「K A R Y Y N」と一致するもの

 

 こんにちは、NaBaBaです。年の瀬迫る今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。今年もあっという間に過ぎてしまいましたが、ゲーム業界的には非常に盛り上がった1年でした。PlayStation 4とXbox Oneの二大次世代機も北米と欧州ではついに発売となり、どちらも品切れ続出の大人気のようです。

 そんな僕もじつはPlayStation 4の北米発売日である11月15日に、ロサンゼルス旅行に行ってきました。あいにくゲーム機そのものは手に入らなかったのですが、発売日の深夜販売に合流してみたり、個人のゲーム・ショップで店員さんたちといっしょに遊んだりして、向こうのゲーム熱を直に感じてきたのです。

 
L.A.市内のゲーム・ショップ『World 8』にて。店員さんたちと開封したてのPlayStation 4で遊んだときの様子。

 そしてこのロサンゼルスを舞台のモチーフにしているのが、今年最大の超大作である『Grand Theft Auto V』です。〈Rockstar Games〉の看板シリーズであり、昔『Grand Theft Auto III』が日本で発売されたときには、その暴力的内容から神奈川県で有害図書に認定されるという事件もありました。そうしたことから名前だけは知っている方も多いのではないでしょうか。

 そんなシリーズの最新作である本作は発売されるや否や、数々の記録を打ち立てています。まず開発費が約2.65億ドルと歴代ゲーム1位(2位は前作『Grand Theft Auto IV』の1億ドル)で、しかも発売初日に8億ドル以上売り上げ、発売6週で約2,900万本も売り上げるなど、化物みたいな数字が目白押し。さらにVGX等の数多くのアワードでもGame of the Yearを受賞しています。

 そんなあらゆる面において今年を代表し、また今世代の集大成と呼ぶにふさわしい本作のレヴューで以て、このコーナーも今年を締め括りたいと思います。

■進化・改善と新要素

 先程『Grand Theft Auto V』を今世代の集大成と呼んだのは、何も比喩的な意味ばかりではありません。〈Rockstar Games〉の作品としては、今世代に発売された『Grand Theft Auto IV』のオープンワールドゲームとしての骨格の上に、『Red Dead Redemption』の自然表現やランダムミッションシステム、『Max Payne 3』のシューティングシステム等といった長所を組み合わせた、正しく字のままの集大成として仕上がっているからです。

 舞台となるSan Andreas地方は、都市部と自然が織り成す、〈Rockstar Games〉の作品の中ではもっとも広大なもの。そこに詰め込まれているアクティヴィティも膨大で、現代のロサンゼルスに存在するであろう、あらゆる事物を徹底的に再現し、その上で現実では体験できないフィクションを織り交ぜています。シリーズはおろかオープンワールドゲームの中でも史上最大の物量だと密度と言っても過言ではありません。

 
シリーズ最大の舞台を、もっとも洗練されたゲーム・システムで楽しめる。

 さて、こうした進化と改善に対して、今回からの新要素はなんといっても3人の主人公によるザッピングシステムでしょう。本作ではMichael、Franklin、Trevorというそれぞれまったく別の境遇の3人組が、お互い協力して数々の犯罪に挑んでいきます。そしてゲーム的にもプレイヤーはこの3人を使い分けながら攻略していくことになり、ゲーム全体を通して非常に重要なシステムとしてフィーチャーされています。

 ではここから、前半はオープンワールドとメインミッションについて、後半は世界観の考察を交えながら、シナリオに対してこのザッピングシステムが持つ功罪について、考えていくことにしましょう。

本作の特徴についてはこの公式解説動画がもっとも纏まっている。

■3人の主人公と3種類の視点

 オープンワールドゲームとしてのこの主人公のザッピングシステムは、まずはミッション中でなければ基本的にいつでも自由に操作キャラを切り替えられるという点で、遊ぶ上での利便性に寄与しています。たとえば別々の場所にいる主人公たちを切り替えることで移動の手間が多少省けるし、また、いまやっていることに飽きても他の主人公に切り替えることで、心機一転して別のことに取り組むきっかけになるのが面白い。

 しかしそれ以上に個性や行えることが違う主人公たちを切り替えることで、ひとつの舞台を三者三様の角度から楽しむことができるのが効用としてはもっとも大きいと感じます。典型的なのがTrevorで、彼の破滅的な性格、言動はプレイヤーの遊び方をも自然と暴力的な方向に導いていく。MichaelやFranklinでは性格的に似合わない大量虐殺もTrevorだったら起こし得るし、実際そういう趣旨のイベントもたくさんあります。

 
Trevorの狂気はプレイヤーの暴力的衝動を掻き立ててくれる。

 前作『Grand Theft Auto IV 』でリアリティとシリアス路線の観点からトーン・ダウンしたシリーズ元来の暴力的ハチャメチャプレイが、Trevorというキャラによってリアリティを損なうことなく実現できた意義は大変大きい。シリーズのどのタイトルのファンにとってもうれしい改善だと言えます。

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■格好良い+ 格好良い +格好良い=超格好良い!

 『Grand Theft Auto V』の遊びの本軸となるメインミッションでも、先程のザッピングシステムは効果を発揮しており、ここではひとつの出来事を多角的に、かつよりスペクタクルに描き出すものとして、さらには攻略における戦術的オプションとしても機能しています。

 本作のメインミッションは前述した通り、3人が協力して大仕事に挑むパターンが多い。プレイヤーは異なる役割の3人を任意に切り替えたり、または自動で切り替わったりするなかでひとつのミッションを攻略していくことになります。

 これは簡単に言えば、3人の主人公の格好良い瞬間を切り貼りして、全体が構成されているという感じ。なので展開が常に引き締まっていて中弛みがなく、ひとつの出来事を多角的に見れるので物語としての厚みも増す。また役割が3人に分散するので、従来のゲームに見られた、主人公がひとりで全部やるみたいなことが起きず、リアリティにも貢献しています。

ミッション中のザッピングシステムの機能は、映像を直接見てもらうのが理解する近道だろう。

 メインミッションでは大抵の場合頻繁にキャラクターを切り替えることになりますが、こうしたシステムで懸念材料になるのが、キャラクターを切り替えたときに状況が把握しきれず混乱しかねないことだと思います。しかし本作では不思議なくらいこの問題は起きませんでした。

 それは良くも悪くもこのシリーズのミッションには、もともと戦略の自由度が無いからなのでしょう。とくに04年発売の『Grand Theft Auto: San Andreas 』以降のミッションは紋切型ばかりで、大局的な目線で立ち回りを考えたりといった、創意工夫を許す余地がありません。この点がいままでは欠点のひとつとして度々指摘されてきたわけですが、しかし本作に限ってはその指示された通りやればいいという単純さが、むしろ主人公を使い分ける際に混乱を抑制するプラスの効果を生んでいるのです。

 また違う立場のキャラクターに切り替える機能は戦略の幅には寄与しなくとも、局所的な戦術という意味では自由度を増やしてくれています。たとえば1人が迷路のような場所を進み、もう1人が遠方からスナイパー・ライフルで援護するというシチュエーションの場合、片方の操作に専念するか、交互に使い分けるか、またその割合等もプレイヤーの裁量に委ねられるのです。

 
定番の狙撃で援護する場面も、する側とされる側を自由に切り替えられるとなれば俄然面白くなる。

 そうした点を考えれば、紋切型という根本的な構造自体は変わっていませんが、むしろ紋切型としては、従来のゲームには無いシステムがとても新鮮で、かつそれがしっかり機能していて、とても面白いものに仕上がっていると思います。

■リーマンショック以降のアメリカ社会を切る

 問題はシナリオで、ザッピングシステムがほぼ完璧に機能していると感じた先の2件に比べて、こちらは不満に感じる部分が結構ありました。しかしその点を語る前に、まずは本作の全体的な世界観から考察していきたいと思います。

 このシリーズの世界観の特徴は、一貫してアメリカ社会の風刺であると思っていますが、本作ではとくにその傾向が強い。なぜなら今までのシリーズはギャングやマフィアといった裏社会の出来事を中心に描いていたのに対し、本作ではより一般人と表社会に近いところで物語が展開されるからです。

 もっともわかりやすい例が主人公たちに仕事を依頼するクライアントや敵対者たちで、これまでのような裏社会の犯罪者はほんのわずかで、かわりに実業家やFIBやIAA(FBIとCIAのパロディ)の捜査官、パパラッチやエクササイズ・マニアだとかいった、ほとんどが表社会や公的機関の人々。そんな彼らが金を稼ぐため、社会で生き残るため、あるいは狂気の結果として、主人公たちに不正行為の外注をするわけです。

 
実業家のDevin Weston。儲け話でそそのかしながら、報酬を出し渋る嫌な奴だ。

 さらに街を見回してみると、現代社会のさまざまな事物が強迫観念的に誇張されて描かれています。経済問題やセレブの堕落といった話題がニュースの紙面を賑わせ、IT会社のCEOは児童労働を高らかに宣言し、保守主義と社会主義の知事候補が日々過激な罵り合いを繰り広げ、TwitterやFacebookを模したSNSを見ると人々はヤクやセックスの話ばかりしている。

 
現実では建前の奥に隠している本音も、本作では皆堂々と曝け出している。

 そこから浮かび上がってくるのはリーマンショック以降のアメリカの姿です。不景気や相次ぐ社会問題に喘ぎ、しかしかつての栄華を捨てきれずに体裁だけ整えようと、皆が必死になっている姿がそこにはある。劇中ではどれも表現が過激で往々にしてコミカルに見えるますが、捉えている問題は極めて現実的でシリアスなものです。

 そんな世界において、主人公たちはある意味ではもっとも被害者なのかもしれません。なにしろほとんどの場合クライアントからは報酬が支払われない。これまでのシリーズでは仕事を請け負えば必ず報酬がありましたが、本作では何かと理由を付けてケチられたり、そもそも初めから無銭労働を強いられる場合も多い。

 当然主人公たちはジリ貧です。物語的にはもちろん、ゲーム的にも出費だけがかさみ、そのうち何もできなくなり、最終的には自ら企画立案した仕事=強盗に挑まざるを得ない状況に追い込まれていく。

 
本作の自主的な強盗の動機は、基本的に生活苦なのである。

 つまり本作は本質的には労働者の物語なのです。これは言うなればウォール街を占拠せよ運動で語られた、1%の富める者と99%の貧する者たちによって繰り広げられる死の舞踏なのです。問題の発露、あるいは解決に犯罪行為が選ばれているだけで、問題そのものはわれわれ一般人の生活のなかにあるものを捉えている。

 そして本作の凄いところは、こうした社会風刺を言うまでもなくオープンワールドゲームとして表現している点にあります。これまでゲームに限らずあらゆるメディアに社会風刺的な作品は存在しましたが、風刺の対象となる社会そのものを仮想現実的に再現してしまうことに関しては、このシリーズに勝るものは他にありません。とりわけ本作はいままで以上に一般人の目線に立った世界観と、先述したシリーズ最高のゲーム・システムが組み合わさり、シリーズとしてもメディア作品としても風刺表現のひとつの極みに達していると言えます。

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■三兎を追う者は何とやら

 問題はここから。世界観と全体的なテーマは文句なしですが、3人の主人公個々の物語として見ると話は違ってきます。結論から言えば主人公が3人になったぶん、視点が分散してしまい、両者とも十分に掘り下げきれないまま話が終わってしまう印象を受けました。

 少なくとも中盤までは大変面白い。ストリート・ギャングと決別し、より現実的な方法で成功を望むもうまくいかず悶々としているFranklinは同世代として共感できるし、家庭崩壊と己の性に苦しむMichaelはいままでのゲームには無かったキャラクター像でとてもユニークです。そんなふたりに正真正銘の外道であるTrevorが合流し、毎回乱痴気騒ぎをしつつも全体的に駄目な方向に堕ちていく様子は、まさに現代版死の舞踏といった感じで、悲劇でも喜劇でもありながら独特の緊張感がある。

 
ついには家族に出て行かれてしまうMichael。

 しかし後半以降になると途端に展開がマンネリ化してしまいます。まずFranklinは本人の目標を早々に達成してしまい、話の本筋にあまり絡まなくなってしまう。TrevorはMichaelのことをチクチク言葉責めするばかりで関係に進展がほとんどないし、3人のクライアントもほぼFIBに固定化されてしまう。

 
Franklinはときどき元ギャング仲間との絡みがあるだけで、後半はほとんど彼自身の物語が展開されない

 こうした後半のマンネリ化に続いて、終盤で物語が収束していく段になっても、個々の出来事にいまひとつ説得力が欠けているのです。極めつけはエンディングです。3種類に分岐するのですが、どれもいままで積み重ねた伏線を回収しきれずに終わるか、もしくはまるで打ち切りマンガのように強引に風呂敷を畳む感じになってしまい、いずれにせよ不満が残ります。

 以上のようなシナリオになってしまったところに、3人主人公というシステムの難しさを感じずにはいられません。エンディングについて、「もっと尺を取って個々の伏線にしっかり決着をつけるべきだった」と言うのは簡単ですが、おそらく律儀にそれをやっていたらただでさえ長大な物語がさらに気の遠くなる長さになっていたに違いありません。後半のマンネリも、3人の個々の物語を展開しつつ、本筋の大きな物語に歩調を合わせることの困難さが露呈してしまっています。

 どうすればうまくいったのか簡単には思いつきませんが、つまりはそのワン・アイディアが足りなかったということでしょう。結論としては一般的なゲームのシナリオとしてはユニークさも完成度も十分と言えますが、個人的にシリーズ最高だったと思っている『Grand Theft Auto IV 』の主人公Nikoの物語と比べると、今回の3人の物語は数段落ちるのが残念でした。

■まとめ

 お金をつぎ込めるだけつぎ込み、現在考えられる究極のゲームを作ったとしたら? その答えのひとつが『Grand Theft Auto V』であり、その圧倒的物量は前代未聞の領域。新しいシステムも含め全体的な完成度はとても高い。

 唯一、シナリオの後半以降の粗が目立ってしまうのが玉に瑕ですが、現代アメリカの風刺としてはこれ以上無いほど極まっており、総合的に見て『Grand Theft Auto』シリーズの名に恥じない傑作と断言できます。ゲーマーは勿論、普段ゲームに興味の無い人にも手にとってほしいと感じる逸品。

 最後に、『Grand Theft Auto V』はとても多義的な作品です。今回はゲーム・システムと物語という観点からレヴューしましたが、よりアメリカン・カルチャーに根ざしたところから本作を考察することもできるでしょうし、犯罪映画の数々と比較して語ることもできるでしょう。

 そして『ele-king』的には何よりも音楽ではないでしょうか。本シリーズは毎回劇中のラジオという形で、時代性に即したさまざまな実在の楽曲が収録されていますが、本作もまた古くはザ・スモール・フェイセスの『オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク』から、近年ならジェイ・ポールの『ジャスミン』等、幅広いジャンルの曲が選ばれています。

 こうした観点からのレヴューも非常に興味深いに違いありませんが、あいにく僕は音楽の専門化ではないので書くのは難しい。むしろ他の誰かが書いてくれないかな! という淡い期待を寄せつつ、本年のレヴューを締め括らせていただきたいと思います。それでは皆さん、よいお年を。



P-RUFF (radloop) - ele-king

次作がMIX TAPEということで、近年リリースのカセット作品10本をセレクトしました。
radloopからの第二弾7inch、Ackky / painting in novemberが好評販売中。
radloop.com
2014年もリリース予定していますのでよろしくお願いします!

