「K A R Y Y N」と一致するもの

Jules Reidy - ele-king

 ジュールス・レイディの新作『Trances』は、まるで完璧な工芸品のように美麗に構築された音楽・音響作品である。同時に卓抜した技法で演奏されるギター作品でもある。幻想的なムードを放つエクスペリメンタルなフォークといえる。まさに音楽・音響の複合体とでもいうべきか。これは相当なアルバムである。

 ベルリンを拠点として活動を展開するレイディは、加工されたギターを用いてエレクトロ・アコースティックな作品を創作してきた才能に満ちた音楽家だ。これまでジュールス・レイディは〈Room40〉、〈Black Truffle〉、〈Editions Mego〉など、錚々たるレーベルから独自のエクスペリメンタル・ミュージック・アルバムをリリースしてきた人物である。
 どのアルバムも特殊なギターとミニマルな電子音、深い残響、ときに微かな加工された声が交錯する見事なサウンドを構築している。あえていえば、「ギター・エレクトロニカ」+「電子音響」といった趣のアルバムと称するべきだろうか。理知的な印象の楽曲だが、しかし、どの楽曲もサイケデリックな音響を展開している点も重要だ。聴き込んでいると意識が飛ばされてしまう。

 これまでリリースしたどのアルバムも良いのだが、なかでも実験音楽家/ギター奏者のオーレン・アンバーチが主宰する〈Black Truffle〉から2022年にリリースされた『World In World』は、ジュールス・レイディのこれまでの技法と音響が見事に結晶化された傑作であった。
 フランスのエクスペリメンタル・レーベル〈Shelter Press〉からリリースされた本作『Trances』は、その『World In World』の「続編」と称されている作品である(2019年に同レーベルからリリースされた『In Real Life』も『World In World』『Trances』へと続く系譜の作品に思える)。あえていえば「悪いはずがない」というほどの作品だ。私見だが『Trances』は、今後、ジュールス・レイディの「代表作」と称されるようになるのではないか。
 『Trances』は、純正律にチューニングされたヘキサフォニック・ギターを用いているという。純正律とはウィキペディアによれば「周波数の比が整数比である純正音程のみを用いて規定される音律」のこと。つまり、純正律ではより純粋な(綺麗な)和音の響きを実現することができるということだろう。ジュールス・レイディは響きの純粋さを追求したかったのではないか。じっさい『Trances』の響きはどれも澄んでいて美しい。

 この『Trances』は、12のフラグメンツがシームレスにつながる構成となっている。いくつものフレーズ、音響が交錯し、大きな流れとなっているのだ。純粋な響きを放つギターの放つ残響と、電子音響によるアンビエンスが溶け合い、光のようなサウンドを生成する。
 まるでギターとエレクトロニクスよる交響曲のようである。例えるならば、ジム・オルークとスティーヴ・ライシュとシャルルマーニュ・パレスタインとアルヴァ・ノト(カールステン・ニコライ)とクリスチャン・フェネスのサウンドが交錯するような音響空間とでもいうべきか。
 加えてジュールス・レイディの「声」も重要だ。その「声」がまるで霧のカーテンのように音響空間にまぐれ混んでいくように鳴りはじめることで、フォーク・ミュージック的な要素も加わることにある。ギター・エレクトロニカ+電子音響作品の要素に加え、エクスペリメンタル・フォークのエレメントも重要な要素になっているのだ。

 アルバム冒頭からラストまでミニマルでありなかまら拡張的な音響は一瞬たりとも緩むことなく、見事な演奏とサウンドを展開している。アルバム冒頭から、ミニマムなギターのアンサンブル、透明な電子音響、霧のような声が次第に展開され、アルバムの全体像を惜しげもなく提示する。
 アルバム全体は一種の変奏曲のように構成されているが、単調さはまったく皆無だ。変わりゆくギターと音響の美を心ゆくまで満喫することができる。個人的には冒頭の “I” や最終曲の “V” に惹かれた。この二曲を聴き比べるとアルバムにおける変奏やパターン、音響の変化をよく理解できる。
 もちろん、このような要素はジュールス・レイディのこれまでのアルバムでも共通する要素である。だが『World In World』を経て、この『Trances』では、さらにアルバムの音響と構成力に磨きがかかったように思えたのだ。
 即興と作曲・構築のバランスがよりいちだんと高いレベルになったとでもいうべきか。断片がつながり、より大きな音楽・音響が構成されている。ギターの変奏、声のレイヤー、電子音響の変化と拡張。12のフラグメンツが違いに呼応するように音響/音楽が変化していく。

 『Trances』を聴くということは、この音響/音楽の「生成と変化」のありようを体験する時間でもある。まさに繰り返し聴くに値する素晴らしい音響作品であり、音楽作品であり、ギター・ミュージックでもあり、電子音楽であり、電子音響でもあり、アンビエント・ミュージックでもあり、誰が聴いても美しいエクスペリメンタルなフォークでもある。高度でありながら難解ではない音楽性に圧倒される。
 ミニマルなギターのアルペジオと電子音。ふたつのアルペジオが少しだけずれながら重なりあうことで、モアレ状のサイケデリックなパターンが生成されていく。そこに光のように煌めく音響が折り重なり、美しい残響が交錯する。音楽のズレとパターンの交錯という意味では、どこかコーネリアスの音楽性にもリンクしていきそうである。例えば、ジュールス・レイディがリミックスしたコーネリアスの楽曲なんてものも聴いてみたくなる。共演なども聴いてみたいものだ。まさに実験音楽マニアのみならず、広く音楽ファンに聴いてほしいアルバムといえる。

