「K A R Y Y N」と一致するもの

Beyoncé - ele-king

 2016年、スーパーボウルでのショウや “Formation” のMV、アルバム『Lemonade』などでブラックパンサー党や BLM への共感をあらわにし、現在のムーヴメントの口火を切ったとも言えるビヨンセ。昨年は映画『ライオン・キング』にインスパイアされたアルバム『The Lion King: The Gift』をリリースしているが、その収録曲 “My Power” ではなんとダーバンのDJラグを迎えゴムに挑戦するなど、どメジャーの世界にありながら果敢な試みをつづけている(ちなみにDJラグはほぼ同時期に、オーケーザープとの共作「Steam Rooms EP」を〈Hyperdub〉よりリリース)。
 そんな彼女が7月31日、ヴィジュアル・アルバム『Black Is King』を公開することが明らかになった。ビヨンセみずからが脚本・監督を務めた映像作品で、ディズニー・プラスにて世界同時配信される。黒人の経験がテーマになっているそうなので、まさに今日にふさわしい作品になっていることだろう。要チェックです。

ビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたビジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』が7月31日(金)よりディズニープラスにて世界同時プレミア配信決定

グラミー賞24度受賞の世界的スーパースターのビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたビジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』が、2020年7月31日(金)よりディズニー公式動画配信サービス「Disney+ (ディズニープラス)」にて世界同時プレミア配信されることが決定しました。映画『ライオン・キング』(2019年)の全米公開から1周年を記念し、2020年7月31日(金)より世界同時配信、国内では同日16:00より配信されます。

ビヨンセは昨年、自身がナラ役の声優を務めた映画『ライオン・キング』のインスパイア―ド・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』をリリースしました。映画へのトリビュートとアフリカン・ミュージックへの敬意を称えた “アフリカへのラヴ・レター” を意味したものになり、ジェイZ、ファレル・ウィリアムス、チャイルディッシュ・ガンビーノ、ケンドリック・ラマー等、彼女と親交のあるアーティストや、アフリカン・アーティストが参加しました。

『ブラック・イズ・キング』は、その『ライオン・キング:ザ・ギフト』の音楽をベースに、アルバムに関わったアーティストたちやスペシャルゲストも参加し、黒人の体験を世界に届ける、まさに伝記と呼べる長編作品です。本来の自分自身を追い求める現代の若者たちに、『ライオン・キング』の教えをビヨンセが伝えるもので、まさに多種多様なキャストとスタッフたちの絆によって1年の歳月をかけて製作されました。

代々続いてきた黒人たちの伝統を、ある若き王が経験する裏切り、愛、自らのアイデンティティに満ちた驚きの旅の物語を通して、名誉あるものとして描きます。彼は先祖の導きにより運命と向き合い、父の教えや愛に育まれた子供時代のおかげで、故郷に帰り王座を取り戻すのに必要な資質を身につけていきます。

なお、本作は、世界同時配信のために、歌唱シーンでは英語音声のみとなり、歌の間のセリフ部分のみ日本語字幕が付きます。詳細は決定次第、ディズニープラス公式サイト等にてご案内させていただきます。

ディズニープラス 公式サイトはこちら

【リリース情報】

ビヨンセ | Beyoncé
『ライオン・キング:ザ・ギフト | The Lion King:The Gift』
配信中(2019年7月19日)
再生・購入はこちら

ブロンディのカリスマシンガーが波乱万丈の人生を綴る、未発表写真満載の決定的自伝!

70年代のニューヨーク・パンク・シーンから現れ、瞬くまにスターダムを駆け上がったブロンディ。バンドの顔であり、ロックする女性のパイオニアの一人でもあったカリスマシンガーが綴る決定的自伝。

養女として育った幼少期、ニューヨーク・ドールズやラモーンズといったシーンの仲間たち、大スターとしての狂騒の日──性暴力や破産などの障害も乗り越え、いまも活動する姿が飾らない言葉で生き生きと描かれる。

目次

序文(クリス・シュタイン)
一 愛ゆえの子供
二 可愛い娘ちゃん、天使みたいだね
三 カチリ、カチリ
客席照明
四 影に歌えば
五 生まれつきパンク
六 危機一髪
幕間
七 発射と着地点
八 マザー・カブリニと電熱器の火事
九 伴奏部
十 〈ヴォーグ〉のせいにしましょ
いないいないばあ
十一 レスリングと未開の地
十二 完璧な味
十三 日々の習慣
愛情の証
十四 妄執/欲動
十五 拇指対向性
写真とその他のイラスト類に関するクレジット
謝辞

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Miley Cyprus - ele-king

 マイリー・サイラス(Miley Cyrus)だと思って聴きはじめたら違った。よく見るとマイリー・サイプラス(Miley Cyprus)だった。「P」がひと文字多い。ジャケット・デザインもちゃんと見ると知的だし、マイリー・サイラスのわけがなかった。いや、マリー・サイラスもミシガン州の水道問題を告発した活動家をヴィデオに登場させたり、フェミニズムや人種問題に対する発言もかなりしっかりしている。それどころか素っ裸にペニスのおもちゃだけをつけた格好でライヴをやったり(客も全員、全裸)、フレーミング・リップスと“Lucy In The Sky With Diamonds”を録音したり、インスタグラムには野原で小便をしている自撮りをアップしたりと(女性です。念のため)、とてもディズニー・スターだったとは思えない活動の限りを尽くし、ひと昔前だったらどう考えてもアンダーグラウンドな存在だったはずで、カニエ・ウエストのようにいちいち騒がれないのが不思議なほどではあるのだけれど。しかし、マイリー・サイ「プ」ラスのそれは芸能界のそれではなく、V/Vmだとかハイプ・ウイリアムスと同じカテゴリーのもので、ポップ・アートそのものに対する批評性が内包されているタイプ。で、もしかしたら、本当にリーランド・カービーやディーン・ブラントが新たな変名を繰り出したのではないかと疑って調べてみたのだけれど、7月7日現在、何ひとつわからなかった。〈ピース・アタック〉という(ソニック・ユースの曲名からとったらしきネーミングの)レーベルはこれまでにカイル・ミノーグ(Kyle Minogue)だとかマッド・ドンナ(Mad Donna)といったふざけた名義のアルバムを乱発し、マス・コンフュージョンを画策する一方、今年の初めにはザ・ウィドウ(The Widow)による素晴らしいアルバムを世に送り出すなどグラウンド・デザインはちゃんとしたレーベル……だと思う(シンセポップを乱数表でこじらせたようなザ・ウィドウは不協和音の玉手箱のようで、短いながらもなかなかインパクトがあった)。

 厳かなパイプ・オルガンの演奏にリズムボックスを組み合わせた“Weasle(イタチ)”で『Telephone Banking』は幕を開ける。そのままオーケストレイションが加わり、“Danger in the East”でさらに重厚な演奏が続く。オルゴールやハープシコードを思わせる可愛らしい音を多用した前作『Space Pervert(宇宙の変態)』とはかなり趣が異なった導入部。“Luxembourg Lane”から少し雰囲気が変わり、静かだけれども油断のできない日常というのか、微妙な不気味さを讃えながら“Rene”ではその違和感が増していく。映画『MIB』のように周囲の人びとがみな宇宙人に思えてくる曲というか。さらにSFちっくな“Night Walk”へ。ここで初めて明確なビートが刻まれる。危険と美、あるいは恐れや魅惑といった正反対の概念が同時に聞き手を包みこんでくる。いつも見慣れていた景色がどんどん違って見えはじめ、続く“Hecque”ではその歩みに確信を持ちはじめる。なんというか、音楽に誘導されて次から次へと自由連想が働いてしまう。これこそ架空の映画音楽だろう。イメージ喚起力がとてつもない。実際にはブレイクビートと管楽器による控えめな不協和音が鳴っているだけなんだけれど……。“Checker”は優しげな響き、タイトル曲では導入の雰囲気に戻って世界を不安が覆い尽くす。これに「銀行の電話サーヴィス」というタイトルをつけるのはどういう意図があるんだろう。ゆったりと間をあけて刻まれるシンバルやハンドクラップ音が不安を倍増させる。そのまま“On the Line”でしつこく同じムードを厚塗りし、一転して虚無感を際立たせた“Beautiful Music ”ですべては終わる。この展開があまりにスピリチュアルで、この感覚を味わうためにすべてがあったと思うほど全体の構成はよくできている。曲を並べるとはこのことだなというか。ドローンのようにモノトーンの持続や徹底的に刺激から遠ざけることによって感覚を麻痺させ、いわゆる瞑想状態にもっていくこととは異なっている。あくまでも音楽による「物語」であり、言葉はないけれど、ロジカルな面白さなのである。トリップでもないし、不安や虚無を甘美なタッチで聴かせるという意味ではザ・ケアテイカー『A Stairway To The Stars」(02)にも匹敵するものがあるかも知れない。星の階段をのぼって壮大に昇天してしまうのが『A Stairway To The Stars」だとしたら『Telephone Banking』は世界の風景が一変し、どこかに放り出されるような経験といえ、世界は逃げ出すところではなく、見方を変えるものになっているという変化も感じさせる。“Danger in the East”というタイトルには東方の三博士が見え隠れし、虚無を美ととらえる感覚には禅のようなニューエイジも含まれるだろう。そこはしかし、稲垣足穂やエドガー・アラン・ポーを思考の補助線として、なんとかして俗流にまみれず、この瞬間だけでもスノッブとは切り離されていたい(そんなもの、いまはいくらでもあるし)。