CASSETTE TAPE 10選


1
Les Halles -  Magnetophonique - Split II [Carpi Records]
https://carpi-records.bandcamp.com/album/cr-08-split-ii

2
Niityt - Niityt [Ikuisuus]
https://www.ikuisuus.net/products.php?id=7431&kategoriaLevy=12

3
Bataille Solaire - Documentaires [Constellation Tatsu]
https://www.ctatsu.com/portfolio/bataille-solaire/

4
Filthy Huns - Watch of the Bear [NOT NOT FUN]
https://www.notnotfun.com/posts/filthy-huns-st-cs/

5
The Smoke Clears - Listen [Further Records]
https://furtherrecords.org/album/listen

6
Stag Hare - Angel Tech [Space Slave]
https://spaceslave.bandcamp.com/album/angel-tech-2

7
Julia Holter - Live Recordings [NNA Tapes]
https://nnatapes.com/available-releases/julia-holter-live-recordings-c54/

8
Meadowlands - Cross-Sectional Studies [Exo Tapes]
https://exotapes.tumblr.com/post/23054489058/

9
Celer And Hakobune - Vain Shapes And Intricate Parapets [Chemical Tapes]
https://celer.bandcamp.com/album/vain-shapes-and-intricate-parapets

10
Woodpecker Wooliams And Golden Cup Meet Love Cult - In Russia [Full of Nothing]
https://fullofnothing.net/fon38/

My Cat Is An Alien - ele-king

 2013年は6枚組が熱かった。枚数が増える傾向は非常階段や友川カズキによる10枚組み、メルツバウの11枚組みにカンニバル・コープスの12枚組み、アシッド・ハウスのトラックスボックスは16枚組みで、クイーンのロジャー・テイラーは数え方すらよくわからず、ハービー・ハンコックに至っては34枚組みまで膨らんだ。コニー・プランクの4枚組みなんて、だから、かわいい方でしたよね。そうしたなかで、もっともチャーミングな枚数といえたのが「6枚組み」だったことは間違いない。「6枚組み」がもっとも時代の空気を正確に反映していたのである。そう、東京事変は2枚減らすべきだったし、バジンスキーは1枚足らなかった!

 年頭を飾ったのはフィンランドからスパンク(これはコンセプトがかなり複雑)、そして、3月のアイアン・メイデンはともかく、6月にはバート・バカラックとECM、さらにスタイル・カウンシルから秋にはカシーバーと続き、年末にはボブ・ディランが放ったアナログ6枚組みが世界と萩原健太を震撼させた。なかでももっとも興味を引いたのがイタリアのオパーリオ兄弟によるマイ・キャット・イズ・アン・エイリアンで、これが話題の〈テレンスマット〉からリリースされた『エイリアン、オール・トゥー・エイリアン』に続くけっこうな新境地となった。ノイズ・ドローンでもアンビエント・ドローンでもなく、奇妙なほどスタティックで、しかし、トリップ性もある斬新なアプローチである。

 『サイコーシステム』というタイトル通り、映像の雰囲気がまずは変わってきた。PVでは単にレコードを回しているだけにもかかわらず、過剰にサイケデリックなムードが演出され、枯山水のようなイメージに終止した『フラグメンツ・サスペンディッド・イン・タイム』の映像表現とはまったく違うものになっている。かつてはアウター・スペースへと突進していった彼らのサウンドはトリノの工場街からアルプスにスタジオを移したせいか、どことなくアーシーな響きを帯びるようになり、それはそれでよかったのだけれど、外宇宙であれ、地表であれ、そこにはいつも人間は不在だったものが、ここでは人間の内面へと忍び寄る彼らのサウンドがはっきりと刻印されている。音楽と自分がやんわりと関係付けられているというか、彼らがこれまでに描き出してきた「鉱物」や「空間」とは異なるイメージが浮かび上がり、曲によっては外界と内面が引き裂かれているような印象もある。もしかすると初めて自分たち自身に興味を持ったのかもしれない(自意識太政大臣こと橋元優歩とは正反対の取り組み方である)。

 アウター・スペースを扱った『ザ・コスモロジカル・トリロジー』(05)でさえ3枚組みだった。宇宙に対する彼らの興味が無限大に膨れ上がり、それこそすべての音が消えた瞬間に、本当に宇宙空間に「いる」かのような気分にさせられた同作は、いつしか彼らのなかで初期衝動を終わらせてしまったのかもしれない。達成するということはそういうことだし、どれぐらいの意志が介在したのかはわからないけれど、それに続いた「自然」との係わり合いが次のステップになった後で、それを新たなゴールに見立ててしまうのではなく、アウター・スペースからイナー・スペースへの切り替え地点として十全に機能させたというのが正確なところではなかっただろうか。そして、イナー・スペースに新たな地平を見出した彼らは、まるで、アウター・スペースと向き合っていた時と相似形のような音響へと回帰しながらも、どこか違うニュアンスを放っている。ひとついえるのは、かつてよりも明らかにサウンドが重層的になっているということだろう(……にもかかわらず主義としてのノー・オーヴァーダブは貫かれている)。

 “バイポーラリズム(二極主義)”と題された曲は2種類のテンションを同時に経験させられているような構造を持ち、とくに彼らの変化を印象づける。バイポーラー・ディスオーダーといえば、このところハリウッド映画がやたらとテーマにしたがる双極性障害のことで、ソダーバーグ監督が『インフォマント!』(09)で取り上げた時点では字幕には反映されていなかったものが、最近は積極的に「双極性障害」という単語が字幕でもばら撒かれるようになった。『インフォマント!』で示された結論(というか事実)が示唆していたように、犯罪的なセンスを助長する傾向であるにもかかわらず、資本主義はこれを「能力」として買っていることは明らかである(逮捕したハッカーを司法取引で政府内のブレインとして取り込む感覚と同じで、それこそP2Pに対する日本政府の対応とはまったく次元が異なっている)。獄中からCEOへ。そのような可能性であり可否について彼らもこれを曲として表現しているということなのだろうか。いずれにしろ、中学生の頃から軽度の双極性障害に悩まされてきた僕にとって、こういった曲が与えてくれる効果には計り知れないものがある。マイ・キャット・イズ・アン・エイリンをセラピー目的で聴くようになるとは思わなかった。

くりーくん - ele-king

 2013年にひとつ足りないものがあったとすれば、それは『ハトのおよめさん』におけるハトよめの暴言だ。1999年に始まり、2012年末になかば強引に結末を迎えた長寿連載を終えて、作者のハグキはいま何をしているのだろう。下ネタ・暴言もしくは暴力ネタ、シュール・ネタが乱発する、そのくっだらない動物ものギャグ・マンガを友人とゲラゲラ笑いながら長い間読んでいたものだが、『ハトよめ』が終わってしまった世界がこんなにも寂しいものだとは想像していなかった。いや、僕がハグキのマンガに思い入れるようになったのは、わりとひっそりと発表されていた、同じく動物ギャグ・マンガ『くりーくん』を読んでからだろう。

 『くりーくん』は同じ2012年に第2巻が出て完結しているが、僕はいまでも読み返すたびに「現代の日本からこんな表現が出てくるとは……」と嘆息せずにはいられない。そこには、僕が海の外の国で生まれた表現に――たとえばアキ・カウリスマキの映画に――見出してきたものがあるように思えるからだ。端的に言ってしまえば、貧しい者たちの尊厳と、彼らのコミュニティで生まれる誇りのようなものが描かれている。長年の経済的な行き詰まりを受けて、たしかに困窮を「リアルに」描くマンガは増えた。けれど、金がない男がいかにモテなくて(童貞で)みじめかとか、ほんとどうでもいいし、さらにはその非モテの主人公が現実にいるはずもない美少女に恋をされるようなものにうんざりしていた僕にとって、『くりーくん』は大いなる発見だった。いや、『くりーくん』だって、基本的には小学生が描いたような絵の、くっだらないギャグ・マンガとして、である。ニートで頭の悪いケンちゃん(クマ)が「ス☆ゴーイ!」とか「クリティカル・ショック!!」とかいう一発ギャグを繰り出す第1話を読んで、この物語が向かう先を想像できるひとは少なかっただろう。
 そう、物語だ。『ハトよめ』にはそれほどなかった明確なストーリー・ラインが本作にはある。冒頭ではくりーくんはリストラされた妻子に逃げられた無一文の中年のネズミで、人生に絶望している。が、そんなことに気を遣わずに遊びに来る能天気なケンちゃんと日々を過ごしながら、次第に仕事を始めていく。まずは自分の食材を森で拾い、次は山菜を採ってそれを売る。金持ちのホームヘルパーは(金持ちの尊大さに気づいて)失敗するが、フォークリフトの免許を手に入れて運搬の仕事を始める。つまりここでは労働が内容も含めて非常に具体的に描かれており、また、完全にDIYで……たとえば自宅のドアを木材を拾って作るなどして、くりーくんが自分の生活を着実に立て直していく様子もページをさいて、じつに細かく見せていく。逃げられた妻のところで暮らす娘に会いに行って、あとでその元妻にバレて怒られたりもしながら……。
 そうこうしているうちに、くりーくんの周りにはたくさんの動物たち――それはつまり、「多様な人びと」の比喩だ――が集まってくる。ケンちゃんとのちにお笑いコンビを組むフリーター(トビネズミ)、事故でケガをしたが金も保険を持っていないために病院に行けないボヘミアン(渡り鳥)、長年やっていたボーリング屋をたたんでカラオケチェーンに土地を売ってソバ屋を始めるおじさん(リス)、独居老人(モグラ?)、アル中の父親からの暴力に苦しむ母子(プレーリードッグ)、恋人を亡くして失意に暮れる刑務所帰りの元漁師(アナグマ)……。彼らはそれぞれの事情を抱えながら、だが、めげずに労働に勤しみ、できる範囲で助け合いながら、ただただ逞しく毎日を生き抜いていく。履歴書の「趣味」の欄に「ビヨンセ パックマン エビフライ」と書いて雇い主に「君は計り知れないバカじゃな!」と言われてしまうケンちゃんだって、お笑い芸人を目指して何とかやっていくし、出世した同級生に会ってちょっと落ち込みもするが、焚き火を囲んで友人たちと夕飯を食べていればそんなみじめさは忘れてしまう。『くりーくん』では出世して金を稼ぐことよりも、仲間たちと手作りしたパンをいっしょに食べる時間のほうが尊いと信じている人間が描いたマンガ、タフな楽観主義に貫かれた物語である。

 時間はどんどん過ぎていく。くりーくんの娘は成長して親元を離れて彼氏と同居し、ケンちゃんの相方のトビネズミは実家の工場を継ぐために地元に帰っていく。そんななか、くりーくんはチーズ生産の仕事を始めてヒットするし、ケンちゃんだってピン芸人としての道を見出していくが、面倒な問題は相変わらず毎日目の前にある。しかし、くりーくんは言う……「大丈夫! なんとかなるだろ」。そして、作者からのかなり率直なメッセージがこめられた最終回では、くりーくんは遠くない未来に死ぬだろう予感が漂っているが、その日もみんなで淡々と夕飯をいっしょに食べ、ケンちゃんは第1話と同じように「ス☆ゴーイ!」のギャグを繰り出している。
 これは現代日本におけるプロレタリア文学なのだろうか? ……いや、それ以上に能天気なギャグ・マンガであり、だから僕は愛さずにはいられない。はじめ読んだときは『ハトよめ』にはない豊かな叙情性と仄かな無常観に驚いたが、しかし思い返せば、『ハトよめ』にだって労働を知っている人間が描いたものだと思わせる箇所がそこここにあった。ハグキはいまどうしているのだろう? 僕には知る由もないし、またマンガを描いてほしいとも思うけれども、同時に、地道に労働をしながらタフに生きているのだろうと勝手に想像して安心している。

DARKSIDE - ele-king

 2013年、僕のiPodの再生数が多かったのは、The XXの『コエグジスト』、ロンドン・グラマーの『If You Wait』、ジェイムス・ブレイクの『オーヴァーグロウン』、そしてダークサイド『PSYCHIC』だった。こう並べてみると、いかにもBoilerroomを毎週チェックしている若者のようだけど、面白いのは、Boilerroomを見ている若者も、僕のようにさんざん遊び倒したシニア・クラバーも、いま本当に信頼できるパーティを作るにはもういちど原点に帰って、それこそ友だちが集まって作るしかないだろうと思っていることだろう、それこそBoilerroomが映すパーティのように。
 ダークサイドの中心であるニコラス・ジャーもThe XXやジェイムス・ブレイク同様に20代前半であり、90年代の踊りっぱなしの時代を知らない若い世代のひとりとして、いま、ダンス・ミュージックを作っている。彼らのような世代が、ダンス・ビートを使ってリアルな音楽を作っているということに、シーンの途切れない強さを感じる。

 ダークサイドのアルバムは、マッシブ・アタックの『ブルー・ラインズ』やポーティスヘッドの『ダミー』のように、緊張と弛緩が絶妙なバランスで成立している。そして、ダークサイドや彼らと同世代のアーティストは、思いや願いを鳴らしているように感じる。音楽を作ること、その先にあるものや結果が、以前のようにわかりやすくシンプルな成功ではなくなったこともひとつの理由だろうか。それでもダークサイドの音楽からは、この先になにが待っていようと、いまはこのサウンドを聴かせたいという思いが伝わってくる。

 Boilerroomでのダークサイドのライヴをぜひ見て欲しい、ビルの屋上で演奏する彼らの後ろに見えるのは秋の黄昏に沈むニューヨーク。
https://boilerroom.tv/recording/darkside/

 Boilerroomはよくわかっている。さまざまなロケーションでパーティが開かれているが、DJはつねにオーディエンスとの親密さのなかでプレイしている。ときには小さな部屋で数人ということも多い。
 嵐に巻き込まれるようにして90年代のダンス・カルチャーを駆け抜けた世代と、そのムーヴメントを歴史の一部として想像力を働かせることでしか感じられない世代とのあいだには大きな違いがあって当たり前だ。しかし、大切なところは受け継がれていると、Boilerroomを見ていて思う。巨大なダンス・フェスや派手なラインナップが並んだパーティに違和感を持っているのは僕らの世代も彼らの世代も同じなのだ。そして、なにかが失われたと感じるのが僕らの世代であり、明日を夢見ることができるのが若い彼らの特権だ。
 どちらも目指している場所は同じだ。より自由なのは彼らの方であり、誰も見たことがないパーティを実現することができるのも、もちろん彼らだ。パラダイス・ガラージから脈々とつながっているパーティ・カルチャーの何度目かのエクスプロージョンは、大規模なフェスやダンス・イベントからは起こらないだろう。たとえば下北沢のMOREのような小さなバーやBilerroomが開かれているようなスペースにしか本物の種は蒔かれない。

 ダークサイドは年明けに北米からヨーロッパをまわるツアーをおこなう、4月にはオーストラリアを経由して香港までやってくる。日本まで来てくれないだろうか?