Julia Holter - ele-king

 いま、この世界で、エルヴィスよりもビートルズよりもコカコーラよりも有名なのはテイラー・スウィフトだそうだ。誰が言ったのかは知らない。誰も言ってないかもしれない。彼女は1989年生まれだが、その5年前にはジュリア・ホルターが生まれていることを、サウジアラビアの国王は知っているのだろうか。知らない可能性が低いとは言えないので、やはりこれはニュースにする必要があるだろう。
 私は昨年、ケイト・ブッシュの『Hounds of Love(邦題:愛のかたち)』を聴き、ジョニ・ミッチェルの『Court and Spark』(イーノのフェイヴァリット)を聴き、そしてジュリア・ホルターの狂おしい記憶の横断旅行、大作『Aviary』を聴いた。彼女はこのアルバムからいっきに、かつてブッシュやミッチェルがジャンルの束縛から逃れるように向かった荒野に進んで、政治化された強烈かつ複雑なサウンドを表現した。昨年末、ホルターは来日し、私は取材の機会を得るものとばかりに準備をしていたが、結局は、なにごともおこらなかった。私はただ、ただひたすら音楽を聴いていただけだった。ところが、ここに、彼女の新作のニュースを公開しても良いという、お達しのメールが届いたので、いま、かような文章をしたためた次第である。
 青緑のこの惑星は誰のモノでもあって誰のモノでもない。私はこの年末年始、世界で最初の音楽批評と言われるニーチェの『悲劇の誕生』(デイヴィッド・ボウイとイギー・ポップの愛読書の一冊)を読もうと思って、数ページで挫折した。このまま読み終えることなく、また本棚に戻すのか、それとも……ジュリア・ホルターのデビュー作は『悲劇(Tragedy)』だ。そして、彼女の新作の発売は3月22日。ポップとロックの難民たちは記憶すべし。

Julia Holter - Spinning (Official Video)
YouTube >>> https://juliaholter.ffm.to/spinning-yt


artist: Julia Holter
title: Something in the Room She Moves
release: 2024.03.22
label: Domino / Beat Records

商品ページ:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13856
配信リンク:
https://juliaholter.ffm.to/sitrsm

kelz+Homie Homicide - ele-king

 ヴェトナム系アメリカ人、ケリー・チュオン(Kelly Truong)によるプロジェクトの来日公演が決定している。その名もケルツはドリーム・ポップの新星で、これまでフランキー・コスモスやビーチ・フォッシルズ、ユールなどをリリースしてきたNYのレーベル〈Bayonet〉から2022年にデビュー・アルバム『朝5時だけど眠れない(5am and I Can't Sleep)』を送りだしている。
 サポート・アクトにも注目、東京の4ピース・バンド、Homie Homicide(なんとまあ、小山田米呂がギター)の登場ときたらもう、ね。2月10日はCIRCUS TOKYOで会いましょう。

kelz Japan Show 2024 | Bayonet Recordsから傑作ファースト・アルバムをリリースしたドリーム・ポップ・プロジェクトkelzの初来日公演

Bayonet Recordsから2022年に傑作ファースト・アルバムをリリースしたカリフォルニアのエレクトロニック・ドリーム・ポップ・プロジェクトkelzの初来日決定!

2022年にBeach FossilsやYeuleなどもリリースする気鋭のレーベルBayonet Recordsからデビュー・アルバム『5AM and I Can’t Sleep』をリリースした、ベトナム系アメリカ人のプロデューサー/マルチ・インストゥルメンタリスト、Kelly Truongによるドリーム・ポップ・プロジェクト、kelzの初来日公演が決定。
サポート・アクトはHomie Homicideが務めます。

kelz Japan Show 2024

日程:2024年2月10日(土)
時間:Open 19:00 / Start 20:00
会場:CIRCUS Tokyo
料金:予約 3,800円 / 当日 4,300円 *別途1ドリンク代金必要

LIVE:
kelz
Homie Homicide

チケットのご予約は以下から。
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/top/news/kelz-japan-show-2024/


kelz:
ベトナム系アメリカ人のプロデューサー/マルチ・インストゥルメンタリスト、Kelly Truongによるソロ・プロジェクト。カリフォルニア州オレンジ郡の自宅で作曲・録音されている楽曲はノスタルジックでありながら希望に満ちた物語を描いている。その浮遊感溢れるドリーム・ポップは注目を集め、Beach FossilsやYeuleなどもリリースする気鋭のレーベルBayonet Recordsと契約し、2022年にデビュー・アルバム『5AM and I Can’t Sleep』を発表した。入念にループするビート、シンセティックな波形、織り成すギターのピッキングは、感情や避けられない時の流れを処理する瞑想のようであり、そのサウンドに溶け込む彼女の風通しの良いボーカルは、深夜に他の部屋にいる人を起こさないように小声で録音されている。各曲は引き波のように折り重なっていき、前の曲から伝染するメロディーの方向性を変えていく。kelzはそのプロセスを「何かに向かって走っているような感じ」だったが、それが何なのかは分からないと振り返る。まさに夜のドライヴにも最適な活気に満ちたエレクトロ・ポップ・トラックが絶妙のバランスとアレンジで配されており、極めて完成度の高いアルバムに仕上がっており、ここ日本でも専門店や早耳のリスナーを中心に話題となった。今回の来日公演が彼女にとって本国アメリカ以外で行う初めてのライヴとなる。

kelz - 5am and I Can't Sleep (Bandcamp):
https://kelzmusic.bandcamp.com/album/5am-and-i-cant-sleep

kelz - Guitar + Peaches (Official Music Video):
https://www.youtube.com/watch?v=G3VZXchHA2s