 新型コロナウイルスが終息した武漢からライアン・ブランクリーによるアンビエント・ミュージックにもニューエイジとの綱渡りは感じられる。各曲のタイトルには時間を澱ませる表現がいくつか見られ、エンディングは近過去を表す“2017”で結ばれる。元々、武漢は地方都市として発展途上にあり、人口も北京や上海を抜きかねない勢いを示し、それまでは上海や北京に出て働くことが若者の主要な選択肢となっていたものの、この2~3年は武漢にとどまり、地方都市で働くことがクールになりかけていた刹那、新型コロナウイルスに襲われるというタイミングでもあった。「逆行」「一時停止した未来」「低速度進行」といったタイトルには急速に変わりつつある武漢に対する違和感がストレートに醸し出され、後ろ向きの情緒にはやはりニューエイジ特有の甘さが滲み出ている。ただ、これまで北京や上海、あるいは杭州の一部だけが目立っていた中国からの音楽発信に武漢も加わったという意味でスロット・キャニオンズが『Sketches』を送り出してきた意味は大きい。しかも、ザ・フィールドのようなアンビエント寄りのシューゲイザーだとか、その逆でもなく、アンビエントとシューゲイザーの割合がほぼ拮抗的に配分された音楽性にも見るべきものは多く、大陸的なおおらかさをあてどなく探求する姿勢も意外とレアだろう。一方で“An Ode To”のしめやかさや“Future Paused”の抑制と穏やかさは『Music For Films』(76)や『Apollo』(83)のブライアン・イーノを思わせ、“A Seagull’s Flight”もとても美しい。ステイホームを余儀なくされ、終わりのない孤独感と限られた機材のみでつくるしかなかったという制約が吉と出たのかもしれない(マスタリングは〈ホーム・ノーマル〉のイアン・ホーグッド)。「スロット・キャニオン」というのは峡谷の狭間のことで、ダニー・ボイル監督が『127時間』で題材にしたアレ。先も見えず、身動きもできない。コロナ禍を表現する時に、そんな巨大な比喩が出てくるところも中国ならではか。

John Carroll Kirby - ele-king

 早耳たちのあいだで話題となっているジョン・キャロル・カービー、ブラッド・オレンジ『Freetown Sound』(16)やソランジュ『When I Get Home』(19)にも参加していたこのLAのキイボーディストが、なんと〈Stones Throw〉より新作をリリースする。日本盤はハイレゾ対応のMQA-CD仕様とのことなので、嬉しさ倍増だ。クールで落ち着いたジャズのムードを心行くまで堪能しよう。

John Carroll Kirby
MY GARDEN

ノラ・ジョーンズ、ソランジュやフランク・オーシャン、シャバズ・パレセズともコラボレ ーションする大注目の伴盤奏者、ジョン・キャロル・カービーによる、名門〈Stones Throw〉からのファースト・ソロ・アルバム!! ジャズ、R&B、ソウル、アンビエントまで 取り込み、レコーディングにプロデュース、作曲の全てを自身で行なっている。ボーナストラックを加え、CDリリース!!

Official Release HP: https://www.ringstokyo.com/johncarrollkirby

冒頭の “Blueberry Beads” をまずは聴いてみてほしい。日本のジャズ・ベーシスト、鈴木良雄が80年代に作ったアンビエント・ジャズから多大なるインスピレーションを得て、カービーはキーボードを弾いている。謎めいていて、さまざまな記憶を弄るジョン・キャロル・カービーの音楽のエッセンスが、この曲に詰まっている。カービーの音楽は、LAジャズの遺産からソランジュやフランク・オーシャンのアンビエントにまで接続する。そして、反転させた美しい世界を描きだす。 (原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : JOHN CAROLL KIRBY (ジョン・キャロル・カービー)
タイトル : My Garden (マイ・ガーデン)
発売日 : 2020/9/23
価格 : 2,600円+税
レーベル/品番 : rings・stones throw (RINC67)
フォーマット : CD (ハイレゾMQACD対応フォーマット)

Tracklist :
01. Blueberry Beads
02. By The Sea
03. Night Croc
04. Arroyo Seco
05. Son Of Pucabufeo
06. San Nicolas Island
07. Humid Mood
08. Lay You Down
09. Wind
10. Lazzara (Bonus Track)

amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B08C5CJT4W/

Sun Araw - ele-king

 これはめでたい。ユーモラスな電子音と独特のパーカッション、ギター、ヴォーカルが織り成すポリリズミックな宇宙ファンク・サウンド、2020年のベストな作品のひとつ、LAのキャメロン・スタローンズことサン・アロウによる最新作がめでたく日本盤化。7月15日に発売される。歌詞・対訳も封入されるので、要チェックです。

現代最高のサイケデリック・サウンド・クリエイター、キャメロン・スタローンズ=サン・アロウ最新アルバム、その名も『ロック経典』。途方もない恍惚感と酩酊感に満ちあふれた、中毒性たっぷりの経典。危険すぎる!

SUN ARAW 『ROCK SUTRA』
サン・アロウ/ロック・スートラ
PCD-25301
定価:¥2,500+税
Release Date: 2020.07.15
●米 Sun Ark / Drag City 原盤
●解説/歌詞・対訳付

TRACKLIST
1. ROOMBOE (9:29)
2. 78 SUTRA (10:59)
3. CATALINA BREEZE (7:41)
4. ARRAMBE (12:12)

CAMERON STALLONES: MIDI-GUITAR, SYNTHESIZERS, VOCALS
JON LELAND: V-DRUMS, PERCUSSION, CONGAS
MARC RIORDAN: SYNTHESIZERS
ALL RECORDED LIVE-TO-MIDI AT SUN ARK STUDIOS

CAN の名盤とさえ言える未発表曲集『Unlimited Edition』とサン・アロウの『ロック経典』を交互に聴いているのだが、1974年と2020年の作品は時空を越えて繋がっていることが確認できる。──野田努(ele-king)

ジャマイカの伝説的ヴォーカル・グループ、コンゴスとの共演盤や、ニューヨークのこれまた伝説的パーカッション奏者/電子音楽家、ララージとの共演盤も話題となった、カリフォルニア州ロングビーチを拠点とする現代最高のサイケデリック・サウンド・クリエイター、キャメロン・スタローンズ=サン・アロウによる最新スペース・ロック・アルバム。バンドとの生演奏をMIDIで録音したはじめてのアルバムで、これまでになくポリリズミックな展開がじつに刺激的だ。“Arrambe” では、CAN やホルガー・シューカイのアフリカ音楽解釈を彷彿させる。ファンクとロック、ダブの間を行き来する、エクスペリメンタルでありつつもどこかユーモラスな極上のトリップ・ミュージック。傑作。

interview with COM.A - ele-king

 いまの日本の音楽に決定的に欠けているのは、ようするに、パンクのマインドである。といってもそれは、たんに反抗的なポーズをとればいいということではなくて、多くのひとがスルーするだろう些細な矛盾や欺瞞に気づいたり、疑問を抱いたりできるかどうかということだ。コロナ騒ぎを筆頭に、2020年もこの半年だけでじつにさまざまな問題が発生しているわけだが、13年ぶりにリリースされたコーマのアルバムを聴いていると、そう強く思わざるをえない。

 80年代にメタルの洗礼を受け、90年代に〈Warp〉や〈Rephlex〉などのエレクトロニック・ミュージックを怒濤のごとく浴びて育ったコーマは、(ROM=PARI を経由しつつ)00年にUKの〈FatCat〉からデビューを飾っている。エイフェックス・ツインやオウテカの撒いた種が極東の地で見事に花開いた、その幸福な一例と言えるだろう。
 00年代のエレクトロニカは、一方で音響の洗練をつうじて「ただ気持ちいいだけ」の亜流も多く生み落としたが、他方コーマはというと、童心と悪意を正しく手なずけ、キッド606周辺とも共振しつつ、ユーモラスかつ獰猛なブレイクビーツで当時のシーンをかき乱していたように思う。そんなスタンスを持つIDMのアーティストは、今日においてもやはりなかなか見当たらない。
 であるがゆえに、まさにこのタイミングで彼が帰ってきたことは素直に喜ばしいことだと思う。みずからファースト・アルバムの『Dream and Hope』をおちょくった新作『Fuck Dream and Kill Hope』は、パンデミックやBLMで激しく時代が動いている現在だからこそ、強烈にわれわれの思考を揺さぶってくる(制作期間は3~4年に及ぶので、完全に偶然の一致なのだけど、この “引き” もまたコーマの才能かもしれない)。
 サウンド面で大いに成熟を聴かせながら、しかしけっしてパンクの精神を失わないIDMの異端児が、幼少期に受けた衝撃から親になった現在までを語りつくす。

なにをやっても結局ぜんぶ巨大なやつらの手のなかで踊らされてるだけじゃん、っていう気持ち……それに対するファックの気持ちはずっとあるよね。

緊急事態宣言中はどう過ごしていました?

コーマ:もちろんずっと家にいました。アルバムを出した後は、すぐまた新しい曲を、もっと暴力的な感じのをつくってましたね(笑)。あとは子どもと遊んだり。子どもたちがずっと家にいるから大変で。むかしから自宅勤務だけど、子どもがやっと幼稚園や小学校へ行くようになったと思ったら、またずっと家にいる状態になってしまった。

制作部屋はあるんですか?

