「K A R Y Y N」と一致するもの

Talk Normal - ele-king

 R2枚とカセット1本を経て、アンドリア・アンボロとロッジ専属のエンジニア、サラ・レジスターが組んだ女性デュオによる1作目。リディア・ランチとソニック・ユースのマッシュ・アップか、ギャング・ギャング・ダンスのゴシック・ヴァージョンか。『砂糖の国』というタイトルとは裏腹に呪術的なインダストリアル・パーカッションが切羽詰った世界観を表現し、デビュー・アルバムにしていきなり退路のない完成度を誇っている(アンボロは77ボアドラムに参加、レジスターはソニック・ユース『ダーティ』やルー・リード『アニマル・セレナーデ』のマスタリングなどキャリアはかなり長い)。天にも昇るようなファック・ボタンズとは対照的に徹底的に地下深くを潜行し、いわゆるオルタナティヴ・サウンドをアップ・トゥ・デートさせようとしているというか、この迫力にはとても逆らえません(ユニット名はおそらくローリー・アンダースンの曲名に由来)。00年代を通して続いてきたニューヨーク復興の動きからすれば手探り状態だったブラック・ダイスや、かつてとは違う雰囲気を持ち込んだアニマル・コレクティヴに比してバトルズとともに「ニューヨーク完全復活」と呼びたい確信とノスタルジー、そして、青春の二文字が。知性を感じさせるロック・ミュージックのしぶとさにも舌は巻かざるを得ない。疾走感のある曲ばかりでなく、ゆっくりと地面を踏みしめるような"モスキート"や"ユニフォームズ"に漲る圧迫感など、どこを取ってもコンクレート・シティの厳しさにあふれ、ニュー・ヨリカンやズールー・ネイションの片鱗もここには見当たらない。ロクシー・ミュージック"イン・エヴリー・ドリーム・ホーム・ア・ハートエイク"のカヴァーがそれこそノイバウテン・ミーツ・バンシーズといった風で、緊張感を引き出す音の位相やセンスには抜群のものがあり、全体に思い切りがよく、音の整理がうまくて混沌としながらも雑多な印象は与えず、とにかくソリッドの一語に尽きる。前衛指向ではないものの、"ウォーリアー"では多少、実験的なところも。インナーに歌詞をコラージュのようにして貼り合わせてあるので、どれがどの歌詞だかはさっぱりわからず......(アート指向め!)。レジスターが最近、マスタリングを手掛けたものにはリー・ペリーやアソビ・セクス、デペッシュ・モードなども。あー、なかなか大人にはなれませんなー。

XXX Residents - ele-king

 以前リキッドでやった宇川直宏の偽サイン展は大盛況だったようで、多くの人がこのシミュラクラを楽しんでいるというのは、ある意味では驚愕に値する。本物をまがい物が凌駕する......ことはまあ昔からあるとはいえ(ダッチワイフとかそうなのかね、いやあれは現実の代用品か)、しかし、それにしても積極的に偽サインを面白がるという感覚はまったくポスト・モダン的で、宇川直宏はそうした変わりゆく世界の見え方に非常に敏感なのだろう、彼はこのゲームをずっと弄んでいるように思える。
 僕は去る11月27日にアルバム発売記念のトークショーを彼と一緒にやった。喋りが終わったあと、宇川は「今日、CD買ってくれた人には偽サインを描きます」と言ってその日のメニューを告げると、誰か忘れたけど何種類もの著名人(もしくはカルト的人物)のサインを描き、そしてその"偽もの"を何十人もの人たちが楽しんでいるのだ。僕はそれを端で眺めながら、「オレも描いてもらおうかな」と思ってしまった。偽物であるから面白いのだ。こうしてシュミラクラは本物を駆逐する。彼はこの更新される現実をこうやって見せているのかもしれない。

 XXXレジデンツはご存じのように、彼のプロジェクトのひとつで、そこにはオリジナルのザ・レジデンツへのオマージュを含みつつも、彼のシュミラクラへの興味が恐ろしく注がれている。そもそも1973年にサンフランシスコで誕生したポップ史上で最初に匿名性を打ち出したこのユニットは、そもそも誰が本物のメンバーなのかわかならなかった。交友関係はあった。電気グルーヴの曲名にまでなった故スネーク・フィンガーをはじめ、フレッド・フリスやクリス・カーターといった70年代のUKにおけるアヴァンギャルドの旗手たち、あるいは80年代末にはレーベルが勝手に"カウリガ"――いちど聴いたら忘れられないギターとダークなエレクトロニック・ビート――のヒットによってアシッド・ハウス・フィーヴァーやバレアリックの渦中に投げ込まれたこともあった。それでも彼らの匿名性は守られてきた。XXXレジデンツの活動に先立って、宇川がこのプロジェクトの旨を本物のザ・レジデンツに問い合わせたら「好きにするがいい」との返事がきた。こうして彼は気兼ねなく、ポップ史上において指折りの異端者たちのシュミラクラを演じることができるというわけだ。

 ザ・レジデンツは彼らが全盛だった70年代から80年代は、原型がわからないカヴァー集(サード・ライヒン・ロール)や1分ジャストの曲を1枚のアルバムに40曲収録したり(コマーシャル・アルバム)、あるいはモグラ帝国についてアルバムを作ったり(マーク・オブ・ザ・モール)......とかいろいろ1枚ごとコンセプチュアルにやってきた。音は、そのポップなデザインとは裏腹にいたってダークで、気が滅入るような曲も少なくない。

 XXXレジデンツにとって最初のアルバム『Attack of the Killer Black Eye Ball』はレジデンツのテクノ・ダンス・ヴァージョンだ。宇川のダンス・ミュージックへの愛情が純粋に注がれている......ように思える。1曲目がいちばんオリジナルのザ・レジデンツっぽい。不吉なそのトラックにミックスされる2曲目はフロアを当たり散らすかのようにトランスする。3曲目は狂ったテクノで、リスナーは暴れるか、さもなければ気色の悪い見せ物小屋に取り残されることになる。4曲目は......普通にクラブの午前3時にかかっていてもおかしくない。できの良いテクノ・トラックだ。5曲目は地味だが、後半になると狂気が爆発する。6曲目は......普通にクラブの午前5時にかかっていてもおかしくない。もっともポップなトラックである。リスナーはそして、メルツバウによる7曲目で再度フリーク・ショーの世界に落とされる。が、最後にはハッピーなアンビエントが待っている。DVDの映像を観るとライヴのステージ上では掃除したりアイロンかけていたりしている。たしかにこの音とヴィジュアルならフロアは笑顔で盛りあがるわ。

 そして......ジャケットのアートワークが最高。

Shackleton - ele-king

 断片化したのはポップだけではない。アンダーグラウンドもそうだ。クラブ系のサイトとしてはもっとも信頼が厚いと言われる「Resident Advisor」の年間ベストを眺めながら、自分は健吾やメタルみたいにテクノを頻繁に買っているわけではないけれど、それでも思ったより自分が知らない状況の変化があったわけでないのだな思った。上位にはダブステップ系が何人も入り(2562マーティンペヴァーリスト、シャックルトン)、ファック・ボタンズアニマル・コレクティヴまでもが入っている。20位以内に入っているフィーヴァー・レイもマティアス・アグアーヨも、ディンキーも僕は聴いた。そしてUKの「Fact」を覗くと、1位がザ・XXで、2位がテレパシー、3位がオマー・S。テレパシーは知らないが、他のふたつは聴いている。で、この上位3つは「Resident Advisor」のトップ20チャートには入らない。「Resident Advisor」も「Fact」も似たようなシーンを見ていながら、しかし年間チャートは別物となった。昔は、こんなことはなかった。メディアによって多少の差こそあれ、アンダーワールドのファーストやDJシャドウの『エンドトロデューシング』は間違いなかったし、エイフェックス・ツインの『リチャード・D・ジェイムス・アルバム』がどこにも載らないなんてことはなかった。シーンには共通理解があり、それなりにまとまっていた。が、いまは断片化した。それはつまり突出したものがないだけで、音楽がつまらなくなったわけではない。

