「K A R Y Y N」と一致するもの

interview with Kojoe - ele-king


KOJOE - here
Pヴァイン

RapHip-Hop

Amazon Tower HMV iTunes

 Keep on movin’、動きつづけることで存在を証明していく。曲をつくりウェブにアップし、CDやレコードというフィジカルを制作し、ライヴをこなす。とにかく動きつづけていないとあっという間に忘れられてしまう。特にいまのヒップホップの世界は目まぐるしい。そんなシビアな世界でKojoeはエネルギッシュに動き、自身の表現を更新しつづけてきたアーティストのひとりだ。そして、今年の11月に最新作『here』を完成させた。

 Kojoeについて少し説明しておきたい。彼はラッパーであると同時にシンガーであり、ビートもつくる。プロデューサーでもある。そんな彼は10代のころにNYクイーンズにわたり、2007年にアジア人としてはじめてNYのインディ・レーベル〈ローカス〉と契約を交わしている。2009年に帰国後は日本を拠点に活動を展開してきた。SEEDAとともに参加した、5lack(当時はS.L.A.C.K.)『我時想う愛』収録の“東京23時”で彼をはじめて知った人も多いかもしれないが、タリブ・クウェリやスタイルズ・P、レイクウォンらとの共演曲も発表している。その後、『MIXED IDENTITIES 2.0』、『51st State』といったソロ・アルバムをリリースする一方で、OLIVE OILAaron Choulaiとの共作も制作してきた。

 日本語ラップとブラック・ミュージックとしてのヒップホップをいかに折衷するか。『here』には、そんな問いへのKojoeなりの現在の答えがあると僕は感じた。日本とアメリカというふたつのホームに引き裂かれていたアイデンティティを統合した結果が『here』ではないか、というのはあくまでも僕の解釈だが、多彩なゲストで構成された全18曲にはハードコアでソウルフルでエモーショナルなKojoeの多面的な魅力があふれている。

 このインタヴューは、Kojoeがホストを務める番組「Joe’s Kitchen」(〈Abema TV / FRESH!〉で毎週木曜に放送)の放送後に、その日のゲストであるPUNPEE、GAPPER、WATTERらが見守るなか、彼のスタジオ〈J STUDIO〉でおこなわれた。Kojoeはすでに2時間しゃべりっぱなしだ。だが、まだまだいける。Keep on movin’、彼の体力を舐めてはいけない。




俺は俺のようにしか歌えないという気持ちで良い意味で力抜いてる。本気なんだけど本気出してないから本気が出せた、みたいな。それを今回見つけた。


『blacknote』(2014年)リリースのときのAmebreakのインタヴューで次のように語っていましたね。「例えば向こうのヤツに聴かせて『スゲェ良い』って言われるような、ブラック・ミュージックとして認められるようなモノが、逆に日本では全然分かってくれなかったりとか、そういうフラストレーションはスゲェあるよね」。僕なりに要約すると、日本語ラップとブラック・ミュージックとしてのヒップホップのあいだで葛藤していた、ということかなと思います。そして、日本に移り住んでから数年間の経験を経て、『here』でKojoeさんなりのいまの答えを見つけたのかなという感想を持ちました。

Kojoe(以下、K):作っているときにそれをねらったり意識していたわけではなくて、それよりも意識したことのひとつは、俺の経験や葛藤を歌ったり、メッセージを訴えることはいままでやってきたから、このアルバムではこういう曲をこういう面子でやったら聴く人が喜ぶだろうなとかブチ上がるだろうなとか、いたずらを仕掛ける子供のような視点で作ったね。だから、日本語ラップとブラック・ミュージックの両方を良いバランスに混ぜてみようとかは考えていなかった。いま言われて逆にうれしいっていうか、そういう風に受け取られるんだって実感してきてる。

ゲストのラッパーやシンガーも多いですよね。たとえば“Prodigy”というフックなしのマイクリレーの曲がありますけど、このラッパーたち(OMSB, PETZ, YUKSTA-ILL, SOCKS, Miles Word, BES)のマイクリレーは他では聴けないですよね。

K:うん。TR-808でビートを鳴らして、ベースも強いトラップはやっぱり魅力があって人の心をつかむと思う。いまのヒップホップの流行のひとつのトラップを俺も好きだし、そういうモノと90年代のサンプリング・ヒップホップを合わせたらかっこいいんじゃないかって思ってこの曲を作った。BPMも90ぐらいだから、ブーム・バップが得意なラッパーはいつも通りフロウすればいいしね。MilesとかYUKSTA-ILL、BESくんとか、こういうビートで歌わなさそうなラッパーと、いまのトラップでもラップするPETZやSOCKSにマイクリレーしてもらったら面白いと思った。混ざらなさそうで、結果的に混ざったよね。

それと、これだけ充実した、制作/録音環境が整った〈J STUDIO〉ができたのも、ゲストが多数参加する『here』を作る上で大きそうですね。多くのラッパーがここで録音しましたか?

K:それはいろいろだね。ただ、このスタジオができたのはデカいよ。1月から作りはじめて3月ぐらいに完成した。それからAaronとの自主制作のやつ(ピアニスト/作曲家/ビート・メイカーのAaron Choulaiとの共作『ERY DAY FLO』)をスタジオのテストランも兼ねて作って、「ここで録れるな」と確認した。で、今回のアルバムを作りはじめた。ここに常に人が集まるようになったから、作っている途中で俺以外の人の耳に聴かせて反応を見たりできるようになった。いろんなヤツに「これどう?」って聴かせて感想をきいたりしてた。それもけっこう大事だった。

18曲と曲数も多いですし、ヴァリエーションも豊富ですよね。ハードコアな“KING SONG”からはじまり、“Prodigy”のようなマイクリレーがあり、またKojoeさんがラップだけじゃなく歌も歌う“PPP”のようなソウルフルな曲も際立っています。

K:良い意味で力を抜けた結果だと思う。運動するときも力が入っている状態だと動きって鈍いじゃん。それと似てるんじゃないかな。『51st State』に入ってる“無性に”みたいな曲は「歌手にも負けねぇぐらいに歌いてぇ!」という気持ちで歌い上げていた。もちろん今回もそういう情熱がないわけじゃない。ただ俺は当然、アンダーソン・パックやBJ・ザ・シカゴ・キッド、ダニー・ハサウェイのようには歌えない。だから、たとえば“PPP”とか“Cross Color”とかのソウルフルな曲も、俺は俺のようにしか歌えないという気持ちで良い意味で力抜いてる。本気なんだけど本気出してないから本気が出せた、みたいな。それを今回見つけた。そういう力の抜き方でヒントをもらったのはそれこそ(インタヴューの場にいたPUNPEEに視線をやりながら)PUNPEEや5lackだよね。あいつらには、「わざと力抜くのかっこよくないすか?」みたいな感じがあるじゃん。PSGとかも歌のメロディがすっげぇイケてるけど、いい感じに力が抜けてる。それが逆に研ぎ澄まされて、すごいソウルフルに聴こえる。

そうですね。わかります。

K:ある程度スキルを求めて動いたヤツにしかたぶんできないことなんだろうけどさ。俺も自分にたいしてそうやって楽しみな、みたいな気持ちになれたんだろうね。

Kojoe“Cross Color feat. Daichi Yamamoto”

俺がどの土地にいて、どこに立っていようと、音楽でつながっている場所が俺の居場所だって気づいた。音が居場所なんだって。だから、『here』というタイトルになったんだよね。

そういう力の抜き方によってソウルフルに歌うというのをPUNPEEや5lackから受け取ったのは面白いですね。ラッパー、シンガーという側面だけでなく、ビート・メイカー、プロデューサーとしてのKojoeさんの個性がより際立っているようにも感じました。

K:そこはちょっと意識したかもしれない。ただ、曲順に関してはそこまで深く考えず、ここ以外は置く場所はないっていうところに曲を入れていった。序盤はゲストのラッパーがたくさんいて、スピットしまくってるラップを並べて、途中で女性について歌う“Mayaku”とか“PPP”なんかを持ってくる。そうやってセクションを分けて、最後は自分について歌って終わる。そういう構成になってるね。ビート・メイキングは、ニューヨークにいた17年前ぐらいにMPC2000XLを手に入れてはじめた。ちゃんとしたビート・メイカーみたいにコンスタントに作り続けてきたわけじゃないけど、ずっと好きだったからいままでに3、400曲ぐらいは作ってると思う。前の嫁がラッパーだったからさ。

アパニー・Bですよね。

K:うん。彼女がプレミアとか俺の超憧れのいろんなビート・メイカーからビートをもらってて。そういうビートを横で聴いていたから自分のビートがダサ過ぎると思ってたね。でもこのスタジオを作ったときに、2000年ぐらいから作っていた自分のビートのCDがいっぱい出てきて久々に聴き直したら、「あれ?! けっこうイケてんじゃん!」って。2周ぐらいしてMPCで作ってたイナたいビートがすごいいいなあって。いちばん最後のRITTOとやってる“Everything”で11、2年前ぐらいに作ったビートを使ってる。

レゲエ・シンガーのAKANEと今年大躍進したラッパーのAwichを客演にむかえた“BoSS RuN DeM”(12月11日に5lack, RUDEBWOY FACE ,kZmが参加したリミックスがYouTubeにアップされた)もKojoeさんがビートを作ってますよね。この曲は突き抜けていますね。かなりの自信作なんじゃないですか?

K:超好きだね。ヒップホップよりヒップホップで、トラップよりトラップで、レゲエよりレゲエで、いろんなジャンルの人が「おわ~!」とブチ上がってくれるんじゃないかな。クラブのソファで女にセクシーな格好をさせて、男が彼女たちをはべらかしてる、みたいなMVは日本のヒップホップにも多いよね。でも俺は強い女のほうが色気があると思うし、そういう強い女性を見せたかった。“ボスって”、頭張ってやってる男と女を両方鼓舞するような歌にしたかった。「みんなボスれー!」って。そういうコンセプトはできていて俺が先にサビも録っていた。で、俺がいまいちばんイケてる女性で、俺が一緒に曲をやりたいと思うAKANEちゃんとAwichに声をかけた。イケイケなAKANEちゃんを見られたし、Awichもすごいハマってくれた。

Kojoe“BoSS RuN DeM Feat. AKANE, Awich”

Kojoe“BoSS RuN DeM -Remix- Feat.5lack, RUDEBWOY FACE, kZm”

[[SplitPage]]


世界でも日本人の英語のラップがかっこいいって言われる時代が絶対来るってことなんだよね。たとえばジャマイカのパトワみたいに日本人の発音の英語がかっこいいって50年後ぐらいにはなると思う。









KOJOE - here


Pヴァイン

RapHip-Hop



Amazon
Tower
HMV
iTunes

このアルバムで大フィーチャーされていると言えば、18曲中6曲のビートを作っているillmoreですね。どういう方ですか?

K:こいつはもともと大分の人間で、OLIVEくんがすごい薦めてくれたビート・メイカーなんだ。〈OILWORKS〉のイベントか何かでいっしょの現場になって、ビートが超ヤバかった。他の若いビート・メイカーもいたけど、illmoreは突出していた。超真面目なくせにドープな音も作るし、耳がすごく良くて器用でどんなタイプの曲でも作れちゃう。EDMもトラップもブーム・バップも作るし、超オシャレなジャジーな曲も作れる。ゴリゴリの“KING SONG”みたいなビートも作れるからさ。あと、ベースの乗せ方が上手い。BUPPONとやってる“Road”のネタはMFドゥームも使ってるから(MFドゥームとマッドリブが組んだマッドヴィレインのある曲と同ネタ)、そこってビート・メイカーにとって勝負どころじゃん。他のビート・メイカーと同じネタ使っているからにはフリップしたり工夫しないといけない。その上でこのビートはすげぇ良かった。

“Cross Color”に参加しているDaichi Yamamotoさんはどういう方ですか?

K:京都生まれのジャマイカ人のお母さんと日本人のお父さんがいて京都で育ったヤツで、大学のあいだ3年半から4年ぐらいUKに行ってたんだけど、最近また日本に戻ってきた。いまAaronともいろいろ作ってるし、JJJとやったり、水面下でいろんなヤツとつながってるね。


フックアップの意識はあったりしますか?