コーマ:あります、ベッドルームが。レコード、CD、機材でごちゃごちゃになってるけど(笑)。友達とズーム飲み会をしたことがあったんだけど、「中学生の部屋みたい」って言われたくらいで(笑)。小学校のときに買ったカセットテープがいまだに置いてあったり。30年以上持っていることになる(笑)。ほとんどメタルのカセットテープで、ホワイトスネイク、ダンジグ、リヴィング・カラーとか。

ヘヴィメタルはいまでもよく聴く?

コーマ:メインでよく聴くわけではないけど、勝手に(ストリーミングの)おすすめに出てくるというか……

つまり聴いているということですね(笑)。

コーマ:ハハハ。ユーチューブとかでね。

懐かしくなって聴いてしまうというより、いまでもそもそもそういう音楽が好き?

コーマ:メタルに限らず、パンク、ソフトロック、プログレとかも好きなんだけど、やっぱりバンドが好きなのかなと思う。染みついちゃってるというか。小3か小4のときに、兄貴がメタリカの『Ride The Lightning』のカセットテープを借りてきたんです。それまでずっとエレクトーンをやっていたんだけど、ディズニーとか、70年代の映画音楽とかね。親の趣味みたいなやつ。レイ・パーカー・ジュニアがやった『ゴーストバスターズ』のファンクな曲とかは好きだったけど。初めてメタリカを聴いたときのことはいまでもよく覚えていて。完全に電撃が走ったという感じ。みんな一度はそういう経験があるよね。稲妻で撃たれたような感じというか。『Ride The lightning』はジャケに文字通り、思いっきり稲妻が出てて(笑)。スラッシュメタルやクロスオーヴァー・スラッシュが、いわゆるユース・カルチャーへの最初の入口だった。当時はアメリカに住んでいたので、日本から『BURRN!』をとりよせてたな。
中1になるとナパーム・デスが出てきて、中3くらいのときにミック・ハリスというナパーム・デスのドラマーと、ジョン・ゾーン&ビル・ラズウェルがペインキラーというバンドをやっていて、それもすっごい衝撃だった。『BURRN!』では2点とかだったんだけど(笑)、完全にギターだと思っていた音がサックスの音で。そこからミック・ハリスはダークなアンビエントをはじめたりして、「なんでナパーム・デスをやっていたひとがこういうのをやっているんだろう?」みたいな。そこからノイズ、フリー・ジャズ、インダストリアル、アンビエントに広がっていった。それで18歳のときに、エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』に出会うことになる。人生でいちばん多感な時期のピークだよね(笑)。

なるほど、もうそれなりに音楽の知識がある歳になってエイフェックスに出会ったわけですね。

コーマ:もうこっちとしては評論家気どりなわけ(笑)。でもやっぱり初めて『Selected Ambient Works 85-92』を聴いたときはめちゃめちゃもっていかれたね。人生観を変えられた。

もっていかれたポイントはどのへんでした?

コーマ:音色もそうだし、メロディもそう。ファンタジー感もそうかな。ツイストされたファンタジー感というか。わかりやすいファンタジーではなくて、明らかに世間から切り離された感じというか。空想世界の広がり方。それにすごくいい感じのリヴァーブがかかっている。あれはいまだにコピーしようと思っても絶対につくれない音。

ぼくは完全に後追いですけど、初めて聴いたとき、あの音の悪さにはびっくりしましたね。でもそれが個性になっている。メロディラインを真似するひとはいるけど、あの感じはいまだにだれも出せていないと思う。

コーマ:それが電子音楽の不思議なところというか。やっぱり魔法がかかっているんだろうなと思う。それはエイフェックスに限らずだけど、魔法のかかった感じはあるもんね。

エイフェックスのベスト3はなんですか?

コーマ:やっぱり90年代のやつかな。『Selected Ambient Works 85–92』、とくに “Xtal” が1位とすると、2位が『Richard D. James Album』、3位が『...I Care Because You Do』かな。『Drukqs』以降はそんなにという感じ。

エイフェックスと出会って、じぶんでも音楽をやりたいと思った?

コーマ:いや、メタリカを初めて聴いた9歳のときに、俺は絶対に音楽で飯を食いたいと強く思ってね。俺の一生の仕事は音楽だと決めていた。ただ、『BURRN!』を読んでいると、ジャパメタもいろいろ出てくるんだけど、レザータイツに長髪っていうのが正直ぜんぜんかっこよく見えなかったのね(笑)。アメリカにいたからだと思うけど、東洋人がかっこつけようとしているのを見て、かなりキビしいなと。アジア人差別もあったからね。ブラック・ミュージックもそうだけど、東洋人が触れてはいけない部分がある感じがしたというか、それで電子音楽に行ったというのもある。

電子音楽にはある種の匿名性がありますもんね。記名性が比較的薄いというか。

コーマ:〈Skam〉のひととかがインタヴューのときに顔を隠したりしてたのにはすごい惚れた。日本人でも、グランジのちょい前の時期のスラッシュメタルのバンドにアウトレイジというのがいて。それは、初めて日本人でめちゃめちゃかっこいいと思った。 ファッションもちょっとスケーターっぽくて、いわゆるシンフォニックなメタルの格好ではなく、短パンにTシャツでアンスラックスみたいな。80年代にスケーターとスラッシュメタルがくっついて、スラッシャー文化が生まれてきていた。それがかっこいいなと思っているときに、アウトレイジが出てきた。でもそれ以外は、当時は、コンプレックスみたいなものがあって。たぶんアメリカにいたからだと思うけど、東洋人は白人と黒人には 、パワー勝負では勝てねえなという感覚があった。
でも、エイフェックスが出てきて、ケン・イシイさんが〈R&S〉と契約したのもそのころだけど、テクノを聴くようになったら、808とか909とか、ローランドにせよコルグにせよ、ヒップホップもハウスも機材がほとんど日本製じゃんということに気づいて、これは日本人はもっと誇りに思っていいことだと。そうして電子音楽にのめりこんでいった。
エイフェックスと出会うまえに、佐々木敦さんが UNKNOWNMIX というパーティをやっていて、それが高校生のころかな、四谷の P3 というハコでは山塚(アイ)さんと大友(良英)さんが一緒にやっていたり、そういうのを観にいっていた。あれはいまだに忘れられないね。もうこの世界しかないなって。それまでずっと体育会系で柔道をやったり、アメフトをやったりしたけど、一気に引きこもりになった。「引きこもり」というのもちょっと変かな、「アッパー系引きこもり」というか(笑)。打ち込みをはじめたのは94~95年ころだけど、そのあたりからネットも本格的になっていくでしょ。そのITムーヴメントとエイフェックス・ツインの両方が大きかった。あとオウテカもそうだね。〈Warp〉、〈Rephlex〉、〈Ninja Tune〉。それが18とか、19のころ。

羨ましいなあ。そのころのインターネットって希望に満ちていたと思うんですよね。

コーマ:当時パイレーツ系のホットラインというアプリがあって。そこにいろいろリリース前のプロモオンリーのMP3が置いてあったりして。そんななかでボーズ・オブ・カナダを見つけて、もうぶっ飛んで。CD、アナログが出たらすぐに買って。それが21歳くらいかな。多感な時期だね。ダムタイプとかがアカデミックなことをやっているのも好きだったけど、俺としては、あんまり小難しいことは言わないで、単純にネットのはじまりとかソフトウェアの発達をみんなで楽しもうよというか、「変な音ができたぜ、どうだおもしれーだろ」みたいな感覚で曲をつくっていた。そこがキッド606に共感できた部分。

キッド606とはいまでも連絡を取り合います?

コーマ:うん。近況を話したりするし、今回もアルバムを送った。

ROM=PARI のファーストが99年ですよね。

コーマ:でもつくっていたのは97年ころからなんだよね。ちなみに一応、俺は ROM=PARI のメンバーではないんだよ。コラボレイターという扱いで。

ROM=PARI はジョセフ(・ナッシング)さんの名義ということですか?

コーマ:そうそう(笑)。じつは ROM=PARI と同時期に、暗黒舞踏の音楽もつくってたんだよ。サンプラー買いたてくらいのころで、ノイズ・アンビエントみたいなサウンドだった。 BOX東中野(現ポレポレ東中野)というところがあって、90年代終わりごろって世紀末だったし、文化的にも退廃したものが多かった。そこで暗黒舞踏のひとと出会って、音楽をやらせてもらっていた。そんなふうに、じつは ROM=PARI のまえに背伸びしていた時期がある。あと、その少しまえには本名の “AGE” 名義でカセットテープもつくっていて、クララというノイズ系のレコード屋に卸したりとか。高3のときかな。当時ディスクユニオンに Hellchild や SxOxB とかのデスメタル系のひとたちがすごいカセットテープを置いていて、じぶんも〈パリペキン〉とかにテープを持っていってた。それで、ROM=PARI をやることになったあとも、ソロでもやっていこうと思って、3ヶ月に1枚くらいのペースでアルバムをつくっていた。合計4枚つくったかな。それを海外に送ってた。でも、ふつうにCD-Rを送っても絶対に聴いてもらえないと思ったから、バカでかいアクリル板を買ってきて、わざとアナログくらいのサイズに梱包して送って。目立つように(笑)。しかも、CD-Rをボルトとネジでとめてたから、工具を使ってそれを外さないと聴けないっていう(笑)。そしたら〈FatCat〉が返事をくれて。そこからキャリアがはじまった。

〈FatCat〉に反応してもらえたときはどんな気持ちでした?

