとしたら、それもクールなこと。アメリカ人であるって、そういう言葉を使うことよ。なのに、あの堅物の運動家たちときたら、わたしたちのスラングを責め立てる。苛々するわ」。このカッコイイ発言に付け加える言葉、あるいは異論があるだろうか? 僕は、「その通りです!」と同意するしかない。

 〈ブラックスモーカー〉が初めて制作したコンピレーション・アルバム『LA NINA』は、女性アーティストの作品集である。パティ・スミスの発言に倣って言えば、ここに集結した女性たちは、作品というボディのなかでアーティストとしての自己主張を展開する豪傑な女たちだ。僕は彼女たちの音楽から、引用したパティ・スミス的なパワフルな態度を感じる。音は一様にハードコアで、彼女たちは、愛想笑いのような生ぬるい態度を一切見せない、自由奔放で、怒りたければ怒るし、嘆きたければ嘆く、笑いたければ笑う。やりたいことを貫き通す凄みと強さいうものが音からビシバシ伝わってくる気がする。

 音楽的にも、ダブやラップ、テクノやハウスといったダンス・ミュージック、ノイズや実験的な電子音楽と多彩だ。2007年のアリ・アップの来日ツアーに参加し、ドライ&ヘビーのサポート・メンバーでもあるジャー・アンナの物憂げなダブ"ILLUMINATOR"から幕を開け、その後に続くのは、〈セミニシュケイ〉のイレブンによる〈ON-U〉を彷彿させる硬質で、重厚な"Installation DUB"だ。妖しい雰囲気を演出するラテン・ジャズ風のヒップホップ"Ill sleeping blues"の黒光りのするトラックは、ヒップホップ・グループ、デレラのDJであるヨーコa.k.a.ジルによるものだ。この曲の殺気立ったラップで知られることになるであろうミチノからは、往年のダ・ブラットに通じるやんちゃな魅力を感じる。デレラからは、MCのミホ、ラッパー/シンガーのマクシーも参加している。ルミとシミ・ラボのマリア、クレプトマニアックによる"LA NINA"は、[music video] ♯1で紹介した通り、タイトル曲にふさわしい強力な一発だ。
 ラキラキ・ワズ・真保☆タイディスコの型破りな電子音楽"HIMMEL"から実験的な領域に突入するこのコンピには流れというものがある。サナエによる遊び心のある愉快なサウンド・コラージュ"48stomach to the smell of sense"のインタルードを挟んで、クレプトマニアックのスペーシーなソロ曲"GET UP W"が私たちをディープなところへ引きずりこんでいく。
 そして後半、さらに怒涛の展開が続くのだ! 原発と放射能汚染に翻弄されるこの国で鳴らされるクロスブレッド(リエ・ラムドールとマユコのユニット)の怒りのテクノ・ミュージック"stress test"から世界中を飛び回るDJ、シホ・ザ・パープルヘイズのトライバル・ハウス"gold dust flowers"へ、そして、ノイズ・ロック・バンド、タッジオのドラマー、あらきとくわまんによるユニット、コケティッシュ・マーダー・ガールズの獰猛なエレクトロニック・ミュージック"T.M.W.B.H"から関西アンダーグラウンド・シーンで異彩を放つドッドドの時空を歪めるノイズ"1999"へとなだれこんでいく。ハードにぶっ飛ばし続けて、最後の最後で、ヨーコa.k.a.ジルとマクシーのソウルフルな"he said"が柔らかい着地点を用意してくれる。

 参加アーティストによる個性的なアートワークも面白い。初回限定盤にはクレプトマニアックのアートブックレットがついてくる。
 クラブやライヴハウスの現場に多くの女性の表現者たちがいることを考えれば、『LA NINA』は時代の必然とも言える。このようなコンピが成立するということは、この背後でより多くの才能がひしめき合っているということでもある。また、本作の音にある種の一貫性があるということは、シーンらしきものが存在するということでもある。何よりもこれは、親しみやすくキュートだ。

 9月7日には西麻布の〈イレブン〉で『LA NINA』のリリース・パーティがある。スペシャル・ゲストDJはノブとヒカルで、ザ・レフティ(キラー・ボング+ジューベー)のライヴもあるが、コンピには参加していない女性DJやダンサーやVJも出演する。名前を見れば、デコレーションやフードにも気合いが入っているのがわかる。これは見逃したくない。〔『LA NINA』特設HP https://blacksmoker.net/la-nina/

Self Jupiter & Kenny Segal - ele-king

 新しい音楽は過去の音楽の集積のなかから生まれてくる。ロサンゼルスのビート・シーンのクリエイターはこのことを証明してくれている。マッドリブがそのいい例だ。マッドリブはレコード店の倉庫の片隅に置きっぱなしにされていた古いレコードからサンプリングしたかのような、粒の粗いビートと擦り切れそうな音でもって耳に新鮮に響くトラックを作る。それでもそこには、ただひたすらに時代の先端を追い求めているところはない。古き良き音楽を懐かしみ、楽しんでいるとも思える、おおらかな雰囲気が漂っている。それはビート・シーンのクリエイターが生み出す音楽の特徴でもある。ティーブストキモンスタシュローモの音楽を思い出してみよう。彼らの音楽は新しいのと同時に、古い――という言葉を飛び越える、太古の――と言ってもいいぐらいの、おおらかな雰囲気がある。もちろんジャンルの壁も飛び越えている。新しい音の向こう側には、膨大な数の過去の音楽のかげがある。

 ビルド・アン・アークやアモンコンタクトなどの活動で知られる、プロデューサー/クリエイター/DJのカルロス・ニーニョはロサンゼルスの魅力をたずねられてこう答えている。「すべての良いところは繋がっている。マッドリブがデイデラスをサンプルして、MF・ドゥームがラップするトラックのビートにしたり、ディンテルがヒップホップのトラックを作っていたり。ロサンゼルスでは素晴らしいことがいろいろ起こりつつある」。ヒップホップからエレクトロニカ、クラシックまでを取り込んだデイデラスのトラックにある音を使って、マッドリブがトラックを作り、それがMFドゥームへと渡る。エレクトロニカのクリエイターであるディンテルはヒップホップのトラックを作る。過去の音楽は誰かの手によって掘り起こされ、新しい音楽となって姿を変えて現れる。その中で異なるジャンルの音楽同士、クリエイター同士が交錯する。ロサンゼルスではそんな光景を目にすることができる。

 この作品が生まれたことも、ロサンゼルスで起こったすばらしいことのひとつである。ロサンゼルスのアンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンにおけるレジェンドとも言えるクルー、フリースタイル・フェローシップのMCであるセルフ・ジュピターと、プロデューサー/クリエイターのケニー・シーガルによるユニットの作品。ゲストにはノーキャンドゥやサブタイトル、アブストラクト・ルードなどのMCに加えて、シンゴ02も招かれている。彼らはここでロサンゼルスの古のアンダーグラウンド・ヒップホップと最近のロサンゼルスのビート・シーンを繋いでいる。そしてフライング・ロータスが『ロサンゼルス』や『コスモグランマ』にヒップホップのMCをひとりもフィーチャーせずに、未来に向かっていくような新しいヒップホップを提示したというのであれば、ここでは多くのMCがすばらしいラップを聴かせながら新しいヒップホップを提示している。

 フリースタイル・フェローシップはソウルフルであったり、ジャジーであったりするトラックを展開していた。そのクルーのMCのひとりであるジュピターが、この作品ではそれとはまったくと言っていいほど異なるトラックに挑んでいる。このことはロサンゼルスの人気パーティ、<ロウ・エンド・セオリー>のオーガナイズや、<アルファ・パップ>というレーベルの運営を行っているダディ・ケヴがDJハイヴ(アメリカのドラムンベースDJ)とともにはじめた、<コンクリート・ジャングル>なるパーティにおいて、フリースタイル・フェローシップのマイカ9やピースがドラムンベースのトラックでフリースタイルをした……、という話を思い起こさせる。<コンクリート・ジャングル>はドラムンベースをメインにしたパーティだという。ジュピターはマイカ9やピースとは違うフィールドで自身のスキルを解放している。異なるジャンルに身を置く者同士が交わっている。こんなところにロサンゼルスの音楽シーンに流れているのであろう開放的な空気を感じる。

 ジュピターはアブストラクト・ヒップホップとも、ビート・ミュージックとも、ダウンテンポとも思えるトラックの上に、ドスの利いた声でもって素晴らしいラップを乗せていく。ノサッジ・シングやフリー・ザ・ロボッツ、テイクあたりのロサンゼルスのビートをユルくスローにして、古いジャズやソウルのレコードから拝借したピアノや弦楽器のフレーズなんかを織り込み、ウォンキーを思わせるエレクトロニクスを絡み付けたようなトラックが並んでいる。ダブステップやジューク/フットワークで刻まれている、複雑でせわしないシャープなビートに追い抜かれていく、のっそりとしたビートがゆっくりと進んでいく。古めかしい音と新しめのビートが交錯した、古さと新しさを行ったり来たりする、特異な印象を与えるヒップホップだ。ワルくてコミカルでユーモラスな感覚もある。ジュピターとシーガルはマッドリブと同じように、時代の前に進むことだけを考えているわけではない。たまには過去にも戻りながら、ヒップホップの新しい姿を見せつけている。ゆるやかに時代を行き来する、おおらかな雰囲気がある。この音楽とフリースタイル・フェローシップのメンバーの動きは、様々な音楽とシーン、人物が混ざり合うロサンゼルスの空気を映し出している。


ジョン・フルシアンテ - レター・レファー

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ジョン・フルシアンテ - PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン

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 『レター・レファー(Letur-Lefr)』『PBXファニキュラー・インタグリオ・ゾーン(PBX Funicular Intaglio Zone)』というふたつの作品のリリースをめぐって、ジョン・フルシアンテはその思いを自身のブログに滔々と書き綴っている。「ジョン・フルシアンテ・ドット・コム」に掲載されたその文章は、彼の情熱と熟考のあとを生々しく伝える内容で、ファンのみならずひろく音楽リスナーの間でも話題になっている。

 レッド・ホット・チリ・ペッパーズというモンスター・バンドに在籍し、ことにソングライティングにおいてその音楽性の多くを担ってきたフルシアンテが、そこを脱けてめざした天地はどのような場所か。