K:そういうのはない。俺、フックアップは絶対しないもん。瞬発的に良いタイミングに出くわしてノリが良かったからやっちゃうっていうのはあるとしてもヤバいと思うヤツとしかやりたくない。illmoreは仕事がすごいできてビートが超かっこよかったし、Daichi Yamamotoもそう。俺はイケてりゃ何でもいいかなって思う。

なるほど。ところで、『here』っていうアルバムのタイトルに込められた想いについても語ってもらえますか。

K:俺はガキのころからずっと転校とか多かった。で、10代でニューヨークのクイーンズに行ったから俺の人生でクイーンズがいちばん長くいた場所なんだ。だからニューヨークのクイーンズが地元っていう感覚もあったけど、こっちに戻ってきて7年ぐらい経つから、もちろんいままで自分がいた場所はレペゼンしていきたいけど、クイーンズをレペゼンするのもちょっとナンセンスだなって思うところがあった。居場所を探していたのもあったし、日本に戻ってきて『MIXED IDENTITIES 2.0』(2012年)を出したときは、「ここはけっきょくアメリカじゃねぇかよ!」って文句を言ってみたりもしていた。

自分のアイデンティティについての葛藤みたいのがあったということなんですね。

K:うん。そうだろうね。無意識に苛立ちがあったのかもしれない。そういうのが落ち着いてきたから、『here』というタイトルにした。俺がどの土地にいて、どこに立っていようと、音楽でつながっている場所が俺の居場所だって気づいた。音が居場所なんだって。だから、『here』というタイトルになったんだよね。

やっぱりそれは、5lackやOLIVE OIL、Aaron、このアルバムに参加しているラッパーやビート・メイカー、アーティストたちとの出会いも大きかったのかなって感じます。

K:デカい、デカい。面白いヤツは世の中にはいっぱいいるけれど、そいつの音楽をリスペクトできて、さらに人間も面白いヤツとなると少なくなるよね。俺は運良く素晴らしいアーティストたちに出会って、そういう人間が周りにいてくれるから、多少、自分が開けた部分は絶対あるよね。

最初の僕の感想に戻してしまうんですけど、Kojoeさんが日本のラップ、ヒップホップとニューヨーク、クイーンズで体験してきたブラック・ミュージックとしてのヒップホップのあいだで産み落とした作品なのかなという気がします。

K:俺が10年以上前から言っているのは、世界でも日本人の英語のラップがかっこいいって言われる時代が絶対来るってことなんだよね。たとえばジャマイカのパトワみたいに日本人の発音の英語がかっこいいって50年後ぐらいにはなると思う。日本人の発音のままフロウやリズムに関してはケンドリックだったり、(ブルーノ・)マーズだったり、レイクウォンみたいにできるようになっていく時代が来ると思う。いつになるかわかんないけど、最近の10代とか20代前半のヤツのほうがやっぱ敏感で、昔の日本語ラップみたいにこうじゃなくちゃいけないみたいなのがなくなってきて、日本語と英語が混ざったりしててもオッケーみたいな世代がやっぱり出て来てるから。そういうヤツらが逆に俺の音楽を聴いて、「ヤベェ!」って思ってくれたら面白いと思ってる。若いヤツの耳も脳みそも進化してるよね。受け皿が広いというか、柔軟というかさ。いずれにせよ、世界中のヤツらが日本のヒップホップがヤベェっていう時代はいつになるかわからないけど来ると思うよ。

『here』はとにかくオープンな、開けたアルバムだなって今日の話を聞いてさらに感じましたね。

マサトさん(KojoeのA&R/JAZZY SPORT):この作品はKojoeくんが日本のシーンにたいしてフラットでいられる環境で作れたのがいちばんデカいと僕は思います。日本に帰ってきてから数年は周りからの“英語を使う日本人のラッパー”という先入観も強かっただろうし、いろんな意味でコンプレックスもあったと思う。ここ数年は徐々に変わってきてるけど、日本語だけじゃないとサポートされない土壌が日本にはあったと思うので。それがいろんなアーティストとの出会いを通じてKojoeくんがフラットになってきたのがやっぱり大きい。

なるほど。それは僕も感じました。今後の予定はどうですか?

K:うん。とりあえず、来年1月13日の安比高原でやる〈APPI JAZZY SPORT〉でのライヴを皮切りに、1月後半、2月ぐらいからがっつりツアーをはじめようと思ってる。来年はツアー以外でもできるだけライヴはやっていこうと思ってるね。こんな感じで大丈夫?

はい、番組のあとで疲れてるでしょうし、ばっちりです。

K:俺の体力ディスってんの?

いや、ははは。それ、使わせてもらいます(笑)。今後のライヴ、楽しみにしてます!


[イベント情報]

J presents 『bla9 marke2 #4』
日程:12/29 (Fri)
会場:中野heavysick ZERO
OPEN:23:00
¥2,000+1D
W.F ¥1,500+1D
24:00まで ¥1,000+1D


SUMMIT Presents. AVALANCHE 8
日程:12/30 (Sat)
会場:代官山UNIT
OPEN:23:30 / START:23:30
ADV ¥3,000
Diagonal & AVALANCHE 8通し券 ¥4,800
DOOR ¥3,500


Sam Purcell - ele-king

2017 in No Particular Order

5 2017年私談 - ele-king

 大分に拠点を移して1年半。何もしないでも新鮮さを保てる賞味期限はきっとどこにいても意外と長くない。そういうわけで、今年は環境作りに徹した。1月にそのままでは住めないような古い一軒家を借りて、1階部分をカフェ店舗、2階を書斎とまでは言えないが、東京1人暮らしの頃のような狭い古本とレコードに囲まれた部屋をDIYで作った。4ヶ月くらい工事をしていたか。ドラムの練習は専ら山。ちょうどドラムセットを置けるだけ水平を保ったモルタル部分を掃いて草を抜いてこちらは一日で完成。デモ音源専用だが一応録音もできるようになった。その合間合間で東京へ9往復。

 山で練習する一番のメリットは、音が一切反響せず飛んでいくばかりなので、いい音を自然と感じられる点にある。裏を返せば、大きい音でも小さい音でもいい音でならさないと全然楽しくない。太鼓が教えてくれるといえばかっこいいが、身の程を知らされるといったほうが近い。写真だけ見ればスピリチュアルな練習ができているように感じるが、ちょっと環境音とセッションしてみようとしてみた時に不思議だったのが、所謂日本的な100円レコード定番の民謡の雰囲気が漂ってすぐやめた。音が返ってこないという点以外は、いつも山に、東京の地下スタジオや、行ったこともない海外のスタジオを仮想しなければならないことに気がついた。海までも車ですぐで、よく行くのだが、目の前のきれいな海ときれいな空気はもう慣れてしまっていて、何か気持ちを焦らせるような幼少期体験にも似たものが喚起されない限りは、山と同じで舟歌が聞こえてくるだけで、すぐに踵を返すことになる。調子が悪いと寧ろ記憶を退化させることもある。

 そういうことがわかってきただけまずまずだろう。大分で唯一の人間に会う機会で楽しみなのが、アンタトロンディアというアフリカンチームの練習だ。10年以上アフリカの太鼓とダンスを続けている彼らは、アフリカン以外の音楽活動を行っているわけではない、いわばアフリカンのスペシャリストだ。そこが僕からしたら変態的で最高だ。話を聞くと、長野まで軽自動車に女性4人と太鼓詰めて一晩でたどり着き、7時間のワークショップを5日間受け、その間毎晩酒を浴び、大分まで帰ってきたこともあるらしい...。僕がドラマーだというのは一切関係なくて、彼らのバイブスを真っ新な気持ちで習うことができる。そういう説得力が彼らにもアフリカンにもある。先週は、地元の山奥で、もう一つの大分のアフリカンチームであるBENKAN主催のアフリカンイベントが行われて初めて参加した。Ibe&David kouakouの太鼓とダンス、また同じようなアフリカンのスペシャリスト達が九州中にこんなにいたのかと驚いた。

 個人的な意見だが、アフリカのリズムを身に付ければ付けるほど、ドラムにいい影響を与えてくれるし、音楽的なアイデアも豊かにしてくれるような気がする。時間の中で洗練され理にかなった隙間を抜き合い、またどこかで出会うリズム。圧倒的なリズム的ビット数とエネルギー。それは民謡や舟歌のように傍にはなかったので、学ばせていただいてもいいだろう。

 思えば、グリズリー・ベアの『Painted Ruins』は、アフロを、直接的でなくリスペクトをファクターとして浮かび上がらせているところが面白かった。アフリカぽいキメがある、訛っている、エネルギーのままにセッションする、という点ではなくて、長いループと短いループの中で感じる長くとか短いでない大きなエンジンに乗せられているようなリズムを、シンプルなままポップスに持ち込んだのは、聴いていてまず気持ちよくしてくれる。少し覗いてみると、割とスクエアにやっているし、ループ感は曲に寄り添って長短を変えながら自由に展開していく。あからさまにではなくその展開に合わせて静かに燃えていくその聞こえ方はやはり気が利いている。続けることで気づいたら気持ちよくなっているというのはアフロの最も好きな点であるのだが、それをポップスに持ち込んだ作品は聴いていてなんだか嬉しくなった。アフロの巨匠トニー・アレンの新譜『The Source』はもう圧巻。どこまで曲に寄り添うことができるんだという、フレージングとエンジン。よく聴くと全部フレーズが違うし、それなのに全部トニー節を感じる。懐が深すぎる。新譜のラーナー・ノーツか何かで最近知ったのだが、トニー・アレンは子供の頃からパーカッションに行かずにドラムだけやってきたらしい...恐ろしい。日本のAfro Begue も『Sautat』という作品としても素晴らしいアルバムを今年発表した。

 先週gonnoさんとのプロジェクトのプリプロ作りのため一日だけ東京に行った。アフロのリスペクトとファクターをキーに、僕らのグッド・バイブスを目指す作品のレコーディングは年明け早々になりそうです。よいお年を。

DJ Nigga Fox - ele-king

 きました! これは嬉しいニュースです。リスボンから世界中にポリリズミックなアフロ・ゲットー・サウンドを発信している〈プリンシペ〉から、なんとDJニガ・フォックスが来日します! 〈プリンシペ〉のドンであるDJマルフォックスはすでに来日を果たしていましたが、かのシーン随一の異端児が初めてこの極東の地でプレイするとなれば、これはもう足を運ばないわけにはいきません。2018年1月26日に渋谷WWWβにて開催される今回のパーティは、《南蛮渡来》と《Local World》とのコラボレイションとなっており、東京のThe Chopstick Killahz(Mars89 & min)と〈Do Hits〉/〈UnderU〉のVeeekyも参加、さらにKΣITOがゴムのセットを披露する予定とのこと。いやはや、これは年明けから一気にテンションぶち上がりそうです。ドゥ・ノット・ミス・イット!

Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox

リスボンのゲットーからアフロ新時代を切り開く〈Príncipe〉の異端児DJ Nigga Foxが初来日! 加えて中国の新星Howie Lee率いる北京拠点の〈Do Hits〉からVeeekyと目下テクノウルフでも活躍するKΣITOが暗黒の南ア・ハウスGqom(ゴム)のライヴ・セットで参加、The Chopstick Killahzによるポスト・トライバルな《南蛮渡来》と世界各国のローカルの躍動を伝える《Local World》のコラボレーション・パーティにて開催。

ジャマイカからダンスホールの突然変異Equiknoxx、ナイジェリアの血を引くアフロ・ディアスポラの前衛Chino Amobi、シカゴ・フットワークの始祖RP Boo、アイマラ族の子孫でありトランス・ウーマンの実験音楽家Elysia Cramptonをゲストに迎え開催、インターネットを経由し急速な拡散と融合を見せながら、多様化するジェンダーとともに新たなる感性と背景が構築される現代の電子音楽における“ローカル”の躍動を伝えるパーティ《Local World》。その第5弾は“ポスト・トライバル”を掲げ、新種のベース・ミュージックを軸にエキゾチックなグルーヴを追い求める東京拠点の若手Mars89とminのDJユニットによるパーティ《南蛮渡来》をフィーチャー。ゲストにリスボンの都市から隔離された移民のゲットー・コミュニティでアフリカ各都市の土着のサウンドと交じり合いながら独自のグルーヴを形成、DJ Marfox、Nídia Minaj、シーンをまとめたコンピレーション・アルバム『Mambos Levis D'Outro Mundo』のリリースや〈Warp〉からのEPシリーズ「Cargaa」を経由し、国際的な活動へと発展したアフロ新時代を切り開くリスボンのレーベル〈Príncipe〉からアシッディーなサウンドで異彩を放つシーンの異端児DJ Nigga Foxが初来日、さらには中国の新星Howie Lee率いる北京拠点の〈Do Hits〉のヴィジュアルを手がけ、地元台北で世界各地のベース・ミュージックに感化され独自のローカル・サウンドを創り出すコレクティヴ〈UnderU〉のコア・メンバーVeeekyが登場。国内からは目下テクノウルフのメンバーとして活躍する傍ら、ジューク、ヒップホップ、ゴムなど先鋭的なビートを常に取り入れ、サンプラーを叩き続けるKΣITOがゴムのライヴ・セットで参加。ポップス、アンダーグランド、土着が“何でもあり”なポストの領域で入り乱れる現行のエクスペリメンタル・クラブ・シーンでも注目のバイレファンキやレゲトン、メインストリームとなったトラップ含めいつも“サウス”から更新される最新のビートが混じり合う逸脱のクラブ・ナイト。

Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox
2018/01/26 fri at WWWβ

OPEN / START 24:00
ADV ¥1,500 @RA / DOOR ¥2,000 / U23 ¥1,000

DJ:
DJ Nigga Fox [Príncipe - Lisbon]
The Chopstick Killahz [南蛮渡来]
Veeeky [Do Hits - Beijing / UnderU - Taipei]

LIVE:
KΣITO *Gqom Live Set*

※20 and Over only. Photo ID Required.