コーマ:正直、受験に受かったときよりも嬉しかったよね(笑)。100倍くらい嬉しかった(笑)。連絡してくれた日が俺の誕生日だったから、めっちゃ嬉しくて(笑)。

タイミングによっては、〈FatCat〉がシガー・ロスを発掘するのよりもまえじゃないですか?

コーマ:まさにちょうどそのころ。シガー・ロスのサンプル盤を送ってきてくれた。嬉しかったな。

ポジティヴになった部分もあるけど、それまでのじぶんを構成していたネガティヴな性質も変わらない。楽観と悲観が、気持ち悪い感じで一緒になって今回のこのタイトルができたんじゃないかなと思う。

電子音楽に行くまえ、バンドは組まなかったんですか?

コーマ:バンドはもちろんやってた。高校生のときはふつうにザ・クラッシュとかビースティのコピー・バンドをやってた。5つくらいかけもちしてた時期もある。ジョン・ゾーンのコブラがすごく好きで。あと、〈Recommended〉ってレーベルがあって、佐々木敦さんがそれを啓蒙するイベントをやっていて、そこに遊びにいったときにSMをやっているひとたちがいて、仲良くなって。それで一軒家を借りきってSMのパーティみたいなのをやったり。ちょうど俺もサイキックTVとかスロッビング・グリッスルを聴きはじめたころだったから、ザ・テンプル・オブ・サイキック・ユースの儀式みたいなのやつは、じぶんたちでもやってみたいという(笑)。

ちなみに、〈Skam〉の面々ともお知り合いですよね。どのような経緯で知り合ったのでしょう?

コーマ:じつは〈FatCat〉にデモを送ったときに、〈Skam〉にも送ったんだけど、そのときは返事は来なかったんだよ。でも、〈Skam〉がやっていた海賊ラジオで、俺の音楽を流してくれていたみたいで。いまのコロナのタイミングでこういうこと言っていいのかわからないけど、当時は音楽でウイルスをばら撒いてやる、という気持ちだったんだよね。でもいまとなってはそんな夢も希望も崩れ(笑)。

まさに今回のアルバム・タイトルが『Fuck Dream and Kill Hope』ですね。

コーマ:これは……ひとつには、架空のカルトの経典みたいなイメージがあった。むかしからなぜかカルトに惹かれるところがあって。小学生のときに『ムー』を定期購読していたから、それも関係しているかもしれない。あと90年代はオウムの麻原の存在も大きかったけど、信者たちの修行の様子、とりわけヘッドギアがすごくインパクトがあって、なんともいえない恐怖とシュールさを感じた。00年代にはキリスト教原理主義者の狂い方に興味を持っていた時期もあって。
あと、ロスチャイルドとかロックフェラーとか、巨大な連中に牛耳られているんなら、なにをしても意味ねえじゃん、と思っちゃうところも今回のタイトルには入っているかな。「生きていてもしょうがなくね?」とまで言うとスーサイダルな感じになるけど(笑)、アイロニーはある。『ハンニバル』でも、とんでもない金持ちが世界を動かしていたし、キューブリックの『アイズ ワイド シャット』やリンチの『マルホランド・ドライブ』もそうだよね。そんなことを考えていると、なんか生きていることがばからしくなってきちゃう。なにをやっても結局ぜんぶ巨大なやつらの手のなかで踊らされてるだけじゃん、っていう気持ち……それに対するファックの気持ちはずっとあるよね。もちろん、陰謀論をがっつり信じているわけじゃなくて、エンターテインメントとして触れているんだけど。

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じぶんで気づいてほしい。たとえば、フェスとかに子どもを連れていく親がいるじゃない。俺はあれにはけっこう反対で。そういう遊びは子ども自身に見つけてもらいたいんだよね。

直接的には、ファースト・アルバム(『Dream And Hope』)を揶揄しているわけですよね?

コーマ:もちろん、じぶん自身でファースト・アルバムをおちょくっているというのもある。「音ショボいなー」とか。でも愛はある。ファースト・アルバムって、ミュージシャンにとって特別なものだから。童貞感すごいなっていう(笑)。じつはタイトルは最初は、『dream of prostitute』にしようと思っていたの。「夢オチ」みたいにしようと考えて。でもその後『Fuck Dream~』のアイディアが浮かんで、そっちのほうがしっくりきて。「夢も希望もない」状態って、ある意味ではスタート地点に立つイメージもある。13年ぶりのアルバムなんて、またファースト・アルバムを出すようなもんだから、初心に戻った気持ちは強いね。

それはやっぱり、成長しているということではないでしょうか。

コーマ:成長かあ。あんまりじぶんでは成長している意識はないけどね。もちろん子どもができたからむりやりポジティヴになった部分もあるけど、それまでのじぶんを構成していたネガティヴな性質も変わらない。楽観と悲観が、気持ち悪い感じで一緒になって今回のこのタイトルができたんじゃないかなと思う。今回のタイトルは、見る人によってネガティヴにもポジティヴにも捉えられる。ファーストの『Dream And Hope』自体が皮肉だったけど、それをさらに皮肉ってるので、よりツイストされた次元を表現できたと思っている。

リリースのタイミングが見事にパンデミックと重なって、時代とリンクしちゃった感じもありますね。

コーマ:俺としてはニヤッと笑ってもらいたいと思ってこのタイトルをつけたんだけど、たまたま時代に合致しちゃったという。しかも、それが良いメッセージとしても悪いメッセージとしても、両方でとれるから。俺としては、これをストレートに受け取るひととは仲良くなれないな、という感じ。「夢も希望もねえ」ってどういうことだよ、って言われても、そもそも俺はファーストのときからそういう気持ちだったし。

なによりまずサウンド的に、すごく「成長」とか「成熟」を感じたんですよ。

コーマ:打ち込み自体もう25年くらいやっているから、じぶんのことは職人だと思っていて。「アーティスト様」みたいな感じではなく。単純に音職人。そういう意味では技術的には向上していると思う。一方で、若いときはちょっと無理してふざけてたかなとも思う。当時もアブストラクトな音楽はあって、みんなそういうシブい感じの音楽ばかりやっていて、こっちはスラップスティックな感じでいけばカウンターになるんじゃないかって思っていたんだよね。たとえばヴォイスのカットアップとか、こっちはふざけた感じのサンプリングでやってたのが良かったと思う。俺も兄貴も、かっこつけてると思われるのがいやだったから。早川義夫じゃないけど、等身大というか、「人間ってこういうもんじゃね?」っていう、あの素の感じをもっと出したかったというか。

なるほど。たとえば “Rife” はいわゆる泣き系の感じですが、最後はすごく変なことになって余韻を与えないし、“You know who you are” は落ち着いたピアノのなかに、やはり変な要素がいっぱい入ってくる。そこはもしかしたら、ストレートにやることの照れなのかなとも思ったんですが。

コーマ:とくに泣かせようという意識はなくて。今回のアルバムはまったく野心もなく、売れたいとかそういうのもまったくなくて、完全にあきらめの境地でつくっている。
俺は一回、2009年ころに挫折してるんだよ。『Coming Of Age』を2007年に出して、そのあとだね。ライヴをやっても客が0人とか、そういうことが続いて。めちゃくちゃ酒飲んで、破れかぶれになっていた。ライヴでぶっ倒れてわき腹を骨折したり、PAモニターにぶつかって前歯3本失ったり。なんかもう死にたかったんだよね。あるいは逆に全員死ね、というか。こういう精神状態がつづくともうダメだなという感じで。逆にひとに優しくされたら泣き出したり(笑)。まぁいろいろありすぎて、じぶんの音楽はどうでもいいやという気持ちになっていた。
それと、3年前に入院したことがあって。全身麻酔で気絶している状態で2週間くらい入院していた。そのとき、「死ぬってこういう感じなんだな」と思った。あれも衝撃的だった。もう子どももいたし、これから人生どうやって生きていけばいいんだろうって悩んで。そこで結局、音楽をつくるしかない、ほんとうにやりたいことをやるしかないって思った。でも制作系の仕事は忙しくて、子育てもあるから、1日フリーになる時間なんてほとんどない。じぶんの時間がとれるのが月に1日あるかどうかで、だから1曲つくるのに3ヶ月くらいかかる。そうすると年に3~4曲くらいが限度で。だから今回のアルバムは2015年ころから3、4年かけてつくってるんだけど、そういう意味では成熟はしていると思う。子育てしてるから、人生観は変わるよね。若いときにあった変な野心とか気負い、ウケ狙い、技術自慢みたいなことはしなくなったので、とてもリラックスしてつくってた。

子どもができてよかったことは?

コーマ:子どもはタイムマシーンだね。俺自身がタイムマシーンに乗って、ガキに戻った感じ。たとえば子どもが4歳だったら、俺も4歳の気持ちになれて、一緒に楽しめる。それこそエイフェックス・ツインの世界というか、ガキに戻れる感じはすごいし、心地いい。

ひとつひとつのことに新鮮に驚ける?