 彼は2004年前後からはオブセッシヴなまでに数多のソロ・ワークスをリリースし、さまざまなアーティストと交流しながら腕を磨き、あくまでストイックに自らの目指す音を探求し続けてきた。バイシクル・シーフのジョン・クリングホッファー、マーズ・ヴォルタのオマー・ロドリゲス・ロペス、ヴィンセント・ギャロ。彼らとのイマジナティヴな共同作業を経て、今作に登場するのはMC、RZAやウータン・クラン・ファミリーの若手たちである。音のうえからみても、シンセやドラムン・ベースに彩られたこのキャリアにおける異色作からは、彼がいま目にしているものが過去ではないということが、ひしひしと伝わってくる。

 また、それはたんにロックからエレクトロニック・ミュージックへの転向という単純なモード・チェンジでもない。「シンセ、シーケンサー、ドラム・マシンに対するエキサイトメントをギターにも向けられるようになった」......自らのなすべきことについての真摯な思考と試行の果てに、この数年を音楽のプログラミング修行にあててきた彼が、ふたたびギターに向かい合うという物語までもが、この作品の背景にはふくまれている。

 ブログによれば、作品タイトルには彼の音楽ヴィジョンの一端が象徴として示されているようだ。思弁的な文章じたいも、彼のキャラクターに深く触れることができるものである。国内最速でその翻訳をお届けしよう。


Part.1

みなさん

 新作が2枚リリースされることになった。
 最初に『Letur-Lefr』というEPを、その次に『PBX Funicular Intaglio Zone』というLPがつづく。僕がヴォーカル、すべての楽器の演奏、そしてエンジニアを担当しているんだ。EPには何人か友達がヴォーカルで参加しているんだけど、そのほとんどがMCだ。LPにはゲストがひとり参加しているけど、その他は僕がヴォーカルを担当している。

 僕はこの音楽をプログレッシブ・シンセ・ポップだととらえている。だからと言って、そういうサウンドの作品に仕上がっているというわけではなくて、今作の基本的なアプローチを反映しているということだ。さまざまな音楽スタイルを組み合わせ、エレクトロニック楽器を使うことで、自分独自の音楽フォームをクリエイトしてるんだ。

 『Letur-Lefr』は2010年のもので、『PBX』は2011年に制作された。『Letur-Lefr』はコンピレーションみたいなもので、『PBX』の構想を練っている最中に作った楽曲をセレクトしたものだ。EPの楽曲は連続してレコーディングしたものだ。それぞれの作品は内容がまったくちがうものだから、LPをリリースする前に、“Walls And Doors”という曲をフリー・ダウンロードとして提供する。“Walls And Doors”は『PBX』の7ヶ月前にリリースされたけど、アルバムの方向性を予知していたんだ。“Walls And Doors”は最初はアルバムに入れると思っていたけど、入れない方がアルバムにとってよかった。

 『Letur-Lefr』は7月4日に日本でリリースされ、北米は7月14日、その他の国では7月16日にリリースされる。EPはプレオーダーできるけど、アナログ、CD、カセット、そして32ビット、FLAC、MP3などのフォーマットでこのリンクから購入できる。

 『PBX Funicular Intaglio Zone』は日本で9月12日、北米では9月25日、その他の国では9月24日にリリースされる。『Letur-Lefr』と同様、『PBX Funicular Intaglio Zone』もアナログ、CD、カセット、そして32ビット、FLAC、MP3などのフォーマットでリリースされる。

 『PBX』のプレオーダー・リンクは8月上旬に発表する予定だ。

ありがとう

ジョン

Hello people,

There are two new John Frusciante records coming out. The first is an EP entitled Letur-Lefr, and the second is an LP entitled PBX Funicular Intaglio Zone. I sing, play the instruments and am the engineer. The EP features a few friends on vocals, mostly MC’ing. The LP has one feature, the rest of the vocals being my own.

I consider my music to be Progressive Synth Pop, which says nothing about what it sounds like, but does describe my basic approach. I combine aspects of many styles of music and create my own musical forms by way of electronic instruments.

The tracks on Letur-Lefr are from 2010 and PBX was made in 2011. Letur is a compilation, a selected portion of music I made that year while PBX was conceived as an album, the songs having been recorded in succession. The records are very different from each other, so prior to the release of the LP, I will make available a free download of a song called Walls and Doors. This song pointed the way towards PBX, but was recorded 7 months earlier. I always took it for granted that Walls and Doors would be part of the record, but as it turned out the record was better off without it.

Letur-Lefr will be released in Japan on July 4th, in North America on July 17th, and in the rest of the world on July 16th. You can pre-order the EP, which will be available on vinyl, CD, cassette and in 32 bit, FLAC and MP3 digital formats here https://johnfrusciante.com/letur-lefr/

PBX Funicular Intaglio Zone will be released in Japan on September 12th, in North America on September 25th and in the rest of the world on September 24th. Like Letur-Lefr, PBX Funicular Intaglio Zone will be available on vinyl, CD, cassette and in 32 bit, FLAC and MP3 digital formats.

We will provide a pre-order link for PBX sometime in early August.

- Thanks, John

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Part.2

Album Titles

 「PBX」は内部のコミュニケーション・システムを意味する。自然界だと、ビジネスやオフィスではなく人間の内部にも似たようなシステムがある。「Funicular(フニキュラー)」とは、ふたつのケーブルカーが1本のケーブルに繋がれていて、ひとつのケーブル・カーが上がるときに、もう1台が下がる仕組みのことだ。音楽というのは、さまざまなレベルで常にそれと似たことが起きている。「Intaglio(インタリオ、沈み彫り)」は彫刻におけるひとつのテクニックなのだが、彫刻家が作品の裏側から彫ることで、徐々に見物人には前面から肖像がレリーフで見えるようになる。しかし彫刻家は、前面とは対極のアングルから肖像を彫っているわけだ。僕が魅力を感じる音楽には、これに似たアプローチが取り入れられていて、このアプローチが多ければ多いほど好きになるのだ。「Zone」は、自分の感情と身の回りの環境が一体化し、他の世界がすべて消えてしまう心理状態のことだ。この4つの言葉を組み合わせることで、僕のクリエイティブ・プロセスを深いところまで描写できるのだ。

 「Letur-Lefr(レター・レファー)」という言葉は、ふたつの異なるものが連結部分によってひとつになることを意味している。それは、アルバムの1曲目がアルバムの最終曲の続編であることに象徴されている。

PBX refers to an internal communication system. There is a natural version of this, wherein the “business or office” is a person. A funicular involves two trams connected by a cable, one going up while the other goes down. All music perpetually does this on many levels simultaneously. Intaglio is a technique in sculpture where one works on the opposite side of the image, whereby the image will eventually appear to the spectator in relief, but the angle the sculptor works from is the negation of that. In music that I like, an approach analogous to this was employed, the more so the better. Zone refers to a state of mind wherein the rest of the world seemingly disappears, and nothing matters but the union of one’s immediate surroundings with one’s feelings. These four words linked together go far to describing my creative process.

Letur-Lefr for me signifies the transition of two becoming one, notably symbolized by the first song on the album being the sequel to the album’s last.



Part.3

My Recent History

 エレクトロニック・ミュージックを作り、エンジニア作業もすべて自分で手掛けたいという夢を実現することに、5年前から真剣に取り組みはじめた。その10年前から、僕はさまざまなタイプのシンセサイザー・ミュージックやサンプリング・ミュージックを模倣してギターをプレイしていた。マシンの言語は、マシンをプログラミングする人に新たな音楽ボキャブラリーを与えたことに気がついた。過去22年間に生み出されたエレクトロニック・ミュージックは、新たなリズム、メロディ、ハーモニーの原理を導入した。以前はプログラミングで作られたエレクトロニック・ミュージックを聴いても、どのようなプロセスで曲が作られたかが解明できなかった。80年代のマシンや、90年代のトラッカー・ソフトウェアを熟知している人たちは、理論的なアプローチでプログラミングをしていたが、僕がポップ/ロック、ジャズ、クラシックから知っていた理論とはちがう体系のものだった。手と楽器の密接な関係性は、ミュージシャンが作り出す音楽の基礎となっているが、ポップ/ロックを演奏する上で、自分の頭が手によってコントロールされている傾向が強いことに気づいて、それを修正したいと強く願っていた。マシンの知能と人間の知能が刺激し合って、その相互作用によって生まれる音楽に僕は強い関心を抱くようになった。

 2007年から僕はアシッドハウスで使用される機材やハードウェアのプログラミングを学ぶようになった。7ヶ月間は何もレコーディングしなかった。その後は、10個の機材を同期させ、ミキサーに通してCDバーナーに録音するようになった。最初は実験的アシッドハウス・ミュージックを作っていたが、ロック・ミュージックで学んだスキルはいっさい使わなかった。僕は伝統的なソングライティングに興味を失って、音楽をクリエイトする新たな方法を見つけたいと感じていた。マシンに囲まれ、次々とマシンをプログラミングし、その興味深いプロセスを楽しんだ。それまでは筋肉を使って楽器を演奏していたが、同様に数字を使ってマシンをプログラミングする作業が楽しくなった。数学的で理論的な方法でリズム、メロディ、サウンドに取り組むようになったため、これまで無意識に使っていたスキルが徐々に意識的になった。

 その後は2人の友人と演奏するようになったわけだが、これまでひとりでリビング・ルームでやっていたことを仲間とやるようになった。この編成はいまでも僕の性分に合うバンドだと考えている。

 仲間と演奏するようになった直後から、僕はコンピューターを使用するようになった。最初は、僕がハードウェアで作り出していた音をレコーディングするためにコンピューターを使っているだけだったが、徐々にコンピューターがメインの楽器になった。僕の制作方法と考え方に特化した理想的なスタジオも同時に作り始めた(この作業は今も進行中)。この時期に作っていた音楽はCDバーナーに録音していた音楽よりも冒険的なインスト・アシッドハウスだった。コンピューターで2曲レコーディングしてから、自分が作り出している新しい音楽が“プログレッシヴ・シンセ・ポップ”という言葉にふさわしいと感じはじめた。当時作っていた音楽では、アシッドが中心的要素だった。

