「K A R Y Y N」と一致するもの

Jameszoo - ele-king

 ジェイムスズーとは何者なのだろうか。本名、ミシェル・ファン・ディンサー。オランダ南部の町デン・ボス出身のプロデューサー/トラック・メイカーであること、前衛ジャズやプログレ、クラウトロック、実験的エレクトロニック・ミュージックといったジャンルのバックグラウンドを持っていることくらいしかいまのところはわからない。もっともこれだけわかっていれば、充分であるとも言えるかもしれない。なにより音源さえあれば本人のプロフィールなんて二の次だ。

 彼は〈ブレイン・フィーダー〉からリリースされたこのデビュー・アルバム以前にも何枚かのepを出しているが、もちろんそれらを聴いたのも『フール』を知ってから。僕にとってこの『フール』がジェイムスズーとの初対面だった。
 そして、この初対面でジェイムスズーの実像を掴みとることはできなかった。むしろ、さらに謎に包まれたと言ってもいい。初体験の『フール』から読み取ることができたのは、彼の提示する「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」(ジェイムスズー自身による呼称)が最先端の音であるということと、このアルバムに参加しているミュージシャンたち、とくにニルス・ブロースとジュリアン・ザルトリウスがクレイジーなプレイヤーであるということだった。彼の音楽性が多岐に渡っていることもよくわかる。しかしながらこのアルバムにおいてジェイムスズー個人の存在感を意識することはほとんどない。まるでリーダーが不在であるかのような感覚を抱いてしまうのだ。

 このアルバムにはふたりのドラマーが参加している。ホセ・ジェイムズやフライング・ロータス、シネマティック・オーケストラのスチュアート・マッカラムらの作品に参加しているUKのドラマー、リチャード・スぺイヴンとコリン・ヴァロン・トリオなどで活躍しているジュリアン・ザルトリウスだ。僕はこのアルバムを聴くまでリチャード・スぺイヴンがメイン・ドラマーとして参加しているものだと思い込んでいたのだが(数少ないジェイムスズー・クインテットのライヴ動画では彼が叩いている)、『フール』において彼の乾いたマイネル・シンバル・サウンドを聴きくことはなかった。
 それもそのはずで、リチャード・スぺイヴンの参加曲は“ワロング”のみで、その他のドラムが入っている曲はすべてジュリアン・ザルトリウスが叩いている。“ワロング”のクレジットには両名の名が記されているので、実質ドラム・パートはほぼジュリアンが担当しているのだろう。
 これにはたまげた。コリン・ヴァロン・トリオや自身のソロを聴き、彼がエレクトロ・ミュージックからの影響を受けたフリーキーなプレイをすることは知っていたが、ここまでビート・ミュージックと親和性が高いドラミングをするプレイヤーだとは思っていなかった。例えば、アルトゥール・ヴェロカイが参加する“FLU”では、思わずリチャード・スぺイヴンが叩いているのではないかと錯覚してしまうほど、グリッドに正確で直線的なドラミングをしている。
 さらに、曲の後半ではダイナミクスのあるプレイを展開し、最後は三連符の激しいスネア・フィルによって熱を帯びたセッションに終止符を打つ。ビート・ミュージックに対してジャズ・ドラマーとしてのアプローチをしかける、最高にクールなプレイだ。また“ミート”や“ザ・ズー”においては、彼の特徴であるプリペアド・ドラム的なサウンドが聴こえてくる。スネアやタムの上にシンバルやゴングを乗せて叩くことで、よりエフェクティヴなドラム・サウンドを作り出すのは、とくビート・ミュージック系のジャズ・ドラマーたちがよくやることなのだが、ジュリアン・ザルトリウスはマシン・ビートを生音で再現するというよりも、プリペアド・ドラムそのものを聴かせるような発想があるように見える。
 つまり基準がマシン・ビートではなく、あくまでもアコースティック・ドラムなのである。だからこそ、このアルバムへの参加が意外だったのであるが、蓋を開けてみればエレクトリックにより過ぎない彼のドラミングが、「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」サウンドの構築に大きく貢献しているのだ(ドラムの音もあまり機械的な加工がされていないように聴こえる)。

ジュリアン・ザルトリウスによるソロ・パフォーマンス。

 また、キーボードとして参加しているニルス・ブロースも「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」サウンドの根幹を担っていると言ってもいいだろう。彼はジェイムスズーと同じくオランダ出身であるようだが、『フール』の参加以外はカイトマン・オーケストラなどに参加しているミュージシャンであるようだ。アルバム(日本盤のボーナストラックも含め)全12曲中10曲もクレジットされており、ジェイムスズーからの信頼が厚いことがうかがえるが、“FLU”で突如として挟み込まれるシンセサイザーの恍惚的なフレーズや、浮遊感のあるウーリッツァーのバッキング、“ザ・ズー”の前半部分におけるフリーキーでエッジー、そして時折メロウな一面を見せる彼のプレイはかなり印象的だ。“クランブル”でのハーモーニーと手数で攻める超絶技巧的な演奏もさることながら、スキット扱いの“NAIL”でみせるインプロヴィゼーションのほとんどない構築的なプレイも美しい。シンセサイザーのクレジットではミシェル・ファン・ディンサーとの連名になっている楽曲が多いので、先に挙げた“FLU”のフレーズはジェイムスズーの演奏によるものである可能性もあるが、ニルス・ブロースの存在なしでは『フール』のサウンドは成り立たなかったであろう。彼のジャズ・ミュージシャンとしてのスキルは、このアルバムが〈ジャズ〉であることに大きく貢献している。

