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クラウトロックからの影響と言ったとき、この10年の成果をみる限り、それはヤッキ・リベツァイトの機械的なドラミングであり、ノイ!のモータリック・サウンドであり、ホルガー・シューカイの文化戦略であり、クラスターの電子ドローンであり、あるいは20年前であればクラフトワークのロボット・ファンクもしくは『E2-E4』といったところだろう。1960年代のベルリンのコミューンから生まれたフリークアウト・サウンドの巨星、アモン・デュールという名前は滅多に出てこない。
アモン・デュール――初期のアシュラ・テンペルらと並んでコズミック・ミュージックと呼ばれた彼らの表現は、ジュアリン・コープが『Kroutrocksampler』で書いたように「ライフスタイルおいて拡張されるアウトサイダー・ミュージックであり、ときに音楽は二次的でさえある」。フランスとベルギーの国境沿いに広がるフランドル地方(フランダースの犬で知られる)において結成されたシルヴェスター・アンファングは、そのセンで言えばアモン・デュール的だ。ライフスタイルおいて拡張されるアウトサイダー・ミュージックであり、ときに音楽は二次的でさえある。バンドはしかも、アモン・デュールが"II"へと分裂したように、2008年からは"II"となって活動している。
オリジナル・メンバーには現在スイスで活動する火山学者もいたというこのコレクティヴは、2004年から自らのレーベル〈フューネラル・フォーク〉を拠点に活動している。"葬儀のフォーク"というこのレーベル名は、同時に彼らの音楽性を物語っている。同時代のUSのフリー・フォークの楽天性を嘲るように、彼らの音楽は異教徒的で、ときにサタニックである(頭蓋骨を舐めて悦にいる女性の写真を想像してください)。人は彼らの音楽を"フューネラル・ドゥーム・フォーク・メタル"と呼び、自らは"ペイガン・ベルゴサイケ(異教徒的ベルギー・サイケ)"と形容する。ジャム・セッションによる即興とエレクトロニスとのカオスと言えばサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンと共通するものの、イタリアのホラー映画がウッドストックに似合わないように、彼らのダーク&ドラッギーな音楽はいわば美しい田園地帯の悪夢的な異物である。アニマル・コレクティヴが『ローズマリーの赤ちゃん』のサウンドトラックをやったとしてもここまでのいかがわしさは持ち得ないだろう。
シルヴェスター・アンファングの音楽は魅力的である。このポスト・サタニック・クラウトロックのサイケデリックな響きには、質素だがリズミカルなパーカッションとスペイシーなギターによる巧妙な香気が漂っている。魔女のセクシャルな誘惑のように、この音楽は危険な領域にリスナーを導く......だからといって怖がらなくても大丈夫です。これまでバンドが残してきた作品のアートワークのおどろおどろしさにはたしかにそそられるものがあるけれど、それを差し引いてもユニークな音楽なのだ。
ブライアン・ジョーンズの『ザ・パイプス・オブ・パン・アット・ジャジューカ』を思い出して欲しい。あれをサイケデリック・ロックにおける異教徒主義の到達点のひとつとして受け入れることができるのなら、シルヴェスター・アンファングはひょっとしたら神秘的な美しさと感動を与えるかもしれない。アウトサイダーであることの証として......。
ますますトロピカル・ムードが盛んなインディ・ロックおよびダンス・ミュージック・シーン。ここ日本でも「ヴァンパイア・ウイークエンドに影響を受けました」と語るような若いバンドが出はじめてきたが、ぼくにとって「トロピカルなバンド」と言ったとき、まず筆頭に挙がるのがユアソングイズグッドだ。
3月3日にリリースされた5枚目のアルバム『B.A.N.D.』は、以前からスカやカリプソなどに取り組んできた彼らに染み付いている部分と、リスナー体質として敏感に反応してしまう現行のインディ・ロック感が混ざり合った内容。トロピカルなニューウェイヴで......とか、ハイテンションでモンドなジャズ・ファンクな感じは......と、いろんな要素がミックスされた曲の面白さを追っていくのも楽しいが、新しモノ好きで飽きっぽいメンバーたちがバンドのアイデンティティを模索、葛藤している姿こそが、今回の面白さの焦点である。
その面白さを知ってもらうには、彼らの概略が必要だろう。
1998年に結成した彼らは、東京のアンダーグラウンドなハードコア・シーンから登場した。後のスカ・パンク第二世代以降やショボ&空回り系パンクにカルト的な影響力を誇るフルーティとナッツ&ミルク、その2バンドのメンバーらがはじめたスクール・ジャケッツが前身。スクール・ジャケッツは、当時流行していたファスト・コアに、ジャクソン5などポップなソウル・ミュージックの要素を無理やり融合させたような音楽性で、周囲を驚かせた。ユアソングイズグッドのユニークなミクスチャー感覚とパンキッシュなステージングは、この時代からのものだ。
ユアソングイズグッドになってからは12年。その時間の分だけ音楽性の変遷があって、ワシントンDCあたりのポスト・ハードコアに影響を受けたエモ・コア→シカゴ音響派に影響されたインスト→ルーツ・カリビアンなダンス・ミュージックでCDデビュー。そしてメジャー展開してからは実験精神が再燃して独自のトロピカル・インストを次々生んでいくのだが、ライヴでのテンションの高まりが頂点に達し、まさかのパンク回帰を果たしたのが2008年、前作『THE ACTION』だ。スカやカリプソの要素はあれど、ザ・スペシャルズやザ・ポップ・グループ、ビッグ・ボーイズなどにも通じるポスト・パンク・サウンドで世間を驚かせた。さて、そんな『THE ACTION』の後に来る作品、あなたはどんなものを想像しますか?
あれこれやりたいミクスチャー魂、止まらない実験精神、収まりのつかないパンク魂、なんだかんだ気になる最新モード、まだまだやっていないルーツ・サウンド、これまで積み上げてきたバンドのカラー、メンバー6人それぞれのやりたいこと......。選択肢がありすぎてどれが正解かわからなくなってしまい、全部やってしまった(笑)──そんなまさかの結論(の先延ばし? 笑)が、『B.A.N.D.』なんだと思う。一発録りで、メンバー全員がうごめく演奏をそのままパック。実に節操なくさまざまなタイプの楽曲が並んでいるが、すべて上記のような変遷を経てきた彼らにしかできない個性溢れるものばかりだし、それらひとつひとつは、フレッシュな刺激を求めるリスナーにとって絶好の興味の対象になると思う。
日本人がカリブ海の音楽をやる──その時点でエキゾな宿命を背負っているわけだが、おそらくバンドが新しいものを追い求めていくなかでは、こういう時期も必然なんだろう。そう、ザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』や『サンディニスタ!』のように(次作にも期待を込める意味で今作は『ロンドン・コーリング』かな?)。
フランスと言う国は、「優雅で艶やか、華々しく華麗」などとイメージしてしまう。実際、表面上はそう見える。筆者はフランスという国の思想、国民性、感性がとても好きで、すでに5~6回は訪れたのだが、毎回その裏の顔に驚かせられる。コスモポリタンならではの荒んだ一面が随所にあるからである。貴族階級の華々しさとコスモポリタンが融合した何かそのフランス独特のギャップに魅了されるのかもしれない......ビューティ&ダーティの反面性が違った形で自身を共鳴しているようで。フランスのようにもっとも芸術産業が国民的支持を得ている国柄で創られるダブステップ......まさにエフのサウンドはこの影響下に培われた産物だ。
そのサウンドをひも解くとアンダーグラウンド・ミュージックの神髄である地下音楽さながらの暗黒感が少し漂うアトモスフェリックにフランスの洗練された気品に満ちた感覚を取り入れたサウンドが垣間みれる。このサウンドは、さまざまな要素が入っている。が、一貫した構築、一遍の迷いもないプログラミングは、 ほぼミニマルを注入したダブステップである。聴いてみると......昨年大ヒットした2562のセカンド・アルバム『アンバランス』に酷似した感覚を憶えるが......次第に......"酷似"していると感じた自分の無知さ加減に恥ずかしくなる。ダブステップのアナザーサイドと捉えれるその深くもソフィスティケイトされた独創的創造性、これがフランス産のオリジナル・ダブステップなのだと。
エフのメイン・リリースを担っている〈セブン〉は、グレッグ・G率いるミニマルライクなダブステップ・レーベルである。筆者もDBSにてグレッグ・Gとは何度も共演したこともあって、実際素晴らしい人柄の人物だが、レーベルの方向性に関しては、るぎなく、しかも時折遊び心のあるフランス的感覚を持っている。ダブステップ最重要レーベルのひとつだろう。ちなみにその他に所属しているアーティストは、ヘリクサー(Helixir)、リクハン(Likhan)など。今後の動向にも注目である。
今日のベース・ミュージックにおけるニューウェイヴ="ダブステップ"の発展に大きく貢献しているのが〈テクトニック〉である。UKにおけるピュア・ダブ・カルチャーの音楽都市であるブリストルを拠点に、レーベル・モットーの「If your chest ain't rattling, it ain't happening」(胸が高ぶらなければ何も起こってない証拠)が示す通りの活動を続け、すでに数々のビック・アンセムを世に送り出している。ダブステップが南ロンドンにてガラージの突然変異的に誕生してから、それを先導したアーティストたち(デジタル・ミスティック、シャックルトン、ホース・パワープロダクションズ、ローファーなど)が、こぞってダークなガラージ・サウンドを土台とするダブステップに傾倒していったなか、ピンチはダブ、ミニマル、グライム、ガラージをシャッフルしたニュー・フォーム・サウンドで大きな支持を集めている。彼の音楽的バック・グラウンドにおいて、ダブと同等に大きな影響を与えたのが"ディープ・ミニマル"だ・ベルリンのベーシック・チャンネルやチェーン・リアクション、そしてリズム&サウンド......。いわゆるミニマル・ダブである。その影響は現在でもレーベルに色濃く反映されている。