今年最高のライヴ体験 - ele-king

黒田さんのマイブラ本が2月に!
■2/14発売予定
『マイブラこそはすべて
~All We Need Is
my bloody valentine~(仮)』

(DU BOOKS)
1890円(税込)

Union

 去る9月30日、東京国際フォーラムホールAにて行われたマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの来日公演は、間違いなく本年のベストに数えられるべきものだった。〈DOMMUNE〉全面プロデュースによる本企画は、ケヴィン・シールズの要望に忠実に構築されたという独自のサウンドシステムと、それを十全に機能させることのできるホールを前提に、音響を浅田泰氏が監修、「配信は勿論無い!!!!!!!」(宇川直宏)というこだわりきった内容で大いに前評判も呼んだ、まさに「ワールドプレミアム・ライヴ」。入場時に耳栓を配るという冗談も洒落ていたが、ときに伝説化され神秘化されすぎもするマイブラ像から、「轟音」への執着というコアを比類ない形で蒸留してみせた点でも非常にクリティカルな試みであったと言えるだろう。
 語り忘れ禁止。ご存知、『シューゲイザー・ディスク・ガイド』の黒田隆憲氏と、当日は最前で観覧してもらったTHE NOVEMBERSの小林祐介氏に、この稀有な体験とマイブラへの思いを語っていただいた。

ホールで聴くマイブラ

今回のマイブラ公演では、着席スタイルでじっくりと音を体験することができましたが、こうした形式は2009年の〈プリマヴェラ・サウンド(Primavera Sound)〉以来ということですね。今回は、やはり東京国際フォーラムという音響環境+着席ライヴというスタイルがキーだったのかなと思うんですが、そのあたりの感想からおうかがいできればと思います。

黒田:着席スタイルっていう点は、けっこう抵抗があるというか、違和感のある人もいたようですね。それもわかるのですが、僕としてはあそこでシガー・ロスを観たときの印象がすごくよくて。音響といい、音のまわりかたといい、素晴らしかったんです。だからマイブラもあそこでやったらすごくいいだろうなって思っていました。期待どおりでしたね。

小林:はじまる前は「音響設備のいいところでやりたかったのかな」という程度にしか思わなかったんですが、いざ体験してみて思ったのは、スタンディングだとお客さんがリズムを刻みながら観られるけれども、そういうことを一旦排除できる状況に持っていくことが重要だったのかなということです。立ちってことは、前の人の身長しだいで音が遮られてしまうってことじゃないですか。

黒田:ああ、なるほど。

小林:客席に傾斜があって、音の響き自体も計算されているホールなわけですよね。サウンド・デザインに重きが置かれているぶん、いろんなものからの干渉を避けているのかなと感じました。

黒田:小林さんはどのへんで観ていらっしゃったんですか?

小林:僕は最前列で、ステージに向かってやや右側。ケヴィン・シールズのほぼ目の前って感じのところでしたね。ケヴィン・シールズを目の前で観られるという贅沢はあったんですが、おそらくはステージの上の生の音がたくさん聴こえていた場所で、舞台の両端あたりにある大きなスピーカーよりも前に出ちゃっている感じの位置だったんです。だから、もっと後ろの他の位置にいた方にはどんなふうに聴こえていたのかなという興味がありますね。

黒田さんは撮影をしながらという変則的な聴かれ方をされていたわけですが、いかがでしたか?

黒田:音としていちばんいいのはPAのど真ん中くらいかなとは思いますけど、僕もずっとステージの麓みたいなところで写真を撮っていて、そこでは音がわんわんと回っているような、音に包まれているような感覚でした。その後、ちょうど“ユー・メイド・ミー・リアライズ”のノイズ・パートのときに、これはやっぱりちょっと後ろで聴きたいなと思いまして、後ろに回ってPAのところで聴いたんです。そしたらやっぱり、すごい立体感があって、とてもよかったですね。あのへんで観ていた方はいちばんよかったかもしれません。

アンプやエフェクターの配線図も見せてもらったのですが、やっぱり曲ごとに使うアンプと組み合わせが決まっているようですね。(黒田)

轟音ではあるけれど、一音一音、しっかり聴こえたっていう感想もよく見かけますね。マイブラって、衝動でノイズや音量を出すというよりも、そのあたりはずっと意識しながらやってきているバンドなんですかね?

黒田:どうでしょうね。ノイズの積み重ね方ということで言えば、のっぺりとした印象ではないですよね。とても立体感がある。それは以前から感じていたことなんですが、今回はより際立ったりしていたかもしれません。

アンプなんかも30個くらい積み上がっていましたけど、そうしたセット、装置含めてお気づきの点があればうかがいたいです。

小林:アンプに関しては、どの曲でどれを使っているのかっていうところまではさすがにわからないんですけど、多少はギミック的な意味もあるのかなと思いました。アンプの壁っていうのは大音量の象徴でもあるわけじゃないですか。でも、たくさんマイクも立てられていたし、実際のところどうなんだろう……。

黒田:なるほど、実は今年2月に来日したときにステージ裏で機材とかを撮らせていただいたことがあって、そのときにエフェクターやアンプのブロック図も見せてもらったのですが、やっぱり曲ごとに使うアンプと組み合わせが決まっているようですね。たとえば“ユー・ネヴァー・シュッド”という曲だったら、はじめのパートではハイワット等のエフェクターが使われているんです。マーシャルとそのふたつをいっしょに鳴らしていて、次のセクションになるとまた別のアンプをいっしょに鳴らしていると……。セクションごとに切り替えているんですよね。“トゥ・ヒア・ノウズ・ホエン”とかだったらこれ、とか。いちおうアンプは全部使っているみたいですよ。

小林:なるほどなるほど!

黒田:だからけっしてギミックでアンプを積み上げているわけではないと思います。

小林:きちんと意味があるんですね、いろいろ腑に落ちました。


“サムタイムズ”というビッグ・サプライズ

2009年にATPの〈ナイトメア・ビフォア・クリスマス〉で彼らがキュレーターをやったときに演奏したきりで、たぶん91年のときもやってないんじゃないかな。

それほど偶然性に左右されないものというか、確固と組みあがっているような種類のものなんでしょうね。

黒田:やっぱりそれはすごくあるみたいですね。今回“サムタイムズ”を1曲めにやったじゃないですか。あれは2月に来たときもリハーサルではやっていた曲なんですね。ビリンダから聞いた話では、ライヴの前のリハーサルでもいつも入れている曲らしいんですけど、どうもそのギター・アンプの感じ……トーンの感じが納得いかないっていうことで、結局ずっとやらないでいたんです。

そうか、“サムタイムズ”はサーヴィスなんですね。

黒田:演奏前にクルーのひとりがセットリストをヒラヒラさせながら、「今日はビッグ・サプライズがあるよ」って言ってました(笑)。他の国では、それまではまったくやってないはずです。2009年にATPの〈ナイトメア・ビフォア・クリスマス〉で彼らがキュレーターをやったときに演奏したきりで、たぶん91年のときもやってないんじゃないかな。だから、今回で、世界で4回めくらいということになりますかね。

小林:へえー。

けっこう思い入れの深い曲ですか?

小林:いや、回数的にレアかどうかっていうようなことは意識したことなかったですけど、もちろんいいなと思っている曲です。

黒田:マイブラ自体はいつぐらいから聴いていらっしゃるんですか? 年齢的には後追いということになりますよね……?

小林:僕は18くらいですかね、聴きはじめたのは。後追いです。

黒田:“サムタイムズ”が『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督映画、2003年)で使われていたのがきっかけだったりしたわけではなく?

小林:そうではないですね。単純に友人のすすめで『ラヴレス』を聴いて、『イズント・エニシング』を買って、という感じです。

黒田:まわりに洋楽詳しい友人がいて、という感じなんですね。

「シューゲイザー」っていう記号性を意識して入っていったんですか?

小林:あんまり「シューゲイザー」って呼ばれているものを理解できないまま聴いていました。ライドとかジーザス・アンド・メリーチェインとかチャプターハウスとかも好きで、「それをシューゲイザーっていうんだよ」って言われて、なるほどって。

そもそも蔑称的な呼び方だったりしますし、オリジナル世代の人たちも「シューゲイザーやってます」って意識はないと思いますけど、後追いのわれわれだと奇妙に神格化されたジャンルとして出会いますよね。

小林:あんまりいいか悪いかを考えることもなく、「シューゲイザー」って呼ばれているのかあという感じで、シューをゲイズするって意味なのかあ、ふーん、という感じでした。だけど、いろんなバンドを聴けば聴くほどマイブラの特殊性とか、他と次元が違うようなところがあるような気がしてきて。


マイブラの「可聴」域

そうですよね。それこそ、アンプがあれだけ積み上がっているのにひとつひとつ意味があったりとか。

小林:アンプが積み重なっていてもマイキングしない人が多いじゃないですか。でもあの公演では細かにしてましたよね。いまシューゲイザーって言われている音は、僕ら自身も含め、手法や機材面での工夫についてのセオリーがある程度でき上がってしまっていると思うんですよ。でも、いざマイブラのライヴを観て聴くと、発想自体がもう僕らの追っているものと違っていると思いました。
僕はこれまで、可聴域というか、ある意味では狭い範囲のなかで音の広がりや表現をイメージしていたんですけど、マイブラって大気のなかのフル・レンジでそれを考えているんじゃないか。倍音成分をどういうふうに出すかってことで、人の深層心理に働きかけるやり方をしているんじゃないか、って思ったんです。
シューゲイザーと呼ばれているバンドは、いわゆる空間系のエフェクターを使うじゃないですか。それって、言ってみれば、本来ない空間を再現するためのものだと思うんです。それに対して、マイブラはフル・レンジで鳴らしている――最初から空気のある、空間の存在しているところを鳴らしているので、僕らが通常頼っているようなエフェクターの使い方をしていないんじゃないかと感じたんです。僕はやっぱり、(あの轟音が)ギターのものとして聴こえたんですよ。いろんな倍音がキラキラしていたり、ぐーっとくぐもっていたり、ギターらしい中域のあたりが聴こえたり、いろんなものがフル・レンジで鳴っていて、全体として塩梅よくなっている。だから耳に痛くないし。
大音量なのに耳に痛くないってすごく難しいことで、それをずっと浴びていたわけですけど、もうこれ以上の音量はないだろうって思ったその先に、“ユー・メイド・ミー・リアライズ”のノイズ・パートが現れて……って、もう、僕のなかで音そのもの、サウンド・デザインそのものへの考え方がそのときガラっと変わりました。

黒田:たしかに空間系のエフェクターってケヴィンはほとんど使ってなくて、リヴァーブとかディレイはほとんど用いないようにしていた……というのは、80年代後半からずっと変わらないはずです。コクトー・ツインズとかそのへんのネオ・サイケ流れのバンドたちというのはモジュレーション系、たとえばコーラスとかよく使っていたんですけど、ケヴィンたちはダイナソー・Jrとかソニック・ユースとかUSのバンドの影響をすごく受けていたので、じつは音がものすごくドライ。そのへんの違いというのは最初からあったみたいですね。

マイブラって大気のなかのフル・レンジでそれを考えているんじゃないか。(小林)

小林:なるほど、そうなんですね! そうやって考えると、日本でいちばんマイブラっぽいことをやっていたのはディップ(dip)なんじゃないかって思うところもあって、ヤマジ(カズヒデ)さんって空間系を使わないわけではないんですけど、鋼が鳴る音の倍音とかにすごい執着があるんじゃないかなって、「ギターっていうのは中域がおいしいんだ」っていう考え方じゃなくて。

黒田:たしかに、マイブラもはじめ『イズント・エニシング』を聴いたときに鋼みたいな音だなって思いました。そういう意味では近いかもしれませんね。

小林:ヤマハの逆再生系のリヴァーブ、SPX900とかはたぶん『ラヴレス』で使っているかなと思うんですけど、そういう特殊系だけですよね。空間というよりは時空を歪めるような使い方というか。

なるほど、技術的ですけど抽象性を帯びた話で興味深いですね。小林さんのマイブラに対するエフェクター観は、現実にない場所を作り出してぶっ飛ぶものではなくて、現実の空気を拡張させるものだ、という感じなんですか。

小林:マイブラがやっていることが、空気を震わせたりすること、つまり目の前に何かを実現させることだとしたら、他のバンドがやっていることは、イヤホンのなかとか、ライヴハウスとか、限られたサウンド・システムのなかで起こっていることを真似ること、という違いがあるような気がします。機材とかを駆使して。広い空間で鳴らしている音像にしたいときも、それを足元でコントロールしたりとかする。それに対してマイブラは大きいところで本当に空気がビリビリいうことで、実際に広がっているし散っているんですよ。……なんというか、マイブラは「実現」していて、他は「再現」しているというふうに感じるんです。抽象的ですけれども。

実現ということで言えば、サウンドの設計図まできっちりと作られているわけで、そこまでの過程がはっきり示されていますね。「シューゲイザー」っていえばリヴァーブで……っていうイメージも一方には強くありますし、あるいは曖昧模糊とした音像ならばもうそう呼んじゃおうというようなところもあるわけですが。

黒田:あとはデカい音でうわーっと鳴らしていれば、っていうところもありますよね。でもマイブラについて言えば、もっとすごく計算されているものではあるんです。


棒立ちの説得力

ビリンダもケヴィンもいっさい身体でリズムを刻まないじゃないですか。足で拍子をとったりとかもいっさいしない。リズム隊とは反対に、一輪挿しみたいな感じで。(小林)

小林:あとものすごく衝撃的だったのは、マイブラのライヴって、けっこうやり直したりとか、まったくキメが粗かったりとか、緊張感がないところがあるじゃないですか。僕はそういうところだけ話に聞いていて、緊張感のなさはあまり好きじゃない音楽に感じることが多かったので、マイブラもそんなふうに、ゆるい感じでやっているのかなと思っていたんです。それに、ビリンダもケヴィンもいっさい身体でリズムを刻まないじゃないですか。足で拍子をとったりとかもいっさいしない。ブレイクやキメを合わせようともしない。リズム隊とは反対に、一輪挿しみたいな感じで。
人ってリズムを刻むと、音をリズムに当てはめてしまうというか、区分してしまうんだと思うんですね。区切りで考えてしまって持続しない。ループするんだけどどこか持続している感覚にならないというか。ケヴィンはずっと船を漕ぐようなピッキングをしていて……

黒田:そうそう、あのピッキングは音に影響していると思いますよね。

小林:はい、そういうのを見ていて、ある瞬間にギュッと緊張感とか焦点を絞っていくっていうこと自体がマイブラのサウンド・デザインのなかで重要ではない、むしろあっちゃいけないんじゃないかと思ったんです。観ている側に視覚的なリズムを与えないようにしているんじゃないかなって。いろんなことを憶測させながらもどこかでつじつまが合っているような説得力を感じます。

黒田:ノイズを出していると、ついついオーバーアクションでかき鳴らす感じになってしまいがちですけどね。それをいっさいやらずに棒立ちで弾いていられるなんてすごいですよね。

小林:凄みがありますよね。

小林さんが指摘するのは、リズムを刻むとひとつの定形に落ちてしまうというようなことでしょうか。たとえばソングという定形とか。マイブラには疾走感ある曲ももちろんあるわけですが、それらもソングとして収まってしまうことから逸脱している、というような?