https://www-shibuya.jp/schedule/008652.php

【記事】
リスボンのゲットー・サウンド@Resident Advisor
リスボンの都市から隔離されたゲットーのベッドルームでは、アフリカの音楽を取り入れた刺激的で新しい音楽が、10年ほど前から密かに鳴っていた。しかし今、〈Príncipe〉という草分け的レーベルの活動を通し、この音楽が徐々に国境を越え、世界で鳴り響き始めている。
https://jp.residentadvisor.net/features/2070

【動画】
リスボンのアンダーグラウンド・シーン@Native Instruments
ここ数年、リスボン郊外を拠点とするプロデューサーやDJの小さなグループが、未来のサウンドを創造しています。彼らはアンゴラ、カーボベルデ、サントメ、プリンシペなどのポルトガル語公用語アフリカ諸国出身で、彼らの作り上げた音楽には、激しい切迫感、荒削りなビート、恍惚感のあるグルーヴ、そして浮遊感が集約され、その結果アフリカのポリリズムにテクノ、ベース、ハウス・ミュージックを組み合わせた唯一無二のハイブリッドなサウンドが誕生している。

■DJ Nigga Fox [Príncipe - Lisbon]

アンゴラ出身、リスボンを拠点とするプロデゥーサー/DJ。2013年にリリースされた12" 「O Meu Estilo」でデビュー、ポルトガル郊外のゲットー・コミュニティで育まれた特異なサウンドをリスボンから発信するレーベル〈Príncipe〉の一員としてアフロ・ハウスの新しい波を世界へと広めている。続く2015年の12" 「Noite e Dia」は『Resident Advisor』、『FACT』、『Tiny Mix Tapes』といった電子音楽の主要メディアに取り上げられ、同年〈Warp〉からリリースされたシーンのパイオニアと若手をコンパイルしたEPシリーズ「Cargaa」にも収録され、国際的な認知を高めながら《Sonar》、《CTM》、《Unsound》といった有力な電子音楽フェスティヴァルにも出演、Arcaのブレイクで浮かび上がったエクスペリメンタル・クラブの文脈の中で、同性代の土着のローカル・サウンドを打ち出した〈N.A.F.F.I.〉、〈NON Worldwide〉、〈Gqom Oh!〉といったレーベルやコレクティヴとともにシーンのキーとなる存在へと発展。2016年の〈Príncipe〉のレーベル・コンピレーション『Mambos Levis D'Outro Mundo』と最新作「15 Barras」はアシッドなサウンドを強め、これまでのクドゥーロのアフリカン・スタイルを飛躍させ、よりハイブリッドで強烈なサウンドとグルーヴを披露、他ジャンルとの交流や融合を交え新時代のアフロ・ハウスの拡散と拡張に大きな貢献を果たしている。

https://soundcloud.com/dj-nigga-fox-lx-monke

■The Chopstick Killahz (Mars89 & Min) [南蛮渡来]

ポスト・トライバルを掲げ、奇妙なグルーヴと無国籍感を放つパーティー《南蛮渡来》のMars89とminによる東京拠点のDJユニット。

https://soundcloud.com/thechopstickkillahz

■Veeeky [Do Hits - Beijing / UnderU - Taipei]

現代社会の問題をテーマとし、ヴィジュアル・アートや音楽で伝える台北拠点のアーティスト。Howie Lee率いる北京の〈Do Hits〉と台北の〈UnderU〉のコア・メンバーとして活動。現代社会で起こっている問題に多くの関心を持ち、これらのテーマをヴィジュアル・アートや音楽に伝え、微妙な文化のシンボルや物語、デジタル/オフライン作品のコラージュを用い、コンピュータ・アートに加工した鮮やかなヴィジュアル・パフォーマンスを披露し、〈Do Hits〉ではヴィジュアル担当として、レーベルのユニークなヴィジュアル言語を作り出している。主に北京と台北の異なる場所の文化/音楽シーンを行き来しながら、ソロでは2017年末に台北にある洞窟のギャラリーで『sustainable data 1.0』展示会を開催、最新のアートワークとヴィデオを発表する。来年にはクリエイターの友人とともに、社会主義の真の価値とその調和を世界へ広げることを目指した、新しい服のブランドを立ち上げ、アジアの各都市でポップ・アップ・ショップの展開を予定している。

https://www.veeeky.com

■KΣITO

トラックメーカー/DJ。2013年に初のEP「JUKE SHIT」をリリース。ジューク/フットワークの高速かつ複雑なビートをAKAIのパッドを叩いて演奏するスタイルでシーンに知られるようになる。2016年、HiBiKi MaMeShiBa、ナパーム片岡などとともにレーベル〈CML〉を立ち上げ、Takuya NishiyamaとのスプリットEP「A / un」をリリース。ソロ活動に加えテクノウルフ、Color Me Blood Black、幡ヶ谷ちっちゃいものクラブなど、複数のユニットに参加、様々なミュージシャンとのセッションを重ねている。

https://keitosuzuki.com

ele-king vol.21 - ele-king

 2017年も残り僅か。今年もこの季節がやってまいりました。紙版『ele-king』年末号刊行のお知らせです。

 特集は「2017年ベスト・アルバム30/ベスト映画10」。端的に、今年もっとも優れたアルバムはなんだったのか? 編集部がなんども聴き直し考えに考えて選出した30枚を一挙にご紹介。また、さまざまなジャンルごとに2017年の動向を俯瞰、信頼のおけるライターの方々に執筆していただいております。映画もまた悩みに悩みぬいて選出した10本を紹介しつつ、こちらもコラムで『トレスポ』や『ブレードランナー』など2017年の話題作を振り返ります。

 そしてロング・インタヴューは、表紙のDYGL(デイグロー)と水曜日のカンパネラの2本立て。まったく“日本”を感じさせないDYGL、かたや“桃太郎”の水曜日のカンパネラ。いまの日本を切り取ってみました。いずれもカラーで、撮り下ろしの写真も多数掲載。

 さらに、特別対談も2本ご用意。登美丘高校のダンスやブルゾンちえみを通して、バブルのリヴァイヴァルからリア充の変容までを語りつくす、さやわか×三田格 対談(「もしかして、またバブル?」)。座間の殺人事件や共謀罪を題材に、中動態論の功績を検証する、白石嘉治×栗原康 対談(「セックスしてとりみだせ!」)。

 これら複合的な視点を通じて「じゃあ自分にとってのベスト・アルバムはなんだったのか」「私の見た2017年はどういう年だったのか」などなど、読者の皆様が何かを考えるきっかけとなれば幸いです。発売日は12月25日。ぜひお手にとってみてください。

contents

●ロング・インタヴュー:DYGL 大久保祐子+野田努/写真:当山礼子

●2017年間ベスト・アルバム30枚
(大久保祐子、木津毅、小林拓音、坂本麻里子、沢井陽子、髙橋勇人、野田努、松村正人、三田格)
・ post-punk / jazz rock 野田努
・ ambient 小林拓音
・ untrue 髙橋勇人
・ electronic / experimental デンシノオト
・ techno 行松陽介
・ grime 米澤慎太朗
・ us hip hop 吉田雅史
・ house 貝原祐介
・ jazz 小川充
・ indie rock 大久保祐子
・ neo classical 八木皓平
・ avant-garde 細田成嗣
・ japanese rap music 磯部涼
・ ny 沢井陽子
・ london 髙橋勇人
・ japanese indie イアン・F・マーティン
・ fashion 田口悟史
・ gadget / technology 渡辺健吾
・ politics 水越真紀

●特別対談:もしかして、またバブル? さやわか × 三田格

●ロング・インタヴュー:水曜日のカンパネラ 野田努+三田格/写真:押尾健太郎

●特別対談:セックスしてとりみだせ! 白石嘉治 × 栗原康

●映画ベスト10
(坂本麻里子、木津毅、水越真紀、三田格)
・ 『ブレードランナー2049』 木津毅
・ 『T2 トレインスポッティング』 野田努
・ 『哭声/コクソン』『クローズド・バル』 三田格
・ 『ツインピークス The Return』 坂本麻里子
・ 『Fate/Apocrypha』『Fate/stay night [Heaven's Feel]』 坂上秋成

●REGULARS
・ サマー・オブ・ラヴから50年 三田格
・ アナキズム・イン・ザ・UK 外伝 第12回 ブレイディみかこ
・ 乱暴詩集 第6回 水越真紀
・ 音楽と政治 第10回 磯部涼
・ ピーポー&メー 最終回 戸川純

Thundercat - ele-king

 『Drunk』をリミックスしたから『Drank』……気が利いているのか、いないのか。ジャケの色彩はRPGで言うところの毒の沼のようになっております。サンダーキャットが今年発表した話題作『Drunk』のチョップド&スクリュード版、こちらすでに夏に公開されていたものですが、このたび正式にCDとしてリリースされることになりました。あなめでたや。発売は年明け後の2月2日。ドラッギーなパープルの沼に飛び込んで、ダメージ食らっちゃいましょう。

THUNDERCAT
年間チャートにも多数ランクイン!
2017年を代表する名盤『DRUNK』の
チョップド&スクリュード版『DRANK』が緊急オフィシャル・リリース決定!

ケンドリック・ラマー、ファレル・ウィリアムス、フライング・ロータス、マイケル・マクドナルド、ケニー・ロギンス、ウィズ・カリファ、カマシ・ワシントンら超豪華アーティストが参加し、続々と公開されている国内外の年間チャートでも上位にランクインしている最新アルバム『Drunk』の大ヒット、来日ツアー全日程ソールドアウト、フジロックでもフィールド・オブ・ヘヴンのヘッドライナーを務めるなど、2017年の音楽シーンを象徴する存在と言っても過言ではない活躍を見せたサンダーキャットから、今年最後のサプライズ! アルバム・リリースから半年後となる8月に公開されていた“チョップド&スクリュード版”『Drank』が来年2月2日(金)にまさかのオフィシャルCD化決定!

本作には、スクリュー職人、オージー・ロン・シー(OG Ron C)と、彼が率いるチョップスターズの一員であるDJキャンドルスティックが手がけた“Chopnotslop Remix”と名付けられたリミックス群を収録。チョップド&スクリュードとは、90年代にヒューストンのヒップホップシーンで生まれた独特のリミックス手法で、そのサウンドのファンだったというドレイクの2011年作品『Take Care』を、オージー・ロン・シーが“チョップド&スクリュード”リミックスして以降、再び活況を迎えているカルチャーであり、今年も様々な名盤がチョップド&スクリュード化された他、映画『ムーンライト』のサウンドトラックで、チョップド&スクリュードの手法が取り入れられ、チョップスターズもチョップド&スクリュード版『Purple Moonlight』をリリースしたことも話題となった。

DJキャンドルスティックは、『Drunk』のリミックスについて、海外メディアの取材に対し、「クリエイティヴな音楽をスローダウンさせることで、型破りなアイディアを生み出し、チョップド&スクリュードのジャンルを拡張させたいんだ。サンダーキャットの『Drank』はそのゴールにまさにうってつけの作品だった」とコメントしている。

サンダーキャットの大ヒット・アルバム『Drunk』のチョップド&スクリュード版『Drank』は、2月2日(金)にリリース! 計24曲のリミックスが収録され、小林雅明氏による解説書が封入される。オリジナル盤に続いてレア化必至の初回限定生産盤はスリーヴケース付。

label: BEAT RECORDS / BRAINFEEDER
artist: Thundercat
title: Drank
release date: 2018/02/02 FRI ON SALE

国内初回生産盤:スリーヴケース付
歌詞対訳/解説書封入
BRC-568 ¥1,800+税

beatink: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9232
amazon: https://amzn.asia/0p60dyl
Tower Records: https://bit.ly/2BFlAF7


label: BEAT RECORDS / BRAINFEEDER
artist: Thundercat
title: Drunk
release date: NOW ON SALE

国内盤特典:
ボーナストラック追加収録/歌詞対訳/解説書封入
BRC-542 ¥2,200+税

beatkart: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2757
amazon: https://amzn.asia/aYsKnhw
Tower Records: https://bit.ly/2iYSAPT
HMV: https://bit.ly/2j8vVvH
iTunes: https://apple.co/2ki6RUY

Prettybwoy - ele-king

 これまで、ハウイー・リー(Howie Lee)やスウィムフル(Swimful)のほか、ツーシン (Tzusing)のリミックスなど、アジアの個性的なエレクトロニック・アーティストをリリースしてきた中国・上海のレーベル〈サブカルト(SVBKVLT)〉。その〈サブカルト〉から、東京のプロデューサー・プリティボーイによるEP「ジェネティクス(Genetics)」がリリースされた。長年UKガラージのDJとして東京を拠点に活動し、レギュラー開催されているダブステップ・パーティ《バック・トゥ・チル》にも出演してきた彼は、昨年フランスのレーベル、〈ポーラー(POLAAR)〉からデビュー、〈サブカルト〉からはEP「ソリスティス」をリリースし、リリースに合わせて上海・深圳を巡る中国ツアーを成功させた。