ニルス・ブロースによるソロ・パフォーマンス。

 注目すべきプレイヤーはジュリアン・ザルトリウスとニルス・ブロース以外にもいる。このアルバムにインスピレーション元となったというアルトゥール・ヴェロカイとスティーヴ・キューンの参加は、ある意味で異質な要素として印象的であるし、“ミート”でのサンダーキャットことステファン・ブルーナーが、もはやベースを弾いているとは思えない超絶技巧を披露するのもにやけてしまう。サックス奏者であるジョン・ダイクマンのフリーキーなプレイや、サンダーキャット以外にも4人いるベーシストの異なるプレイなど、演奏面においての聴きどころが数多くある。しかし、これはあくまでもジェイムスズーの作品だ。彼を忘れてはならない。

 先ほど『フール』においてジェイムスズーの存在は意識されないと書いたが、それはプレイヤーとしての存在が意識されないという意味である。クレジットを見れば、それがよくわかるだろう。ジェイムスズーことミシェル・ファン・ディンサーのプレイヤーとしての参加はシンセサイザーのみで、“NAIL”や“ティース”では参加すらしていない。参加曲においても彼のプレイが前面に押し出されるような箇所はほとんどなく、いやもしかしたらあるのかもしれないが、先述したようにニルス・ブロースとクレジットが被っている場合がほとんどなので、判別するのが困難なのである。彼は『フール』に収録されているほとんどの楽曲を作曲してはいるが(“ザ・ズー”はスティーヴ・キューン「Pearlie’s Swine」のカヴァー。何曲かはニルス・ブロースらとの共同名義になっている)、楽曲の中での彼は決してリーダー的なプレイをしていない。リーダー不在のセッションなのである。これはマリア・シュナイダーのようなジャズ作曲家のような視点で捉えられることも、ジェイムスズーの肩書そのものであるプロデューサーとしての視点で見ることもできる。彼はプレイヤー同士のセッションを内側からではなく外側から見ることによって、この奇妙な「ナイーヴ・コンピュータ・ジャズ」を作り上げているのである。

 『フール』には妙な空白がたびたび現れる。例えばそれは曲と曲の間であったり、曲中でぶつ切りのように現れたり、とにかく妙なタイミングで現れる。『フール』の締めくくりである“ティース”の最後でも、妙な空白の後に突如としてセッションの一部分が挿入されるが、このようなエディットは彼がジャズ・ミュージシャンではないからこそ可能なのであろう。リーダーの不在や奇妙なエディットによって、『フール』はジャズ・ミュージシャンが演奏するジャズでない何か別の音楽になっている。それは近年の〈ブレイン・フィーダー〉がリリースしてきた諸作品と共通する点であり、ジャンルに縛られることのない最先端の音楽なのである。
 油性絵の具を塗りたくられたジェイムスズーがこちら側を向いている『フール』のジャケットは、彼がセッションのなかで匿名性を示したことと何か関係性があるように思える。参加ミュージシャンのクレジットを隅々まで読みこもうとするジャズ・リスナーにとって、ジェイムスズーが何者であるかを理解することはできないだろう。

Lorenzo Senni - ele-king

  去る10月11日、UKの名門レーベル〈Warp〉は、ミランを拠点に活動しているサウンド・アーティスト、ロレンツォ・セニ(Lorenzo Senni)と契約を交わしたことを発表した。まだ具体的なリリース予定などは明らかにされていないが、契約を記念した招待制パーティの日程が公開されている。
 1983年生まれのロレンツォ・セニは、これまで〈Editions Mego〉や〈Boomkat Editions〉などから作品をリリースしており、昨年の4月11月には来日公演もおこなっている。これまでに二度『FACT』誌の年間ベスト・アルバム50にアルバムが選出されたり、アクトレス(Actress)のミックスCD『DJ-Kicks』にトラックがフィーチャーされたりと、すでに各所からの評価は高い。また彼は、自身の主宰するレーベル〈Presto!?〉からフロリアン・ヘッカー(Florian Hecker)やシェラード・イングラム(DJ Stingray)、ゲイトキーパー(Gatekeeper)などの作品をリリースしており、キュレイターとしての眼識も併せ持っている。
 〈Warp〉は昨年、エヴィアン・クライスト(Evian Christ)やケレラ(Kelela)、ラファウンダ(Lafawndah)といった新世代をファミリーに招き入れ、今年に入ってからもダニー・ブラウン(Danny Brown)やガイカ(Gaika)と契約を交わすなど、近年は主にベース・ミュージックやヒップホップ方面の開拓に力を注いできたが、実験的な電子音楽家であるロレンツォ・セニとの今回の契約は、ある意味で本流回帰的な側面もあり、同レーベルの今後を占うものでもあるだろう。
いつも少し遅い。だがそれゆえポイントは外さない。それが〈Warp〉のやり方である。

LORENZO SENNI LIVE DATES

OCTOBER
14 – Glasgow, GB @ RBMA Numbers, The Savings Bank
24 – Montreal, CA @ RBMA, Olympic Pool
27 – New York, NY @ Umbrella Factory

