「K A R Y Y N」と一致するもの

Kendrick Lamar - ele-king

 去る3月24日、ケンドリック・ラマーが自身のツイッターで突如新曲のリリースを発表した。タイトルは“The Heart Part 4”。同日 Apple Music および Spotify で解禁されたこの曲は、リリックにトランプへの言及や誰かへ向けての強烈なディスが含まれており、すでに大きな注目を集めている。その前日にインスタグラムに投稿された画像とあわせて考えると、同曲はおそらく来るべき4枚目からのリード・シングルなのだろう。となれば、近いうちにアルバムのリリースも告知されると期待してよさそうだ。『To Pimp A Butterfly』から2年。続報を待て。

https://itunes.apple.com/us/album/the-heart-part-4-single/id1219120815

https://open.spotify.com/track/41eiwHEX8iegmqmS2cf7oX

Kurt Rosenwinkel - ele-king

 ジャズ・ギタリストのカート・ローゼンウィンケルと言えば、今も『ハートコア』の名前を挙げる人が多いことだろう。2003年に発表されたこのアルバムは、A.T.C.Q.のQティップをプロデューサーに招いて作られた。そもそも、2000年におこなわれたQティップのカマール・ジ・アブストラクト名義でのレコーディングには、ケニー・ギャレットやローゼンウィンケルなどジャズ・ミュージシャンも参加していたのだが、そのお返しにQティップもプロデュースを引き受けたのだった。ミュージシャンでは一緒にバンドをやっていたマーク・ターナーやジェフ・バラードなどが参加するものの、楽曲の半分ほどはローゼンウィンケルがギター演奏と自身によるプログラミングを融合して作ったもので、そうしたところからジャズだけでなくヒップホップ方面からも注目された。ロバート・グラスパーなどが頭角を表わす以前、ヒップホップはじめクラブ・ミュージックの感性を通過し、コンテンポラリー・ジャズの新しい扉を開いたアルバムというのが『ハートコア』だった。ニューヨークで活動していたローゼンウィンケルは、1990年代にNYハウスなどクラブ・ミュージックの洗礼を受け、デビュー前のノラ・ジョーンズなどとともにワックス・ポエティックというクラブ・ジャズ・ユニットに参加していたこともある。したがって、『ハートコア』でのプログラミングやエレクトロニクスを織り交ぜたサウンド・アプローチも、彼の中においては自然に出てきたものだった。その後もQティップの『ルネッサンス』(2008年)のレコーディングに参加するが、自身は住まいをアメリカからヨーロッパへと移し、新しいバンドを結成して活動している。

 近年のローゼンウィンケルの作品には、2012年の『スター・オブ・ジュピター』がある。アーロン・パークスたちとNYで録音したこのアルバムは、宇宙をテーマにしたスケールの大きな大作で、ジャズ・ロックやプログレ的な演奏を聴かせるフュージョン・アルバムと言えるものだった。ギタリストとして弾きまくるローゼンウィンケルが見られる一方、自身のヴォイスとギターのユニゾンによるメロディックなプレイも印象的だった。こうしたワードレス・ヴォイスとギターによるハーモナイズは、『ハートコア』の頃から彼のプレイによく見られたもので、『スター・オブ・ジュピター』から5年ぶりの新作『カイピ』は、そうした世界を発展させたものと言えるだろう。2010年の『アワー・シークレット・ワールド』ではポルトガルのビッグ・バンドであるオルケストラ・デ・ジャズ・デ・マトニショスと共演し、ラテン圏の音楽に対する造詣も深いローゼンウィンケルだが、今回は大きくブラジル音楽に傾倒している。かれこれ10年ほど前から構想を温めてきた作品だそうで、きっかけとしてはミルトン・ナシメントに魅了され、ブラジル音楽にのめり込んでいったことがある。そして、自宅のスタジオで8年ほどかけてデモを作り、それを持ってブラジルに飛び、ペドロ・マルティンス、アントニオ・ロウレイトといったブラジル人ミュージシャンたちとセッションをおこなうほか、盟友のマーク・ターナーや過去にフェスなどで共演したエリック・クラプトンも参加している。

 “カマ”や“カシオ・ヴァンガード”に見られるように、『カイピ』は歌にも大きくスポットを当てている。しかも、英語ではなくポルトガル語で歌っているところに、本格的にブラジル音楽に取り組む姿が伺える。この“カマ”や“カシオ・ヴァンガード”、そして宇宙的な広がりを感じさせる“サマー・ソング”も、サウンド的にはミルトン・ナシメントやトニーニョ・オルタなど、ブラジルの中でもミナス地方出身者が作り出した音楽に近いものだ。“リトル・ドリーム”や“カシオ・エッシャー”の旋律やコーラスのアレンジなど、トニーニョ・オルタの音楽を非常によく研究していることが伺える。アルバム全体に漂うスピリチュアルでピースフルな雰囲気は、こうしたミナス特有のサウンドがもたらすものだろう。また、今回のリズムはローゼンウィンケル自身のドラムやプログラミングをベースに、ペドロ・マルティンスのパーカッションなどを交えたもので、内容こそ違えど『ハートコア』の制作手法を踏まえたものである。アルバム中でもっともロック/ポップ寄りな“ホールド・オン”は、『ハートコア』から引き継がれるビート感覚を持っているし、ハウス・ビートとシンクロする“クロッマティック・B”などは、クラブ・サウンドにも通じるローゼンウィンケルだからこそ生み出せる楽曲だろう。全体的に同じジャズ・ギタリストで言えば、パット・メセニーに近い世界観を感じさせるアルバムだ。かつてパット・メセニーとトニーニョ・オルタ、ウェイン・ショーターとミルトン・ナシメントなど、ジャズ・ミュージシャンとブラジルの音楽家による素晴らしいコラボがおこなわれてきたが、今後は『カイピ』もそうした1作に数えられることだろう。

Ulapton(CAT BOYS) - ele-king

なつかしの90年代HIP HOP

昨年リリースしたセカンドアルバムのカセットバージョンが3/24リリースされます。

CAT BOYS new7inch "LOVE SOMEBODY"
Release 0422

ダーク・ドゥルーズ - ele-king

文:小林拓音

 2014年に出たミリー&アンドレアの『Drop The Vowels』はひとつのサインだったのかもしれない。「醜いままであれ」と謳う“Stay Ugly”なんてもろにそうだ。イキノックスから逆輸入的に影響を受け、独自のエクスペリメンタリズムを爆発させたデムダイク・ステアの新作にも、そのダークネスは受け継がれている。「幸福(ハッピー)であることが強制される」この時代にあって、ダークであることはひとつの反時代的な態度表明と言えるだろう。

 だいたい、世の中は喜びやポジティヴに溢れすぎている。ブラック企業の問題だったり老老介護の問題だったりを反映しているのかもしれないが、「いまいる環境で頑張れ」だとか「置かれた場所で咲け」だとか、前向きであることを押し付けるような肯定の言説が自己啓発としてありがたがられている。でもそれって結局、「甘んじて現状を受け入れよ」という命令でしかないじゃないか。ありていに言えば、周囲の条件は変えられないのだから自分の気持ちを変えて我慢しなさい、ってことでしょ。それは要するに「世界を憎むな」という要請であり、自己責任への誘導である。なんと喜びに満ちたポジティヴな世の中なんだろう。
 あるいはこういう言い方もできる。世の中は繋がりを称揚しすぎている。デキる経営者やビジネスマンが吐きそうな「人脈は財産である」という箴言が気持ち悪いのと同様に、「いいね」の堆積で肯定が確認されていくSNSの惨状もまた気持ち悪いことこの上ない。世の中はコミュニケイションで溢れ返っている。ここまで来るともう繋がりを断つだけでは十分ではない。繋がりを憎むこと。それこそがいまわれわれにとって必要なのではないか。

 アンドリュー・カルプによるこの本は、「喜び」や「肯定」の哲学者として知られるジル・ドゥルーズからその否定性や破壊性を取り出し、「ダーク・ドゥルーズ」を生成しようと試みるプロジェクトである。それはドゥルーズを「否定」の哲学者として読み直すことであり、その闇の部分にタッチすることである。おそらくカルプの念頭には、「差異」や「リゾーム」や「スキゾ」といったドゥルーズのタームが、まさにいま資本主義のものとなってしまっていることに対する危機感があるのだろう。言い換えれば、いまドゥルーズのタームをそのまま使い回すことは、きわめて時代的な行為であるということだ。では、そんな状況において反時代的であるにはどうすればいいのか。この本の主張を一言に縮めるなら、「世界を憎悪せよ」、「世界を破壊せよ」、ということになる。「喜び」や「肯定」の哲学者であるはずのドゥルーズがどんどんダークなそれへと読み直されていく様はじつにスリリングである。
 細かいトピックや事例もおもしろい。USにおける警官の人種差別的暴力や、日本における「失われた10年」も登場する。TAZへのダメ出しもあるし、近年話題になっているクァンタン・メイヤスーやニック・ランドに対する批判もある。寛容を強要するリベラリズムや、全体主義の同類である民主主義に対する容赦ない批判もある。それに何より本書は、昨今「共謀罪」なる言葉が世間を賑わせているこの国で、共謀することの重要性を教えてくれる。さらに音楽との関わりで言えば、サマー・オブ・ラヴや「ノー・フューチャー」への言及もある。

ダーク・ドゥルーズの成功の道は、死を避けることではなく、死を招くことである。ドゥルーズ=ガタリは、このことを死の欲動をめぐる改訂作業において仄めかしているのだが、これと似たような感覚は、「ノーフューチャー」と叫ぶパンク精神のなかに響いている。逆説的にもパンク精神が悟っているのは、現状の再生産をやめるとき、私たちが手にできる唯一の未来が到来するということである。だから、もう生をロマンスにするのはやめよう。 〔本書30頁〕