小林:おそらく、逆にソングということに執着のある人なんじゃないかと思います。ドローンとかノイズをやっていて陥りやすいのが、ソングから逸脱することに執着するがゆえに、ノイズである必要のない音楽をやってしまうこと。ノイズであるってことは、ノイズのないものが同時にあったほうがコントラストを生む場合もあるわけじゃないですか。僕はライヴを観て、マイブラってリズム隊に関してはロック・バンドのひとつのスタンダードであり、しかも質の良いものだって思ったんです。CDよりも躍動感があるなって思ったし。でもそれにギターふたりがグルーヴ優先で乗っていっちゃうと、ソングだけになるかもしれない。自分たちが出している音は持続するものだって思っているのだったら、そこにリズムの正確さは必要ない。リズムはリズム隊がいるから、自分たちは自分たちのやることを全うするんだっていう意志を感じるんですよね。メンバーで確認し合って「せーの!」とかやらないでしょう? ドラムが一生懸命見てるだけ(笑)。

黒田:コルム(・オコーサク)、一生懸命見てましたよね、ケヴィンのこと(笑)。

小林:「♪ユー・メイド・ミー・リアライズ~」って曲が再開する瞬間に、さすがにビリンダとケヴィンは合うのかなと思ったらバラバラで、ドラムが「いっていいのか!?」って感じになってて。合わせようとしないから合うはずがないのに、張本人のケヴィンがちょっと不満そうにしているっていう(笑)。あそこに、もう、逆に徹底してるなって思いました。キメを外すことを恐れてないですね、まったく。

黒田:普通だったらキメを合わせるっていうところはとても意識して、大事にするものですけど、彼らはあんまり気にしてないというか。

小林:気にしてないですよね。すごいですよね。

ライヴのスタイルとしてもそのへんの変遷はとくにない感じですか。

黒田:もう、ずっとですね。91年のころから、さっき小林さんもおっしゃったように一輪挿しのようになっていて。フォーメーションも何もかも、20年前とまったくいっしょですね。

ブレなさすぎですね。普通、変わっていかなきゃっていう強迫観念とかもあったりするものじゃないかと思いますが。本当にマイペースというか、「十年一枚」みたいな世界ですね(笑)。

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キャリア総決算、そして新しい章へ

今回の公演が、言ってみれば「ラヴレス・ツアー」というか、90年代からやりたくてやれなかったことを、ようやくほぼ十全なかたちでやれるようになった、その総決算というようなものになったんじゃないかと感じますね。(黒田)

さて、つねにこの前のような環境でライヴができるわけではないと思いますが、たとえば90年代のマイブラはそういう設備の問題について不満に思ったりしていたんでしょうかね?

黒田:それはすごく言ってますね。当時はぜんぜん納得がいかなくて、ようやくよくなってきたと。再始動していちばんはじめについたエンジニアも、マイケル・ブレナンという、プライマル・スクリームとかザ・キュアーとかをやっている人なので、彼とだったらうまくいくだろうと思ったみたいですね。先ほどのアンプとかエフェクターを切り替えるシステムみたいなものについても、ああいうものを作れるマイク・ヒルというエンジニアがいて、その人にエフェクターのシステムを組んでもらったと言ってました。ギャラがすごい高額だそうですが。

では、スタイルは変わらないながらも、ひとつの理想のかたちへとどんどん近づいているということなんでしょうね。

黒田:たぶん90年代の時点で、ケヴィンには何をやりたいのかといったヴィジョンがはっきりあったんだと思います。ただ、技術もサウンド面もそこに追いついていなかったのが、ようやくいま納得のいくかたちが見えてくるようになったと。

小林:その理想のヴィジョンみたいなものが持てるということがすごいと思います。

小林さんは同じアーティストとしての視線で見ていらっしゃる部分もあるかと思いますが、いかがですか。

小林:もちろんです。単純に、畏敬の念を改めて抱いたと言うに尽きますね。音楽を作っている人、いない人に関わらず感じることだとは思うんですが、たとえば先ほどのキメの話。精度の高い音楽とされているものの条件として、リズム――どれだけそれが正確無比なものであるか、整えられているかというような価値観があるかと思うんですが、僕はそういうこととは別のところに美点を見たり、執念を燃やしたりしているんです。その意味で、音楽について自分たちなりの基準やセオリーは持っていたし、いい意味で時代に合うような部分もあったのですが、一回そこから洗い直そうかなというきっかけになったのがこのライヴでした。それが数値化できる良さ/悪さなのだったとしたら、いちど捨ててみようって。現象として、実際に目の前の空気を震わせること……メロディがいいから感動するとかって次元じゃないじゃないですか、マイブラって。イヤホンだとどうしても無理な体験だったし、CDとかの音源自体の価値が問われているときに、現場でできることっていうのは、そういう体験をどこまで特別にできるかってことだと思っていて。その特別さっていうことにおいては、昔からケヴィンのやっていることはずば抜けているわけだから、本当にすごいなって感じます。すごいな、というか、それは自分のためなんでしょうけれど。自分のためだからこそここまでできる。

黒田:そうですね。

近年のライヴのなかで比較すると、この間の公演をどのように位置づけておられますか?

黒田:まず今回は、新作をどのくらいやるのかというところをすごく楽しみにしていました。〈TOKYO ROCKS〉が中止になってしまいましたが、ケヴィンは2月の時点で、そこで新曲を5曲やりたいって言ってたんですね。それを心待ちにしていたので残念だったのですが、その分、DOMMUNEでは新曲をいくつかやってくれるんだろうなって思っていました。なので“フー・シーズ・ユー”が聴けたのはすごくよかったです。

ファンとしてのすごくリアルなご感想ですね!

黒田:(笑)もちろんファンとしてですよ、ことマイブラに関しては。「まっさらな新曲をやる」というアナウンスが事前にされていたようなんですが、ケヴィン自身はもともとそのつもりがなかったようなので、ファンがガッカリするんじゃないかと気にしていたみたいですね。
 ライヴの位置づけとしては、どうですかね。来月からの北米ツアーで、一旦ライヴは終わりになって、それからニュー・シングルを作るベクトルに向かうことになると思います。そういう意味では、今回の公演が、言ってみれば「ラヴレス・ツアー」というか、90年代からやりたくてやれなかったことを、ようやくほぼ十全なかたちでやれるようになった、その総決算というようなものになったんじゃないかと感じますね。次、本当にまっさらな新曲がでてきたときには、もしかしたらシステムとかを全部洗い直したまったく別のステージになったりしているかもしれませんよね。またまったく同じものかもしれませんけどね(笑)。

そうか、新作に対してはすごく意欲を燃やしてるってことですね。

黒田:すごいありますね。2、3ヶ月くらい前ですかね、ケヴィンがアイルランドへ引っ越したんです。牧場みたいなところで、鹿が住んでいるような環境なんですけど、そこの納屋を改造してスタジオを作って、録音をしようと思っているみたいです。

シガー・ロスもアヒルとか牛とかが悠々と歩いている森のなかにスタジオを構えているみたいですね。今年の新作はどのように聴かれました?


メロディ自体は96年くらいから頭にあったらしいです。(黒田)

小林:僕はフリーティング・ジョイズとかアストロ・ブライトとか、マイブラ・フォロワーの作品にも興味があって聴いていたんですけど、聴くたびに「研究してるなあ」って思っていました。だからマイブラがマイブラ・フォロワーみたいな新譜を作ったらちょっとがっかりしちゃうなあって。あと、妙にいまっぽい曲とかだったらいやだなあとも思っていました。けれど、実際には仙人というか、何も変わらなくて……いや、変わらないというよりは継続しているという感じでしょうか。それがすごいなあと思いました。

黒田:『ラヴレス』の延長で聴かれました?

小林:感じないこともないですけど、どちらかといえばソング寄りというか。

黒田:曲が際立っている感じがありましたよね。

小林:そうですね。それで言えば、ライヴでもヴォーカルの音量がすごく小さいのは意図的なものなのかなと思って。人って、人の声や歌に耳を向ける習性があると思うんですけど、小さければ小さいほど耳を澄ませますよね。僕は耳を澄まさないですむ音楽ほど人の注意をひかないものはないと思っているんです。その点、マイブラは轟音なんだけど、耳を澄まさなきゃいけない。

なるほど、轟音のパラドクスといいますか。

小林:何かが大きいということは、相対的に何かが小さいということとイコールなわけですよね。歌をどう捉えているかというのは本人じゃないからわからないんですけど、彼らの歌や音楽に対しては、どちらかというと僕はきちっと座って、きき耳を立てて聴く感じです。


マイブラは轟音なんだけど、耳を澄まさなきゃいけない。(小林)

黒田:メロディを大切にしているなというのは以前から感じていたし、今回も感じましたね。

新譜を出すにあたって、このタイミングというのは自然なものだったんでしょうかね。自分たちのなかで納得のいくかたちになったのがたまたまいまだったというような。

黒田:もともと作っていたのはかなり前からみたいですね。メロディ自体は96年くらいから頭にあったらしいです(笑)。

(一同笑)

黒田:ギターだけだったりとか、断片としては音源が存在していたということで、そのままボツになっていたんだけど、2006年にリマスターのプロジェクトがはじまって――あれ自体が10年ほどかかっているわけですよね――、当時のマルチ・テープとかを聴き直しているときに、その素材を久しぶりに見つけて、けっこういいなと感じたらしいです。それで、頭のなかにメロディも残っているし、この素材を使って何か新しいものができるなと思って作りはじめたのが2010年くらいということのようですね。ほんとに10年越しでようやくできた作品。

小林:へえー。

黒田:それを全部吐き出して、これから作るものが本当の意味で新しい書き下ろしになるっていう。

小林:そうなんですね!

黒田:ケヴィンの脳内の筋書きでは(笑)。


ペダル・フェティシズム

小林:“ユー・メイド・ミー・リアライズ”でゴーっと轟音が押し寄せた後に、もう一段階レンジが広がったなっていう瞬間があって、そのとき踏んだのがたぶんこれじゃないかな。ワーミー。低いドから高いドに上げるっていうような移動ができるものなんです。大気がひとつ動く。さっきまで耳のなかが中低域までで飽和していたのに、次の瞬間、急に高音域を感じるので、音量は変わらないけど「うわっ」ってなるんですよ。一段階上に上がったっていう感じ。

光量が一気に増したような瞬間がありましたね。ペダルへのこだわりというのはあると思いますが、必ずしもフェティシズムに結びつかない気もします。

黒田:でも相当なペダル・フェチですよ。来日するたびに御茶ノ水に行って、缶詰を買うようにペダルをカゴに入れているらしいです(笑)。

小林:ははは。写真の中にも(※)見たことないようなやつがいっぱいありますね。

   ※使用しているペダルの写真を見ながら

黒田:倍音みたいなことは相当考えているんでしょうね。トーン・ペダルっていうか、EQもいっぱい使っているし。

小林:これなんかもアナログ・ディレイだと思うんですけど……、あっ、しかも改造してますね。

黒田:そう、ピート・コーニッシュのやつもけっこう使ってますね。このへんはビッグ・マフの――

小林:トライアングルですね。あとはこのルーパーが気になるというか。何のあたりで使ってるんでしょうね。

黒田:何でしょうね? でも“オンリー・シャロウ”とかループっぽいことをけっこうやってるみたいなんですよね。そのへんかな。……それからこれ。「シューゲイザー」があります(笑)。

小林:このエフェクターもちょっと話題になりましたよね。ケヴィン本人が使っているというのがいいですね(笑)。示唆的というか。

“ユー・メイド・ミー・リアライズ”でゴーっと轟音が押し寄せた後に、もう一段階レンジが広がったなっていう瞬間があって、そのとき踏んだのがたぶんこれじゃないかな。ワーミー。(小林)

小林:ビリンダが使っているものも気になります。……彼女は本当に変わらないというか、ずっと美しいですよね。

黒田:ほんとにね(笑)。

小林:お客さんが「ビリンダー!」って叫んでましたよ。

黒田:ビリンダ・コールがすごかったですね。Tシャツも売ってましたよ、ビリンダの。……それで、これが彼女のセッティングなんですが。

小林:オクターバーありますね、やっぱり。

黒田:それから、マイブラはベースのエフェクターもいっぱい使ってるんですよ。

小林:あ、うちのベースが使ってるやつもありますね。

詳しくないんですが、ベースって一般的にそんなにエフェクターを使うものなんですか?

黒田:こんなに使うベースは珍しいですよね。しかもパッチが組んであって。

へえー。ベースの場合、耳でちゃんとその差がわかります?

黒田:ケヴィンはたぶん完全に聴き取れているんでしょうけど。でも、ライヴを観ていてよかったのは、デビーのベースが素晴らしかったことですね。

小林:デビー、いいですよね……。

黒田:かなドライヴ感があって、曲を引っ張っているのがわかりましたね。しかも、プライマル・スクリームに一回入ったじゃないですか。

小林:あ、そうですよね。

黒田:あれでまた一段階、グルーヴが増した気がします。

小林:デビーはデビーで、弦を弾く位置を変えたりとか、いろいろやってますよね。それによってより低音を出したりできるんですが、ケヴィンに合わせているのか曲に合わせているのか、とにかくいろんな工夫をしているのがわかりました。目からウロコというか、ますます「適当じゃない」ってことがわかりましたね。

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“オンリー・シャロウ”、カヴァー秘話

小林:バンドマン目線でいちばんグッときたのはじつはドラムで。ひとりだけちょっとハード・ロック臭がするというか(笑)、毎回同じ位置にタム回しが入ってシンバルが入って……って、ほんと一発芸みたいな感じもあるんですけど、すごく一生懸命。見ていてすごく上がるというか、無気力なふたりのルックスとの対比が凄まじいんです(笑)。

黒田:はははは。

小林:いちばんがんばっているというか。

黒田:あと、フジロックからはサポートの女の子を連れて来日してますが、ジェーン・マルコという人で、グレアム・コクソンのツアーのサポートとかもやっていた子なんです。彼女が入ったことで、ほんとにギターの厚みが出せるようになりましたね。
以前はテープの音に重ねたりもしていたんですよ。たとえば“オンリー・シャロウ”なんてギターが相当重なっているので、ケヴィンとビリンダだけでは出せなくて、テープでギターの音を出したりしていたようなんです。それがケヴィンは相当嫌だったらしくて。ジェーン・マルコが入ったことで、そのあたりのパフォーマンスがすごく上がったんじゃないかな。

サポートというだけなら、これまでにも入れられそうなものですが……?

黒田:97年のときには、「♪テーレーレッ、テーレーレー……」っていうところ(“アイ・オンリー・セッド”)や“ホエン・ユー・スリープ”のシンセなんかはフルート奏者が吹いてたんですよ。

小林:ええー、それもすごい(笑)。

黒田:なんか、違和感がありまくりでした(笑)。


の音に重ねたりもしていたんですよ。たとえば“オンリー・シャロウ”なんてギターが相当重なっているので、ケヴィンとビリンダだけでは出せなくて、テープでギターの音を出したりしていたようなんです。(黒田)

小林:僕、“オンリー・シャロウ”は、〈ジャパン・ジャム〉っていうイヴェントでプラスティック・トゥリーの有村(竜太朗)さんと、ディップのヤマジ(カズヒデ)さんを招いて、ノーヴェンバーズでカヴァーしたことがあるんですよ。

黒田:へえー。

小林:やっぱりギターが4人になったおかげで、あの曲がわりと再現できたんじゃないかなと思うんです。エフェクトとかも工夫して。あの曲の代名詞になっているともいえる、「ギュイーン」っていう音がありますよね? あれって逆再生のリヴァーヴで、自分としては必要不可欠な要素だと思って聴いていたんですよ。それが、この前のライヴではその逆再生要素がなかった。「ギュイーン」っていうのを2~3パターン使い分けて弾いていただけだったんです。僕はそれが本当に衝撃でした。それでショボくなっていなくて。むしろ、まさに倍音というか、鋼の音がヒリヒリいいながら立ち上がってくるような感じを生で出す凄みがあったんですね。だから、そういうイメージをCDとしてパッケージングするにあたって逆再生のようなギミックが必要だったというだけで、本来のイメージはあのライヴのようなかたちだったのかなと思いました。歪んだギターで「ギュイーン」ってやるだけなら、ふつうに高校生でもできることなんですけど、音像がああいうふうになっただけでまったく感じ方が違うというか。あれはすごいことです。僕たちもただ歪ませただけのパターンもやってみたんですが、それだとほんとにショボいというか、ただの「熱いロック」になって終わってしまうんですよね。そのへんの塩梅が、彼らはとにかく素晴らしいということを実感しました。

あの曲の代名詞になっているともいえる、「ギュイーン」っていう音がありますよね? あれって逆再生のリヴァーヴで、自分としては必要不可欠な要素だと思って聴いていたんですよ。(小林)

小林:あとはアコギの使い方が常軌を逸してますよね。なんでアコギなんか持つんだろう? っていう感じなんですけど、ああ、なるほど、これがあの独特の倍音感を生むのかって納得させられることがすごく多かったです。アコギを繊細に鳴らしたり、フォーキーに用いる人はいくらでも知ってるんですけど、ああいう音像にする人というのはちょっと……。だから無国籍な感じがするというか、非民族的なものに感じる瞬間がありました。

黒田:変則チューニングのせいもありますかね。

小林:あ、そうですね。やたら持ち替えてましたしね、ギター。

黒田:1曲ごとにね(笑)。

4人でカヴァーされたときは、音のつくり方については耳だけで研究吟味したわけですか?