Homie Homicide:
2019年にギターの北山ノエルとボーカルのRioが出会い宅録を始める。その後、ベースの伊郷寛が加わりドラム、ギターの小山田米呂が参加。現在SoundCloudにてデモ4曲が試聴可能。
https://soundcloud.com/homiehomicide2022

RC Succession / Kiyoshiro Imawano - ele-king

 「ロックン・ロール」の誕生には諸説ある。つまりチャック・ベリー以前のブルースのなかにも、すでにあのギターリフが記録されているからだ。しかしながら多くのロックの重鎮たちが仰せ給うように、チャック・ベリーが発明したリズミックなスタイル(ブギウギの4拍子とヒルビリーの2拍子とのブレンド)は、興味深いことに黒人文化圏の外で「ベートーヴェンをぶっ飛ばす」勢いで広まった(いまも?)。ビートルズ、ストーンズあるいはディラン……、その創造的な継承および創造的な誤解の、別称「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」なきら星のなかには、我が国のRCサクセションも数えられる。
 というわけで、解放への招待状、RCサクセション / 忌野清志郎の「ロックン・ロール」ベスト盤のリリースが発表された(パチパチパチパチと拍手)。メンフィスでもリバプールでもない、70年代〜80年代、そして90年代から今世紀初頭の東京で醸成された、この国のオリジナルなロックンロールです。
 RCサクセション盤と忌野清志郎盤の2作品が同時発売ということで、ある程度聞き込んでいるファンのために言えば、前者には、“トランジスタ・ラジオ”のロング・ヴァージョン、雑誌『ロック画報』にのみ収録された超レア・トラック“もっと何とかならないの?”。後者には、加部正義のアルバム『COMPOUND』に収録の“非常ベルなビル”、単行本『瀕死の双六問屋』に付録としてついていた“フリーター・ソング”、『KING』 の「Deluxe Edition」のみ収録だった“ジグソー・パズル”、2018年の日比谷野音パンフレットに付属した“ジャングルジム”、ほかにもLOVE JETSでの曲やKIYOSHIRO, JOHNNY, LOUIS & CHARでの曲など、無視できない内容になっています。
 発売は3月6日。 Rock'n Roll Showショーは終わりじゃなかった!


●RCサクセション「ロックン・ロール~Beat, Groove and Alternate~」
発売日:2024年3月6日
品番:UICZ-4665/6  価格:¥4,400(税込)
仕様:2CD+ブックレット


●忌野清志郎「ロックン・ロール~Beat, Groove and Alternate~」
発売日:2024年3月6日
品番:UICZ-4667/8  価格:¥4,400(税込)
仕様:2CD+ブックレット


<収録予定曲>
RCサクセション「ロックン・ロール~Beat, Groove and Alternate~」
■Disc-1
01.キモちE
02.自由
03. MIDNIGHT BLUE
04.ロックン・ロール・ショー
05.可愛いリズム
06.ダーリン・ミシン
07.エネルギー Oh エネルギー
08. 2時間35分
09.ファンからの贈り物
10.バラバラ
11.DANCE
12.腰をふれ!
13.ベイビー!逃げるんだ
14.ハイウェイのお月さま
15.マリコ

■Disc-2
01.つ・き・あ・い・た・い
02.こんなんなっちゃった
03.トランジスタ・ラジオ 〜ロングサイズ
04.どろだらけの海
05.サマーロマンス
06.SUMMER TOUR
07.ブン・ブン・ブン
08.DDはCCライダー
09.悪い星の下に
10.共犯者・THE ACCOMPLICE
11. LONLEY NIGHT(NEVER NEVER)
12.ドカドカうるさいR&Rバンド
13.雨あがりの夜空に
14. Rock'n Roll Showショーはもう終わりだ
15.ボーナストラック:もっと何とかならないの?

忌野清志郎「ロックン・ロール~Beat, Groove and Alternate~」
■Disc-1
01. JUMP
02 ROCK ME BABY
03.RAZOR SHARP・キレル奴
04.非常ベルなビル *加部正義 feat.忌野清志郎
05.カラスカラス
06.HB・2B・2H
07.ゴミ   *THE TIMERS
08.あの娘とショッピング *DANGER
09.フリーター・ソング
10.人間のクズ  *忌野清志郎 Little Screaming Revue
11. POP PEOPLE POP *LOVE JETS
12.ジライヤ  *VALE TUDO CONNECTION Organized by 藤沼伸一feat.忌野清志郎
13.ジグソー・パズル
14.プライベート  *KIYOSHIRO, JOHNNY, LOUIS & CHAR
15.君が代  *忌野清志郎 Little Screaming Revue

■Disc-2
01.デイ・ドリーム・ビリーバー *THE TIMERS
02. Let‘s Go(IKOZE)  *忌野清志郎&2・3'S
03.カモナ・ベイビー
04.少年マルス   *忌野清志郎 with KANAME (ex COSA NOSTRA)
05.宗教ロック   *THE TIMERS
06.ジャングルジム  *ラフィータフィー
07.ムーンビーチの砂の上
08.メルトダウン
09.S.F.    *KIYOSHIRO, JOHNNY, LOUIS & CHAR
10.BOO BOO BOO 
11.宇宙ベイビー   *LOVE JETS
12.KI・MA・GU・RE
13.Sweet Lovin‘(Live)  *ラフィータフィー
14.激しい雨
15.Don’t Let Me Down  *忌野清志郎&仲井戸麗市