 ポリフォニックなシンセベースで壮大に幕をあける“ヒグス”は、生な質感のドラムとクリック音のようなパーカッションの組み合わせ、グリッチの掛かったディレイなど、アイディアに溢れた1曲だ。続く“シャドウ・リディム”は、彼のアイコニックな幻影的なシンセに、サンプリング・ヴォイスの組み合わせがトライバルなタッチを加えている。ドロップで差し込まれる低いベースには、ダブステップが発展させてきたローエンドの音響的な進化が表れている。先行トラックとして公開された“ジェネティック・ダンス”は、印象的な木琴のような音色と日本的な可愛らしさを感じさせるメロディ、そしてグライムで使われるようなスクエアベースと有機的に絡んでいく珠玉の1曲。メロディがグラデーションのように少しずつ様相を変えながら、反復していくということが、本作のテーマである「遺伝子」のイメージと重なる。パーカッションとキックにアルペジオを効かせた、“フットステップ・フライング”は、キックの連打とピアノ系のシンセでトランシーな一面を覗かせている。“アウトロ・ハロー”は、クラシックな2ステップ・グライムのリズムを、生音のドラムでアレンジした1曲。ひとつの音色にエフェクトを効かせる展開やピアノのリフに、乾いたポップさがあり素晴らしい。リミックスに収録されているのは、〈フェイド・トゥ・マインド(Fade to Mind)〉所属のアメリカのプロデューサー、マサコーラマン(Massacooramaan)による“シャドウ・リディム”のリミックス。原曲の鳥の鳴き声のようなサンプルを残しながら、削ぎ落としてシンプルに、そしてより鋭くソリッドに再構築している。

 ワン・ニューワン(*)が手がけたアートワークもプリティボーイの音にぴったりだ。ピアノ・シンセのまばゆい音色使いは、カラフルで美しく、幻影的な彼のアートと重なる。写っているのは、奇妙な色のヒゲが生えたミュータント化した大根のようだ。「大根」というアジアらしいモチーフに、遺伝子改良され、奇妙に接合されたような物体。同じ比喩を使えば、グライムやガラージ・ミュージックの枠に、自らのメロディックで自由な感性を接合し、ダンス・ミュージックを新たなレベルで拡張している。

(*) ワン・ニューワンのユニークなアートはTumblrからもチェックできる。
Wang Newone Tumblr - https://wangnewone.tumblr.com/

interview with YOSHIDAYOHEIGROUP - ele-king


吉田ヨウヘイgroup
ar

Pヴァイン

Indie Rock

Amazon Tower HMV iTunes

 聡明さで名高い編集部小林氏から「YYGの原稿どうですか?」とメールが届いた。はて、私はヤング・マーブル・ジャイアンツの原稿などたのまれていたであろうかと小首をかしげたが略称の綴りがちがう。「来週レコ発なのでそこにまにあうようにアップしたいです」とも書いてある。ああなるほど、YYGとは吉田ヨウヘイgroupのことね、とピンときたが、どうもYYGと聞くとフェラ・クティの「J.J.D.」が頭のなかでながれだすからいけない。「ようこそ、カラクタ共和国へ」フェラの口上とざわめき、パーカッションの乱打とポリっていくリズム――それらはむろん本稿とは関係ない。とはいえ完全に明後日の方向ではないのかもしれない。YYGこと吉田ヨウヘイgroupは前にも増してグルーヴィになった。以下の原稿をお読みいただければおわかりのとおり、本人はあまり自覚していないようだが、ヴォーカルとコーラス、ギターと鍵盤、ベースとドラム、シャープな各パートが集約する音の像の輪郭はより明確になった。アレンジに耳を転じると、2017年のサウンド・プロダクションをみわたしたエレクトロニックなニュアンスを端々にのぞかせながらホーンを巧みにちりばめたアンサンブルは吉田ヨウヘイgroupらしさを忘れない。指先とギターとアタッチメントで何重もの音の層を織りなすギターは肌理細やかな楽曲に多様性をもたらし、“ブールヴァード”や“新世界”や“ユー・エフ・オー”やそのほかもろもろにつづく新たな代表曲の誕生を予感する、吉田ヨウヘイgroupの道のりはけっして平坦だったわけではなく、4枚目の新作『ar』まではさまざまな紆余曲折があった。2015年6月リリースの『paradise lost, it begins』以後におとずれた活動休止と8ヶ月後の再開。バンドは生き物だが、休眠中の彼らになにがあり、動き出したあとは以前とどうちがうのか。吉田ヨウヘイと西田修大にその顛末と『ar』にいたる過程を問うロング・インタヴュー。
 諸般の事情でレコ発にはまにあいませんでしたが、彼らの演奏をみる機会が今後減ることはないだろう。吉田ヨウヘイgroupはいま心身ともに充実している。
 すごいぞ吉田ヨウヘイgroup、ようこそニューYYGワールドへ。

 

次のアルバムはめちゃくちゃいいものにしなければいけないという覚悟が自分たちのなかにあったので、そこに向き合っていたあいだに、いまの自分たちだとこれは達成できる気がしないぞ、ということになったんですよね。 (西田)

メンバーにがんばれといっていいものなのか迷う機会も増えてきていたんです。俺らはがんばろうと思っているけど、そういうことをするのに迷いが生じてきた。 (吉田)

去年の暮れ『別冊ele-king』でアート・リンゼイの原稿を依頼したときがちょうどライヴ活動を再開したころでしたよね。

吉田:ライヴの直前に原稿をお渡しして、そのあと観にきていただきましたね。

率直なところ、活動を休止した事情はなんだったんですか。

西田:結果論なのかもしれないけど、自分は休んだことも休んでからの状態もそんなにネガティヴには思っていないんです。2015年に『paradise lost, it begins』をつくって、あのアルバムはみんなで合宿するくらいけっこう根を詰めてつくったんですが、そのあとの10月にO-EASTでワンマンライヴがあって、そこまではなんとかムリしても駆け抜けようという感じだったんですね。

O-EASTも私拝見しました。

西田:『paradise lost~』という自分たちのなかでのいちばんの力作をつくったけど、FUJI ROCKに出たかったけど出られなかったり、届かないところがあったり、ほかのバンドに対して自分たちのほうが絶対にイケたという確信を得られていなかったところもあって、そのぶん迷いがあって、迷いがあるから余計にがんばっていたんですね。迷いをふりきるためにもとにかくいいものをつくらなきゃならないという状態がO-EASTまでつづいて、次をみなければならないという話になって、まためっちゃがんばったんですよ。根を詰めに詰めて(笑)。

それが2015年?

西田:休む前だから2015から2016年にかけてですね。ですごいやっていて、そうなるとこう(両手で視界を狭めるポーズ)なるからできないこととかみえないことが自分たちのなかに増えてきて、しかもそれが一朝一夕に解決するようなことではなかったんです。次のアルバムはめちゃくちゃいいものにしなければいけないという覚悟が自分たちのなかにあったので、そこに向き合っていたあいだに、いまの自分たちだとこれは達成できる気がしないぞ、ということになったんですよね。一回考え直さなきゃいけないんじゃないか、このままだと全員どんどん疲弊してしまうんじゃないかという状態になったんです。俺の認識としてはそんな感じですね。

吉田:フルートの若菜ちゃんが辞めちゃったというのがひとつのきっかけではあるんですが、メンバーにがんばれといっていいものなのか迷う機会も増えてきていたんです。俺らはがんばろうと思っているけど、そういうことをするのに迷いが生じてきた。最初はなんの迷いもなくがんばれといっていたんですが、それをどうしようかなと思いつつ、メンバーも僕と西田も迷ってつかれてきちゃっているなと思ったときメンバーが辞めてしまって。全体が疲弊しているといえる状況があるなら休んだほうがいいんじゃないかという認識だったと思います、当時は。

西田:うんうん。

メンバーのあいだに温度差があった?

吉田:難しいのはみんなそれぞれが音楽にしっかり強くやる気があって、ただぼくや西田のやる気とメンバーのそれには方向の違いみたいなのも感じたりして、でも僕自身も自分たちのやる気の出し方が正しいとは思えなくなっていたところもありました。こうがんばるのが本来のがんばる姿でしょといったりするのはムリがあるという気にもなっていたということですね。

ある種の閉塞感ですね。

吉田:そうですね。ほぼ全員のメンバーに、仮に自分たちとバンドやるのをやめても音楽をつづけるだろうなという感覚もしっかりあったし、その場合それががんばっていないとは全然言えない、ただの押しつけだなと感じていたというのもあります。

西田くんの話を総合するとバンドの理想像に到達するには各人のボトムアップが必要だということですか。

西田:完全にそうです。

ひとつの結論が出ていったん休止することになったあいだおふたりはなにを目標にしていたんですか。

西田:俺はバンドを休止するとき、自分のなかでもいろんなことをすごく考えたんですけど、いまに較べると迷いがすごく多かったです。それに気づけていないところがある一方で、自覚している課題もけっこうあった。みんなで楽しく自然にやればいいものができるんだよというのを俺は大正解だけど大間違いだとも思っていたんです。そのとおりだけどそれを音楽のなかでやるとき、絶対にできなきゃいけないことがでてきたり、根性出さなきゃいけない場面が出てきたり、逆に根性を出そうとするあまりできないことが出てきたりすると思っていました。そこらへんがすごいグチャグチャになっていて、それを整理したいとは思っていました。

西田くんっぽいね(笑)。

西田:(笑)。音楽をどのようにやるのが自分とバンドにとって最良なのかということですね。音楽にどういうふうに向き合うのかということを考えていました。

ことギターに限定していうと自分もスキルアップしなきゃいけないし、ということですか。

西田:それはずっと思っていました。ギターをスキルアップしなきゃいけないという悩みはいまのほうがポジティブに強いですけどね。

吉田くんはどうですか。

吉田:休止に入った直後に思ったんですが、自分の作曲がメンバーのプレイヤビリティを活かすようにつくっていた意識があったんですが、それはほんとうにそうなのかと考えました。打ち込みでいいならプレイヤビリティのシバリがなくなるじゃないですか。そのときにつくるものはちがうのかとか、自分がほんとうにつくりたいものがあるとして、いままで作った曲はそれに適合していたのか、それとも制限がかかっていたのか、どっちなんだろうとか考えました。ほんとうにいい曲を書けるようになりたいという話を(西田と)いちばんしていたので、自分がほんとうにいい曲を書けるようになりたいと思っていた気がします。

西田:ひととどういうふうにやっていくかというのは、休んでいるあいだふたりとも考えていたんですよ。俺たちにとってずっと大きな悩みだったから。

吉田:そうだね。

とりあえずの結論というかこういうふうにやっていこうというのが出たのがいつくらいで、どういう方向性をとると決めたんですか。

吉田:ふたりでは休止中も一緒にやってもいたんですが、10ヶ月ぐらいして吉田ヨウヘイgroupをもう一回やりたいなとなったときに、どういうふうにひとを誘うかというのにあらためて悩みました。もう一回やろうというのは、昔の曲をやろうとか、この延長線上でもっといいものをつくりたいよねという話が自分たちのなかで高まったので、ぼくももう一回やろうと思ったんですけど、前に思っていたメンバーとの関係だったり、どういうふうにバンドをやっていけばいいのかという悩みには答えが出ていなかったので、とりあえずベースとドラムはサポートで、やっているうちにかたちを見つけようとなりました。心の通い合いのようなものがあったほうがいいのかどうかもわからなくなっていたんです。すごく巧くて一回でやってくれるひとがベストなのか、そうじゃなくて融通の利くひとがベストなのか、どっちもあるひとじゃなきゃダメなのか、それにあてはまるひとがいてもそのひとがやってくれるのかもわかっていなかったんです。これはついこないだまで相談していたことでもあるんですよ。だから悩みつつスタートしたんです。

それで4人で再スタートすることになった。でもベースとドラムがいないのはバンドにとっては大きな変化ですよね。

吉田:今後かかわってもらう人との関係をどうするべきかには不安がありましたが、こと演奏に対しては、どういう演奏をしてほしい、どれくらいの水準であってほしいという理想のイメージはすでにあったんで新しい試みにわくわくしてもいました。

そのころはのちに『ar』につながる音楽の青写真はあったんですか。

吉田:なかったよね(と西田氏に)。

西田:あったけどなかったというか。俺はとにかく“ブールヴァード”とか“ユー・エフ・オー”とかやりたかったんです。吉田ヨウヘイgroupの曲は自分のなかではずっとやっていかなきゃならない曲、そうだよね吉田さん? とふたりで話してがまんできなくなって再開したんですよ。いろんな作り方があるけど結局、自分たちが目指していたもののつづきを見なきゃいけないよねということだったんです。それでメンバーに全員声をかけてひとりひとりと話し合って、いまのメンバーがのこって、じゃあどうしようかとなったときに、サポートのひとを呼んだらどうかとか、4人だからこそできるサウンドがあるかもしれないとなったり、それを一個一個悩みながら進めることだけを目標に再開したので『ar』のイメージはないままスタートしたのが実情です。

ダープロのリーダーのデイヴ・ロングストレスは今回のアルバムでソロみたいになって、生バンドでもなくなり女声コーラスもなくなり、自分の好きだった要素はごっそり抜けたはずなんですけど、あれ? いままでよりいいんじゃない、という衝撃があったんです。 (吉田)

アルバム制作に本腰をいれはじめたのはいつですか。

吉田:断言するのは難しいのですが、アルバムにはいっている“分からなくなる前に”は休止前にできていて、体制も決まっていないので音源をつくるのはきついから一曲だけデモを録ってそれをYouTubeに公開するのを、2016年9月に再開だったから、2016年の内にやろうと目標を立てました。

そういえば“分からなくなる前に”のソロ裏のコード進行はデートコース(現dCprG)の「ミラー・ボールズ」を参照した?

