「K A R Y Y N」と一致するもの

アス - ele-king

 タイトルだけを観て最初に考えたことはダヴィッド・モロー監督『正体不明 THEM』(06)と何か関係があるのかなということ。ルーマニアの初代大統領チャウシェスクは国の人口を増やすために堕胎と離婚を国民に禁じ、結果、ルーマニアの人口は増え、GDPを上げることに成功する(日本会議や安倍晋三には教えたくない政策だなあ)。しかし、無理に子どもを産ませれば歪みが出るのは当然で、子どもを育てられなくなる親はもちろんいるし、ルーマニアではストリート・チルドレンが社会問題化していく。そうした子どもたちのエイズ感染率の高さや、政府の特殊部隊として孤児たちが戦闘訓練を受けていたことも明るみに出るなど独裁政権の末路は壮絶なものとなる(本誌でも話題になったクリスティアン・ムンジウ監督『4ヶ月、3週と2日』(07)はチャウシェスク政権下で堕胎を試みることがどれだけ困難であったかを扱ったルーマニア映画)。『正体不明 THEM』はそうした史実を背景に持つ地味なフランスのホラー映画で、スパニッシュ・ホラーの評価を高めたアメナーバル監督『アザーズ』(02)の世界的なヒットを意識した演出だったことは明らかだった。「THEM」というタイトルがそもそも『アザーズ』を言い換えたとしか思えないし、少女とゾンビばかりでなく、「誰のことを怖がるか」ということがこの時期はホラー映画のトレンドになっていた。カメラに映っていたあれや『ミスト』のあれ、外の世界は放射能か化学兵器で全滅してしまったと言い張る農夫とか(あれはもっと後か……)。ちなみに僕がその当時、一番怖かったのはパク・チャヌク『Cut』(04)に出ていたエキストラ役でした。あの男は……怖かった。

「この世で一番怖いモンスターは自分自身ではないか」とジョーダン・ピール監督は考えたという。恐ろしいのは「THEM」ではなく「US」だと。海沿いの遊園地に遊びにきた黒人一家はそれなりに裕福な暮らしをしているようで、休みには別荘に出かけていく。別荘地には知り合いの白人一家もいて、彼らはビーチに寝そべり、裕福な人たちが言いそうな悪態をつき、この人たちは誰の役にも立っていない人たちなんだろうなということが印象づけられる。夜になると、家の外に誰かが立っていることに家族は気がつく。父親のゲイブ・ウイルソン(ウィンストン・デューク)は自分たちの家の敷地内から出て行けと彼らに向かって怒鳴るが、彼らは一向に立ち去る気配を見せない。それどころか、彼らは玄関を壊し始め、家の中へと押し入ってくる。それはウィルソン一家とまったく同じ4人家族。つまり、自分たち自身だったのである。監督のジョーダン・ピールが一昨年、『ゲット・アウト』でいきなりビッグ・ヒットをかましたことは記憶に新しい。(以下、ネタばれ)『ゲット・アウト』を観て、ジョン・フランケンハイマーが66年に撮った『セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身』が下敷きになっていると思った人は多いことだろう。カリフォルニアのヒッピー・カルチャーを変な角度から眺めることのできる『セコンド』は個人とアイデンティティの結びつきを絶対のものとしてではなく、最近でいえば『殺し屋1』のように書き換えることが可能だという認識のもとにつくられた作品で、キャリアの初期に『影なき狙撃者』(62)という大作を撮ったフランケンハイマーがさらにテーマを深めた傑作であった。僕が驚いたのは、『ゲット・アウト』だけでなく、『US』もまた『セコンド』にインスピレイションを得ている作品だということで、1粒で2度おいしいというか、カニエ・ウエストが単純に自分を黒人と同定できない時代につくられたブラック・ムーヴィーとして、奇妙なシンクロニシティを感じてしまったことである。マイケル・ジャクソンのように白人と黒人を対立項として扱えば議論が成立するという土壌の上にはもはやいない。『US』ではとにかく自分が襲ってくるのである。

 ジョーダン・ピールは映画のプロパーではなく、アメリカではむしろ『キー&ピール』というコメディ番組の製作者として知られている。『キー&ピール』の持ちネタにバラク・オバマが世界情勢について何かコメントすると、隣でオバマの本音が炸裂するというコントがあり、オバマがしたたかだったのは彼らをホワイトハウスに呼んで、このコントを一緒に演じてしまったことである(安倍晋三にはとてもできない芸当!)。ジョーダン・ピールはここでもひとりの人間を相反する要素に分解して見せている。カニエ・ウエストが何を言っているのかまるで一貫性がなく、全体としては整合性がないように、ジョーダン・ピールが描き出す人物像も統一された人格からはほど遠い。しかも、一方はかなり暴力的である。『US』は中盤以降、そうした自分への暴力行為の範囲がどんどん拡大し、別荘仲間であるタイラー夫妻の家にウィルソン一家が駆けつけたところで最初のクライマックスに達する。スマート・スピーカーを使ったギャグや軽妙洒脱なヴァイオレンスなど、このパートには見どころがたくさんあるのだけれど、このところどんな作品に出ても絶賛されるエリザベス・モス(映画『ザ・スクエア』でのコンドームの奪い合いとか)がここでも素晴らしい演技を見せ、鏡を見てニヤリとするシーンはトラウマ級のインパクトに感じられた。本当は主演のルビタ・ニョンゴを絶賛してしかるべきなんだろうけど(実際、熱演ではあった)、しかし、個人的にはモスに全部持っていかれちゃった感じです。ああ、モスちゃんに噛まれてみたい……なんて。

 ひとりの人格をふたつに分けて扱うのとは対照的に、この作品には一卵性双生児のタレント、タイラー姉妹が起用され、ふたりなのにひとり分の役割しか与えられていない。これもかなり意図的な演出なのだろう。また、この作品にはアメリカ大陸を横断する人間の鎖が登場するなど格差社会を批判する要素が持ち込まれているのは確かだけれど、そうなると最後のオチも複雑な入れ子構造になっていて、どこがどういう批判になっているのかすっきりはしなくなってくる。それこそカニエ・ウエストが「黒人は自ら奴隷になったとしか思えない」的な発言と重ねて考えると映画的な主体がどこにあったのかは少し混乱してくるし、説明的なところも気になり始める。問題意識は十分に伝わってくるし、ひとひねり加えたい気持ちはわかるけれど、最後は少し面白くし過ぎたのではないだろうか。そして、エンドロールにスティーヴン・スピルバーグの名前があったことはジョーダン・ピールがどこに向かうかを示唆していたようで、ある種の不安がこっそりと忍び寄ってくるのであった。

『アス』予告編

Bon Iver - ele-king

 2010年代は幾多のアイデンティティが衝突したディケイドだった。人種、宗教、ジェンダーやセクシュアリティ、国籍、あるいは政治の左右、経済格差の上下……人びとは断片化し、対立していった。もう二度と出会うことがないかってぐらいに……いや、その代わりにわたしたちは夜毎、インターネットで憎悪をぶつけ合った。お互いの顔は見えない。意見の違いや出自の違いは愛すべきものではなく、たんなる攻撃対象になり下がった。なにか建設的な意見が出ても、そのリプライ欄にはそれをはるかに凌ぐ量の罵詈雑言で溢れていることをわたしたちは知っている。だけど、クリックするのをやめることもできない。そんなことをもうずいぶん長く繰り返して、みんな疲れ果ててしまった。
 だから僕は、アメリカという国で何度も何度も使い古された〈PEOPLE〉という言葉をジャスティン・ヴァーノンがいまこそ掲げることを、素朴で能天気な理想主義とは思えない。祈りのようなものである。「人びと」……それは、個人と個人が集まって生まれる。タイトルの『i, i』の小文字は頼りなげに立つひとりひとりそのもので、コンマを挟んで、「わたし」と「わたし」はお互いを信じていいかわからずに震えている。そして、ゆっくりとゴスペル音楽が流れ始める。