 1年ほどコンピューターを音楽制作に使うようになってから、自分のヴォーカルを導入するようになった。それまでは、ギターとヴォーカルをエレクトロニックに取り入れたくないと考えていた。僕が大好きなタイプのエレクトロニックのルールに基づいた音楽を作りたいと思っていたからだ。ギターとヴォーカルをエレクトロニック・ミュージックとミックスすると、以前僕がやっていたポップ/ロック・ミュージックのソングライティングとギターのルールに戻ってしまうから、避けたかった。エレクトロニック・ミュージックをギターやヴォーカルとブレンドしたら、エレクトロニクスが僕の曲、ヴォーカル、ギターの補助的な役割になってしまうと考えていた。そのアイデアには不快感を覚えた。僕はロック・ミュージシャンとしての経験が長かったので、ロックのルールが優先されてしまい、新しいことを発見するペースが遅れてしまうと考えていた。“ルール”という言葉を使うときは、特定の音楽スタイルを定義づけ、その境界線を設定する根本的原理や抽象的現象を指しているわけであって、その境界線のなかで人間はクリエイティブな探求をしているわけだ。

 ソングライティングは続けていたが、必要性を感じたときに、そしてその方法で表現しなければいけないときに曲を書くようにしていた。僕は長年、曲を量産することでソングライティングのスキルを磨くものだと考えていたが、それが違うということに気がついた。最近は、ソングライティングというのは呼吸のように、自然に起きるものだということが分かった。最初のうちは、事前に作曲した曲をレコーディングする作業が窮屈のように思えたが、新たな曲作りのメソッドを吸収し、プログラミングのスキルとスピードも上達していたので、インストを作っていたときと同じくらいヴォーカルとギター入りの曲のレコーディングが楽しくなった。この時期に『Letur-Lefr』の曲をレコーディングし始めた。このときはまだロックの要素は遠ざけていたが、R&Bとヒップホップは自然と僕がやりたかった音楽にブレンドできることがわかった。ソングライティングとプログラミングを統合する上で、R&Bは有効な方法だということに気がついた。ヴォーカルがインスト・トラックを支える曲作りの方法を見つけることができたわけだが、その逆ではないことが僕にとって重要だった。

 この時期が経過すると、僕は新たなアプローチでギターを演奏するコンセプトを練り始めた。そのために定期的な練習が必要だった。その数年前は、レイヴやシンセ・ポップのレコードに合わせて練習することが多かった。僕がやりたかった音楽では必要性を感じていなかったため、ギターを演奏するための筋肉を訓練させるような練習はしたくなかった。僕の妻のセカンド・アルバムで特定の演奏法がしたかったので、定期的に練習していた。しかし、その後に僕はまったく新しいギター演奏のアプローチを発見することができた。僕のメインのエレクトロニック楽器はMC-202だったが、最初の頃は202をプログラミングするときは、ギターの知識を使ってプログラミングしていた。しかし、長く202を使ったことで、僕のギタリストとしての知識と202奏者としての知識が同じレベルになり、僕のギター演奏が202のプログラミング方法に影響されるようになっていた。ギターを演奏するとき、ロック・ミュージシャンとしての指と筋肉の使い方から完全に離れることができるようになっていた。違うギターに変えたということもあるが(Yamaha SG)、202を使うときは指のポジションによって音符を演奏するわけではないので、そのアプローチによってギターを演奏する新しいアイデアが芽生えていた。この時点から、ギターが完全に僕がやろうとしている新しい音楽と一体になった。ギターに対する新しいアプローチが見つかり、音を加工する新たなテクニックを吸収していたので、シンセ、シーケンサー、ドラム・マシンに対するエキサイトメントをギターにも向けられるようになった。したがって、僕はロック/ポップスの音楽理論を他の好きな音楽要素と同じように、僕の音楽に応用できるようになった。考え方が変化したので、クリシェを避けることを意識する必要もなくなった。新しい癖が身についていたので、そこから様々な新しい音楽的方向に進むことができた。古い癖は完全に捨て去っていた。コンピューターも完全に僕にとって楽器になっていたので、ドラムンベース(そしてその他の作りたかった音楽的スタイル)も僕の音楽に完全に取り入れられるようになっていた。この時期から、僕は過去のエンジニアリング・スタイルを理解できるようになっていたので、新旧のプロダクション・スタイルを、様々な音楽スタイルと同様に組み合わせられるようになった。数ヶ月が経過すると、僕は『PBX Funicular Intaglio Zone』をレコーディングし始めた。何年間も僕は1曲ずつ制作するアプローチをとっていたが、新たなプロダクションの経験を積んだことで、ひとつの作品のコンセプトの中で完全に没頭しながら制作できるようになっていた。この時期から僕が長らく求めていたバランスを見つけることができた。ボーカルと曲の構造があっても、ミュージシャンとして完全に自由でいられる境地に達していた。

 『PBX』では僕が何年も前に頭の中で想像していた音楽的要素の組み合わせが実現しているが、当時はどうやって形にすればいいか分からなかった。純粋に音楽に取り組むチャンスを与えられたことが幸運だと思っているし、音楽ビジネスの中に長年いても、音楽に集中することができたことに感謝している。僕は長年レコードを聴きながら演奏したり、曲を書いたり、夢見ることにほとんどの時間を費やすことができた。それを手助けしてくれた人々にとても感謝している。

 最後に、アシッド・ミュージックは僕にとってよい出発点となった。そこから徐々に、僕はワンマン・バンドとしてあらゆる音楽的スタイルを自由に組み合わせられるようになったわけだから。

ジョン

I started being serious about following my dream to make electronic music, and to be my own engineer, five years ago. For the 10 years prior to that, I had been playing guitar along with a wide range of different types of programmed synthesizer and sample based music, emulating as best as I could, what I heard. I found that the languages machines forced programmers to think in had caused them to discover a new musical vocabulary. The various forms of electronically generated music, particularly in the last 22 years, have introduced many new principles of rhythm, melody, and harmony. I would learn what someone had programmed but their thought process eluded me. Programmers, particularly ones fluent on machines from the early 80s and/or tracker programs from the 90s, clearly had a theoretical foundation in their employ but it was not the theory I knew from pop/rock, jazz or classical. The hands relationship to the instrument accounts for so much of why musicians do what they do, and I had come to feel that in pop/rock my mind was often being overpowered by my hand, which I had a strong desire to correct. I was obsessed with music where machine intelligence and human intelligence seemed to be bouncing off one another, each expanding with the incorporation of what it received from the other.

In 2007 I started to learn how to program all the instruments we associate with Acid House music and some other hardware. For about 7 months I didn’t record anything. Then I started recording, playing 10 or so synced machines through a small mixer into a CD burner. This was all experimental Acid House, my skills at making rock music playing no part in it whatsoever. I had lost interest in traditional songwriting and I was excited about finding new methods for creating music. I’d surround myself with machines, program one and then another and enjoy what was a fascinating process from beginning to end. I was so excited by the method of using numbers much in the same way I’d used my muscles all my life. Skills that had previously been applied by my subconscious were gradually becoming conscious, by virtue of having numerical theoretical means of thinking about rhythm, melody and sound.

Then I began a musical relationship with two friends, wherein I could do basically the same thing I had been doing in my living room, only with other people. This continues to be a band which is perfectly congruent with my nature.

Right after we started playing together I started using a computer. Initially it was just something to record what I was doing with hardware but it eventually became one of my main instruments. I gradually built up a studio ideally set up for the specific ways I work and think (this is a continual work in progress). The music I did at this stage was a more adventurous kind of instrumental Acid House than what I’d been doing onto CD, and by the time I recorded my second song on a computer, I was aware that Progressive Synth Pop was an accurate description of what I was doing. Acid was nevertheless the central musical style involved.

After a year or so on the computer, I occasionally began using my voice again. Prior to this, incorporating guitar and singing had posed a problem because I wanted to make music based on the rules, as I perceived them ? inherent in the various kinds of electronic music I loved ? and did not want to blend this with what I previously did with songwriting and guitar wherein many rules of pop/ rock music would then naturally be employed. If I’d attempted to blend the two at that time my electronics would have served as support to my songs, voice, and guitar. This idea was repugnant to me. Because I was so much more developed as a rock musician, rocks characteristics and rules would have dominated, thereby slowing down the rate at which I was discovering new things. To be clear, when I say rules, I mean the underlying principles and abstract phenomena which define a particular style, marking its boundaries and limits, within which exists an area proven to be worthy of human creative investigation.

I continued to write songs, but only when I had to out of necessity, because something had to be expressed that way. I no longer looked at songwriting as a craft to prolifically hone, as I had for so long. In these recent years, it is just something that happens sometimes, a natural thing, like breathing. At first, recording pre-written songs felt like a restriction, but I eventually found myself having acquired enough new work methods of my own and enough skill and speed at programming that when I recorded a pre-written song I had as much fun as when I made instrumentals. This is the point at which the tracks on Letur-Lefr were recorded. I was still steering clear of most rock music characteristics, but R&B and Hip Hop were blending well with the various types of music I was combining. R&B seemed to me a path through which to integrate my songwriting with my programming, being that I could do it in such a way that the song served as support for the things I was doing instrumentally ? and not the other way around ? which was very important to me.

As this phase passed, I began developing a concept for a new approach to playing guitar, which required regular practice. For the preceding couple of years, practice consisted of playing along with this or that Rave or Synth Pop record or whatever. I didn’t see a point in developing my playing musculature-wise because there was no call for that kind of playing in my music. I originally was practicing in a disciplined manner because I wanted to play a specific way on my wife’s second record. But I found an approach to the instrument, which was brand new for me, in which I saw a lot of room to grow. My main melodic electronic instrument being the MC-202, I had gone through a long period where my knowledge of guitar informed much of my 202 programming. But I had now reached a point where I thought as much like a 202ist as I did a guitarist, and my guitar playing was now being informed by my knowledge of the 202. I was using the muscles I was developing in a way completely divorced from the way I used them as a rock musician, partially because I switched to a different type of guitar (a Yamaha SG), but mainly because my musical ideas stemmed from my understanding of an instrument on which the choice of notes is not limited by the position of ones hand. So at this point guitar became fully integrated into my music. The combination of having a new approach to the instrument, combined with all the ways I was now well versed at processing sound, resulted in my having the same excitement about guitar that I had long had for my synths, sequencers and drum machines. This, and other factors, resulted in my being able to pick and choose specific musical principles from rock/pop to apply to my music, just as I had been applying specific aspects of every other type of music I love. I no longer had to be concerned with avoiding cliches because I just didn’t think that way anymore. I had developed new habits which were taking me all kinds of new places, and the old habits were now foreign to me. Also the computer had now become an instrument for me, so Drum n’ Bass (as well as a number of other styles I’d been reaching for) had now become fully integrated into my music. At this point, I also had begun to grasp the characteristics of engineering styles of the past, allowing me to combine aspects of old and modern styles of production just as I’d been combining different styles of music.