小林:最初は安直な感じで、ネットで誰か再現していないか探したんです。けっこう動画が上がってたんですけど、でもみんなバックのコード弾きだけで、「ギュイーン」を誰もやっていないんですよ。譜面もいろいろ探したんですけど、結局エフェクターが決まってないと、探したって仕方ないよってことになりまして。それでさんざん調整した挙句に行き着いたのが、逆再生のリヴァーブにオクターブを足したりっていうやり方だったんです。でもさっき言ったように、この間のライヴを観るとイメージしていたものがむしろ逆だったので、CDに限界があっただけなのかもしれません。

黒田:真似をするにも、「ああでもないこうでもない」ってやりがいがあるわけですね。

小林:ほんとにそうですよね。

黒田:忠実に再現できなかったとしても、そうやっている過程自体が楽しそうですよね。そのうちに、自分たちで新しい音を見つけちゃったりするかもしれないですし。そのへんがやっぱり、たくさんのアーティストに影響を与えたり、インスパイアさせる要因になっているんじゃないですかね。

大きななぞかけですね。それを解いていくことが新たな創作にもつながるというような。たしかに消費されるバンドという感じがまったくしてこないですからね。

小林:消費しようにもしきれないですね(笑)。

黒田:本人はぜんぜん秘密主義でもなんでもなくて、写真もたくさん撮らせてくれました。だけど、同じものを揃えてやってみても、絶対に同じ音は出せないと思っているのかもしれませんね。秘密主義ではないけれどミステリアスなことが多すぎるから、いろんな解釈ができます。

だから、「歳とっちゃったけどがんばってやってるね」って感じにはぜんぜんならないですよね。

小林:そうですね。


人はなぜ轟音に惹かれるのか

もしかしたら子宮の中っていうのはこんな感じなのかな、とか。(黒田)

そして、たくさんのフォロワーがそこから生まれてもくるわけですが、いまなお「シューゲイザー」なるジャンルは強固に存在して、新しい才能を生んだりもしていますね。脈々と絶えることなく存在している印象もありますが、大きなリヴァイヴァルがどこかのタイミングであったと認識されていますか?

小林:ニューゲイザーっていう言葉が一時期ありましたね。

ありましたね(笑)。無理くりですけども。ただ、それはかなり近年のことになります。その根元にあたるような動き・タイミングとしては、何か記憶されていますか?

黒田:そうですね、〈モール・ミュージック〉からスロウダイヴのトリビュート・アルバム『ブルー・スカイド・アン・クリア(Blue Skied an Clear)』が出たのが02年で、そのあたりはひとつ考えられますね。ウルリッヒ・シュナウスとかマニュアルとかが参加していて、エレクトロニカ周辺の人たちが、音響的にシューゲイザーを見直すみたいな流れがあったと思います。そのあたりから「ニューゲイザー」と呼ばれるようなものが出てきたんじゃないでしょうか。マイブラが再始動した2008年くらいには、ディアハンターとかTV・オン・ザ・レディオとか、ザ・ナショナルとかが、マイブラやシューゲイザーから影響を受けたということをすごく言ってましたね。そういう流れもある。あとは、ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・アット・ハートも初期マイブラの影響を受けていますよね。


〈モール・ミュージック〉からスロウダイヴのトリビュート・アルバム出たのが02年で、ウルリッヒ・シュナウスとかマニュアルとかが参加していて、エレクトロニカ周辺の人たちが、音響的にシューゲイザーを見直すみたいな流れがあったと思います。(黒田)

ああ、ギター・ポップ解釈というか。なるほど、たしかに流れはいくつかありますよね。エレクトロニカとの接点というのは、スロウダイヴに鍵があったんですね。

黒田:そうそう。スロウダイヴ自体が、ブライアン・イーノも参加した『ソウヴラキ(SOUVLAKI)』でアンビエントの方向に行ったりとかっていう性格も持っていたので、エレクトロニカ勢も入りやすかったというか、親和性はあったと思います。

ああ、なるほど。マニュアルがシューゲイザーの棚に入っていたりするのは、一見謎だったりもするんですけどね。

黒田:でもボーズ・オブ・カナダにもマイブラを感じたりしますよ。シンセをレイヤードしていって、空間をぐにゃっと歪めるようなやり方は、すごくマイブラっぽいなと当時から思っていました。

小林:日本だとコールター・オブ・ザ・ディーパーズとかも明言していましたよね。マイブラやりたいとかって。あと、僕は裸のラリーズにも似たようなものを感じるんです。あの人たちも徹底的な轟音のなかでサイケデリックな歌を歌って。

黒田:へえー、なるほどね。

小林:あとはアリエルとかもエレクトロニックとシューゲイザーの接点というところではひとつの価値観を提示していると思います。

ああ、アリエル。『ザ・バトル・オブ・シーランド』ですかね。

小林:ああ、そうですね。あとはノー・ジョイ。セカンドとかはけっこう好きでした。

ちょっとドゥーミーな感じが入ってきますね。あっさり括ることはできないんですが、轟音という音や概念そのものに、人々は尽きせぬ興味を抱きつづけていますよね。そういう興味のコアには何があるんだと思いますか?

黒田:何でしょうね。僕もなぜ轟音に惹かれるんだろう、って考えるんですよ。アストロ・ブライトって、“ユー・メイド・ミー・リアライズ”なんかの音像をそのまま引き延ばしたようなバンドなんですけれども、あれを聴いていて思うのは「このなかにいると落ち着くな」ということなんですね。もしかしたら子宮の中っていうのはこんな感じなのかな、とか。

ああー。『ラヴレス』のジャケットとかだと、赤ちゃんのエコー写真と似ている気もしなくはないですね。

経験がどれだけ豊富になっていったとしても、轟音って知識の寡多に関係がないというか。(小林)

小林:たしかに、とてもプリミティヴなものだと言われればそうであるような気もします。赤ちゃんって、まだ感覚が未分化で、知識や経験がない状態ですよね。で、経験がどれだけ豊富になっていったとしても、轟音って知識の寡多に関係がないというか。浴びせられるものはみな同じで、同じようにそれを感じると思うんです。メロディとかは経験や知識によるけれど。

黒田:たしかに、「いいメロディ」を感じさせるのはある程度教育によるものでしょうね。

小林:民族によってはメロディの概念がないと言いますし、ドレミもないわけじゃないですか。太鼓の音とピアノの音がいっしょに聴こえるというふうな話を聞いたことがありますね。でも轟音っていうようなことに対しては、もう先天的なものとして人間のなかに感度があるんじゃないかって思います。だから子宮の中というイメージは腑に落ちますね。

黒田:アートスクールの木下(理樹)くんが言っていたんですが、シューゲイザーというのは「どこが終わりで始まりなのかわからない、泥の海に呑まれていくような、時間が麻痺した感覚」だと。そこに人間の死と近いものを感じると。たしかに、轟音が鳴っているという状態はそこにイントロもアウトロも必要としない場所が生まれているということでもあって、そのなかにいると時間の感覚なんかも奪われていくと思うんです。その気持ちよさもあるのかと思いました。

小林:ああ、わかります。まさに忘我というか。ゴーってうるさいはずなのに、聴いているうちにむしろ静かに感じられたりしますよね。

黒田:落ち着いてきたりする感じはありますよね。

小林:それで、鳴りやんで人の声が聞こえ出すと、何か鳴ってるなって初めて気づくんです。

あの日、ラストのあたりはほとんど無音に感じられる時間がありましたよね。極点を通過しちゃって。

マイブラという規格外のサイズ感

一貫してるんですけど、自然体というか。変に神話に近づこうと意識するわけでもなくて、そこがいいですよね。(小林)

他に気のつかれた点はありますか?

黒田:映像が少しアップデートされてましたね。CGが付いたりして。より抽象的になって、とてもいいと思いました。前は雲とか木の映像なんかを使っていたんですが、そういう具象性が崩れていて、それがサウンドに合っているなと感じました。いくつかの映像はコルムが自分でHi8のカメラを回して作っているようですね。

映像面でのこだわりというか、とくに制作を任せているような監督やクリエイターがいるわけでもなさそうですよね。有名映画監督と絡むとかってこともなく。

黒田:スタッフとコルムでやっているみたいですよ。本当に、ケヴィンってD.I.Y.というか。

小林さんはいかがでした?

小林:映像は……ポケモン・ショックみたいな感じで(笑)。

(一同笑)

黒田:照明もすごかったですからね。

小林:すごかったですね。僕はマイブラを生で観るのが初めてだったんです。しかもいちばん前で。

黒田:いいですね。初めての体験というのはすごく大事ですからね。

小林:自分が感動しているのを自分が置いてけぼりにしているというか。初めて観たという意味での感動というひいき目も入ると思うんですが、あの日に関しては圧倒的に打ちのめされるというか。本当にやばかったです。帰り道、乗り換えがうまくできなかったりとか(笑)。

黒田:はははは。ぼーっとしちゃって。

小林:本当に。モチヴェーションはすごく上がっているのに、何も手につかないというか。曲も手をつけられないし、「今日はまあ寝るか」みたいな日がつづいて……。

けっこうな体験でしたよねえ。さて、音楽以外のところでもうちょっと素朴な感想もうかがってみたいと思います。今日は彼らの「変わらなさ」についての話にひとつ焦点がありましたが、黒田さんはずーっと観てこられて、年月が経ったと感じられたところはありますか。

黒田:ケヴィンが太ったっていうことですかね。しばらく前に一回痩せてましたけど、ちょっとリバウンドしてますね。ギターがお腹の上に乗っかっちゃってた(笑)。それ以外は全部昔のままだと思います。ビリンダもきれいだし。

小林:あはは。僕は、アー写がずっと更新されていないので、わりとそのままのイメージを持っていました(笑)。ビリンダは変わらないですけど、ケヴィンは週末のお父さんみたいな雰囲気がありましたね。自分の中では、ロバート・スミスとの対比でもおもしろく感じました。(ザ・)キュアーも好きなんです。いくら歳をとってもスタイルとしてブレないロバート・スミス……。ケヴィンも一貫してるんですけど、自然体というか。変に神話に近づこうと意識するわけでもなくて、そこがいいですよね。

黒田:そうですね。


なんというか、時間の感覚がほんとにおかしいっていうだけで。(黒田)

小林さんは、ライヴは初めてだけれど、いちど彼らを間近に見ているんですよね?

小林:はい、渋谷の〈TRUMP ROOM〉っていうところのイヴェントに、新木場の公演(2013年2月)を終えた一行が現れて。僕もそのとき遊びに行っていたので、うわーっ! て感激しました。でも、きっとケヴィンとすれ違ったりしていたと思うんですけど、何しろアー写のイメージなので、気づいていなかったかもしれないですね。

黒田:はははは。あのときは本当にもみくちゃになってましたね。

小林:写真撮って! って殺到していましたね。

黒田:でも、そういうのをぜんぜん断らないですよね、ケヴィンって。新木場のライヴが終わった後、出待ちの人が30人くらいいたのかな。寒いなかみんな待っていたからという事情もあったとは思いますけど、ちゃんと車を停めさせて、全員にサインをしてましたね。ライヴで疲れてはいたでしょうけど、ぜんぜんそういうことを気にしない。

なんとなく、狷介なのかなという先入観がありましたけれど。

黒田:ねえ? ちょっと気難しいのかなというようなイメージはありますよね。

小林:僕もそんなイメージでしたね。

「スーン」としか言わない、みたいな(笑)。

小林:新譜も、出す出す詐欺みたいな(笑)。

黒田:ははは。そうですよね、なんというか、時間の感覚がほんとにおかしいっていうだけで。締切の概念が一切ないとか。

小林:なるほど。

ははは。時間の感覚ということになると、今日お話されていたような音の奥の空間性というトピックと重なるところがありますね。

黒田:はじまりと終わりがないという(笑)。

小林:彼に比べたら、僕らは日々の生活を秒針を見守るように生きているのかもしれませんね。


黒田さんのマイブラ本が2月に!
続報を待とう!

■2/14発売予定
『マイブラこそはすべて~All We Need Is my bloody valentine~(仮)』
(DU BOOKS) 詳細 https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK052
1890円(税込)


Ambient Patrol - ele-king

 『テクノ・ディフィニティヴ』に続いて『アンビエント・ディフィニティヴ』を出さないかと言われた時は本当に戸惑った。スタジオボイス誌に特集を持ちかけた行きがかりもあって、それをベースにしたカタログ本をつくるところまでは勢いで進められたものの、もともと専門家の意識があったわけではないし、単行本化の過程でいかに手に入らない音源が多いか思い知らされたからである。どちらかというと違った考えを持った人が別なタイプのカタログ本を出してくれた方が気が楽になれると思っていたぐらいで、しかし、そういったことは起こらないどころか、僕の知る限り、体系の方法論だったり、構成の仕方に対する批評も批判も何も出てこなかった。もっといえば書評ひとつ出ないのになぜかやたらと売れてしまったし(渋谷のタワーブックスでは年間2位ですよ)。

 これで『テクノ・ディフィニティヴ』までつくったら、ダメ押しになってしまうではないかと思ったものの、前につくった2冊の編集部が閉鎖されることになり、自動的に絶版が決定し、それまで入手できないと思っていたレア盤のいくつかを聴く機会にも恵まれたので(PDUの3大名作が全部、再発されるとは!)、なんとか乗りかかった船をもう一度、押そうかという気になった。ジャン・ジャック・ペリーのソロ作やグラヴィティ・アジャスターズといった過去のそればかりでなく、OPNやメデリン・マーキーといった新人たちの作品が素晴らしかったことも大きい。ルラクルーザ、トモヨシ・ダテ、マシュー・セイジ……。新世代のどの作品も素晴らしく、モーション・シックネス・オブ・タイム・トラヴェルやミラー・トゥ・ミラーをその年の代表作(=大枠)にできなかったのは自分でも驚くぐらいである。

 アンビエント・ミュージックは06年を3回目のピークとしてリリース量はこのところ毎年のように減っている。しかし、これまでにもっともリリース量が多かった94~95年はいわば粗製乱造で、量が多かったからといって必ずしも全体の質もよかったわけではない。金になると思って寄ってきた人が多かったということなのかなんなのか、素晴らしい作品とそうでない作品にはあまりに差があり、いいものは量のなかに埋もれがちだった。ブッダスティック・トランスペアレンツなんて、当時はデザインだけ見て、なんだ、トランスか…と思っていたぐらいだし。セバスチャン・エスコフェの果敢な試みに気がつくのも僕は遅かった。

 最近は、しかし、むしろ、いいものが多すぎて拾いきれないというのが正直なところである。適当に買ってもあまり外さないし、そこそこ満足しがちである。もっといいものがあるかもしれないという強迫観念は90年代よりもいまの方が強くなっている。あると思い込むのも危険だし、だからといっ てないとはやはり言い切れない。これは喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。いずれにしろ『アンビエント・ディフィニティヴ』に間に合わなかった2013年後半のリリースから10点ほどを以下で紹介いたしましょう。すでに本をお持ちの方はプリント・アウトして最後のページに挟みこみましょう~。