 『i, i』はジャスティン・ヴァーノンという才能と理想に溢れた男の、あるいはボン・イヴェールという共同体のひとつの到達点である。

 前作『22, A Million』の時点で彼は、あらゆる断片化したものをかき集めようとしていた──エレクトロニカの抽象性、アンビエントの音響、インダストリアルのビート、ジャズ・セッション、昨今のヒップホップ由来の声の変調、そういったものを彼が信じ続けたフォークとゴスペルのもとで繋ぎとめようとしていた。だがそれらは激しくクラッシュし、けたたましいノイズを上げることとなった。それに、中心に立つべきヴァーノン自身も混乱していた……声はエレクトロニックな加工で乱れ、言葉は不安で満たされた。世に放たれたのは2016年。世界中が不安で覆い尽くされた年である。そのカオティックな様相こそ、あのアルバムの凄みでありアクチュアリティだった。
 それから3年を経て、本作はヴァーノンが地元ウィスコンシンで所有しているスタジオ〈エイプリル・ベース〉だけでなく、テキサスのだだっ広い土地に赴いて制作された。ヴァーノンはそこで、メキシコとの国境を前に立ち尽くしたという。いままさに日々憎悪が生み出されている現場、人間が築いた境界の上を鳥たちが飛び交うのを眺めながら。そして、そこに前作を凌ぐ人数の「人びと」が集められた。演奏のためだけではない。共同作曲やプロデュースの楽曲が明らかに増え、さらにたくさんのアイデアが激しく求め合われたことがわかる。

 これまでボン・イヴェールやヴァーノンの作品群を聴いてきたひとなら、ここに特別新しい何かがあるわけではないことに気づくだろう。前作同様にエレクトロニックとオーガニックの混淆であり、ジャズとアンビエントとエレクトロニカがフォーク・ロックとゴスペルに支えられつつ出会っている。そもそもすでにボン・イヴェールは様々な音楽要素が交錯する実験場と化しており、その方法論を発展させたアルバムである。けれどもそのなかで耳を引くのが、そのオーガニックな質感だ。エレクトロニックな音処理はじつに細かく施されているが、であるがゆえに、生音の柔らかさが疎外されていない。ホーン・セクションと弦のアルペジオが官能的に絡み合う“iMi”、エレクトロニクスの和音が弦の響きに溶けていく“Holyfields,”。中盤のハイライトは清潔なピアノのイントロが温かいコーラスを導いてくる“U (Man Like)”、そしてヴァーノンの絶唱がある種のアメリカン・ロックのカタルシスとともに解放されていく“Naeem”だ。曲ごとの個性が際立っているのもあるが、一曲のなかでも様々なサウンドが混ざり合っている。その手際は過去最高に巧みになっていて、前作の烈しさとは対照的な穏やかさがここにはある。
 その“U (Man Like)”でピアノを弾いているのはブルーグラス畑のブルース・ホーンズビーである。アメリカ音楽の歴史の一部を担った人間が、そこでは新世代R&Bを鳴らしているモーゼズ・サムニーと同座している。ノア・ゴールドスタインのようなラップ周りのプロデューサーもいれば、デジタルの複雑な音処理で知られるBJバートンといった馴染みのメンバーもいる。“iMi”ではジェイムス・ブレイクがコードを書いたそうだが、そこで声を聴かせるのはボン・イヴェールの最初期からのメンバーであるマイク・ノイスだ。ヴィジュアル表現にはインディペンデントのダンス集団 TU Dance のメンバーも集められている。ここにはいろいろな立場のひとがいて……そして、ヴァーノンは飾らない声で告げる。「I like you(きみが好きだ)」。

 ボン・イヴェールはいまアメリカで……あるいは世界のあちこちで危機に瀕している民主主義というコンセプトを、音楽というフォーマットでやり直そうとしているように僕には思える。それは多数決のことではない。文化を分け合い、アイデアやエモーションをぶつけ合いながらなんとか調和する場所を目指すことだ。ここにはまだ、ノイジーな響きや衝突の跡もある。だがそれは、これまでに得てきた技術や経験によってより優しい響きとなる。ヴァーノンの声もいつになく丸裸で、恐れを懸命に振り払うようだ。“Salem”で突き進むタフで力強いメロディ、“Sh'Diah”のアンビエントの美。それを過ぎれば、終曲“RABi”ではなかば冗談めいたエフェクト・ヴォイスが「待てば取り返しがつかなくなる」と告げる。『i, i』には経済格差や気候変動を思わせる、いまそこにある危機を指し示す言葉が散見されるが、それに立ち向かっていくためにこそ「わたし」と「わたし」は同じ場所に集まることができる。

だけどいま思うのは
僕らは恐れているんだ
だから走り隠れている
確実で小さな平和のために
(“RABi”)

 バンドは来年のエレクション・イヤーに向けてツアーを続けるという。そこではこれまでも訴えてきたジェンダーの平等や気候変動に対する対策といったメッセージが掲げられるだろう。そうしたプラクティカルな行動を示しつつ、しかし、何よりも音でこそ「人びと」の融和を表現しようとし続けている。「小さな平和」を守るために……。それが彼の、彼らと彼女らの祈りであり、美しき架空のゴスペル・ミュージックだ。ここには次の10年への覚悟に満ちたまなざしがある。

日英世間話あるいはブレグジットの憂鬱 - ele-king

(某日日本時間18時、英国時間その8時間前)

野田 ういす。(ビールを飲みながら)

高橋 あー、もしもし。(シラフで)

野田 聞こえる?

高橋 はい。

野田 デヴィッド・スタッブス(※『フューチャー・デイズ』の著者)の講義はどうだったの? 

高橋 まあ、そんな新しいことは喋ってないですよ。講義のタイトルは「BURIAL Leaving The 20th Century」で、いわゆるレイヴ・カルチャーからの繋がりを考えた上でベリアルがなんでそれまでのアーティストと違うのか、マーク・フィッシャーの論に沿って言ってるんで。ベリアルをもってして20世紀の音楽は終わった、もしくは新しい時代に突入したとスタッブスは言ってましたね。彼が新刊の『Mars By 1980』で書いていたように、宇宙を目指すような進歩的な未来像が20世紀の電子音楽には共有されていたけれど、フィッシャーが指摘したように、ベリアルの音楽はそれとはまったく別のことをしている、といった内容でした。

野田 あー、その感じはわかるな。

高橋 野田さんは共感できるでしょう(笑)?

野田 そりゃあ、ベリアルは20世紀最後のムーヴメント(=レイヴ・カルチャー)へのレクイエムなわけだから。

高橋 ところで、いきなりどうしたんですか?

野田 いや忙しくて書く時間がないんで、こうして喋って……。ネット時代といいながら、昔よりもイギリスの本質的な情報が日本に伝わってこない気がしてさ。ブレグジットの問題だって、ボリス・ジョンソンを批判すれば済むってほどそう単純な話じゃないでしょ?

高橋 単純な話じゃない……ですね。労働党党首のジェレミー・コービンも、ここまで来たら良い方向でブレグジットをやろうと言ってますからね。批判すべきはブレグジットそのものではなく、それをやみくもに推し進めようとするやからですよ。

野田 もともとコービンはブレグジット賛成だったじゃない?

高橋 いまもそうでしょ。彼には国内に解決しなきゃいけない課題がたくさんあるのに、ブレグジットにだけ論点を集中させている場合じゃないっていうか。それに、フランスに別荘を持っているような階級の人たちが「ブレグジット反対」と言ってるような感じになってきちゃってるし。この前、反ブレグジッドの大きなデモがロンドンであったじゃないですか? あのなかのプラカードに、「このままじゃ私の犬が来年からフランスのスキー場に行けなくなる」的なやつがあって、なんかもう……という感じでした。だから野田さんがイギリス人だったら、ブレグジットに賛成してますよ(笑)。

野田 ううう。

高橋 賛成っていうか、ここまで来たらどうしようもないしょ、選挙でみんなで一度決めたことだし、っていう立場かな。日本から見ると意外に思われるかもしれませんが、ラディカルな左派のひとたちでもそう思っているひともいますよ。EU経済でスペインやギリシャがぐしゃぐしゃになってしまったことを見ているから、もっと違った経済体制でイギリスは国際社会に貢献するべきだという意見だってあります。