レーベルは今年に入っても勢いが衰える気配はなく、刺激的なリリースを続けている。昨年、筆者ともUNITフロアで共演したピンチがダブでスピンしていたのがジャック・スパロウによる"Terminal"である。そのディープで濃密な一夜に相応しく、それは暗く蠢きながら響きわたる残響感たっぷりのトライバル・テック・ファンキーで、レーベルのテイストを残しつつ、今年最注目のアーバン・ムーヴメント"UKファンキー"を効果的に取り入れたフロアサイド・ステップとなっている。フリップサイドの"Tormented"だが、まるでベルリンとブリストルをミックスしたかのような暗黒地下ダブステップ、シャックルトンの〈スカル・ディスコ〉へのアンサー・バックと捉えたいほどだ。年々活発しているテクノ/ミニマルとの交流は、お互いのジャンルがマンネリズムを打開する起爆剤としても機能しているのである。
さて、〈テクトニック〉の新たな核になろうとしているジャック・スパローだが、そのデビューは、2007年〈センスレス(Sensless)〉からリリースされた「Spam Purse」であった。その後、2008年テクトニックのサブ・レーベル〈イアーワックス(Yearwax)〉からの「For Me/Lights Off」、マーク・ワンの〈コンタージャス(Contagious)〉からの「I And I」で頭角を現し、彼の名前を決定的にしたのは、2009年ピンチの「Get Up」のジャック・スパロウ・ミックス)である。そして、テクトニックからの前作「The Chase」......。今年も彼の高度かつ深いプロダクションから目が離せそうにない。
いまや奇才として名高いアントールド主宰の〈ヘムロック〉。UKベース・カルチャーを最先端ニュー・ガラージ・サウンドで引っ張る彼だが、レーベルの起源は2008年「Yukon」に遡る。独特の変拍子によるビート・パターンとミニマルが持つ無機質な静寂性、ガラージが持つヒプノティックで柔軟な高揚性、どこかポスト・ロック的アプローチも垣間みれるサウンド・コントロールによって、ダブステップのシーンのみならず他ジャンルからも注目されているプロデューサーである。今作は、〈ハイパーダブ〉からのリリース「CCTV/Dream Cargo」やアントールド自身の「Walk Through Walls」のリミックスを手掛けたダビー・エレクトロの旗、LVとタッグを組んでいる。フリップサイドには〈ホットフラッシュ〉から「Maybes」、「Sketch On Glass」を発表したUK3人組のホープ、マウント・キンビー(Mount Kimbie)がリミキサーとしてセットアップする。遊び心を取り入れつつエレクトロ色の強いダブステップで、まさにたコンテンポラリー・ニュー・ガラージといったところ。リリースされるごとに〈ヘムロック〉の歴史が塗り替えられ、吸収した先に......また生まれる。
これは先日の3月16日のダブステップ会議@DOMMUNEにて、飯島直樹さんが推薦したドネオーの「Riot Music」だ(......ダブステップ会議では、とても有意義な時間を共有できました。野田さん、飯島さん、エクシー君およびdommuneのスタッフの方々全員に深くお礼申し上げます)。さて、アーバンR&BとしてのUKガラージ・シーンにおける至高の存在、ドネオーは、昨年発表したUKファンキーを取り入れた傑作『Party Hard』によってシーンで大きな話題となった。その最新リリースは何とシャイ・エフェックスの〈デジタル・サウンドボーイ〉から発表。〈デジタル・サウンドボーイ〉と言えば、昨年の7月の〈DBS〉にて待望の再来日を果たしたシャイ・エフェックスと最新アルバムによって不動の地位を確立したダブステップ・プロデューサー、ブレイキッジを主軸とするベースライン・トップ・レーベルである。今回の「Riot
Music」では、リミキサーにダブステップ界のエース、スクリームを起用。〈デジタル・サウンドボーイ〉からの前作「Burning Up」と同様に、初期ジャングルに回帰するかのように、懐かしのレイヴ・ジャングルを彷彿とさせるアーメン・ブレイクを打ち出している。
ところで、ジャングル/ドラムンベースではごく一般的なビート・パターンであるが、スクリームがふたたび持ち出して脚光を浴びているブレイクビーツの代名詞"アーメン・ブレイク"を解説しよう。そのオリジナルは、ウィンストンズ(The Winstons)の"Amen, Brother"曲内の8小節のドラムにある。それをさらにサンプリングして、ループして、広く用いられている。それはソフト"ReCycle!"――サンプル・ビートを分解、構築してブレイクビーツを再生成する――よって幅広くシーンで重宝されるのである。
スクリームのような大物トップ・プロデューサーが自身の影響を明かすような作品をリリースすることによって、ダブステップとドラムンベースは今後も"親戚"のような関係を保ち続けるだろう。インフィニティーと呼ばれるUK名うてのダンス・ミュージック・カルチャーとしてお互い存在し続けているのだから。
前回のサウンド・パトロールでも紹介したサンフランシスコ発〈シュアフィイアー〉だが、早くも第二弾がリリースされた。今回は、広くテクノ・シーンでも通用するであろうトラックを要している強力なアーティストで、2組のコラボレーションを実現している。シーンの代表レーベル〈テンパ〉などからカッティング・エッジなリリースを続けるヘッドハンターと元ドラムンベース・プロデューサーであったジュジュ率いる〈ナルコ・ヘルツ(Narco Hz)〉からテッキーでオーガニックなダブステップを発表しているDJアンヤが組んで生まれたテック・ダブステップである。もうひと組は、同じくサンフランシスコを拠点し〈ナルコ・ヘルツ〉、〈アンタイトルド!(Untitled!)〉、〈チューブ10(Tube 10)〉などから傑作を発表しているテッキー・ダブステッパーのDJジーとカナダ・トロント出身でテック・ミニマル・レーベル〈イマーズ(Immers)〉からの「000」が話題となったザイがコンビを組んで、ダークでミニマル・インフルーエンスなテクノ・シンフォニック・サウンドを披露する。フロアの空気感を一瞬のうちに変えうる力を持ったトラックで、使うものの意志とは無関係に作用する攻撃的なシンセ群が......防御反応を無力化させる最先端のリーサル・ウエポンとも言えるだろう。解放のさらにそのまた向こう側へ......。
〈クランチ・レコーズ〉というディープ・アトモスフェリックなドラムンベース・レーベルを率いていたバース(Verse)がペンデュラムの一員としてのビッグ・ヒットを成し遂げて早2年......そのあいだ、ダブステップの末恐ろしい躍進が破竹の勢いで進行......誰も止められない速度で世界中で感染し続けている。その勢いはいろいろなプロデューサーやDJを巻き込んでいるが、彼らも例外でなく、いち早くペンデュラムのアルバムなどで取り入れていた。そしていま、エヌ-タイプ(N-Type)の〈ウィール&ディール〉からベン・バース名義でダブステップ界におけるソロ・デビューを果たす。
硬質かつマッシブなビートと妖しくも切ないシンセ使いがフロアをより引き立てる"Flip The Coin"。先日の〈dommune〉でも筆者が大変お世話になったフロアライクなアンセムだ。一方の"Inhale"はスライトリーなダビー・リヴァーブ・シンセとシンプルに共鳴するカッティングエッジなフロアダブとなっている。
それにしても......世界的に有名なロック・ドラムンベースの王者さえも振り向かせ、虜にさせるこのダンス・ミュージック......あらためてダブステップのとんでもない快進撃を感じてしまう。初期のジャングル・シーンのときと同じ現象がいままさにに起こっている。
先日発表したダーク・サイバー/ニューロ・ファンクの集大成的コンピレーションアルバム『Bad Taste Vol.3』でサイバー・シーンをリードする最後の大物伝道師マルディーニ&べガス(Maldini & Vegas)。長らくバッド・カンパニー名義で活躍していた彼らだが、音楽性の違いなどにより、フロントマンであったDJフレッシュとDブリッジが立て続けに離脱し、ソロ・アーティストとして成功を収めるなか、彼らは一貫してバッド・カンパニーの強力サイバー・サウンドを守り続けている。
そして昨年暮れ頃から、マルディーニ&べガスにユーマン(Uman)も加えた新たなドラムンベース・ユニット、ブロックヘッド(Blokhe4d)を始動。先述のコンピレーションなどで立て続けにサイバー・アンセムを発表し、確実にフロアをロックしている。
今作はあのリキッド/エレクトロ・ドラムンベースのトップ・レーベル〈ホスピタル〉からニューカラー・ヴァリエーションを携えリリースした。その疾走感溢れるスペイシー・ファンクな空間処理技術を惜し気もなく披露し、エレクトロ感といったトレンドも注入し、絶妙なホスピタル・サウンドとなっている。みんなが待ち望んだ作品がダンスフロアを通して発表される......このサウンドのお陰でフロアは隙間なく満たされるのである。
最近はこんな呼び方をするアーティストは、ほとんど存在しなかった。ドラムンベース・シーンにとって久しぶりに現れたベルジアンの"超新星"と呼ぶべき逸材......と、もはやこう呼ぶべきではないぐらいのスピードで駆け上がったニュー・スター・プロデューサーが、そう、ネットスカイだ。しかもまだ20才前後の幼顔が残る若者だから、これがまた衝撃なのだ。
ダブステップで例えるならスクリームに近い神童性を感じるネットスカイは〈ホスピタル〉とサインを早々済ませ、「Escape」、「Memory Lane」など現在ダブプレートで席巻しているエレクトロ・ロック・チューンのリリースを控えている。今後さらに期待されるプロデューサーだ。今作「Eyes Closed / Smile」は、ジャンプ・アップ・レーベル〈グリッドUK(Grid UK)〉傘下のリキッド・レーベル〈オール・ソーツ(All Sorts)〉からドロップされた特大エレクトロ・アンセムだ。ドラムンベース・シーンが下降気味な現在において、彼の出現は、今もっともホットな出来事である。数年後にハイ・コントラスト、ブルックス・ブラザーズを凌駕する次代の才能を秘めたアーティストとして、彼のポテンシャルに今後も刮目していかなければならない。どんな時代でも不遇のときこそ、救世主現わる。そう願わずにはいられない存在になるよう願っている。
さて、最後に、何人かの方からリクエストがあったので、3月16日〈DOMMUNE〉にて筆者のセットのプレイリスト公表します。今後ともどうぞ宜しくお願いします!!