 また、「Fact」のほうが尖っているとはいえ、興味深いのは「Resident Advisor」と同様にアニマル・コレクティヴが入っていることだ。立場は逆転したのだ。昔はクラブ系がロックに影響を与えていたものだが(エイフェックス・ツインがいなければコーネリアスの『ファンタズマ』は生まれなかったように)、いまはクラブ系がロックの最前線を取り入れている。だいたい「Fact」なんかミカチューが10位でジム・オルークが9位だ。創造的な試みという観点で言えば、たしかにいまはもう間違いなくオルタナティヴなロックに軍配は上がる。まあ、こういう時期もあるだろう。

 シャックルトンは、比較的動きがおとなしくなったダンス・カルチャーにおける挑戦者のひとりである。ベルリンに居を移して発表したこのアルバムは、彼の創作への野心が健在であることを証明する。アルバムはある種のダーク・ファンタジーであり、サイバー・パンクというよりも悪霊たちが彷徨うホラー映画だ。1曲目が"(No More) Negative Thoughts"(ネガティヴな思考はいらない)というのだが、この薄気味悪い音楽から輝く太陽や青い海は見えてこない。しかしこの奇妙なアンビエントは、驚くほど陶酔的だ。リスナーはそれから深い森のなかで迷子になる。"It's time for Love"でダブの催眠術をかけられると、続く"Moon over Joseph's Burial"(月の向こうのヨゼフの埋葬)でベルリン・ミニマルのもっとも暗い洞穴に導かれ、マイクロ・フックとベースラインが素晴らしい音を鳴らす"Asha in the Tabernacle"(礼拝堂の灰)に恍惚とする。エレクトロニカとハウス、ダブステップの奇怪な混合は、それから盛り上げることなく、絶妙な低空飛行を続ける。録音も絶品で、ダブステップの影響をここまで洗練させている音楽も珍しい。ひとつ気をつけなければならないのは、風邪を引いているときに聴いてはいけないこと、気が滅入っているときにも触れないことだ。
 ハルモニアのリミックス・ヴァージョン・シングルを早いところ買わなくては......。

Flashback 2009 - ele-king

写真左:旅人&やけのはら。七尾旅人は年明け早々の1月9日に恵比寿リキッドルームでライヴあり。
写真右:モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオ。こちらは七尾の前日の1月8日に恵比寿リキッドルームでの来日ライヴが決まっている。

  整合性というのはつねづね僕のテーマのひとつである。が、気が変わるのは人間の性分であるし、だいたい雑誌というのはせっかちだ。2009年のベストを選ぶのに、早いところでは11月前半にその締め切りを言い渡される。12月初旬に売られるからだ。だから下手したら最後の2ヶ月はその年から除外されることになる。2ヶ月もあれば、人間、恋に落ちることもあるだろうし、死にたくなることだってある。運命を変えるには充分な時間だ。こういうとき、webは良い。本当に年末になって、それを書くことができるのだから。

 2009年は自分にとって、僕の長いようで短い人生の平均値を基準に考えた場合、ずば抜けて最低レヴェルの経験をするという忘れがたい年となった。非常ベルは鳴りだし、事態は臨界点に達した。デヴィッド・クローネンバーグの映画に放り出され、未知の絶望を感じするほか術がなかった。事態が信じられなかった......なんて惨めな! ときに自虐的で、まるで『地獄の季節』の最初の10ページのような呪いに満ちた茫洋たる暗黒大陸においても、僕にとって幸いだったのは、信じるに値する友人知人が何人もいたことだった。ありがたいことだ。

 いまこれを書きながら、僕はイギリスのプロト・パンク・バンドとして知られるザ・デヴィアンツのリーダーであり、『NME』の名物ライターでもあったミック・ファレンの著書『アナキストに煙草を』を読んでいる。ちなみにこの素晴らしい本を、こともあろうかこのご時世に刊行している「メディア総合研究所」は、他にもここ数年、『アメリカン・ハードコア』や『ブラック・メタルの血塗られた歴史』といったとんでもなく喜ばしい本を出している。このように、政権が代わっても思ったよりアッパーにはならない世のなかにおいて、貴重な光を届けてくれている稀な出版社だ。で、そう、60年代のカウンター・カルチャーから70年代のパンクにいたるまでの現場感覚に満ちたその『アナキストに煙草を』読みながら、僕はどこの国においてもいつでも同じことは同じなのだなと確認したことがある。そのひとつ、60年代の回想の下りだ。「特筆すべきは、我々全員の頭の中を独占していたひとつのこと、すなわち自分の人生がこれからどうなっていくのか、何が起こるのか、そういう類のことはほとんど話題に上がらなかったことである。地球の未来について語ることはあったかもしれないが、自分個人の未来について話すことはめったになかった。この点において我々は、十年以上経って出現するパンクと似ていた」(赤川夕起子訳)

 まったく......僕のまわりにいる連中はたいがいそうだ。個人の人生の未来など、考えていないわけではないだろうが、まず語らない。それがゆえに勝ち負け社会の確固たる敗者として生きているのかもしれない。我々は結局のところ「政治理論などほとんどどうでもよかった。それが我々の魅力であり同時に没落した原因」(前掲同)だった。

 しかし......、ところが僕はこの夏、自分の将来――といっても半年後だが――についていろいろ考えた。せこい未来だけれど、事態は思ったより深刻だった。さすがに考えざる得なかった。ど、ど、ど、どうしようか? と妻に訊いた。し、し、静岡に帰ろうかな? 僕は焼き鳥を焼いている自分を想像した。臆病な僕はしばらく妻の顔を直視できなかった。が、妻は、考えてみれば僕のようなデタラメな人間と結婚するくらいであるから、それなりの覚悟はできていたのかもしれない。まあ、そんなわけで、ずーっと家にいるようになって肩身の狭い思いをすることはなかったけれど、とりあえずできる仕事はぜんぶした。5歳の息子は「なんで仕事いかないの?」と訊いたが、「これが仕事だ」と言った。

 河出書房新社の阿部さんのおかげで1冊の本を作ることもできた。三田格、松村正人、磯部凉、二木信というひと癖もふた癖もあるライターと一緒に作った『ゼロ年代の音楽――壊れた十年』という本だ。「壊れているのはお前だろ!」と言われそうだが、それはまったくその通りで、しかしそうした個人の属性とはまた別の次元で、我々はこのゼロ年代の音楽ついて語り、書いた。150枚のアルバムも丁寧に紹介した。僕は編集者としてバランスを整えようと努めたが、結局はいくぶん偏ってしまった。それは二木信がネプチューンズやミッシー・エリオット他3枚のレヴューを辞退したからではなく、まあ著者全員が偏執的といえばそうだし、言い訳すればそもそも時代がそういう時代である(断片化されている)、と僕はその本のなかで解説した。欠点もあるが、それを補うほどの長所もある本が完成した(1月末に刊行します!)。

 つまりそんな事情もあって、僕は12月のある時間を集中的に、ゼロ年代というディケイドについて頭を使い、スケジュール管理に神経をすり減らしていたので、クリスマスのこの時期、正直言えば2009年という1年についていまさら強い気持ちがあるわけではない。たしかに2ヶ月前まではあった。が、いまはもう薄れてしまったのだ。

 僕は11月上旬に『EYESCREAM』誌でまずそれをやって、半ば過ぎに『CROSSBEAT』誌でアンケートに答え、続いて『SNOOZER』誌の特集に参加した。ところがこの2ヶ月は年末ということもあってやけにバタバタしていた。清水エスパルスは悪夢の5連敗を喫して、坂道をゴロゴロ転がった。僕はそれにいちいち打ちひしがれている暇もなく、原稿を書いて書きまくって、そして音楽を聴いていた。