 本書は、われわれが喜びや繋がりに汚染されて過ごすなかで忘れてしまったダークなものを思い出させてくれる。われわれに必要なのは喜びや肯定ではない。いまわれわれに必要なのは否定であり、憎悪である。「古いものを条件にして新しい世界を創設したとしても、そんな世界の地平が既存のものを超えて広がることはない」〔本書126頁〕。だからまずは端的に「ノー」と言おう。破壊することから始めよう。思う存分、共謀しよう。ひたすら世界を憎悪しよう。

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文:山田俊

 もしブラック・ブロックがドゥルーズを読んだら――
 ワシントンやニューヨークでのアンチ・トランプの映像で黒いパーカの群れ=ブラック・ブロックの勇姿を久しぶりに見ることができた。『ele-king』の読者にはいわずもがなだが、スターバックスを破壊し、オルト右翼にパンチをくらわす彼らと大衆的なデモを展開する市民たちの関係はかつての新左翼と旧左翼のような関係ではない。新左翼と旧左翼は変革という同じ夢を共有していたが、ブラック・ブロックと市民左派には決定的な断絶がある。そんなブラック・ブロックがもしドゥルーズを読んだらどうなるか。いま思想界にささやかな衝撃を与えつつある小著『ダーク・ドゥルーズ』はそんな本である。
 カルプの意図は明快だ。かつて革命的であったドゥルーズが肯定性のゆえに牙をむかれてしまった、ならそんな「明るいドゥルーズ」「喜びのドゥルーズ」など葬り去って、かわりにその破壊性を「ダーク・ドゥルーズ」として甦らせよう。そうしてネグリらによって市民デモに紛れ込まされたドゥルーズをブラック・ブロックのストリートへ奪い返せ、というわけだ。そこでカルプは微温的なドゥルーズ論者たちをなで切りにするだけでなく、思弁的実在論や人類学など現代思想のあらゆる新潮流にもはげしく批判の刃をむける。正直、カルプのドゥルーズ解釈には乱暴なところもあるが、たぶんそこは重要ではない。

 それらをふまえた上で本書の核心をなすのは、現在、われわれに要請されているのは「世界の死」をもたらすことであるという新たな宣告である。かつてニーチェが「神の死」を伝え、フーコーが「人間の死」を預言した。しかし「神」も「人間」も死なないどころか不吉に復活している。「神」と「人間」ともども「世界」に死をもたらすことがこの時代の任務なのだ。こう煽動するカルプはフランスのアナキスト・グループ「不可視委員会」による「文明の死をひきうけよ」というテーゼの影響下にある。そしてここでこそ市民デモとブラック・ブロックの断絶点が明快になるだろう。端的にいって前者が世界の救済を望んでいるとしたら後者は世界の破壊を欲しているのである。

 世界を破壊しているのはトランプや安倍ではないか、あるいは地球温暖化と人口爆発は遠からずこの世界を終息させるのではないか、と問いたくなるかもしれない。現在、必要なのはそれらをすべて受け止めて、「世界の死」を問うことではないか。

 ドゥルーズ自身が哲学におけるブラック・ブロックであったように、世界の破壊はストリートだけで行われるのではない。たとえば坂口恭平の『けものになること』は「ダーク・ドゥルーズ」の実践でなくてなんだろう。もちろんこれは音楽でも同様である。

FUNGI-菌類小説選集 第Iコロニー - ele-king

ペーパーバック仕様のキノコ+SF+海外文学

ようこそ、真菌(しんきん)の地へ。

ロマン・ノワールからダーク・ファンタジー、スチーム・パンクからボディ・ホラーまで。


植物よりも動物に近く、どちらともまったく異なる存在である「キノコ」。
本書は、共編者のオリン・グレイとシルヴィア・モレーノ=ガルシアが、
日本の怪奇映画『マタンゴ』の話題で意気投合し、不思議な菌類の小説を集めたアンソロジーだ。
目のくらむような、キノコの物語の森へようこそ。


■FUNGIとは……

菌類、菌類界の意。
広義ではバクテリヤ類、(Schizomycetes)をも含むが、
狭義では粘菌・カビ類・酵母菌類・キノコ類など真菌類(true fungi)をいう。
「新英和大辞典 第六版」(研究社)より


■序文より

菌界の仲間は、植物よりは動物に近いが、
それでいてどちらとも根本的に異なる別種の神秘的なしろものである。

編者は、ボディ・ホラーやウィリアム・ホープ・ホジスン流きのこ人間を越えて、
菌類小説の潜在的可能性を広く探究する作品を求めた。
作家たちは、彼らの胞子を遠く、かつ広範囲に放出してくれた。

読者はあらゆるたぐいのキノコが、多様な役割を演じ、
ホラーからダーク・ファンタジーにいたる全領域にわたるあらゆる種類の物語を味わうであろう。


■解説より

何よりも嬉しかったのは、編者たちがこの本を構想するきっかけになったのが、
「マタンゴ」だったということだ。
「マタンゴ」(1963年公開)はいうまでもなく、
古今東西のきのこ映画の最大傑作というべき作品である。
「ゴジラ」(1954年)の名コンビである本多猪四郎(監督)と円谷英二(特撮監督)が、
「変身人間シリーズ」の番外篇として製作したこの映画は、
男女七人がヨットで遭難し、無人島に漂着する所から始まる。
食料が尽き、島に生えていた「マタンゴ」と称するきのこを口にすると、
一人、また一人とおぞましいきのこ人間に変身していくのだ。
「マタンゴ」は、全身にきのこが生えてくるという生理的としかいいようのない恐怖感と、
遭難者の一人を演じた女優の水野久美の妖しげなエロティシズムが相まって、
観客にとってはトラウマ的な衝撃を与えるカルト映画となった。
編者たちもアメリカで公開されたこの映画を見て、
「片方はこの映画を恐怖し、他方は大いに楽しんだ」というから、
その時点できのこの胞子に取り憑かれてしまったのだろう。
そこから、じわじわと、このアンソロジーを編み上げるようにという指令が、
脳細胞に伝わっていったのではないだろうか。


■訳者あとがきより

原本の刊行後、編者二人が応じたインタビューに於いて、
あまりにもテーマが狭すぎるため、
どれだけの作家たちが寄稿してくれるか心配したと語っていたのは印象的だった。
最初にこの企画を聞いたときの訳者も、真っ先に同じ危惧の念を持ったからである。
当然だろう。テーマ・アンソロジーはあまた存在するが、
キノコに特化したものなど聞いたことがない。
ユニークであるのは疑いないが、野心的に過ぎるだろう。
だが、いざ仕事にかかってみると、それが杞憂であるのがたちどころにわかった。
本書の実現に執念を燃やした、具眼の士はこちらにもいたのである。
長短さまざま、完成度や狙いもさまざまながら、
ホジスンの焼き直しや無理矢理キノコにこじつけただけの作品は、嬉しいことに皆無だった。
さらに喜ばしい驚きは、堰を切ったように書き始めた若手を中心とする作家たちならではの、
意欲と熱気があふれていることだった。
スチーム・パンクからクリエイティヴ・ノンフィクション風、
ニュー・ウィアードからダーク・ファンタジー風までジャンルも広範囲に及んでいる。
だが、この精華集の本当の良さはもう少し別のところにあると思われる。
それは、野放図感につきる。
ほかでもない、小説本来の醍醐味、初心と言い換えてもいい。生き生きとした想像力が横溢しているところだ。
もちろん、その自由奔放なフィクションの翼に乗りたければ、個々の作品に直接触れてもらうしかない。
ちなみに、ジェフ・ヴァンダミアとジェーン・ヘルテンシュタインの二篇以外、
すべて本アンソロジーのための書き下ろし作品である。

■収録小説

1
菌類が匂い立つほどの粘着質な描写に戦慄する正当派ホラー
「菌 糸」ジョン・ランガン

2
奇妙なキノコ辞典から抜粋してきたようなキノコ・クロニクル
「白い手」ラヴィ・ティドハー

3
ある目的のためにキノコの潜水艦に乗った男の悲しいストーリー
「甘きトリュフの娘」カミール・アレクサ

4
スチーム・パンクと魔法とラヴクラフトをミックスしたウエスタン風の冒険活劇
「咲き残りのサルビア」アンドルー・ペン・ロマイン

5
共同幻覚体験をもたらす奇異なキノコが異世界へと誘うダーク・ファンタジー
「パルテンの巡礼者」クリストファー・ライス

6
現実と非現実が交錯する幻想的なゴシック・ロマンス
「真夜中のマッシュランプ W・H・パグマイア

7
人間をゾンビ化させる菌類が潜むメキシコの密林にある小さな村を舞台にしたスリラー
「ラウル・クム(知られざる恐怖)」スティーヴ・バーマン

8
ハードボイルド探偵小説仕立てのボディ・ホラー・ノベル
「屍口と胞子鼻」ジェフ・ヴァンダミア

9
保守的な植民村に暮らす人々の欲望の物語
「山羊嫁」リチャード・ガヴィン

10
擬人化された動物たちとずる賢い貴族たち、キノコ、そして意匠陰毛のお話
「タビー・マクマンガス、真菌デブっちょ」モリー・タンザー& ジェシー・ブリントン

11
チェコからの移民の娘が綴った心に沁み入るキノコ小説
「野生のキノコ」ジェーン・ヘルテンシュタイン

■編者

オリン・グレイ
超自然的な恐怖小説を書いている。その作品は、インスマス・フリー・プレス(Innsmouth Free Press)の多くのアンソロジーに収録されているのみならず、「邪悪行き」(Bound for Evil)や「デリケートな毒素」(Delicate Toxins)といった他社の舞台でも発表されている。彼の第1短篇集「悪魔に賭けるなかれとその他の警告」(Never Bet the Devil & Other Warnings)は2012年エヴィルアイ・ブックス(Evileye Books)から刊行された。彼の怪物や菌類、そしてキノコ・モンスターに寄せる積年の愛着ぶりは、当分弱まるきざしはない。