NOVEMBER
6 – Turin, IT @ Warp To Warp, Club To Club Festival
10 – London, GB @ LN-CC (Launch Party)
19 – Milan, IT @ Dude Club (Launch Party)

AHAU - ele-king

最近作業中に聴いていた音楽の中から

AHAU(tomoaki sugiyama)
グラフィックアーティスト、グラフィックデザイナー
1976年横須賀生まれ、東京在住
https://www.instagram.com/ahau_left/

10月16日から、BnA HOTEL Koenjiで展示します。
16日にオープニングパーティーやります。
ぜひ遊びに来てください。


Ahau Exhibition
“The Flyer”巡回展
BnA HOTEL Koenji
2016.10.16[sun] - 11.5[sat]
19:00 - 24:00
Entrance Free
※Close 10.29[sat]、10.30[sun]

Opening Party
10.16[sun] 18:00 - 22:00
LIVE
cinnabom + ARATA(チナボラータ)
DJ
MOODMAN
MINODA
Sports-koide
-----
Sunday Afternoon Party
10.23[sun] 14:00 - 22:00
DJ
ヤマベケイジ
Q a.k.a. INSIDEMAN
pAradice
弓J
nnn
町田町子
ぬまたまご部長
来夢来人
-----
Closing Party
11.5[sat] 14:00 - 22:00
DJ
bimidori
THE KLO
do chip a chi
Sports-koide
otooto22
hitch
LIVE
HELIOS
-----

BnA HOTEL KOENJI
https://www.bna-hotel.com
東京都杉並区高円寺北2-4-7
(JR Koenji Station - 30 seconds)
2-4-7 Koenjikita, Suginami, Tokyo, Japan 166-0003

 ミュージック・テープスを追っかけて早20年。1996年、初めてLAで見たショーはまだはっきり覚えている。アップルズ・イン・ステレオ、オリヴィア・トレマー・コントロール、そしてミュージック・テープスというラインナップだった。
 当時のミュージック・テープスのメンバーは、ジュリアン、アンディ(マシュマロー・コースト)、ジェレミー(ハック・アンド・ハッカショー、ニュートラル・ミルク・ホテル)。アップルズ・イン・ステレオは知っていたが、時間もわからないので、早めに来た。最初のバンド(=ミュージック・テープス)を見て、いままでにない衝撃を受けた。中心人物(=ジュリアン)は、バンジョー、ノコギリ、トランポリン、ギターなど様々な楽器(のようなもの)を演奏し、まるでチンドン屋と遊園地を合体させたようなカラフルなショーで、温かい気分になる。ショーが終わり、まったく会話にならないなりに(英語が喋れない)、どれだけ良かったか、衝撃だったかを説明し、向こうも全身で喜びを表現してくれ、気がついたら彼らの住むジョージア州、アセンスに来ていた。
 彼らと寝食を共にし、生活を知り、夢を具体的に語ってくれた。移動遊園地のサーカス・テントで、シアトリカルなショー(=オービティング・ヒューマン・サーカス)を実現すること。

 ミュージック・テープス(=ジュリアン・コスター)は、すでに5回以上、このオービティング・ヒューマン・サーカスを公演している。その間、ジュリアンは、ララバイ・キャロリング・ツアー、人の家でクリスマス・キャロルを演奏するツアーをしたり(著者は2回参加)(https://vimeo.com/33672614)、無音映画で演奏するワードレス・ミュージック・オーケストラにミュージックソウ奏者として参加したり(https://www.wordlessmusic.org/blancanieves-2012/)、ニュートラル・ミルク・ホテルのリユニオン・ツアーに参加したり(https://pitchfork.com/news/47783-neutral-milk-hotel-reunite-for-tour/)、ちなみに、ニュートラル・ミルク・ホテルの『In The Aeroplane Over The Sea』は1998年リリースに関わらず、10年後の2008年にはもっとも売れたヴァイナル・アルバムの6位に入り、『NME』ではオールタイム・ベストアルバムの98位にランクインしている。
 そんななか、ジュリアンは確実に自分のサーカス・プロジェクトを進行させ、去年の夏は、ハドソンリバー・パークでメリーゴーラウンドでのショーを開催した。

 今回はポッドキャストになって登場。たまたま地下鉄で、メンバーにばったり会い、今回のプロジェクトを教えてもらった。

https://www.orbitinghumancircus.com/

 エピソードは、10/12にスタート、2週間に1回水曜日に配信で、2月の末まで続く。11/9からツアーがはじまり、11/18にはNYにやってく来る。
「ジュニター(門番=ジュリアン)を中心に繰り広げられるオービティング・ヒューマン・サーカスの世界。神秘的に歌う鳥、トロンボーンを演奏する北極グマ、合法な時間旅行(いえ、本当に)、そして、並外れた展示達が貴方を迷わせる」
 2016年11月、周りの雑音から離れて、このマジカルな世界を体験してみよう。ジュニターの切ない摩訶不思議な世界は、現実の世界への新しいアイディアを届けてくれるようだ。

https://www.orbitinghumancircus.com/phone/the-music-tapes.html

Noname - ele-king

 人と音楽の話をするのは苦痛でしかない。感じ方がこうも違うかと思うと、言葉もあんまり出てこない。流行の音楽というのはとてもありがたいもので、現象だけをとりあげて適当にバカにしていれば、その場はたいていやり過ごせる。そして家に帰って、まったく違う音楽を聴いている。昨日も今日もそんな感じだった。明日もきっと同じだろう。この世界にそうじゃない人がいるとは思えない。いるとしたら、それは流行の音楽を聴いている人だろう。そんな人になれたらよかったのに。第一、音楽を探す必要がない。