TETSUJI TANAKA - MINIMAL x DUBSTEP set 3/16 DOMMUNE PLAYLIST
1. AL TOURETTES/Sunken〈APPLE PIPS〉
2. SCUBA/Negative〈NAKED LUNCH〉
3. KRYPTIC MINDS/Wondering Why〈OSIRIS〉
4. MONOLAKE/Alaska(SURGEON RMX)〈IMBALANCE COMPUTER〉
5. RESO/Toasted〈PITCH BLACK〉
6. JOSE JAMES/Blackmagic(JOY ORBISON RMX)〈BROWNSWOOD〉
7. PATTERN REPEAT/Pattern Repeat 01a〈PATTERN REPEAT〉
8. BEN VERSE/Flip The Coin〈WHEEL & DEAL〉
9. RAMADANMAN & APPLEBLIM/Justify〈APPLE PIPS〉
10. INSTRA:MENTAL/Futurist〈NAKED LUNCH〉
11. APPLEBLIM & PEVERELIST/Over Here(BRENDON MOELLER RMX)〈APPLE PIPS〉
12.J OY ORBISON/Wet Look〈HOTFLUSH〉
13. F/Energy Distortion〈7EVEN〉
14. VALMAY/Radiated Future〈BLUEPRINT〉
15. MARLOW/Back 4 More〈BOKA〉
16. ROB SPARX/2 Faced Rasta(RESO RMX)〈Z AUDIO〉
17. F & HEADHUNTER/Dedale〈TRANSISTOR〉
18. MARLOW/Druid〈NO COMPANY〉
19. INSTRA:MENTAL/No Future(SKREAMIX)〈NON PLUS〉
20. SCUBA/I Reptured(SURGEON RMX)〈HOTFLUH RMX〉
21. SUBEENA/Circular〈IMMIGRANT〉
22. SCUBA/Aeseunic〈HOTFLUSH〉
23. SILKIE/Head Butt Da Deck〈DEEP MEDI MUSIK〉
24. GUIDO/Chakra〈PUNCH DRUNK〉
25. KOMONAZMUK/Bad Apple〈HENCH〉
26. HARRY CRAZE/Wa6〈DEEP MEDI MUSIK〉
27. KRYPTIC MINDS/The Weeping〈DISFIGURED〉
これは素晴らしい発見のあるコンピレーションだ。キッド・カディやドレイクらの華々しいデビューの裏側で、USヒップホップのニュー・ジェネレーションの才能がこういう形でも開花していたのかと知れるだけで面白い。ほとんどのアーティストが、ミックステープ・サーキットで名を馳せてはいるものの、日本でも、そして本国でもたいして知られていない。ミックステープ・サーキットからメジャー契約に漕ぎ着けたラッパーと言えば、先日、グッチ・メインが所属するワーナー・グループ傘下の〈アサイラム〉と契約したアトランタのピルなどがいるが、『LTYS』は、USヒップホップのお馴染みの記号――セックス、ドラッグ、ヴァイオレンスから離れ、よりポップなサウンドとリラックスしたアティチュードを特徴としたアーティストを紹介している。
ア・トライブ・コールド・クエスト『ミッドナイト・マローダーズ』を引用したジャケットが示すように、ニュースクール・リヴァイヴァル的な要素も多分にある。が、まず耳を引くのがその豊かな文化的混交性だ。それは、グッチ・メインやピル、ヤング・ジージィら、アトランタ在住の不良ラッパーたちの既発曲をフライング・ロータス、ハドソン・モホーク、エル・P、プレフューズ73らがリミックスして話題になったミックステープ『アダルトスウィム&ビートレーター・プレゼント ― ATL Rmx』の真逆を行くようなレイドバックした感性に支えられている。ポップス、ソウル、ロック、エレクトロニカ、ハウス、エレクトロ、それら雑食的な音のメリーゴーランドがくるくると無邪気に回転している。PSGや鎮座DOPENESSの、旧来的な慣習やルールに縛られない、あっけらかんとしたノリとシンクロしているようにも聴ける。さらに、『LYTS』を編集したのが日本人のDJであるというのも僕を喜ばせた。エグゼクティヴ・プロデューサーのShoez(彼は元CIAのDJだ)は、NYやLAまで足を運び、アーティストやレーベルと直接交渉してライセンスを取得したという。まったく素晴らしい熱意である。
また、ジャケットは、画家の清田弘らが率いる〈FUTURE DAZE〉というエクスペリメンタル・ヒップホップ・アート・コレクティヴとでも形容できる集団のデザインによるものだ。彼らはかつてDJ BAKU×灰野敬二のセッションを企画し、WRENCH、CORRUPTED、GREENMACHiNEなどのロック/ハードコア勢からMERZBOWまでをブッキングする一方、鎮座DOPENESSとSKYFISHのライヴDVD『RETURN OF THE FUTURE DAZE』(07年)を自主でリリースしている。ジャンレスにユニークな活動を展開する〈FUTURE DAZE〉が、ここに収録されるようなアーティストと接点を持つのは合点がいく。
さて、アルバムの中身はと言うと......、U-N-Iが、「自由の国へようこそ、俺は今日とてもいい気分だ/ところで君はどうだい?(Welcome to the land of free, I'm feelin' good today.By the way, how you?)」と軽快にラップするダンサンブルなナンバー"ランド・オブ・ザ・キングス"で始まる。U-N-Iは、ウータン・クランの"C.R.E.A.M."をコミカルにリメイクした"K.R.E.A.M."でその批評性を評価されメジャー契約の話が舞い込むも、今でもインディペンデントで活動するLAのラップ・デュオだ。エレクトロニカ・シーンでお馴染みのマシーンドラムことトラヴィス・スチュワートは、ソフトなエレクトロ・サウンド"フレッシュキッズ"や、"エンジョイ・ザ・サン"といった曲を手がける。"エンジョイ~"でラップするセオフィラス・ロンドンは、マーク・ロンソンやサム・スパロウとも共演するブルックリンのラッパーだ。彼の、マイケル・ジャクソン"ジャム"のリメイクから幕を開けるミックステープ『ジャム!』のベタベタなポップ・センスはかなりユニークだ(別のミックステープではホイットニー・ヒューストンのヴォーカルをエディットしたりしている)。メイヤー・ホーソーンを彷彿とさせるアウタサイトのソウル・ナンバー"アナザー・レイト・ナイト"も素晴らしい。彼はすでに〈ユニバーサル〉との契約が決まっているという。ボーナス・トラックとして収録されたNYのフィメール・ラップ・デュオ、ノラ・ダーリンの"ステップ・トゥ・ミー"がまた良い。"ステップ~"のPVを見れば、彼女たちが、MTVで表象されるビッチ系ともクイーン・ラティファのような姐御系とも違った、スタイリッシュなフィメール・ラッパーの新境地を開拓しようとしているのがわかる。ちなみにグループ名は、スパイク・リーの映画『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(1985年)の登場人物に由来するという。
さらりと聴き流そうと思えば、聴き流せてしまうコンピレーションではある。が、しかし、あれこれ調べてみて、USのヒップホップにまだこんな領域があったのかと驚かされた。意外にもいろんな発見があった。ということで、『LTYS』を聴いた後、U-N-Iとセオフィラス・ロンドンのミックステープをチェックすることをまずお勧めしたい。
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MONKEY STEAK
HYPED UP feat. MC ZULU
STEAK HOUSE / UK / 2010.3.3
GET MUSIC
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F
ENERGY DISTORTION
7EVEN RECORDINGS / FRANCE / 2010.2.23
GET MUSIC
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DVA
NATTY
HYPERDUB / UK / 2010.2.2
GET MUSIC
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GINZ & KOOL MONEY KWAME
WET WIPE RIDDIM
EARWAX / UK / 2010.2.2
GET MUSIC
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5 |
DETACHMENTS
CIRCLES (REMIXES PART TWO)
THISISNOTANEXIT / UK / 2010.2.2
GET MUSIC
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6 |
FANTASTIC MR FOX
SKETCHES EP
BLACK ACRE / UK / 2010.2.16
GET MUSIC
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7 |
DJ ZINC feat. MS DYNAMITE
WILE OUT
ZINC MUSIC / UK / 2010.2.16
GET MUSIC
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MESAK
SCHOOL OF MESAK
HARMONIA / FINLAND / 2010.2.12
GET MUSIC
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THE SOUL JAZZ ORCHESTRA
RISING SUN
STRUT / US / 2010.2.12
GET MUSIC
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すごくメチャクチャをやる人っていうのが書いてあって。「なんか面白そうだな」って、それで高3のときに初めて買ったのが『リチャード・D・ジェイムス・アルバム』。それが転機になった。転機というか、道を踏み外したというか。
エイフェックス・ツインがポップ・カルチャーにぽっこりと残した巨大な玉手箱、そのひとつは"子供"、いわばピーターパンである。アニマル・コレクティヴ、コーネリアス、そしてデデマウス......。ロックンロールが思春期のものであるのなら、その思春期とやらを嘲笑するかのように掃除機で吸い取り、あるいはまるめてゴミ箱に投げる。いや、そんな悪意のあるものではない。もっと愉快なものだ、子供たちを楽しませるような。
DE DE MOUSE 「A Journey to Freedom」 rhythm zone/Avex Trax |
話を聞くために初めてデデマウスに会った。まるで十数年来の知り合いに会ったような気分だった。彼は息つぎする間もなく喋った。僕に質問する間も与えない。これは彼の策略なのだろうか。言いたいことを言い切って、そして走って逃げていく、子供のように......いや、マンマシンのように。
2007年にインディ・レーベルから出した『Tide of Stars』がほとんど口コミを中心に驚異的なセールスを記録して、まさに日本のテクノ新世代を代表するひとりとなったデデマウスは、この度、通算3枚目になる新しいアルバム『A Journey to Freedom』をエイベックスから発表する。以下のながーい話を読んでもらえれば、彼の音楽に特有な郷愁の感覚がどこから来ているのかわかってもらえると思う。あるいはまた、彼の音楽の背後にある理想のようなもの、そしてまた彼が音楽に託す思いのようなものも......。いや、それ以上によくわかるのは、彼が心底エレクトロニック・ミュージックを愛しているってことだ。
シロー・ザ・グッドマンって......近いですよね?
デデ:すごく近いです。でも、最近会ってないです。〈ロムズ〉から「(変名で)ださない?」と言われたことがあって、シロー君と高円寺のラーメン屋さんで会いながら。
飲み屋じゃなくて。
デデ:シロー君、シャイじゃないですか。
そう? ああそうかも(笑)。
デデ:シャイなんで、すごく冗談を言うんだけど、あんま目を見てくれなかったり(笑)。
ハハハハ。いやね、シロー・ザ・グッドマンと......年末だったかなぁ。高円寺で一緒に飲んでて、「いやー、オレにとっての失敗はデデマウスを出さなかったことやわ~」とぼやいていたんだよね。
デデ:ハハハハ。ホントに〈ロムズ〉が好きで、デモを送ってたんですよ。
言ってました。なのにオレは......みたいな(笑)。
デデ:でもダメで、そしたら永田(直一)さんが出してくれるっていうんで「じゃ、出しまーす」って。で、その後、シロー君からオファーされたんだけど、「いまさら鞍替えっていうのも何なんで」って(笑)。
最初から出してくれよって(笑)。
デデ:はい(笑)。正直、そう思いました(笑)。
まあ、それはともかく、デデマウスみたいな明白なまでにテクノをやっている新しい世代が、どっから来たのか興味あるんです。僕らの時代は、ハウスがあって、で、テクノがあってという風に、クラブ・カルチャーの歩みとともにあったけど、たぶん、違うじゃない。
デデ:ああ、はい。
どっから?