野田 なるほど、決して20世紀初頭に戻るって意味ではないのね。しかしこと一刻と状況は変わっているんだな。

高橋 これはつい先日決まったことなんですが、EU圏外からの留学生にとっては大きな発表があって。2012年にデイヴィッド・キャメロン政権下で内務大臣だったテレザ・メイがEU圏外からの留学生が学校が終わったら数ヶ月で自国に帰らなければならない法律に変えたんですよ。それで、その改正前では学校が終わっても1年はイギリスに滞在できたんですけどね。その間に留学生はヨーロッパで就活をしたり、進学の準備をすることができたんです。いま思い返せば、2011年に、学部生だった僕はグラスゴーへの留学の準備を日本でしていたんですが、あの時も留学で使用できる語学テストの変更があったりして留学生を混乱させる出来事があったけれど、あれもテレザ・メイの政策の一環だったんですね。でも留学生のビザなんかはじつは氷山の一角で、当時のテレザ・メイはイギリス国内の移民や難民を可能な限り減らそうと、いろいろ法をいじってます。違法移民の強制送還が過激になってきたのもこの頃です。最近では、ジェイムズ・ブレイクのパーティ/レーベル〈1-800 Dinosaur〉のクルーとして知られるクラウス(Klaus)が、移民の強制送還への抗議運動に参加していましたね。

野田 ほぉ。

高橋 そんな背景があって、当時国内の移民を減らそうと躍起になっていたテレザ・メイがはやく帰れということにしたんですけど、ボリス・ジョンソン政権の新しい法案だとコースが終わったあとの2年間ビザが支給されることになったんですよ。これはけっこう重要な変革で、ぼくは内心嬉しいんですけど、この7年、ビザが切れて帰国を余儀なくされた人や現地の人と結婚してまでも滞在した人とか、大きな選択をした人をいろいろ見てきてるんで、政府の意向によって人間の自由が左右される現実はどうなんだろうかと思いますね。

野田 え、しかし、なんでそんなことをしたの?

高橋 ブレグジット以降のEU圏外の諸外国との関係を強化するためじゃないですか。留学はひとつの市場でもありますからね。ブレグジッドがどういう形で施工されるのかは不透明な部分も多いんですけど、EUからの人の流れは確実に変わります。現時点でも、イギリスに住んでいるEU出身者は、新たに身分証明書のコピーの提出を義務付けられたり、将来的に移民法が変わってもイギリスに住み続けられるように、いまのうちに永住権を申請する人びともいたり。そんな具合に近隣諸国との関係の雲行きが怪しくなるなか、その他の遠方の国との関係を変えるための政策の一環としても今回の改正は捉えられます。そういえば、日本の首相は、この前のプーチン大統領との会談でも、ロシア人の学生にビザを出しやすくするとか言っていましたよね。「学生は外交の道具じゃねぇ!」って話ですよ。

野田 じゃ、音楽の話をしよう。どうよ?

高橋 まあ、今年はヒップホップが強いですよね。

野田 やっぱデイヴって言うんだろ(笑)?

高橋 やっぱデイヴの年でしょうね。今年出たデビュー・アルバムの『Psychodrama』はマーキュリー・プライズを受賞したし。あれこそ現代のジョイ・ディヴィジョンですよ(笑)。彼が描くブラック・ブリテンのリアリティも共感を呼んでいます。デイヴは最近、ネットフリックス製作のドラマ『TOP BOY』の新しいシーズンへの出演も話題になりました。

野田 時代はブルーだしな。『Psychodrama』は、うつ病がテーマにあるってことも重要だよね。

高橋 イギリスではいま若者のうつ病を含めたメンタル・ヘルスがイシューになってますからね。アルバムで表現されていたようなカウンセリングに通うことが、若い世代ではとても一般的になっています。NHSを利用すれば、無料で診断を受けられますからね。

野田 メンタル・ヘルスの認識に関しても日本は後進国だから。デイヴの赤裸々な告白が良い刺激になって欲しいな。

高橋 デイヴがああやって自分の葛藤をラップすることによって、救われた若者たちは多いんじゃないかなぁ。うつ病についてずっと考えていたマーク・フィッシャーが生きてたら、デイヴについてなんて書いてたのかな、っていう人が僕も含めてちらほらいますね。

野田 人種差別とうつ病もじつは切り離せない問題ではあるし……。しかしな、俺もシンタのように歌詞がわかれば、もっと入っていけるんだけどな。

高橋 そんなこといったらイギリスのロックだって(笑)。

野田 もちろん声と音だけでも良いと思うけどね。91年にマッシヴ・アタックが出て来たとき、ジョイ・ディヴィジョンみたいだって言われたけど、マッシヴ・アタックやトリッキーとも通底するセンスも感じるし。ストリングスの感じとかとくに。いずれにしても20歳ぐらいとは思えないなんか毅然としたものがあるよね。

高橋 ラップでいえば、あとはやっぱりストームジーですね。グランストンベリーのステージが最高だった。イギリスの黒人がヘッドライナーを飾るのが初めてというのも本人は自覚的で、ステージ上でワイリーやディジーにはじまるグライムの先人たちの名前を読み上げる姿は感動的でもありました。デイヴがステージに出てきたのもよかったなー。

野田 高橋はすっかりイギリスに馴染んでるんだな。

高橋 Tohji も好きっすよ。この前にダブル・クラッパーズのシンタくんやボーニンゲンのタイゲンさんも出てた、くだんのロンドンのライヴでは、僕も前の方でケータイ片手に“Higher”でジャンプしてましたよ(笑)。

野田 楽しそうだな。じゃ、またスカイプするわ。


Via gothamis

 先週の金曜日(9/20)、ブロードウェイを歩いていると若者ばかり、すごい行列が出来ていた。またアイドルか何かのサイン会か、シュプリームかキースが新しいアイテムをリリースしたのかぐらいにしか見ていなかったのだが、後で聞くと、クライメート・ストライクのデモ行進だった。


Via gothamis

https://gothamist.com/news/liveblog-nyc-students-go-strike-demand-action-climate-crisis

 オーストラリア、インド、ドイツ、イギリスなど全世界150カ国で行われるクライメート・ストライクのひとつで、NYの生徒たちはこの日はストライクに参加するため、クラスを休むことが許されている。

 12時にバッテリーパークのフォーレイスクエアからスタート。16歳のスウェーデン人のアクティヴィスト、グレタ・トゥーンベリも参加し、「天候は、私たちが思うよりはやく変化している。私たちの親がしたことと反対のことをしなければならない。いまアクションが必要なのだ」とプラカードを掲げ、NYの道を練り歩く。

 すでにヒーロー扱いのグレタ・トゥーンベリは、9月上旬に二酸化炭素を排出しないヨットに乗り、2週間かけてヨーロッパからNYに到着した。主張するために、わざわざ大西洋を渡らないといけないなんて狂っている、という声もある。しかいま若者は、ソーシャル・メディアとテックツールを使いつつ、真剣に物事を捉えている。彼らには前世代のように夢を見ている暇はなく、恐れも知らない。親たちの尻拭いをしているとも言うが、ゆっくり考えるより行動するしかない。NYにいると、こういったデモ行進によくぶつかり、彼らのなんとかしなければ、と言う訴えが、突き刺さる。


Via gothamis

https://gothamist.com/news/photos-greta-thunberg-nyc-climate-strike

https://globalclimatestrike.net/

https://actionnetwork.org/event_campaigns/us-climate-strikes

 今日イーストハンプトンに住んでいる友だちから、いまNYにいると連絡が入った。仕事を休んで、UNのクライメートウィークに参加しに来ていたのだ。彼はとても興奮していたし、手応えを感じると言っている。


Via gothamis

https://www.climateweeknyc.org/

 トレーダージョーズやホールフーズではプラスティックバッグはもうないし、スターバックスではストローもない。大多数のマーケットはプラスティックの容器は廃止し、すべて紙になっているし、意識の高い人が多いNYは、これが普通なのだろう。ちなみみに、私がたこ焼きパーティを毎月やっているブッシュウィックのバーのストローはパスタだし、たこ焼きのお皿は竹である。

 普段の生活からこうなので、道を歩いているとデモにぶち当たり、いま何かが変わろうとしているのだなと、いやでも気づかされる今日である。ベネフィットショーが行われ、たくさんのサミットやイベントがあり、今週はますますNYがひとつになるのが見えた。

 スケシンさんの〈C.E〉がまた面白いパーティをやります。今回は、Joy OrbisonとRezzettのふたりに、ホンジュラスのテグシガルパ出身のプロデューサー、Low Jackも来日。最近は、自身のレーベル〈Editions Gravats〉からのリリースも注目を集めており、たぶんダンスホールをがんがんプレイしそうな予感。また、初来日となるマンチェスターをベースに活動をおこなうJon K、C.Eのパーティではお馴染みThe Trilogy Tapes / Hinge Finger主宰のWill Bankhead、1-Drink、LIL MOFOが出演。