*収録曲は予告なく変更になる場合があります。

ユニバーサル ミュージックホームページ
 RCサクセション
 忌野清志郎

CAN - ele-king

 発掘がつづいていたCANのライヴ音源シリーズ。これまで1975年のシュトゥットガルト、同年のブライトン、翌76年のクックスハーフェンでのパフォーマンスを収めた計3枚がリリースされてきているが、いよいよダモ鈴木在籍時、黄金時代のレコーディングの登場だ。ずばり73年のパリ録音。タイミング的には『Ege Bamyasi』(72年)のあとにあたる。おそらくファンのだれもが待ちわびていただろう1枚、2月23日発売です。日本盤はしっかり歌詞対訳つき、イアン・F・マーティンによる解説もあります。逃すなかれ。

ついにダモ鈴木在籍時、CAN全盛期のパリでのライヴ盤がリリース!

CANのライヴ・シリーズ第4弾『ライヴ・イン・パリ 1973』、2024年2月23日発売!

このシリーズは、結成メンバーのイルミン・シュミットとプロデューサー/エンジニアのルネ・ティナーが監修し、貴重なアーカイブ音源を現代の技術と繊細な作業により最高のクオリティで見事に復元した。今回のアルバムは、1973年のパリ公演を収録したもので、キーボード&シンセにイルミン・シュミット、ドラムにヤキ・リーベツァイト、ギターにミヒャエル・カロリ、ベースにホルガー・シューカイ、そしてダモ鈴木がヴォーカルをとっており、ダモ鈴木にとって、バンド最後期でのライヴ出演となった。

アルバムは2枚組CDでリリースされ、オリジナルのライナー・ノーツは、ジャーナリストのウィンダム・ウォレスが執筆し、日本盤にはその対訳が付属する。

■ダイジェスト音源
https://youtu.be/_fAqv3-4o-o

■Pre-Order
iTunes
Amazon

本作のブックレットには、ジャーナリストのウィンダム・ウォレスが執筆したライナーノーツが掲載されている。今回の作品についてウォレスは次のように述べている。「『ライヴ・イン・パリ1973』について、私がお伝えできることはほとんどない。そして、ここが問題の核心なのだが、そんなことはどうでもいい。実にどうでもいいことなのだ。日の光を浴びてよくなる夢など、ほぼないと言っていい。これも例外ではない。誰が細かいことを知りたいだろう? トリビアやささいなことが必要だろうか? 彼らがどうやってこれを成し遂げたのかは知らないが、これこそが、私がようやくCANを聴けるようになるまでに、いつも想像していたCANの音そのものだったのだ。」

CAN は1968年にケルンのアンダーグラウンド・シーンに初めて登場し、初期の素材はほとんど残されていないかわりに、ファン・ベースが拡大した1972年以降は、ヨーロッパ(特にドイツ、フランス、UK)で精力的にツアーを行い、伝説が広がるにつれ、多くのブートレッガーが集まってきたのだ。『CAN:ライヴ・シリーズ』は、それらの音源の中から最高のものを厳選し、イルミン・シュミットとルネ・ティナ―による監修で、21世紀の技術を駆使して、重要な歴史的記録を最高の品質でお届けするプロジェクトである。

本作品は1973年5月12日、パリのオランピア劇場で行われたCANの変幻自在なパフォーマンスを収録したものであるが、ここで特筆すべきは、CANライブシリーズの中で初めてダモ鈴木がヴォーカルとしてフィーチャーされた作品ということである。1970年から1973年まで、CANはイルミン・シュミット、ヤキ・リーベツァイト、ミヒャエル・カロリ、ホルガー・シューカイの中心メンバーに、日本の即興演奏家でヴォーカリストのダモ鈴木が加わって活動。1970年、彼らは鈴木がミュンヘンの路上で演奏している最中に偶然出会い、その後すぐにCANに加入することになるのだが、1973年のこのパフォーマンスの数ヶ月後、彼の放浪心は再び彼を旅に導くことになった。

ライヴシリーズ最新となる今作では、CANのバンド・キャリアの中でも特に重要な段階を目撃することができる。彼らの最も称賛されたアルバムである『タゴ・マゴ』と『エーゲ・バミヤージ』は、後者がパリのパフォーマンスに影響を与えたものである。録音自体は、スプーン・レコードの保管庫内から見つかり、協力的なファンから送られた録音を組み合わせて編集され、このシリーズのすべてのアルバムをまとめ上げた、創設メンバーのイルミン・シュミットとプロデューサー/エンジニアのルネ・ティナーによって21世紀になって日の目を見ることになる。

1960年代末に結成され、それからおよそ10年後に解散したCANは、催眠的なグルーヴと前衛的な楽器のテクスチャの大胆な融合により、彼らを史上最も重要で革新的なバンドの一つにした。そして今回のライヴシリーズ作品は、このバンドのまったく異なる視点を明らかにする。シリーズ一連のジャム・セッションでは、おそらくおなじみのテーマやリフ、モチーフが浮かび上がり、そこらじゅうに漣(さざなみ)のように広がるが、それらは時折渦巻く人混みの中で一瞬だけ認識される顔のようだ。別の場面では、オフィシャルにリリースされたアルバムには収められなかった音楽が聞こえてくる。これらのライヴ録音では、CANはスタジオの作業よりもさらに極端な領域、穏やかなアンビエントドリフトロックから、かつて「ゴジラ」とあだ名された白色矮星の音響メルトダウンまでに挑戦している。そして、メンバー同士が共有する非凡な音楽的テレパシーが聞こえてくるのである。