シルヴィア・モレーノ=ガルシア
小説では「イマジナリウム 2012年:ベスト・カナダ・スペキュレイティヴ・ライティング」(Imagina rium 2012:The Bes t Ca nadianSpeculative Writing)、「クトゥルーの書」(The Book of Cthulhu)、〈Bull Spec〉誌ほか多数の出版物に発表されている。2011年シルヴィアは、グロリア・ヴァンダービルトと〈Exile Quarterly〉誌の後援によるカーター・V・クーパー記念賞を受けた。その年には、マンチェスター小説賞の最終候補にもなった。また、「歴史的ラヴクラフト」(Historical Lovecraft)、「屋根裏窓のろうそく」(Candle in the Attic Window)、「未来のラヴクラフト」(Future Lovecraft)の各アンソロジーの共編者をつとめた。彼女の第1短篇集「この奇妙な死にざま」(This Strange Way of Dying)は、2013年に上梓された。

スカート - ele-king

 思春期を失敗したひとにありがちな、これは僕だ、という誤解がある。青春パンクに悪態をついた15歳のころ、「冷凍都市」とは何かを知りたくて上京した19歳のころ、中古のアナログ・ターンテーブルを捨てたあとでも MUJI の据付ラックに飾り続けた『スピッツ』、ブルー・クリア・ビニール仕様の12インチ、よしもとよしとものオマケ漫画つき。そういえば漫画『青い車』は生活に困った学生時分に泣く泣く売ろうとしたらなぜか売れなかったから、まだ本棚に残っている。だから20歳を越えれば〈Plus 8〉や〈Minus〉レーベルのカタログを漁るものだと思い込んでいた。結果、Beatport にばかり課金した。東京での学生生活は沙村広明の『おひっこし』のような世界のはずだと夢見ていたが(それもそれでディストピア・コメディだけど)、異界の果て、コンクリート・ジャングルの見えない東京砂漠を体感した以外、だいたい予想ははずれた。三億円事件が起きた現場のすぐ近くでした。
 おそらく後半はズレている。けど、東京のすみっこかその周辺、小田急線、京王線、そして西武線の風景に転がり込んだオールド・スクールの音楽マニア志望などこんなもんだろう。とタカをくくったうえで、スカートこと澤部渡は僕だと誤解した。4、5年前の渋谷、たぶん O-Crest あたりのミツメ目当てで見に行ったライヴ以来、そう思っていた。一聴してわかる雑多かつ重厚な音楽的背景と素養、ある意味で向井秀徳的なルックス、何より圧倒的な曲の素晴らしさ。何度も何度でも聞くに耐えうる曲自体とアルバム全体の構成、のひねくれたあの感じ。列挙すればするほど自分がかつて持ったことないものばかりだけれども、それでも同い歳の僕は澤部渡だと信じてやまなかったのだ。ポップ・スターはそういうものだということにしておいてほしい。
 先日、広島にある STEREO RECORDS に12インチを売りに行こうとした。手持ちのそれらの相場をいやしくも調べていたら、スカートが『CALL』のアナログを出すことを知った。
 〈カクバリズム〉の一員となって以降の澤部渡が、さらなる名曲を量産しているのは周知のとおりで、2016年にCDで発売された後、先述のとおりアナログで再発される予定の『CALL』はこれまでの総決算であると同時に、新たなデビュー・アルバムのような作品だった。収められた曲たちの多彩さ、ポップネスはそのままに、あきらかに豊穣になったサウンド・プロダクションを武器に、一粒一粒の音の輪郭がより聴き手に馴染みやすいものとなっていた。メディアのベスト・アルバム・ダービーには意外にもあまり顔を出していなかったけど、それはこのアルバムのポップネスのひとつの機能だと考えている。つまり、いかなる流行、潮流、世界的な趨勢とも切り離されながら、それでも必然しか感じないポップ・ソング。8分のルートを走るベースラインが印象的な表題曲の“CALL”は、これまでの複雑性から解放されたかのようなストレートなうたで、そこには衒いなど突き抜けた強度があった。
 それから約半年の短いスパンで上梓された初の全国流通シングル「静かな夜がいい」の表題曲は、ディスコグラフィー上では“都市の呪文”(『サイダーの庭』)から“回想”(『CALL』)につらなるような、ギターのカッティングで運ぶアーバン・ファンク・マナーの1曲だった。イントロのリフ、そしてブレイク後の跳ねるベース・ソロなど、一聴して誰しもが思い浮かべるのはシュガーベイブの“DOWN TOWN”に違いない。しかしその元ネタの下敷きとされた The Isley Brothers から滲むような「黒さ」は、“静かな夜がいい”からは感じない。むしろ Bruce Roberts の“Cool Fool”あたりを引き合いに出したくなるような、「白い」ファンクネスやAORの趣をもっている。この点は D'Angelo からの影響をもとに、『Obscure Ride』から「街の報せ」にいたる、cero の提示する曲群との分岐点ともなるのだろう。
 澤部のフェイバリットのひとつだろうムーンライダーズの『DON'T TRUST OVER THIRTY』は1986年の作品で、その1年後に生まれた僕たちは今年30歳になる。15歳のときに遠くに聞こえた青春パンクのバンドも、同じ名前の違う曲を歌っていた。
 そういえば前田司郎による映画『ジ、エクストリーム、スキヤキ』(2013年)は、30歳を超えた大学の同級生たち(とひとりのカノジョ)が、ただ最高のスキヤキを食べるために繰り広げるロード・ムービーだった。こう書くと未見のひとはいったい何の映画だと思うに違いないが、岡田徹が劇中音楽を手がけていて、いくつかムーンライダーズの曲がかかる。それらがこの映画の中の風景に完全に溶け込んで、思い当たる節のある(と誤解する)僕たちは幾度となく涙腺が緩んでしまう。エンディングに“Cool Dynamo, Right on”のギター・イントロがかかるところなんかもう嗚咽が止まらない、なんて、何かしらの病である。
 その曲には、こんな歌詞がある。

 Coolなはずの 今日のパーティ
 道に迷った みたいだな
 君のスカートの
 中に地図は 宿るかい

 “静かな夜がいい”は30歳を目前にした澤部渡が、ポップ音楽家としてさらなる成長を遂げていく最中に残した1曲となった。この表題曲を含めた4つの曲を地図に、さらなる旅程をかさねていくスカートを同じ時代に遠くから見続けられることが素直に嬉しいし、3月25日に最終回を迎える『山田孝之のカンヌ映画祭』に提供した“ランプトン”(名曲!)では、早速の新機軸を打ち出したようにも思える。しかしまずは「静かな夜がいい」こそが、僕にとって『ジ、エクストリーム、スキヤキ』と同様、不意に見返す、聞き返す作品となってしまうだろう。それはもう、すでに重ねすぎている過去を思い出すための大切な道標として。

 君に預けた 僕のハッピー
 冷凍にして 持ってておくれ
 そうすれば いつでも
 あの頃が 戻るだろう
(ムーンライダーズ“Cool Dynamo, Right on”)

interview with YURUFUWA GANG - ele-king

いい意味でぶっ壊したかなとは思います。──Ryugo
うん。ぶっ壊した。──Sophiee


ゆるふわギャング
Mars Ice House

SPACE SHOWER MUSIC

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 ele-king読者の耳にはもう届いているに違いない。ゆるふわギャング(Ryugo IshidaとSophiee、ビートを手掛けるAutomaticのユニット)の1stアルバム『Mars Ice House』が4月5日にリリースされる。クラウドファンディングで制作資金を募集するや即座に目標金額を上回り、すでに話題沸騰のゆるふわギャング。フロント・メンバー、Ryugo IshidaとSophiee、インタヴューでこちらの質問に答えるふたりを見ていると、いつの間にかその場の空間全体を俯瞰しているもうひとりの視点に気付かされる。あるいは映画をVRで見ているような感覚に陥るとでも言えばいいのか。ふたりの紡ぎだす空気はまるで映画のようだ。「ね?」とSophieeが横のRyugo Ishidaに微笑みかけると、「うん」とRyugo Ishidaが答える。言葉は少ないがこのやりとりが醸す空気は雄弁で温かい。新作アルバムの話からふたりの生い立ちにまで遡ってのロング・インタヴュー!

昔から学校嫌いで、小学校5年生ぐらいから学校行ってない……学校はとりあえず嫌いでしたね。中学校いっても、常にひとりでいるのが好きだったから、保健室にいるかどっかで寝てるか。──Ryugo

ゆるふわギャングの1枚目ですね。

Ryugo Ishida(以下、Ryugo):やっと……

Sophiee:やっと……

Ryugo:……できたっていう。

ゆるふわギャングのはじまりは去年(2016年)の夏……でしたよね? 