コーマ:そう。いまはもう子どももそこそこ大きくなって、大人びてきちゃっているけど。でもたとえば、子どもに対してウソもつかなきゃいけないわけじゃない? 親としては「モノを盗むな」と教えるけど、こっちはサンプリングとかするわけで(笑)。トラックメイカーの仕事って、そういうディレンマがあると思う。俺はあえて子どもに保守的というか、ひととして当たり前のことを教えているんだけど、いつかそれに反抗してもらいたいんだよね。非常識を知るには常識を知らないといけない。だからいまは常識を叩きこんでいる段階というか。心のなかでは非常識の楽しみも背徳感もよく知っているわけだけど(笑)、そういうのは親が教えるものじゃない。じぶんで気づいてほしい。たとえば、フェスとかに子どもを連れていく親がいるじゃない。俺はあれにはけっこう反対で。そういう遊びは子ども自身に見つけてもらいたいんだよね。あと、日本の同調圧力、とくに小学校の同調圧力ってすさまじいし、いまや親もそういう世代になっている。SNSもあるし、そういう同調圧力には巻き込まれてほしくないなとは思った。今回のアルバムの曲は、そういうディレンマのなかで生まれてる。

“Rife” の叙情性なんかは、以前のコーマさんからは出てこないものだろうと思ったんですよ。

コーマ:墨田区に引っ越してから、労働者や職人の多い酒場に行くようになって。それで東東京の酒場というか、飲み文化が渋谷や新宿とはぜんぜんちがうことに衝撃を受けて。一度、すごく印象的な出来事があってさ。朝方4時くらいになって、ずっと一緒に飲んでた肉屋のおじさんに「俺の名前覚えてる?」って訊かれて、答えられなかった。俺はその場にすごく馴染んでるつもりだったんだけど、馴染んでるつもりなだけで、結局無礼なんだよね。じぶんの至らなさを思い知ったというか、調子に乗っていたじぶんの人生を反省したというか。それが7、8年前くらい。今回のアルバムにとりかかるまえだね。そういう場所でいろんなことを学んだ。それは大きな成長だったかもしれない。

ホラーやスプラッター映画は好きでよく見るけど、どんなモンスターや幽霊よりも恐ろしくて、かつ魅力的なのは狂った人間、とくにカルトだと思うので、どうしてもそれがじぶんの音楽のテーマになる。

曲名に意味は込めていますか? いくつかは深読みしたくなるような曲名ですね。

コーマ:ちょっとはあるけど、基本は後づけだね。曲名つけるのはいちばんめんどくさい作業で。数字だけでもいいくらい(笑)。“Rife” は「流行して、広まって、いっぱいで、充満して、おびただしくて」って意味だけど、ネットによってありとあらゆる情報が世界じゅうに広がって、人類を疲弊させているというのがテーマだった。つくったのは2年前だけど、たまたま今回コロナと連動するようなタイトルになった。

“Liar's hand” は?

コーマ:諸星大二郎の「生命の木」というマンガがあるんだけど、ずっとその作品のテーマ音楽を作りたいと思っていて。“Liar's hand” をつくっているときはずっとその作品が頭のなかにあった。それと、世代的にオウム真理教が直撃だったから、新興宗教の欺瞞も入っている。それは他方で意味不明なことをやっているっていう魅力も感じるんだけど……『Coming Of Age』のころにキリスト教原理主義に興味を持ったことがあって。『ジーザス・キャンプ』っていうドキュメンタリー映画があって、みんな聖書を信じ込んで狂っていて、本気で世の中を聖書どおりに破滅させることを夢見ている人たちがいるんだなということを知って恐ろしくなった。ホラーやスプラッター映画は好きでよく見るけど、どんなモンスターや幽霊よりも恐ろしくて、かつ魅力的なのは狂った人間、とくにカルトだと思うので、どうしてもそれがじぶんの音楽のテーマになる。陰謀論にもつながるけど、それだけ狂った世界に生きているんだなっていうのがじつは『Coming Of Age』のテーマだった。“Liar's hand” はその延長線上にあるというか、そういうニセの救済みたいなものをテーマにした曲。抽象的だけどね。明確なメッセージではない。

“False Repentance” も「ニセの後悔」という意味で気になるタイトルです。それぞれちがう感情を表現しているような上モノとビートが同時に進行していくところは、おなじひとりの人間のなかにある、相反するなにかをあらわしているように聞こえました。

コーマ:これは、政治家や権力者、教祖がニセの懺悔をしているようなイメージだね。

なるほど。メロディの扱い方がすごく変わりましたよね。メロディアスさやキャッチーさ自体はむかしからありましたけど、その種類が変わったというか、旋律の動き方がちがうなと。以前はユーモラスで、あえてやっている感じがありましたけど、もっとハーモニーが意識されるようになったというか。

コーマ:たぶん若いころもやろうと思えばできたとは思うんだけど、いまはそういうことを素直にやれるようになって、しかも心地よく感じるようになったのかな。

とくに “Vanished Sprout” に成熟を感じましたね。

コーマ:これは完全に90年代のアンビエント・テクノ、とくにサン・エレクトリックを意識した曲。もっとダークだけどね。これまた陰謀論になっちゃうんだけど(笑)、ボヘミアン・グローブっていう、 歴代の大統領やエリートたちの集まる秘密クラブみたいなのがあって、アメリカの西海岸の森のなかで儀式をやってて。最後に生け贄を燃やすという。そこに司祭が出てきて、燃やしている最中にスピーチをする。そのなかに「Vanished」ということばが出てくるんだよ。それが、アルバム・タイトルにしてもいいなと思うくらいじぶんのなかですごくハマって。ネガティヴなことばだけど、曲はぜんぜんネガティヴじゃないし、そのギャップを表現したいというか。最初はそのスピーチをサンプリングしていたんだけど、あまりに直接的で説明的な気がしたからそれはやめた。あとで狙われたりするのは避けたいし(笑)。

ちなみに、三田さんのライナーノーツは、100点満点でいうと何点ですか?

コーマ:ハハハ。点数か……点数は難しいな。√10000とかかな(笑)。

√10000って、100点ですよね(笑)。

コーマ:ははは。でもあれはちょっと涙出たよ。ほんとうによく見てきてくれたんだなって。ROM=PARI のころから数えるともう20年以上だよね。歴史からちゃんと書いてくれて。やぶれかぶれになっていたころ、じぶんの音楽なんてもうどうでもいいやってなってたときに、三田さんと三茶のツタヤで会ったんだよ。はっきり覚えてるな。でも、ダブステップを通ってないからノスタルジーを感じる、っていうところは間違いかな。そこだけ引いて99点(笑)。ダブステップは当然通ってるし、ひと通りその時代のものは聴いてたので。CM音楽でもブロステップみたいなのはたくさんやったし。いまさらダブステップはやりたくないなっていう。そういうのが入っていてもなんか恥ずかしいでしょ(笑)。まあでもこのアルバムはなんてジャンルかわからないな。じぶんでは定義できない。アンビエントとかIDMって言われたらそうかもしれないけど。

2010年代は、リアルタイムのものだと、どういう音楽をよく聴いていました?

コーマ:2009年ころはスクリレックス周辺をよく聴いていたかな。エクシジョンがやってる〈Rottun〉っていうレーベルがあって、音は重いんだけど、マインドはすごく軽くて、技術的にもすごいなと思った。シンセの使い方とかは注目して聴いていたな。それがEDM前夜くらい。10年代だとデス・グリップスダイ・アントワードとか。あとはディプロ、フライローの活躍かな。トゥナイトの “Higher Ground” も衝撃だったね。最近だとポーター・ロビンソン、ソフィー、スキー・マスク、ゴーストメイン、AxDxT とか好きかな。ポーター・ロビンソンの持っている、じぶんが絶対に追いつけないあの青春感というか甘酸っぱさは、俺の気持ち悪さというか、男子校感というか、童貞感では打ち勝てないと、ひしひしと感じる(笑)。

〈Maltine〉や〈TREKKIE TRAX〉っぽさも少し感じました。

コーマ:〈TREKKIE TRAX〉の matra magic がすごく好きだったな。

今回は、アートワークもがらりと路線が変わりましたよね。

コーマ:真壁(昂士)さんはすごい。びっくりした。

真壁さんのデザインは何点ですか?

コーマ:1億点でしょう(笑)。からだに切り刻みたいくらい(笑)。真壁さんはインディ感をすごくよくわかっていて、オーダーしたときはいろいろ言っちゃったけど、あえてシンプルにまとめてくれた。

ぼくはオウテカのアートワークを思い浮かべたんですが、テーマはあったんですか?

コーマ: 最初にデザインが上がってきたときに感じたのはフェイス・ノー・モアだった。オファーしたときは、カルトをテーマにしてほしいとお願いしていた。ホドロフスキーの『サンタ・サングレ』のイメージとか。中近東と日本をくっつけたような感じにしてほしいと。

宗教はあまり感じませんでしたよ。

コーマ:もちろん。ニセモノの宗教だからね。薄っぺらい宗教感というか。ユダヤの六芒星があるでしょ、たしかそれが仏教とも関係があったと思うんだけど、そのイメージを「COM.A」というアーティスト名でやってくれていて、すごくバランスもいい。最初に真壁さんのアートワークを見せてもらったときに、エセ宗教観、UKやヨーロッパのパンク~ニューウェイヴ、ノイズの感じが伝わってきた。

やっぱり、そういう陰謀論的なものや宗教的なものにインスパイアされるのは、幼いころアメリカで暮らしていたというのが大きい?