このライヴ・シリーズは、英誌Uncutのリイシュー・オブ・ザ・イヤーで1位、MOJOで2位を獲得したライヴ盤『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』(LIVE IN STUTTGART 1975)、『ライヴ・イン・ブライトン 1975』(LIVE IN BRIGHTON 1975)、そして『ライヴ・イン・クックスハーフェン1976』(LIVE IN CUXHAVEN 1976)の3作が発売されている。

■オリジナル・アルバム概要
https://bit.ly/3mfeLxK

■商品概要
アーティスト:CAN (CAN)
タイトル:ライヴ・イン・パリ 1973 (LIVE IN PARIS 1973)
発売日:2024年2月23日(金)
2枚組CD
品番:TRCP-308-309 / JAN: 4571260594104
定価:2,700円(税抜)/ 解説:イアン・マーチン
紙ジャケット仕様
海外ライナーノーツ: ウィンダム・ウォレス
対訳付

Tracklist
CD1
1 Paris 73 Eins
2 Paris 73 Zwei
CD2
1 Paris 73 Drei
2 Paris 73 Vier
3 Paris 73 Fünf



■プロフィール
CANはドイツのケルンで結成、1969年にデビュー・アルバムを発売。
20世紀のコンテンポラリーな音楽現象を全部一緒にしたらどうなるのか。現代音楽家の巨匠シュトックハウゼンの元で学んだイルミン・シュミットとホルガー・シューカイ、そしてジャズ・ドラマーのヤキ・リーベツァイト、ロック・ギタリストのミヒャエル・カローリの4人が中心となって創り出された革新的な作品の数々は、その後に起こったパンク、オルタナティヴ、エレクトロニックといったほぼ全ての音楽ムーヴメントに今なお大きな影響を与え続けている。ダモ鈴木は、ヴォーカリストとしてバンドの黄金期に大いに貢献した。2020年に全カタログの再発を行い大きな反響を呼んだ。2021年5月、ライヴ盤シリーズ第一弾『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』を発売。同年12月、シリーズ第二弾『ライヴ・イン・ブライトン 1975』を発売。2022年10月、シリーズ第三弾『ライヴ・イン・クックスハーフェン 1976』を発売。そして、今回その第4弾となる『ライヴ・イン・パリ 1973』をリリースする。

www.mute.com
http://www.spoonrecords.com/
http://www.irminschmidt.com/
http://www.gormenghastopera.com

Fred again.. & Brian Eno - ele-king

 2023年は多くの魅力的な音楽が生み出された一年だった。その総まとめについてはぜひ年末号をお読みいただきたいけれども、ただ、タイミングがあわずレヴューしそびれてしまった作品が少なからずあることが心残りで……というわけで、気持ちが落ちつく1枚を紹介しておきたい。昨年5月にリリースされたフレッド・アゲイン‥とブライアン・イーノによるアンビエント・アルバムは、新年早々気の滅入る出来事がつづいている現下のお伴にも適した内容だと思う。

 フレッド・アゲイン‥ことフレッド・ギブスンは10年代末ころに頭角をあらわしてきたロンドンのプロデューサーだ。貴族の家系出身という珍しいルーツのもち主でもある。リタ・オラ、エド・シーランといった億単位の再生数を稼ぐメインストリーム勢の楽曲に携わる一方、ストームジーを手がけたりUKドリルのヘディ・ワンと共作したり、積極的にストリート文脈とも交わろうとするその振れ幅は、自身のバックグラウンドに反抗しているかのようにも見えて興味深い。多くの人びとがアンビエントに心奪われたパンデミック中にはそれと真逆ともいえるダンス・サウンドに挑戦、『Actual Life』3部作(2020~2022)でハウス/UKガラージのアーティストとして一気に知名度を高めることになった。その手腕は2023年に出たロミーのアルバムでも存分に振るわれている。
 そんな彼の音楽キャリアにおける転機は早くも10代に訪れている。16歳のとき、ギブスンはある家族の友人からご近所さんのアカペラ・グループの稽古に招待されることになったのだが、そのご近所さんこそまさかのブライアン・イーノだったのだ(イーノは合唱好きとして知られる)。かくしてアンビエントの巨匠と接点を有した彼は、2014年のイーノ・ハイド『Someday World』に参加、演奏者としてのみならず共同プロデューサーとして大抜擢されてもいる。

 それから9年。45歳差コンビによる共同名義のアルバムがついに実現されることになった。ピアノやささやかなノイズなどを後景に、ヴォーカルが控えめにことばを投げかけていくアンビエント作品である。“Enough” や “Chest” のように大味なメロディがやや主張しすぎるトラックがある一方で、UKガラージもしくはダブステップの影響だろうか、声のサンプルを切り刻んだ “Safety” や “Cmon” の実験は聴きごたえがある。御大のほうはサポートに徹している印象だが、“Pause” のピアノづかいなんかは彼のアンビエント作品を想起させなくもない。
 音響的にもっとも成功しているのは “Secret” だろうか。レナード・コーエン “In My Secret Life” の一節が引用されるこの曲ではギターらしき音にもこもこした具体音や鍵盤が重ねられ、独自の穏やかな時間を味わわせてくれる。つづく “Radio” も顔だろう。チェロをバックに漂流する音声サンプル、消え入りそうなギブソンのヴォーカル──どこか『World Of Echo』を想起させ、これは現代にアーサー・ラッセルを蘇らせる試みといえるかもしれない。同曲ではCOVID-19に斃れたカントリー・シンガー、ジョン・プラインの “Summer's End” が引用されており、その「帰っておいで」という悲しげでありながらどこかあたたかみを伴ったフレーズは、最終曲 “Come On Home” でも再利用されることになる。パンデミックなのか戦争なのかわからないけれど、失われたたいせつななにかを痛切に訴えているような1曲だ。