吉田:ああデートコースもそうですね! あのとき考えてたのはスライでした。

元ネタのほうだったんですね。『フレッシュ』の――

吉田:“イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ”です。

“分からなくなる前に”ができたら数珠つなぎに曲ができた?

吉田:それまでの3ヶ月ぐらいのあいだにフランク・オーシャンが話題になっているのを耳にしたりダーティ・プロジェクターズの今年出たアルバムのMVを見たりして、いままでとちがう音楽が出てきたんだなと思っていたときだったので、“分からなくなる前に”のデモを録り終えた2017年の1月あたりにそのへんをとりいれるべきか否か、自分たちで煮詰めていくところからはじまりました。

西田:あの時期毎晩のようにその話していたよね。

ダーティ・プロジェクターズは吉田くんの座右のバンドだもんね。

吉田:そうですね。ただダープロのリーダーのデイヴ・ロングストレスは今回のアルバムでソロみたいになって、生バンドでもなくなり女声コーラスもなくなり、自分の好きだった要素はごっそり抜けたはずなんですけど、あれ? いままでよりいいんじゃない、という衝撃があったんです。ドラムの音やプロダクションに感動したんですけど、吉田ヨウヘイgroupのいままでやってきたことの延長線上にこの凝り方は存在していないとも思いました。自分たちはこれまでも、これはいいけどべつにやらなくてもいいよね、というものはあっさり切り捨ててやりたい音楽に邁進してきたところもあったのでどうしようと悩みました。できないけど感動しちゃって、これやったほうがいいのかって。

そもそもやりたかったですか。

吉田:あれがやれないと自分たちのこともいいとは思えないんじゃないかと、そのときは考えたんです。凝った音像にじっさいに感動したわけだから、こういうものをつくれないと自分たちがいいアルバムをつくったとは思えなくなるだろうなと考えて、そういうことができるように成長しなくちゃいけないんじゃないかということですね。

西田:俺が思うのは、そうはいっても、吉田さんはやりたくないことがあまりないひとなんですよ。そこは気が合うんですけど、バンド・サウンドかそうじゃないかということにかかわらず、こういうのは俺たちはやんなくていいよというのがあまりなくて、決める基準としてはすごく乱暴な言い方をするとそのときいちばんいいとなっていることをやりたい。それを自分たちのフォーマットにどうあてはめるかというのをずっとやってきたつもりだったんですけど、今回は「これがいい」と思ったときに、自分たちのとったことのないプロセスがいちばん多い状態だったんですよ。

で、どうしたの?

吉田:西田くんがパソコンを買いました(笑)。

西田:そうなんですよ(笑)。

カタチからはいる派だ(笑)。

西田:その前にオーディオインターフェイスも買ってシステム自体をごっそり変えました。

それまでバンドのなかでPCを使うようなことあった?

西田:使っていないですし、なんならいまも使ってないっス。カオス・パッドをギターに通したことはありましたけど、システムごとごっそり変えないとムリじゃないという話を吉田さんにしていて、ようはギターを弾くような感覚でラップトップをあつかえないと(これからはダメなんじゃないと)。

吉田:サードのときの反省としてぼくはけっこうミックスも担当していたのでポストプロダクションのことも考えていたんですが、イメージの音があってシンセサイザーでできるだろうと思っていてもけっこうできなかったんですよね。シンセサイザーは自分のなかでは根性があればけっこういけるとイメージしてとりくんでみたんですけど。

根性をみせるポイントはどこ(笑)?

吉田:たとえばアルペジエイターに憧れてシンセサイザーを手に入れてそれに模した音はがんばればできると思ったんですが、すごい時間がかかるし、それにあんまり良くもならなかったんですよ(笑)。逆にギターやドラムの演奏とか、バンドにかかわるものだとしっかり時間をかければうまくいくので。だから音色をつくるのは難しいというか、(音楽をつくる)インターフェイスがちがうと難しいんだね、という話はよくしました(笑)。
 ダーティ・プロジェクターズを聴いて、(ああいった)ミックスとかキックの音づくりはパソコンをナチュラルに使えるようにならないとできないとなったときにふたりでPCをもちよって一緒に曲をつくるというのを週何回やるというバンド練みたいなことをやったこともあります。当時は新しい音源のリズムトラックをどうするかも決まっていなくて、定期的にはバンドの練習をしてなかったからそれにあたることをPCでやればできるようになんじゃないかって(笑)、曲もできていいんじゃないのとなったんです……けど。

その曲ってなに?

吉田&西田:“トーラス”です。

成果はあったということじゃないですか。

吉田:そうですね、でき上がったときは興奮して、しばらくしてからだめだったなぁってなったりしたけど。

西田:インタヴューのなかで、そういえばそうだったと気づくことが多いんですけど、いままでは「あれはやってみたけどちがった」と思っていたじゃない。

吉田:そう思ってた。

西田:でもいま話してみて(PCでの作業を)やったことがでかいのかなとも思った。

[[SplitPage]]

“トーラス”をつくってわかったのは、あれは打ち込みでできた曲だけど生演奏でもいけるかもということだったんですね。 (吉田)

俺は吉田さんに打ち込みの適性がないとは思わないけど、その期間でベストを尽くそうとなったら生演奏しかなかったんですよ。 (西田)


吉田ヨウヘイgroup
ar

Pヴァイン

Indie Rock

Amazon Tower HMV iTunes

話は変わるけど、タイヨンダイは私のダチなんだけど。

西田:かっけえ(笑)!

吉田:ほんとうのダチはそういう言い方しなさそうですけど(笑)。

そうだよね(笑)。タイヨンダイはダーティ・プロジェクターズの新作にも参加していますが、彼も同じようなことをいっていましたよ。アナログシンセもギターも遊びのような手仕事の感覚だと。

吉田:ぼくらもがんばればそうなるのは感覚的にはわかっていて、ただ自分たちはギターについては一緒にいなくても練習するけど、どうしても打ち込みはひとりでは進まなかったんです。ひとりでやるのを目指したんですけど、会ってるときしかやらなかった(笑)。次作への課題ですね。でも時期がきたらやれる感覚もあります。

西田:目指していたのはフィジカルな状態だったんですけどね。悩めなかったんですよ、ギターのようには。わからなさすぎるものは悩めない(笑)。でもなにかをつくるには悩めなきゃいけないよね、とも思っていたから――といいながら、逆にいうと悩んで、悩んだままほかに楽しいことができたのかもしれない。

たとえば?

西田:ギターを弾くのがただ楽しいとかですよ(笑)。

それ以降はふつうの作り方に戻っていったんですか。

吉田:“トーラス”ができた段階でメンバーのクロちゃんがやっているTAMTAMが『EASYTRAVELERS mixtape』を出したんですね。TAMTAMの新譜はばっちりエンジニアの方に録ってもらっていて、聴いたら、“トーラス”とはキックの音のレベルがちがって、どっちがかっこいいかと100人に訊いたら100人ともTAMTAMのほうだというような音の質だったんですよ。ぼくはサンプルライブラリーからすごくかっこいいキックの音やスネアの音を選んで組み合わせれば自然と全体もかっこよくなるだろうと思っていたのにTAMTAMを聴いたら彼らの音のほうがかっこよかった。俺らはギターの音だったら録音した次の日改めて聴いて、あれ、かっこよくないぞと思うことはあんまりないんですが、打ち込みに対しては判断する力がまだないんだなとそのタイミングでわかってきたというか。逆にいままでに自分たちが得意だとも思っていなかったドラムやギターの音色にたいする判断のほうが点数高いんだなとわかったときがあって、そこでちょっと変えようということになったんですね。

そこで判断したんですね。

吉田:もっと慣れれば、この音を打ち込んだら全体がこうなるとわかるところまでくると思うんですけど、どれだけ時間がかかるかわからなかったので。“トーラス”をつくってわかったのは、あれは打ち込みでできた曲だけど生演奏でもいけるかもということだったんですね。TAMTAMのアルバムにも自分たちが打ち込みに求めていた質感もあったので、だったら生演奏が得意だからそっちをがんばろうと路線変更して一気につくりだしました。

のこりの曲は短い期間でつくったんですか。

吉田:アルバムのなかでは西田は“piece 2”も書いているんですが、感覚的には西田が平行して2、3曲書いてくれた感じで、自分が“トーラス”と“分からなくなる前に”、“フォーチュン”とかができていたから7曲か8曲書いた感じなんですけど、1ヶ月半で4曲ずつみたいな感じだったかな。

西田:吉田さんは後半にかけて尻上がりでした。今回は悩みながら決めずに進めたから、俺思ったのはさ、アルバムは今年絶対出したかったじゃん。

吉田:うん。

納期を設定していた?

西田:納期というより今年絶対音源出してそれをいいものにしたいという思いですね。俺は吉田さんに打ち込みの適性がないとは思わないけど、その期間でベストを尽くそうとなったら生演奏しかなかったんですよ。方向性を決めていくなかでやりたいことが出てきて、作曲にかんしてはどんどん尻上がりになったイメージです。制作が進むにつれ、やりたいことが明確になってきた。吉田さんが後半につくった曲については最初からブラッシュアップされていた気がします。

吉田:レコーディングが2回にわかれていて、リズム隊の録音は6月と8月でしたが、2曲宅録で10曲レコーディングしたイメージなんですよ。“piece 1”と“piece 2”は家でリアンプしたほぼ宅録なんですが、のこり10曲で5曲ずつ録音した感じで、6月に録音してそこで軽くミックスしてもらったんですけど、ドラムが完璧にイメージどおりの音になったんです。この音なら曲いっぱいできるなと思って自分のなかで加速がついた気がします。

ドラムの音が決まるとアルバムが像を結びますからね。

吉田:そうですね。

『ar』のドラムの音はこれまでよりちかいですね。

吉田:いままではほんとうにジム・オルークが理想だったので3メートルぐらいの距離で聴いているドラムの音が好きだったんです。それが50センチの音にしなきゃいけないと思って。生演奏でありながらドラムの音がちかいというイメージもTAMTAMのアルバムでついてはいたものの、自分たちにできるのかは半信半疑だったのが、録音を経てじっさいにできたのでこの音だったらこういう曲がかけるぞと一気にわかってきたところがあります。6月まではちょっと余裕があったのでそれほどハイペースではなかったんですが、6月のあと8月までに4、5曲書かなきゃいけないと決まっていたのでそこからハイペースだったよね。

西田:そうだね。後半は迷いもなかったからね。だけど最初から迷いなかったらつまらないアルバムになっていたかもしれない、と俺は思っていて、6月のレックのときにこれだったらできるとなってからは早かったんですが、悩んでいたのは“トーラス”がいちばんなんですよね。演るときにまた悩むんだけど、どちらが好きかといわれると両方好きだから、今回のアルバムには両方はいったんじゃないなかと思います。『ar』はだから、濃淡があると思いますよ。

期間が短いと演奏を詰めていく時間は足りなかったんじゃないですか。

吉田:それはサポートを含めてみんなが頑張って埋めてくれました。西田もいろんなひとに呼ばれてスタジオワークをこなしてお金をもらうようなこともあって、「1ヶ月練習して録音するのは、バンドだと短く感じるかもしれないけど演奏者としては短くはないんじゃないかな」と、教えてくれたのも大きかったです。

最初に話題にした、個々をどれくらいブラッシュアップするかという課題をクリアしていたということですね。

吉田:そうですね。

西田:それに加えて思うのは、短い期間でできた曲はデモの時点で演奏者がどういうことをすればいいのかわかるような音源だったんですよね。吉田さんのなかに明確なイメージがある感じがした。

それは西田くんだからじゃない?

西田:俺はもちろんそうだけど、曲自体がこういう演奏が理想だというのは楽器をがんばってやろうとしているひとならわかるものだったと思いますよ。“chance”という曲とか、「拡がった現実」はアレンジを悩んだけど、Bメロのパートとか、どういうふうにしたらいいのか明確でしたよ。その期間でできた曲で苦労したのは“1DK”だけでした。

“1DK”はなぜ苦労したの?

西田:ふつうに演奏が難しかったからです。テクニック的に難しかったから苦労したけど、それ以外そうでもなかったのは吉田さんがいうとおり信頼できていたのと曲自体が演奏に要請しているものがはっきりあったからなんですよね。

たとえば西田くんがほかの現場に行くときは、どのような演奏が理想かわかりづらいこともあるでしょ。

西田:それはありますね。

そういうときはどうする?

西田:うーん。困りますね(笑)。

そのあげくどうするの?