デデ:小さい頃はテレビのアニメ・ソング。まさに自分が曲作りするとは思わなかった......というか、歌うのが好きで。だからそれで、光GENJIとか歌って、「自分もこーなりたいなー」と(笑)。音楽とは歌って楽しくて儲かって、っていうイメージで(笑)。群馬の片田舎で育ったんで、テレビぐらいしかなかったんですよ。オレは大きくなったらアイドルになるって(笑)。人には言わなかったけど。さすがに中学生になる頃にはアイドルになろうなんて思ってなかったけど、まわりで地味だったヤツが音楽はじめたりして、バンドやったりね、「なんで、あいつが?」って、それがすごく悔しくて。
負けず嫌い(笑)。
デデ:で、家に父親のクラシック・ギターがあったので、友人からXの楽譜をもらって、クラシック・ギターでコピーしようとしたり。
ぜんぜんテクノじゃないね(笑)。
デデ:小学生のとき『シティハンター』のアニメがあって、そのエンディングがTMネットワークだったんですよ。その影響は実は、僕ら世代では大きい。みんな言わないけどね、実は大きいんです(笑)。それと都会に対する憧れが強い。そうなったときに、ダンス・ミュージックのほうが圧倒的にアーバンなわけですよ、Xよりも(笑)。すごくサイバーな感じがして。小室さんもライヴでシンセサイザーに囲まれていたりするじゃないですか。最初はあれが格好良く見えた。で、13~14歳ぐらいの頃から、ダンス・ミュージックいいなって思っていて、それと電気グルーヴですよ。
ああ、そうなんだ。
デデ:最初はよくテレビに出てたから芸人だと思ってたんですよ。でも、電気が"NO"出した頃から聴くようになって。
3枚目の頃から。
デデ:アシッドとかやりだした頃ですね。『テクノ専門学校』を聴いたり。
それは嬉しいね。中学生?
デデ:中3か高1ぐらい。そう、それで独学でキーボードの練習をはじめるんです。あと父親がオーディオマニアで、ヴィデオテープにFM番組を録音するような。
音質が良いからね。しかしホントにマニアだね、それ。
デデ:そうなんです。それで洋楽の格好良さを僕も知ってしまって。で、父親のコレクションにアバ、シック、カイリー・ミノーグなんかがあるわけですよ。そういうのを聴いているときに、ちょうど高2の頃、テクノ・ブームに当たった。ケンイシイさんが出した『ジェリー・トーンズ』とか。ただ、群馬の田舎だったから、ソニーが出していた〈ワープ〉のCDとか、ハードフロアとか、そんなものしか入って来ないんですよ。デリック・メイの『イノヴェイター』とか、もうちょっと後にはケミカル・ブラザース、アンダーワールド......。
まさにテクノ・ブームだよね。
デデ:当時、NHKでテクノの特番があって、〈レインボー2000〉の映像を流したんですよ。そこでアンダーワールドの"ボーン・スリッピー"を初めて聴いて、「これ、聴きたい!」と思って、買ったのが『ダブノーベースウィズマイヘッドマン』で、「あれ?」って(笑)。「こんな曲だっけ?」って。しばらくしてからシングルで出ているのを知ったような(笑)。
ハハハハ。
デデ:まあ、そんな感じだったんです。エイフェックス・ツインを知ったのは『キーボード・マガジン』だったかな。すごくメチャクチャをやる人っていうのが書いてあって、「なんか面白そうだな」って、それで高3のときに初めて買ったのが『リチャード・D・ジェイムス・アルバム』。それが転機になった。転機というか、道を踏み外したというか。
[[SplitPage]]で、エレクトロニカがブームになって、エイフェックス・ツインもエレクトロニカに括られて、「なんか違うな」って。エレクトロニカって上品なイメージがあったんですよ。そんなものじゃない気がするし、ラップトップの画面を見ながらライヴをしておしまいという、なんか不健全な感じがしたんです。
そうだよね。デデマウスの音楽を聴いてまず最初に思うのは、エイフェックス・ツインからの影響だもんね。
デデ:ドラムの打ち込みとかすごいじゃないですか。連打しまくって、感覚だけで作っているっていうか。リズムのバランスも悪いし、あのアルバムのすべてにもっていかれたというか。お気に入りの玩具、ゲーム、そんなようなものというか。いっつも聴いていた。
衝撃という点ではスクエアプッシャーの『ハード・ノーマル・ダディ』でしたけどね。ジャングルの影響受けながらフュージョンみたいなことやっているし、ホントにびっくりした。96年~97年ぐらいですかね。で、ミュージック(μ-Ziq)も出てくるでしょ。もう、あのブレイクビーツを聴いてまたびっくりしちゃった。スクエアプッシャーの『ビッグ・ローダ』、ミュージック、コーンウォール一派や〈ワープ〉をずーっと聴いていましたね。貪るように聴いた。で、ソニーがしばらくして、〈リフレックス〉の日本盤も出すんですよ。田舎で日本盤しか手に入らないから、それはほとんど買い漁った。あとはもちろんオウテカ。
まあ、通ってるだろうね。
デデ:『キアスティック・スライド』。三田(格)さんがライナー書いていたんじゃないかな。で、その後に出した......。
『LP5』!
デデ:あれがもう最高で! コンピュータが自動生成されたメロディとリズムによるまったく新しい音楽に思えた。
『キアスティック・スライド』や『LP5』はミュージシャンに与えた影響が大きいよね。シロー君たちもあそこら辺からテクノに入ったって言ってたよ。
デデ:ちょうどその頃から学校で上京したんです。もうそうなったら、暇さえあればシスコに行って新譜をチェックするという。
なんか意外と真っ当な道を歩んでいるんだね。
デデ:インターネットがまだ普及していないし。
そうだよね。だけどデデマウスを聴いて、エイフェックス・ツイン、そして〈リフレックス〉からの影響というのはすごくよくわかる。
デデ:そういってもらえると嬉しいんです。僕は、そこは愛を出しているつもりです。
アンダーワールドというほうが意外だよ。
デデ:当時『ロッキングオン』にも流された世代だから(笑)。『ロッキングオン』と『エレキング』に(笑)。リチャード・D・ジェイムスに関する伝説が載ってるじゃないですか。戦車乗ってるとか、1日3曲作ってるとか。
夢のなかで作曲してるとかね(笑)。
デデ:そういうのを全部信じていた(笑)。なんて格好いいんだろうって。
遊んでいる感じがあったよね。当時のエイフェックス・ツインって、20歳そこそこの若者が、業界の大人をからかっている感じがすごくあったでしょ。
デデ:そうそう。ちょっとバカにしている(笑)。それがすごく格好良く思えたんです。暴力的で、悪意に満ちていて、それが最高だって。僕が19~20歳で作った音楽には、ものすごくその影響があったんです。突然ノイズが出てきて、「あーっっははは」って笑ってみせたりとか。
音響やポスト・ロック系も好きでしたね。モグワイも好きだった。それでもデモを送ったのは〈リフレックス〉でしたけど。で、そうしたら〈リフレックス〉から返事が返って来たんです。まだ英語も読めないし、emailもできなかったんだけど、友だちでパソコン持ってるヤツがいて、彼のところに来たんです。「なんかお前宛に英語でメールが来ているよ」って。そしたらもう怖じ気づいちゃって(笑)。
ハハハハ。
デデ:「これは出せないけど、君は良いものを持っているから、もっと送って欲しい」って。それがものすごくプレッシャーになって、しばらく〈リフレックス〉を意識したものしか作れなかった。
なるほどね。
デデ:そのまま自然体で作れれば良かったんだけど。それでいちどダメになってしまったんです。小心者だから。
まったく小心者には見えないけどね(笑)。
デデ:それくらいからCM音楽の仕事をさせてもらえるようになったんだけど、まだ若いから、カネよりも自分のやりたいことをやるんだって、バイトしてでもやろうと。だけど、90年代末になってくると、かつて自分がエレクトロニック・ミュージックに感じていたワクワク感がどうもなくなってしまって......。
うん、そうだったね。エイフェックス・ツインも「ウィンドウリッカー」(1999年)がピークだったし。
デデ:うん、あれはすごかった。あのフィルの感じとか信じられなかった。
曲もすごかったし、PVもすごかった。ところが2001年の『ドラックス』でエリック・サティとテクノの中間みたいなことになったでしょ。
デデ:でも僕はあれがいちばん好きかもしれないんです。すごくピュアだし。
ああ、たしかに、ピュアであることは間違いないよね。
デデ:みんなはピアノの曲が良いって言うけど、僕はビートが入っている曲が大好きで。ドラムマシンとブレイクビーツの絡みという点では、ものすごく影響も受けた。
なるほどね。
デデ:もちろん「ウィンドウリッカー」や「カム・トゥ・ダディ」は大好きですけど。
ポップということを意識しているよね。
デデ:うん、そうなんです。それでも僕は『ドラックス』のビートものが大好きなんです。構成的にも、ピアノの曲があって、ビートものがあって、まあ、予定調和と言えばそうなんですけど、安心して聴ける。
「ウインドーリッカー」の後にアルバムが出るって話があったじゃないですか。それをすごく楽しみにしていたんです。当時は大田区に住んでいて、毎日のように川崎のヴァージンに行って、「出てないか? 出てないか?」ってチェックしていたほど楽しみにしていた。でも、結局、あのあと出なかったじゃないですか。ものすごくがっかりしちゃって。あの頃がリチャードに対する気持ちのピークだったかもしれない。
エイフェックス・ツインの音楽のなかにはいろんな要素が入ってるしね。
デデ:そうなんです。エレクトロニック・ミュージックのピークって、やっぱ97年ぐらいがピークだったと思うんです。ジャングルがドラムンベースになって、そこからドリルンベースへと発展して......。で、しばらくしてDMXクルーみたいなエレクトロも出てきて、それはそれで面白いなと思ってたんですけど、正直、それ以外のところではそんな刺激がなくて。ボーズ・オブ・カナダみたいなのも好きでしたけど、あれがエレクトロニカって呼ばれるのが僕にはわからなくて。アブストラクトの流れなんじゃないかなと思っていた。
あるいはサイケデリック・ロックの流れというか。
デデ:そうそう。で、エレクトロニカがブームになって、エイフェックス・ツインもエレクトロニカに括られて、「なんか違うな」って。エレクトロニカって上品なイメージがあったんですよ。そんなものじゃない気がするし、ラップトップの画面を見ながらライヴをしながらおしまいという、なんか不健全な感じがしたんです。もっとフィジカルなものだったと思うし。あと......〈リフレックス〉の悪意を変な風に解釈する日本のエイフェックス・ツイン・フォロワーみたいな人たちがいて。敢えて名前を挙げると〈19頭身〉とか。
いや~、知らない。
デデ:2000年ぐらいにあったんですよ、そういうのが。〈ロムズ〉のコーマとかも初期は関係してましたよ。僕も関わっていたし。なんていうか、相手に対してただ攻撃的になればいいみたいな。「それは違うだろう」っていうのが僕にはあって。
[[SplitPage]]
僕にとって〈ロムズ〉は届かない人たちだったんですよ。みんな独自のオリジナリティというか、スキルを持っていて、自分はまだそれを確立できていないから、自分はその辺の人たちと対等にはなれないけど、近づけるようにがんばってみようって。そこからデデマウスのファーストが作られるんです。
エイジ君(コーマ)とは、じゃあ、もう知り合っていたんだ。
デデ:その頃はまだ出会ってないんです。作っていた音楽も違っていたし、僕は僕で、リチャードの幻影を追い求めるのは止めて、もっと自分のコード感を出した曲を作っていたし。コーマ君と出会ったのは2004年ぐらいです。僕の友だちの女性シンガーで、Jessicaという子がいて、それをワールズ・エンド・ガールフレンドやジョセフ・ナッシングがアレンジするっていうことで紹介されたのが最初かな。僕もそれに参加したんです。
そのときはもうデデマウスとして活動していたんだ?