 現在、激安のアーリーバードチケット(チケット代1000円+手数料50円!)が数量限定で発売中。前売りも1500円、当日も2500円と安い! 偉い!
 こりゃ、絶対に行ったほうがいいよ。

C.E, TTT & HINGE FINGER present

JOY ORBISON
REZZETT
LOW JACK
JON K
WILL BANKHEAD
1-DRINK
LIL MOFO

Friday 25 Oct 2019(2019年10月25日金曜日)
Open/Start: 12:00 AM(深夜12時オープン/スタート)
Venue: WWW X www-shibuya.jp
Advance ¥1,500 / Door ¥2,500

Tickets available from Resident Advisor https://www.residentadvisor.net/events/1316924
Over 20's Only. Photo I.D. Required

R.I.P. Daniel Johnston - ele-king

 私はかつて外国人にサインをねだられたことがある。ひとりはサーストン・ムーア、もうひとりがダニエル・ジョンストンである。最初にサインしたのはダニエルだった。21世紀になってはいたが、もう何年も前のことだ。だれかにサインを書いたのはじつはこのときがはじめてだった。サイン処女というものがあるなら、この言い方はいまだとジェンダー的によろしくないかもしれないが、私はそれをダニエルに捧げた。私は当時雑誌の編集部員で、取材でダニエルに会ったとき、彼は手渡した号の表紙をしげしげと眺め、この本はあなたが書いたのですかとたずねた。正確にはダニエルが隣のオヤジさんに耳打ちし、オヤジさんが通訳の方に訊ねたのを彼だか彼女だかが私にそう伝えたのだった。私はその質問に、雑誌なので全部私が書いたのではありませんが、編集はしましたと答えた、するとまたオヤジさんがサインをしてくださいとにこやかに述べられた。私はサインなどしたこともなかったので、おどろいてかぶりをふったが、外国では著者が著書にサインするのは至極あたりまえのことなのだと、のちにサーストンに諭され納得したが、そのときは恐縮しきりだった。楷書で書いた私の名前にダニエルは満足そうだった。その印象があまりに強烈で肝心のインタヴューの内容はほとんど思いだせないが、彼のビートルズへの愛の一端にふれた感覚はかすかにのこっている。ポールやジョンの話をするとき、ダニエルはなんというかきらきらと輝くのである。その発光の具合はほかの音楽家との対話ではなかなかえられない曇りのない純度だった。

 ダニエル・ジョンストンは1961年にカリフォルニア州サクラメントで敬虔なクリスチャンの家庭に5人兄弟の末の弟として生をうけた。第二次世界大戦に従軍経験のあるパイロットだった父親の仕事の都合でウエストバージニアに移ったダニエルは当地で熱心に絵を描き、ほどなくして作曲にも手をそめはじめる。たしか9歳のころでした、私はピアノを叩いてホラー映画のテーマ曲をつくりました、とダニエル・ジョンストンは公式ホームページのバイオグラフィで述べている。とはいえ湯水のように湧きでる自作曲を記録するところまでは頭がまわらなかった。彼がカセットテープに自作曲をふきこみはじめたのは十代にはいってしばらくたってから。多感な時期の音楽の影響源はボブ・ディランニール・ヤング、セックス・ピストルズに、もちろんビートルズがいた。おもに友だちにくばるのに録音したカセットテープは双極性障害と統合失調症に悩まされたダニエルの他者との交感のための媒介であるとともに、移り気な自身の精神の記録媒体でもあった、私はいまにしてそのように思うが、録音という行為はおそらく、彼の念頭で瞬く音楽の速度にはおいついてはいなかった。
 ゆえにダニエル・ジョンストンにおいて音楽はしばしば「失われた録音(Lost Recording)」としてたちあらわれる。『The Lost Recordings』とはダニエルの83年のカセットのタイトルだが、そこにはピアノ基調の弾き語りが細かい文字でしたためた日記のようにびっしりつまっている。初期ビートルズを彷彿する楽曲はティーンポップの面持ちで、アレンジの工夫はほとんどみられないものの、作曲のセンスは非凡このうえないが、そのポップでキャッチーなメロディに賞賛をおくろうとしたときにはもう次の歌がはじまっている。愛着も執着もなく、歌ができたから歌う、歌うからまた歌がうまれる、日々の営みにおいて歌は「録る」ときすでに過去のものであり、録音物は失われたものの残像にすぎない――あらかじめ失われゆく才能の底知れなさ、あるいは無垢さと狂気をあわせもつ歌唱でリスナーをなごませつつおののかせたのが『The Lost Recordings』とその続編にあたる『The Lost Recordings II』を発表した1983年だった。この年はジョンストン家がテキサス州ヒューストンに越した年でもあるが、環境が変わり一年発起したのかなにかの堰を切ったのか、同年ダニエルはほかに『Yip / Jump Music』『Hi, How Are You: The Unfinished Album』など、彼のキャリアでも重要作と目されるアルバム(カセット)をたてつづけに発表している。
 ことにあとにあげた2作はあのニルヴァーナのあのカート・コベインに影響を与えたことで、ダニエルの知名度を高めるきっかけにもなった。というのも、『Nevermind』のメガヒットを受けた1992年のMTV主催の「ヴィデオ・ミュージック・アワード」でコベインが『Hi, How Are You』のジャケットをあしらったTシャツを着用したこと、コベインの死後に刊行した『日記(Journals)』の「ニルヴァーナにとってのトップ50」に『Yip / Jump Music』があげていたこと、これらのお墨つきでで、90年代なかばにはダニエルは全国区のカルトスターの座に躍りでたのである。もっともその少し前、80年代終わりから90年代初頭にかけても、ダニエルはハーフ・ジャパニーズのジャド・フェアとの共作『Daniel Johnston And Jad Fair』(1989年)をだしていたし、ユージン・チャドボーンらとのショッカビリーの元メンバー──という紹介がこのご時世にどれだけ伝わるかははなはだ心許ないが──であるクレイマーがボング・ウォーターやらをリリースし意気軒昂だったころの〈シミー・ディスク〉からも、やはりジャドやソニック・ユースの面々らの助力を得て『1990』(1990年)をものしていた。私はダニエルの音楽をちゃんと聴いたのはこのアルバムが最初だったが、「ぼくは悪魔の町に住んでいた──」と歌いだす“Devil Town”にはじまり、神の降臨を言祝ぐ賛美歌風の“Softly And Tenderly”で幕を引くこのアルバムの剥き身の歌心と、宗教心の裏にひそむ、赤むけの怒りや恋情に、60年代のフォークとか70年代のシンガー・ソングライターとか、そういった言い方ではあらわせない産業化以前の音楽のてざわりを感じた憶えがある。当時はそれをあらわすうまいことばもみつけられなかったし、いまでもうまいことばのひとつも書けないわが身を呪うばかりだが、たとえばアラン・ローマックスやハリー・スミスのデッドストックというか、米国建国当時の入植地の空気感が色濃くのこる片田舎の古道具屋の片隅に置き去りのままのSP盤の埃だらけの盤面に刻まれた音楽というか。不易流行はむろんのこと、時空さえ捻れさせるなにかを私はそこに聴いた気がしたのである。