コーマ:うーん、もう日本に住んでから30年経っているけど、アイデンティティが定まらない感はある。どこに行っても外から見てしまう感じというか、部外者という感じというか。もちろん日本は大好きだし、良いところも悪いところも見てるけど、でもアメリカの良いところも悪いところも知っている。イギリスは、生まれたってだけだけど。アイデンティティがいまいち定まらない人生を歩んでいるなとは思う。

つねに異邦人ということですね。

コーマ:だから、ヒップホップのレペゼン文化とかを見るといいなぁと思いますね。

Kevin Richard Martin - ele-king

 ザ・バグキング・ミダス・サウンド、テクノ・アニマルのケヴィン・リチャード・マーティンによるアンビエント作品がリリースされた。リリースはケヴィン・リチャード・マーティン自らが主宰するデジタル・レーベル〈Intercrannial Recordings〉から。
 本作は三作の連作で、世界の終わりから再生を喚起するような壮大なアンビエント・サウンドとなっている。
 重々しいムードの音響だが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大によるロックダウン中に作曲から録音、マスタリングまでされたものらしい。まさに時代のムードをリアルタイムで反映した「コロナ禍のダーク・インダストリアル・アンビエント」といえよう。
 マスタリングを手掛けているのは世界湯数のドローン作家にして、現行エクスペリメンタル・レーベルの最高峰〈ROOM 40〉を主宰する
ローレンス・イングリッシュ

 思えばソロ名義の前作『Sirens』も、ローレンス・イングリッシュの〈ROOM40〉からリリースされた作品であった。『Sirens』は圧倒的なサウンドの強度とパーソナリティか交錯するアルバムだ。対して本作『Frequencies for Leaving Earth』シリーズは、『Sirens』の音響的な強度を継承しつつも、どこかSF映画の音響のような、地球規模のサウンド・スペースを形成している。

 まず『Frequencies for Leaving Earth - Vol.1』には長尺の3曲が収録されている。1曲め “i left my body” は唸るような重低音のドローンから始まるトラックだ。重力のしがらみからしだいに解放されるようにゆっくりといくつかのサウンドがレイヤーされていく。アンビエントへと引き延ばされた後期ロマン派交響曲の序曲のごとき楽曲に思えた。
 2曲め “i lost my miind” は重力から遠く離れていくような清冽なドローンから幕を開ける。やがて暴風のような、もしくは炎のようなノイズが鳴り始め、世界の事象を俯瞰するような音響空間を生成していく。
 3曲め “i became light” は波のように、もしくは静かに揺れるカーテンなように反復するミニマルなサウンドだ。重力から解き放たれ、天井にある静謐な場へと辿りついたかのごとき楽曲に仕上がっている。全3曲、それらは組曲のように有機的に構成されており(モチーフの変化と拡張など)、ドローン/アンビエントによる交響曲とでも称したいほどであった。

 長尺3曲を収録した『Vol.1』に対して、『Frequencies for Leaving Earth - Vol.2』は10曲の小品が収められているアルバムだ。サウンドトラックのように多彩な曲調が展開するが、全体を包み込むSF的かつ不穏なムードは共通している。
 加えて曲調にヴァリエーションがあることから、ケヴィン・リチャード・マーティンならではの電気/電子的自然現象のようなゴリゴリの音響工作も聴きとることができた。その意味でこちらはアンビエントというよりは、ビートレスのインダストリアル・サウンドに思える。キング・ミダス・サウンド『K.M.S. - Solitude Instrumentals』のオリジンのような音響といえるかもしれないし、テクノ・アニマルの『Re-entry』のディスク2を思わせるサウンド・スペースともいえる。

 そして『Frequencies for Leaving Earth - Vol.3』は全7曲を収録。前二作とは一変し、穏やかな、しかし人間以降世界のような、不穏な静けさを放つ音響世界が展開する。オルガンのようなシンセサイザーのゆったりと反復し、聴き手の意識を瞑想状態へと連れて行くような曲調はシンプルだが、絶大なアンビエント効果がある。
 特に11分に及ぶ4曲め “lost in you” は大変素晴らしい。静けさのなかに穏やかな展開があり、穏やかさのなかに不穏さがある。また乾いたノイズの向こうに微かな光を感じさせくれる5曲め “I will be your light” も卓抜なアンビエントを展開している。時代に闇夜から光が差してくるような構成も含めて、アルバムとしての構成は全3作中、もっとも完成度が高いと思う。

 全作、コロナ禍の地球全体に鳴り響くようなアンビエント/インダストリアルな音響空間を生成し展開している。〈ROOM40〉からリリースされた『Sirens』は極めてパーソナルなサウンドインスタレーション作品だったが、この連作は地球規模の危機を緻密にしてダイナミックな筆致で描き切る音響劇に思える。特に『Vol.2』の7曲め “Angel of Death” 以降の黙示録的な展開には圧倒されてしまった。

 神も天使もヒトも「地球」という巨大な自然に呑み込まれ絶滅していく黙示録的な光景と、しかし、その先にある再生の光を夢想すること。「個」のアンビエント・サウンドから「地球・天体規模」のアンビエンス/サウンドへ。想像力とリアルな感覚に満ちたアンビエントな電子音楽。これは紛れもなくレジェンド、ケヴィン・リチャード・マーティンの新たな挑戦である。

R.I.P.:エンニオ・モリコーネ - ele-king

 リカルド・ヴィラロボスと『Hubris Variation Parts 2 & 3』をリリースしたばかりのオーレン・アンバーチは「チャオ・マエストロ」とツイッターに短く投稿。イタリアの保健大臣も「アデュー・マエストロ」と投稿し、91歳で亡くなったエンニオ・モリコーネに別れを告げた。「マエストロ」というのはエンニオ・モリコーネの通称で、転倒による大腿骨骨折が原因の合併症と世界に伝えられる一方、現地の新聞には呼吸器疾患とも書かれているらしい。いずれにしろ去年もコンサートで舞台に立っていたというのだから健康に大きな問題はなかったようで、急逝は寝耳に水。イタリアの音楽界は大きな存在を失った。

 主に映画音楽の製作で知られるモリコーネは“続・夕陽のガンマン(The Good, the Bad, and the Ugly)”など1960年代に流行ったマカロニ・ウエスタンで名を挙げ、サイケデリック・ロックと同期したケレン味のあるギター・サウンドと情緒たっぷりのオーケストレーションが最大の特徴だった。“続・夕陽のガンマン”以外だと“荒野の用心棒”“ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ””アンタッチャブル”といったあたりが曲としてはすぐに思い浮かび、80年代後半にDJカルチャーがサンプリングという手法を取り入れるやそれらの曲の断片を聞かない日はなかったと思うほどDJたちはモリコーネをつぎはぎにしていた。ジ・オーブ”Little Fluffy Clouds”やビーツ・インターナショナル(ファットボーイ・スリム)“Dub Be Good to Me”をはじめ、ボム・ザ・ベース、コールドカット、トーマス・フェールマンズ・レディメイド、デプス・チャージ……。おかげで子どもの頃に軽く耳にしただけの原曲をフルで聴こうとLP盤を探し回る日々が続くことに(代表作以外がCD化されるのは2000年代後半から)。著作権法が改正されてサンプリングが違法(有料)となってからも、ディミトリ・フロム・パリ、デペッシュ・モード(のリミックス)、スーパー・ファーリー・アニマルズ、ピタ……とモリコーネの使用頻度は衰える気配がなく、最近ではフライング・ロータスが”Turtles”で”Piume Di Cristallo ”をサンプリング。さらにはヒップホップで、“Blueprint””So Ghetto””Can't Knock the Hustle”とジェイ~Zの代表曲は多くがモリコーネを元ネタとし、映画音楽を多用するRZAやウータン・クラン周辺でもモリコーネの引用は多い。モリコーネのメロディはわかりやすい疎外感を強調し、現代アメリカの寂寞とした無常感を引き出すのに最適だったということだろう。“続・夕陽のガンマン”はそれこそヴェンチャーズやイレイジャーにカヴァーされ、バスタ・ライムやディー・ライト、ヒカシューやスケプタに至るまでサンプリングされ続けた。

 モリコーネがイタリアのエスタブリッシュよりもアメリカやイギリスのアンダーグラウンドで生き延びたというのはさすがに言い過ぎだろうか。イタリアではモリコーネの存在感が霞んでしまった時期も実際にはあり、『ツイン・ピークス』の成功によってイタリアの映画音楽ではアンジェロ・バダラメンティの名声が高まり、ほとんどの人がそっちになびいてしまったのである。マイ・キャット・イズ・アン・エイリアンのマネージャーを務めていたラモーナ・ポンツィーニがトリノから日本に遊びに来た際、なぜかモリコーネの話になり、彼女が「イタリアの若い人は誰も知らないわ」と言ったのに驚いて、そんなバカなと返すと、名前を知ってるだけましと言いたそうな表情で「過去の人ですよ」と一蹴されてしまったこともある。確かに僕も『ミッション』や『ニューシネマ・パラダイス』といった80年代の作品を最後にモリコーネの作品は何も挙げられなかった。そして、久々にモリコーネの名前を聞いたのは2016年にクエンティン・タランティーノ監督『ヘイトフル・エイト』でモリコーネがアカデミー音楽賞を受賞した時だった。考えてみればわずか4年前である。『ヘイトフル・エイト』は低調だったタランティーノが久しぶりによくできた作品をつくったもので、「死んでしまうにはこの世界は甘美すぎる」というセリフがどこかモリコーネの音楽と合っていたことを思い出す。タランティーノはモリコーネの訃報を受けて「キング・イズ・デッド」とツイートした。