1. Patryk Zakrocki / Martian Landscape (Bolt)

 いきなり詳細不明。ポーランドから40歳ぐらいのパーカッション奏者? アニメイター? 基本はジャズ畑なのか、ポーリッシュ・インプロヴァイザー・オーケストラなど様々なグループに属しつつ10枚近くのアルバムと、06年にはポスト・クラシカル的なソロ作もあるみたいで、ここではマリンバによるミニマル・ミュージックを展開。『火星の風景』と題され、子どもの頃にSF映画で観た火星に思いを馳せながら、繊細で優しい音色がどこまでも広がる。ミニマルといっても展開のないそれではなく、山あり谷ありのストーリーありきで、現代音楽にもかかわらずトリップ度100%を超えている。涼しい音の乱舞は夏の定番になること請け合いです。イエー。

2. Various / I Am The Center (Light In The Attic)


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 これは素晴らしいというか、実にアメリカらしい企画で、1950年から1990年までの40年間(つまり、アンビエント・ミュージックが商業的に成功する直前まで)にアメリカでプライヴェート・リリースされたニュー・エイジ・ミュージックをシアトルの再発系サイケ・レーベルが20曲ほどコンパイル。ヤソスやララージといったビッグ・ネームから『アンビエント・ディフィニティヴ』でも取り上げた多くの作家たちが、かなり良いセンスでまとめられている(こうやって聴くとスティーヴン・ハルパーンもあまりいかがわしく聴こえない)。OPNが『リターナル』をリリースした頃からアメリカでは「アンビエント」ではなく「ニュー・エイジ」という単語がよく使われるようになっていて、アメリカの宗教観がぐらぐらに揺れているのがよくわかる。元がいわゆる私家版だけに詳細を極めるブックレット付き。

3. Donato Dozzy / Plays Bee Mask (Spectrum Spool)


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 イタリアン・ダブ・テクノの急先鋒とUSアンダーグラウンドのルーキーが2012年に苗場のラビリンスで意気投合し、ルーム40からリリースされた後者による『ヴェイパーウェアー』を前者がヴェイパー・リミックスするはずが……いつしかフル・アルバムへと発展。DJノブが『ドリーム・イントゥー・ドリーム』でも使っていた曲から驚くほど多様なポテンシャルが引き出されている。ゼロ年代後半からノイズ・ドローンなどを多種多様な実験音楽を展開していたビー・マスクからアンビエント的な側面を取り出したのはエメラルズのジョン・エリオットで、リリースも彼がA&Rを務める〈スペクトラム・シュプール〉から。

(全曲試聴) https://www.youtube.com/playlist?list=PLE9phMAwHQN5V6oNfDk-dVc6eRL5CiNgE

4. Karen Gwyer / Needs Continuum (No Pain In Pop)


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 〈ワープ〉に移籍したパッテンのカレイドスコープから13本限定のカセットでデビューしたカレン・ワイアーの2作目で、ミシガン州時代には旧友であるローレル・ヘイローのデトロイト解体プロジェクト、キング・フィーリックスとも関係していたらしい(現在はロンドンに移住)。この夏にはトーン・ホークとのコラボレイション「カウボーイ(フォー・カレン)」でも名が知られるようになり、どことなく方向性がナゾめいてきたものの、ここではクラスターから強迫性を差し引き、なんとも淡々としたフェミニンな変奏がメインをなしている。あるいはジュリアナ・バーウィックとOPNの中間とでもいうか。〈ワープ〉の配信サイト、ブリープが年間ベストのトップ10に選んでいるので、来年はパッテンに続いて〈ワープ〉への移籍も充分にありそう。

5. Gaston Arevalo / Rollin Ballads (Oktaf)


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 波に乗っているマーゼン・ジュールがセルフ・レーベル、〈オクターフ〉からアルバム・デビューさせたウルグアイの新人。さざなみのようにオーガニックなドローンを基本としつつ、大した変化もないのにまったく飽きさせない。ペターッとしているのに非常に透明感が高く、何がではなく、ただ「流れ」という概念だけがパッケージされているというか。カレン・ワイアー同様、あまりに淡々としていて人間が演奏していることも忘れてしまいがち。マスタリングはテイラー・デュプリー。

6. Madegg / Cute Dream (Daen)


duennlabel tumblr

 〈デイトリッパー〉からの『キコ』に続いて5曲入りカセット。コロコロと転がる硬い音がアメリカの50年代にあったような電子音楽を想起させるパターンとフィールド・レコーディングを駆使した側面はなんとも日本的(どうしてそう感じるんだろう?)。安らぎと遊びが同居できる感じは初期のワールズ・エンド・ガールフレンドに通じるものがあり、とくにオープニングはトーマス・フェルマンまで掛け合わせたような抜群のセンス。エンディングもいい。フル・アルバムもお願いします。

7. Alio Die & Zeit / A Circular Quest(Hic Sunt Leones)


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 ライヴ・アルバムを挟んで4回目のスタジオ・コラボレイト。庭園に降り注ぐ優しい日差しのなかで果てしなくトロケてしまいそうだった3作目とはがらっと違って全体にモノトーンで統一され、悠久の時を感じさせるような仕上がりに。デザインもイスラムの建築物を内外から写したフォトグラフがふんだんに使用され、「カタチあるもの」に残された人間の痕跡になんとなく思いが飛んでしまう。イッツ・オンリー・メディテイション!

8. Aus / Alpha Heaven (Denovali)


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 モントリオールから2007年にアンビエント・タッチの『ホワイト・ホース』とノイズじみた『ブラック・ホース』を2枚同時にリリースしてデビューした2人組による10作目で、これはロマンティックなムードに満ちた甘ったれ盤。ロック的な感性というと御幣があるかもしれないけれど、コクトー・ツインズが現役だったら、こんなことをやっていただろうと思わせる感じは、現在の〈トライ・アングル〉とも直結する感性だろう。インダストリアル・ムーヴメントに取り残されたウィチネスが「そっちじゃない、そっちじゃない」と手招きしているような……

9. Tim Hecker / Virgins (Kranky)


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 同じモントリオールから、もはやベテランのティム・ヘッカーは……エレキングの年末ベスト号を参照下さい。キズだらけの毅が素敵な文字の羅列を試みているはずです(まさかの本邦初となる国内盤ではライナーノーツを書かせていただきました)。

 そして……

10. Deep Magic / Reflections Of Most Forgotten Love (Preservation)


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 まさに校了日の次の日。1週間早く手にとっていたら2013年の大枠は間違いなくコレだった。当然のことながら、編集作業を終えてからすぐにレヴューを書いたんだけど、鬼のような橋元優歩がいじわるをしてアップしてくれなかったので、以下にそのまま貼るですよ(時事ネタだったので、わかりづらいかもしれませんが)。

……

 “アレックス・グレイはある日気づいたら、アンビエントだったのが変わって、ノイズ・ドローンに変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね。” (あそうそたろう)

 サン・アロウでサポート・ギタリストを努めるアレックス・グレイが様々な変名を使い分け、とりわけ、アンビエント志向のディープ・マジックとノイズ・ドローンを展開するD/P/I/(DJパープル・イメージ)が実は同じ人だったのかーという原稿は前にも書いた通りだけど、さらに『リフレクションズ・オブ・モースト・ファガットン・ラヴ』では彼の作風がミュージック・コンクレートに変わっていた。貧して鈍した日本政府が平和憲法という理想を掲げることに疲れ始めてきたのとは対照的に、アレックス・グレイの向学心は音楽の中身をどんどん発展させていく。倉本諒が指摘していたように、これは彼のルーム・メイトであるショーン・マッカンとマシュー・サリヴァンが先に始めたことで、2011年には連名で『ヴァニティ・フェアー』(『アンビエント・ディフィニティヴ』P246)という傑作もすでに世に問われている。それに感化されたとはいえ、それを自分のものにしてしまうスピード感もさることながら、その完成度の高さには舌を巻くしかない。

 アレックス・グレイがこれまでディープ・マジックの名義でリリースしてきた作品のことはすべて忘れていい。彼がアンビエント・ミュージックとしてやってきたことは、ある種の感覚を磨いていただけで、まだコンポジションという概念に辿り着く前段階でしかなかったとさえ言いたくなる。『リフレクションズ・オブ・モースト・ファガットン・ラヴ』にはもちろん、これまでと同じモチーフは散見できる。オープニングがまさにそうだし、桃源郷へと誘い出す留保のなさは最初から際立っている。彼はリスナーをいつも幸福感で満たしてくれるし、そこから外れてしまったわけではない。過剰なランダム・ノイズもピアノの不協和音も、それ以上にパワフルな光の洪水に包まれ、ミュージック・コンクレートを取り入れたからといって手法的ないやらしさはまったくない。あくまでも彼の世界観を強化するために応用されているだけであって、むしろ、ミュージック・コンクレートにはこんなこともできたのかという発見の方が多い。


 前半ではピアノがかつてなく多用されている。『ミュージック・フォー・エアポーツ』のような鎮静作用を伴ったそれではなく、高揚感を煽るダイナミックな展開である。炸裂しているとさえ言える。あるいはそのようなテンションを持続させず、適度に緩急が持ち込まれる辺りはナチスではなく……DJカルチャーに学んだ部分なのだろう。身体性が強く反映され、具体音に主導権が移っていかない辺りはミュージック・コンクレートとは決定的に異なっている。ということはつまり、ザ・KLFが『チル・アウト』(1990年)で試みたことと同じことをやっているに過ぎないともいえる。もしかすると、そうなのかもしれない。しかし、そうだとしてもここにあるのは圧倒的な手法的成熟と、さらにはイギリス的な抒情とはまったく異なるアメリカのオプティミズム、そして、タイトル通り「ほとんど忘れていた愛の回想」があるのだろう(どうやらこの回想は失敗に終わるという筋立てのようだけど)。

 アメリカという国は理想を捨てない。あまりにスピっていたテレンス・マリック監督『ツリー・オブ・ライフ』の内省はアン・リー監督『ライフ・オブ・パイ』でニュー・エイジの肯定、あるいはニュー・エイジが必要とされる理由へと進み、ウォシャウスキー姉弟監督『クラウド・アトラス』で見事なまでに肯定へと向きを変えてしまった。有無を言わせぬ力技である。かなわない。彼らの書いた企画書にお金を出すのは、いまやインド人や中国人かも知れないけれど、つくっているのはやはりアメリカ人である。お金を出す人たちもアメリカに金を出すということである。この手口に学んだらどうかね。

Magic Mountain High - ele-king

 91年にデビューしたヨケム・パアプ(スピーディー・J)と07年にデビューしたルーシーによるツァイトゲーバーと同じく、昨年、「ワークショップXX」でいきなりデビュー・ヒットを飾ったマジック・マウンテン・ハイも92年から活動を続けるムーヴ・Dことデヴィッド・ムーファンと05年にデビューしたジュジュ&ジョーダッシュによる「年の差」ユニットである。ファクトリー・フロアがカーター・トゥッティやピーター・ゴーダンを訪ねたり、パークがE・ノイバウテンと組むのとは違って、同じテクノというタームのなかで年齢差を感じさせるわけだから、レイヴも長く続いたよなーと(『テクノ・ディフィニティヴ』が売り切れちゃうわけだよね……)。

 初期にはアース・トゥ・インフィニティやディープ・スペース・ネットワークの名義でアンビエント寄りの作風を重ねていたムーヴ・Dはすぐにも故ピート・ナムルックとタッグを組むようになり、さらにジョナ・シャープ(スペースタイム・コンティニウム)と組んだリアゲンツや、ハイアー・インテリジェンス・エイジェンシーとのジョイント・アルバムでもアンビエント風のアプローチは揺るがなかったものの、ゼロ年代に入るとベンジャミン・ブルンと組んだディープ・ハウスのユニットや、ソロでもハウスの要素が強くなっていく。一方、リジー・ドークスのサイコステイシスからデビューしたジュジュ&ジョーダッシュはイスラエルからアムステルダムに移ったふたり組で、「ザ・ハッシュEP」(05)を筆頭にトリップ性の高いディープ・ハウスを追求し、ヴァクラのリミックスを手掛けたり、ジャスーエドやシュティフィのミックスCDにフィーチャーされるなど、この5年ほどで建て直しが進んだディープ・ハウス・リヴァイヴァルの一翼を担っていた存在だといえる。

 この両者がどのようにして出会ったのか……は知らない。マンガのように出合ったのかもしれないし、ありきたりにSNSでつながったのかもしれない。いずれにしろ「ハウスがあれば年の差なんて」どこかで超えられることになり、マジック・マウンテン・ハイは結成される。そして、「ハッシュ」を思わせるデビュー・シングル「ワークショップXX」がハードワックス傘下のワークショップからリリースされ、これがまず大人気を呼ぶ。

 続いて、今年の夏にセカンド・シングル「ライヴ・アット・フリーローテイション」がリリースされたと思ったら、これが両サイド合わせて30分を越すロング・ジャーニーとなり、ファースト・アルバムはさらにその完全版である63分17秒のライヴ・ドキュメントとなった。まったく途切れることなく続くディープ・ハウスの波状攻撃である。攻撃……というか、とても優しい波に揺られ続け、ときにアシッドに、あるいは、しっとりとした情感に揺られ続けるだけ。目新しいものは何もない。気持ちい……としか書きようがない。

 「マジック・マウンテン」というのはトーマス・マンの『魔の山』のことで、妻がユダヤ人だったトーマス・マンは逸早くアメリカ西海岸に逃げ出し、ナチスが敗退してもすぐにドイツには戻らずに、マリファナばかり吸いまくっていたらしいので「ハイ」と名付けた……かどうかはわからないけれど、教養と娯楽がないまぜになった上手いネーミングではある。ヴァクラというのもウクライナの小説家の名前だそうで、ゲットー・ミュージックもいいけれど、こういった楽しみもやはり捨てがたいことはたしか。ちなみに村上春樹『ノルウェイの森』の元ネタとも言われている『魔の山』のストーリーはむしろ堀辰雄『風立ちぬ』に酷似していて、『魔の山』の主人公であるハンス・カストロプが宮崎アニメ版にも登場し、軽井沢のホテルをなぜか「魔の山」と呼んだりw。

 スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』の謎を解く『ROOM237』(1月公開)を観ていたら、ここでもハンス・W・ガイセンデルファー監督による『魔の山』の映画版が使われていた。5つの仮説を中心に謎解きが進められていく『ROOM237』は半分は凄まじい妄想だけれど(それはそれで楽しい)、ひとつは大正解ではないかと思わせるものがあった。『魔の山』とナチスを結びつける下りはともかく、エレベーター・ホールに血があふれる理由は非常に納得がいくし、マニアというのは、しかし、ホテルの壁にかかっていた絵から何からよく観てるものだなーと(タイプライターの色が変わるなんて、まったく気がつかなかった)。サウンドトラックはしかも、元V/Vmのケアテイカーで、前後して〈モダーン・ラヴ〉からザ・ストレンジャーの名義では3作目となる『ウォッチング・デッド・エンパイア・イン・ディケイ』がリリースされたばかり。