 ロウファイなるタームはいまでは音響と同じく録音の風合いをさすことばになった趣きもあるが、ダニエルやハーフ・ジャパニーズやゴッド・イズ・マイ・コーパイロットやらをさしてロウファイと呼びならわした90年代前半には脱形式的な方法を意味していた。パンクともポストパンクとも、フリーや即興ともちがう、直観的で身体的なその方法論は当時、鵜の目鷹の目でグランジの次を探しもとめる好事家のみならず、熱心なロック・ファンをもにぎわせた記憶もある。すなわちオルタナティヴの一画だったということだが、そのような風潮をあてこんだ唯一のメジャー作『Fun』(1994年)はダニエルの作曲の才と瑞々しい声質に焦点をあてたものの、その背後の野蛮さと狂気をやりすごしていた観なきにしもあらあらず。ふつうのオルタナなる言い方は本来語義矛盾だとしても、ポップな才覚と特異なキャラクター(の無垢さと純粋さ)の図式のなかに整理しすぎてはいなかったか。括弧つきの「アウトサイダー」としてダニエル・ジョンストンを捉えることは至便だがそこで抜け落ちるものもすくなくない。アウトサイダーとはおのおのの実情に即した雑多な振幅そのものであり、ダニエル・ジョンストンほど性も俗も清も濁もあわせもつ歌い手はそうはいないのだから。むろんそのようなことはおかまいなしに、ダニエルは曲を書き歌い、初対面の人間にサインをねだり、また曲を書いた。病状は一進一退をくりかえしたが、人気もおちついた分、理解者の裾野は広がりつづけた。2000年代なかばには、ジャド・フェアとティーンエイジ・ファンクラブら古株からマーキュリー・レヴやらベックやらTV・オン・ザ・レディオやら、オルタナティヴの大立て者が参加し御大トム・ウェイツが〆たカヴァー集+自作曲集2枚組『The Late Great Daniel Johnston : Discovered Covered』(2004年)がでたし、2005年にはジェフ・フォイヤージーグ監督による映画『悪魔とダニエル・ジョンストン』も公開した。めまいのする出来事――そのひとつに、同乗した飛行機乗りだった父親のセスナを墜落させたエピソードがある――に事欠かないドキュメンタリーはグランジやロウファイにまにあわなかった観客にもダニエルの人物像を伝えるのにひと役買ったかもしれない。あれから15年弱、干支がひとまわりするあいだの活動は以前よりは散発的だったが、それでもときおり届くリリースのニュースに、私は健在ぶりを確認してうれしかった、その矢先、ダニエル・ジョンストンは58歳に短い生涯を閉じた。海外メディアが伝えるところによると、彼ののこした音源は優にアルバム一枚分のヴォリュームがあったという。失われた録音はこんごさらに増えていくであろう。私はそれらをリリースするなら、なるべく手をくわえずのままにだしてほしい。おそらくそこには時間と空間を同時に志向する「生の芸術アール・ブリュイット」たる音楽だけが届く場所が記録されているだろう。できればカセットがいいな。

Little Brother - ele-king

 ノース・カロライナを拠点とするヒップホップ・グループ、Little Brother が8年ぶりに突如リリースした、通算5作目となるアルバム『May The Lord Watch』。昨年9月には、元メンバーである 9th Wonder と共に、11年ぶりとなるオリジナル・メンバー3人によるライヴが彼らの地元で行なわれ、ファンを大いに喜ばせたが、残念ながら今回のアルバムには 9th Wonder は参加していない。しかし、彼らの黄金期である2000年代半ばのエナジーが本作には充満しており、実に見事な復活アルバムとなっている。

 本作は架空のテレビ局である UBN(=U Black Niggas Network)を舞台に進行し、曲間には番組のミニ・コーナーやニュース、CMがスキットとして挟み込まれている。UBN という名称も含めて、これは2枚目のアルバム『The Minstrel Show』でも用いられていたコンセプトである(さらに言えば1作目『The Listening』は架空のラジオ局が舞台)。アルバム一枚をコンセプチュアルに構成するということ自体が非常に珍しくなっている今の時代、1曲目から最後まで通して聴く前提で作られているこのスタイルは、改めて(昔は当たり前であった)アルバム単位での作品の楽しみ方を思い出せてくれる。

 本作の肝となっているのは、兎にも角にもプロデューサーの素晴らしさであり、Phonte と Big Pooh、ふたりのラップとのそれぞれのトラックとの相性の良さは完璧にすら思える。これまでも Little Brother の作品に多数関わってきた Justus League の Khrysis をメインに、さらに Nottz、Focus……といったメジャーなフィールドでも活躍するベテラン勢に加えて、スキットでは Devin Morrison や Soulection の Abjo といった若手も起用するなど、プロデューサーの顔ぶれにも貪欲にベストなサウンドを求めているという彼らの姿勢が表れている。アルバム前半ではリリース直後にMVも発表された“Black Magic (Make It Better)”が核となって、彼らのアティチュードがストレートに表現されているが、個人的には心地良いビートが病みつきになる“What I Came For”から始まるアルバム後半の流れに完全にヤラれてしまった。Questlove が客演するスキットを挟んで、Bobby Caldwell “Open Your Eyes”をストレートにサンプリング・ネタとした“Sittin Alone”では悲哀の感情さえも美しく響かせ、Black Milk がプロデュースする“Picture This”は、トラックがノスタルジー溢れる曲のメッセージ性をより深く響かせる。Anderson .Paak の作品にもプロデューサーとして参加している King Michael Coy が手がけた“All In A Day”はシンセと間の使い方が絶妙で、そして、“Work Through Me”では Common のクラシック・チューン“I Used To Love H.E.R.”のフレーズ「Yes, yes, ya'll ~」も見事にハマり、アルバムのラストを実に可憐に締めくくる。

 90sヒップホップに多大な影響を受けて、2000年代初頭にデビューした彼らのスタイルは、当然、ブーンバップ・ヒップホップの流れにあり、アフリカン・アメリカンとしてのスタンスの上での、コンシャスなメッセージ性が貫かれ、さらにユーモアのセンスも程良く注入されて、エンターテイメントとしてのバランスも上手く保たれている。ただし、2000年代の焼き直しではなく、彼らのラップも含めて、このアルバムのサウンドは間違いなく現在進行形のものであり、ヒップホップとしての普遍的な魅力が詰まった傑作だ。

interview with Moonchild - ele-king

 ケンドリック・ラマー、アンダーソン・パーク、フライング・ロータス、サンダーキャット、カマシ・ワシントン、テラス・マーティン、ジ・インターネットなど、さまざまなアーティストたちで賑わうロサンゼルスとその近辺の音楽シーン。現在、世界的にもっとも活況溢れるシーンが形成されているのだが、その中で3人組のネオ・ソウル・グループとして確固たる足取りを残してきたのがムーンチャイルドである。
 マックス・ブリック、アンドリス・マットソン、アンバー・ナヴランからなる彼らは、2012年のデビュー・アルバム『ビー・フリー』に始まり、2014年の『プリーズ・リワインド』、2017年の『ヴォイジャー』と、これまでに3枚のアルバムを発表してきた。アンバー・ナヴランのヴォーカルを中心としたネオ・ソウル的な側面がフォーカスされがちな彼らだが、実は3人は大学でジャズの器楽演奏や作曲などを学び、そこから生まれたグループなので、そのベースにはジャズがあるとも言える。だからムーンチャイルドの楽曲には彼ら自身が演奏するサックス、フルート、トランペット、クラリネットなど多彩な管楽器がフィーチャーされ、その芳醇なアンサンブルが一番の聴きどころなのである。ライヴ演奏を観ると、そうした彼らの魅力がより伝わってくるだろう。
 また、いろいろとゲスト・アーティストがフィーチャリングされ、一体誰の作品なのかよくわからないことが多いいまのアルバム制作だが、ムーンチャイルドの場合はほとんど3人のみで演奏や制作がおこなわれ、自身の音楽や個性に磨きをかけている点も共感が持てる。新しいアルバム『リトル・ゴースト』ではさらに演奏する楽器も増え、さらに成長した彼らの姿が伺える。


ストリングス以外のほとんどすべての楽器を自分たちで演奏したっていうのは確かで、自分たちが演奏したものを自分たちでミックスした。その点でいうと、全工程を3人だけでやっているわけだから手作り感は強くなっているかもしれないね。 (マックス)

ニュー・アルバム『リトル・ゴースト』の完成おめでとうございます。早いものでファースト・アルバムの『ビー・フリー』から数えて4枚目のアルバムとなります。まずデビューからここまでの活動を振り返って、どのように感じていますか?

アンドリス・マットソン(Andris Mattson、以下アンドリス):僕たちの誰も予想していなかった、夢のような旅になったと思ってるんだ。でも、僕たち自身はファースト・アルバムを作っていた頃と何も変わっていない。そして同時に、このメンバーじゃないとできなかったことだと思ってる。

アンバー・ナヴラン(Amber Navran、以下アンバー):完璧な答えね! 私も同意するわ。

南カリフォルニア大学ジャズ科のホーン課程でアンバー、マックス、アンドリスが知り合い、意気投合して演奏や楽曲制作をおこなうようになってムーンチャイルドが結成されました。そうした音楽好きの友人が集まった学生サークル的な雰囲気が、いい意味で現在のムーンチャイルドでも続いているように感じますが、いかがでしょうか?