「大人に気に入られたい子ども」のような感じがしてしまい(偏見!)、どうしてもチャンス・ザ・ラッパーに心が動かない。「はい、よくできました」という感想が脳のそこかしこから湧いては消え、消えてはISのテロリストのようにまた現れる。そう、チャンス・ザ・ラッパーは類まれなる破壊力に満ちている。シカゴ市長に表彰されてしまうなんて、とてもサウス・サイドのラッパーたちにはできないことである。主婦2.0のように育ちを活かして何が悪いのかと。しかも、そのあげくに彼はノーネーム・ジプシーをフック・アップし、この世界に解き放ってしまったのである。図書館で詩を朗読していたファティマ・ワーナー(Fatimah Warner)をその気にさせてしまい、同じシカゴのミック・ジェンキンズやマイアミのジェシー・ボーイキンズ3世のアルバムに参加してきたノーネーム・ジプシー改めノーネームは7月にフリーでデビュー・ミックステープ『テレフォン』のダウンロードを開始した。

https://mixtapemonkey.com/1914/noname-telefone

 これが、なんというか、どうもラップを聴いている気がしない。最初に思い出したのはアリソン・スタットンで、YMGやウイークエンドがミニー・リパートンをダークにカヴァーしたら、こうなるかなと。繊細なピアノとザイロフォンがその儚げなムードをさらに引き立てる。何度か聴いていると、彼女の声は実に醒めていて、そのせいで温度が上がらないのかなとも思えてくる。挑発的なところもまったくなくて、自分の声に酔っていないというのか、ソウル・ミュージックの様式性を嫌っているとさえ思ってしまう。小さい頃からハウリン・ウルフやバディ・ガイを聴いて育ったというファティマ・ワーナーは、しかし、複数のヒップホップMCやソウル・シンガーを起用する一方、ニーナ・シモンをサンプリングしたりも。

「あなたがイーザスになれた時は……」などという歌詞はやはりカニエ・ウエストを皮肉っているんだろうか。そして、自分の葬式だったり、中絶される赤ちゃんの視点でラップしたりと、全体に死を多く扱った歌詞は(genius.comなどで)読めば意味はわかる。しかし、英語だというだけで、その中に深く入り込んでいく感覚は得られない。いくつかのレヴューで、母と、そして祖母の物語を彼女は織り込んでいるとも書かれている。そこで、意訳のつもりで、藤本和子『ブルースだってただの唄 黒人女性のマニフェスト』(朝日新聞社)を読みながら聴いてみる。ただひたすら北米に住むアフリカ系の女性たちに聞き取り調査を行った本で、教育のある女性に始まり、色が薄くて苦労した女性や刑務所に入った女たち、最後は奴隷時代の記憶がある老婆に身の上を語ってもらっているだけ。これはちょっと妙な体験だった。「もっとも戦慄すべき側面は、わたしたちがこの社会の主流文化の側に移動したときに、ぽっかりと口を開けて待っている空隙を見ることだと思う。……わたしたちを養ってきたもの、わたしたちを生かしつづけてきたものとの断絶こそが恐怖なのよ」(P12)。マルチカリチャリズムを選択したのが誰で、その時に恐れていたことが実際にいま、ここで起きているかのような……。

『電話』というタイトルは、ちなみに初めて知り合う人は電話を通じて知り合うことが多いからだそう。ノーネームはチャンス・ザ・ラッパーの新作でも“Finish Line / Drown(フィニッシュ・ライン・ドラウン)”でやはり醒めた声を聴かせていた。

Powell - ele-king

 パウウェル(ゴシップ誌風にいえば“テクの界次世代のスター候補”)の待望のデビュー・アルバムのタイトルは『スポート』で、死ぬほど単調な電子音、PCやiPhoneを叩きつけて破壊するかのようなインダストリアルなグルーヴ、アンダーグラウンド・ロックンロールと名付けられた瓦礫の音響、フランケンシュタインのためのDJミキシング……つまりここには、まったくスポーツらしさはない。
 先にリリースされた「フランキー&ジョニーEP」の“ジョニー”のPVはみんなでスイカを頭で割って喜んでいる。当方、先日頭の怪我で手術したばかりの身なので、あまり笑えないのだが、本当にアホだな~と思う。

 ちなみに「ジョニー」に参加しているジョニーは、ヘイトロック(HTRK)のジョニー・スタンディッシュである(あの身も凍えるようなダーク・サウンドのロック・バンドの女性ヴォーカリストだ)。
 パウウェルは、型にはまることがお嫌いなようだ。1994年の「Club Music EP 」で、これはちょとクラブ・ミュージックとは括られないのでは……という電子ノイズと疾走感を打ち出したかと思えば、そしてスティーヴ・アルビニの声をサンプリングし、アルビニから直に「私は地球上でもっともクラブ・ミュージックを憎んでいる。クラブ人間が大嫌いだし、連中の服装もやってるドラッグもみんな嫌いだ、私は君たちの敵だ」とメールされて話題になった「インソムニアック」は、しかし、実際のところパウウェルは、アルビニがいみじくもそのメールで記した「私が好きなエレクトロニック・ミュージックとは、クラフトワークやクセナキス、初期のキャバレ・ヴォルテールやSPKやDAFのようなサウンド」のほうに近いのである。(この件はファンの間で、アルビニはパウウェルを暗に評価しているからこういう表現をしたのではという議論にもなった)