A few months into this period, I began the recording of PBX Funicular Intaglio Zone. For years I had just approached everything one song at a time, but my experience in production now allowed me to comfortably work within a record concept while remaining completely absorbed in the process. By this time, I had found the balance that I’d been searching for, wherein the presence of a vocal and the structure of a written song actually provided me with additional freedoms as a musician.

Aspects of PBX are the realization of combinations of styles of music I saw in my head many years ago, as potentials, but which I had no idea how to execute. I’m so happy that I’ve had the opportunity to focus exclusively on music for music’s sake, and also so thankful that I got to spend all those years active in the music business whilst keeping my head in music all the time. I was free to spend most of my time playing along with records, writing, and dreaming. I have so much gratitude for everyone who made that possible.

In summary, Acid served as a good starting point for me, very gradually leading me to be able to combine whatever styles of music I want, as a one man band.

- John

(訳:バルーチャ・ハシム)

NHK yx Koyxen - ele-king

例えばこんな感じのを聴いたりしますが, 10個選ぶとか難しかったので順位は適当+曲名とアルバムタイトルが入り乱れているのは、聴き方の偏りがあるからです。

(photo by AOKI Takamasa)

NHK Bells on Chart


1
Morton Feldman- Morton Feldman - Edition RZ

2
Conrad Schnitzler - CON - Paragon Records

3
Panasonic - Vakio - Blast first

4
Robert Ashley - Automatic Writing - Lovely Records

5
Lego feet - SKA001CD - Skam Records

6
Anti Pop Consortium - Stretch Time - Blackhoodz

7
Drum Circle - trying_01 - Demo

8
Fairuz - Sakan el Layl - ?

9
Sensational - Cipher - Wordsound

10
NHK Koyxen - Dance Classics - PAN

[music video] ♯2 - ele-king

Givvn - One Day (In The City)(DEMO)



 リリックに山下達郎の歌詞が引用されているからそう感じたのか、山下達郎"Dancer"をイエスタデイズ・ニュー・クインテット(マッドリブ)が大胆にリミックスしたようなクールな曲だ。が、このグルーヴィーなトラックの作者は、中盤からソウルフルな歌声を響かせ、ふてぶてしい表情でラップをかますギヴン(Given)という日本人のアーティストで、タイトルに(DEMO)とエクスキューズがついている通り、数日前にyoutubeにアップされて世に出ている。現段階で再生回数が574回であるのが信じられないほど、ある意味で、彼のアートは成熟している。
 ところで、この、ラップもトラックメイキングもこなすギヴンは、DJ/トラックメイカーのティー・ラグ(tee-rug)とロウパス(LowPass)というヒップホップ・デュオを組んでいる。彼らはまだ22、23歳の新人だ。彼らが昨年末に発表したデビュー・アルバム『Where are you going?』と今年3月にインターネットで無料配信した『Interludes from"Where are you going?"』は、新旧のブラック・ミュージック・ファンを同時に唸らせるであろうブリリアントな魅力を有している。ベースは心地良くうねり、マーヴィン・ゲイ『I Want You』が引用される。アフロ・ファンクやブラジル音楽の要素もある。また、ロウパスの音楽には、〈ストーンズ・スロウ〉に通じるソウルがあり、元カンパニー・フロウのエル・Pが主宰する〈デフ・ジャックス〉を思わせる、謎めいたムードがある。ちなみに、QNとシミ・ラボのオムスビーツは、ロウパスのアルバムの1曲に参加している。彼らのアルバムの曲のいくつかはyoutubeでも聴ける。
 では、最後のオマケにもう1曲。ギヴンがラップし、Mirugaiという謎のトラックメイカーがプロデュースしたQN"Ghost"(『New Country』収録)のカヴァー。なんともかっこいいコズミック・エレクトロ・ファンクじゃないか!

Ghost (QN Cover)



Ghost (QN Cover) by Mirugai feat. Given from LowPass.
Prod. by Mirugai.

Sensational meets koyxeи Japan tour 2012 - ele-king

 野蛮人が来日する。センセーショナル、人は彼をラップ界のリー・ペリーと呼ぶ。ラップ界には、ある意味ではかなりの数のリー・ペリーがいるかもしれない。その強豪揃いのシーンのなかにあって、センセーショナルはよほどのことがあるからそう呼ばれている。音楽ライターのスペクターがはじめた〈ワードサウンド〉は、IDMとヒップホップの水を埋めたレーベルだが、1997年、1999年と、そこから出た最初の2枚はぶっ飛ぶためだけに生きている男の美しい記録として忘れがたい。


Scotch Bonnet

 NHK名義で知られる、大阪人かつベルリン人のコーヘイ・マツナガは、2006年に最初のコラボレーション・アルバム『Sensational Meets Kouhei』を〈ワードサウンド〉から出すと、2010年にはマンチェスターの〈スカム〉(ゲスコムのメンバーによる)から『Sensational Meets Koyxeи』も出している。つい先日も、NHKはセンショーナルとDJスコッチエッグと一緒にヨーロッパをツアーしている。

 今回は、センセーショナル+コーヘイ以外には、言わずと知れた才人Scotch Bonnet(DJスコッチエッグ)、そして大阪ではAOKI Takamasa(ele-kingは彼の音楽が大好きです)、東京では中原昌也(『エーガ界に捧ぐ(完全版)』を出したばかり!)、そしてこれまた注目のKakato ( 鎮座Dopeness x 環Roy )が出演する!
 そして、センセーショナルとNHK、DJスコッチエッグは9月12日(水)21:00~@DOMMUNE、あります。前半、この伝説の奇人に編集部野田がインタヴューします。

Sensational (ex, Jungle Brothers aka Torture)
 Tortureの名前で活動していた頃、Jungle Brothersとして94年の3作目『JBeez Wit Da Remedy』に参加、そして彼の伝説ははじまった。
 芸術家はいつの時代も気ちがいじみた特質性、風変わりな人柄に富んでいるが、sensationalは他に類を見ない正に唯一無二の超オリジナルなラッパーだ。95年、Sensationalに改名しソロアルバム『Loaded With Power』(WSCD022) 、3作目のアルバム『Heavyweighter』 (WSCD037)をリリースした頃には、NY『タイムアウト』誌で「Sensational is underground hip-hop's number one upstart-in-waiting(待ちに待ったヒップホップ・アンダーグラウンド界のNo.1の成り上がりMC)」と称された。多くのラッパーがサンプリングを使うなか、彼はすべてオリジナルトラックで臨み、そのブレイクビーツに乗せた彼の鈍りきったフロウ、詩のように優美なフロウがILLなヘッズを虜にしている、まさに伝説の奇人!

Scotch Bonnet ( Scotch Egg / Berlin )
 DJ Scotch BonnetはDJ Scotch Eggとして活動するUK在住の日本人、本名「シゲ」の新プロジェクト。ヨーロッパを中心に活動。活動の初期はガバ~ブレイクコア~チップチューンを演奏する次々世代のテクノアーティストとしてブレイクコアのアーティストを多数輩出している〈ADAADAT〉〈wong music〉から2枚のアルバムと7インチ、10インチのアナログシングルを各1枚ずつリリースしている。ATARI TEENAGE RIOT /ALEC EMPIREとのヨーロッパツアーで頭角を現わし、その後μ-ziq / APHEX TWIN/ Bong-ra. /VENETIAN SNARES等、ブレイクコアや異端テクノ系のビッグネームと多数共演、UKでは2ndアルバムリリース時に英国ラジオ局BBCが彼の特別番組を放送する等、ほぼ毎日行われるGIGでヨーロッパ全土を席巻し、注目の的となっている。マンチェスターの「FUTURE SONIC FESTIVAL」やロンドンで行われるエレクトロニック・ミュージックの祭典「GLADE FESTIVAL」、70年代から続く老舗巨大フェス「Glastonbury festival」など多数のフェスティヴァルに出演。

■大阪公演at Conpass
9月14日 (金)
18:30 open / 19:00 start

Sensational meets koyxeи ( ex, Jungle Brothers + NHK )

DJ Scotch Bonnet ( aka DJ Scotch Egg / small but hard / Berlin )
Jemapur ( Saluut, Beta, Phaseworks )
Yuki Aoe ( concept )
DJ AOKI Takamasa
DJ Kouhei Matsunaga

ADV 2500 . DOOR 3000
https://www.conpass.jp


■東京公演at Super deluxe
9月16日(日・祝日前)
19:30 open / 20:00 start

Sensational meets koyxeи ( ex, Jungle Brothers + NHK )

Kakato ( 鎮座Dopeness x 環Roy )
DJ Scotch Bonnet ( aka DJ Scotch Egg / small but hard / Berlin )
Jemapur ( Saluut, Beta, Phaseworks )
DJ NHK fm
DJ 中原昌也

ADV 2800 . DOOR 3500
https://www.sdlx.jp/2012/9/16



https://koyxen.blogspot.com
https://nhkweb.info
https://twitter.com/kouheimatsunaga

interview with Mala - ele-king

E王
Mala - Mala in Cuba
Brownwood Recordings / ビート

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 これはロマンスである。冒険であり、成熟でもある。多くのダブステッパーはベルリン、アメリカに行った。アフリカを選んだ連中もいる。昨年のDRCミュージックの『キンシャサ・ワン・トゥ』、今年の『シャンガーン・シェイク』のような作品は、21世紀のワールド・ミュージックのあり方の一例となった。
 マーラはキューバに行った。その結実として生まれた『マーラ・イン・キューバ』は、今日のDJカルチャーによるベストな1枚となった。これは大げさな表現ではない。プロデューサーのジャイルス・ピーターソンは、1990年代に彼がロニ・サイズや4ヒーローで実現させたことを、マーラというダブステップ界の英雄の才能、そして、彼の努力を信じることで再度成功させた。ピーターソンはまさに鉱脈を掘り当てたと言える。
 "Introduction"の打楽器によるシンコペーション、ピアニストのロベルト・フォンセカによる穏やかなコードの重なりは、この名作のはじまりに相応しく美しい。ロンドン郊外の冷たいコンクリートの地下室で生まれたアンダーグラウンド・ミュージックがカリブ海諸島でもっとも大きな島、多彩なリズムを擁するキューバと結ぶばれたのだ。
 