デデ:いちおうしてました。でも、そんなにアクティヴではなかった。23歳の頃かな、いちど〈19頭身〉の人と喧嘩になってしまったことがあって、自分も悪かったんですけど、そういうこともあって自信をなくしている頃で、もう外に出るのが恐くなってしまって(笑)。
ハハハハ。
デデ:恐いなって。だから〈ロムズ〉の人たちもきっと恐いんだろうなと思っていました。で、ジョセフと会ったら、すごく変人だけど、すごく柔らかい人で。で、コーマ君は、〈ロムズ〉の3周年に行ったときかな、僕が「すごく良かったです」って声かけたんです。そこでデモを渡したら、後からメールをくれて「君はストリートっぽい音楽をやるよりもメロディものにいくほうがいいんじゃないかな」みたいな内容で、「あ、やっぱそうなんだ」って思って。それもターニング・ポイントだったな。
ホント、気の良い連中だからね。
デデ:〈ロムズ〉のアニーヴァーサリーは毎年行ってましたよ。
なるほど。たしかにデデマウスからは、キッド606からの影響も感じるんだよね。あのアウトサイダーな感覚というか、アナーキーな感覚というか(笑)。
デデ:それはすごく嬉しい。エイフェックス・ツインやキッド606もそうですけど、僕にとって〈ロムズ〉は届かない人たちだったんですよ。みんな独自のオリジナリティというか、スキルを持っていて、自分はまだそれを確立できていないから、自分はその辺の人たちと対等にはなれないけど、近づけるようにがんばってみようって。そこからデデマウスのファーストが作られるんです。
なるほど。
デデ:エイフェックス・ツインはとんでもなくすごいし、〈ロムズ〉の人たちもすごいし、だったら自分にできることをやるしかないって。そう思えるようになってからアクティヴになりました。
どんな場所でやってたの?
デデ:中野の〈ヘヴィーシック〉とか。自分の近くいたのが、ゲットー・ベースの人が多くて。
おお。
デデ:DJファミリーとか。
僕もミックスCD持ってますよ。
デデ:そう、あの頃ゲットー・ベースすごかったじゃないですか。あの辺の下世話で、BPMが速い感じが好きだったから。
デデマウスの音楽とはあんま繋がらないけど。
デデ:そんなことないですよ。自分のなかではあるんですよ。あの下世話さ、ストリート感、そしてメロディというのは実は自分のなかにあるんです。
なるほどなー。話聞いていてすごく面白いんだけど、デデマウスがいた場所というのは、90年代のテクノ熱がいちど終わってしまって、で、廃墟のなかでなんか子供たちが遊んでいるぞっていう、そんな感じだよね。何もないところでさ。
デデ:シーンを意識してなかったですけどね。踊らせたい、メロディを聴かせたい、それだけとも言える。それでも、〈ロムズ〉まわりの人に聴かせるのは恐かった。自信がなかったんです。それでも支持してくれて......〈ロムズ〉5周年のアニーヴァーサリーには僕も出てるんです。
あ、僕もそれ行ってるかも。アニヴァーサリーにはけっこう行ってたよ。
デデ:けっこう来てるんですよね。サワサキさんも来てたって言ってたし。そういうなかで、僕はB級だってずっと思ってたんです。
ジョセフ・ナッシングは〈プラネット・ミュー〉だし、コーマは〈ファットキャット〉だったりとか、海外からも出していたしね。
デデ:〈プラネット・ミュー〉なんか......僕のなかでは夢ですよ。僕、〈ドミノ〉から返事をもらったことがあったんです。
いいじゃない。
デデ:でもリリースまではいかなかった。ちょうどフランツ・フェルディナンドを出した頃で、良い時期だったんだけど(笑)。「がんばれ」みたいな返事だった。それはそれで自信になったんですけどね。
ただ、僕もふだんは〈ロムズ〉まわりの人たちとつるんでいたわけじゃなくて、月刊プロボーラーっているじゃないですか?
はい。
デデ:あの辺の、テクノの人たちと一緒にやってることも多かったんです。わりと根無し草的に、いろんなところでやっていた。自分のホームを欲しいなと思っていたけど、ボグダン(ラチンス)の影響があったわけじゃないけど、ライヴでめちゃくちゃやるっていうのが......。
ボグダン! あれ面白かったよね。
デデ:わけもわからず「あー」って叫んで(笑)。ラップトップでもああいうの良いなって思って。自分にカツを入れるためにマイクで「ぎゃー」って叫んでアジテートしたり。
時代のあだ花じゃないけど、ブレイクコアみたいなシーンが花咲いたよね(笑)。
デデ:すごかった。「何? ブレイクコア? 意味わかんなくねぇ?」みたいな(笑)。で、そういうなかで「ぎゃーぎゃー」言いながらライヴやってたんですけど、何かそういう、サーカスの見せ物小屋的なところで「こいつ面白い」と言われることも多くて。それがまた勘違いされる第一歩になってしまったというか。
それこそベルリンでジェフ・ミルズが初めてDJやったときは、まわしたレコードをすべて放り投げるパフォーマンスをやったという伝説があって、やっぱそういうサーカスティックな行為って「オレを見ろ!」ってことなわけでしょ?
デデ:格好いい、それ。やっぱそうなんだね。DJファミリーもね、ジャグリングがうまくて、かけたら前に放り投げるっていうことをやっていた。で、そういうことやられると、見てるほうもやっぱ上がりますよね。
重要ですよ、そういうことは。
デデ:で、あるとき〈ユニット〉でやったことがあって。シロー君も出ていて、シロー君は上でやっていて、下で永田さんがやっていて、で、僕の友だちが永田さんに僕のデモを聴かせてくれて、で、永田さんが「君、いいよ」って言ってくれて、そこからアルバムの話に発展するんです。〈ロムズ〉から出したかったんだけど、〈ロムズ〉は何も言ってくれないし(笑)。
ハハハハ。このインタヴューを真っ先にシロー君に読んでもらおう(笑)。
デデ:いやー、怒られちゃいますよ。
おおらかな人だから、笑ってくれるよ(笑)。
[[SplitPage]]僕のなかの東京のイメージなんです。自然と人工の殺伐としている風景、あんま人間くさくなくて......子供の頃に読んだ『おしいれのぼうけん 』って本があって、僕、あれが大好きで、保育園でいたずらしていた子が押し入れに閉じこめられてしまう話で、そこにはトンネルがあって、トンネルを抜けると夜の大都市に出るんです。
デデ:とにかく、それがきっかけで〈ロー・ライフ〉にも出ることになって。で、そのとき、最初はステージがあったんだけど人が押し寄せてなくなちゃって、僕のまわりに客がわーっといて、「オレの機材守れ! テーブルを持て、みんな!」って言って。で、テーブルを持たせながらライヴやって、そんなに激しい曲じゃないのに何人かの客がダイブしたりして。それを永田さんが見て、「新しい時代がはじまった」と感じたっていうんです。それでファースト・アルバムを出すことが決まるんです。
それはすっごくいい話だね。
デデ:でもね、アルバムを出すのは決まったけど、ディストリビューターも決まっていなかった。それなのにアルバムの噂が広まっていたらしくて、タワレコの人や新星堂の人たちから直接メールが来るんですよ。「アルバムを置きたいから」って。でも、「ディストリビューターがいないんです」って言っていたら、〈ロムズ〉のタカラダ君が、ウルトラ・ヴァイブを紹介してくれた。それで出したら、宣伝してなかったんだけど、みんなが応援してくれて......。
それはホントにいい話だよ。宣伝力ではなく音で売れたんだから。素晴らしいよ。
デデ:ホント、最初は信じられなくて。永田さんから「5千枚いくかもよ」って言われたときにはびっくりしちゃった。
口コミなわけでしょ。
デデ:タイミングも良かったんですよ。何故か、爆発寸前のパフュームと比べられたりして。
違うでしょ!
デデ:キラキラ・テクノみたいな(笑)。なんだかテクノ・ポップと扱われたりして。でも、中田ヤスタカさんとかもDJでかけてくれていたみたいで。ヴィレッジバンガードみたいなお店も大プッシュしてくれたりして......ホントに運が良かった。タイミングが良かっただけなんです。
それを言ったら、エイフェックス・ツインだって電気グルーヴだってURだって、みんなタイミングが良かったんだよ。
デデ:絶対にエイフェックス・ツインや〈ロムズ〉にはかなわない、そう思って違うことをやろうとはじめたのがデデマウスだったから。
デデ君のなかで〈ロムズ〉ってホントに大きかったんだね。
デデ:とても。絶対に自分よりすごいと思っていて......、アイデア、ミキシングのテクニック、すべて自分よりレヴェルが高いと思っていたし。
ファースト・アルバムが売れてもそう思っていたの?