アンバー:そうね。ミュージシャンは皆、学び続けることが大事だと思っているの。前作から成長して、新しいスキルを身につけたりね。私たちの間に流れている雰囲気は、バンドをはじめたころから変わっていないわ。自分たちの好きな音楽を作って、一緒にひとつのものを作り上げてね。でもあの頃からバンドとしては成長することができて、もっといいバンドになったと思ってる。

楽器演奏や作曲などについて常にスキルを磨くなど、あなたたちはとても向上心を持って音楽に接しているように感じます。だから、アルバムを発表するたびに手掛ける楽器の種類が増え、いまでは3人が3人ともマルチ・ミュージシャンでソングライターとなり、ムーンチャイルドでの対等な関係性を築いているのではないでしょうか。ムーンチャイルドにおける現在の3人の立ち位置、役割はどのようになっているのでしょうか?

アンバー:私はヴォーカルとプロデュースの他に、楽器はサックス、フルート、クラリネットを担当してるわ。

アンドリス:僕もプロデュースをするし、楽器としては主にベース、ギター、トランペットだね。

マックス・ブリック(Max Bryk、以下マックス): 僕らはみんなだいたい同じことをやっているんだよね。僕もプロデュースをやって、ベースも引くしミックスもやる。僕は楽器でいうとアルトサックス、クラリネット、あとはフルートをやることもあるね。

アンバー:曲作りに関しては、私たちは別々に曲を作って持ち寄るの。だから最初は個人で作った曲で、それを他のふたりに聴いてもらって何か足したい要素はないか聞いてみる。曲をふたりに送って、追加したい楽器なんかをシェアして、曲作りをしていく。ここにギターを足したい、ヴォーカルを入れたい、っていう感じでね。マックスが言っていたみたいに、役割としては、私たちはほとんどみんな同じことをしているのよね。

アンドリス:そうだね。ただ、お互いにアドバイスをし合うってことはしない。誰が何をやったらいいっていうのを、別のメンバーが言うことはない。自然に自分から生み出していくんだ。例えばアンバーが最初にビートを送ってきたら、マックスがサックスを加えてみて、とかね。個人のアイディアを持ち寄って、みんなで一緒に、同時に曲を作り上げていくんだ。他のメンバーの動きを見ながら自分で自分の役割を見定めていってるよ。

『リトル・ゴースト』は過去3枚のアルバムの延長線上にあるもので、基本的にはこれまでのムーンチャイルドの世界を押し広げたものだと思います。今回はどのようなヴィジョンを持ってアルバム制作に取りかかりましたか?

アンバー:サウンドとしては前作までの雰囲気を引き継いでいこうと思って作ったけれど、自然と、私たちにとっては新しい曲を思いついたり、新しい楽器を使ったりしたわね。アルバムを作りはじめるときには毎回、ヴィジョンというものは特にないの。そのとき聴いている音楽に自然と影響を受けたりしているのかな? ふたりはどう思う?

アンドリス:毎回新しい楽器に挑戦しようとしているから、それが音楽的な成長に繋がっているんじゃないかな。新しい楽器を習得すると耳も肥えるから、どこの部分にどの楽器を入れるといい感じのサウンドになるだろうっていう感覚が研ぎ澄まされていくんだ。

基本的にムーンチャイルドのアルバムはセルフ・プロデュース作品ですが、『リトル・ゴースト』ではストリングスを除いたすべての楽器演奏も3人でおこなっていて、いままで以上に3人で練り込んで作り上げたアルバムという印象が強いですが、いかがでしょう?

マックス:プロセス自体は、これまでとほぼ変わっていない。これまでも完全にセルフ・プロデュースで作ってきて、今回もそうだからね。ただ、ストリングス以外のほとんどすべての楽器を自分たちで演奏したっていうのは確かで、自分たちが演奏したものを自分たちでミックスした。その点でいうと、全工程を3人だけでやっているわけだから手作り感は強くなっているかもしれないね。

新たな楽器の導入という点では、アンドリスが“トゥー・マッチ・トゥ・アスク”や“ジ・アザー・サイド”などでアコースティック・ギターやウクレレを演奏しているのが新鮮でした。前作の『ヴォイジャー』(2017年)リリース後、ボン・イヴェールのサウンドに傾倒し、彼らが『22・ア・ミリオン』でやっているアコースティック楽器とシンセの電子音の融合にいろいろインスピレーションを受け、それが『リトル・ゴースト』に生かされているそうですね。それに加えて、あなたたちが得意とする管楽器のアンサンブルはもちろんですが、“ホイッスリング”や“スティル・ワンダー”などではシンセやシンセ・ベースなどのエレクトリックな楽器のコンビネーションが、いままで以上にサウンドの大きな比重を占めているなと感じました。これもボン・イヴェールの影響のひとつですか?

アンドリス:そう。その通りなんだ。ボン・イヴェールには影響を受けているね。これまではギターを今回のような形で使うっていうアイディアには思い至らなかったけど、彼の楽器の使い方にはインスピレーションをもらって、試してみたらしっくりきて。他にも影響を受けたミュージシャンはいるけどね、例えば……

アンバー:エミリー・キングなんかもそうよね?

アンドリス:たしかに。リンドラムを使ったのも僕たちにとっては新しい挑戦だったからね。あのアイディアはエミリー・キングのアルバムを聴いてからかも。

ボン・イヴェールやエミリー・キング以外に、音楽家やアーティストに限らず何でも結構ですが、『リトル・ゴースト』を制作する上で影響されたもの、インスピレーションを受けたものはありますか?

アンバー:私は詩をたくさん読むんだけど、それを曲作りに活かしているわね。ナイラ・ワヒード、E・E・カミングス、パーシヴァル・エヴェレット、そしてイエルサ・デイリー=ウォードが私の中のトップ4ね! ふたりは?

アンドリス:僕はそうだな……ちょっと違う観点からいくと、ジョン・バトラー・トリオには影響を受けてるね。前の曲なんだけど繰り返し聴いてるのがあって、なんだっけ……「細かいことは気にしなくていい」、みたいな歌詞の……

アンバー:ベター・ザン”じゃない?

マックス:“ベター・ザン”だろ?

アンドリス:“ベター・ザン”だ!(笑) すごく好きな曲でね、トリオはピアノの使い方もうまいし、インスピレーションをもらっているよね。

そのときの自分たちの気持ちだったり思いつきで自然とサウンドが変わってくるものだから、特に意識はしていなくて、その場で生まれた変化というか。とにかく、僕たちはオーガニックな曲作りの手法を取っているから、すべてが自然発生なんだよ。 (アンドリス)

“スウィート・ラヴ”ではマックスがカリンバを演奏していますが、これはどのようなアイデアから取り入れたのですか? カリンバはムーンチャイルドのオーガニックなサウンドにとてもマッチしていると感じますが。

マックス:単純に、カリンバにはまっていたんだ。ディアンジェロとか、ジェイムズ・ポイザーを聴いていて、1990年代後半のサウンドがいいなと思って。あたたかみのある楽器だし、ライヴでも効果的に使えるんじゃないかと思ったんだ。他の曲でも使ったんだよ、“トゥー・マッチ・トゥ・アスク”とか、“エヴリシング・アイ・ニード”でも使ったね。バンドの雰囲気に合っていて、とてもはまったなと思っているよ。

ストリングス・アレンジはアンドリスが担当して、ホーン・アレンジは3人でおこなっているというのは『ヴォイジャー』と同じかと思いますが、アルバム全体のストリングス・セクションを担当しているカルテット・405はどんなグループなのですか?

アンドリス:彼らとは以前から友達だったんだけど、今回ストリングスをお願いしようという話になって。一緒に何回かストリングスのパートを録ったんだけど、ただのストリングス・カルテットというよりはオーケストラのようなサウンドの広がりがあるグループでね。その特徴が生かされたサウンドに仕上がったと思う。

『リトル・ゴースト』ではアンバーの楽器演奏の比重がいろいろ増えていますね。これまではシンセなどを一部で手掛けるものの、基本的にはヴォーカルとフルート演奏がメインだったのですが、今回は数々の作曲でローズ、サックス、シンセ・ベース、ドラム・プログラミングなどを手掛け、ムーンチャイルドのサウンドの骨格に大きな役割を果たしています。こうやっていろいろな楽器や機材を手掛けるようになったことについて、アンバーの中で何か変化があったのでしょうか?