 マーラのバイオグラフィーを簡単に紹介しよう。ダブステップのオリジナル世代で、コード9と並ぶ硬派、伝説的レーベル〈DMZ〉のメンバー、デジタル・ミスティックズ名義で作品を出し、ゴス・トラッドの作品をリリースしている〈ディープ・メディ〉の主宰者でもある。
 マーラの作風は、レゲエからの影響を反映していることで知られているので、カリブ海とは必ずしも遠いわけではない。が、サルサのリズムがダークなベース・ミュージックとどのように交流し、混合されるのかは未踏の領域だった。ジャイルス・ピーターソンのような知識豊富なプロデューサーがついているとはいえ、勇気を要する挑戦だったろう。以下の取材においてもマーラは、彼自身がキューバ文化に関して無知だったことを正直に明かしている。
 たとえば"Changuito"、この曲ではシンコペートするカウベルの音からはじまり、しばらくするとド迫力でダブステップのビートが挿入される。このシンプルな構造には、しかし激烈な移転の魅力がある。このような見事な雑食性は、"Mulata"のようなサルサのピアノを注いだ曲をはじめ、アルバムの一貫した態度となっている。無理矢理日照時間を引き延ばすわけでもないが、真夜中の美学で統一されているわけでもない。マーラはその両者の反響を手際よく捉えている。スペイン語の歌が入った"Como Como"は前半のハイライトのひとつだが、こうした不安定な異国情緒は、ラロ・シフリン(映画音楽で知られる)の領域にまで接近している。

 DJカルチャーらしい大胆なミキシング......つねにそこには多彩なリズムがあり、低周波が響いている。"Calle F"はラテン・ジャズのベース・ヴァージョンだし、マーラ自身もお気に入りだという"Ghost"にいたっては、リズム・イズ・リズムの"アイコン"のリズミックな恍惚とも近しい。宝石のようなアルバムが欲しいかい? ここにあります!

キューバについて実はあまり知らなかったんだ。キューバ音楽といえば、多くの人が知っている『ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ』くらいのもので、音楽のことも文化のことも、ほとんど何も知らなかった。

あなたのバックボーンにレゲエがあるのは有名な話ですが、同じカリブ海とはいえキューバは言葉も文化も違います。キューバの文化や歴史に関してどう思っていましたか?

マーラ:実はあまり知らなかったんだ。キューバ音楽といえば、多くの人が知っている『ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ(Buena Vista Social Club)』くらいのもので、キューバ音楽のことも、キューバ文化のことも、ほとんど何も知らなかった。

ジャイルス・ピーターソンとの出会いについて話してもらえますか? 彼からはどのようなアプローチがあったんでしょう?

マーラ:ジャイルスとは、彼のBBCラジオ番組でインタヴューを受けたり、〈ブラウンウッド(Brownswood)〉のポッドキャストに出演したりしたことが数回あったのと、以前から僕の音楽をプレイしてくれていたし、イヴェントで共演したこともあったから、お互いのことはよく知っていた。けれども直接制作で直接関わることはなかったから意外だったね。
 ある晩に突然電話がかかってきて、「キューバで『ハバナ・カルチュラ(Havana Cultura)』というアルバムを作るんだが、少し趣の違うアーティストを入れたいから、一緒にキューバに来ないか?」と声をかけてくれた。それが最初で、一度ロンドン・ブリッジの近くのパブで会って、ギネスを飲みながら、プロジェクトについて話し合ったんだ。そのときに彼が知っているキューバの話をしてくれて、僕は逆にキューバのことは何も知らないことを伝えた。話を聞いたら、とても誠実なプロジェクトだと感じて、それに誘ってもらえたことをありがたく思って、2011年の1月に最初のキューバ訪問に出かけたんだよ。

彼は長いあいだ、世界のクラブ・ジャズ・シーンをリードしている人物ですが、あなたから見てジャイルスの良さはどこにあると思いますか?

マーラ:ジャイルス・ピーターソンのような人物は、本当に音楽にとって重要だ。これまで素晴らしい功績を残していて、素晴らしいミュージシャンたちと仕事をしてきただけでなく、つねに最先端で、気持ちが若々しい。彼はつねに新しい切り口や、新しい音楽、新しいアーティスト、新しい音楽の紹介の仕方を考えている人。ジャイルス・ピーターソンみたいな人はそういない。僕の知っているなかで近い存在といえばフランソワ・Kもそういう人だね。年齢はずっと上だけど、音楽に対する考え方はとても先駆的で、古いやり方にとらわれていない。
 とにかくジャイルスと一緒に仕事が出来たことは幸運だと思っているし、彼は僕がこのアルバムを制作していた1年のあいだ、とても辛抱強く見守ってくれた。ジャイルスはずっと僕の作った音楽を楽しんでくれていた人だから、僕は別に誰かに認められたいと思っているわけじゃないけれど、自分のやっていることに自信を持たせてくれた。誰でもそう思わせてくれるわけじゃないからね、ジャイルスのこれまでの歴史があるからこそそう思わせてくれる。彼は根っからの「ミュージック・マン」。そんな彼に信頼してもらえて本当に嬉しく思うし、ジャイルスとは生きている限り、いい友人でいられるんじゃないかな! プロジェクトが終わったからといってなくなる関係ではなく、一生続いていくものだと思う。

最初このプロジェクトに誘われたとき、あなたに迷いはなかったでしょうか?

マーラ:誘われたときにすぐ「やりたい」と思ったよ。だから、すぐにやる気があることを伝えたけど、そう返事してから、家族や友だちにプロジェクトのことを話してどう思うか意見は聞いた。でも、絶対に逃してはいけない機会だと最初から思ったよ。こういう企画はそう頻繁にあるものではないし、むしろ一生に1回あるかないかのチャンスだ。それくらい、大きな意味があるものとして受け止めた。僕の慣れ親しんだものとはまったく違うから、冒険でもあったけど、ときにはそういうものに飛び込んでみるべきだと思った。

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ダブステップに興味は持ってくれたね。ベースの大きさに驚いていたのは間違いないけど(笑)。エンジニアが、「こんな低い周波数をどうやって歪まないように録音するんだ?」って不思議がっていた。彼らが聴き慣れている音楽とはだいぶ違ったと思う。

E王
Mala - Mala in Cuba
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実際、ハバナで体験したことについて教えてください。印象に残っていること、感銘を受けたことはなんでしたか?

マーラ:キューバでは本当に印象に残る体験をたくさんしたんだけど、例えば、僕が作ったトラックをスタジオで流していたときにダナイがそれを聴いて、「この曲私にちょうだい」というので渡したら、翌日それに合わせて歌詞を書いて来て、すぐに録音した。こういう体験だけでも、僕にとってはとても新鮮だった。これまでヴォーカリストと一緒に曲を作ったことはほとんどなかったから。しかもスペイン語で歌う歌手なんてね。彼女の歌詞の意味はわからないけど、でも雰囲気で伝わることがたくさんある。あれはハイライトと呼べる瞬間のひとつだった。
 もうひとつは、ある夜にジャイルスと僕がホーム・パーティに呼ばれてプレイしていたときに、男性がやって来て「一緒にプレイしていいか?」と聞かれたんだけどどういう意味かわからなくて、MCでもするのかと思ったら、トランペットを出して来た。「いいよ、どうぞどうぞ」と言ったら、僕のトラックに合わせて演奏し出した。それがとても良かったから、「明日スタジオに来ないか?」と誘ったんだ。そしたら実際に来てくれて、アルバム中の2曲で彼のトランペットがフィーチャーされてる。もしそのパーティに僕たちが出ていなかったら、彼が参加することもなかったわけだから、特別なことだったと思う。
 あとは、ドブレ・フィロ(Doble Filo)というキューバのヒップホップ・グループのエドガロ(Edgaro)とイラーク(Yrak)というラッパーの家に遊びに行ったら、小さな煉瓦造りの家で、中庭でラップトップ、ドラマー、ベーシスト、ギタリストとキーボーディストがいてリハーサルをしていた。その光景だけでもとても印象に残ったし、キューバはとてもカラフルな場所でどの場面を切り取っても絵になるし、ストーリーがある。他にも思い出はたくさんあり過ぎて話しきれないけどね!
 それに、町中には、たくさんの音楽が溢れている。

どのぐらいの滞在で、具体的にはあなたはどのようなセッションをしたのでしょうか? あなたはビートを作って、そこに現地の演奏を録音していったんですか? 

マーラ:キューバには合計で3回行ったけど、毎回1週間ほどの滞在だった。1回目は10日間だったかもしれないな。3回目は最近だったんだけど、それは(制作ではなく)プレイしに行ったんだよね。
 1回目のキューバ訪問の際に、ロベルト・フォンセカ・バンドが、約15種類のキューバン・リズムを僕のために録音してくれた。ロベルト・フォンセカはピアニストで、他にドラム(ラムセス・ロドリゲス)、コンガ(ヤロルディ・アブレウ)、ベース(オマー・ゴンザレス)がいた。それに、キューバの有名なティンバレス奏者であるチャンギートに参加してもらった曲もある。あと、"Calle F"という曲ではトランペット奏者(フリオ・リギル)にも参加してもらった。基本的には、キューバで彼らの演奏を録音し、それを僕が自分のスタジオに持ち帰って、僕がその素材を使ってアルバムにまとめたんだ。

作業自体はスムーズにいきましたか?