Ryugo:……ぐらいにふたりで“Fuckin’ Car”という曲を作ったのがきっかけです。PVも撮ったんですけど、この曲をゆるふわギャングで出そうというのがきっかけで、そこから色々曲ができていって、名前もそのままゆるふわギャングでという感じです。

ゆるふわギャング“FUCKIN CAR "

でも、楽曲ができたのとゆるふわギャングの結成はほとんど同時で……と、そこからのアルバムと考えると早いですよね。

Ryugo:早いんですけど……やっぱり1枚目だし、ちゃんとした形でリリースするのは初めてだから嬉しいですね。いままでとは全く違うっていうか、気持ちが……

Sophiee:ね? 気持ちが全然違うっていうか、アーティストだ! っていう(笑)。

Ryugo:まず最初のクラウドファンディングでふたりで出したやつよりもこれは自信が違う。俺たちはこれっていう……

Sophiee:うちらがこうです! みたいな……たぶん一番クラシックだと思う。次に何が出ても(笑)。

Ryugo:それはある。

Sophiee:固い……

Ryugo:すべての始まりでもある……

Sophiee:まだ序章に過ぎない……

Ryugo:実際のところこのアルバムができてからも、別の曲もバンバン作っちゃってるから、俺たちの中では初めてだけど、もう古いというか(笑)。どんどん自分たちがアップグレードしていってるから。

Sophiee:ネクストレベル。常に先を見て曲を作ってる。

Ryugo:でもなんか戻れる場所がちゃんとあるっていうか、このアルバムを聞けばこの感じだなっていうか。わかるというか。

Sophiee:たしかに。

バンバン作ってるということですが、もう何曲くらい録りましたか?

Ryugo:10曲いかないくらいはもう録りましたね。

Sophiee:10曲くらいは作ってるか……曲作りの仕方自体はあまり……スタイルは変わらないんですけど、気持ちも変わったし、前よりも全然楽に曲を作れるようにもなった。いい意味で。

それはコミュニーケーションがよりスムーズに取れるようになったということですか?

Ryugo:コミュニーケーションというよりは感覚というか、自分たちの曲を何か作ろうと思った時の曲作りの仕方が決まったというか。いままではリリックを書くのも大変とかもあったけど、いまはもうないもんね。よっぽど集中力が切れてなければリリックが出てこないっていうことは滅多にないし。曲を作ろうってなったときには、大体自分たちの力がバーンって、100%出せるようになったというか。どのタイミングでも。いまなんかその調整をしているというか。

Sophiee:ね。何か細かいところまで目がいくようになった。前はリリックを書くのに精一杯、でもいまはもっと余裕ができて、音の聞こえ方だったり声の出し方だったりとか、そういうところまでちゃんと気を使えるようになった。そういう意味でも100%の自分で曲を作れるようになった。

このアルバムを作ったのが大きかったんですね。

Ryugo&Sophiee:ですね。

Ryugo:これを作って、スーパーモードになったっす。サイヤ人モードに常に入れるようになったっす。

Sophiee:ワンナップキノコみたいな。このCDが(笑)。

アルバムの内容に踏み込む前に、ここで一度生い立ちまで遡って少しお話を聞かせてください。まずRyugoさんの地元は土浦でしたよね。

Ryugo:土浦ですね。

ご兄弟はいらっしゃいますか?

Ryugo:妹と弟がふたりいます。4人兄弟の長男です。

土浦にいたときはずっと実家にいたんですか?

Ryugo:そうですね。自分でアパート借りたりとかもあったけど、基本的には実家ですね。

どういう子供でしたか?

Ryugo:昔から学校嫌いで、小学校5年生ぐらいから学校行ってない……学校はとりあえず嫌いでしたね。中学校いっても、常にひとりでいるのが好きだったから、保健室にいるかどっかで寝てるか。高校は仲良い先輩が行ってて、誰でも入れる高校だったからただちょっとノリでいって、適当に卒業したって感じなんですけど。そうですね……遊ぶのは好きだったけど、とりあえず勉強とかもすごい嫌いだったし……っていうのはありますね。あんまり人と関わりたくなかった。グレてたし。

いつ頃からグレてました?

Ryugo:自分は中1ぐらいですかね。サッカーをやってたんですけど、サッカー辞めて、中1ぐらいの時に本格的にグレ始めた感じですね。

グレるというのは具体的にどんな感じだったんですか? 

Ryugo:学校は嫌いだったけど、先生がいちばん仲良かったから、グレてても何してても絶対怒られなかったというか、逆に(笑)。もうそれでいいからみたいな。放っといてくれたというか……どうグレてたんだろう? とりあえず先生も仲が良い先生としかいなかったし……それ以外の先生とか先輩が嫌いでしたね。

上下関係みたいなのが気持ち悪いんですかね。

Ryugo:そうですね。ちょっとあんまり得意じゃないですね。難しいです。

サッカーが好きだったんですか?

Ryugo:サッカーはすごい好きでしたね。小学校のとき少年団に入ってサッカーやってました。フォワードやってましたね。下手くそだったんですけど足が速かったんで(笑)。

ああ、足速そうです。

Ryugo:100m11秒台でした。

それは速いですね。

Ryugo:そうなんですよ。めちゃめちゃ速かったんです。100m走で県大会の決勝戦まで行きました。だからサッカー下手くそでも足速かったんで選抜チームにも入ってましたね。

ボール持ってゴールまで運ぶ感じですね。

Ryugo:そういう系ですね。それしかできなかった逆に。

なかなかかっこいい不良ですね。

Ryugo:でも不良ってわけでもないんですけどね。ただなんかちょっとヤンチャなだけだったというか。とりあえず昔っから人が嫌いだったというか。目が悪かったからよく喧嘩とかも売られてたけど、喧嘩はそういうときにするぐらいでした。

暴走族とかはやってないんですか?

Ryugo:自分たちの地元に暴走族もなかったし、バイクにも興味なかったんですよ。どっちかっていうとそのときギャングの方が興味があって、上下のディッキーズとか着て溜まってるのが好きだったというか。

Sophiee:カルチャー?。

Ryugo:そうですね。カルチャーにすごい憧れていたんですよね。従兄弟がちょっとやんちゃだったんですけど、そういうファッションをしていて、それにすごい憧れてたから。従兄弟は2つか3つ上なんですけど、ヒップホップが好きで、俺もそれに憧れて改造した制服を着たり、ディッキーズとか着て街でたむろってるのが好きでした。

それが中学ですか?

Ryugo:はい。高校の頃はもう割と落ち着いちゃってて、その頃には音楽のことばっか考えてました。

Ryugo Ishida "Fifteen"

ラップをはじめたのは15歳とおっしゃってましたね。

Ryugo:中学校終わるぐらいの頃にはラップが好きになってたから、みんなは高校に入ると同時にバイクに走っていくけど、俺はクラブ遊びに走っちゃって……ハマっちゃってというか。そうですね……って感じでした。

DEAR’BROさん(※ディアブロは土浦のラッパー。Ryugo Ishidaがラップをはじめるキッカケとなった)と会ったのは?

Ryugo:中2か中3どっちかですかね。そのときは……初めてクラブに行って、クラブから自転車に乗って帰ろうとしたときに、いきなり「おまえ待て」って言われて、「おまえいくつだ?」って。「14です」って言ったら、「俺の曲聴け」って言われて、怖って(笑)……思ったのがきっかけだったんですけど。なんだこのおっさんはって思って。帰って先輩の家でもらったCD聴いたらめちゃめちゃかっこいいと思って、CDの裏に書いてあった番号に速攻電話して、で、その次の日に飯に連れてってもらったんです。1週間後ぐらいには「俺のステージ立て」って言われて、サイドMICとかをやってたりとかしたのがはじまりで、あとは自分の同級生に音楽を勧めて、「一緒に曲をやろうよ」って言ったりして、やったりとかもしてたんですけどね。いつの間にかみんないなくなっちゃって……って感じでした。結局先輩と一緒にいるか……って感じでしたね。仲良いのは地元の1個上の人たちで、3人仲良い人がいるんですけど。その人たちとしかほとんど遊ばなかったです。この先輩たちはいまも仲良いですね。だから孤立はしてたかもしれないです、常に。グレてるときもひとりだったし。

そういうひとりのときって何を考えてたんですか?

Ryugo:クソだな〜と。毎日つまらないなーと思ってました。ずっと。なんか面白いことないかなぁーと思って。だから学校の先生が鍵をいっぱい持ってるんですけど、それを盗んでひとりで学校を冒険したりしてました。みんなが勉強をしている間とかにひとりで鍵のかかった部屋に忍び込んだり、ひとりでサボってましたね。

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Sophieeはお兄ちゃんがギャングスターで、悪いんですよ。地元でけっこうボス的なお兄ちゃんがいて、妹もいて……妹はまったく真逆で超まじめで勉強もできる。でも私は何もできなかったんですよ。──Sophiee


ゆるふわギャング
Mars Ice House

SPACE SHOWER MUSIC

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音楽を最初にかっこいいと思ったのはいつなんですか? 最初にCDを買った音楽というか。

Ryugo:ああ。小学校6年生ぐらいの時に同級生がロスだかどっかに行ったときに2パックのCDを買ってきてくれたんですよ。「好きそうだよ」って。それがはじまりだったかもしれないですね。いちばん最初のCDはそれで、あと従兄弟がヒップホップを聴いてたんですけど、その影響でZEEBRAの『STREET DREAMS』とかEMINEMの『カーテンコール』を聴いたり。それで学校には行かずに夕方まで寝て、夜中はどっか遊びに行くかみたいな感じでしたね。ずっとそんな感じでした。

2パックが原体験というのは少し秘密に触れた感じがしますね。では、ここからはSophieeさんにはお話を伺いたいです。Sophieeさんはどんな子供でしたか?

Sophiee:Sophieeはお兄ちゃんがギャングスターで、悪いんですよ。地元でけっこうボス的なお兄ちゃんがいて、妹もいて……妹はまったく真逆で超まじめで勉強もできる。でも私は何もできなかったんですよ。なんかもう本当に……なんていうんだろう? 悪さしかしないし、親にもずっと怒られてた。けど、お兄ちゃんとは気が合ってて……って感じで。学生のときもとくにやりたいこととかもなくて、私も毎日つまんないなって感じでした(笑)。

ずっと品川ですか?