西田:がんばりますよ(笑)。でも俺は吉田ヨウヘイgroupの音楽については理解するべきだし、その自負もあるんですけど、『ar』について思うのは、くりかえしになりますが、デモの時点でどういうことをすべきかわかる曲が多かったんですよ。曲が「こういう演奏をしてほしいーよー」みたいな(笑)。それでできた曲はある意味全部フィジカルな仕上がりだと思います。それ以前の時期の“トーラス”や“サースティ”もフィジカルだとは思うんですけど、もうちょっとちがう質感だと思う。レコーディングの1ヶ月間を短く感じなかったのは曲がそういった感じだったからだと思います。

フィジカリティという感じだと『ar』はグルーヴを強調した曲が多い気がしました。

吉田:それはほかの方にもいわれましたけど、自分は正直わからないです(笑)。自分のイメージはグルーヴにかんしては以前とおなじくらいのものがみえていたはずで、再現度のちがいが大きいかもしれない。

さっきいったドラムの音色も相まってグルーヴ感をより感じるのかもしれない。

吉田:それはそうかもしれないです。いままでのドラムが3メートルぐらい離れて、オフマイク気味にベースやギターと一体に聞こえる感覚をめざしていたんですけど、ドラムが50センチのちかさになるとそれぞれが屹立して聞こえるのかもしれない、ポリスみたいに(笑)。各パートがそれぞれ前に出て、聴いているひとのなかで合わさるような音の作り方ですね。

次のアルバムどうするって話になったとき、ぼくがグラウンド・ゼロの『革命京劇』みたいにしたい、といったんですよ。 (吉田)

リズムにかんしていえば、西田くんのギターがこれまではメトロノミックに全体を引っ張る役割があったと思うんです。そういところから『ar』では西田くんのギターに自由なスペースが増えている気がしました。

吉田:それは完全にそうです。思っているとおりです。

演奏の個人的な聴かせどころはどこですか。

西田:難しいですね(笑)。全部です(笑)。

これ『ギター・マガジン』の取材じゃないよ(笑)。

西田:(笑)。いや全部なんですよ、ほんとうに。全部なんですけど、苦労せず自然に、自分のいままでやってきたことをやっと出せたぜ、この曲つくってくれてありがとうと思えたのは“Do you know what I mean? ”です。この曲がないとそのプレイができないんですよ。

それって冒頭のカッティングのところ?

西田:あとフレーズの組み方とか。

ああー。

西田:でも苦労してなくはないや(笑)。ヴォイシングにかんしてはめっちゃ苦労していて、今年受けた影響を出したかったし、考えてやった感じです。リズムにかんしては吉田さんが昔からこういうのかっこいいよねって進めてくれたのを超参考にしました。マサカーのフレッド・フリスとか。

ああー。

西田:そのカッティングをずっと曲で使いたかったけど、そういう曲がなかったのでそれをやっと曲で聴いてもらえますよ、どうですか、というのが“Do you know~”ですね。

フリスなんだ、これ。

西田:そうです完全に。それと石若駿くんと一緒にやっている影響が超でかくて、彼が教えてくれたヴォイシングをバンドの曲に取り入れたかった。新しいのと前からやりたかったのの両方がはいっているという意味では“Do You know~”だし“フォーチュン」もめちゃくちゃ気に入っているし“トーラス”のギターにかんしては苦労しました。“トーラス”については全部苦労したんですけど(笑)。

吉田:この一年西田くんはジャズ界隈のひとと仲良くなったんですよ。

ジャズ界隈のひととやるのはどう? 彼ら演奏が上手ですよね。

西田:すくなくとも自分がかかわっているミュージシャンは全員信じられないくらいすごいです。

シュンとしたことあった?

西田:俺は音楽、ギターをつづけられないんじゃないかと思ったことは何度もあります。いまも常にある。でもそういうのがあったからよかったんですよ。彼らと演奏するのになにができるとなると、こっちでやってきたことも極めていかなきゃいけないじゃないですか。そうなったとき、俺はバンドやってきているぞとか、ここにかんしてはけっこう考えてきたぞというのをみつけるきっかけにもなっていて、凹まされることもあるけど単純に教えてもらうことも多いですよ。

西田くんは“piece 2”も作曲していますね。この曲のアルペジオはなにで弾いているの?

西田:ウクレレです。“piece 2”はさっきいったみたいにシンセサイザーの使い方が自分たちは長けていないけどそういうふうにしたいとなったときに吉田さんに相談して、もしかしたらラップスティールだったらそういった感じになるかも、となってラップスティールを入れたんですけど、なにかものたりなくて、なにかを足したかったんですけどぜんぜん思いつかなくて吉田さんと話していたら、ラップスティールなんだからいっそウクレレでどう、といわれたんです。

ハワイつながりだ。

吉田:西田くんの家にラップスティールとウクレレがあったんです(笑)。

高木ブーさんみたいですね(笑)。

西田:ちょうどユニオンで『ブルーハワイ』ってレコードを100円で買って聴いていたのもあって(笑)、これなしだよね、というテンションで相談したら、いや意外と合うぞといわれてやってみたら合ったんですよ(笑)。

“piece 1” “piece 2”という小品もあり、『ar』は構成がすばらしいです。曲順はすんなり決まりましたか。

吉田:ぼくは忘れていてメンバーが2回ぐらいいってくれてうれしかったのが、去年メンバーと飲んでいて、次のアルバムどうするって話になったとき、ぼくがグラウンド・ゼロの『革命京劇』みたいにしたい、といったんですよ。

取材に立ち会った編集部小林:おー(と突然声をあげる)。

吉田:“Crossing Frankfurt Four Times”とか“Red Mao Book By Sony”とか、短い曲と普通の尺の曲が混在してるのがすっごいかっこいいじゃないですか、1分半~2分ぐらいの曲がいっぱいあるアルバムって。それだったらアルバムつくる負荷も低いと思ったんです。

それ大友さんに失礼じゃない! グラウンド・ゼロは制作の負荷が低いって吉田くんがいっていたって大友さんにいっちゃうよ(笑)。

吉田:(かぶりをふりながら)ちがいます、ちがいます。

西田:(とりなすように)ながれが意識できるということです。

吉田:(狼狽しながら)俺がつくると歌ものの4~5分ぐらいの曲がはいるので、6曲は4~5分台の曲、それと1分半の曲を6曲みたいなイメージのアルバムをつくりたかったということです。そのときは西田はまだ作曲していなかったけど、1分半の曲だったら力を発揮してくれるんじゃないかなというイメージがそのときあって、6曲ぐらいなら現実感もあると思ったんです。

なるほど。

吉田:それでアイデアのひとつとして『革命京劇』みたいにしたいといっていて、ただ結構間があったんで自分ではすっかり忘れていたんですけど、5月ぐらいに西田もクロちゃんも、『革命京劇』みたいにしたいんだったらこれはこうなんじゃないですか、といってくれたことがあって、ああそういったな、と思い出しました。アルバムの“シアン”や“chance”は“piece 3” “piece 4”でもいいかと最初思っていたんですよ。

たしかに尺は短いですね。

吉田:“Do you know~”も“トーラス”をつくったあとにふと思いついて2時間ぐらいで書いたんです。なので最初はこういうインタールードをつくりたいんだよね、ということで1分半の曲のつもりで書いて、それが気に入って倍くらいになったので別のインタールードつくらなきゃと思っていました。そもそも1分半ぐらいの曲を量産しようという気があったんです。

[[SplitPage]]

ARはことばとして使われなくなるんだろうと思っていたんですよ。だからレトロフューチャー的な、廃れていくけど昔あった概念というニュアンスもちょっとこめていたんですね。 (吉田)


吉田ヨウヘイgroup
ar

Pヴァイン

Indie Rock

Amazon Tower HMV iTunes

そのようなアルバムの題名を『ar』にした理由はなんですか。そういえば、そのころライヴ会場で偶然会ったよね。

吉田:ジェフ・パーカーのコットン・クラブでのライヴです。

西田:あれがたしか7月だったから。タイトルを付けたのは9月ですね。

じゃあそのあとくらいですね。

西田:タイトルはもともと短い単語にしたいとは思っていたんですよ。とくに明確な理由があるわけではなくふわっとした気分だったんですが、それまでのタイトルが長かったのもあって短い字面でいいのないかなという話をしているなかで期限が迫って、わりと最初の段階で決まった気がします。吉田さんは悩んだと思いますけど。

吉田:そうだよ! さらっと見せたけど割と考えたよ!

西田:(笑)。最初にみたときにこれはいいと思いましたよ。

なぜ『ar』なんですか。

西田:SFっぽくしたくて、ここ1年ぐらいの気になる音楽には、ダープロなんかもそうだけどSF近未来感があるなと思っていて、AR(Augmented Reality=拡張現実)ということばは情報が映像にかさなる感じじゃないですか。それと、音楽を聴きながら歩いているときになんとなく情報量が付加される感じがちかいと思ったことがあったんです。みているものに色彩や情報を与えるのは、音楽はもとからそうだったんじゃないかなという考えをかさねて、「AR」ということばには両方の要件が備わっていると思ったんです。

そのことばは最新のテクノロジーとセットですが、テクノロジーの進歩について吉田くんは肯定的ですか。

吉田:その点で俺勘違いしていて、ARってなくなるんだと思っていたんですよ。以前は「VR(Virtual Reality=仮想現実)/AR」って書かれていたのに、ここ2年くらいPSVRとか、VRがらみの商品ばかりみるようになっていたので、ARはことばとして使われなくなるんだろうと思っていたんですよ。だからレトロフューチャー的な、廃れていくけど昔あった概念というニュアンスもちょっとこめていたんですね。そうしたらARの新機種をよくみるようになって、ARのほうが難しい技術で今後出てくるとわかってちょっとあてがはずれました。

西田:でもARってことばは吉田さんっぽいですよ。俺にとって吉田さんは機械に強いというか、理知的でコンセプトを立てるひとのイメージがあるんですよね。でも一方でARってエモーショナルに受け止めようと思えばいくらでもそうできることばで、吉田さんがレトロフューチャー感っていっていたのはそういうのとも関係あると思うんですよ。吉田さんの歌詞とかもほんとうにそういった感じだと思うんですよ。表現するのは人懐こかったり感覚的なことだったり、いったらエモいといわれるようなことかもしれないけど、表現するにあたってはそれだけじゃないんですよね。

歌詞の面では女性陣おふたりが作詞をしていますが、すごく吉田ヨウヘイgroupっぽい歌詞だと思いました。吉田くん以上に吉田くんっぽい気すらします。

吉田:ふたりには曲を書くから歌詞を書いてくれとお願いしたんですけど、俺は自分っぽくとか制約を与えると書けないと思ったので、なにも要求しなかったんですけど、結果的にふたりは吉田ヨウヘイgroupでやるならぼくの詞に寄せたほうがいいと思ったらしく、自分のなかでの通じるところを出そうと思いながら書いたみたいです。

まったく助言せず?

吉田:ぼくは自分で歌詞を書いたあと西田にみてもらうんですけど、ここは意味がわからない、どうとればいいのか、ということで直しがはいったりするんですね。それとおなじことは彼女らにもしてもらおうとは思っていて、書いた歌詞の筋が、だれにもわかるのは難しいですけど、ある程度わかる人が多いようにはしてくれとお願いして、ふたりとも二、三回やりとりした感じでした。

意図したとおりだった?

吉田:最初に“フォーチュン”の歌詞が届いたときにぼくに寄せようとして書いているのは分かりました。“フォーチュン”ってタイトルはちょっとかわい過ぎるかなと最初は思ったんですけど、割とすぐに慣れて、これはこれですごくいいなと思うようになりました。

私はまったく違和感なかったけどね。最初は音源だけを聴いたから、クロさんが歌っているのはわかったけど歌詞は吉田くんが書いているのだろうと思いましたから。

吉田:それはうれしいですね。

西田:歌詞にかぎらず、バンドのすべてをコントロールするのはムリだと思うんですよ。ドラムのチューニングとかベースの弦のどのポジションでEを弾くかなんて、なかなかこっちで全部は決め切れないけど、みんな吉田ヨウヘイgroupのなかでならどうすべきかということを今回やってくれているんですよね。いままでに較べたらそういった部分がすごく多いし、レックを二回にわけて、最初にできあがった音がよかったから、それでいいんじゃないといって後半に臨めたのもよかったですね。そのぶん余白みたいなものをのこした状態になったところもあって、それまでだと俺たちも細部にこだわっていたのが、もっとなにかいいものを足せないかなとか、ミックスや自分たちのプレイに集中したから単純にはいっているものが増えていると思います。

 といいのこして所用のため西田修大はギターを担いで颯爽と去っていった。12月に予定するレコ発(12月20日渋谷WWW X)をはじめ、たてこんでいる予定にそなえ、ふたりはスタジオでの練習帰りに取材に応じてくれていたのである。のこされた吉田ヨウヘイはもっていたギターを全部下取りに出して購入したご自慢のギブソン335への愛を蕩々と述べる。取材はすでに終了しているが、四方山話はひきもきらない。サブカルチャーに耽溺した人間にとって音盤コレクションや本棚がいかに聖域だったか、メタルのドラマーは凄く好きな人が多い訳ではないが、そのなかでミスター・ビッグのパット・トーピーは図抜けていた、いやあれはハードロックだから、でも彼はインペリテリにいたからメタルですよ、やっぱりいちばんかっこいいのはロリンズ・バンドみたいなバンドですよね、いややっぱりハイナー・ゲッベルスだよ、そもそもぼくは中学のときアルバート・キングの『ブルース・パワー』がほしくて近所のCD屋に毎日通い詰めたら哀れんだお店の方にPヴァインのカタログをいただいたんです、それなら私は――というテッペンまわった居酒屋さながら蜿蜒とくりひろげた会話から吉田ヨウヘイの歌詞への考え方を抜粋して以下に記す。

ぼくはあんまり強いこと言ったりDVなんて絶対できないけど、すぐ怒ったりしそうなやつのほうがモテるみたいな矛盾は日常生活でも映画とか見てても感じたり。そういうなんというか描きにくい曖昧なとこを描きだそうとしてみたらうまくいったことがあって。 (吉田)

私は吉田くんの歌詞には独特の不安定さがあって好きなんですが、歌詞を自己分析されたことはありますか。

吉田:音楽の音符とかリズムに対しては分析的な視点が自然と出てくるんですけど、たとえば映画だとカメラアングルとかカット割りとかまったくわからないんですよ。プロットがどうだとか。楽しむためでも、ロジカルな視点がいっさいはいってこなくて、ただ受け入れて、よかった、よくなかったで終わっちゃうんですよ。歌詞も自分のなかではずっとそうで、なんとなくいい、わるいくらいしかなくて、つみあげていけるものがないから、外から学ぶことができないんです。そうすると歌詞については自分の手法を洗練させるしかなくて、ことばにするに足るものと考えたとき、それに値するのは不安定さだったりするんです。ぼくの思っている不安定さって、日常会話で「俺こんなことを思っているんだよ」、って繰り返しいっちゃったら嫌われるヤツというか。曲という1年に一度ぐらいのアルバムの発表のタイミングにしか外に出ないことばで、音源というかたちでプレゼンテーションするなら出していいかなと思うんです。たまにしか出さないなら光るもの、そういったマテリアルがあると思っていて、自分はほんとうは話したいけど遠慮していることを歌詞というかたちで掬うとうまくいくなとある時期から思いはじめたんです。

ある時期っていつ?