 10月30日にユニットでiLLのライヴを見終わった後そのままクワトロで湯浅湾のライヴに行って、11月に入って2本のトークショーをこなし、静岡でDJ(もどき)をやって、七尾旅人のライヴに行って、新宿タワーレコードでXXXレジデンツの発売記念トークショーを宇川直宏とやった。12月は〈ギャラリー〉に踊りに行って、中原昌也のライヴに行って、で、その数週間後に毛利嘉孝の司会で中原昌也と東京芸大で話した。そしてそれから......久しぶりに"締め切り"という名の絶対的概念に苦しめられた。もちろんこの2ヶ月、僕はこの「ele-king」に情熱を注ぎつつ、と同時に、いま平行して作っているアーサー・ラッセルの伝記本の編集もしている(これがまた面白いのよ)。ここに記したすべてが僕にとって刺激的で、思考の契機となる。

 そしてこの数ヶ月というもの、僕は自分でも信じられない量の音楽を聴いている。まだ文字にしていないものを含めると自分の限界まで挑戦したと言っていい。寝ている時間と人と会っている時間以外は、ほとんど聴いていた。僕の長いようで短い人生の平均値を基準に考えた場合、ずば抜けて最高レヴェルの密度だろう。もうそうなると、2009年を回想することなど、ホントにどうでもよくなってくる。

 せっかくなので、いくつか気になったことを書き留めておく。2009年の最高の曲のひとつは七尾旅人+やけのはらによる"Rollin' Rollin'"だ。奇しくも、東京NO1ソウルセットとハルカリが90年代のバブルな感覚を懐かしむように"今夜はブギーバック"をカヴァーするかたわらで、"Rollin' Rollin'"は"現在"を表現した。この曲の良さは水越真紀さんがレヴューで書いている通りだと思う。つまりこれは、この10年、バブルな思いとは無縁だった世代の素晴らしい経験が凝縮されたアーバン・ソウルだ。

 RUMIの3枚目の『HELL ME NATION 』もこの2ヶ月で好きになったアルバムだ。彼女は、このハードタイム(厳しい時代)を生きる女性のひとりとしてのリアリズムを追求する。30歳という自分の年齢まで歌詞にしながら、彼女の意気揚々とした姿はこの国の女性アーティストたちが手を付けてこなかった領域に踏み入れているように思える。とても元気づけられる作品だ。もしクレームを入れるとしたらジャケのアートワークだけ。それ以外はほぼパーフェクトだ。ラップものでは、他にも何枚か素晴らしいアルバムに出会えた。『EYESCREAM』にも書いたが、S.L.A.C.K.は最高だ。言葉も音も良い。そこには不良少年の毒と清々しさの両方がある。2009年に彼は発表した2枚、『MY SPACE』と『WHALABOUT』はどちらとも良い作品だ。出勤や登校で異様なテンションを発する朝の駅に、遊び疲れた身体を引きずりながら友だちや恋人と一緒にいた経験がある人ならこの音楽を身近に感じるだろう。疎外者たちのメランコリアだ。ファンキーという点ではTONO SAPIENSが良かった。嗅覚の鋭い連中が集まる下高井戸のトラスムンドやSFPの今里君、あるいは磯部涼が絶賛するSTICKYはまだ聴いていない。

 SFPも、4曲だが新録を発表した。リリース元の〈Felicity〉は、もともとはポリスターでフリッパーズ・ギターやコーネリアス、〈トラットリア〉をやっていた櫻木景という人物だ。例の「Rollin' Rollin'」も〈Felicity〉からのリリースで、いわば90年代前半の渋谷系に思い切り関与していた人間がいまこうして七尾旅人やSFPを出しているところが"いまの時代"を物語っていると言えよう。

 とまれ。僕は、いまこの日本にはふたりの強力なパンクがいることを知っている。真の意味での反逆者と言ってもいいし、彼らはこの国の"自由"の境界線を探り当てているという点においてパンクなのだ。そのひとりは中原昌也。彼はいわば、映画『If...』のマイケル・マクドウェルで、グレアム・グリーンが『ブライトン・ロック』で描いた17歳のピンキーだ。いずれ校舎の屋根に上って散弾銃をぶっ放すかもしれない。そしてもうひとりがSFPの今里。SFPの「Cut Your Throut」は興味深い作品で、ここがイギリスなら〈リフレックス〉や〈プラネット・ミュー〉から出ていてもおかしくない。SFPのハードコアは、いまとなっては誰もが思い描けるようなハードコア・サウンドで統一されていない。ポスト・モダン的にスキゾフレニックに展開されている。「Cut Your Throut」にはラウンジとサイケデリックとノイズコアが同居しているが、そういう意味でSFPはこのシングルで新しい領域に踏み入れたと言える。当たり前だがハードコアやパンクとは様式(スタイル)ではない。サム・ペキンパーの『ワイルド・バンチ』もまたハードコアであるように。

 電気グルーヴが彼らの20周年を祝うアルバムを発表したのも2009年だった。これを書いているたったいま(12月25日)も、僕の5歳になる息子は電気グルーヴの「ガリガリ君」を聴いている。僕が奨励したわけではない。能動的に、しかも繰り返し何度もだ。「2番がちょっと恐いんだよね」と感想を言っている。ちなみに「2番」とはオリジナルの次に入っている別ヴァージョンのこと。まあ、電気グルーヴにしてもクラフトワークにしても、何が素晴らしいかと言えば、あの罪深きトランス性によって3歳児から40歳児までをも興奮させるところだ。この年代になってわかることだが、それはエレクトロニック・ミュージックの"強み"のひとつだ。石野卓球からは、90年代に彼が体現した危うさはなくなってしまったけれど(誰も彼を責められない、あのまま突っ走っしることなんか誰にもできない)、彼の芸は円熟の領域に入ろうとしている。『20』を聴きながら、僕はそう思った。

 2010年にはマッシヴ・アタックの5枚目のオリジナル・アルバムが待っている。ヴァンパイア・ウィークエンドのセカンドも控えている。自分たちがいまどの方向性を選べばいいのか理解しているという意味において、どちらも良い内容だった。時代の空気は変わろうとしている。日本の音楽も面白い方向に転がっていくかもしれない。

 

■Top 25 Albums of 2009 by Noda

1. Atlas Sound / Logos(Kranky/Hostess)
アニコレがビーチ・ボーイズならこちらはビートルズ。毒の詰まったポップ。
2. S.L.A.C.K. / Whalabout(Dogear Records)
21世紀の薬草学におけるビートと日常生活のささやかな夢。
3. Girls / Album(Fantasy Traschcan/Yoshimoto R and C)
素晴らしきバック・トゥ・ベーシック。ここにも夢と星がある。
4. Volcano Choir / Unmap(Jagjaguwar/Contrarede)
ポスト・ロック時代の山小屋のロバート・ワイヤットといった感じ。
5. Major Lazer/Guns Don't Kill People...Lazers Do(V2 /Hostess)
ダンスホールにおけるスラップスティック。
6. Animal Collective / Merriweather Post Pavilion(Domino/ Hostess)
サイケデリック・ポップとエレクトロニカの華麗な融合。
7. The XX / XX(Young Turks/Hostess)
アリーヤとヤング・マーブル・ジャイアンツとの出会い。
8. V.A. / 5 Years Of Hyperdub(Hyperdub/Ultra Vibe)
アンダーグラウンド・サウンドにおける最高のショーケース。
9. Mortz Voon Oswald Trio / Vertical Ascent(Honest Jon/P-Vine)
『ゼロ・セット』から26年。1曲目を聴くだけで充分。
10. Grizzly Bear / Veckatimest(Warp /Beat)
ポール・サイモンが『キッドA』をやった感じ。"Two Weeks"は最高。
11. Micachu / Jewellery(Accidental / Warnner Music Japan)
批評精神に満ちたポスト・モダン・ポップのレフトフィールド。
12. Flying Lotus / L.A. EP CD(Warp/Beat)
レフトフィールド・サウンドにおける期待の星。
13. Rumi / Hell Me Nation(Pop Group)
リアリズムと世俗的だが素晴らしいファンクネス。
14. Bibio /Ambivalence Avenue(Warp/Beat)
エクスペリメンタル・ヒップホップの甘い叙情詩。
15 鎮座DOPENESS / 100% RAP(W+K東京LAB /EMI)
植木等とラップとダンスホールの出会い。
16. Moody /Anotha Black Sunday(KDJ)
アンダーグラウンド・ブラック・ジャズ・ファンク・ハウスの底力。
17. Dominic Martin / The Annual Collection(BeatFreak Recordings)
ジャングルの知性派によるエレクトロニカ・ポップ。
18. Toddla T/Skanky Skanky(1965)
モンティ・パイソンによるダンスホールといった感じ。
19. Speech Debelle / Speech Theory(Big Dada/ Beat)
取材してがっかりしたが、良いアルバムだと思う。
20. Fuck Buttons / Tarot Sport(ATP/Hostess)
スタイリッシュかつダンサブルに変貌。次作で化けるでしょう。
21. Dirty Projectors / Bitte Orca(Domino / Hostess)
NYのアート・ロックのお手本のような1枚。
22. Antony and the Johnsons / The Crying Light
(Secretly Canadian / P-Vine)
現代のディープ・ソウル。EPのみの"Crazy In Love"も最高。
23. 2562 / Umbalance(Tectonic /AWDR/LR2 )
ダブステップにおけるフューチャー・ファンク。
24. Juan Maclean / The Future Will Come(DAF / P-Vine)
ヒューマン・リーグ・リヴァイヴァルを象徴する作品。
25. Beak> / Beak (Invada /Hostess)
ポーティスヘッドによるクラウトロック賛歌。