マーラ:難しかったことはたくさんあったけど、もっとも苦労したのは、開始してから9ヶ月くらい経って、録音した素材とひとりでスタジオで格闘していたときかな。僕はこれまで、完成品のイメージを事前に持って曲を作ったことがなかった。普段はとにかくスタジオに行って、やっているうちにかたちが出来ていって曲が完成するという風に作っていた。でも、これだけたくさんの素材を前に、それから何か作らなければいけないということだけ決まっていて、実際に何をしたらいいのかわからなくなってしまった。客観性を持てなくなったというのかな。そういう体験をしたことがなかったから、新たな挑戦だった。
 僕にとって音楽作りは迷路のようなもので、ゴールに辿り着くためにはいろんな経路を辿ることができる。でも、どれか道を進んでみないと、それが正しいかどうかはわからない。間違っていたら突き当たってしまい、また同じ道を逆戻りすることになる。でも、その迷路自体を自分が作っていて、自分で作った迷路のなかで迷子になってしまったような感覚だった。その過程で、何度かジャイルスや〈ブラウンウッド〉に「行き詰まってしまって、完成させられるかどうか分からない」なんて連絡したこともあったよ(笑)。そのときに、ジャイルスとも仕事をしたことがあって、僕の友人でもあるプロデューサーのシンバッドが手を貸してくれた。何度もスタジオに来てくれて、僕がやったものを聴いて客観的な意見をくれた。何曲かは共同プロデュースになっている。ミックスも一緒にやった。彼の協力は本当に有り難かった。彼のお陰でどんなアルバムにすればいいのか、より明確なイメージを掴むことができたよ。

キューバのミュージシャン、キューバの人たちはダブステップのことを知っていましたか? 

マーラ:興味は持ってくれたね。ベースの大きさに驚いていたのは間違いないけど(笑)。ロベルト・フォンセカのエンジニアが、「こんな低い周波数をどうやって歪まないように録音するんだ?」って不思議がっていた。彼らが聴き慣れている音楽とはだいぶ違ったと思うけど、ロベルト・フォンセカと彼のバンドは世界中をツアーしているから、エレクトロニック・ミュージックにも触れているし、平均的なインターネットを使えないし外国にも行けないキューバ国民より、いろんな音楽を知っている。

アルバムの冒頭に入っている言葉は何を言ってるんですか?

マーラ:ははは。あれね、実は僕も何を言っているのかずっとわからなかったんだよ。スペイン語だしね。彼が言っているのは、「僕たちの音楽は止めようとしても止まらない、こういう風にもできるし、ああいう風にもできる......」というようなこと。この言葉を冒頭に持って来たのは、最初に「ハロー」って入っているだろ?あれを家で流したときに、息子が聞いて「ハロー」って返事をしたんだ(笑)。だからアルバムのはじまりにちょうどいいかと思って。喋っているのはコンガのプレーヤーなんだけど、実際にセッションのはじまりに、少し話しながらウォームアップしていく感じが、アルバムのイントロとして相応しいように感じたんだ。

アルバムの曲で、あなた個人のお気に入りはなんでしょうか?

マーラ:うーん。どれかなぁ~。強いて言うと、最後に一晩で作った曲かな。他の曲のミックスダウンの途中で、その作業がとても長かったから、すこし飽きていたところだった。何か気分転換をしようと思って、おもむろにビートを作りはじめた。そうやって、ほぼ一晩で作ったのが"Ghost"というトラックだった。他の曲もすべて気に入っているけど、この"Ghost"は僕をどこか違う次元に誘ってくれるような曲。最後の最後に、どうして突然作り上げることができたのか、自分でもよくわからない曲なんだ。今年の3月に作ったばかりだよ。翌日にシンバッドがミックスを手伝いにスタジオに来たんだけど、彼にこの曲を聴かせたら椅子から転げ落ちそうになっていたね(笑)。一緒にメロディカや生のハンドクラップを足して、アルバムに加えることにしたんだ。
 あとは、"Changes"という曲もすごく気に入っている。でも完成させるまでに苦労した分、すべての曲に思い入れがあるし、苦労が報われたと思えるよ。

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多くの人は〈DMZ〉のリリースやイヴェントが、ダブステップの基礎を築いたと言うけれど、もともと僕は自分がやりたいことを追求しようとしてきただけで、シーンをどうこうしようと思ったことはない。

E王
Mala - Mala in Cuba
Brownwood Recordings / ビート

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ジャイルス・ピーターソンから何らかのサジェスチョンはありましたか?

マーラ:制作の途中で、いくつかのトラックを送って聴いてもらったときに、どれが好きかという意見はもらったけど、最終的に収録した14曲の順番や中身に関してはジャイルスもレーベルのスタッフもまったく関わっていない。出来上がったものを、「完成品です」と渡しただけだったよ。それをジャイルスが聴いて、幸運にもとても気に入ってくれた。彼は完全に僕を信頼してくれて、僕の作る音楽を信じてくれていた。その分、距離を置いて見守ってくれたね。

それだけ信頼してくれたからこそ、あなたも自信を持って取り組めたということですね。

マーラ:そう、その通り。

今回のプロジェクトをやってみて、もっとも良かった点はなんでしょうか?

マーラ:このプロジェクトに携わったことで、僕の考え方は大きく変化した。理由はたくさんあるけれど、そのひとつが、まず僕はアルバムの制作を依頼されたことがなかった。僕自身は、アルバム制作にこれまであまり興味がなかった。だから、それが大きな変化だった。ミュージシャンと共同制作するという体験も大きな変化だった。それもこれまで体験したことがなかった。キューバを訪れたことも、初めての体験だったし、外国でレコーディングすることも初めてだった。テープを使ってレコーディングするのも初めてだったし、それを64チャンネルの巨大なSSLデスクを通してやるのも初めてだった。あんな美しいスタジオで、レコーディング・エンジニアと一緒に仕事をしたことなんてなかった。録音された素材に対して、自分がやることを周りがどう思うかなんていままで気にする必要がなかった。ひとりでしか音楽を作ったことがなかったからだ。
 だからこのアルバムの制作過程のすべてが、僕自身のエゴを捨てて、自分がわかっていると思っていた音楽の作り方をいちど忘れなければならなかった。このプロジェクトにアプローチするためには、自分自身を変えなければいけなかったんだ。自分がやりたいこと、やるべきことに真摯に向き合うということだけでなく、ジャイルスや、〈ブラウンウッド〉や、『ハバナ・カルチュラ』、そして何よりもロベルト・フォンセカと彼のバンド、ダナイ・スアレスなどのミュージシャンたちに対してリスペクトを持つことの大切さを学んだ。彼らが僕に教えてくれたこと、それは音楽だけでなく、人として教えてくれたことは本当にかけがえのないものだった。

この経験、そしてこの作品は、ダブステップのシーンにどのように還元されるのでしょう?

マーラ:この経験は間違いなく、僕の今後に大きく影響してくると思うよ。一度、新しい考え方や仕事の仕方を学んでしまうと、もうその前の自分には戻れないよ。今後も、いままでやって来たように音楽は作り続けるけど、キューバの要素は、常に僕のなかのどこかに留まり続けるんじゃないかな。それはグルーヴかもしれないし、新たなサンプリングの仕方かもしれないし、とにかく多くのことを学ばせてくれたプロジェクトだった。

今回のような音楽的な成熟はダブステップのシーンのひとつの可能性だと思うのですが、あなた自身は今日のダブステップのシーンについてどのような意見を持っていますか? 

マーラ:たしかに僕はダブステップのシーンに深く関わって来たし、多くの人は〈DMZ〉のリリースやイヴェントが、ダブステップの基礎を築いたと言うけれど、もともと僕は自分がやりたいことを追求しようとしてきただけで、シーンをどうこうしようと思ったことはない。そもそも「シーン」というのは誰かがコントロールできるものではないし、誰かが支配出来るものでもない。だから、僕は自分自身の方向性や、やりたいと思うことだけを考えるようにしている。この作品が、シーンに有益な何かをもたらせることができれば嬉しいとは思うけどね。

最後に〈ディープ・メディ〉について質問させてください。スウィンドルの「ドゥ・ザ・ジャズ」が今年の自分のなかのベストなシングルなんですが、あの曲に関するあなたの評価を教えてください。

マーラ:あれはアメージングなレコードだね。僕は音楽を聴くときに、好きか嫌いかということはあまり考えなくて、何を感じるかということに重きを置いているんだけど、スウィンドルの作品は僕にとってもとても興味深くて、さまざまな影響の消化の仕方がとても独特だと思う。例えばハービー・ハンコック......彼はジャズの人間だからね、彼の音楽の作り方はとてもジャズ的だと思う。そんな彼のベース・ミュージック、サウンドシステム・カルチャーへの取り組み方は他の人とまったく違う。
 スウィンドルのことは、シルキーとクエストを介して知ったんだ。彼らがスウィンドルの曲をかけていて、僕は聴いた途端に「何だこれは? 面白いぞ」と思った。その後いくつか彼の曲を聴いて、2ヶ月くらい経ってから、連絡してみようと思った。〈ディープ・メディ〉からリリースする気はないかと訊いてみた。そしたら幸運なことに、彼もとても喜んでくれてレーベルに加わることになったんだ。
 ちょうど彼の2枚目のシングルのマスタリングが終わったところだよ。今回のはまたジャズとは少し違ったアプローチの作品になっている。発売は10月頃になると思う。彼はとても若くて、たしか僕よりも10歳くらい年下なんだけど、とても集中力があって、行動力があって努力家だ。もうすでに何年もがんばってきている。自分のレーベルもやっているし、とてもアクティヴだね。最近の多くの若いアーティストは、いちどレーベルと契約すると、あとはすべてレーベルがやってくれると思いがちだ。でも実際はそうではない。アーティスト自身も努力してがんばり続けないといけない。彼にはそういうミュージシャンシップがある。彼はいま本当にがんばっているから、向こう数年間たくさんの作品を聴けると思うよ。アルバムの制作にも取りかかっているし、常に曲を作っているからね。僕自身も彼の活躍をとても楽しみにしているよ。

最後に、〈ディープ・メディ〉がヴァイナルにこだわる理由について、あなたの考えを教えてください。

マーラ:僕らはデジタル配信もしているけど、僕個人ににとってヴァイナルは大事なフォーマットなんだ。〈ディープ・メディ〉でリリースしている曲の99%は僕が実際にプレイする曲で、僕はヴァイナルをプレイするから。どちらかというと、僕個人のわがままだね(笑)。僕がレコードを集めるのが好きで、僕のレコード・コレクションに加えたいから(笑)。やはり音質が一番いいしね、大きなシステムで鳴らせばわかるけど、とくに僕の関わっているような音楽に関しては、このフォーマットで再生するのが最良の方法なんだ。それに、アーティストが血と汗と涙を流して作った作品だからさ、やはり手で触れるモノとして持っておきたいと思うのは自然だと思う。完成したという証でもあるしね。モノになって、やっと次の新しいことに取り組める。僕自身は、デジタルで発表するだけでは達成感が得られないな。

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MALA & COKI / DIGITAL MYSTIKZ JAPAN TOUR 2012

11/2(金) 大阪CONPASS (問) TEL:06-6243-1666
11/3(土・文化の日)DBS 16th Anniversary 東京UNIT (問) TEL:03-5459-8630
https://dbs-tokyo.com/

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Chart JET SET - ele-king

Shop Chart


1

Maria Minerva - Will Happiness Find Me? (Not Not Fun)
『Cabaret Cixous』から約1年ぶりとなるロンドンの才媛Maria Minervaのセカンド・アルバム。Not Not Funからのリリース!!