アンバー:前作までは、私はピアノで曲を書いてマックスとアンドレスに渡してトラックを作ってもらっていたの。プロデュースというのはやったことがなかったから。でもここ2年ほどでプロダクションにも携わりたいと思ったからそのやり方を学んで、トラックメイキングの部分を人にお願いするんじゃなくて、自分で作れるようになった。そうやって今回の変化が生まれたの。最初に言ったように毎回新しいスキルを習得したいと思っているから、今回はプロダクションを学んで、それを早速生かしたのね。

アンドリス:だから、今回は本当に全員でプロデュースをしたね。

アンバー:すごく楽しかったから、今後もやりたいわ!

『リトル・ゴースト』の特徴を挙げるなら、いままで以上にリズム感が前に出た楽曲作りがおこなわれている点かなと思います。たとえばファンク調の“オントゥ・ミー”や、アコースティック・ギターとタイトなビートが心地よいグルーヴを生み出す“ホワット・ユー・アー・ドゥーイン”は、メンバー3名がすべてドラム・プログラミングに関わっていて、そのスキルが合わさることによってでき上がった楽曲です。“ワイズ・ウーマン”も同様にアンバーとアンドリスのふたりでドラム・プログラミングをおこなっています。いままでのアルバムではこういった楽曲作りはおこなっていなかったと思いますが、今回は新たな作曲手法にアプローチしているのですか?

アンバー:意図的にそうなったわけではないのよね。いままでと違ったテンポの早い曲なんかも、自然と出てきた感じで。

アンドリス:そうだね、そのときの自分たちの気持ちだったり思いつきで自然とサウンドが変わってくるものだから、特に意識はしていなくて、その場で生まれた変化というか。曲作りの段階で3人で色々と試してみるんだ。その中でしっくりきたものを採用する。だから、今回の変化も次のアルバムではもうやらないかもしれないし、「新しい作曲手法」としての認識は特になかったな。とにかく、僕たちはオーガニックな曲作りの手法を取っているから、すべてが自然発生なんだよ。

アンバー:基本的な曲作りのやり方はこれまでと変わっていないけど、私の変化としては曲を書くだけじゃなくて、さっきも話にあがったようにプロデュースも自分でやるようになった。それによってバンドの役割がより対等になったから、今回のアルバムに入っているアップテンポな曲に関しても、3人全員のグルーヴからああいう曲が生まれたのよ。

歌詞はアンバーが作っているのですか? 主にラヴ・ソングが多いのですが、単にあなたが好きだとかストレートなものではなく、たとえば“ワイズ・ウーマン”や“マネー”のように、女性の目線による生き方や人生そのものも含んだもう少し抽象的で広がりのあるものに感じるのですが、それはアンバー自身の人生経験から来ているものなのでしょうか?

アンバー:すべての曲の歌詞が個人的な体験に基づいているもので、プライベートなものなの。それは私自身に起こった体験でもあるし、周りの人たちの体験でもある。まさに人生経験に基づく歌詞ね。抽象的に聞こえたのはきっと、私のいまの人生がそういうモードだからなんじゃないかな(笑)。女性の複雑な心境みたいなものが理解できる年齢になったというか。しっくりくるようになった気がする。自分の気持ちに正直でいられない、みたいな感覚を自分でも経験して、理解できるようになったのね。たぶん、それが今回の変化の理由だと思う。

最後に『リトル・ゴースト』で聴いてもらいたいポイントと、今後の活動予定などをお願いします。

アンドリス:ポイントというのとは少し違うかもしれないけど、3人全員で作ったサウンドを楽しんでほしい。ひとつの曲に対して3人で試行錯誤しながら作り上げたっていう部分をね。どの曲から聴いても、どの順序で聴いてもらってもいい。

マックス:僕はそれぞれの曲のブリッジに注目してほしいと言おうと思ってた。アウトロに向かう部分かな。僕たち全員が色々な楽器を使ってコラボレーションしているっていうのがいちばんよく伝わるのがその部分だと思うし、それが僕たちの特色でもあるからね。

アンバー:私はとにかく、楽しんでほしいわね!(笑) アルバムを聴いたあとにいい気分になってくれたらとても嬉しいわ。


Gloo - ele-king

 ワイリーとハドソン・モホークとの出会い? さもなければカニエ・ウェストとAFXとの鉢合わせとか? まあ、なんでもいいが、イグルーゴースト(Iglooghost)、カイ・ウィストン(Kai Whiston)、ベイビー(BABii)の3人からなるグルー(Gloo)のデビュー・アルバムは、UKクラブ・ミュージックのルーキー・オブ・ジ・イヤー間違いナシの傑出した1枚である(そう、CDを買ってしまった。正確にはシングルCDも付いて2枚です)。
 ルーキー? 厳密にいえば、彼らは新人ではない。おそらく中心になっているのはカイ・ウィストンで、昨日マーキュリーを受賞したデイヴと同じ世代(1学年下?)で、つまり圧倒的に若い。が、この男はすでに〈Big Dada〉から1枚シングルを出していて、昨年はソロ・アルバムを出している。『Kai Whiston Bitch』というのがそのタイトルなのだが、じつにこれも勢いのある、エネルギッシュかつ実験性とポップさを備えたアルバムなのだ。昨年のロテックのアルバムにも通じるモダンIDMであり、アヴァン・テクノであり、エクスペリメンタル・ヒップホップであり、まあ、なんでもいいが、しかし正直にいうと、ぼくは彼らの感性を理解するのに少々時間を要したのである。

 もちろんそれはぼくが年寄りだからにほかならない。彼ら20歳ぐらいの感性によるある種の過剰さは、90年代においてリチャード・D・ジェイムスがやったことと(スタイルは違えど)意味的には似ている気がする。つまり、もしいま日本で現代の『ファンタズマ』を作りたいなどという野心を持った若者がいたら、このあたりを参照のひとつにすると良いだろう。
 イグルーゴーストもまた……90年代に〈Rephlex〉がやったことを現代の文脈でやっていると言えそうだ。ケンモチヒデフミのライヴァルというか、フットワークの実験的かつポップな解釈であり、彼のシングルは〈Brainfeeder〉から2枚出ている(ということは〈Brainfeeder〉はいま〈Rephlex〉的な役目も負っているのだ)。ベイビーはGlooのヴォーカリストで、アルバム『XYZ』には90年代風R&Bが引用されているが(そういえば、JPEGMAFIAの新作にはTLCのメガヒット曲のカヴァーがあった)、もちろん彼らのトラックはノスタルジーには見向きもしない。これはたった“いま”起きていることで、そう、時間は止まってはいない。まったく素晴らしい『XYZ』だが、ひとつだけ難点があるとしたら、このアルバムはぼくに自分が年老いたことをこれでもかと知らしめるということである。このさいソランジュも忘れましょうや。

Aphex Twin Live Stream - ele-king

 本サイトの告知にあったように、日本時間で9月15日(日)の午前6時からライヴ配信がスタートしたリチャード・D・ジェイムズのDJ。少しだけ観るつもりが、レオ・アニバルディだ、バング・ザ・パーティだとじょじょに沸き立っているうちに、結局、最後の客出し部分までぶっ通しで観てしまった。どうせそんなやつらばかりなんでしょうけれど。次の日は近所の中華屋で……ま、いっか。

 2年前のフィールド・デイではスタッターなリズムでスタートし、全体に実験的な曲が多く(チーノ・アモービとかマーク・フェルとかクラウドはかなり辛そうで)、とてもフロア・フレンドリーといえるような内容ではなかったし(https://www.youtube.com/watch?v=nzvLiwUK3R8)、12年にはロンドンのバービカン・ホールでミュジーク・コンクレート風のアート・インスタレイションを着席スタイルでやったりしていたので(https://www.youtube.com/watch?v=jVvLf0vJJ9s←最後のジェスチャーが……)、彼らしさはあるとはいえ、RDJでもここまでバリバリにアカデミックなモードになるんだなと思っていたこともあり、あまりストレートな展開は期待していなかったのだけれど……あれ、なんか聴いたことあるな、なんだっけな、これ……と、結論からいうと、最初の1時間は89年か90年にリリースされた曲がほとんどで、これは、94年に初めて日本に来たときとかなり近いDJだと思い当たった。2回目、3回目とどんどんダメになっていったRDJのDJとは比較にならないほど初来日のDJは2日とも素晴らしいものだったので、そのときとメガドッグで来日した際のDJはいまだに特別な思いがあったのである。あのときの記憶がどんどん蘇ってきた。