James Pants - ele-king

 なんですかね。出世作となったセカンド・アルバム『ウエルカム』は同時期のオリヴィエ・デイ・ソウル(ハドスン・モーホーク)や北欧のナイキ・ソングになったキッセイ・アスプルンド「シルヴァー・レイク」(ドリアン・コンセプト)と同じくアシッドな傾向を持つR&B群のなかではやや物足りない雰囲気のものになっていたと思っていたのに、それ以前と同様、その後もアルバムを出すごとにキャラクターを変化させ、ここへ来てあっさりとモンドに様変わりしてしまいました。マンネリ大魔王と化しているエンペラー・マシーンとはジャケットも含めてほとんど同じか、もしくは全体にパーカッシヴな音が強くなっているだけ......とはさすがにいわないけれど。

 ナッシュヴィルで、しかもパンツを名乗っていながら、インナーには神秘主義にかぶれたらしき黄金分割や数秘術らしき「説明」がびっしりと書かれ、これが演出だとしたら、このイカガワしさはかなりのもの(深入りしないで雰囲気だけを楽しむのが現代人の知恵というやつです)。「時を超えて」「卵のなかに暮らし」「空は警告する」などイメージの広げ方にも工夫があるといいたいところだけど、後半に入って「私はウソをついたと約束する」という曲があるのはどういうことだろう? ......わからない。思い出すのはやはりモンドとポップの架け橋になっていたモルト・ガーソンが60年代後半に人類と宇宙のつながりを理解するために制作したゾディアック・シリーズなんだけど、エレクトロをベースにガーソンがやろうとしていたことをコンピュータ時代に再現しようとしたものなのかどうか。「すべてのものには終わりがあり、それが運命。もう一度、ひとつになろう」って、やっぱり本気のようだなー。リチャード・バックは何度でも蘇る......。『ターミネイター』のように......。

 たまたま今年は70年代のラテン・ファンクと同じく北欧電子音楽がイージー・リスニングを接点にどのように結びついているかという辺りを重点的に聴いていたので、同じモンド文脈でもそれらと共有するところがあるようでいて、やはり、ビートが決定的に強く、『ウエルカム』同様どこかプリンスを思わせるところが大きな差として伝わってくる。そういうところはこの40年まったく変わっていないのかもしれない。リズムを第1に考えているということは(プリンスが神秘主義に走ったらこうなるのかなという想像も含めて楽しめます、はい)。

Fuck Buttons - ele-king

 アンディ・ウェザオールをプロデューサーに迎え、ノイズ・ドローンから一転してビート・アルバムに鞍替えを図ってきた2作目。先に全曲フリー・ダウンロードも可としていたもので、パッケージはエンボス加工の凝ったデザイン。ファッション化しはじめていたドローンにむしろ積極的にモードの要素を取り入れ、ポップ・ミュージックとしての完成度を目指したとでもいうようなスウィートな滑り出し(=先行シングル)から、アルペジオなど明らかにグローイングのパクりとしか思えない手法も交えつつ、全体的にもどこか両義的ながらドローン・サウンドをポップ・ミュージックのリストに付け加えようという気迫に満ちている(そういう意味ではジーザス&メリー・チェインがニューウェイヴの幕引きを演じたのと同じく、形骸化も甚だしいエレクトロ(クラッシュ)に正面からサイケデリック・サウンドをぶつけることでメイン・ストリームにドラッグ・ミュージックの復権を訴えているような印象も)。ベースを思ったより低く抑えているのはクラブ・ミュージックとの距離を残しておくためなのか、半面でDJミックスのセンスは充分に活用し、結果的には(ドローンとエレクトロニカを融合させたKTLとはまったく逆の意味で)ニッチを確立したプロダクションになっている。アメリカ産に比して余韻にニュアンスを多く含ませるところはやはり英国流ならでは。ハウス・ミュージックがレフトフィールドの手によってイギリス流に生まれ変わった瞬間のことを思い出す。どうせならリズムにもう少し工夫があってもいいかなとは思うけど(そこはグローイングがフリップ&イーノに喩えられる所以というか)、本当に前衛で終わるつもりはないんでしょう、ヴォーカルを入れればコクトー・ツインズになることも夢ではないかもしれません(?)。

 サッド・コアと同一視されるスロー・コアとは一線を画していて曲調はむしろバリアリックとさえいえるほど明るく希望的(その方がやぶれかぶれに感じられる時代だったりして。でも、説得力がないわけではなく、むしろザ・プレゼントやマイ・キャット・イズ・アン・エイリアンのように現実を忘れてしまうほど強烈なイメージの飛躍はないことがポップ・ミュージックとしての存在を感じさせるとも)。こうなったらどこまで楽しく器用にセル・アウトしてくれるかが今後のお楽しみ。あー。でもその時はユニット名を変えないとダメかな。

Flashback 2009 - ele-king

the techno of the year! ルシアーノ。

 いよいよゼロ年代も終わろうとしてる。あっという間すぎて、とりとめがなさすぎて、消化しきれてないこの10年。その様相をギュッと凝縮したようにまったくもってカオスで行く末もなにも不明瞭だった今年。いろいろ話していく中で"テクノはNGワード"というショッキングなトピックすら出てきたが、こうなったら行くとこまで行ってしまえという思いも湧いてきたのだった。

 そもそも40すぎのおっさん一個人が体験できることなんてたかが知れてるし、「それで総括なんてちょっとおこがましいだろ」わたしの中のガイアがそう囁く。実は去年も某ではなく亡R誌の総括企画でいろいろ違う立場、違う世代のひとたちと語らって結構収穫があったのを思い出し、さっそく身近で現場にいちばん近いひとたちに声をかけた。ひとりは〈ageHa〉で積極的に旬のアーティストを招聘し、日本のDJたちもバシバシ登用してるパーティ〈CRASH〉のオーガナイザーの荒木くん、もうひとりは貴重なアナログを試聴して買える店舗として渋谷でがんばっている〈Technique〉のテクノ担当バイヤー佐藤くん。ふたりとも、それぞれの視点でなかなか外からは見えないことを語ってくれた。その貴重な発言を織り交ぜながら、09年を振り返ろう。

 今年意外だったリヴァイヴァル現象のひとつは、ハード・テクノが復活の兆しを見せたこと。ちょっと前までは"最も需要のないジャンル"とまで言われたハードテクノ/ミニマルが、息を吹き返した。