 アンビエントが盛んになった時期にハウスに挑み、逆にダンス熱が最高潮に達しているポスト・パンデミックの現在、静穏を求めるかのようなアンビエント作品を送り出すギブソンの活動からは、たんにあまのじゃくというだけではない、アティテュードのようなものが読みとれる。そういう意味では、本作がフォー・テットのレーベルから出ている点も見過ごせないだろう(キーラン・ヘブデンはマスタリングも担当している)。それは、すでにメインストリームで大成功を収めている彼が、いまだインディペンデントなシーンとの接点を失っていないことの明確な証だからだ。
 ついでに昨年のイーノについても振り返っておくと──『トップボーイ』のサントラはもちろんのこと──やはりその反戦メッセージを忘れるわけにはいくまい。爆撃開始から11日後の10月19日には即時停戦をもとめる公開状に署名、同月21日からはじまったキャリア初のソロ・ライヴ・ツアーでもパレスティナとイスラエル双方の人民に曲を捧げ、11月13日には自身が議長を務める「戦争やめろ連合(StWC:Stop the War Coalition)」(ちなみに副議長はジェレミー・コービン)のサイト(https://www.stopwar.org.uk/)で「わたしたちはどんな道徳的世界に住んでいるのでしょう」と、まるで歌のようなリフレインを含む声明を発表している。いわく、「これは、ユダヤ人対それ以外のひとびと、という話ではありません。ユダヤ人であろうがなかろうが、平和を信じる人民対戦争を信じる人民、という問題なのです」。75歳にしてこの活動量に熟考。頭が下がるばかりだ。

 相変わらず戦争はつづいているし、能登地震に羽田空港の事故に秋葉原の刺傷事件にイランのテロにアイオワの銃乱射にと、新年早々まったく心休まらぬ日々がつづいているわけだけれど、短絡的な条件反射とか、あるいは自分からオンラインに悲しみを浴びにいく「ドゥームスクローリング」はひとまずやめて、じっくりこのアルバムに浸ってみることをおすすめしたい。

編集後記(2023年12月31日) - ele-king

 一年前のいまごろはまだマスクを装着するのが大多数にとっての日常だった。新型コロナウイルス感染症の5類への移行が今年の5月8日。もちろん、すでに2022年の時点でいろんなものがリスタートしていて状況は整いはじめていたし、ヨーロッパなどではもっと早くからそうなっていたわけだけれど、2023年は日本でも前年とは比較にならないほどたくさんのライヴやパーティ、フェスが催され、多くの人びとが外での興行を楽しんだのではないかと思う。パンデミックへの反動がこの列島でも本格的に爆発したのが2023年だったのではないだろうか。とくに若い世代のあいだでダンス熱が高まったことは記憶にとどめておきたい事象だ。
 ということはしかし、じきそのカウンターも訪れるということにちがいない。それがどういったかたちになるのか予言することなど不可能ではあるものの、もしかしたら2024年は新たな音楽の波が押し寄せてくるかもしれない。ともあれこの「カウンター」という考え方は、なんでも「 “サブ” カル」扱いされる現代にあって、けっこう重要なんじゃないかと思う。
 振り返れば今夏はひとつの出来事が起こったのだった。テイラー・スウィフトのヴァイナルにプレスミスがあり、まったくべつの音源が収録されていたのだ。かわりに盤に刻まれていたのはロンドンの〈Above Board Projects〉による90年代半ばのUK産エレクトロニック・ミュージックを集めたコンピ『Happy Land』。冒頭キャバレー・ヴォルテールを聴いたスウィフティーズのひとりは大いに戸惑い、事態をSNSに投稿、それを見たフォロワーが「呪われているから止めろ」と助言するにいたる。
 なにもかもが並列化されフラットになり、そこに優劣はなく、各々がそれぞれの趣味を追求すればいい時代──そんなふうに言われるようになって久しいけれど、じつはそうではなかったということをこの事件はほのめかしている。多文化相対主義の行きつく果ては結局、市場で圧倒的な力を持っている「コンテンツ」を楽しむ感受性こそが正しいものとして、勝者として君臨する世界だった、と。でなければ「呪われている」なんて単語は出てこない。これは逆にいえば、まだ「呪われている」ことが有効でもあるということで、つまりオルタナティヴな世界を想像することはいまなおじゅうぶん可能だということではないだろうか。
 つい先日90歳で亡くなったイタリアの哲学者はこんなことを言っている。
 

芸術は、価格に還元された単一性にさまざまな特異性からなるマルチチュードを対置するという意味において、反市場なんだ。(トニ・ネグリ『芸術とマルチチュード』廣瀬純+榊原達哉+立木康介訳、月曜社、2007年、106頁)

 専門用語があってよくわからないけれど、でもなんとなくわかる。市場の感受性に還元されない音楽だってありうるんだ、と。そんなわけでわれわれはオルタナティヴな音楽をサポートするメディアとしての役割を来年もしっかり果たしていきたい。2024年はどんな音楽と出会うことができるのか、いまから楽しみでならない。