デデ:ずっとそう思っていて、セカンド・アルバムでエイベックスに来たのも、テクノというより、自分はフュージョンにはまっていて、スーパーで流れるような音楽を作りたいって、そういう気持ちだったから。ホームセンターとかスーパーでかかるような音楽を目指したんです。郊外のニュータウンとか、僕、大好きだから。
へー、何でまた?
デデ:僕のなかの東京のイメージなんです。自然と人工の殺伐としている風景、あんま人間くさくなくて......子供の頃に読んだ『おしいれのぼうけん 』って本があって、僕、あれが大好きで、保育園でいたずらしていた子が押し入れに閉じこめられてしまう話で、そこにはトンネルがあって、トンネルを抜けると夜の大都市に出るんです。そこでねずみばあさんが出たりとか、いろいろあるんですけど、僕、その誰もいない夜の大都市というのが強い印象に残っているんですね。たとえば、誰もいない夜の高速道路とか。
群馬というのも影響しているのかね?
デデ:あるかもしれない。僕の家の近くに国道が通っていて、夜になると誰もいないんだけど、オレンジの街灯がばーっとあって。うん、だからそれとリンクしたというのもあるかもしれないけど、何故かニュータウン的なものが僕にとっての東京だったんです。
ふーん、それは興味深い話だね。決して、華やかなところではなく。
デデ:そう、閑散としたところなんです。そしてそこのホームセンターやショッピングモールでかかる安っぽいフュージョン、それをイメージしたんです。
ある種のアンビエントだね、"ミュージック・フォー・ニュータウン"とでも呼べそうな。
デデ:そうそう、ホントにそう。ああいうところでかかる音楽が好きなんです。で、スタジオ・ジブリみたいなのも好きだったから、自分の音楽のなかにどうしたら日本的なものを取り入れることができるのかって考えていて、それが、そう、ニュータウンのフュージョンであり......。
『Sunset Girls』?
デデ:そう、『Sunset Girls』です。だからあの、夏祭りのイメージとかも、その考えから来ているんです。
90年代だったら、テクノの目的意識がはっきりしているじゃない。踊らせるとか、トリップだったりとかさ、だけど、デデマウスみたいなゼロ年代のテクノはそうした拠り所みたいなものを喪失しているんだよね。クラブとかDJに90年代のようにアイデンティファイしている感覚とは違うじゃない。
デデ:自分がどこにアイデンティファイすればいいのか、わからなかったですね。
その感じは音楽に出ていると思いますよ。
デデ:上京して、深夜にクラブに出掛けても、4つ打ちのテクノしかかからないし......ハード・ミニマルは好きでしたけどね。
クラブには遊びに行っていたの?
デデ:頻繁に行くっていうほどではない。友だちが出るからとか、つき合っていた彼女から「ケンイシイの出る〈Womb〉のイヴェントに行こうよ」って誘われて行ったり、そんなものですよ。そういうところ行くと、「なんか違う」って思ってしまって。酒飲んで、4つ打ちで踊るって、音楽を聴いているっていうよりは......なんだろう? それでも昔はクラブで遊ぶのが格好いいっていうのがあったけど、いまはもうそんなのないじゃないですか。しかも自分の求めるテクノって、そういうところからはずれているものだったから。
それは90年代からそうだよ。僕がエイフェックス・ツインを好きでも、最初は肩身狭かったもん。「健吾、オウテカって面白いね」って言っても「んー、でも踊れねーじゃん!」みたいな(笑)。やっぱほら、あの頃はテクノと言っても主流はトランスだったから。〈ワープ〉なんてDJやってる連中からけっこう冷ややかだったんだから。
デデ:僕はその頃、学生で東京にいなかったから良かったのかもしれない(笑)。ただ、僕も、ブレイクコアとか、エイフェックス・ツインとか、そんなのを胸はってDJでかけて「ウォー!」ってなるなんて、考えられなかった。
だいたいね、日本で、エイフェックス・ツインの影響を自分の音楽に取り入れた最初の人って、オレが知る限り、コーネリアスだもん。
デデ:あー。
UKやヨーロッパはすぐにフォロワーが出てきたのにね。日本ではムードマンあたりが多少違っていたぐらいで、あとはおおよそトランスだった。で、ゼロ年代になって、〈ロムズ〉やデデマウスが出てきて、僕は初めてエイフェックス・ツイン・チルドレンが顕在化したと思った。USインディもそうだよね。アニマル・コレクティヴだって、バンドだけど、エイフェックス・ツインからの影響じゃない。だから、エイフェックス・ツインの影響って、意外なことにそのあとの世代から面白い人たちがけっこう出てきている。
デデ:コーネリアスの"スター・フルーツ/サーフ・ライダー"がFMから流れたときはホントにびっくりして。
あれはびっくりした。
デデ:ホントにびっくりした。自分がやりたかったことをやっている。『ファンタズマ』の"スター・フルーツ~"にいくまでの流れが最高なんですよ。
「真似しやがって!」とは思わなかった(笑)?
デデ:それよりも「やられた!」って感じでした。あれでコーネリアスはすごいと思った。
デデマウスやコーネリアスっていうのは似ているよ。音楽性はぜんぜん違うけど、「ファンタジーを見せる」っていうところは同じでしょ。
デデ:そう言ってもらえるとありがたいです。僕、アニメが好きで......古典的なアニメなんですけど。世界名作劇場とか、ルパンとか、少年が少女を救うために自分の身を犠牲にするくらいの気持ちで突っ走るっていうか。『未来少年コナン』とか、僕、大好きで。
ハハハハ。オレ、大昔だけど、ピエール瀧から「見たほうがいい」って言われて貸してもらったことがある。VHSのテープ10本ぐらい(笑)。でもさ、『未来少年コナン』なんて、うちらの世代じゃない。
デデ:だから追体験なんです。宮崎駿を掘り下げていったらそこに行ったというね。昔のアニメが好きなんですよ。野田さんがリアルタイムで見ていたような。
『巨人の星』......、いや、『マジンガーZ』とかだよ。
デデ:『マジンガーZ』はないけど、『ど根性ガエル』は好きですね。
ああ、なるほどね。あの時代の真っ直ぐな感じのアニメね。
デデ:そうそう、ラナを救うために命をかけるコナンの真っ直ぐさがたまらなくて(笑)。
実写ものにはいかなかったの? 『仮面ライダー』とか、『ウルトラセブン』とかさ。
デデ:『ウルトラセブン』は早朝、幼稚園のときに再放送で見ていた。
『ウルトラセブン』は幼稚園児には難しいでしょー。
デデ:もちろん重くて政治的なにおいをわかるようになったのは大人になってからなんだけど、ウルトラマンが格好いいと思っていたから。あとね......ロボコンとか。日曜の早朝に再放送してたんですよ。すごく影響受けましたね。
そのへんは、ジョセフ・ナッシングやエイジ君(コーマ)とも共通する体験なのかな?
デデ:どうでしょうね。実はそこまで話したことがなくて。ジョセフとはUFO話をしたことはあるけど(笑)。どうでもいい宇宙知識をいっぱい仕入れて、それで話したことはあったけど(笑)。アニメに関しては、話したことないですね。僕も最初は恥ずかしかったんです。「ジブリが好き」なんて言うと、だいたい「それって違くない?」って言われて。だからあんま言わなかった。......で、もうひとつデデマウスの影響を言うと、バグルスなんですよ。
バグルスって、あのバグルス?
デデ:そう、「ヴィディオ・キルド・レディオスター~」っていう。父親が持っていて。すごく好きになって、あの人のアルバムも聴いたんです。そしたらそのエンディングで、曲がリプライズするんですね。楽器だけの演奏で。そこがすごく好きで、で、それを僕はファースト・アルバムで最初の曲でやったんです。そう、懐かしさ......それも僕には重要な要素のひとつなんです。で、80年代のポップスって、僕のなかでそれなんです。DX-7の音を聴くとすごく懐かしくなるんです。
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童話的な......、色あせているんだけど、煌びやかなっていうか。で、多摩ニュータウンが好きだったから、休みの日に渋谷に行くんじゃなくて、多摩ニュータウンに行くんです。散歩するんですよ。そこをユーミンやボーズ・オブ・カナダを聴きながら歩くんです(笑)。
YAMAHAのDX-7と80年代ポップスって、本当は僕の世代なんだけどね(笑)。
デデ:そこは父親が大きいですよね。だから、ジャスティスみたいなニュー・エレクトロとか、僕のなかではしっくりこないんです(笑)。「これがエレクトロ?」みたいな。いまでも解せない(笑)。
あれは文脈が違うからね。エレクトロって呼ばないでほしいよね。
デデ:僕のなかではやっぱメランコリックな要素がなければエレクトロじゃないというか、すごくそれが重要なんですよ。プローンっていたでしょ?
プローン......?
デデ:〈ワープ〉から1枚だけ出した。
はいはい(笑)。
デデ:〈ワープ〉の10周年記念盤のリミックス集のほうにも参加していて、たしかトリッキー・ディスコをリミックスしていたのかな。とにかく......プローンが好きで。プローンが僕に80年代的な記憶を呼び起こしてくれたんです。自分の記憶の奥底で暴れられているような感じというか。『アンビエント・ワークス』よりもプローンのほうが僕はすごかったんですよ。野田さんたち世代はやっぱ『アンビエント・ワークス』がすごいでしょ?
もちろん。
デデ:僕はあんまそれを感じなかった。初めて聴いた17~18歳の当時はね。それよりもプローンのほうが懐かしさを感じたんです。
あれも変な1枚だったよね。
デデ:イージー・リスニング・ブームからすると遅すぎたし(笑)。童話的な......、色あせているんだけど、煌びやかなっていうか。
なるほど。
デデ:で、多摩ニュータウンが好きだったから、休みの日に渋谷に行くんじゃなくて、多摩ニュータウンに行くんです。散歩するんですよ。そこをユーミンやボーズ・オブ・カナダを聴きながら歩くんです(笑)。
なんでユーミン(笑)?
デデ:ユーミンやキリンジみたいなニュー・ミュージックが好きだったんです。
ぜんぜんエイフェックス・ツインとは繋がらないけどね(笑)。
デデ:だから、それを繋げたかったんですよ。ミュージック(μ-Ziq)っているじゃないですか。
はいはい。マイク・パラディナスですね。
デデ:彼のキッド・スパチュラって名義の作品あるじゃないですか。
最高だったよね。あの、〈リフレクティヴ〉から出ているヤツ?