 「自分がテクノを好きになるきっかけのアーティストのひとりで、ルーク・スレイターは毎年呼んでるんですけど、今年はPlanetary名義のアルバムも出て、ヨーロッパでも評判が良くて調子も戻ってきてるって話を聞いて、すごい嬉しかったですね。一時低迷してる感じもあったでしょう。実際好調だっていうのを反映するように、DJプレイ自体すごく良かったし。このあいだ〈Drumcode〉のパーティで来たAdam Beyerもハードだったけどテクノ! って感じのプレイで、燃えました」(荒木)

 ベルリンで"世界一"との称号を得るクラブ〈Berghain〉が核となったこの動き、ルークのPlanetary Assault Systems名義のアルバム『Temporary Suspension』 が〈Berghain〉の運営するレーベル、〈Ostgut Ton〉からリリースされ、またWIRE09のハイライトになったLen Fakiが同クラブの公式盤としてリリースしたミックスCDも素晴らしかった。両者とも、クリック~ミニマルの流れは意識しつつも、図太いキックを響かせハードなサウンドの復活を象徴していた。

 「レーベルだと〈Blueprint〉とか〈Downwards〉が復活して、リイシューも含めると結構な数がリリースされる状況です。硬質なテクノはきてますね。ただ、シーンがハウス的なものばかりになってしまった反動で、30歳前後のかつてのハード・ミニマルの隆盛を知ってる層がまた聴きだしたという印象で、若いひとが新鮮に感じてるということはないんじゃないかなぁ。このあいだのSurgeonのDJでもフロアの年齢層高かったし」(佐藤)

 昨年のリーマン・ショック以降の世界恐慌一歩手前という経済状況は、もちろんクラブ/音楽業界にも寒風を吹かせた。特に欧州では意識変革や時流とも相まってアナログ盤のセールスの激減という事態に結びつく。Native InstrumentsのDJ用ソフト開発に関わっている人物によると、ドイツでのヴァイナルの販売数は今年1/3にまで落ち込んだそうだ。しかし、日本の状況はどうかというと、意外に市場全体の規模としては急激に縮小してるわけではないという。

 「レーベルだと〈Cadenza〉、もしくはリカルド(・ヴィラロボス)絡みのものだと、100~200枚売れることもありますが、それが最大。昔はウチだけで数百なんてよくある数字だったんですけどね。普通のものは10~30枚とかですよ。ただリリースの数がものすごく増えて、だから全体としてはそこまでセールスが落ち込んでない。ドイツのディストリビューターのひとと話したら、やはり多くのレーベルがアナログは全世界で300枚くらいしか売れないと言ってますね。そうなると日本はマーケットとしてすごくでかいし、次の展開としてアジアをどうにかしようと考えてるみたいです。ただ、そこまでプレス枚数が減ると値段上げて売り切りでもペイできないだろうし、DJとしてブッキング増やすためのプロモーション・ツールになってきてる」(佐藤)

 実際のところアナログ盤を買うというのは、ある種の贅沢行為もしくは奇特な趣味になりつつあるのかもしれない。今年はまったく面識ない若い子と一緒にDJする機会が何度かあったけど、PCかCD-Rでやってるケースが大半で、ターンテーブルはもう物置場と化してるわ、カートリッジもついてないわ、隅のほうに縦置きされてるわで、なんとも悲しいブースだった。もっと名の知れたメジャーな箱でプレイしてるDJたちにしても最近は「アナログ使いますか?」と事前に確認されるとか、そうでなくてもデジタル・ソースで良く聞こえるようにPAが調整されていてアナログだとイマイチというケースも増えているそうだ。そして、11月末にはついにオーストラリア発で「パナソニックがテクニクスのターンテーブルの生産を中止する!」という噂までネット中を駆け巡り大騒ぎになった。ひとまずそれはガセと否定されたが、いつそんな状況になってもおかしくない、というのが現実か。

 09年の最大のフロアヒットがリカルドのレーベル〈Sei Es Drum〉から出たRebootの"Caminando"もしくはルシアーノが半年以上かけてプッシュし続けたMichel Cleis"La Mezcla"であることは疑いないだろう。両方とも、フォルクローレ・ミニマルという今年の一大潮流となったトレンドを規定するような仕上がりで、実際南米の楽曲をもろにサンプルしたトラックだが、目の付け所やループの組み方など絶妙でまさに時代にフィットした感があった。リカルドは現在もアナログ・オンリーでDJしているし〈Sei Es Drum〉はデジタル・リリースをやってない。ルシアーノは現場ではPCを使っているが〈Cadenza〉は大半のリリースでアナログ重視の姿勢を貫いている。日本でも石野卓球や田中フミヤといった影響力のあるプレイヤーがいまだアナログにこだわっているといったように、ロールモデルになるトップDJたちの姿勢によってなんとかまだ最後のエリアは死守しているという状態だろうか。なにせ、Loco DiceやChris Liebing、Josh Wink等の例を持ち出すまでもなく、ほとんどのインターナショナルDJはすでにデータでのプレイに移行しているからだ。

 「でも例えばDaniel Bellとか、Sascha Dive、Cassy、それとレーベル〈OSLO〉周辺のアーティストなんかはみんなアナログが大好きで、影響力あると思います。うちにも来るけど、ユニオンで中古盤買うのが楽しみみたいですね。ドイツだといい中古盤はあまりなくて、値段も高いからって。DBXなんて、ユニオンに行くために東京をツアーに組み込んでるんじゃないかな(笑)」(佐藤)

 さらに09年は、完全にインプロビゼーション的な手法を持ち込んだライヴを行うアーティストが成果を見せ始めた年だったとも言える。テクノのライヴというと、ラップトップとにらめっこというのが普通だったが、ついにそこから大きくはみ出すことをテクノロジーとアイデアが可能にした。例えば、年明け早々に日本でも見られるMoritz Von Oswald Trio(モーリッツ翁とマックス・ローダーバウワー、ヴラディスラヴ・ディレイのユニット)が数々のステージでの実験を発展させて素晴らしいアルバムに結実させたし、ルシアーノはレーベルの若手Reboot、Lee Van Dowski、Mirko Loko、Digitaline、そしてアルバムにも参加したハン・ドラムのOmri Hasonがそれぞれ演奏する音の要素、さらにはシンクロする映像をMac上のソフトで自在に操り、誰の音が流れているか一目でわかるように光でアイコン化するという画期的なステージAEtherを展開。世界中をツアーして驚かせた。ラップトップを使いながらもその場で自由に音を組み立て、多人数で空間を作りあげるという実験はほかにもRichie Hawtinが多くのプロデューサーたちと積極的に行っている。

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 さて、ele-king的にはあまり注目されない部分ではあると思うが、無視できない人気と勢力を維持しているのがエレクトロのシーンである。ベルギーで毎年行われている巨大テクノ・フェス"I ・ Techno"の公式コンピCDで、昨年Boys Noize、今年はCrookersがミックスを担当しているのは衝撃的だ。"テクノ"と銘打ってはいるが、実際のところメインどころで鳴っている音は巷でいうところのエレクトロが大半という事実。ある意味行くところまで行ってしまった"テクノ"のストイックすぎる音の対極にある派手で下世話でエネルギッシュなこの手の音が、昔でいうならレイヴ、ハードコアと同じような文脈で若いクラバーに支持されているのはよくわかる。〈WOMB〉が幕張メッセに出張して行う大規模イヴェント〈Womb Adventure〉は、2年目となる今年も、Richie HawtinとDubfireのユニットClick 2 ClickとDigitalismやDexpistolsが隣り合ってプレイするという普段のクラブ・イヴェントではなかなかお目にかかれない取り合わせを実現していた。

 「DEXのやってるレーベルの若いアーティストでMYSSっていう2人組がいて、まだ22歳くらいですっごい若いんです。ここ数年でDJはじめてガーッと人気が出てきたっていうヤツらなんですが、去年の〈Womb Adventure〉に行ってリッチー知らなかったですからね! でも、かけてる曲聴いてると結構テクノなんですよ。あれは衝撃的だったな。僕らとは全然成り立ちが違うんだなと思って。曲は耳で聴いて採り入れてても、それをテクノとは認識してないんでしょうね」(荒木)