 2023年、ele-king books は27冊の本を刊行している。協力してくださった多くの方々、購読してくださったみなさま、ほんとうにありがとうございました。2024年もele-kingならびにele-king booksをよろしくお願いします。

 それではみなさん、よいお年を。

♯1:レイヴ・カルチャーの思い出 - ele-king

 2023年、少し嬉しいかもと思ったのが、日本におけるレイヴ・カルチャー再燃(しているらしい話)だった。え、まさか、ほんと? 人間歳を取ると無邪気さが減少しシニカルになり、老害化することは自分を見ていてもわかる。文化とは、上書きされ、アップデートしていくものだし、ぼくはこんにちの現場を知らないから、そもそも「再燃」について何か言える立場ではない。しかしぼくにも言えることがある。いまから30年以上前の、オリジナルなレイヴ・カルチャーの話だ。当時のリアル体験者のひとりとして、その場にいた当事者のひとりとして、それがどんなものだったのかを(ある程度のところまで)記しておくことも無益ではないだろう。
 かつて、それがレイヴかどうかを判断するのは簡単だった。足がガクガクになるほど踊ったあとの朝の帰り道に、あるいは数日後に、「ところで誰がDJだったの?」、これがレイヴだった。たとえば、クラブでもフジロックでもなんでもいいのだが、そこに行ったライターないしは匿名SNSユーザーがレポートする。●●のライヴは素晴らしく、とくに●●をやってくれるのは良かったとかなんとか。レイヴ・カルチャーは、業界で慣習化された「お決まりの」解説には収まらない。なぜなら、レイヴにおいては、誰のDJが良かったとか、あの曲が良かったとか、そんな男性オタク的な価値観などどうでもいいし、そもそもDJはロックスターではなかった。固有名詞で重要なのは、強いて言うなら、そのパーティ名であり、さもなければ、いっしょに踊った●●や、名前も知らないけどハグし合った●●のことのほうなのだ。
 こう書くと、アホみたいに思えるかもしれないし、実際、レイヴ・カルチャーのような、音楽に対する肉体的な快楽反応を卑しくみる向きは、当時もあったし、いまだにある(なぜだろう)。ほんとうの意味での知的な音楽を作るのは困難だが、同じように、いやひょっとしたらより難しいのは、いろんな種類(階級/人種/ジェンダー)の大勢の人間をいっぺんに快楽主義のどつぼにはめることのほうかもしれない。レイヴ・カルチャー黎明期に、NMEのあるライターは、ディオニソス精神の塊(ハードコア)のようなこの文化を極めて暗示的に、そしていかにも左派的ではあるがことの本質を次のように紹介した。「我々は、喜びをもういちど、国家に対する犯罪としなければならない」

 「みんな」といっしょになって、ぶっ飛んで、無心に踊るということ、レイヴ・カルチャーとはなんともシンプルな話であって、しかもじつはすべてが新しいわけではもなく、古い文化の応用でもあった。スガイケンではないが、民俗学的にいえば、それは日本古代における酒の力を借りながらの精霊との夜通しの踊り(通称花祭)に源流があるのだろうし、当然のことながらそのための音楽を提供してくれたアメリカ北部の三都(NY、シカゴ、デトロイト)の黒人ダンス文化には大いに借りがある。あるいは、「週末の夜ために生きる」UKの70年代ノーザン・ソウルなどは明らかにそのアーキタイプと言える。もっともよく混同されるのが、ディスコ/クラブ・カルチャーとどこが違うのかという点だ。たとえば、ベルリンのベルグハインの話を聞いたとき(話でしか知らないのだが)、いまいち共感を覚えなかったのは、レイヴは客を選別しなかったからだ。ダンス・カルチャーという同じ分母を持ちながら、レイヴはクラブ・カルチャーにありがちな徒党性や選民意識をもたなかった。レイヴ・カルチャーの論客のひとりにサイモン・レイノルズがいるが、彼は1992年に〈Warp〉がリリースした『アーティフィシャル・インテリジェンス』について、あのウィットに富んだアートワークで重要なのは、アンビントを楽しんでいるリスナーが「ひとり」である点だと指摘した。すなわちそれ(彼の皮肉を込めた言葉でいえばアームチェア・テクノ)は、「レイヴによる大衆的な交わりや社会的なミキシングを諦めた、あるいは卒業した人たちのためのサウンドトラックだ」と苦々しい感想を述べている。
 こうした意見は、レイノルズやマーク・フィッシャーのような左派の、オウテカやミカ・ヴァイニオなら認めるが“アシッド・トラックス”のとんでもないミニマリズムやハードコア・ジャングルの実験性をアートとして認めることのできないでいる人たちへの憤りを内に秘めた、レイヴの側からの一方的な見解にみえるかもしれないが、レイヴ・カルチャーにおいて、庶民(common people)を巻き沿いにしたことがこの文化のラディカルな核心部分であったことは間違いない。ここ日本でも、1992年に新橋に集まった経験をお持ちの御仁たちにはわかるだろう。作品性や作家性という、クラシック音楽的ないしはロック評論的な基準からは一億光年離れたところにあって、真の意味で主役は人びと(common people)であるという解放感と喜び。パンクは大衆文化史においてもっとも重要な出来事だったと思うが、ひとつ問題点があったとしたら、否定の先にある理想とする社会を描くことがおろそかにされたことだった。ヒッピーは理想とする社会を描いたが、怒りを欠いた(パンクによって否定された)ブルジュア・ボヘミアンへの道も準備している。パンクは、ヒッピーをあまりにも嫌ったばかりに理想に対するシニシズムの回路を補完してしまったが、ポスト・パンクへと展開するなかでより身体的な音楽、ダンス・ミュージックをどん欲に取り入れていったことはあとから大きな意味を持った。レイヴ・カルチャーが革命だったのは、それ以前のふたつの革命(ヒッピーとパンク)をいっきに繋げてしまったからである。