 〈Modern Love〉や〈Blackest Ever Black〉、〈PAN〉や〈Mego〉などと音楽的にリンクしながら、パウウェルにはユーモアがあり、遊び心があり、ふざけているんだよな~。そのプリティ・ヴェイカントな感じがじつに良い。
 何はともあれ、わずか4枚のEPで注目され、〈XL〉と契約することになった大型新人のデビュー・アルバム『スポート』は、本国では10月14日発売。日本盤はボーナストラック(例の「インソムニアック」)付きで、11月16日に発売。確実に、今年のベスト・アルバムの1枚です。硬直したシーンにはこれぐらいふざけた音楽が必要でしょう!
 

The Pop Group - ele-king

 ザ・ポップ・グループが、35年振りのスタジオ・アルバムとなった『CITIZEN ZOMBIE』に続く、通算4作目のスタジオ・アルバム『HONEYMOON ON MARS』をドロップする。注目すべきは、1979年に発表され、いまなおポストパンクの名盤として語られる彼らのデビュー作「Y(邦題:最後の警告)」以来、37年振りにデニス・ボーヴェル(UKレゲエの最重要人物)とタッグを組んだことである。
 さらに、PUBLIC ENEMYの初期3作品のプロデュースを務めたプロダクション・チーム、ボム・スクワッドの一員であったハンク・ショックリーも3曲のプロデュースに関わっている。
 ボーヴェル曰く「再び彼らと仕事ができて、とても光栄だった。彼らは真に善悪を超越しているんだ」、とのこと。
 また本作のレコーディングとミックスは、2016年の初夏に、いくつかのスタジオに分かれて行なわれた。メンバーのマーク・スチュワートはこう語る。「これは造られた憎悪への反抗であり、異質なる遭遇とSF的子守唄で満たされた暗黒の未来への超音速の旅だ」

 『ハネムーン・オン・マーズ』は2016.10.28世界同時発売 / 日本盤ボーナス・トラック収録。日本盤ボーナス・トラックの“Stor Mo Chroi”は、アイルランドの伝統的な楽曲。バンドのメンバー全員でアレンジを施し、カヴァー曲として収録している。

HONEYMOON ON MARS / ハネムーン・オン・マーズ
1. Instant Halo / インスタント・ヘイロー
2. City Of Eyes / シティ・オブ・アイズ
3. Michael 13 / マイケル13
4. War Inc. / ウォー・インク
5. Pure Ones / ピュア・ワンズ
6. Little Town / リトル・タウン
7. Days Like These / デイズ・ライク・ジーズ
8. Zipperface / ジッパーフェイス (※1stシングル)
9. Heaven? / ヘヴン?
10. Burn Your Flag / バーン・ユア・フラッグ
11. Stor Mo Chroi / ストール・モア・クリー

Tr.11: 日本盤ボーナス・トラック

半野喜弘 - ele-king

 RADIQ名義(ベーシック・チャンネルのファンならPaul St. Hilaireとのコラボはいまでも記憶に焼き付いているでしょう!)や田中フミヤとのユニットDartriixなど、クラブ・ミュージックの領域においてはもちろんのこと、映画音楽の分野でも活躍してきたエレクトロニック・ミュージックの鬼才・半野喜弘。
 このたび、彼にとって初となる映画監督作品『雨にゆれる女』が、11月19日(土)よりテアトル新宿にて公開されることとなった。それに先がけ、11月5日(土)にCIRCUS TOKYOにて公開記念パーティ〈A WOMAN WAVERING IN THE RAIN〉が開催されることも決定している。映画と音楽というふたつの領域を横断する半野喜弘の現在を、目と耳の両方で体験してみてはいかが?

映画音楽の鬼才・半野喜弘 初監督作品
主演 青木崇高 × ヒロイン 大野いと

映画『雨にゆれる女』

RADIQ aka Yoshihiro HANNO 4年ぶりの主催!
映画『雨にゆれる女』公開記念クラブ・パーティ
“A WOMAN WAVERING IN THE RAIN”
開催決定!!

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パリを拠点に、映画音楽からエレクトロ・ミュージックまで幅広く世界で活躍し、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクーなど世界の名匠たちを魅了してきた音楽家・半野喜弘の監督デビュー作『雨にゆれる女』が11月19日(土)にテアトル新宿にてレイトロードショー
本作は、濃厚な色彩、優美な旋律、登場人物の息づかい……現代の日本映画には稀な質感の映像で紡ぐサスペンスフルな愛の物語。14年前のパリで、まだ俳優になる前の青木崇高と半野喜弘が出会い、いつか一緒に作品を作ろうと誓い合った。そして10年後の東京で2人は再会し、『雨にゆれる女』は生まれた。本作は今月末に行われる東京国際映画祭「アジアの未来」部門の日本代表に選出されている。