 レコード店に足を運ぶのも、テクノのパーティで踊るのも、30歳から下というのが極端に減っているという。一方で、どんどん若い世代が飛び込んで育ち始めているのがエレクトロだと。極端ではあると思うが、同じ音でもテクノとラベルづけされるといきなり「暗い・難解」的なイメージで、人が呼べないという危惧があるからだって。なんたることだ! 今のエレクトロのDJやアーティストすべてが敬ってもいい"I'm a Disco Dancer"と"Popper"の生みの親であるChristopher Justさんなんて、いつのまにか「エレクトロの人気アーティスト」と宣伝されるようになっていたからなぁ......。

 では、テクノの文脈でまったく新しいひとたちが出てきてないのかというと、そんなことはない。ロンドンとベルリンを拠点とする世界最高峰のエレクトロニック・ミュージックのサイト「Resident Advisor」が先日発表した読者投票によるトップ100DJのリストをみれば、多くの大御所たちを押しのけてたくさんのフレッシュな名前を見つけることができる。Marcel Dettmann、Magda、Ben Klockといったミニマル勢、Dixon、Nick Curly、Omar-Sといったハウスを新しいカタチで提示する連中も元気だ。では、日本のアーティストは......?

 「海外でレコードでてるアーティストはたくさんいるんですよ。でも、日本のリスナーやDJはあまり日本人の作品プッシュしない印象ですね。メディアも取り上げないし、レコード出たからといって人気に火がつくわけでもなく、積極的にリリースしてるレーベルも〈Mule〉くらいですからね」(佐藤)

 う~ん、たしかに。〈Poker Flat〉からもリリースするRyo Murakami、〈Minus〉や〈Immigrant〉などからリリースするRyoh Mitomiなどポツポツと新しいアーティストはいるが......。「ベルリンでプレイと言ってもギャラもあまり出ず、帰ってきてからのプロモーションになるかなという感じでやりに行くというケースも多いですよね。自費でいいなら来いよ、みたいな。やはり向こうに住むくらいでないと、難しいかも」(佐藤)。Akiko KiyamaやDen等のように拠点をベルリンに移すアーティストも中にはいるが、やはり距離と言葉の問題、それはITがこれだけ発達して、世界が狭くなったと言っても20年前と変わらず大きな壁なのだ。「ただ、店という場所があるし、アーティストのサポートしたいんで、どこのレーベルにアプローチしたらいいかとかいろいろ相談にものるし、レコードが出たらバックアップできるように多めにストックして在庫切らさないようにするんです。そうやってうまくリリースにつながったり、少しでも活動しやすくなれば嬉しいですよね」(佐藤)

 今冬は気候も懐もずいぶん寒さが厳しい感じ。ついつい引きこもってぬくぬくしてても楽しいかもなどと自分をごまかしてしまいがちだ。特に今年後半一気に日本でもブレークしたTwitterのようなひととひとのつながりをうながす属人性の高いウェブサービスのおかげで、再会やあらたな出会いそんなもろもろが楽しい(テクノに限らずDJやクラブ音楽関係者もたくさんいる!)けれど、それでなにかを「わかった」気になってしまうのはいちばん危険。最後に、先日アルバムのリリース・ツアーを終えたDJ Tasakaがつぶやいていたツイートを転載しておこう。

 「各地で会った皆さんありがとう。どこもそれぞれかなりの手応え。特に印象的だったのは神戸と大分。09年の日本のテクノ・パーティに関しては"東京が中心でその他の都市はそれを追う地方"的図式で見てしまうと、本質を完全に見誤るだろうことがよくわかりました」

 「各地でパーティに熱意を持っている人達同士がリンクできる余地、まだまだありそうです。伝えて、広めて、続けるための環境作りに関して、みんな同じベクトル向いてる」

※ 月イチで国内外の旬なDJをフィーチャーする日本最大規模のテクノ・パーティ〈CRASH〉、来年一発目のオススメは2月に、〈Yellow〉や〈Unit〉を揺らし続けてきた〈REAL GROOVES〉との共催で、アルバムをリリースしたばかりのサンフランシスコのClaude VonStrokeなど多数のゲストを迎えてのフェス仕様で行うパーティ。詳細情報は〈ageHa〉もしくは〈REAL GROOVES〉公式サイトでチェックを!

 

■hot techno releases 2009

(ALBUM)
Moritz von Oswald Trio / Vertical Accent (Honest John's)
Planetary Assault Systems / Temporary Suspension (Ostgut Ton)
Len Faki / Berghain 03 (Ostgut Ton)
Mirko Loko / Seventynine (Cadenza)
Luciano / Tribute To The Sun (Cadenza)
Josh Wink / When A Banana Was Just A Banana (Ovum)
DJ Tasaka / Soul Crap (Ki/oon)
Laurence / Until Then, Good Bye (Mule Electronics)
Telephone Tel Aviv / Immorate Yourself (Bpitch Control)
Shakleton / Three EPs (Perlon)
Crookers / Put Your Hands on Me (Southern Fried)
Reboot + Sascha Dive / From Frankfurt to Mannheim (Cecille)
Mihalis Safras / Cry For The Last Dance (Trapez)
Tiga / Ciao! (Last Gang)
Peaches / I Feel Cream (Warner)
La Roux / La Roux (Polydor)
Jesse Rose / What Do You Do If You Don't? (Dub Sided)
Ben Klock / One (Ostgut Ton)
2000 and One / Heritage (100% Pure)

(SINGLE)
Cesar Merveille & Pablo Cahn Speyer / Descarga (Cadenza)
Mistress Barbara / Dance Me Till The End of Love (Iturnem)
Depeche Mode / Wrong (Magda's Scallop Funk Remix) (Mute)
Laurent Garnier / Gnanmankoudji (PIAS)
Nick Curly / Series 1.1 (8Bit)
Timo Maas / Subtellite (Cocoon)
Radio Slave / Koma Koma (No Sleep Part 6) (Rekids)
Electric Rescue / Devil's Star (Cocoon)
Sis / Mas O Menos (Titbit Music)
Felipe Venegas & Francisco Allendes / Llovizna EP (Cadenza)
Orlando Voorn feat. Obama / Yes We Can! (Night Vison)
Michel Cleis / La Mezcla (Cadenza)
RV feat. Los Updates, Reboot / Baile, Caminando (Sei Es Drum)
La Pena / 004 (La Pena)
Steve Bug / Two of A Kind (Pokerflat)
Markus Fix / It Depends On You (Cecille)
Bloody Mary / Black Pearl (Contexterrior)
Gavin Herlihy / 26 Miles (Cadenza)
DJ T / Bateria (Get Physical)
Sebo K & Metro / Saxtrack (Cecille)
Click Box / Wake Up Call (M_nus)
Chris Liebing, Speedy J / Discombobulated , Klave (Rekids)
The Mountain People / Mountain People 08 (Mountain People)
Deetron / Zircon+Orange (Music Man)
Tiga / Beep Beep Beep (Soulwax+Loco Dice Remixes) (Different)
Paco Osuna / Lemon Juice (Plus 8)
Proxy / Who Are You? (Turbo)
Adam Port / Enoralehu (Liebe Detail Spezial)
Jesper Dahlback / Roda Rummet EP (Acid Fuckers Unite)
Massimo Di Lena / Gypsytown (Cadenza)

[Techno] #1 by Metal - ele-king

 ここ1年にかけて、ダブステップの影響もあってだろうか、従来の〈ベーシックチャンネル〉や〈ディープスペース〉などのレーベル以外にもヴァリエーション豊かでダビーな音響のテクノ/ハウスが続々とりリースされている。とはいえ、テクノとダブステップが実際に共振しているかと言えば、微妙なところだ。テクノのリスナーはまだそれほどダブステップを聴いていない。ただし、お互いに意識していることは確実なのだ。面白い動きはいろいろ起こっている。最近のダブステップをかけて、逆説的にテクノのクオリティの高さも再認識した。