 前半はビザーレ・インク(後のチッキン・リップス)やデプス・チャージの変名であるジ・アクタゴン・マンなど〈Vinyl Solution〉周辺の人脈が大量に投入され、これらとスネアの音や刻み方がまったく同じレニゲイド・サウンドウェイヴやフューチャー・サウンド・オブ・ロンドン、あるいはグレーター・ザン・ワンの変名であるジョン&ジュリー「Circles」に808ステイト「Cubik」のリフをカット・インしたり、ホーリー・ゴースト・インクやDJドクター・メガトリップ(サイキックTV)といった癖が強すぎる連中に「Sueño Latino」をパクったシャドウズ・Jと、イギリス愛に満ち満ちた選曲で(いま風の流行り言葉でいえば「Throwback British Techno」セット?)、テクノという呼称が定着する前のブリティッシュ・ブレイクビートとカテゴライズすればいいのか、それこそリチャード・D・ジェイムズが頭角を現したことで葬り去られてしまった人たちの曲がこれでもかと並べられた感じ。これにユーロ・テクノや〈Nu Groove〉、あるいは定番ともいえるアンダーグラウンド・レジスタンスも織り交ぜて、まさかのポップ・チャートからクオーツやD–シェイクまでシームレスにミックスされ(あるいは独自にドラムを足して)、これにノスタルジーを感じるなという方が無理であった。つーか、「Techno Trance (Paradise Is Now)」なんて普通かけないよな~。当時、エレキング界隈でD–シェイクなんかかけようものなら……いや。

 意外にも初来日のDJがまざまざと蘇ったのは前半のクライマックスで、ここからは最近の曲が続き、ユージ・コンドウ「Chambara」で少し焦らせるような時間をつくった後に、ジョージア(グルジア)からHVLによる昨年の「Sallow Myth」を始め、ズリ、スタニスラフ・トルカチェフ、カツノリ・サワと、最近の曲をベースとした流れに。なお、カツノリ・サワとユージ・コンドウはときにタッグを組んで活動する京都のプロデューサー。後半はRDJ自身の曲も多くなり、限定リリースが話題となった『London 03.06.17』から「T16.5 MADMA」だとか、user18081971名義でサウンドクラウドにアップした曲も。自分の曲がうまく使えるのは当たり前だろうけれど、『Selected Ambient Works Volume II』から「Stone In Focus」を(スクエアプッシャーの未発表だという曲に)被せるタイミングはやはり絶妙でした。11分に及ぶライヴ・セットは軽いドラミングからアシッド・ベースを加え、シカゴ・アシッドに憂いを含んだメロディを地味に展開させつつ、ブレイクを挟んでデトロイト・スタイルに調子を強めたり。初来日のときには「Quoth」を4回連続でかけて、それらがどれも違う曲に聴こえるという離れ業もやっていたので、そのような展開がなかったのはちょっと残念でしたが。

 後半はVJもかなり派手になり、ボリス・ジョンソンの変顔ではやはり歓声が高くなったり。そして、最後の30分はもう何をやっても受けまくり。ドラムン・ベースを基調に(95年の曲が3曲も)、かなり無茶な曲(これもスクエアプッシャーの未発表曲だそう)でもクラウドは食らいついている。チル・アウトはカレント・ヴァリュー「Dead Communication」ときて、約2時間のセットは終了。エンディングのめちゃくちゃがまたカッコよく、これも初来日のときよりはあっさりだったかも(やはり歳をとったか)。Reddit(アメリカの2ちゃん)にはRDJの隣でマニピュレイターを操作しているのは奥さんだという書き込みがあったけれど、そうなんだろうか? 確かに女性のようには見えたけれど。

 ところで音楽ファンではない人にRDJというイニシャルを書くと、「ロバート・ダウニーJrですか?」と言われてしまいます。皆さん、ご注意を。

 なお、見逃した人は〈Warp〉の公式サイトで観ることができます。
 https://warp.net/videos/1088517-aphex-twin-london-140919

ユーチューブのAphex Twinチャンネルにアップされた曲目リストは以下の通り。

https://www.youtube.com/watch?v=5yQRp4j2RQM

0:00:00-0:02:31 sounds, intro
0:02:32-0:07:10 RB Music Festival 2019 - London trk1 ("unreleased afx”)
0:06:23-0:10:01 Leo Anibaldi - Muta B2
0:07:23-0:12:29 [+ live drums by afx]
0:10:01-0:11:07 [+ vocals and melodies]
0:11:06-0:13:56 Quartz - Meltdown (remix?)
0:13:27-0:15:45 Equation- The Answer (Frankie Bones Long Division Mix)
0:14:28-0:16:55 Bang The Party - Rubba Dubb (Prelude)
0:16:16-0:19:11 Renegade Soundwave - The Phantom (It's In There)
0:17:34-0:20:26 [+ sounds, drum break]
0:19:58-0:23:53 The Octagon Man - Free-er Than Free
0:23:36-0:26:28 Shadows J Hip This House (The Leon Lee Special)
0:25:50-0:28:00 Exocet - Lethal Weapon
0:27:43-0:31:03 D-Shake - Techno Trance (Paradise Is Now)
0:30:32-0:32:53 John + Julie - Circles (Round And Round) Hyperactive Mix
0:31:55-0:32:58 [+ additional drums]
0:32:43-0:34:21 The Unknown - Put Your Fuckin Hands In The Air
0:34:08-0:37:39 Trigger - Stratosphere
0:37:20-0:40:41 The Future Sound of London - Pulse State
0:40:03-0:42:10 2 Kilos ? - The Dream
0:41:47-0:46:40 GESCOM- D1 (+manipulation)
0:45:28-0:47:48 Psychic TV - Joy
0:46:51-0:49-37 The Holy Ghost Inc - Mad Monks On Zinc
0:49:37-0:52:12 Underground Resistance - UR My People
0:52:02-0:56:09 Bizarre Inc. - Plutonic
0:55:14-0:58:44 Ye Gods - Becoming
0:57:19-0:59:46 Hound Scales - A Clique of Tough Women [Yuji Kondo Remix]
0:59:30-1:02:37 Yuji Kondo - Chambara
1:01:11-1:06:02 HVL - Sallow Myth
1:04:29-1:07:15 Martyn Hare - Is This Happening?
1:07:05-1:09:12 [+ live, 'aggressive'?]
1:08:34-1:12:18 user18081971 - Fork Rave
1:11:02-1:14:10 Aphex Twin - T16.5 MADMA with nastya+5.2 (+live elements
1:12:56-1:15:51 The Octagon Man - Vidd
1:15:23-1:18:41 ZULI - Trigger Finger
1:17:58-1:20:10 Stanislav Tolkachev - Disposable Killer
1:19:19-1:20:38 Katsunori Sawa - Pluralism
1:20:27-1:22:43 AFX - Umil 25-01 (live version?)
1:22:44-1:26:46 [RB Music Festival 2019 - London trk2 "mini live set" (pt1)]
1:26:47-1:28:50 [RB Music Festival 2019 - London trk3 "mini live set" (pt2)]
1:28:50-1:30:49 [RB Music Festival 2019 - London trk4 "mini live set" (pt3)]
1:30:50-1:33:47 [RB Music Festival 2019 - London trk5 "mini live set" (pt4) lush]
1:33:48-1:37:45 [AQXDM - 12 November (unreleased)]
1:37:14-1:41:04 Unknown Artist - Untitled (GBBL01 A1)
1:39:45-1:43:16 [Squarepusher - Unreleased]
1:41:27-1:45:18 Aphex Twin - Stone In Focus
1:44:25-1:48:39 DJ SS - Black
1:47:04-1:51:09 Torn - Dance On The Bones
1:50:07-1:54:19 The Higher - Stick 3
1:52:20-1:55:56 Fusion - Truth Over Falsehood
1:55:18-1:57:04 Chatta B - Bad Man Tune
1:56:45-1:59:33 Current Value - Dead Communication (feat DR & Lockjaw)
1:59:08-1:59:43 . . . - avearro
1:59:44-END [live modular noise]

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