 ほとんどのメディアでは映画音楽家としての側面しか語られないけれど、モリコーネのキャリアはミュジーク・コンクレートやインプロヴァイゼイションなどの実験音楽にも遡ることができる。1966年から彼はグルッポ・ディ・ インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツア(Gruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza)のメンバーとなり、近年はどれほどの参加率だったのかは知らないけれど、1968年に行われたパフォーマンスが2014年にようやく陽の目を見るなど、死ぬまで脱退は表明していない。さらにはデムダイク・ステアが2年前にグルッポ・ディ・ インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツアの音源からサンプリングしたデータをループさせるなどして『The Feed-Back Loop』として再構築し、イタリアの60年代と現在のイギリスが直線で結ばれていることを見事に証明してみせた。ここでもモリコーネがアンダーグラウンドで生き延びた感は否めない。グルッポ・ディ・ インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツアのデビュー・アルバムがラウンジ・ミュージックで知られるイタリアの<スキーマ>から再発されたのは2018年。野田努によればポップスにも優れた作品が多いそうで(これは僕は知らなかった)、その関係だと思えばそれほど奇妙な再発ルートではないのかもしれないけれど……(『アンビエント・ディフィニティヴ1958ー2013』を編集した時に、このアルバムをどれだけ探したことか)。

 最後に、僕が個人的に最も好きな曲はジョン・ブアマン監督『エクソシスト2』に提供された“Magic And Ecstasy”。スネークフィンガーのカヴァーでも知られる同曲はモリコーネのケレン味とドライヴ感が頂点に達したディスコ・ナンバーで、エイフェックス・ツインが復活させたブラック・デヴィル・ディスコ・クラブの原点ともいえる。洗練された悪趣味と無類のエンターテイメント性。音楽メディアでもほとんど触れられることのない70年代のエンニオ・モリコーネを聴いてくれ!

Cafe OTO - ele-king

 ロンドンにおけるエクスペリメンタル・ミュージックの最重要拠点として、海外でも多くのファンを持つ〈Cafe OTO〉。最近のele-kingでは、高橋勇人によるムーア・マザーのライヴ・レポートでも触れられているが、〈Cafe OTO〉は、フリージャズ世代のアンソニー・ブラクストン、気鋭のテクノ・アーティストのNKISI、ディス・ヒートのチャールズ・ヘイワード……(枚挙にいとまがない)など、最高に尖った連中が出演するヴェニューで、ほかにも灰野敬二、大友良英、三上寛、中村としまる、池田謙、中島理恵、食品まつり、Phew……などなどコスモポリタンかつ妥協無しの作品を出している日本人アーティストが多数出演している。

 さて、コロナによって以前のようなライヴができなくなったいま現在において、〈Cafe OTO〉は新レーベル〈TakuRoku〉をスタートさせている。(とくに即興をするアーティストにとって)ライヴの現場という発表の場を無くしたことは大きく、もちろん会場側も存続しなければならない。〈TakuRoku〉は、余儀なくステイ・ホームされたアーティストによる“宅録”作品でアーティストとCafe OTOに利益が半分ずつは入るという仕組みになっている。アーティストからの共感も呼んだのだろう、早くも36作目がリリースされている。

 以下、OTOのホームページに掲載されているラインナップです。試聴できるので、気になる作品はチェックしてみよう。
https://www.cafeoto.co.uk/shop/category/takuroku/

 このように、ヴェニューがレーベルとして出演アーティストの音源を出すことで互いの利益を生んでいくことは、アリですよね。

interview with Julianna Barwick - ele-king

 イレジスティブル・フォース『It's Tomorrow Already』(98)以来、アンビエント・ミュージックには消極的だった〈ニンジャ・チューン〉が15年のリー・バノン『Pattern Of Excel』、19年のア・ウイングド・ヴィクトリー・フォー・ザ・サレン『The Undivided Five(19)に続いてジュリアナ・バーウィックの新作を獲得した。強引にカウントするとキング・マイダス・タッチとフェネスのコラボレイション『Edition 1』(15)もアンビエントといえるので、どちらかというと〈ニンジャ・チューン〉が構想するアンビエント・ミュージックは知的なラインナップといえる。バーウィックはなかでは理論家というより感覚肌の作家に属するものの、それでもニュー・エイジには迎合しない節度を見せるタイプ。何も考えていないように思える作家なのに、どうしてテンションの低い感覚的な作品になってしまわないのか。これははなかなか不思議なことだけれど、それこそ生まれつきの感性としかいえないのかもしれない。童謡をドローン化したようなアンビエント・ポップス。ジュリアナ・バーウィックの音楽を頭でっかちに定義すると矛盾だらけの表現になってしまう。それがいい。重苦しくないブルガリアン・ヴォイス。アカデミックではないメレディス・モンク。時代に掠ってるんだか掠ってないんだかよくわからないところもいい──それだけ約束事の外に出られた気になれるから。無邪気に子ども時代を回想した『The Magic Place』(11)や宗教的なムードを抽象化した『Will』(16)など、これまではある程度まとまったテーマを設定してきた彼女が可能性の範囲を広げようといろんな方向に手を伸ばした新作が『Healing Is A Miracle』である(アニオタ訳=自然と治っちゃうなんて不・思・議)。ときにプリンスが愛したエリザベス・フレイザーの声を思わせ、シガー・ロスとも波長が重なってきたLAのジュリアナ・バーウィックに話を訊いた。

新型コロナウィルスに加えて抗議デモや暴動もあるから、延期すべきかどうすべきかというのはレーベルとも話した。でも私は、少しでも人びとが平和を感じられるようなことに、自分が何かしらの形で貢献ができるのであれば、ぜひ貢献したいと思った。

前作に比べてヴァラエティ豊かというのか、いろんなことを試した作品になったのかなと。リラックスもしたいし、緊張感も欲しいし、次はディスコもやりかねないポテンシャルを感じます。やらないと思いますけど。

ジュリアナ・バーウィック(以下、JB):ははは、可能性は無限。たしかに、ある意味、折衷的だと思う。10年とか15年くらい前に自分がつくったものに遡ったような曲もあるし、よりエレクトロニック・サウンドで、ちょっと前作『Will』の曲を彷彿させるような曲もあるし、新たな発見もあって。あとやっぱりコラボレーションによっていつもの自分の作品より多様なサウンドが生まれたというのも当然あったと思う。

なかでは“Flowers”がもっとも意外でした。具体的にどんな花をイメージしているのでしょう? 日本ではサクラという花が人気で、サクラというネーミングはツボミが「裂ける」に由来します(注・諸説あります)。“Flowers”が描写しているのは、そのような花の生命力なのでしょうか?

JB:そういうわけじゃなかったけど、でもすごく興味深い視点。教えてくれてありがとう。サクラの花の名前がツボミが裂ける様子に由来するなんてとても美しいと思う。私が音楽をつくる時は、いきなりレコーディングし始めることが多くて、頭に思い浮かんだことをそのまま歌い出す。この曲のときもそうで、♪ラーララーララー、フラーワーズ〜みたいな感じで(笑)。「Flowers」って言葉が聞こえたから、それをキープしておいて。大体そういう感じでつくってて、半分英語、半分はただの音みたいなのを思いつくままに歌うというね。

桑田佳祐方式なんですね。その人にも『アベー・ロード』(https://www.youtube.com/watch?v=R0bYVE3c1oM)(https://www.youtube.com/watch?v=8aQmql5XeqA)という政治を批判したビートルズ・パロディがあるんですけど、ちょっと前にあなたが参加したフレーミング・リップスのビートルズ・トリビュート『With A Little Help From My Fwends』(14)は企画自体に賛否両論があったなか、あなたには何をもたらしましたか?

JB:あれは、私が自分でiPhoneで録ったボイスメモを彼らに送ったもの。スマホに“She’s Leaving Home”のあのパートを吹き込んで、それをウェインにメールで送って、それを彼が曲に入れたという。そんなことは自分ではそれまで一度もやったことがなかったし、以後も一度もやってない。あのアルバムに入ってる私の声は、iPhoneのボイスメモ。それってすごくない? 正真正銘のボイスメモ、テイクは1回、以上。めちゃくちゃ面白かった。

今回のアルバムは自己回復能力をテーマにしているそうですが、それは人間の意志とは無関係に働くものですよね? 「意志(Will)」をテーマにした前作のコンセプトとは正反対になったということ?

JB:その発想、素晴らしい、思わずメモしちゃった。人間の意志とは無関係に働く自己回復能力……ってめちゃくちゃかっこいいな。しかも確かに、最初にアルバムの名前をこれにしようと思ったのも、そういうことを考えてたからで、文字通り、私たちの体が自動的にやってくれる身体的な回復って、ある意味奇跡的だと思うし、マーベル映画に出てくるような超人的な能力なんだけど、実際、私たちの体ってそういうふうに機能してて。それってすごいことじゃない? それで『Healing Is A Miracle』というタイトルを思いついて、自分でも気に入って、これに決めようとなって。でも前作への応答みたいな意図はなかったけどね。前作を『Will』というタイトルにしたのは、かなりいろんな解釈ができる言葉だったから。意志もそうだし、人の名前でもあるし。でも前作との対比をちゃんと考えたらすごく興味深いかもしれない。それ、自分で思い付きたかった(笑)。

「意志(Will)」を神の意志と取ると、同じことかもしれませんけどね。新型コロナウイルスは免疫系を破壊することが知られています。それこそ「Healing」が不可になるので、あなたの作品に対する自然界からの挑戦ですね?