1 Lee Jones / Yoyo Ep | Cityfox(CHE)

ミニマルのテック・ハウス化の中で〈サーカス・カンパニー〉に代表されるジャズや現代音楽をモチーフにした音楽性の高いトラックが多数見受けられるようになりました。その中で、スイスのクラブが設立した新レーベル〈シティ・フォックス〉より〈プレイハウス〉の中心的なアーティストで、マイマイのメンバーとして知られるリー・ジョーンズによる奥深いミニマル・ハウス音響的なところではジャジーな感覚を取り入れている。

2 Tolga Fidan / So Long Paris | Vakant(GER)

ルチアーノとともにミニマルのグルーヴの発展に貢献してきたトルガ・ファイデンによるニュー・シングル。従来よりも低音は強調され、サックスをメロディーとしてではなく"飛び"のアクセントとして用いる。より立体的なトラックへと変化している。

3 Matthias Meyer / Wareika / Infinity / Smiles | Liebe Detail(GER)

〈フリーレンジ〉とともに新世代のテック・ハウスを牽引する〈リエベ・ディテイル〉よりマティアス・メイヤーとワレイカによるスプリット。両面ともにクオリティが高く、2009年のアンセムと言っても過言ではない。ジャジーでエスニックなテック・ハウスにプログレッシヴ・ロック的な要素が加わり、高音あるいは中低域の持続音が不思議なトランス感を生み出している。ダブというよりはサイケデリック。ヴィラロボスとジョー・クラウゼルが共演したらこんな感じになるんじゃないか。

4 Conforce / CCCP EP | Modelisme(FAR)

そしてオランダよりの新鋭ボリス・バニックのダブ・プロジェクト、コンフォースがルーク・ヘスなどもリリースするフランスの〈モデリズム〉から。〈エコ・スペース〉や〈ベーシック・チャンネル〉タイプのミニマル・ダブでありながら、最近のミニマル・ハウスを通過している柔軟なグルーヴが素晴らしい。

5 Rui Da Silva & Craig Richards / Be There | Motivbank(GER)

ポルトガルのルイ・ダ・シルヴァとファブリックの看板DJ、クレイグ・リチャーズによる共作。ジェイ・トリップワイヤーなどにも通じる大箱に栄えるプログレッシヴなダブ・ハウス。最近では珍しい質感と言える。アシッド・ベースの使い方がクールなトビアスによるリミックスも収録している。

6 Marcel Dettmann / Prosumer & Tama Sumo / Phantasma Vol.3 | Diamonds And Pearls Music(GER)

今年も大活躍のベルグハイン勢によるスプリット。シンプルなアシッドハウスに、繊細な持続音が絡む、デットマンによるダビーミニマルと、シカゴハウスを上手く今のグルーヴに当てはめたタマ・スモとプロシューマーによるベースの効いたテックハウス。

7 Valma / Radiated Future | Blueprint Records(UK)

デットマンを中心としたハード・ミニマル回帰の中で再び注目を集めるジェームス・ラスキンによるレーベル〈ブループリント〉からヴァルメイによる新作。覚醒的なシンセをアクセントに、ストイックに展開していくハード・ミニマルとなっている。質感は昔のままながら、グルーヴやエディットに新しさを感じる。

8 Monolake / Atlas ーT++ Remix- | Monolake(GER)

エレクトロニカのフィールドからダブを追求するベテランのモノレイクのトラックで、メンバーのトーステン・プロフロックによるT++名義でのリミックス・ヴァージョン。ノイジーでカオティックで、ピッチの早いダブステップと言える。正直に言って、レゲエやグライムからの流れのダブステップは聴くに堪えないものが多い。が、モノレイクのそれは、そのなかで本当にクオリティが高い音響を見せつけている。あるいはまた、これこそがテクノとダブステップの理想的な融合のカタチのひとつだと言える。

9 Harmonia & Eno / Tracks and Traces Remixes | Amazing Sounds(GER)

E王これは衝撃的な1枚。ハルモニアとブライアン・イーノによる名作をシャックルトンとアップルブリムがリミックス。テクノでもダブステップでもない。摩訶不思議なアンビエントだと言えるし、ジ・オーブの『ポム・フリッツ』を連想させる。ダブステップ周辺のアーティストでは僕にとってはシャックルトンが抜きん出て面白い。分からないから面白いのであう。

10 The Sight Below / Murmur - EP | Ghostly International(US)

これはシアトル出身のアーティスト、サイト・ビロウによる深海系のダビー・ミニマル。リミキサーにはフィンランドからバイオスフィア。ドローニッシュで凍りつくようなハードコア・アンビエントである。

Flashback 2009 - ele-king

 手許にある音楽雑誌をパラパラめくる。音楽評論家やライターたちがこんなふうにつぶやく。――音楽が生成し浸透する現場に足を運ばなければ、なにもわからない/いろいろなパーティやライヴに足を運べ/PCでYouTubeとかマイスペースだけ見てわかった気になってしまうのはとても危険だ――や、てことはみごとにぼくは危険なんだな。

 10年くらい前まではたぶんぼくもその音楽評論家と同じような意見を持っていたのかもしれません。アグレッシヴに聴いていた時代があったのです。でも、ここ数年は特に新しい音楽シーン(というものがあれば)とはあまり縁のない世界に席を追いていたおかげで、すっかり世情に疎いアラフィフになってしまったのはまぎれもない事実なのです。だって『スヌーザー』見ても『ロッキング・オン』読んでも『クロスビート』眺めても、さっぱりわからない名前やジャンルばかりになっているじゃないか。

 俺は「グライム」ってわかりません。「ダブステップ」もよく知りません。つか、「エレクトロニカ」って何?ってこないだ奥さんに聞かれたんですけどよくわからないって答えておきました。だって説明できないのです。たとえばそのジャンルで代表的なアーティストは誰?って聞かれても閃かないのですよ。つか、俺って今なにを聴いてるんだろうと自問してしまうくらい、実はなにも考えずに音楽を聴いていたことに最近気づきました。

 でも、ここ1、2年はそれでも数年前に比べたらいいほうだと思うのです。少しは意識的に聴くようになってきたし、誰それが「これがいい」と親切に教えてくれたもののうち、多少は自分でそれを探して聴くということをするようになってきました。

 ......うーん、自分でも情けないね。こんなことを書いてる自分が情けない。だけど事実だからしかたがありません。そんな自分が選んだアルバム20枚(シングルははっきり言いますけど2009年は10枚買ってません......ですのでセレクションは当然割愛せざるをえませんでした)ですが、そういうわけでなにか指標があって選んだものではなく、結局2009年に聴いてフィットした20枚のセレクションなのです。だから、この文のお題目である「2009年を振り返って」と言われても、たぶん編集部が要求しているであろう内容はまったく書けない。だからこんな、自己憐憫みたいな文章をだらだらと綴っている次第なのです。

 よって、ここに選んだアルバム20枚というのは、なんの脈絡もない、単なる自分のコレクションのなかから今年気に入って聴いていたもの(=iPodに入っている率が高かったもの)を選んだだけなのです。まあしかし、それでもele-kingの読者で、ぼくの昔のことを知っている人なら(名前は違いましたけどね)、あのころからあまり趣向が変わっていないことを感じてもらえるかもしれません。結果として、サイケデリックで暗いんだけど、その中に一筋の光が見えるようなアルバムばかりがやはり自分の中で残ってきてるなあと感じています。

 ちなみにベスト20はほとんど順不同。ただしヨ・ラ・テンゴ(特に後半3曲のアンビエント・シンフォニー!)は圧巻でダントツ。その次が渋谷慶一郎といろのみのアルバムで、どちらも生ピアノの音を生かした沁みる内容で、相当な時間をともに過ごしました。感謝します。