Sophiee:品川ですね。本当東京にしかいなくて、ずーっと。地方遊びに行ったりとかも全くなかったし、東京から出なくて、地元で遊ぶとかもなくて、遊ぶってなると渋谷とか、ほんと東京のただの女の子みたいな感じなんですけど。

品川の、駅でいうとどの辺りになるんですか?

Sophiee:駅だと天王洲アイルっていうところですね。お父さんは離婚していなくなったんですけど、それまでは親もずっと喧嘩してるし、なんか部屋でずっとぼーっとしてるとかそんな感じでしたね。

地元の中学校に通ってたんですか?

Sophiee:地元の中学に行ってて、昔からずっと海外に興味があって。そのときくらいから日本を出たいなと思いはじめて、それで自分でバイトをして海外行こうと思って、そのためにバイトを中学生からしてました。Sophieeもけっこうひとりが好きで、そうやって貯めたお金でひとり旅とかしに行ってましたね。最初に行ったのがスペインなんですけど、それが高校1年生の頃です。あとはニューヨーク行きたいなと思って、そのためにまたアルバイトしてお金貯めてニューヨーク行ったりとか。

英語やスペイン語が話せるんですか?

Sophiee:海外にはずっとすごい興味があったから英語の授業だけはめっちゃ真面目にやってて、自分でネットを使って海外の人とSkypeしたりして喋ったりして……独学? で、英語は多少、ほんとちょっとだけど喋れるようになりました。でもスペインに行ったときに痛感したのは、スペインは英語が全く通じないんですよ。英語で喋りかけてもスペイン語で返してくるし、意地悪でした。あっちの人はプライド高いっていうか、スペインだったらスペイン語話せよみたいな。すごい冷たくされて。そういう国なんだなと思って、それでちょっとスペイン語も勉強しなきゃなと思って、スペインにいる間は自分でスペイン語の本を買って読んだり、それでちょっとですけど覚えましたね。高校で選択授業というのがあって、何か国語の中から選択して自分で勉強できるコースがあって、それで私はスペイン語を選択して、ちょっと勉強したりとかしてました。

スペインに行ったのは高校1年の夏休みとかですか? どのくらい行ってたんですか?

Sophiee:2週間くらいですね。夏休みとかじゃなかった気がしますね。普通に高校に行かないで行ったと思います。それで高校も途中で辞めたんです。ひとり旅が楽しくなっちゃって。別に高校行ってるんだったら、海外遊びに行ったほうが面白いかなと思って。友だちとかも普通に仲良かったし、成績もそんなに悪くなかったし、先生ともそんなに仲悪くなかったけど、いきなり友だちとかにも言わないで高校辞めちゃって。けっこうびっくりされたんですけど。「辞めたの?」みたいな。突発的なんですよ。行動が。あんまり先を考えない。高校も辞めるって言ったら辞めるし、親も私がなんかやるとか辞めるとか言ったら、もう聞かないってわかってるから。(高校を辞めるって言ったときも)「はい、わかりました」みたいな感じでした(笑)。

それが高校何年の時ですか?

Sophiee:2年生に上がってすぐですね。けっこう変わってましたね。友だちを作ろうともあんまり思ってなかったけど、自然にできて。高校の友だちとかも普通に仲良かった。周りにも変わってる友だちしかいなかったですけど。でもそんなに派手ではなかったですね。

少し話戻りますけど、海外に行きたくて中学2年からアルバイトしてたんですよね。

Sophiee:お兄ちゃんの仲良い友だちがやってるピザ屋に年齢嘘ついてアルバイトやったりとかしてて、もう15歳くらいからけっこう六本木で遊んだりしてました。クラブに行ったりとか。そのときはIDチェックとかもあまり厳しくなかったから。でもそういう話を高校ではしなかったですね。なんか夜遊ぶ友だちと学校の友だちみたいな感じで分けてました。

ニューヨークはいつ行ったんですか?

Sophiee:ニューヨークは高校辞めてすぐですね。ニューヨークは初めて行ったアメリカだからかもしれないけど、すごい好きなんです。音楽とかヒップホップを知りはじめてすぐ行って、ビギーの映画を見てかっこいいなと思ったり……すごい影響を受けましたね。アメリカの音楽がずっと前から好きだったから、日本人の音楽はあんまり知らないんですよね。今もアメリカの音楽しかあんまりわからないです。

Sophieeさんは独特の言語感覚がある気がしますね。

  起きてる時間を今日と呼ぶなら
  今日は続くよね all night long “Go! Outside”

  ミシュランにも載らないようなメニューで
  星じゃ表せられないようなテイスト
  処女みたいなpureな心
  見る世界はゴミの紙袋
“Dippin’ Shake”

ゆるふわギャング "Dippin' Shake"

こういったリリックにそれを感じます。日本語だけどメタファーが日本語の感覚にとどまっていないというか。

Sophiee:英語とかだといろんな言い方があるじゃないですか。アメリカの音楽が好きなのも歌詞とか上手いなと思って。言い方とか伝え方が、日本人ってけっこうストレートじゃないですか。そっちの方が伝わりやすいのもあるし。Sophieeはアメリカの言い回し方が好きで、ちょっとくどい言い方みたいなのを日本語でもできたらいいなと常に思ってて、けっこうリリックもくどい言い方をしているんですけど。そういうのは常に意識してます。

昔からそういうのが自然な感じでしたか?

Sophiee:アメリカかぶれじゃないけど……とにかくアメリカのカルチャーに憧れてて。だから子供のときは早い段階で@#$%もやったし、お兄ちゃんがギャングスタだったのもあるからその影響で@#$%とかを覚えて一回ちょっと頭おかしくなっちゃったときもあるし。いろいろ乗り越えていまがあるけど、ニューヨークに行ったことがけっこういまの自分に影響しているかもしれないですね。タフだったなぁと思って。

人間の汚さ……ですかね。昔から感じていたことはたくさんありますけどね。なんだろう、やっぱり信用していた、自分たちが心を開いた人が全部嘘だったりするときは、ああ、こんなもんなんだなっていう。──Ryugo
別にうちらワルぶってるわけでもないのに、まぁそう見えるのかもしれないけど……そう見てガッとくる人もいるし、別にそんな何もしてないのに……。──Sophiee

いまお話に出た「早い段階。というのはどのくらいの年の頃なんですか?

Sophiee:うーん。もう中学生のときとかもバンバンいろいろやってたし、だからなんか普通にタメの人とは話合わなかったり。けっこう背伸びしてた時期はありましたね。そんなつまんない遊びしないみたいな。

ずっと何かに「染まる」みたいな感覚が嫌なんですかね。

Sophiee:でもなんかそう、自分の意思は絶対だから、自分の中で。だから人に何を言われても、へーみたいな。そう思うんだぁみたいな。でも私は違うけどみたいなのはありました。

ざっと振り返りましたが、いま聞いたお話だけでもふたりともけっこう共通するものがありますね。ひとりでいるのが好きだったり……

Ryugo:いまはいろんなものを乗り越えたっていうのはあるかな。見たし。

いろいろ……何を見ましたか?

Ryugo:人間の汚さ……ですかね。昔から感じていたことはたくさんありますけどね。なんだろう、やっぱり信用していた、自分たちが心を開いた人が全部嘘だったりするときは、ああ、こんなもんなんだなっていう。そういうことは何度もありました。だから地元でも、こういう人間たちのなかに染まりたくないというのはありましたね。こうなりたくないというか。

Sophiee:ね。なんか……そういう人ってけっこう寂しがりじゃないですか。人に強く当たって満足するじゃないけど、なんかすごい冷めた目で見ちゃうんですよね。別にうちらワルぶってるわけでもないのに、まぁそう見えるのかもしれないけど……そう見てガッとくる人もいるし、別にそんな何もしてないのに……。うちら好きなことやってるだけなのに、何でこうなっちゃうんだろうって思うことはよくあったかもしれないですね。もっとうちらの素直な心を受け取ってほしいなっていう。まぁ別にそんな狭いとこを見てないし。うちらは世界行きたいだけだから。

そういう発想でいた方が絶対良い気がします。いまSophieeさんのリリックに少し触れましたが、Ryugoさんのリリックの持ち味はまたSophieeさんとは違いますね。感じたことをまんま口にしているというか。

Ryugo:そうですね。基本的には、感じたことというか見たものですね。いちばんダイレクトにというのを心がけてるんですけど。

ああ。「感じたこと」と「見たもの」はたしかに違いますね。言葉を工夫しているように聞こえないのがRyugoさんの個性かもしれないです……と思いました。

Ryugo:昔はやっぱり飾ってましたけどね。いろいろ経験してきたことが自分たちの中であって、自分が地元を離れて東京に来て、すべてこうゼロになったとき……ふたりでこうなったときに、今まで飾っていたものは必要ないんだというか。Sophieeのリリックを聞いてからも書き方も全部変わったんですよね。。こういう風に言えばいいんだみたいなのがわかってから、いまみたいなリリックになったんです。それまでは飾ってたやつばっかだったし、だからSophieeに会ってからですかね。こういう風に書けるようになったのは。

  ai ai ai ai 俺らの世界
  でかい海を支配する狙い
  金金金金 財宝全部頂き
  面舵一杯帆を上げな
  風向きに全てお任せな
“パイレーツ”

この曲も勢いあります。

Ryugo:俺はけっこう『グーニーズ』とかキッズが出てくる映画が好きなんですけど、そういうイメージですね。この曲は『パイレーツ・オブ・カリビアン』を見ててそっからできた。船が出てきて宝探しするとかそういうイメージというか。全部奪ってやろうと思って、そういう奴らから。