 ケアテイカーの諸作よりもデムダイク・ステアやアンディ・ストットに近いものとして聴こえてしまうのは、やはり先入観のせいだろうか。インダストリアル・ガムランのような“ソー・ペイル~”、同じくトライバル・リズムを使った“スパイラル・オブ・デクライン”、そして、ビートルズ“グッド・ナイト”をノイズ化したような甘ったるい“プロヴィデンス・オブ・フェイト”や“ウェアー・アー・アワ・モンスター・ナウ~?”が、あー、もう、たまらない。『崩壊していく「死んだ帝国」を眺めながら』というタイトルにこめた思いがどんなものであれ、結果的に出てくる音がこのように甘美で優雅なものになってしまう精神状態というのは一体どのようなものなのだろうか。そして、どれだけUSアンダーグラウンドのポテンシャルが高いとしても、このような歴史の果てにある感覚はそう容易に生み出せるものではない。ネガティヴの年輪が違う。

KABUTO - ele-king

 KABUTOは千葉出身、東京在住のDJ。KABUTOが少年時代を送った1980年代~90年代はパンク以降の音楽、クラブ・カルチャーの隆盛、ファッション、スケート・ボード、あらゆるユース・カルチャーが混然となった時代である。当時10代のKABUTOは千葉の街で、日々次々と生み出される新しく刺激的なムーブメントの数々を、ヤンチャな遊びの過程で貪欲に吸収して育った。
 そして2000年代になり、KABUTOは地元の先輩であるDJ NOBUからの誘いで、始動間もない〈FUTURE TERROR〉に加入する。千葉という街で何の後ろ盾もなく、仲間たちによる手づくりで始められた〈FUTURE TERROR〉……それがどれだけ特別なものであるかは、インタヴュー本文でKABUTOの言葉から知ってもらうべきだろう。とにかくKABUTOは〈FUTURE TERROR〉のオリジナル・メンバーであり、後に彼は〈FUTURE TERROR〉を脱退し東京に移るが、いまでもKABUTOの言葉は〈FUTURE TERROR〉への愛と敬意にあふれている。それからKABUTOは〈FUTURE TERROR〉で得た大いなる経験と理想を胸に歩み、彼はいま、東京のダンスフロアからもっとも信頼されるDJのひとりとなった。頼るものはDJとしての心と技、ただそれだけだったであろうが、それゆえに彼の周りには、新しい仲間たちも集まってきた。

 現在のKABUTOのホーム・グラウンドは、全国の音楽好きから愛される東高円寺の〈GRASSROOTS〉で自らオーガナイズする〈LAIR〉。それと、和製グルーヴ・マスターと名高いdj masdaが運営し、ベルリン在住のyone-koも名を連ねる代官山UNITの〈CABARET〉である。KABUTOのプレイ・スタイルの片鱗は、2009年に〈DISK UNION〉からリリースしたMIX CDシリーズ"RYOSUKE & KABUTO - Paste Of Time Vol.1/2"や、この秋サウンドクラウドにアップされた"Strictly Vinyl Podcast 010"等でも触れてもらえると思う。だができることならぜひ、パーティの現場でこそ、彼のDJと人柄を味わってもらいたい。なお2013年12月13日、現時点でのKABUTOの最新のプレイのひとつである〈CABARET〉では彼は朝6時過ぎからブースに登場。ミニマルとディープ・ハウスを行き来し気持ちよく踊らせる持ち味を発揮した後、荒々しいシカゴ・ハウスをはさみつつどこまでも加速するようなKABUTOのプレイにダンスフロアの歓声はどんどん膨らんでいった。時計は7時半を回っていた。

 それではKABUTOの初めてのインタヴューをお届けする。KABUTOと長年交流する五十嵐慎太郎(〈Luv&Dub Paradise〉主宰)をインタヴュアーとして、過去、現在、そしてこれからについて存分に語ってもらった。


俺、全部同時進行なんです。「(特定の)この音楽で育った」っていうのはないんですよね。そういう音楽の聴き方をしていたのは先輩とかの影響もあるから、千葉での遊びがルーツとも言えるかもしれないですね。

■五十嵐:俺、カブちゃんとは常に会うような関係ではないけど、お互いの要所要所では何度も会って、熱い話をしてるんだよね。それこそカブちゃんが〈FUTURE TERROR〉を離れるにあたって考えていたこと、その当時の目標やヴィジョンなんかも含めて、個人的には以前にも話を聞いてるんだ。それからしばらく経って、KABUTO君の近年のDJ/オーガナイザーとしての活躍ぶりは、すごく注目されるべきものだと俺は強く思っていて。それでインタヴューという形で改めて、KABUTOというDJのこれまでの歩みや、何よりもKABUTO君がこの先、DJとしてやろうとしていることについて、じっくり話を伺おうと思ったんです。
 まず、カブちゃんが〈FUTURE TERROR〉を辞めたのはいつなんだっけ?

KABUTO:2008年に辞めたから、5年ですね。

■五十嵐:いきなり言っちゃうけど、その頃カブちゃんは、NOBU君が〈FUTURE TERROR〉というパーティを何もないところから作って、みんなの信頼を勝ち得るまでのものすごい大変さをわかった上で、「そこに挑戦したい」と言っていたんだよね。そして「それで、俺がDJとしていまより良くなっていったとしても、それは〈FUTURE TERROR〉のおかげなんだ」とも話していた。

KABUTO:本当にそう思います。

■五十嵐:これからあらためて聞くけど、カブちゃんがその頃から思ってきたことに、ここに来て近づいてきたのかなって俺は感じてるんだよね。

KABUTO:やっとちょっとは見えたかなって感じですね。

■五十嵐:まず、11月15日にカブちゃんがいま〈GRASSROOTS〉で主宰してる〈LAIR〉の6周年があったじゃない(その日のゲストはムードマンと、DJスプリンクルズことテーリ・テムリッツだった)。あれは本当に素晴らしかったね。あの雰囲気を作り上げたっていうのがさ。DJはもちろん良いに決まってるんだけど。

KABUTO:プラス皆の人間力ですよね。

■五十嵐:その一方で2013年になり〈womb〉や〈ageha〉の〈ARENA〉のような大きな会場のメインも務めたり、活躍の場を広げてきているよね。そんなこといろいろと思い出してたら、こないだの〈FUTURE TERROR〉の12周年(2013年11月23日)のフロアでさ、朝、俺がHARUKAのDJで踊っていたら、NOBU君がカブちゃんのところに来て、「お前、去年あたりからいい動きしてるよ」って、俺の目の前で話し出してさ(笑)。それを見た時に、お互いの気持ちをメチャメチャ感じて、何故か俺が感動しちゃって。俺が泣いてどうするんだっていう(笑)。

KABUTO:NOBU君とは、もう出会って20年ですよ。俺が17のとき。共通の知り合いがいて、ある日その人とNOBU君とで俺の地元に来たことがあって、そのときに初めて会って。凄い覚えてますね。RYOSUKE君(同じく元〈FUTURE TERROR〉)も17のときから知っていて、俺はRYOSUKE君が当時やっていたバンドをよく見に行ってましたね。

■五十嵐:RYOSUKE君がやってたのはハードコアのバンドだったんだっけ?

KABUTO:そうです。RYOSUKE君は、ハードコアだけじゃなくてレアグルーヴとかいろいろな音楽を聴いてる感じで、当時の俺はメチャメチャ影響受けてるんですよね。RYOSUKE君とは、高校生の頃、俺が船橋のバーみたいな所でDJしてたときに、初めて話したのは凄い覚えてます。

■五十嵐: RYOSUKE君も年上だよね? 当時のふたりはどんな関係だったんだろう。街の兄貴分みたいな感じ?

KABUTO:兄貴って、そこまで仲良くなれなかったですね。

■安田:遊びに行くといる、格好いい先輩みたいな?

KABUTO:そう。千葉に〈LOOK〉っていうライヴハウスがあって、そこによく遊びに行っていたんですけど、最初は話もできなかったですね。「ちわっす」「おつかれさまです」って感じで。

■五十嵐:ガハハハハ(笑)! そのときが17歳っていうと、1992、93年ぐらいか。そのときはどんなDJしてたの?

KABUTO:そのDJのとき、(ビースティー・ボーイズの)『CHECK YOUR HEAD』からのシングル・カットをかけてたんですよ。そうしたらRYOSUKE君が反応して、話かけてくれて。

■安田:KABUTO君の音楽のルーツっていうと何なんですか?

KABUTO:うーん、強いていうならスケート・カルチャーがルーツですね。スケートのビデオで使ってる音楽っていろいろじゃないですか。それをすごい観てたから、いろんな音楽を聴くようになったんですよ。
 あと姉が洋楽好きだったので、それでピストルズとかを聴いたのが小6とか。で、ガンズとかのハードロックからヘヴィー・メタル。スレイヤー、メガデス、というのが中1、中2ぐらい。
 で、中3になるとスケートもはじめて、メタリカ、アンスラックス、レッチリとかレニー・クラビッツを聴いていて、それからジミヘンやクラプトンとかも聴くようになりました。で、高校生になるとスーサイダル(・テンデンシーズ)とかバッド・ブレインズとかを聴く一方でHIP HOP、R&Bも聴いてて、テレビでは〈BEAT UK〉を観てたり。そういう感じで、聴いてきたものは皆とそう変わらないんだけど、ゴチャゴチャでいろいろ聴いてたんですよね。だから「昔何聴いてたの?」って聞かれると「全部!」って答えてて。レゲエやスカ、キンクスもスペシャルズも大好きだったし。昼間はスペシャルズ聴いて、夜になったらサイプレス(・ヒル)聴いて、みたいな(笑)。またゆったりしたい日にはスティーヴィー・ワンダーやプリンスも聴いてたし。だから「(特定の)この音楽で育った」っていうのはないんですよね。あと、そういう音楽の聴き方をしていたのは先輩とかの影響もあるから、千葉での遊びがルーツとも言えるかもしれないですね。

■五十嵐:ロックとクラブ・ミュージックが交わる時期というか、とにかくいろいろ新しいものが出てきた時代でもあったよね。

KABUTO:そうですね。アンスラックスとパブリック・エネミーの“ブリング・ザ・ノイズ”とか、ビースティーとかNASも人気があって、それで元ネタを掘り始めたりするんですよね。

■五十嵐:『パルプ・フィクション』等の影響でのレアグルーヴもあったしね。

KABUTO:映画の影響もありましたね。高校の時に『さらば青春の光』を見たり、マット・ヘンズリーの影響でVESPAが流行って乗ったりもしてましたね。

■五十嵐:90年代にはフィッシュとか、ジャム系のバンドも出てきたけどそういった音は?

KABUTO:俺はフィッシュとかは通ってないんですよ。その頃は俺、日本のハードコアがすごい格好いいと思ってた時期ですね。下北沢の〈VIOLENT GRIND〉とかもよく一人で行ってました(笑)。そういえば、NOBU君はニューキー・パイクスと繋がってたりして。

■五十嵐:そうなの?

KABUTO:そうなんですよ。そこでAckkyさんとも繋がるんですよ。

■五十嵐:なるほどね! Ackkyもニューキー・パイクスのライヴに客演で参加したこともあったみたいだもんね。
 そういう、90年代からいまへと連なる人の繋がりもあるわけだけど、ミクスチャーとかHIP HOPの世代の人たちから、バンドとDJの間の壁がまるっきりなくなったと俺は感じていて。要するにNOBU君世代ぐらいからなのかな。それまではクラブとバンド、ラップとバンドの垣根はすごく高かったように思うんだけど、サイプレス・ヒルとかガス・ボーイズが出てきたあたりから変わってきたんだよね。

KABUTO:それが、俺が高校生の頃ですね。俺、全部同時進行なんです。ハードコア聴いてる時期に〈MILOS GARAGE〉に行ったり、平日の青山〈MIX〉、あと〈BLUE〉とかも、千葉から遊びに行ってたし。四つ打ち行く前にアシッド・ジャズ、ラテンとかも聴いていて、ビバ・ブラジル(Viva Brazil)のスプリットのレコードを買ったらその逆面にサン・ラが入ってたりして。後に気付くんですけど、当時はサン・ラってわからず聴いてましたね。

■五十嵐:カブちゃんはバンドだけじゃなくDJの方にも、すんなり入っていったんだね。

KABUTO:クラブ・ミュージックの最初は、地元の仲良い年上の友だちが、兄弟でレコードすごい持ってて。その家がたまり場でよくDJして遊んでたりしてたんです。そこで電気グルーヴの『VITAMIN』や『オレンジ』とかを初めて聴いて、あとは〈ON-U〉とかのダブを聴いたり。高校のときはハウスとかテクノってあまりピンとこなかったんですけど、シカゴ・ハウスを聴いたときに「何だこれ!?」って思って衝撃を受けて、そこからハマってったんですよ。

■五十嵐:その頃、RYOSUKE君とかNOBU君はもうDJやってたの?

KABUTO:NOBU君は出会った頃はまだそんなにやってなかったはずですね。あまり正確には覚えてないんですけど。その頃トリップ・ホップも流行ってたじゃないですか。スカイラブ(SKYLAB)とか〈MAJOR FORCE〉、デプス・チャージ、セイバーズ・オブ・パラダイスとか、それでアンディ・ウェザオールが〈新宿リキッドルーム〉でやるときに、地元の友だちとNOBU君と一緒に行ったんですよ。それがクラブで初めての四つ打ち体験。19ぐらいの時かな?

■安田:四つ打ちを聴きはじめてからはどうなったんですか?

KABUTO:その後、ハタチぐらいからの何年か、毎年のようにアメリカに遊びに行ってた時期があるんですよ。地元のスケーター仲間がアメリカに住んでたから。いろんな街に旅行して、クラブもいろいろ行きました。ニューヨークに行ったときには(ジュニア・)ヴァスケス聴きに行ったりとか(笑)。NYでは他にも〈Sonic Groove〉と〈Drumcode〉の共同開催みたいなパーティとかにも行ったし。ちょうど年越し時期のフェスっぽいパーティで、NYのフランキー・ボーンズ、シカゴのマイク・ディアボーンやポール・ジョンソン、ヨーロッパからもアダム・ベイヤー、ニール・ランドストラムとか、いろいろ出てましたね。サンフランシスコではQ-BERTとか聴いてるけど、レコードはテクノを買って帰ってきました(笑)。ロスアンジェルスに行った時はたまたまカール・クレイグとステイシー・パレン、デトロイトのふたりが出るパーティがあったから、それに遊びに行ったりとかしてました。

■五十嵐:ここまで、若いときの音楽の話には「地元の仲間」という言葉が頻繁に出てくるから、やっぱり「千葉」はカブちゃんにとってとても重要な要素なんだね。カブちゃん自身は、住んでいたのは千葉のどのあたりなの?

KABUTO:僕は成田で、〈FUTURE TERROR〉の最初の4人のなかでは僕だけ住んでる所が離れてるんですよ。

五十嵐:成田ってどういう感じの街だったの?

KABUTO:成田山と空港くらいで田舎です(笑)。で、外国人が多い。地元の仲間はみんなスケーターでしたね。

■五十嵐:それにハードコアとか、バンドや音楽が好きな仲間も。

KABUTO:そうですね。皆で滑って、飲みに行ったり。その頃俺らまだ未成年だったけど、悪い先輩達と遊ぶのがすごい楽しかったし。そこからもう夜遊びの方にシフトしていくタイミングですね。

■五十嵐:俺の地元の静岡もそうだけどさ、そういうので生活は成り立たないじゃない。

KABUTO:成り立たないですね。

■五十嵐:どうしてたの?

KABUTO:普通に働いてました。まず車がほしいんで、お金貯めなきゃ、ってなって。高校卒業してすぐ車ゲットして。これで東京のクラブにも遊びに行ける! って。もうみんな乗せてパーティ行ったりとか、ウロチョロウロチョロしてましたね。俺、就職するとか大学に行くとか、全然考えなくて。まず遊び。

■五十嵐:ガハハハハ(笑)!