 しかしながら、歴史が教えるとおり、われらE世代の革命はそんなうまいこと話は進まず、短命に終わった。AIシリーズ以降とはまさにポスト・レイヴの時代、自意識過剰なアート志向とパラノイアックなダーク志向、さもなければファンク(デトロイト)と官能(シカゴ)を欠いたトランス化、サイケ化、ニューエイジ化、幼稚化の時代へと突入する。群島化したそれぞれの島にはそれぞれの魅力もあったが、上記のすべてを包含していたのがレイヴだったと言えるのだ。庶民(common people)は、ロックやジャズやヒップホップと同じ、主役の座を退いてただのオーディエンスになったし、アナキストにもラディカリストにもなれなかったぼくは作家性と作品論という旧来の世界に結局は戻った。その終わり方についてはまた別の機会に書くことがあるかもしれないけれど、とにかくまあ、それはいちど終わった。

 終わったけれど、それを経験できなかったのちの世代のリスナーには、AFXやBrialがいまでもアルバムよりEPにこだわっていることを思い出して欲しい。彼らはアルバムが作れないのではなく、作らないのだ。レイヴ・カルチャーは音楽界におけるアルバム単位の評価という制度もどきを相対化し、より手頃で生なシングル(12インチ)主義によって成り立っていたからだ。リチャード・D・ジェイムスはもともとはコーンウォールのレイヴDJだった(だから “ディジュリドゥ”を作れたのだ) 。リアルタイム世代ではないBrialにいたっては、レイヴを彼なりに思弁的に表現しているではないか。彼らがいまでもジャングル(レイヴが生んだ最高の音楽スタイル)と匿名性(スターはいない)に執着するのは、古きレイヴへの敬意であり、捨てきれない夢をそこに抱いているからだろう。日本でも、再開した〈Metamorphose〉や〈Rainbow Disco Club〉のような野外イベントには、多かれ少なかれ、なんらかのカタチでその精神が継承されている。
 いまにして思えば、ほんの一瞬のできごとではあったが、我々はたしかにあの時代、そこにいる全員と心の底から生きている喜びを分かち合える、都市のなかの解放区、コンクリートに包まれた桃源郷の一部だった。しかし、繰り返すが30年前のレイヴ・カルチャーは終わった。だが、その「夢」は終わっていない。レイヴ・カルチャー再燃、ぼくは引退して久しい、アポロン的でソフトコアな、アームチェア・テクノに興ずる老人だが、OBとしてちょっと嬉しい。

music for Gaza : パレスチナを考える - ele-king

 パレスチナ問題にまつわる痛ましいニュースが日々目に飛び込む2023年、今年は暗澹たる気持ちを抱えたまま年を越すことになりそうだ。それでも、ガザ地区への連帯を示し少しでも行動しようとするのであれば、バンドキャンプなどでリリースされているいくつかのドネーションを目的としたコンピレーション・アルバムに耳を傾けてみてはいかがだろうか。
 2023年12月6日に〈naru records〉よりリリースされたコンピレーション・アルバム『A Better Tomorrow For Palestine』は、日本人もしくは日本を拠点に活動するアーティストの協力のもと制作された。SUGAI KEN、Mars89、食品まつり a.k.a Foodman、Prettybwoyなど錚々たる面々が参加し、若手からは〈PAL. Sounds〉を主宰するE.O.U、〈みんなのきもち〉の中核的存在Ichiro Tanimotoも連帯を示している。また、オンライン上でDJミックスやポッドキャストなどを展開するプラットフォーム・radio.syg.maによる『IN SOLIDARITY WITH PALESTINE』には愛知のエクスペリメンタル・デュオNOISECONCRETEx3CHI5が参加。ここ日本でも、たしかにパレスチナの惨状に寄り添う試みが広がっているようだ。
 ほかにも、フランスのアーティストを中心に立ち上げられたコンピレーション・アルバム『Free Palestine VA01』、イタリアのアーティストを中心に結成された〈International Artists For Gaza〉によるシリーズ『IAFG - Vol. 1, 2』など、DIYでの営みのなか自然に育まれてきた世界中のバンドキャンプ・コミュニティでこのような支援の形を発見できる。ぜひ一度目を通してほしい。

naru records『A Better Tomorrow For Palestine』(日本)

2023年12月6日リリース
https://narurecords.bandcamp.com/album/a-better-tomorrow-for-palestine

SARAB | سراب『IN SOLIDARITY WITH PALESTINE』

2023年12月19日リリース
https://radiosygma.bandcamp.com/album/in-solidarity-with-palestine

V.A『Free Palestine VA01』(フランス)

2023年12月11日リリース
https://freepalestineva.bandcamp.com/album/free-palestine-va01

International Artists For Gaza『IAFG - Vol. 1』『Vol. 2』(イタリア)


2023年11月30日、12月20日リリース
https://iafg.bandcamp.com/album/iafg-vol-1
https://iafg.bandcamp.com/album/iafg-vol-2

KOD Vol.1 TRACKLIST - ele-king

This TRACKLIST was created by VINYL GOES AROUND.
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