Sophiee:汚い大人?。

Ryugo:(笑)。

(笑)。とにかくふたりが出会い、ゆるふわギャングになってからRyugoさんも完全にギアチェンジした感じですね。

Ryugo:ですね。

出会いと曲を作りはじめたこと、ゆるふわギャングの結成がほとんど同時なんですもんね。
Ryugo&Sophiee:そうですね、同時です。

ここで話がインタヴューの最初のところまで一周しましたね。では、ここからアルバム『Mars Ice House』を掘り下げさせて下さい。

  好きなことに夢中
  広がる妄想まるで宇宙
  目に見えないことが普通
  でもなぜか見えちゃってる
  それに気づく大人
  もちろん不機嫌な面  “Stranger”

これはRyugoさんのリリックです。この曲はアルバムのなかでも重要な位置付けの曲だと思いました。

Ryugo:“Stranger”はまた悪魔みたいな人が…。

Sophiee:現れて……。

Ryugo:いい加減にもういいなと思って。どこに行ってもこういう人たちはいっぱいいるんだなと思って。ちょうどこの時に『Stranger Things』を見ていたんですけど……。

Sophiee:Netflixのドラマ。うちらあれ大好きで。『Stranger Things』の物語も汚い大人から子供たちが逃げるような物語なんですけど、悪魔とか。それとうちらをシンクロさせて。

Ryugo:遊びに行ってるときにそういう面倒くさいと思うようなことがけっこうあって、リリックが1回書けなくなったんですよ。そのときにKANEさんと会って、“Stranger”が書けたことによって、そこからまったく違うものになった。

なるほど。ある意味ターニングポイントとなる曲ですね。

Ryugo:そうですね。“Stranger”“大丈夫”らへんはターニングポイントにはなってるかなとは思います。

聴いていても“Strangerから“大丈夫”の流れは印象的です。KANEさん(今回のアルバムのジャケットはKANE氏のアートワーク。SDPのグラフィティライター)と会ってリリックが書けるようになったということですが、何か具体的なことがあったのですか?

Ryugo:山梨に『バンコクナイツ』っていう映画を見に行って、そこにすげえいろんな人たちがいたんですけど。みんなが俺たちのことをホメたりとかしてくれてて、号泣しながら帰ったんですよ(笑)。帰りの山梨の高速のパーキングエリアで温かい気持ちになって高まっちゃって……号泣しながら「大丈夫だよ」っていうことを言いたくなった(笑)。

Sophiee:山梨行ったときにKANEさんとかWAXさん(SD JUNKSTA)に会って、KANEさんは前から会って知ってたけど、WAXさんはこのとき初対面で「ゆるふわじゃん!」みたいにすごい温かく迎え入れてくれたんですよね。その山梨の帰り……パーキングに停めた車の中でリューくんがSophieeの方ずっと見て黙ってて。なに? なに? どうしたの? と思って。でもずっと黙ってて、リューくんのその顔を見てたら涙出てきちゃってまずSophieeが号泣して、そうしたらリューくんも号泣しだして。なんでうちら泣いてるんだろう? 1回考えようってなって。これ嬉し涙だって。そっからバーって泣けるだけ泣いて、これ曲作ろうみたいになって。そのとき送られてきていたAutomaticさん(※もうひとりのゆるふわギャング。Ryugo Ishida名義のアルバム『Everyday Is Flyday』から現在のゆるふわギャングのビートまで一貫して手掛けるプロデューサー)ビートでリリックを書いた。そのときSophieeが「大丈夫だよ、大丈夫だよ」ってリューくんにずっと言ってたんです。だから“大丈夫”っていうタイトルをつけた。車を走らせては泣いて、止まって曲書いて、また走らせて泣いて止まって曲書いてみたいな(笑)。

Ryugo:KANEさんと会ったのはいちばんデカかったかな。完璧に変われたっていうか。俺もハタチの頃からずっと自分で店をやったりしていたんですけど、自分がやってきたことを否定され続けてきたんですよね。何やってもダメなんだなぁじゃないけど、自分でこう表現しているのに、けっこうそういうもんなんだな、そっけないなと思っていたんですよ。でもKANEさんみたいに良いって言ってくれる人がいるっていう。それでけっこう変わったかな。ポジティヴなヴァイブスになったというか。いい大人の人たちとちゃんと出会って心を開けるようになったというか、少しづつ柔らかくなってったかなぁなと思います。

そもそもKANEさんとの出会いはいつだったんですか?

Sophiee:去年(2016年)です。

Ryugo:ですね。

Sophiee:なんか夏に、まだゆるふわギャングでアルバムを出すという話にもなっていない時期に、渋谷でリュー君がライヴに呼ばれていて、そのときにもう“Fuckin’ Car”ができてたんで、ライヴで1曲やろうみたいな。そこにゆるふわギャングで出て、そのライヴの後にKANEさんが声をかけてくれて、「いまのヒップホップってこうなんだ!」みたいな。すごい感動してくれたみたいで。目をキラキラさせながら話しかけてきてくれて。その時PE▲K HOUR(KANE氏プロデュースのブランド)の撮影とインタヴューの話をくれたんですよね。

Ryugo:それでモチベーションがバリ上がって……みたいな。そこからふたりでアルバム作っちゃおうみたいな。

Sophiee:うちらは絶対間違ったことしてないっていう、その自信がすごい湧いてきて。一気にそれから曲も書けるようになったよね。それまで良いものは良いみたいにちゃんと言ってくれる大人の人とかに触れ合うことが少なかったから、すごい嬉しかったんですよ。肥後さん(現ゆるふわギャングのA&R)が声をかけてくれた時もそういう感動があって、そういう人たちとずっと、常に一緒にいたいんで、ヴァイブスも下がんないし、好きなことを突き詰めてできるし。曲もそうだし、だからそういう面ですごい変わって。エネルギーを音楽だけに費やせるようになりました。

お話を伺っていると、KANEさんはゆるふわギャングのキーマンかもしれないですね。

車を走らせてるEvery Night
助手席に座る彼女を見てたい
それだけで景色は2倍
目の前あった霧はもう俺は見えない
アクセルはベタブミであける未来
無理な事なんてほら1つもない   
 “大丈夫”

これもRyugoさんのリリックですね。Ryugoさんは「感じたもの」というより「見たもの」を歌っているとお話していますが、これはまさに「見たもの。」すね。僕は「それだけで景色が2倍」というリリックが好きです。人を好きになるってそういうことだなと。

Ryugo:このリリックはSophieeに対してもあるし、Automaticさんに対してもあるけど、いちばんは地元の後輩でふたり捕まってる子がいて。その子たちがWAXさんのことをすごく好きだったんですよ。WAXさんたちに会った帰りに作った曲だし、ここまで来たんだなって思いもあって……だからみんなに対してありがとうじゃないけど……そういう気持ちが一気にパーンってなって、このリリックができましたね。

Sophiee:“大丈夫”に関しては溢れる想いがこもってる。エネルギーがあるから。

“大丈夫”から後半の高揚感はこのアルバムの聴き所のひとつですね。

Ryugo:そうなんですよ。

Sophiee:後半の曲はどんどん高まって……。

Ryugo:前半の曲っていうか、クラウドファンディングで作った曲は、ほぼノリで作ってる曲だけど、それ以外の新曲は全部意味があって作られてる曲というか……。

Sophiee:前半は本当に遊びの延長線上で作った曲っていうか、ブンブンで飛ばしているような曲ばっかだもんね。

Ryugo:“Stranger”“大丈夫”からの流れで“Escape To The Paradise”は爆発したのかな。

“Escape To The Paradise”は後半のクライマックス的な1曲ですね(インタヴュー後この曲を聴き直すと、この曲のフックは筆者にはOASISのリアム・ギャラガーを彷彿させた。自分の感情のままに歌い上げてしまっている感じだ)。これはどのタイミングでできた曲なんですか?

Ryugo:これはいちばん最後です。

Sophiee:最後に完成した曲です。

いつ頃ですか?

Ryugo:年が明ける前ですね。

  Escape To The Paradise 
  ぶっ飛びたい
  Escape To The Paradise
  これじゃいけない
  Escape To The Paradise
  ドア叩きな
  Escape To The Paradise
  抜け出しな
 “Escape To The Paradise”

ゆるふわギャング "Escape To The Paradise"

……となるとこのアルバムはちょうど2016年下半期の半年間で作り上げた感じですね。長い時間お疲れ様でした。最後にアルバム・タイトル『Mars Ice House』について伺いたいです。

Ryugo:『Mars Ice House』は……宇宙が好きで宇宙の博物館みたいなとこに行って……。

Sophiee:森美術館でやってて(※宇宙と芸術展)。そこにあった夫婦がつくった模型みたいな……。

Ryugo:美術品のタイトルが『Mars Ice House』(※「火星の氷の家。。2015年秋にNASA主催で行われた宇宙探査のための3Dプリント基地考案プロジェクトで優勝した、日本人建築家曽野正之・祐子両名含むニューヨークの建築家チームによる作品)。

Sophiee:火星に人が住めるようにするために研究するラボみたいな、火星移住計画の模型なんですよ。その夫婦ふたりともうふたりで火星で人が住めるように研究するみたいなプロジェクトで。うちらがやっているようなことと似てるなと思って。それにめっちゃくちゃ食らったんですよね。その模型を盗んで帰りたかったくらいなんですけど(笑)。ヤバかったよね。

Ryugo:うん。だから……そうですね。俺たちのプロジェクトにみんなを乗っけて、みんなを俺たちの曲のなかに住ましてあげるっていう(笑)。『Mars Ice House』は夫婦とプロデューサーの4人のチームの作品なんですけど、うちらもAutomaticと……。

Sophiee:肥後さんを入れて4人で。

Ryugo:作品を見たときうちらはまだ3人でしたけど、『Mars Ice House』を見ていて4人のプロジェクトだと気付いて、4人の力ってすごいんだなと思ったんですよ。それからすぐくらいに肥後さんと会った。

そしてジャケットはこのインタヴューでもキーマンとして登場するKANEさんの作品ですね。

Sophiee:KANEさんの絵はエネルギーが出てるのが見えるんですよね。目で。キラキラがすごい出てる。

Ryugo:元々はアートブック(クラウド・ファンディングの出資者へのリターンとして作られた)用に提供してもらった作品だったんですが、KANEさんとの出会いから全部アルバムに繋がったっていうのもあって、ジャケットにさせて貰いました。

Sophiee:ジャケットにさせて下さいって。

Ryugo:あとジャケットにはクラウドファンディングで投資してくれた人たちの名前が入ってます。だからいろんな人のパワーが詰め込まれてるアルバムというか。

Sophiee:投資してくれた人にはすごい感謝してます。

では、この作品について最後に締めの一言をお願いします!