2

Ashes To Machines - Resistance Ep (Leleka)
ここ2,3年の間で40カ国をもラウンドしたLionel Corsini(Dj Oil)とJeff SharelによるコンビAshes To Machinesが世界中からインスパイアしたものを具現化したサウンドスカルプチャー作品!

3

Mind Fair Pres. Sundown Drive - Sundown Drive (Rogue Cat Sound)
気鋭Dean MeredithによるプロジェクトMind Fairが送り出す新鋭プロデューストリオSundown Driveによるサンセットをも思わせるバレアリック作品!

4

Being Borings - E-girls On B-movie (Crue-l)
Kenji TakimiとTomoki Kanda手掛ける新ユニット、Being Boringsによるファン待望の第二弾が遂に解禁。

5

Eddie C - Aim (Crue-l)
ニューディスコ~ビートダウン系リエディット作品で知られるカナディアン・プロデューサーEddie Cによる最新2トラックス。Being Borigsユニットによるリミックスも2種収録されたマスト・バイ・アイテムです!!

6

Ricardo Villalobos - Dependent And Happy 1 (Perlon)
圧倒的なクリエイティビティーとDjセンスで現在のミニマル・シーンの頂点に立つ寵児、Ricardo Villalobosが、ミニ・アルバム『Vasco』以来、約4年振りとなるアルバムをリリース!!

7

Funinkevil(Kyle Hall & Funkineven) - Night / Dus (Wild Oats)
Ukベース名門Hyperdubからのリリースでも注目を集めたデトロイトの新星ハウサーKyle Hallと、Floating Points主宰Egloのアシッディ・ベース鬼才Funkinevenによるプロジェクト第1弾です!!

8

Alchemist - Russian Roulette (Decon)
先日リリースされたビート集も好事家に大好評だったAlchemistが、UsのアンダーレーベルDeconより新作を発表! ゲートフォールド・ジャケット仕様。

9

Tiago - Souljam (Jolly Jams)
世界水準のドメスティック・レーベルEneや世界的名門Dfa等に加えEsp InstituteやGolf channel、Leng等の作品でも注目を集めるポルトガルの気鋭Tiagoによる最新作を3トラック収録した大注目作品!

10

Twice - Black Aroma Ep Vol.4 (Blend It!)
イタリアを拠点に活動するヴァイナル・コレクター兼プロデューサーTwiceが手掛ける"Blend It! Records"からの新作4エディッツ。Theo Parrishとの「Stop Bajon」傑作スプリット・エディットも記憶に新しいIsoul8 A.k.a. Volcovによるエディットも収録されています!!

vol.2 硬派なのは見た目だけじゃない - ele-king

 みなさんこんにちは。NaBaBaです。連載もはやくも2回目となりましたが、今回は前回の予告通り、今年発売された新作をご紹介したいと思います。その名も『Max Payne 3』。

 『Max Payne 3』は01年に発売された初代『Max Payne』の続編で、03年の『Max Payne 2: The Fall of Max Payne』から数えると、実に9年ぶりの最新作。開発は1作目、2作目までの〈Remedy Entertainment〉(以下Remedy)から代わり、〈Rockstar Games〉(以下Rockstar)が担当しています。

■現代によみがえる“演出されるゲーム・プレイ”の仕上がりやいかに

 本作のレヴューに入る前に、作品の周辺事情から先に解説をいたしましょう。『Max Payne』シリーズはジャンルとしてはTPS(サード・パーソン・シューティング)で、前回ご紹介した『Half-Life 2』のFPSと違い、操作するキャラクターが画面に映っている形態のゲームです。

 初代『Max Payne』は言うなれば“演出されるゲーム・プレイ”の新境地でした。本作の最大の特徴である“バレット・タイム”という、『Matrix』さながらにスロー・モーションになるシステムが象徴するように、精密な射撃を要求されるゲーム性と、アクション映画さながらの演出が両立する内容が当時高く評価されました。

『Max Payne』より。いまでは当たり前となったバレット・タイムはこのゲームから始まった。

 それに加えてグラフィック・ノベルの形式を用いたストーリー・テリングも魅力的で、ハード・ボイルドで劇的な雰囲気を演出するという面で、ゲーム・プレイ内外ともにさまざまな技巧が凝らされていたのです。


こちらは『Max Payne 2: The Fall of Max Payne』より。ノベルシーンは今見ても完成度が高い。

 いっぽう今回〈Remedy〉にかわり開発を引き継いだ〈Rockstar〉は、映画的な演出や雰囲気を構築する手腕においては右に出るものはないスタジオです。クライム・アクション・ゲームとしてももっとも有名な、〈Rockstar〉の代表作である『Grand Theft Auto III』を筆頭に、最新作『Grand Theft Auto IV』までの一連のシリーズや、近年では西部劇をテーマにした『Red Dead Redemption』等、このスタジオは一貫してハード・ボイルドな設定を売りにした作品を作り続けています。

 いまだほとんどのゲームが映画的であることをアクションやスペクタクルの迫力という観点からの解釈しかできていないなか、〈Rockstar〉の脚本やシチュエーションという部分においてより映画的であろうとしている姿勢は、他作品より抜きん出ているとともにユニークであり、それは一種の〈Rcokstar〉ブランドを築くまでにいたっていると言えるでしょう。


『Red Dead Redemption』より。Rockstarなりの西部劇映画へのリスペクトに溢れた作品だ。

 こうした〈Rockstar〉の強みは『Max Payne』シリーズが志向しているハード・ボイルドさや映画らしさにも合致します。しかしいっぽうで〈Rockstar〉の作品はどれもシューティングとしてのできは平凡以下という悪しき慣習があり、シリーズのストイックなシューターとしての側面をどこまで引き継げるのか危ぶむ声も少なくありませんでした。

 しかしふたを開けてみると、実際にはいろいろな面で予想とはちがうでき映えだったのです。

■シンプルながらよく作りこまれたゲーム性

 結論から言ってしまえば、TPSとして非常によくできていたのがなによりも驚きでした。〈Rockstar〉作品としてはもちろん、歴代『Max Payne』シリーズや近年のゲーム全体で見ても屈指のでき映えです。

 基本的なシステムは前作までのプレイ感を踏襲しており、敵は体力がそこそこある反面プレイヤーは撃たれ弱く、なにより回復手段が有限なので、何も考えずに戦うとすぐやられてしまうバランスです。

 そのためつねに頭や心臓などを狙って一撃でしとめること、相手から攻撃を受ける前に沈めることといった、言うなれば居合い斬りのような戦い方を求められます。そしてこの戦法を実現させるための手段として、時間を遅くするバレット・タイムというシステムがある、という構造ですね。


バレット・タイムで周囲がスローになっている内に相手の頭を的確に撃ち抜く。これが本作の基本だ。

 バレット・タイムとひと口に言っても『Max Payne』シリーズには2種類あり、ひとつが単純に周囲の時間が遅くなる、字のままのバレット・タイムと、もうひとつに任意の方向に飛び込み、空中に浮いている短い間だけ時間が遅くなるシュート・ドッジというものがあります。それぞれ得手不得手があり状況に応じてこれらふたつを使い分けるのがこのシリーズの醍醐味と言えますが、本作『Max Payne 3』は特にこれらの役割づけが過去シリーズ以上によくできていると感じました。

 前作まではなんだかんだと言って、どっちか片方が性能いいかで、使用頻度も偏りがちだったのが欠点でした。今作ではバレット・タイムは発動の手軽さ、汎用性の高さから、咄嗟の状況への対応や、こちらが比較的有利または安全な状況下から多くの敵を相手にするのに向いていて、いっぽうのシュート・ドッジは発動中はダメージをいっさい受けなくなるので、敵の攻撃が激しいなど不利な状況から活路を見出したいときに使えるなど、差別化が非常にうまくいっています。

 これらふたつの典型的な使い分け例としはこんな感じ。部屋に入ると大勢の敵がいるが相手はこちらに気づいていない。なので木箱の陰からバレット・タイムを使って先制攻撃、数人捌いた時点で敵の反撃で木箱は崩れ、このままではやられるというところでシュート・ドッジを発動し、残りの敵を華麗に迎撃......。こうした瞬時の使い分けが本作の肝であり、こちらのもくろみどおり綺麗に決まったときの気持ちよさは度し難いものがあります。

 ちなみにエリアの最後の敵を射抜いた瞬間はファイナル・キル・カメラといって『Matrix』を彷彿させる独特の演出が入り、勝利をみごとに演出してくれます。僕がこのシリーズを“演出されるゲーム・プレイ”と呼び表すゆえんであり、その精神は本作でも健在と言えましょう。


本作のキル・カメラは状況に合わせて演出内容が変化するなど、9年ぶりも納得の進化を感じさせる。

 また上記の駆け引きを盛り上げるレベル・デザインの秀逸さも抑えておきたいポイントです。本作はバレット・タイムを使い分けてのシューティング、この1点におもしろさを求めたストイックなゲームなのですが、そのシンプルさを維持しつつも状況のバリエーションを生み出すことに成功しており、単調になりがちだった前作、前々作から大きく改善されています。

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■『Max Payne 3』最大の強みはシステムのアレンジ力にあり