吉田:このバンドをはじめてからです。三十になるちょっと前にはじめたんですけど、それぐらいからです。西田に「もうちょっと歌詞に起伏があったほうがいいんじゃないか」といわれていて。だから起伏を起こすときに自分がとれる手法として不安定さを象徴する場面をおりこんでいくとうまくいくなと思うようになりました。

題材は日常にありますか。

吉田:たとえば“chance”なら知り合いの女性がイギリス人と結婚して、もとの姓名の間にイギリス人のミドルネームが入ったんです。名前がおんなじまま、英語のミドルネームが追加されるって凄いな、どういう心境の変化なんだろう、と思ったことがあって。“chance”の歌詞は、それをディテールにして、鬱屈しているのを外国人と結婚して名前をマイナーチェンジして心機一転する、みたいなイメージで書きました。

吉田くんは、日本語で書く制約は世代的にも感じないですよね、きっと。

吉田:でも聴いたひとから字余りがあると指摘されたことはありますよ。

それもいいところだと思うけどね。

吉田:自分では制約は感じていなかったんですけど問題を指摘されることはあったので、今回はちょっと意識して、西田にも相談して大丈夫なんじゃないといわれたので許容できる範囲におさまっているといいなと思うんですけど。

字余り感もさほど気にしていなかったと。

吉田:ユーミンのメロディも英語で歌うとああいうメロディにはならないと思うんです。言語感覚から出てくるメロディは絶対あると思っていて、ユーミンっぽいメロディや細野さんの『HOSONO HOUSE』のときのメロディなんかは日本語でないと生まれないメロディで、そっちのほうに憧れているところがあるので日本語の制約は感じていないです。

作詞家で憧れているひとはいないんですか。というか、さっきの話だと作詞というものを分析することはないということか。

吉田:松山猛さん、松本隆さんは大好きです。自分も「一張羅の涙」みたいなことばを本当は書きたいんです。なにを言っているかよく分からなかったり、用法は正しくないけど素敵でイメージの広がりがあることば。それをやるには、本来その名詞を形容しない形容詞を前にもってきてハッとさせるという手法があるのは理解しているんです。でもそれには語彙が必要で、自分は語彙を身につけようと生きてきたのにぜんぜん身につかなかったんです。

編集の仕事もやったことあるんだから語彙はあるでしょう?

吉田:(苦笑)。語彙の部分で大事だったのは例えば「行く」ということばを使うときにあまり多用しないで同じ意味の別の言葉に書き換えるとか、そういったことだったんですよ。ふつうのひとが使わないことばは逆に使っちゃいけなかったんです。日常的なことばでスノッブじゃないように書くのが大事なので、それに慣れた自分にはそういった淡々としたことを書くほうが向いていました。

淡々としたことばの使い方でも、でも私が読むとおもしろいことばづかいを吉田くんはすると思うんですよね。たとえば、「動く」を「動き」にするように動詞を名詞化するのは語彙があると「律動」とかそういった難しいことばになっちゃうんだけど、そうしないことで動詞と名詞が二重化してことばの世界が厚みを増すというかね。

吉田:豊富な語彙を諦めてからは、逆に自分の歌詞の世界だと難しいことばが出てくると浮いちゃうので、そういったことばは使わないようにはしているんですよね。

たとえば微熱少年がいるなら平熱の淡々とした風景のよさもあると思うんですよ。

吉田:歌詞については、『ar』では書いたあとの感覚が前とはちがっていたんです。3枚目まではあえてほとんどの曲をラヴソングにするようにしていたんです。というのも、歌詞に起伏をつけるには女の子を主人公にしたラヴソングだとやりやすいと気づいたんです。ぼくはあんまり強いこと言ったりDVなんて絶対できないけど、すぐ怒ったりしそうなやつのほうがモテるみたいな矛盾は日常生活でも映画とか見てても感じたり。そういうなんというか描きにくい曖昧なとこを描きだそうとしてみたらうまくいったことがあって。

そういうことあるのかな、あるのかもねえ。

吉田:一回自分を完全に離れるからお話が作りやすいのかもしれなくて。身勝手なひとを好きになってしまうというような起伏の作り方だと歌詞がまわっていくなと思っていて、前回まではそれをモデルケースに書いていたんですけど、今回それをいつのまにか忘れていたのか、危ない場面を書こうとしなくても詞としての危なさが勝手にはいるように書けるようになっていた感じがして。

最初にいった不安定さを嗅ぎつける能力が恋愛にかぎらなくなったんじゃないかな。

吉田:感覚的にはそうですね。

セカイ系という言い方はかなり前の流行り言葉で、オタク的な文脈で使われることが多いけど、吉田くんの歌詞にはそれと似た空間性があると思いました。なにかが起こるかもしれない不安定さを皮膜一枚向こうに感じているような。

吉田:セカイ系って全体感ではなく一対一の関係が大事になってしまうということですか。

一体一の関係の背景があるという意味では全体感というより遠近感でしょうね。

吉田:ぼくは会話に没入したいんだけど周辺視野のことが気になってしまう、その場面のイメージはめちゃくちゃ強いですね。

おそらくそうだろうね。そうしてふとした所作の意味を考えてしまう。

吉田:喫茶店で大きな声で別れ話をするのはイヤみたいなのがあるかもしれません(笑)。ほんとはそんなこと考えずに相手の話に集中しないといけないはずなのに、周りがなぜか見えてしまう、みたいな(笑)。そういうのが詞の原動力になっているかもしれないです(笑)。

私はそんなとき、超越者の審判がくだされたと感じますが、それはさておき、吉田さんの歌詞では作中人物がよく後悔しますよね。夜考えていたことが朝起きると色褪せて思えるような感じ。

吉田:レイモンド・カーヴァーが好きなんですよね。予想よりわるいことが起きてそのまま終わるような話が多いじゃないですか。ぼくは自分の歌詞についてはできるだけハッピーエンドで終わらせようと思ってますけど。レイモンド・カーヴァーですごい好きな話が、夫婦喧嘩してる時に冷蔵庫が壊れて、冷凍したものとかがどんどん溶けてきちゃって、もういろいろ最悪っていう。

ほかに作家で好きなひとはいますか。

吉田:ヴォネガットです。ぼくは小説も分析的に読めなくて、どうして文学があるとか、ぜんぜんわからなかったんですが、ヴォネガットの『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』を読んだときに、いろいろやって最後子ども全員育てるじゃないですか。おそらくテーマは「ひとにはやさしくしよう」っていう凄いシンプルなことなのに、それをそのままいってもだれも聞いてくれない、でもこういうことがあるからやさしくしなくちゃいけないんだよいうメッセージを伝える。「ひとにはやさしくしよう」という一行のことを人の胸に響くように伝えるためにディテールがいろいろ必要で、それがこの小説なんだと感じたんですよね。歌詞でもその形式に則ることにしています。この歌詞のいいたいことはこれ、もちろん具体的に言い切れることじゃない場合もありますよ、でもそのうえで、これをいうにはそれが説得力をもつ文脈をつくらないと伝わらないと思い、それにはディテールへの共感がいるという観点からつくっています。“1DK”だったら一緒に暮らしてしあわせだったのが、あるきっかけでキツくなってきてそれをなんとかしたいというストーリーを設定していて、それに説得力をもたせるには、ふたりの喧嘩を描くのではなくて、家に行ったら仲がわるいのがまるわかりじゃんという状況を書くほうが共感度高いと思って。村上春樹を読んでいるときに思ったんですが、村上春樹の読者は小説のなかで起こっていることが、「これは自分にしかわからないことを書いてくれている」と思っている気がするんです。ただ、実際は100万部とか売れるわけだから、そう考えているひとが100万人いる。自分にしかわからないようにみえる表現というのがあって、歌詞を書くときはできるだけそういうものにしたいな、と思っています。

たとえばフィッシュマンズなんかはそうだったと思うんです。大勢いるんだけど舞台の上の佐藤伸治と一対一で向き合うようなありかたは、不特定の他者との共感が主流になるとなかなかなりたたない。最後に吉田くんのなかにロックシーンだけじゃなく日本の音楽の現状に対して思うことはありますか。

吉田:ぼくはほんとうに不満を感じないほうですね。ぼくの場合、本来才能に恵まれているのに世に出られなかったわけじゃなくて、二十歳ぐらいのときの音楽を聴くとじっさいにクオリティが低いんですよ。ふつうにクオリティが低くてライヴハウスで怒られていた(笑)。三十でようやくインディーズで出せるようになって。自分の実力と聴くひとの数が印象のなかではほとんど乖離していないんですよ(笑)。(了)

Mica Levi - ele-king

 いくつものサウンド・エレメントが接続・編集・加工されるミュジーク・コンクレート的な手法を援用しながら、「シネマティック=映画的」な感覚/情感の音楽/音響作品を構築する。2017年のエクスペリメンタル・ミュージックにおいて、そのような映画的なムードを感じさせる作品(アルバム/EP)がいくつもあった。
 それらは皆、音響的には複雑で、多層的で、ときにノイジーですらあっても、しかし聴感上は静謐だった。たとえば坂本龍一の新作『async』における「非同期」の概念とも交錯する。音、音楽、微細なノイズ、楽音などが、まるで映画のシークエンスのように、それぞれが別の層に、イマジネティヴに展開されているのである。
 そもそもミュジーク・コンクレート的な技法を援用することは(サンプリング全盛期の90年代コラージュとの差異だろう)、ヴェイパーウェイヴ~ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー以降、トレンドになっていたし、2010年代のフィールドレコーディング・ブームなども、この「シネマティック=映画的」へと繋がる潮流ともいえるだろう。

 しかし違う点もある。いくかの作品において極めてSF的/終末論的なムードが展開されていたのだ。これは2010年代的なインダストリアル/テクノなどのダークなムードを継承した結果といえよう。「世界の終わり以降の世界」へ。これはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『ブレードランナー2049』と共通するムードでもある。
 映画『ブレードランナー2049』は、『ブレードランナー』のように巨大な虚構世界から消えることのない大きな影響を受けた「子どもたち」(その影響を受けた作家、作品、無数のエピゴーネン、その観客のことだ。そう、われわれは「セカンド・チルドレン」「サード・チルドレン」なのだ)が、しかし、自分たちすべては「その本当の子」ではないという悲しみの映画である。そこにおいて人間/レプリカントの差異は無化してしまう点がポイントだ。主人公「K」もわれわれも正当な「子=続編」になりえないのだ。根拠は最初から剥奪されている。
 根拠を消失したヒトは衰退している。安易な快楽を注入し、遺伝子改良食品で生き延びる。未来都市を濡らす雨はヒトの涙のようだし、降り続ける雪は彼らのヒトの哀しみの結晶である。「涙」も枯れ果てた世界には乾いた砂塵が舞うだろう。そう、『ブレードランナー2049』は、巨大な歴史(文明と文化と科学)以降を生きる「ヒト」たちの「根拠なき生」の哀しみを、映像と音響の力を余すことなく使いながら、まるで約3時間の詩のように構成した映画なのである。