Ryugo:いい意味でぶっ壊したかなとは思います。

Sophiee:うん。ぶっ壊した。

何をぶっ壊したと思いますか?

Ryugo:それは聴いてみて下さい。

オッケーです。ありがとうございました!

Shobaleader One - ele-king

 スクエアプッシャー率いる超絶技巧バンド、ショバリーダー・ワン。3月8日にアルバム『Elektrac』をリリースしたばかりのかれらが、昨日3月23日、ボイラー・ルームにてライヴをおこないました。そのときの映像が YouTube に公開されています。いやー、バカテクですね。来日公演が楽しみです。下記よりチェック。

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ライヴ・バンドのコンセプトを根底から改革すべく、スクエアプッシャーが招集した、凄腕ミュージシャンたち:STROBE NAZARD(キーボード)、COMPANY LASER(ドラム)、ARG NUTION(ギター)擁するショバリーダー・ワンが3月23日23時にBOILER ROOMに登場! 衝撃のパフォーマンスを披露します!

Shobaleader One @ Boiler Room
https://blrrm.tv/squarepusher

東京公演が即日完売で大きな注目を集めるジャパン・ツアーはいよいよ3週間後! 大阪公演も完売ペース! 東京公演のチケットをゲットできなかったファンは名古屋へGO!

スクエアプッシャー率いる超絶技巧バンド、ショバリーダー・ワン待望のデビュー・アルバム『Elektrac』は、3月8日日本先行リリース! 国内盤2枚組CD(ブックレット付の特殊パッケージ)には、オリジナルのシースルー・ステッカーが封入される。またスペシャル・フォーマットとして数量限定のTシャツ付セットも販売中。

label: Warp Records / Beat Records
artist: Shobaleader One ― ショバリーダー・ワン
title: Elektrac ― エレクトラック
cat no.: BRC-540
release date: 2017/03/8 WED ON SALE(日本先行発売)
初回生産特殊パッケージ
国内盤2CD(¥2,500+税):オリジナル・シースルー・ステッカー/解説書 封入
国内盤2CD+Tシャツセット(¥6,000+税)

Nuno Canavarro - ele-king

 これは朗報。1988年に〈Ama Romanta〉からリリースされ、1998年にジム・オルークが自身のレーベル〈モイカイ〉からリイシューしたことで一躍脚光を浴びたポルトガルのキイボーディスト、ヌーノ・カナヴァーロのあまりにも早すぎた名盤『Plux Quba』が3月19日に改めてリイシューされた。『AMBIENT definitive 1958-2013』でも「1988」のページにどかんと取り上げられているこのアルバムは、オリジナル盤はもちろんリイシュー盤の方も長いこと入手困難な状態にあったので、これは嬉しいニュースである。今回の再発盤もいつ売り切れてしまうかわからないよ。いますぐレコ屋に走ろう。

1998年にジム・オルークのレーベル〈Moikai〉より再発された、ポルトガルの音楽家ヌーノ・カナヴァーロによる音響エレクトロニカの大傑作『Plux Quba』が再・再発決定!


1988年にひっそりとリリースされ、その10年後1998年にジム・オルークのレーベル〈Moikai〉より再発されたポルトガルの音楽家ヌーノ・カナヴァーロによる音響エレクトロニカの大傑作『Plux Quba』。その再発盤も長らく廃盤となり、コアなリスナーの間で神話のような地位を築いてきたこの不朽の傑作が再びCD盤で発売される(※2015年に〈Drag City〉よりヴァイナルで再発)。

1988年にポルトガルのレーベル〈Ama Romanta〉よりひっそりとリリースされた本作がなぜ名作として世に知られたのか? その背景には興味深いいきさつがあった。1991年頃ドイツ・ケルンで、レコードショップ兼レーベルの〈A-Musik〉周辺の主要人物: Jan St. Wener (Mouse On Mars)、C-Schulz、Frank Dommert (〈sonig〉レーベル運営)、George Odijk (〈A-Musik〉創設者)たちと、Jim O'Rourke と Christoph Heemann らが一緒にいた時に、Heemann がポルトガルから持ってきた『Plux Quba』と書かれた謎のレコードを聴いていた。誰もポルトガル語が分からなかったためそれがグループ名なのか、アルバム名なのか、レーベル名なのか不明だったが、ミニマルで、穏やかで、メロディアスなアブストラクト・サウンドは、これまでに聴いたものとは完全に異質で、彼らは強い好奇心を示したという。何か参照になるものがあるかと試みると、クラウトロックや実験~即興音楽の最先端のすべてが詰め込まれていながらも、とらえどころが無く、電子音楽のパイオニア Robert Ashley の後期作品との類似点を彷彿させながらも、それは思い違いだと気づくだろう。

90年代後半より広がりを見せたエレクトロニカ~音響シーンを予言するような本作は、88 年では早すぎた内容だったが、幸運にも1998年に〈Drag City〉傘下の Jim O'Rourke のレーベル〈Moikai〉より再発され(リマスタリングはポルトガルの音響アーティスト Rafael Toral が担当)、名作としてコアなリスナーたちに語り継がれ、その後のエレクトロニカ~音響シーンにも影響を与えている。

★2010年に出版されたディスク・ガイド『裏アンビエント・ミュージック 1960-2010』では〈裏1988年〉を代表する1枚に選出。
★2015年に〈Drag City〉より再発されたアナログ盤は、その年の『Fact Magazine』「The 25 Best Reissue」の6位に選出。

発売日:2017年3月19日(日)
品番:PDIP-6569
アーティスト:Nuno Canavarro(ヌーノ・カナヴァーロ)
タイトル:Plux Quba(プラックス・キューバ)
フォーマット:国内盤CD
本体定価:2,300円+税
バーコード: 4532813535692
発売元:p*dis / Inpartmaint Inc.
◎ライナーノーツ付き(解説:松村正人)

トラックリスト:
01. (Untitled)
02. Alsee
03. O Fundo Escuro De Alsee
04. (Untitled)
05. (Untitled)
06. (Untitled)
07. (Untitled)
08. Wask
09. (Untitled)
10. Wolfie
11. Crimine
12. Bruma
13. (Untitled)
14. Cave
15. (Untitled)

https://www.inpartmaint.com/site/19570/

Syd - ele-king

(小川充)

 2016年はジ・インターネットとしての作品リリースはなかったが、その中心人物でリード・シンガーであるシド・ザ・キッド(シドニー・バーネット)の活動は精力的だった。昨年から今年にかけてリリースされたものでも、ケイトラナダ、ジェシー・ボイキンス3世、ヒュー・オースティン、コモン、リトル・シムズ、キングダムなど、いろいろなアーティストの作品に参加している。タイラー・ザ・クリエイター率いるオッド・フューチャー出身のシドは、もともとプロデューサー/DJとして頭角を現わしてきたのだが、マット・マーシャンズ(マシュー・マーティン)と組んだオルタナR&Bユニットのジ・インターネットで初めて歌を歌い、その成功によって今ではシンガーとしての活動に重きを置いている。

 ジ・インターネットは2011年に『パープル・ネイキッド・レディーズ』でアルバム・デビューするが、2013年のセカンド・アルバム『フィール・グッド』では生演奏のバンド・スタイルへと移行し、ソウル/ファンクやジャズ/フュージョン、ブギーの要素が強くなった。この頃からライヴも活発におこない、2015年のサード・アルバム『エゴ・デス』にはロナルド・ブルーナー・ジュニアやサンダーキャットの兄弟でもあるジャミール・カーク・ブルーナーなど、ミュージシャンも多く参加したバンド・サウンドを確立している。グラミーにもノミネートされた『エゴ・デス』リリース後は、ツアーの合間に新作の準備に取り掛かるとともに、シドの外部客演に見られるように、メンバーそれぞれのソロ活動も動き出した。そうして今年の頭、シドがソロ・シンガーとしての初アルバム『フィン』を発表するのとほぼ時を同じくして、マット・マーシャンズがファースト・ソロ・アルバム『ザ・ドラム・コード・セオリー』、ギターとベースのスティーヴ・レイシー(1970年代に活躍したフリー・ジャズのサックス奏者とは同名別人)が初のミニ・アルバム『スティーヴ・レイシーズ・デモ・EP』をリリースした。スティーヴ・レイシーは『フィン』と『ザ・ドラム・コード・セオリー』にも参加し、シドは『ザ・ドラム・コード・セオリー』でも1曲歌っているのだが、ジ・インターネットとはまた別の形でそれぞれの表現をおこなったものとなっている。