監督の半野は、ジャスやヒップ・ホップの音楽活動を経て、ヨーロッパで発表されたエレクトロニック・ミュージック作品で注目を集めたことを皮切りに、それらの活動が目に留まり台湾の巨匠・ホウ・シャオシェン監督『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の音楽を手掛ける。その後ジャ・ジャンクー監督やユー・リクワイ監督、行定勲監督などとのコラボレーションを経て、ついに自らも映画製作に真っ向から携わることを決意。そんな半野の処女作とあって、その独自の映像表現に、坂本龍一、田中フミヤ、吉本ばなな、斎藤工、ジャ・ジャンクーからの絶賛コメントが届くなど、各界の注目をさらっている。

『雨にゆれる女』の公開を記念して、「I WANT YOU」から4年ぶりに半野喜弘主催のパーティー“A WOMAN WAVERING IN THE RAIN”の開催が決定! 音楽仲間が集結して、映画監督としての才能を開花させた半野を盛大に祝う!

“A WOMAN WAVERING IN THE RAIN”@CIRCUS TOKYO
■日時:11月5日(土)OPEN 23:00~
■場所:CIRCUS TOKYO(〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3-26-16 第5叶ビル1F, B1F)
■出演者:RADIQ aka Yoshihiro HANNO
Neutral - AOKI takamasa + Fumitake Tamura (Bun)
Dsaigo Sakuragi (D.A.N.)
Taro
■料金:Door \2,000

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――出演者Profile
■Neutral
AOKI takamasa + Fumitake Tamura (Bun)、ふたりのアーティストによる不定形ビーツ・プロジェクト。両者の作家性の根底にあるミニマリズムを共有しながら、宇宙に揺らぐ波のように透明なサウンドの現象をキャプチャーする。
2015年1月、Liquidroom/KATAで行われたライヴ・セッションにて本格的に始動。
■Dsaigo Sakuragi
1/3 of D.A.N.
■Taro
90年代中盤に大阪でDJを開始。“TOREMA RECORDS”、“op.disc”などを手伝いながら現在にいたる。
■RADIQ aka Yoshihiro HANNO
パリ在住の音楽家/映画監督、半野喜弘によるエレクトロニック・ミュージック・プロジェクト。
ブラックミュージックを軸に多種多様なエッセンスが混ざりあい、野生と洗練が交錯する未来型ルーツ・ミュージック。

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【ストーリー】
本当の名を隠し、“飯田健次”という別人としてひっそりと暮らす男。人との関わりを拒む彼の過去を知る者は、誰もいない。ある夜、突然同僚が家にやってきて、無理やり健次に女を預ける。謎の女の登場で、健次の生活が狂いはじめる。なぜ、女は健次の前に現れたのか。そしてなぜ、健次は別人を演じているのか。お互いに本当の姿を明かさないまま、次第に惹かれ合っていくふたり。しかし、隠された過去が明らかになるとき、哀しい運命の皮肉がふたりを待ち受けていた――。

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★こちらのサイトor QRコードから映画『雨にゆれる女』ディスカウント・チケットをGET!
https://www.bitters.co.jp/ameyure/discount.html

劇場窓口にて割引画像を提示すると、300円引き!
(当日一般料金1800円→1500円、大学・専門1500円→1200円)
*1枚につき2名様まで *『雨にゆれる女』の上映期間中有効です。
*サービスデイ、会員など、ほかの割引との併用はできません。 *一部の劇場をのぞく。

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監督・脚本・編集・音楽:半野喜弘
出演:青木崇高 大野いと 岡山天音 / 水澤紳吾 伊藤佳範 中野順二 杉田吉平 吉本想一郎 森岡龍 地曵豪 / 十貫寺梅軒
企画・製作プロダクション:オフィス・シロウズ
配給:ビターズ・エンド
2016年 / 日本 / カラー / 1:1.85 / 5.1ch / 83分
©「雨にゆれる女」members
https://bitters.co.jp/ameyure/

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11月19日(土)より、テアトル新宿にてレイトロードショー!

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お問合せ:
パーティーについて:taro@opdisc.com
映画について:info@bittersc.co.jp

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 アルメニア。かの国は、西暦301年にキリスト教を国教に定めた国家であった。これはローマ帝国以前のことで、世界最古のキリスト教国といわれている。そのアルメニアの教会音楽は、西欧的な合唱やオルガンなどを用いつつも、どこか東洋的な響きをもっている。まさに歴史と音楽の交錯地点。
 アルメニア出身のティグラン・ハマシアンは、アルメニアの宗教音楽を現代的なアプローチで演奏しているピアニスト/音楽家である。アルバムは〈ノンサッチ〉などからリリースされ、世界的に高い評価を獲得している。その音楽性には魅力的な「複雑さ」があるように思える。ハマシアンの音楽はジャンル的にはジャズに分類されるだろうが、しかし、その音楽の射程は宗教音楽、古楽、クラシック、現代音楽からポップスに至るまで非常に広い。そこに彼の越境的な(アルメニア的な?)音楽観が色濃く反映されているのは間違いないだろうが、もちろん、それは(浮ついた?)消費社会上の「越境」などではなく、音楽への深い信仰心のようなものであろう。それは音楽への強い探究心と同義でもあるはずだ。そう、「歴史」と「音楽」が交錯する地点に自分自身を置くこと……。