 さらに注目すべきは、そのような世界観/映像を表現するための音楽として、ドローン/ノイズ、アンビエント・サウンドが採用されていた点だ。『ブレードランナー2049』の音楽は当初、ヴィルヌーヴ監督と『ボーダーライン』『メッセージ』などの傑作でタッグを組み、素晴らしい音楽/音響世界を生み出したヨハン・ヨハンソンが手掛ける予定であった。が、しかしその後、ハンス・ジマーも音楽陣に加わったとアナウンスされ、結局、ヨハン・ヨハンソンは降板となり、ハンス・ジマーに一任されることになった。
 この変更には一抹の不安を抱いてしまったが、さすが現代ハリウッドの随一の音楽家の仕事である。完璧だ。この映画の音楽を、オウテカ以降の逸脱するテクノロジカル・ミュージックとしての2010年代的なエクスペリメンタル・ミュージックの潮流に組み込むことは決して不可能ではない。
 ゆえに私は『ブレードランナー2049』の世界観とムード、そして音楽/音響は、2017年の「シネマティックなエクスペリメンタル・サウンド」を考えるうえで重要なポイントと考えている。これらは同時代の作品なのだ。

 ミカチューことミカ・レヴィの新作『Delete Beach』も、そんな2017年的なムードを濃厚に持っているシネマティックな音響作品であった。もともとは日本人アニメーターが参加したノルウェイの短編SFアニメーションであり、本作はそのサウンドトラックである。
 短編SFアニメーション『Delete Beach』は、フィル・コリンズ監督と日本人アニメーター江口摩吏介による作品。制作には日本のSTUDIO 4℃も関わっているという。江口は1985年の杉井ギサブロー監督作品で、細野晴臣が音楽を手掛けた『銀河鉄道の夜』の作画監督を務めたベテラン・アニメーターだ。
 そしてミカ・レヴィにとっては『アンダー・ザ・スキン 種の捕獲』『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』に続く映画音楽の仕事となる。ハリウッド大作ともいえる前2作から日本アニメの「意匠」をまとった外国人による監督のアーティスティックな短編アニメという振れ幅が実に興味深い(ミカチューとしてインディペンデントな活動も展開するミカ・レヴィの魅力だろう)。リリースはデムダイク・ステアが主宰する〈DDS〉から。マスタリングは名匠マット・コルトンが手がけている。

 『Delete Beach』の作品世界の設定はSF/ディストピアなムードに満ちており、とても魅力的だ。舞台は「無炭素社会」になった地球の未来世界。そこにおいて「レミングス=バーナーズ」という反資本主義組織の活動に身を投じた少女が主人公である。「バーナーズ」は炭素由来の燃料が違法になった世界において、「オイルによって「スローバー」を描いてまわる」組織のこと。この「オイルの完全なムダ使い」がバーナーズからの欺瞞と搾取に満ちた世界へのメッセージらしい。本音源の中で彼女は語る。

私は飛ぼうとした。そして失敗した。地下組織の同志たちに合流して、時間と共にオイルになろうとしてた。海底のパラレルワードとも呼ばれる場所で。旅立って新しい元素として生まれ変わろうと思った。そのつもりだった。

 ミカ・レヴィによるこのサウンドトラックは、単に音楽を収録したものではなく、主人公である少女のモノローグが日本人声優によって語られ、そこにインダストリアル/ノイズなダーク・アンビエントな音響が映画の進行のように展開する音響作品となっている。
 ディストピアSFを思わせる世界観のダイアローグ/ナレーションとノイズ/インダストリアルなサウンドのマッチングが素晴らしく、聴いているだけで世界観の中に没入できる。インダストリアル/ノイズなサウンドにこのような方法論があったのかと驚いたほど。アニメ+ミュジーク・コンクレートだ。
 アルバムには日本語版“Delete Beach (Japanese)”に加えて、本編のサウンドから抜粋されたチェロの低音に電子音/ノイズを走らせるトラック“Interlude 1”、セリフを抜いた“Delete Beach (Instrumental)”、ミニマルで不穏な旋律と音響の“Interlude 2”、英語版“Delete Beach (English)”が収録されている。

 この『Delete Beach』は、ディストピア的な世界で存在の無根拠と生に引き裂かれる少女の存在と言葉を通じて、ポスト・インターネット社会・世界の不穏を想起させる極めてアクチュアルな作品に思えた(日本公開が待たれる)。

 そして、『Delete Beach』と同じくSF映画的なムードを放つアルバムが、謎に満ちたベルギーのサウンド・アーティストObsequiesのデビュー・アルバム『Organn』である。リリースは、〈Planet Mu〉傘下で、あのヴェックストのクエドが主宰する〈Knives〉。

 フランスの詩人ロートレアモンの詩「Les Chants de Maldoror」からインスピレーションを得たという本作は、電子ノイズ、そしてダーク・アンビエントの痕跡のような音楽的エレメントが、霞んだ空気感の中で交錯している。まるで21世紀初頭に復活したロマン主義者の深層心理の彷徨のように。レーベルからは「愛と二重性についての記録」とアナウンスされているが、電子ノイズ、アンビエント、インダストリアル、微かな楽器音などが、ときに複雑に、ときに細やかに、ときにノイジーに、ときにロマンティックに、しかし大胆に、繊細にコンポジションされていくことで、21世紀も都市生活者の実存的な不穏と不安を音響化していく。A4“Asthme”の掠れるような声と暴風のようなノイズの交錯は、孤独な魂の声にならない叫びのようにも思えた。その意味で2013年にリリースされたジェームス・レイランド・カーヴィーによるザ・ストレンジャーがアルバム『Watching Dead Empires in Decay』で展開した都市生活者の孤独な魂が憑依・継承したかのような作品だ。
 もしくは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの『ガーデン・オブ・デリート』以降の音響世界だろうか。『ガーデン・オブ・デリート』の音響空間は、バラバラに分断した世界を、ジャンクな音楽要素をコンクレートしていくことで、「引き裂かれた世界」を音響化/音楽化するようなムードがある。リリースから2年を経過した現在のエクスペリメンタル・ミュージックは、さらにディストピアな感覚を継承し、新たな音の結晶体として統合するかのような音響/音楽に変化を遂げているのだ(『ガーデン・オブ・デリート』がいかに重要なアルバムであったことか!)。

 そう、『Delete Beach』や『Organn』は、ダークな世界観のSF的ナラティヴによって、われわれ聴き手にロマンティックな哀しみ/悲しみの美学を生成し、人の荒んだ心を沈静化する力を持っている。これらの音楽/音響には、「終わりの世界以降の世界」を生きる「子」たちの悲哀があるのだ。『Delete Beach』と『Organn』が、映画『ブレードランナー2049』と同じ2017年にリリースされたことはやはり重要だ。かたやハリウッド大作、かたやインディペンデントの音響作品と、その規模も表現方法はまったく違いながらも、両極において同時代のムードが紛れもなく共有されているのである。優れた芸術作品は時代の無意識を反映してしまうものなのだ。

Kyle Dixon & Michael Stein - ele-king

 ほとんどのリスナーやメディアは、基本的に移り気だ。ある程度食い荒らしたら、次の“最先端とされるもの”に乗り換える。しかしこれは、人が欲望の生き物である以上致し方ないことでもある。筆者としても、より良いものを求める姿勢は大歓迎だし、進化と深化のためにも移り気という名の荒波は必要だ。この荒波があるからこそ、ブリアルの『Untrue』みたいに、リリースから10年経っても注目され、多くの人たちに影響をあたえる作品が生まれるのだから。
 そうした荒波を乗り越えつつあるのがシンセウェイヴだ……と言われても、日本でシンセウェイヴを知る人は少ないと思うので、少し説明を入れておこう。

 シンセウェイヴが盛りあがりを見せはじめたのは、2010年代前半のこと。〈Rosso Corsa〉〈Rad Rush〉〈New Retro Wave〉などのレーベルやその周辺のアーティストたちが旗頭となり、数多くの作品を発表してきた。こうした動きが大手メディアのプッシュではなく、『Synthetix.FM』や『Disco Unchained』といったブログが地道に魅力を伝えつづけたことで広がっていったのも、シンセウェイヴを語るうえでは欠かせない。先に書いたレーベルがバンドキャンプで作品を発表したら、すぐさま集結するサポーターも重要な存在だ。バンドキャンプには、SNSと連動したサポーター欄がある。たくさんのプロフィール写真が並ぶそこでは、ファンがコミュニティーを形成し、新たな音楽との出逢いを促してくれる。こうした草の根的な手法もシンセウェイヴの特徴だ。
 音楽的には、イタロ・ディスコ、ファンク、ハウスといった要素を掛け合わせたものが多い一方で、〈Minimal Wave〉のリリース作品を想起させるミニマル・シンセに近い音もあったりと、バラエティー豊かだ。ドラマ『ナイトライダー』シリーズあたりのレトロ・フューチャーな世界観を彷彿させるアート・ワークが多いのも特徴で、いわゆる80年代のポップ・カルチャーに多大な影響を受けている。

 ここまで書いてきたことからすると、音楽オタクに好まれるニッチなジャンルに思われるかもしれない。確かに、黎明期の頃はそうした側面も目立っていた。しかし、シンセウェイヴの代表的アーティストのひとりタイムコップ1983は、ベラ・ソーン主演の映画『ラストウィーク・オブ・サマー』で楽曲が使われるなど、意外と広く認知されている。さらに、ドナルド・トランプの有力な支持者として知られる白人至上主義者のリチャード・スペンサーが、シンセウェイヴを政治利用したことも記憶に新しい。この動きについて、『BuzzFeed』『The Guardian』『thump』といったメディアが取りあげたことからも、海外では少なくない注目を集めている音楽だとわかる。

 そんなシンセウェイヴが輩出したスターといえば、テキサス州オースティンを拠点に活動するシンセ・バンド、サヴァイヴである。メンバーは、アダム・ジョーンズ、カイル・ディクソン、マーク・ドゥニカ、マイケル・スタインの4人。彼らが脚光を浴びたキッカケは、2012年の作品『Survive』。トロピック・オブ・キャンサーのシングルも扱う〈Mannequin〉からリリースされたこのアルバムは、〈Blackest Ever Black〉や〈Modern Love〉など、当時勃興期を迎えていたポスト・インダストリアル・ミュージックの流れとも共振する妖艶なサウンドスケープが特徴ということもあり、早耳のリスナーたちに支持された。『Survive』以降も彼らは着実にキャリアを重ね、サヴァイヴ以外の課外活動も増えていった。なかでもアダム・ジョーンズは、サウザンド・フット・ホエール・クロウとして、『Cosmic Winds』という印象的な作品を残している。ニュー・エイジやクラウトロックなどの影響が滲むこのアルバムは、聴いていると脳みそが“うにゅ”ってなるほどのトリッピーな音像でリスナーを飛ばしてくれる。
 だが、それ以上に興味深い課外活動は、サヴァイヴの中心人物であるカイル・ディクソンとマイケル・スタインが手がけた、ネットフリックスのオリジナル・ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のサントラだ。2016年にシーズン1が配信されたこのドラマにふたりは、ダークな音像が映えるエレクトロニック・ミュージックを提供し、大きな注目を集めた。それを受けてふたりは、今年配信されたシーズン2でもサントラを担当している。

 そのシーズン2のサントラこそ、本作『Stranger Things 2 (a Netflix Original Series Soundtrack)』だ。シンセサイザーを基調にしたサウンドはサヴァイヴと変わらないが、ふたりなりにサントラという性質をふまえているのか、音数が非常に少ない。シンセ・アルペジオの微細な変化で曲に表情をつけていく手法が目立つ。サヴァイヴの作品では多々見られる、過剰なエフェクト使いがないのも特徴だ。音色を変化させるために、リヴァーブやディレイといったエフェクトを使う場面もあるが、それもシーズン1のサントラ以上に控え目。こうした方向性のおかげで、綿密なプロダクションやストイックなミニマリズムといった、サヴァイヴの作品で見られる要素がより深く楽しめる。強いて言えば、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが手がけた映画『グッド・タイム』のサントラに近い方向性だが、このサントラではハイハットといったドラムの音が使われているのに対し、本作はそうした類の音は一切ない。ゆえにビートはなく、それがシンセサイザーを中心とした本作の多彩な音世界を際立たせることにも繋がっている。

 強烈な金属音が響きわたる“It's A Trap”を筆頭に、インダストリアル・ミュージックの要素が色濃いのも見逃せない。丁寧に磨き抜かれた電子音の中で、殺伐としたドライな音も顔を覗かせるのだ。そこに浮かびあがるスリルと不安は、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の重要な設定である向こう側の世界、つまりアップサイド・ダウンに住むモンスターの恐怖をサウンドで表現しているようにも感じられる。

 シーズン1のサントラと大きく異なる点としては、随所でオマージュ的なサウンドを見いだせることが挙げられる。たとえば、たおやかな雰囲気を漂わせる“On The Bus”の音色は、デヴィッド・ボウイの名盤『Low』に収められた“Warszawa”を彷彿させる。もちろん、そこからもっと遡り、タンジェリン・ドリームやクラフトワークの要素を見つけることも可能だ。他にも、どこか郷愁を抱かせる“Eulogy”ではウェンディ・カルロスの影がちらつくなど、本作はシンセサイザーの可能性を切り開いてきた先達の遺産が多々見られる。

 シンセウェイヴは、海外のサブカルチャーという括りで終わらせるにはもったいないほどの豊穣な音楽的背景を持つ。そう実感させてくれる本作を入口に、シンセウェイヴの深い森を彷徨うのも一興だ。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727