■Top 20 Albums of 2009 by Shiro Kunieda

Yo La Tengo / Popular Songs(Matador / Hostess)
Keiichiro Shibuya / for maria(Atak)
いろのみ / ubusuna(涼音堂茶舗)
Kaito / Trust(Kompact)
Moritz von Oswald Trio / Vertical Ascent(Honest Jon/ P-Vine)
Andrew Weatherall / A Pox On The Pioneers(Rotters Golf Club / Beat)
David Sylvian/ Manafon( Samadhisound / P-Vine)
The Field / Yesterday and Today(Kompact)
Atlas Sound/ Logos(Kranky / Hostess)
Gong / 2032(Wakyo)
Jebski & Yogurt / Jebski &Yogurt(Rose)
ASA-CHANG & 巡礼 / 影の無いヒト(Comonds)
The Orb / Baghdad Batteries(Third Ear)
Simian Mobile Disco/Temporary Preasure(Wichita / Hostess)
Prefab Sprout / Let's Change The World With Music(Kitchenware)
Animal Collective / Merriweather Post Pavilion(Domino / Hostess)
Devendra Banhart / What Will We Be(Warner Bros.)
Mum / Sing Along to Songs...(Morr Music / Hostess)
Jackie-O-Motherfucker / Ballad of the Revolution(Fire)
Tim Hecker / An Imaginary Country(Kranky)
Tyondai Braxton / Central Market(Warp / Beat)

 とてもとても久しぶりに行った戸川純のライヴで、初めて生の"玉姫様"を聴いた。わかいころ、生理痛が激しかったり、その最中に喧嘩をしたときなんかにこの歌を口ずさんだりしたもんだ。原稿がかけないのも彼の"無神経な"一言にいちいち腹がたつのも、社会が私を拒絶して一人ぼっちな気がしてしまうのもすべてはこの女体の神秘のせい、いつもの理性的な私じゃないもののせい、コントロール不能ではあるけれど、いずれにしても「私」の一部のせい、だけど神秘神秘......。

 怪我をして杖をついていると聞いていたし、パフォーマンス自体には正直そんなに期待していなかった。ところがそんな意に反して、そのライヴは素晴らしかった。休憩を挟んで2時間たっぷり、ほとんどはスツールに掛けたままだったけれど、何曲かでは立ち上がり踊ってもいた。声はとてもよく出ていた。
 フロアはいっぱいに埋まっていた。30代と思わしき男女。古くからのファンたちかもしれないが、もう少し若く見えるひとたちもいた。
 彼女らしいMCも含めて、10年以上のブランクをこえて、何の違和感もなく、そのステージに引き込まれていた。
 ほとんどすべてが懐かしい曲ばかりだったけれど、古臭さはなく、それどころか、80年代よりも切実な思いで彼女の歌を聴くのではないかと思われるような人びとは21世紀の日本にますます増えているようにさえ感じる。
 彼女があちこちに忍ばせていた、あるいははっきりと歌っていた、管理社会化や対人コミュニケーションの困難、孤独など、最近では「生きづらさ」と総称される苦悩は、経済環境の変化も手伝って、あの頃よりも広範囲に、激烈に拡大し続けてきた。

 戸川純がずっと歌ってきた大きなテーマは、「思いの伝わらなさ」だ。恋人でも親子でも他人でも、彼女の思いは決して伝わらない。自分はただの肉塊でしかない"諦念プシガンガ"も誰にも見えないものが見えてしまう"Fool Girl"も恋から覚めるのは髪を切ったからだという"セシルカット"もそのものずばりの"昆虫軍"も"バーバラ・セクサロイド"も"ロリータ108号"も"レーダーマン"そうだし、"隣のインド人"もそうだった。"蛹化の女"も同じだ。他者は異種であり、隣人は異人であり、恋人の心ははるかに遠い。
 と考えると、"玉姫様"はまったく違う歌に聴こえてくる。女性の生理の神秘さを率直に歌ったというよりも、むしろ、生理中であろうとなかろうと通じない思い、すれ違い、互いの思惑違いのその責任は双方にあるにもかかわらず、自分が生理中だからね、仕方ないね、私はいまちょっと変なんだよねなどと白旗を揚げて見せている、とりあえずここは自分のせいだと言えばどちらも傷つかずにすむという思いがよぎった瞬間を思い出す。そういうとき、じつは悔しくもあったことも......。だって本当は双方に原因があるのに、双方が歩み寄るべきなのに、自分にもコントロールできない自分の中のなにやらを差し出してコトを収めようとするなんて、なんという事なかれ主義かと。すべては時間の節約、ディスコミュニケーションによる心の消耗の削減のためだ。

 どうせ「思いは伝わらない」のだ。どこまで話してもたぶん平行線は免れない。

 戸川純がこのように繰り返し歌ってきた「伝わらなさ」は、80年代までは主に女性と子供に集中した苛立ちだったと思う。校内暴力や登校拒否、(話し合いではなく)わざわざ法規制しなければ解決不能と判断された男女の雇用均等問題などに少しずつそうした苛立ちは現れ、やがて90年代以降、社会全体に充満するようになった気分ではなかったろうか。するとどうなったか?
 暴れる子供にはリタリンを飲ませ、プレゼン下手な自分はプロザックで鼓舞する。さまざまな非主流的気分に細かな病名をつけて、「憂鬱」はうつ"病"に昇格させられた。ADHDやうつ病がフィクションだというつもりはないけれど、そうした診断が、人びとの、社会全体の「伝わらなさ」に対する不安を和らげたとは言えないだろうか? 夫婦喧嘩の理由を生理のせいにしたときのように?
 こうした解決法は、ネオリベラリズム経済ととても相性が良かったのではないか。伝わるまで話あったり、伝わらない者同士がその状態のまま同じ空間にいることはとても効率の悪いことだ。ピル1錠でその場が収まるならこんなに簡単なことはないではないか。
 一方で、戸川純は、繰り返しその「伝わらなさ」という悲しみを歌うことで、「伝わらなさ」自体に抗議し続けてきたように思う。彼女の作る歌詞の特徴のひとつである、(自己制御不能な)情念を(理性的な)理屈でとことん説明しようとする姿勢というのは、「生理だから仕方ないね」という解決方法に対する抵抗だったのではないか。

 この日、たくさんのMCの中でとても引っ掛かりを感じたひとことがあった。アンドロイドのコールガールの諦観を歌う"バーバラ・セクサロイド"の時だったか、「あたしはフェミニストじゃないですよ」と言ったのだ。どうしてわざわざそんなことを言うんだろう? そういえば80年代から、彼女はよく似たようなことを口にしていた。「私は不思議ちゃんじゃないです」をはじめ、ファンが妄想する戸川純像をいちいち丁寧に修正しようとしていた。彼女のMCもインタヴューも、いつも本当に丁寧で、時にはくどいほど繰り返し、違う言葉で同じことを説明してくれようとすることもある。このこともまた、「伝わらない」ことをあんなに歌っている彼女自身が、時間と言葉を掛けることでいつか伝わることを実は信じている、あるいは願っている証左なのかもしれない。
 このライヴは10月から1月半にわたって新宿ロフトで行われた〈Drive to 2010〉というイヴェントの中のプログラムのひとつだった。純ちゃんは怪我をしていて、ほとんどの歌はスツールに掛けたまま歌われた。私は10数年ぶりに見る彼女のステージに、正直言ってそんなに期待していたわけではなかった。けれども、想像以上に、いや、以前に見ていたいくつものライヴ以上に、この日の戸川純はすばらしかった。90年代には開演が1時間以上押すこともあったけれど、この日はオンタイム(!)で登場し、声はあの頃以上によく聴こえたほどだ。休憩を挟んだものの、たっぷり2時間、ときおり立ち上がったり踊りさえした。純ちゃんは戻ってきていたんだと、満員のフロアも含めて本当にそう思えるものだった。

 ここにきて、抗うつ薬の副作用に人びとの関心が向きはじめている。大手メディアが「自閉症が個性と認められるまで」(ニューズウィーク日本版)のような記事を掲載するということは、自閉症は個性のひとつだという考え方も理解を得られるようになってきているかもしれない。効率的に(安直に)コミュニケーション不全を解決しようとする焦りが社会的に和らいできたことと、戸川純がふたたび歌いはじめていることは、無関係とは言えないのではないだろうか。

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