 2015年に〈ECM〉からリリースされた『ルイス・イ・ルソ』は、アルメニアの宗教音楽を、合唱団と共に録音したアルバムだった。5世紀から20世紀までの宗教音楽や賛美歌を、ティグラン・ハマシアンが編曲している。アルバム名「光から光へ」が意味するように、まるで霧の中に輝く光のように、もしくは光を希求するかのような清冽な演奏/録音がとにかく美しく、一聴後、耳と心が洗われる思いがしたものだ。いわゆる〈ECM〉的な静謐な質感とあいまって、モノクロームの光景の中に、不意に光が溢れ出てくるような感覚を与えてくれた。
 本作『アトモスフィアズ』は、『ルイス・イ・ルソ』から続く〈ECM〉作品である。前作とは対照的に、アルヴ・アンリクセン、アイヴァン・オールセット、ヤン・バングら、現代有数の演奏家/音楽家たちが、アルメニアの正教音楽を中心に演奏している。録音は2014年の6月におこなわれた。
 それにしても、さすが、この4人の饗宴である。アルメニアの正教音楽から2016年的なアンビエンスを抽出・生成変化することに成功している。むろん「原典」の響きを、「残像」のように響かせつつ。
 そう、まるで「残像」のような音楽なのである。すでに消え去ってしまった音の痕跡を耳が追い求めてしまうような。アルバムは“トレイシイズ“という連作を中心に構成されているのだが、この「形跡」を意味するこの言葉を曲名に用いている点も、本作の「残像」的なるものを象徴しているように思える。
 私は、本作特有の残像的サウンド生成において、ギターのアイヴァン・オールセットとターンテーブル/サンプリングのヤン・バングの功績が大きいのではないかと考えている。むろん、4人によるセッションだから素晴らしいというのは前提だが、しかし、アイヴァンのギターはときにドローンのような音響効果を生み、音響空間をかたち作る重要な役割を果たしているし、バングの見事なリアルタイム・サンプリングは、このアルバム特有の残像的な音響空間を生み出している。彼らの紡ぎだす音の「テクスチャー」こそ、「アルメニア」と並んで、本作のもうひとつのキーに思えてならない。ジャズ的な演奏を音響化=アンビエント化するうえで重要な役割を果たしているのだ。1曲め“トレイシイズ I”冒頭の密やかな持続音・ドローンのアンビエンスにまずは耳を澄ましてほしい。
 ちなみに、ヤン・バングは、ディヴィッド・シルヴィアンとのコラボレーション作『アンコモン・ディアティーズ』(2012)も素晴らしい作品だ(このアルバムにはアルヴ・アンリクセンも参加している)。また、〈ECM〉からリリースされたアイヴァン・オールセットのソロ・アルバムにも、バングはコラボレーターとして全面協力している。そして2013年にリリースされたバングのソロ・アルバム『ナラティヴ・フロム・ザ・サブトロピクス』も傑作であった。このアルバムはバングのサンプリングの音響美学の粋とでもいうべきアルバムなのだが、ティグラン・ハマシアン、アルヴ・アンリクセン、アイヴァン・オールセットらも一同に参加しており、『アトモスフィアズ』の音響構築・交錯を考察する上で重要なアルバムといえよう。
 じじつ、本作『アトモスフィアズ』において、バングやオールセットによる残像的サウンドに呼応するように、ハマシアンのピアノは、アルメニアの宗教音楽から現代音楽(アルバム名からしてリゲティを意識しているはず)を遡行しつつ、ピアノの「一音」の響きから「現代のアンビエンス」を鳴らしているように聴こえるし、 アンリクセンはまるで雅楽のようなトランペットを演奏し、聴き手の国境・歴史・時間感覚を超えさせてしまう。じっさいはバングがリアルタイム・サンプリングなどをしているので、僅かに「後」の現象なのだが、しかし聴覚上は残像の感覚が逆転するように「前」に聴こえてしまうのである。

 なぜだろうか。本作における4人の演奏は、「歴史」と「時間」という消え去った残像を、丹念に、音のタペストリーで追い求めているからかもしれない。しかし、残像であっても、彼らの息が聴こえてくる生々しい音楽でもある。自然ではあっても呼吸はしている。それは作為の最小限度化だ。本作の演奏は、とてもヴァリエーションに富んでいるが、しかし、どれも自然であり、不要な作為は感じられない。本作に瞑想的なアンビエント/アンビエンスを感じてしまう理由は、そこにあるのだろう。このアルバムは、アルメニアの歴史、宗教、音楽、響き、光、残像、息、音響、空間、歴史、個人、環境を、音楽の霧と光の中に美しく溶かしていく。光から残像へ。霧から空気へ。淡い時間の色彩が変化するようなアンビエント/アンビエンス。
 終曲である3分35秒ほどの“Angel of Girona / Qeler tsoler”における静寂な空気のごときサウンドスケープ/レイヤーの美しさは筆舌に尽くしがたい。私は、この2枚組の美しいCDを聴き終えたとき、あの武満徹ならば、このアルバムを、どう評したのだろうかと考えてしまった。かつてキース・ジャレットやディヴィッド・シルヴィアンの音楽を絶賛した武満ならは、この音楽の本質を美しい言葉で、しかし的確に評したのではないか……、と(奇しくも、本年2016年は武満徹没後20周年であり、去る10月8日は彼の誕生日なのであった)。