JB:かもしれない。いまは奇妙な時期だし、それに怖いよね。とくにアメリカではちょっと手に負えなくなってるし、こういう時期、公演ができる保証がどこにもないなかで、新作をリリースするというのはある意味興味深いことではあると思う。新型コロナウィルスに加えて抗議デモや暴動もあるから、延期すべきかどうすべきかというのはレーベルとも話した。でも私は、少しでも人びとが平和を感じられるようなことに、自分が何かしらの形で貢献ができるのであれば、ぜひ貢献したいと思った。アルバム発売を延期して売上の可能性を最大化するとかそういうことよりもね。いま世界に必要なものを考えたら、予定通りリリースする方がいいんじゃないかと思ったのよ。

そうですね。いい判断だったと思います。ビルボードの調べでは音楽の消費量は伸びて、好きなミュージシャンの新曲を聴きたいという人が最も多かったそうですから。ちなみに〈ニンジャ・チューン〉に移籍したのはなぜですか? このところ〈ニンジャ・チューン〉はアンビエント作家を増やしているので、以前ほど不自然ではありませんが、やはり最初は違和感を感じました。

JB:3年半ほど前にレーベルからEメールが届いて「あなたのやっていることがすごく好きです。一緒にやりませんか?」と書いてあって。それで何度か実際に会って、あらゆる面ですごくいい感じだったから、契約することにしたという訳。

メリー・ラティモアはあなたよりヘヴィなところがある作風だと思います。彼女と共同作業をすることで“Oh,Memory”には少し内省的なニュアンスが加わったのでしょうか、それともこういう曲だから彼女に参加を求めたのでしょうか?

JB:とにかく彼女の声が欲しかったというのがあった。メアリーのサウンドって瞬時に彼女だと認識できるものだと思ってて。それに彼女とは親友だしね。ツアーを一緒にやったりもしてるし、何度も共演してて。ちょっと前には私が彼女の曲をリミックスしたこともあったし。とにかく自分のアルバムに参加してもらいたいとずっと思ってたから、今回、ようやく夢が叶ったという。それと今回のコラボレーターはみんなLA在住の友だちで、それも少し理由としてあった。今作のコラボレーションは、私がいるLAのコミュニティを表したものでもあるの。

シガー・ロスとの付き合いを考えると自然なのかもしれませんが、前作の“Same”や、今回、ヨンシー(Jónsi)が参加した“In Light”はあまりにシガー・ロスに引きずられてませんか? シガー・ロスもこのところアンビエント・アルバムを連発しているので、波長が合っている感じはしますけど。

JB:“Same”は別の友だちとコラボした曲だけど、でも言ってる意味はわかる(笑)。ちなみにあの曲はトムという友だちが参加してるよ(注・シンセポップのMas Ysaのこと)。ヨンシーとの曲は、間違いなく彼がつくった部分が多くて、だからすごく「ヨンシー感」があるし、当然、彼っぽいサウンドになってる。それこそ私が求めていたものだし、彼とコラボするなんて夢だったわけで。メアリーが参加した“Oh,Memory”も同じように、すごくメアリーっぽくなってるしね。単純にヨンシーと作った曲はヨンシーっぽいってことだと思う。

ノサッジ・シングの役割だけがちょっとわかりませんでした。彼が“Nod”で果たしている役割は?

JB:まず私が彼にヴォーカルを入れたものを送って、それから彼のスタジオで作業して、ノサッジことジェイソンがベースやドラムを加えていったという感じだったんだけど、出来上がったサウンドが私にはすごくノサッジ・シングっぽいと思えた。ヨンシーやメアリーの時と同じようにね。

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だいたい即興で歌いはじめることが多いから、そのときに感じていることをそのまま歌ってるし、つまりそれは純粋な感情であって、声にはそのときの感情が反映されると思う。

音楽を作りはじめる以前に自分の声を録音して聞いたことがありますか? あるとしたら、そのときはどんな感じがしましたか?

JB:子どもの頃にカセットテープ・プレーヤーを持ってたから、当時から自分の声は録音してた。歌ったり、ラジオのDJの真似をして喋ったり……3、4歳の頃だったと思うから、どう感じたかは覚えてないけど、でも、いつもそんな感じで遊んでた。

声が持っている様々なポテンシャルのなかから優しさだけを増幅させている印象があります。それは意識的ですか?

JB:それはないかな。だいたい即興で歌いはじめることが多いから、そのときに感じていることをそのまま歌ってるし、つまりそれは純粋な感情であって、声にはそのときの感情が反映されると思う。たとえば誰かの声を聞いて、さっきまで泣いていたなってことがわかったり、興奮してたら声も興奮した感じになるでしょ? 歌ってるときも同じだと思う。

声をメインにして音楽をつくるミュージシャンはオノ・ヨーコやダイアマンダ・ギャラスなどたくさんいると思うのですが、僕の知っている限り、ほとんどが女性です。なぜだと思うか、考えを聞かせてください。

JB:うーん……考えたことなかったけど、でも言ってることはわかる。ヨーコの「アイイイイー」みたいなやつでしょ。きっと男性でもやってる人はいるんだろうけどね。確かに印象としては声を楽器のように使ってるのは女性の方が多い気がするけど、でも確信はないし、私が間違ってるかもしれないし、単純に知らないだけかもしれない。

男性では最近だとアン=ジェイムス・シャトンなどは声というより「言葉」に比重を置いているという印象が強いです。あなたの音楽は「言葉」から「声」を自由にしていると思いますか?

JB:それは間違いなくそうだと思う。やろうとする前に、音楽を作りはじめたときからすでにやっていたというか。シンガーソングライター的なものが自分にとっては自然ではなくて、サウンドをつくってるなかでたまに言葉が出てくることがある程度で……さっきの“Flowers”みたいな感じでね。だから歌詞を書くというよりも、サウンドと感情で曲ができ上がる。私の作品は基本的に全部そういうものかもしれない。もちろん例外はあるけど、ほとんどの場合は言葉がない。

男性があなたの『The Magic Place』を丸々1枚カヴァーしたら聴いてみたいですか?

JB:もちろん!

女性でもメデリン・マーキースティン・ジャーヴァンのように声だということがわからなくなるほど変形させてしまうスタイルは抵抗がありますか?

JB:何でも一度はトライしてみようと思ってるけどね。というか、よくペダルの設定をいじって遊んでるし。(実際に声を変えながら)こんな低くしたり、たかーくしたり。声を変えてハモったり。でもエフェクター以外でやることは考えたことがなかったなあ。ただ、私はかなり声域が広い方で、ものすごく高い声で歌うこともできるし、結構な低いところまで出せるから、そういうところで少し実験してはいる。

Vocaloidに興味はありますか?

JB:ペダル(※エフェクター)で十分。

ああ、佐々木渉さんには内緒にしておきます。世界で一番好きな声は誰の声ですか? 歌手でなくてもいいし。自分の声でもかまいません。

JB:ヨンシーかな。あと私の母の声もすごく好き。彼女の歌声はとても美しいの。

聞きたくない声はありますか? 

JB:怒りのラップ、怒りのメタル。“グォォォーッ”みたいなやつ。ああいうのは大嫌いで、ちょっと無理。

たとえばドナルド・トランプは言葉の内容が伝わらないとしたらハスキーで面白い声なのかなとも思うので、あくまで音として聞きたくない声ということですが。

JB:ああ、なるほどね……ゲーーーッ。

ははは。1日のうちで『Healing Is A Miracle』を聴く時間を指定しなければならないとしたら何時にしますか?

JB:自分のことを言うと、朝はまずコーヒーを入れてインターネットとEメールを開きながら音楽を聴いてるから、朝がいいかもしれない。でも夜に聴いてもいいと思う。

最後に〈リヴェンジ・インターナショナル〉からカセットでリリース予定の『Circumstance Synthesis』も同傾向の作品になるんでしょうか? それともまったく傾向の異なる作品ですか?

JB:まったく違う感じの作品で、というのもこれはマイクロソフトと共同でシスターシティ・ホテルのロビー用につくったものだから。マイクロソフトのAIを使って、カメラをホテルの屋上にセットして、レンズを空に向けてAIが空の変化を読み取って、その情報がプログラムに送られて、それをきっかけに私がつくったサウンドが流れるという。

へー。

JB:かなり複雑なんだけど、私は朝、昼、午後、夕方、夜と1日を5つの時間帯に区切ってそれぞれの時間帯のセットを作って、5つはどれも全然違うサウンドで、それを短くまとめたのがこの作品。自分がホテルのロビーにいるところを想像しながら、興味深くて美しくて、あまり静かすぎたり退屈にならないように、かと言ってホテルにチェックインするときにあまりにうるさい耳障りな音楽は聞きたくないし、でもやっぱりプロジェクト自体がとても興味深いものだったから、それにふさわしく興味深いものにしたいと思った。というのが作品の由来。

なるほど。「Music for Hotel Lobbies」という感じなんですね。わかりました。どうもありがとうございました。

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オフノオト
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