デデ:あの名義で、『Full Sunken Breaks』(2000年)というアルバムがあって。
あー、それ、聴いてないわ。『スパチュラ・フリーク』しか聴いてない。
デデ:あれが大好きだったんです。キッド・スパチュラ......初期のミュージックと言ってもいいんですけど、簡単というか稚拙というか、ものすごいわかりやすいメロディがあったじゃないですか。『アイ・ケア・ビコーズ・ユー・ドゥ』の1曲目にもそれがあるし。あのアイデアでもって、自分のグッと来るメロディ、コード感でやったらどうなるんだろう?っていうのがあって。
なるほどねー。
デデ:だから、わかりやすいメロディみたいなものを追求したくて。
ミュージックはその辺、すごかったよね。イコライジングされた変態的なブレイクビーツで、しかし上物のシンセがやけにベタなメロディを弾くんだよね(笑)。
デデ:そういう点では、僕、ミュージックからの影響すごいですよ。
あー、言われてみれば、そうだね。
デデ:〈プラネット・ミュー〉はホントに憧れです。
いまはダブステップとグライムのレーベルですよ。
デデ:あー、〈プラネット・ミュー〉から出したかったなー。
ハハハハ。ちょっと話が飛ぶけどさ、ハドソン・モホークみたいな新世代はどう?
デデ:大好き。
やっぱり。
デデ:ニュー・ジャック・スウィングでしょ、あれ。
ハハハハ。うまいこと言うね。R&Bみたいなこともやってるしね。
デデ:プリンスみたいな曲もあるでしょ。「やられたー!」って思った。プレフューズ73のときも「やられたー!」って思ったんだけど、ああいうヴォイス・サンプリングをチョップするの自分もやっていたから。だから、自分はメロディをチョップして、自分なりのものを作ってやるって思った。
そうそう、なんで使っているのが、チベットやインドネシアの少女の声なの?
デデ:ただ手元にあっただけっていう。
アジアに対する妄想があるとか(笑)。
デデ:そういうわけではないんです。ただ、手元にあって使ったら「良いね」って言われて、「じゃ、使ってみようかな」みたいな。
なかばトレードマークになってるでしょ。
デデ:ただ、エイベックスに来たときにあれはもう捨てたかったんですよ。ヴォーカリストを使って、何か他のことをやりたいと思っていたほどなんです。あの声はライヴでも使ってないし......。
しかし......そう考えると、新しいアルバムは好き放題やってるよね。
デデ:うん、そうですね。
僕は6曲目がいちばん好きです。"double moon song"、これ、ホントに良い曲だと思います。テクノが好きな人はこれは好きだと思うよ。
デデ:はっきり言うと、これ、「カム・トゥ・ダディ」の2曲目の"フリム"なんです。ああいう、妖精が飛んでいるような曲を作りたいというのがあった。実はこれ、19歳のときの曲なんです。そのときからほとんど変わってない。ビートがちょっと変わったぐらいで。テクノに対する愛をいちばんストレートに出した曲なんです。
そうだね、ホントにそう思う。
デデ:昔、NHKの深夜番組で風景の映像にアンビエント音楽だけっていうのがあったんです。ボイジャーの映像にテクノがかかるみたいな。そこで『アンビエント・ワークス』の2曲目か3曲目がかかったんです。「いいな~」って思って。そう、そのときの感覚や、"フリム"みたいな感覚、それは僕のなかですごくピュアなものなんです。それをもう1回やってもいいかなと思って。それが結局、今回のアルバムのいちばん中心になった。
3曲目の"sweet gravity"も面白かったな。
デデ:あれはねー、あからさまにやってやれって感じで(笑)。
デデマウス的なアシッド・ハウスというか(笑)。
デデ:アシッドもの好きなんですよ。
やっぱそうなんだ。
デデ:いまやっておけば、4枚目ではもっと出せるかなって(笑)。
ハハハハ。
デデ:だから、自分がやりたかったこと、やってきたことの橋渡し的なことになればいいなと思っているんです。ただ、ぶっちぎり過ぎないようにしようとは思いました。だから、やりたいことをやっているんだけど、デデマウスを客観視して作ったアルバムでもある。ようやく、〈ロムズ〉への劣等感を払拭できたというか、やっとみんなと同じところに立てたのかなというのもある。
〈ロムズ〉は、そこまで大きかったんだね。
デデ:あと去年、タイコクラブに出たとき、そこで見たスクエアプッシャーのライヴがすごく良くって。わかりにくいことをやるのかなと思ったら、初期の頃の名曲と最近のメロディアスなポップスばかり、たとえば"ア・ジャーニー・トゥ・リードハム"とか"カム・オン・マイ・セレクター"とかやるんです。それに励まされて、自分の好きなことをやろうって気持ちをさらに固めた。
ああ、そうか、"ア・ジャーニー・トゥ・リードハム"(1997年の『ビッグ・ローダ』の1曲目)から『A Journey to Freedom』が来ているんだ。
デデ:もう大好きだったから。今回は曲名もすべてパロディなんです。"マイ・フェイヴァリット・スウィング"とか"ニュータウン・ロマンサー"とか。
なるほど。
デデ:最後の曲の"same crescent song"がロキシー・ミュージックの"セイム・オールド・シーン"から来ているというのはわかりづらいかもしれないけど。
絶対にわかりません(笑)。
デデ:それで、ジャケットの方向性が決まったときに、「あ、もうこれは『A Journey to Freedom』でいこう」と。
強烈なジャケだね(笑)。
デデ:強烈ですね(笑)。
下北の駅で見たよ~。でっかいヤツ。
デデ:ハハハハ、ありがとうございます。もう......、血を見るような努力の結果なんで、これ。イラストレーターの先生(吉田明彦)がスクエアの社員の方なんで、社外仕事になってしまうじゃないですか。だから、描いてもらうのに、何度も何度もお願いして断られ、でもお願いしてって。先生自身はやる気になってくれていたんだけど。で、描いてもらえるってことになったときに、自分の入れて欲しい要素をぜんぶ入れてもらおうと思って。だから、背景に団地が描かれている。これ、多摩ニュータウンなんです。奥さんがそっちのほうの方だったので、けっこう感覚的にわかってもらえて。
なるほど。
デデ:誰もいないパレードというテーマもあった。
子供っていうのはテーマとしてずっとあるんでしょ? アルバムも子供の声からはじまっているし。
デデ:僕の場合、子供っていうのは真っ直ぐさみたいなものの象徴としてあるんです。冒険とか......思春期前の真っ直ぐさ。先の見えない真っ暗な未来へと飛び込まされる以前の、真っ直ぐさ。13歳から15歳とか、僕は、その年代のときには恐怖しかなかったけど、希望とかいうものを託して旅立たせたいという気持ちがあって。で、ひとりでは淋しいから仲間がいれば安心だろうって。そういうことなんです。
タイトルが『A Journey to Freedom』だもんね。
デデ:だけど自分が描いたストーリーはけっこうヘヴィーなんです。8曲目の"station to stars"から9曲目の"goodbye parade"って、曲名にもそれは表れている。ってことは......。
そこはいまは言わないでおこうよ。
デデ:そう、隠しているストーリーがある。パレードが葬儀にも見えるから。だけど、僕なりにメッセージがあるんです。誰も頼れる人がいなくなったときがスタート地点じゃないのかなっていう。自分がデデマウスとして活動しているとき、助けてもらえる環境がすごくあった。彼女もいたし......。だけど、彼女もいなくなって、たったひとりになったとき、「がんばらなきゃ」と思って、そこから物事が進むようになったんです。
なんだかんだ言って、デデ君の場合は、表現する場があったじゃない。それは大きいですよ。
デデ:あんま説教臭いのは好きじゃないんだけど。
そういう音楽じゃないしね。ただ......いまのオタク世代になってくると、デデマウスの思春期とは違う窮屈さがあるんだろうね。インターネットで世界に繋がっている錯覚を覚えて部屋からもでない。誰にも傷つけられないし、誰も傷つけない空間にいるっていうかね。デデ君はいろいろ傷ついたり、傷つけたりしたかもしれないけど、傷つくことを恐れて外に出ないっていうのはものすごく恐いことだと思うんだよね。だからCDが売れててもそのファンたちは、オムニバスのライヴになるとあんま来ないっていうか。自分の好きなもの以外の世界を見ようとしないというか。デデ君はだって、DJファミリーだからね(笑)。
デデ:わかりますよ。ニコニコ動画とか、ああいうなかから、ゆとり世代の子たちが出てきているじゃないですか。面白いんだけど、ああいうのを聴いていて何が足りないのかと言うと、リアルさというか、現場で感じる現場感というか。場を経験していないで作っているのがすごくよくわかるんです。フィジカルさがついてないっていうか。まあ、それは若いから当然なんだけど、でも、やっぱ自分が外に出て行って、生の人間を相手していかないと。そういう意味でも『A Journey to Freedom』なんです。
なるほど。話変わるけど、すごいですね、ロンドンの〈ビッグ・チル〉でリリース・パーティだなんて。しかもプラッドと一緒に。
デデ:いや~、プラッド、大好きなんで、ホントに嬉しい。
あの人たちはホントに才能があると思う。作っている音楽もほとんどはずれないでしょ。
デデ:うん、最高ですよ。
しかし、商業的な成功には縁がないんだよ(笑)。
デデ:地味なんですよね。LFOなんかと違って。だけど、僕はホントに尊敬している。『ダブル・フィギア』(2001年)にはとくに影響された。ああいう、微妙にポップなものが好きなんです。そういう意味ではルーク・ヴァイバートが大好きで。一時期はリチャードよりもルーク・ヴァイバートのほうが好きだったくらい。あれほど才能がある人はいない。
ハハハハ、あの人、マジですごいよね。あれこそ根無し草というか、ホントいろんなレーベルから出しているし、「いったい何枚出しているのか?」っていうか。
デデ:わけわからないアシッド・ハウスを出したかと思えばトリップホップやったり......あの人の(ワゴン・クライスト名義で〈ニンジャ・チューン〉から出した)"シャドウズ"って曲のPVが最高で。
ドラムンベースもアンビエントもIDMも、やれることは全部やってるよね。彼がすごいのは、あれだけ作品数出しながら、彼のスタイルってものがないでしょう。あれはすごい。普通はハウスとかIDMスタイルとか、普通はなにかしらあるじゃない。自分のスタイルってものが。あの人は空っぽだよなー(笑)。それで作品が良いからすごいよね(笑)。