 『フィン』はジ・インターネットと同じく〈コロンビア〉からのリリースということで、ある程度メジャーを意識した作品である。ビヨンセと組むメロー・Xやヘイズバンガ、カニエ・ウェストやジェイ・Zと組むヒット・ボーイ、ケンドリック・ラマーと組むラーキなどのプロデューサーの起用にそんな一端が窺える。とは言っても、シドの持味であるクールでアンビエントなテイストが出ており、バンド化する以前のエレクトリックなジ・インターネットの『パープル・ネイキッド・レディーズ』に近い雰囲気である。もともとはほかのアーティストへの楽曲提供としていろいろ曲を書き貯めていくなか、自身のアルバムの構想が芽生えたそうだ。シド自身がプロデュースと作曲を手掛ける以外に、アンソニー・キルホファーほか前述の外部プロデューサー陣と曲ごとにコラボし、またジ・インターネットのスティーヴ・レイシーと、『エゴ・デス』にも参加して重要な役割を担ったニック・グリーン(ニッキー・デイヴィ)が曲作りに関わっている。リード・シングルの“オール・アバウト・ミー”はスティーヴ・レイシーのプロデュースで、ドレイクあたりに通じるメジャー感のあるR&Bナンバー。ティンバランドを彷彿とさせるビートを現在のトラップへと発展させたような曲だが、シンセなどでエキセントリックな味付けを加えているのがスティーヴの腕前で、ジ・インターネットのメンバーのなかでも最年少という彼の、今後の活躍を予感させる曲だ。同じくスティーヴ参加の“ダラー・ブリス”は、彼のギターがアクセントとなったポップなテイストの作品。同じくポップななかにトリッキーさを見せる“ノウ”はニック・グリーンが手掛けており、ティンバランドを彷彿とさせるプロダクションとアリーヤを想起させるシドの歌が好マッチを見せる。“ナッシン・トゥ・サムシン”や“ゴット・ハー・オウン”、そして“ボディ”や“オーヴァー”では、シドならではの覚醒感に満ちた世界を展開している。クールでエレクトリックなプロダクションが真夜中のチル・アウトなムードを見事に表現しているが、特にメロー・Xと組んだ“ボディ”はFKAツイッグス×アルカ、ケレラ×キングダムといった名コラボに匹敵する出来栄えだ。メロウやジャジーということでは、“スマイル・モア”や“インセキュリティーズ”が抜きんでている。これらはジ・インターネットで培った生演奏がバランスよく配合されており、“インセキュリティーズ”にはロバート・グラスパーも客演している。

 『ザ・ドラム・コード・セオリー』と『スティーヴ・レイシーズ・デモ・EP』は、〈スリー・クォーター〉というレーベルからの配信限定リリースで、『フィン』に比べてより個人の趣味性の高い作品である。『ザ・ドラム・コード・セオリー』はドラムのほか、多種の楽器を扱うマルチ・ミュージシャン/プロデューサーで、イラストレーターでもあるマットの多才ぶりが表われた作品で、スティーヴ・レイシー、シド、タイラー・ザ・クリエイターら仲間が一部に参加するものの、ゲストは最小限に留めて、自宅スタジオで好きなように作ったミックス・テープやビート・テープに近い形態。“スペンド・ザ・ナイト/イフ・ユー・ワー・マイ・GF”や“サザン・アイソレーション”のように、生ドラムやパーカッションと電子ビートを巧みに融合させたトラックメイカーという部分と、“ダイアモンド・イン・ダ・ラフ”や“ホワット・ラヴ・イズ”に見られるバンド/ミュージシャン的な部分がミックスされている。ただ、“ダイアモンド・イン・ダ・ラフ”も“ホワット・ラヴ・イズ”も、前半と後半で曲調がガラっと変わり、全く異なるふたつの曲を強引にひとつに繋ぎ合わせた構成だ。こうした変則的な曲が多いのも本作の特徴で、そのあたりにマットのエキセントリックさが表われている。シドとスティーヴ・レイシー参加の“デント・ジュセイ”は、比較的ジ・インターネットの作品に近いものの、途中でブッツリと途切れてしまい、あとはストリートでの会話が延々と続いていく。電子ファンク・サウンドの“ホエア・アー・ヨー・フレンズ”や“ベイビー・ガール”など、コズミックな質感とコミカルな質感が同居するのはPファンク的でもあり、自身で手掛けたジャケットのアートワークにも通じている。レイジーなソウル・ミュージックとしての骨格を持ちながらも、テープの逆回転などを用いた“ダウン”のように、至るところで音遊びや音楽実験をやっている印象だ。こうした前衛的な音楽実験を経ていくなか、いろいろと整理をおこなって分かりやすくし、ポップ・ミュージックへと完成させていったのがジ・インターネットの作品とすると、その原型ともなる部分をカットしたり希釈せず、ダイレクトに形にしていったアルバムが『ザ・ドラム・コード・セオリー』ではないだろうか。

 『スティーヴ・レイシーズ・デモ・EP』は2分前後の曲を6つ収めた小作品で、文字どおり完成前のデモ的な意味合いが強いもの。そうしたなかでもスティーヴの才能の片鱗を見せており、特にソングライター、メロディ・メイカーとしての能力がとても優れていることを窺わせる。ギタリストとしての能力を生かした曲が多く、“サム”あたりを聴くと、彼がジ・インターネットで果たす役割がとても大きいことがわかるだろう。この“サム”はカーティス・メイフィールドからプリンスの影響を窺わせるところもあるが、そのほかスライ・ストーンやシュギー・オーティスあたりを連想させる“ルックス”や“ダーク・レッド”、ディアンジェロのドープなところを抽出したような“サングス”などが並ぶ。ソウルやファンクのアーシーで骨太な側面を見せる一方、“ヘイターラヴィン”はオルタナ・ロックやニュー・ウェイヴ的な作品で、スティーヴの実験的な部分が表われている。ブラック・ミュージックだけではない彼のフィールドの広さを示す好例だろう。なお、この後にもジ・インターネットのドラマーのクリストファー・スミス、ベースのパトリック・ペイジ2世のソロ・アルバムも予定されており、それらがリリースされてから満を持してジ・インターネットのニュー・アルバムを完成させるという。ソロ作でそれぞれのスキルを高めていき、それが集まった先にジ・インターネットのさらなる進化をヴィジョンしているようだ。

小川充

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(野田努)

 ブリアルの初期の作品ではR&Bサンプルが効果的に使われているが、彼がR&Bのコレクターというわけではない。その点が基本自分たちが好きなモノを使っているであろう『ブルー・ラインズ』におけるサンプリング・リストとは違っていて、また、コマーシャルなR&Bが真夜中の幽霊の歌声にもなるという実験はさすがのマッシヴ・アタックも手を付けていない。このブリアルのR&Bサンプリング・メソッドを継承したのが初期のジェイムス・ブレイクなわけだが、それから5~6年を経てからの、最近のフランク・オーシャンやソランジュといった“オルタナティヴR&B”は、音の開拓/実験にもぬかりはない。いまR&Bはアンダーグラウンド・ミュージックのカッティングエッジなセンスをティンバランドの時代よりも意欲的に取り入れているように見える。そのひとつの契機を探せば、ヒップホップのなかにパンクとチルウェイヴを混入したLAのオッド・フューチャーが思い当たる。オーシャン同様にそのメンバーのひとりで、そして当時はまだ10代だったのが彼女、シド・ザ・キッド(シドニー・ベネット)である。

 タイラー・ザ・クリエイターの『ゴブリン』(2011年)で歌い、最近ではコモンの『Black America Again』でも歌っている彼女は、スライ&ロビーやシャバ・ランクスとも共作しているほどのキャリアを持つジャマイカのプロデューサー、マイキー・ベネットを叔父に持ち、10代の頃からスタジオ・プロダクションを学んでいたという。オッド・フューチャーを去ったシドは、ジ・インターネットのヴォーカリストとして活動していたが、先日、最初のソロ・アルバムとなる『フィン』を発表。24歳となった彼女は、何人かのサポートを得ながらも、歌からプロダクションまでのほとんどを自分で手掛けている。

 『ブルー・ラインズ』がやがてトリッキーによるニアリー・ゴッドへと展開したように、『フィン』はより深く地下街を彷徨しながらも、そしてエロティックだ。ゲイの女性がセックスを題材にしていることも作品の特徴のひとつだという話だが、歌詞を理解せずともエロさは伝わってくる。が、注意しなければならないことは、彼女が旧来の世界が望むジェンダーを拒絶している(ジャケやブックレットの写真からもわかるように)、ということである。
 そして、アルバムにはなかなかの暗闇が広がっている。エッジの効かせ方とその甘美さにおいてFKAツイッグスと似ている側面もある。しかし、シドはさらに甘い。歯医者から甘い物は控えろと言われたとしても、1曲目の“Shake Em Off”の最初の4小節で彼女の世界に引きずり込まれるだろう。まあ、5曲目の“All About Me”までは完璧な流れで、トラップを崩した感じの“Know”、ベースとアトモスフェリックな電子音で構成される“Nothin To Somethin”など、次から次へとメロウかつ洗練されたミニマリズムが展開される。ネオソウル的でキャッチーな“Smile More”、6lackの瞑想的なライムをフィーチャーしたトラップの“Over”も悪くはないし、最後までベースだけで引っぱる“Body”は目玉の1曲である。
 R&Bにありがちな歌い上げてしまうところはない。紋切り型に陥ることなく低空飛行を最後まで貫き、その低さでもって魅了する。2016年のR&Bに顕著だった政治的なステイトメントは見あたらない。この1ヶ月、ひたすらよく聴いていたのがシドの『フィン』だった。


野田努

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