 さて、ここまで述べた本作の特長は、いまどきのTPSとしてはじつはかなり異端です。急所への一撃に賭ける短期決戦型のデザインは、いま流行の物陰に隠れながらジリジリ敵勢を削っていく、いわゆるカバー・シューターとは相反する。むしろ本作のデザインはカバー・シューター登場以前によく見られたものだと言っていい。

 しかしそれをもってして本作を古くさいゲームと評価する向きがあるようですが、僕はそれは支持しない。とは言えいまっぽいとも当然言えないわけで、じゃあなんなんだろうってところに、このゲームの魅力があると思っています。

 まず古い作法に則るだけの懐古趣味と異なるのは、現代のシステムを取り入れている部分もちゃんとあるということですね。いち例として挙げればカバー・システム自体は実装されているし、武器所持数が制限されるところもいまどきです。

 ただしどれも通りいっぺんとうな運用はされておらず、前者であればあくまでも相手に踏み込む際のつなぎとして、後者は所持する武器が目まぐるしく変わりつづけることで戦闘にバラエティを出すためにと、核となるゲーム性に合うようにアレンジが加えられているのがおもしろい。システムとしての体裁は他のゲームと同じでも、実際の役割が異なっているんです。


本作のカバーは脆くて役に立てづらいが、むしろそれが本来のゲーム性を引き立てている。

 本作の優れた点とはとどのつまりこの細やかなアレンジ力で、ゲームの目指す方向性に合わせて個々の要素にしっかり独自の意味づけをおこなえているところが他とはちがうのです。これはバランスがいいと言いかえることもできて、システム同士の相互作用をしっかり吟味した上で調整されており、浮いている要素がひとつも無い。前述したバレット・タイムとシュート・ドッジの役割のちがいや、レベル・デザインの秀逸さも、すべてはここに集約されます。

 実際これは地味なことではあるのですが、むしろシステムの見かけ上の古い新しいにおもねることなく仕上げてきたところに、本物のゲーム・デザインを見た思いです。しかもそれを〈Rockstar〉が実現してきたことが何よりも驚きでした。

■カット・シーンの濫用に甘えたストーリー・テリング

 シューティングとしての完成度の高さがうれしい驚きだった反面、もともと期待していたストーリー・テリングの方は逆に〈Rockstar〉作品としてはいろいろとものたりない内容でした。問題点は大きくふたつあって、ひとつがストーリーそのものの質、もうひとつが伝達手法の欠陥ですね。

 物語は前作からの続きではありますが、主人公Maxは妻子を亡くしているという基本設定を引き継いでいるのみで、実質過去作からは独立した話になっています。フィルム・ノワールという根幹の様式は貫きつつ、舞台をNYからブラジルへと大胆に移したのは斬新で、『City of God』等の近年のブラジル映画からの影響を明言する、〈Rockstar〉らしいセンスを感じさせます。


とりわけファベーラの作りこみはみごと。フィルム・ノワールの様式にも意外とマッチしている。

 しかし裏を返すとそれがすべてといった感じで、設定以上の魅力が無いのが残念。妻子を亡くしたMaxの苦悩がクローズ・アップされるかと思いきや、結局は悪者をやっつけるというベタな内容に収まってしまう。もっともゲーム・プレイの動機づけとしてのストーリーとしてはこれでも必要十分と言えるかもしれません。

 しかしながら〈Rockstar〉はいままでそれ以上のストーリーをゲームで描いてきたし、本作でも引きつづきそれをやろうとしていたはず。ただその実践方法がどうにもよくなく、おまけにシューティング・ゲームとしてのデザインと折り合いがつかずに結果として不協和音を放ってしまっているような気がします。

 何よりも問題なのはストーリーの伝達手段をほぼカット・シーンのみに頼ってしまっていること。現代のストーリー重視のゲームは前回ご紹介した『Half-Life 2』が正しくそうであるように、ゲーム・プレイのなかにストーリー・テリングを混在させることが命題になっているのですが、その試みが『Max Payne 3』には見当たらない。カット・シーンそのものの質はいいものの、黙々と戦っては映像が挟まる、その繰り返しになりがちです。


前作までのノベル・シーンを意識した、コマ割りとセリフがカット・インする演出自体はいいのだが......

 これは単純に古くさい。あるいはそれはそれでゲームプレイの引き立て役として小休止程度に挿入されるならまだいいのですが、輪に掛けてよくないのが挿入頻度がとても多い。しかもカット・シーン中にローディングをしているようで、見たくなくても飛ばすこともできない!

 結果としてゲーム・プレイの引き立て役としてはきわめて押しつけがましく、ストーリー重視のゲームにしては古臭くて工夫が足りないと、どちらにとっても不都合ななんともちぐはぐなことになってしまっています。

 〈Rockstar〉ともあろうものがこのような失敗をしてしまったこともまた大きな驚きでしたが、思えば〈Rockstar〉はそもそもストーリーを伝達する仕組み自体はつねに古典的なカット・シーンを使いつづけていて、『Half-Life』シリーズのようなゲーム・プレイとストーリー・テリングの融合、という意識がことさら強いわけではないんですね。そのかわりカット・シーン自体の質、カメラ・ワークやキャスティングといった部分においてハイ・クオリティであることを目指すアプローチのように思えます。

 ただそれがいままでの〈Rockstar〉作品で成立していたのは、どれもオープン・ワールドといういろいろなできごとを十分なプレイ時間、多様な角度から描くのに長けたジャンルだったからなのではないか。その点『Max Payne 3』はひたすら敵と戦いつづけるアクション・ゲームなので、取れるアプローチに時間的にもゲーム内容の幅的にも限りがあった。それでもあえてこだわろうとして、カット・シーン濫用という手に走っちゃったのかなと分析します。しかしそこでマジックを見せてくれよ! というのが自分の期待だったんですけど。

■まとめ

 冒頭でふれたとおり、いろいろな意味で予想を裏切る内容でした。シューティングとしての出来は本物で、いっさいのごまかしがなくシンプルなおもしろさを追求した作りは硬派と呼ぶにふさわしく、FPSやTPSが飽和状態にあるいまのゲーム業界のなかでも、頭ひとつ抜けた完成度と個性を放っていると言えるでしょう。

 しかしながらストーリー・テリングという面ではカット・シーンを濫用するなど硬派なゲーム性にそぐわない安易な作りも見受けられ、全体を見たとき正反対のものが入り混じったちぐはぐな印象も受けます。

 とは言えこうした弱点を差し引いてもなお魅力はあり余るものがあり、今年発売された作品のなかでは屈指の出来であると断言できます。本文では触れませんでしたがグラフィックスやアニメーションも優れており、その面でも2012年のクオリティを味わえる作品です。




きのこ帝国 presents「退屈しのぎ vol.3」 - ele-king

 この晩、きのこ帝国は最初に新曲を3曲演奏した。その3曲とも、前作からの飛躍があった。
 1曲目は、クラウトロック(大げさに言えば、オウガ・ユー・アスホール)をバックにボス・ザ・MCがラップしているような……といってしまうと本当に乱暴な表現だが、BMP125ぐらいのピッチの曲で佐藤はラップもどきを披露した。早口で何を言ってるかわからないが、それが前向きさを表していることはわかる。
 あとで訊いたら初めてのライヴ演奏だったという。それにしちゃあ、鮮烈なインパクトがあった。佐藤のラップ・ミュージックへの関心の高さを具体化した最初の曲でもあった。きのこ帝国がバンドとしていまどんどん動いていることがうかがえる。初演ということもあってドラミングは先走り、ピッチは速まってしまったそうだが、逆に言えば意味がわからないほどのファスト・ラップの最後で唯一聞き取れる「生きている」という言葉が、するどく胸を射貫いた。悪いことは言わない。この曲はシングルにして発表するべきだ。12インチ作りましょうよ! 良いリミキサーは日本にはたくさんいる。何よりも、この曲を必要としているリスナーはたくさんいます!
 「退屈しのぎ」とは、きのこ帝国の代表曲だが、彼らのオーガナイズするイヴェント名でもある、ということをその晩僕は知った。その晩は、編集部で橋元の二次元話に付き合わされたあと、JET SETのM君の四次元話にハマってしまったおかげで、4つ出演したバンドのうちのふたつ、きのこ帝国をのぞくとひとつしか見れなかった。そのひとつ、大阪からやって来た吉野というイントゥルメンタル・ロック・バンドは、最初から見ることができた。しかし、吉野とは……佐藤と匹敵するほど検索不能なネーミングだ。吉野は、ギター、ベース、ドラマーの3人組で、エレクトロニクスを用いた導入からモグワイめいたダークなギター・サウンドへと巧妙に展開して、ライヴをはじめる。ポテンシャルの高さを感じさせる演奏で、最後のチルなフィーリングも良かった。まだ非常に若いバンドだが、ビートに磨きがかかれば、より多くの注目を集めることになるだろう。がんばってくれ。しかし、大阪人のくせに東京のラーメンが美味いと言ってはいけないよ。


きのこ帝国の物販で働く菊地君。筆者はドラマーのコン君のデザインしたピックを1枚購入。

 下北沢ERAは、100人も入ればパンパンの小さいライヴ・ハウスだったが、満員だった。先述したように、きのこ帝国は、ラップの曲のあとにふたつ新曲を披露した。その2曲も良かったことは覚えているが、最初の曲のインパクトが強すぎてどんな曲だったか忘れた。バンドに音の隙間が生まれ、それによって音の空間が広がってた。それ以外のことは忘れた。こういうときは、明け方の5時でも、マニェエル・ゲッチングのライヴでメモを取っている菊地祐樹君を見習うべきなんだろう。菊地君は、物販で働きながら、お姉さんと妹さんもライヴに呼んでいた。3人とも顔が似ているどころか、誰が年上で誰が年下かわからない。しかもお母さんが僕と同じ歳という……なんということだ!

 きのこ帝国の演奏が終わると、大きな拍手とアンコール。アンコールに出てきたあーちゃんは慣れないMCを続け、ジョイ・ディヴィジョンの『アンノウン・プレジャー』のTシャツを着た相変わらず佐藤はクールに構えている。最後の曲って“夜が明けたら”だっけ? “退屈しのぎ”だっけ? 忘れた。が、細かいことはいいだろう。良いライヴだった。翌日は「WIREに行くんです」と嬉しそうに喋っている菊地君をその場において、僕は12時20分過ぎの小田急線に乗った。

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