デデ:僕、「いちばん好きなのが誰か?」って訊かれたらルーク・ヴァイバートって言うかもしれない。............(以下、延々と同じような話が続くので省略します)
ホセ・ジェムスに関して最初に驚いたのは、2009年のムーディーマンのアルバム『アナザ・ブラック・サンデー』で歌っていたことだ。世界は思っているよりも窮屈ではない。小さな島宇宙を喜んでいるのは......(以下、面倒だから省略)......いや、こうした自主規制がよくないのだろう。それが結局のところ、街で遊ぶことと引き替えに、インテリアに囲まれながら誰にも傷つけられることのない空間を無数に作らせているってわけだ。こうした文化状況がどんな人間にとってもっとも都合が良いのかわかっているのだろうか......。
で、そう、2008年にホセ・ジェイムスがファースト・アルバム『ザ・ドリーマー』を発表したときによく引き合いにだされたのが、アシッド・ジャズの時代に再評価されたジャズ・シンガー、レオン・トーマスである。『ザ・ドリーマー』は、トーマスに代表される昔のメロウ・ジャズのフィーリングを継承しつつ、ディアンジェロのようなモダンR&Bのエッセンを加えて作られたアルバムだった。それは本当に良くできたメロウ・ジャズで、しかもディアンジェロよりもずいぶんとこざっぱりしている。ローランド・カークのゴルペリーな"スプリット・アップ・アバヴ"のカヴァーにもそれがよく表れていた。ピアノはさえずり、ブルース調のベースはうなる。そして彼のソフトな声は滑らかに伸びていく。多くの識者が言うようにそれはたしかに一流なのだろう。が、その一流が、ムーディーマンのゲットー・ソウルと結ぶつくとは思えなかった。
そればかりか、2年ぶりのセカンド・アルバム『ブラックマジック』ではベンガの曲のカヴァーまで披露している。そう、あまたのダブステッパーのなかでもいまをときめくスターDJのベンガの曲を......である。そしてまあ、ご存じのようにスティーヴン・エリソン――フライング・ロータスの名前で知られる、目下、ジェイ・ディラ以降におけるトップ・プロデューサーとアルバム中の3曲を共作している。いまのトレンドをベタに押さえた組み合わせと言ってまえばそれまでだが、しかし僕のようなリスナーはそれがゆえに「おや?」と興味を示してしまうのだ(逆に言えばそれだけ現在においてダブステップとフライング・ロータスは脅威なのだろう)。日本人のDJ、ミツ・ザ・ビーツも1曲提供している。
こうしたメンツを考えれば、前作以上にモダンなクラブ・サウンドになるのだろうと思われるかもしれない。前半に関してはそうとも言えるが、大雑把に言えば、ジェイムスのR&Bテイストを加味したメロウ・ジャズは変わらないと言えばそう変わらない......実際、ベンガのカヴァー曲"ウォリアー"やエリソンがトラックを提供した"メイド・フォー・ラヴ"のような野心的な曲もアルバム全体から見れば、言葉は悪いがオマケのようなものだ。"ウォリアー"でもピアノは軽やかに踊り、"メイド・フォー・ラヴ"ではジェイムスのR&Bが展開される。ムーディーマンとの共作"デトロイト・ラヴレター"も、言われなければそれが彼のトラックだとは気がつかないだろう。『アナザ・ブラック・サンデー』の"デザイヤー"で見せたルーズなエロティシズムとは打って変わって、ジェイムスはその曲で清楚なソウルをロマンティックに歌い上げる。エリソンのトラックによるタイトル・ナンバーである"ブラックマジック"はアルバムを象徴しているかもしれない。要するにどこか別の場所に向かうと言うのではなく、『ブラックマジック』はそれがアコースティック・ジャズだろうと打ち込みだろうと、気がつけばメロウ・バラードな響きに帰ってくるのである。アルバムの統一性はほとんどまったく崩れない。
が、しかし......、ちなみに先行シングル「ブラックマジック」ではふたりのダブステッパー、ジョイ・オービソンとアントールドをリミキサーとして起用している。オービソンにしてもアントールドにしても、ちょっと意外だった。どちらもテッキーな響きに特徴を持つ、昨年から人気急上昇のプロデューサーである。そしてつまり、こうした事態がまた起きている。まるで90年代初頭のような。......世界は思っているよりも窮屈ではないかもしれない。
還俗、と言うんだろうか。僧侶が普通の人に戻ること。これが僧侶ばかりでなく例えば巫女さんなんかにも使える言葉だとすれば、ジョアンナ・ニューサム、彼女はこの新作において「還俗」した。
数年前、フリー・フォークという概念とともに彼女のファースト・アルバム『ミルク・アイド・メンダー』を手にした方は多いことだろう。リリースが2004年、フリー・フォークという名が人びとの口の端に上るようになったのもこの前後である。デヴェンドラ・バンハートがキュレートしたコンピレーション『ゴールデン・アップルズ・オブ・ザ・サン』のリリースが同2004年だ(シックス・オルガンズ・オブ・アドミッタンス、ジョゼフィン・フォスター、エスパーズ、バシュティ・バニヤン、ココロージー等を収録)。ジョアンナはこの後、デヴェンドラとともにツアーに出ている。
世界史的にはウォーカー・ブッシュが大統領二期目の当選を果たしたものの、開戦前に比して支持率は著しく低下、都市リベラル層の反ブッシュ的なムードが高まっていた頃だ。翌2005年には、ブッシュ政権はイラクの大量破壊兵器問題の報告に誤りがあったことを認めるに至っている。ハリケーン・カトリーナがアメリカを襲ったのもこの年だった。アメリカがひとつの時代の終わりへ向かって、加速しはじめた――そんな時期である。フリー・フォークなる音楽は、その一種超俗的な佇まいによって、このように悲惨でめまぐるしいアメリカからの逃走として、あるいは闘争として、人びとの耳と脳裏に鮮やかに刻み込まれた。当時のリベラルで知的なリスナー層はこれを無視できなかったし、『ピッチフォーク』等の左派的メディアが現在持つ影響力を準備したムーヴメントだったとも言える。
彼女はこの頃、ほんとうに巫女のようだった。大きなペダル・ハープを抱え、悪魔的なロリータ・ヴォイスで独特の歌い回しをする。それはこの世の外のものを引き寄せ、世界を奇妙に揺さぶる。霊感に満ちた、一聴で人の耳を征服してしまう声。実に驚くべきパフォーマンスだった。
本作において真っ先に感じるのはその声の変化である。しかも1曲めで使用されているのはピアノだ。『ミルク・アイド・メンダー』がジョアンナだと思っていると、軽い戸惑いを覚えるだろう。これは、言わば「普通」である。少女の形をした悪魔の声、あるいは人ではないものと交信する声、あの声はどうしたのだとそう思うはずだ。
どことなくバルカンな異国情緒をたたえた哀愁フォーク・ナンバー"イージー"。室内楽的なアレンジを施されている点、前作の『イース』を思い起こさせる。『イース』においては、巫女的な彼女、あるいは悪魔的な彼女は世俗の権力を操って女王となった。それを永遠の寿命の中での退屈しのぎとした......そんなふうな想像を掻き立てる。だってアレンジにヴァン・ダイク・パークス、プロデューサーがジム・オルーク、エンジニアがスティーヴ・アルビ二だ。ジャケットも女王の偉容。大作主義的な佇まいも浮世離れしているし、彼女はこのままいくとどこに行き着くのだろうかと、超俗性が極まってカルト・スターに終わってしまうのではないかと個人的には危ぶんだ。が、本作のこの1曲目。ストリングスの綾の向こうから響くのは普通の声だ。もちろんジョアンナの声ではある。が、巫女ではなく、悪魔ではなく、歌うたいの声だと感じる。
この感触は表題曲である2曲め"ハヴ・ワン・オン・ミー"、3曲目"'81"により顕著だ。この2曲、楽曲と声自体はむしろ『ミルク・アイド・メンダー』に近い。とくに"'81"はハープのみでシンプルに紡がれる、ジョアンナ得意の3拍子の小品で、初期の破壊力のかわりにおだやかな色彩を感じる。4曲目などはジョニ・ミッチェルやローラ・ニーロなど70年代の都会派シンガー・ソングライターの手になるピアノ・ポップといった印象さえ受ける。ディスク2はとくにそうした印象が強い(なんと3枚組の箱入り仕様だ)。なるほど、彼女は「還俗」したのだ。そして新章を開こうとしているのではないだろうか。
"ハヴ・ワン・オン・ミー"は「黒い娼婦」の歌である。19世紀アイルランドのダンサーで、バイエルン王ルートヴィヒ1世の公妾、通称ローラ(国内盤付属の対訳参照)。スキャンダラスなダンスで手にした彼女の栄光と転落、不遇の晩年に取材した叙事詩だ。3枚分のスリーヴにプリントされたジョアンナの写真はいずれもこの「黒い娼婦」を模したものと思われる。自らをかのローラになぞらえ、俗界に舞い降り、人びとに芸を売って生きていく。言葉が悪いなら、フィギュア・スケートに例えたっていい。少女性や若さにしか宿らない一種のエネルギーを、難度の高い技に変換するだけで多くの人びとを魅了できる競技人生を引退し、より多彩な武器を手に、プロとして人びとに芸を売っていく。そうした覚悟が、下着姿のしなやかな肢体に読み取れなくはない。同時にそこには、絶対に客を飽きさせるものかという自信もある。
ハープの音色で奏でられる彼女のアパラチアン・フォークは、それがかつてはケルトの森からやってきた音楽であることを遥かに思い起こさせる。中世的で、現代的な感情表現が希薄な、緑青の錆びになめらかに覆われた音楽。全体として彼女は等身大の「私」をテーマとしない。古い伝承や古い詩のような物語を節にのせて誦する。時々は風刺も入る。
ディスク3はまさに中世の吟遊詩人を思わせる曲群だ。他の2章と同様にピアノの曲ではじめ、ピアノの曲で終えているのが象徴的だが、アップライト・ピアノのようにざらついたカジュアルな音を出している点がまた良い。歌のプレゼンスを助ける、完全に伴奏としての音だ。リコーダーや民族楽器をフィーチャーした曲でも、そうした彩りは彼女の歌でつながる絵巻物の背景に過ぎない。はねるような曲は少なく、しっとりとして引力のある曲で構成されている。
芸を、歌を売るものとして彼女は帰ってきた。再びプロデューサーに、バート・ヤンシュやデヴェンドラ・バンハートも手がけるノア・ジョージソンを迎えている。おそらく彼女は一生歌いつづけるだろう。そして歴史に名を残すだろう。その準備が整ったという印象だ。