Equiknoxx - ele-king

 〈ソウル・ジャズ・レコ-ズ〉が5年前にコンパイルした『インヴェイジョン・オブ・ザ・ミステロン・キラー・サウンズ(Invasion of the Mysteron Killer Sounds)』はザ・バグことケヴィン・マーティンとレーベル・ボスのスチュワート・ベイカーが当時のシーンからディジタル・ダンスホールと呼べる曲を掻き集めてきたコンピレイションで、伝統にも鑑みつつ、意外性にも富んだ内容となっていた。世の中があまりにも真面目すぎて気が狂いそうになる時はこれを聴くしかないというか。マンガちっくなアートワークも素晴らしく、いまだに文句のつけようがない。ただ、何がきっかけでこの企画が成立したのか、それだけはよくわからない。ディジタル・ダンスホールのピークはメタルとダンスホールが交錯した2001年を最後にリリース量は減るばかり。2011年に『インヴェイジョン~』がリリースされた後も、回復の兆しはどこにも見えず、カーン&ニークやゾンビーの試みも散発的な印象にとどまった。あるいはEDMと結びついたムーンバートン(というジャンル)が少しは目新しかったというか。すでにそれなりの知名度は得ていたディプロやウォード21をフィーチャーしていた『インヴェイジョン~』から、ほかに誰かルーキーが飛び出し、少しでもシーンを活性化させたかというと、そういうこともなく、そういう意味ではノジンジャ(Nozinja)しかアルバムを出さなかったシャンガーン・エレクトロや、実態はファベーラ・ファンクのミュージシャンが名前を変えて作品を提供していただけのバイレ・ファンキのコンピレイションと同じくで、「コンピレイションが出た時点で終わり」みたいなものではあった。それで内容はいいんだから大した編集力だとは言えるけれど(同作にこだわらなければもちろん一定の存在感を示したプロデューサーやMCはいる。MCスームT(MC Soom-T)やトドラ・T(Toddla T)、ミスター・ウイリアムズやスパイス、テリー・リン(Terry Lynn)、エンドゲーム(EndgamE)……ケロ・ケロ・ボニートやビヨンセ、サム・ビンガやジェイミー・XXもアルバムには取り入れていた)。

 要するにダンスホールというジャンルにはもう発展性は望めないのかなと思っていたのである。しかも、ギャビン・ブレア(Gavin Blair)とタイム・カウ(Time Cow)によるイキノックスは、最初はダンスホールを下敷きにしているとは思えないほどトランスフォーメイションが進行し、ダンスホールといえば陽気でハイテンションという枠組みからも逸脱していたために何が起きているのか僕にはわかっていなかった。ワールド・ミュージックは表現する感情が変わってきていると、それは自分でも書いてきたことになのに、先入観というのは恐ろしいもので、そのことに気づくまでに2カ月もかかってしまった。確か最初に「ア・ラビット・スポーク・トゥ・ミー・ウェン・アイ・ウォーク・アップ(A Rabbit Spoke To Me When I Woke Up)」を聴いた時はDブリッジ&スケプティカル「ムーヴ・ウェイ」のパクリかなと思ってしまったほど彼らの音楽はダンスホールと結びつかなかったのである(「ムーヴ・ウェイ」がダンスホールを取り入れてただけなんですけどね)。

「ああ、そうか」と思うと後はなんでもない。ダンスホールである。確かにダンスホールの要素がここかしこに見つかる。つーか、ダンスホールにしか聴こえない。それもそのはず、ギャビン・ブレアはビーニーマンを始め、スパイスやT.O.K.、あるいはダニエル“チーノ”マクレガーやティファなどジャイマイカのシーンに長いことかかわってきたプロデューサーで、いままでそれしかやってこなかった人物なのである。タイム・カウはケミカル(Kemikal)の名義で比較的最近デビューしたMCらしく、もしかして若いのかなと思って写真を眺めてみるけれど、とくに歳の差があるようには見えない。ふたりの役割分担もよくわからないし、レコード盤(限定でゴールド盤もあるらしい)には作曲のクレジットもない。録音は、古くは2009年に遡るそうで、ミスター・スクラフのジャケットなどを手掛けてきたグラフィック・デザイナーのジョン・クラウスがコンパイルしたものをデムダイク・ステアのレーベルが世に出している(ショーン・キャンティとマイルズ・ウィットテイカーもコンパイル作業にはかかわっていると記してある)。そして、それだけのことはあるというのか、やはり異質であることには変わりなく、「ポーリッジ・シュッド・ビー・ブラウン・ノット・グリーン(Porridge Should Be Brown Not Green)」になると何を聴いていたのか途中でわからなくなり、スネアの連打から始まる「サムワン・フラッグド・イット・アップ!(Someone Flagged It Up!!)」に至っては背景にダブ・テクノがそれとなく織り込まれ、ベーシック・チャンネルへのジャマイカからのアンサーといえるような面も出てくる(マーク・エルネスタスも気に入っているらしい)。

 アルバム・タイトルにも入っている「Bird」というのは、実際に鳥の声を模したような音作りにも反映はされているだけでなく、どうも彼らの音楽はダンスホールだけではなく、ソカにも大きく影響されているということを表しているようで、実際にアフリカン・ドラムとレイヴ・シンセイザーが絡む「リザード・オブ・オズ(Lizaed of OZ)」も耳慣れないサウンド・センスに仕上がっている。

 ここからまたダンスホールが……なんて。

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