KABUTO:パーティの楽しさを知ってしまったので、もうひたすら遊びに行ってました。

■五十嵐:千葉で自分でパーティもやってたの?

KABUTO:いや、やってないです。俺が22歳くらいの時にRYOSUKE君が〈MANIAC LOVE〉でDJシャッフルマスターと〈HOUSEDUST〉っていうパーティでDJをやってて、それに結構遊びに行ってて。その頃にDJ RUSHとかPACOUみたいなDJを初めて現場で聞くんですよね。後で知るんですけど、その頃、KURUSU君(FUTURE TERROR)もRYOSUKE君と遊んでるんですけど、俺はその頃はまだKURUSU君のことは知らなくて、実際に知り合うのはもう少し後なんですよね。

■五十嵐:そうなんだ?

KABUTO:俺とKURUSU君がリンクしたのが、たしか(2000年前後に大人気だった)SUBHEADが来日した後くらいだったかな。
 SUBHEADが来日して、渋谷道玄坂の〈MO〉ってクラブでやってた〈Maximum Joy〉ってパーティでプレイしたことがあったんですけど、そのパーティがすごいヤバかったんですよ。ちなみに〈FUTURE TERROR〉の第1回目のゲストが、そのSUBHEADのフィルとMAYURIさん(metamorphose)なんですよ。
 その〈Maximum Joy〉には俺は客として遊びに行ってて、そこからクリスチャン・ヴォーゲルとか、No Future系にもハマっていくんですけど、そこにはNOBU君たちもいて。それから何年かして誘われるんですよね、〈FUTURE TERROR〉に。

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デトロイトで音を作っている人たちって、結構生活が厳しいながらも、やっぱり音楽の力を信じてやってたりしますよね。自分も(進学はせずに)仕事して、働いた後にパーティの準備するために集まったりしてたんで、そういうところが当時ちょっと自分とダブって感じて、デトロイトの音楽にハマったっていうのもあるかもしれないですね。

■五十嵐:〈FUTURE TERROR〉はこないだ12周年だったから、2001年ぐらいに始まってるわけだよね?

KABUTO:俺は1回目の〈FUTURE TERROR〉のときはDJじゃなくて。実は1回目は遊びにも行ってないんですよ(笑)。
 俺、その時パーティが開催されることを全く知らなかったんです。地元で仲良かった友だちはそれ行ってて、俺は後から聞いて「え、そんなのやってたの!?」みたいな。で、それが集客も良かったらしくて、レギュラーでやってみようかってなったらしいんですけど、俺はもう、全然知らずに。
 だけど、ちょっと経った頃に……当時よく、音楽好きな友だちと、家でいろんな音楽聴きながらDJしてたんですよ。そしたらある日、NOBU君からいきなり電話がかかってきて「DJやらない?」って言われて。「レコードあるんでしょ?」「はい」って、「今度こういうのやるんだけど、どう? RYOSUKEとKURUSUと4人で」って。だから正式には、俺は2回目からなんですよ。

■五十嵐:なるほどね。

KABUTO:その時は結婚式場を借りて、システムを入れてやるって話で。でも、その時俺はパーティのやり方がなんにもわかんないから。必死にDJやるだけでした。

■五十嵐:俺、その辺の話は静岡にいる時に、何かの雑誌で読んで知った。パーティを自分たちで一から作り上げて。千葉にね、静岡の自分と同じ気持ちの人たちがいるんだってシンパシーを感じてたんだよね。環境がなければ自分たちで作るしかないっていう。

KABUTO:俺はもう、右も左もわかんないし、DJしかやってなかったんですけど。ただ言われたことをひたすらやって。「この時間に集合ね」って言われたら行って、システムを運ぶのを手伝ったりとか、その程度でしたけどね。その前に、自分がパーティに行ってクチャクチャに遊んで、っていう経験はあるんですけど、それを自分がやるとなったらどうやればいいかっていうのは、わかってなかったですね。

■五十嵐:東京のクラブで遊んでて、それを地元の千葉で再現したいっていう気持ちだったの?

KABUTO:うーん、東京で遊んでて、なんだろう、その時期はRYOSUKE君も〈HOUSEDUST〉を辞めていて、NOBU君は空手に打ち込んでた時期なんですよね。たぶん、また遊びたくなったからはじめたんだと思うんですけど。パーティをやるスキルはみんなあったと思うんだけど、日本のシーンに対するアンチテーゼ的な感じで最初ははじまってるんで。

■五十嵐:商売気とかの部分かな?

KABUTO:当時の東京のノリにちょっと飽きちゃったというか。やっぱり地元でやりたいっていうのも強かったと思うんですよね。

■五十嵐:遊びではじめたことに、だんだん気持ちが入っていったって言う感じ?

KABUTO: 初めはNOBU君に誘ってもらったけど、なんで俺を誘ってくれたのかはわかんないですね。聞いたこともないですけど。
 最初の〈FUTURE TERROR〉でのDJは警察に止められて途中でダメになったし、それからは数々のいろんなことがあるわけですけど。当時は「地元でやろう」ということだけを考えてたと思うんですけどね。それが徐々に、徐々に大きくなっていくというか。結婚式場からレストランに移ったり、場所も変えつつ。あ、レストランの前に別の箱があって。潰れて空いてた箱なんですけど、そこでパーティできるって話になって、〈FUTURE TERROR〉で最初にテレンス・パーカーを呼んだのはそこなんですよ。そこでみんなで何日か前から集合して、ホコリだらけのところをみんなで掃き掃除から全部やったりして。そのパーティが凄く強烈でしたね。それまでのパーティも楽しかったんですけど、そこで気持ちが一気に入った感じですね。

■五十嵐:ゼロから自分たちで作っていった、っていう。

KABUTO:強烈に憶えてますね。

■五十嵐:テレンス・パーカーも感動して〈Chiba City〉っていうレーベルを作っちゃったりね。

KABUTO:すぐやめちゃいましたけどね(笑)。最初DJ引退するって言ってたんだけど、その時の〈FUTURE TERROR〉で「やっぱり辞めない」ってなって、それからいまだに辞めてないんですけど。テレンスもそれぐらい強烈なインパクトを感じたんだと思うんですよね。(壁や天井から)水滴も垂れるし、最前列はタバコの火も点かないぐらい酸欠で。みんなメチャクチャ踊ってて。本当、初めて「ハウス」を感じた日だったかもしれない。

■五十嵐:伝説として話は聞いてる。

KABUTO:あれ遊びに来た人はみんな結構憶えてるんじゃないかなぁ。当時はいろんなMIX音源を聴けるサイトは〈Deephouse Page〉ぐらいしかなくて、来日前はそれでチェックするしかなかったんだけど、テレンスはHIP HOPとかいろいろなセットも結構やってたから「当日はどんなDJやるんだろう?HIP HOPやったらどうする?」とか、心配したりもしてたんですよ(笑)。けど、その日はURから始まって、ゴスペルやらディスコやらを2枚使いでかけたりしてて、何じゃこのDJは! って皆ひっくり返ったっすね。

■五十嵐:みんなで何日も前から集まって準備してそこに至る、って、いいなぁ。

KABUTO:みんなでマスクして(笑)。でも千葉のそのDIYスタイルはずっとそうで。その後やった会場はレストランだったけど、そこも何日か前から集合して、壁に防音やったりしてました。そこで本当、パーティをつくるっていうのはこういうことだと教えてもらって……「教えてもらった」って言っても、言葉で何を言われるわけじゃないですけど。

■五十嵐:今日はいろいろ訊こうと思ってたんだけど、その全部の答えがいまの話に集約されていたというか。そういうパーティ体験があったからこそカブちゃんは、ただスキルを磨くだけのDJにはならなかったんだね。

KABUTO:DJのスキルがあっても気持ちがないと……NOBU君のDJを見てたらわかると思うんですけど、たまに(ミックスを)ミスりますよ、NOBU君でも。だけど人間力で持っていけるんですよ。あれはNOBU君にしかない部分だと思うんです。あのイケイケな感じでミックスしてオラーッて、フロアが盛り上がっちゃうんですよ。ああいうDJ、誰にでもできることじゃないから、それをずっと見てると、そういう感覚に陥っちゃうというか。

■五十嵐:スキルは大事だけど、パーティを楽しみたいという気持ちはもっと大切なんだよね。

KABUTO:そう。その気持ちがグルーヴになって現れるし。あとひとつ言えるのは、〈FUTURE TERROR〉のお客さんってメチャメチャ踊るんですよ。常にダンスフロア。そういうダンスフロアの雰囲気。踊った人にしかわからない感覚ってあるじゃないですか。DJの皆もそうで、その感覚を持ったDJが揃ったな、とは思いましたね。

■五十嵐:高橋透さんが同じこと言ってた。透さんはソウルのダンサーやってたの。チーム組んで。透さんが言うには、俺たちは音楽評論家じゃないんだ、ダンスして遊ぶ仲間なんだ、って。

KABUTO:やっぱり、踊ったときにしかわからない感覚、ダンスフロアにいる時にしかわからない聴こえ方、見え方って重要じゃないですか。それをみんな知ってるんですよね。それを言葉で確認したりしないですけど、自然とDJもそうなるというか。〈FUTURE TERROR〉が最初ハウスやってたのも、そこから今のテクノに移行していって耳がどんどん変化していくのも、踊ってる人ならではの感覚があるゆえにだと思います。

■五十嵐:ダンスの楽しさを、人一倍味わっちゃってる人たちなんだよね。

KABUTO:そうなんですよね。いまの〈FUTURE TERROR〉に来てる人は知らないかもと思うんですけど、最初は歌物がガンガンかかってましたからね。ゴスペルとか。デトロイト・ハウスが好きすぎて、実際みんなでデトロイトまで遊びにに行っちゃいましたし(笑)。
 デトロイトで音を作っている人たちって、結構生活が厳しいながらも、やっぱり音楽の力を信じてやってたりしますよね。自分も(進学はせずに)仕事して、働いた後にパーティの準備するために集まったりしてたんで、そういうところが当時ちょっと自分とダブって感じて、デトロイトの音楽にハマったっていうのもあるかもしれないですね。俺の勝手な妄想かもしれないですけど(笑)。仕事してキツいけど、その日のためにみんな気持ちをそこに持っていくというか。
 ひとつ、すげー嬉しかった話してもいいですか(笑)? さっき話したテレンスを呼んだ回の後なんですけど、デトロイトからテレンスとスティーヴ・クロフォードのふたりを一緒に〈FUTURE TERROR〉に呼んだ時があったんです。そこでNOBU君は(海外からゲストをふたり招く大切なパーティを)、テレンス、スティーヴ、俺、の3人だけで一晩やらせてくれたんですよ。そのときもお客さんパンパンで。すげー嬉しかったですね。任されたっていうのもあったし。スティーヴの前にやったんですけど、DJ変わるときお客さんすごい拍手してくれて、テレンスとスティーヴも来てくれてワーッってなって。本当嬉しかったですね。NOBU君はサラッと俺を指名してくれたというか。RYOSUKE君やKURUSU君でもいいはずなのに。でも俺に振ってくれたんです。

■五十嵐:それぞれがDJスキルを見せつけるためにパーティをやってるんじゃないんだよね。

KABUTO:それをすごい感じましたね。

■五十嵐:こないだ(2013年11月)、カブちゃんが〈ageha〉の〈ARENA(メインフロア)〉でやってたじゃない? 同じ日にNOBU君は〈ageha〉の中の〈ISLAND〉でやってたんだけど。いまの話を聞いて、その日のことともリンクすると思った。

KABUTO:俺は初めてNOBU君が〈ARENA〉でやるときも行ってたし、正直みんなも、〈ARENA〉はNOBU君だと思ってたと思うんですよ。最初話が来た時は、自分が本当に〈ARENA〉でやるとは思ってなかったし。今までやってきたことがちょっとずつ繋がってきた瞬間でもありました。

■五十嵐:カブちゃんが〈ARENA〉でやるって知ったときは、俺もめちゃめちゃ嬉しかった。11月にはその〈ARENA〉があって、インタヴューの最初に言った、〈FUTURE TERROR〉12周年におけるNOBU君の「お前、この1年いい動きしてるよ」という言葉があった。その時に俺は「やっぱり思ったとおりだな」って感じたんだよね。あれは同じクルーとしての言葉でもあるけれど、ひとりの男同士としての言葉なんだよね。

KABUTO:本来DJとしては、そういうの持ち込まない方がいいのかな、って思うところもあるんですけど、やっぱり千葉の人間ってそこが熱いのがいいところだから。そういうのがダメな人もいるんですよ。でもやっぱり俺はそういうところ出身の人間なんで。そういう人たちのパーティはやっぱ熱いから。泣けるっすよね。

■五十嵐:だからデトロイト・ハウスにも泣けるんだよね。

KABUTO:感動するし、流行り廃りじゃないスタイルで、本当にここ(胸に手を当てて)。気持ちの部分。いちばん芯の部分をちゃんとわかってる人にしかできないパーティというか。〈FUTURE TERROR〉もダメな人にはダメだと思うんですよ、でもそれはまだ、本当の〈FUTURE TERROR〉を知らないなって。 

■五十嵐:最近になってNOBU君を知った人には案外知られてない部分かもしれないし、もっとアナウンスをしたい部分だと思うんだよね。

KABUTO:常に100%。本気な人ですね。

■五十嵐:KABUTO君もそうなんだよ。

KABUTO:その影響を受けてるから。それは身体で教えられたというか、見せられましたね。言葉では何も言われてないですね。

■五十嵐:それで〈GRASSROOTS〉の〈LAIR〉も同じ11月に6周年。「本当に素晴らしかった」という感想は最初に伝えたけど、あの光景を見た時に、カブちゃんがいままで頭に描いてたことが、形になってきたことの表れだと俺は思ったんだよね。6年経って、それについてはどう?

KABUTO:元々は〈GRASSROOTS〉が10周年のときに、(店主の)Qさんから「カブちゃんやってみる?」って言われて、「いいんすか?」って、最初はホント気楽にはじめさせてもらったんです。そのときは〈FUTURE TERROR〉に在籍してたんで、〈LAIR〉はもうちょっとパーソナルなパーティ……自分のスタイルでパーティをやれたらいいかなと思ってました。その後すぐに〈FUTURE TERROR〉を抜けるんですけど、千葉で教わった、パーティを一から作っていくことを目標にしてやっていきたいと思ってましたね。6年本当あっという間でした。やっと少しは良い感じにやれてきたかなと。

■五十嵐:いま話してくれた、「結果的に〈FUTURE TERROR〉を辞めることになったけど、自由にやれることにもなったんで、千葉で教わった、パーティを一から作っていくことを目標にしてやっていきたいと思うんです」という話が実は、このインタヴュー冒頭で俺が言ったことなんだよね。俺がブッキングさせてもらった姫路の〈彩音〉で、酒でベロンベロンになりながら2時間ぐらい同じ話をずっとしてたよ(笑)。

KABUTO:だはは! ありましたね(笑)。元〈FUTURE TERROR〉の人間として、このパーティの凄さを、もっと知らしめたかったっていうのもありましたしね。

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これから厳しくなっていく環境のなかで、どれだけ工夫してサヴァイヴしていくか。それは、その人がこれまでやってきたことが全部出ちゃう部分だと思うけど、そこからいい音楽は絶対生まれてくると思っていますね。やっとみんな本気で考え始めたんじゃないかって思ってて。「なぜパーティをやってるのか」ということを。

■五十嵐:そして、〈LAIR〉が軌道に乗ってきた2009年には、カブちゃんとRYOSUKE君のスプリットのMIX CDシリーズ(『Paste Of Time』)を〈DISK UNION〉からリリースしたじゃない。あれは俺、いまだに聴いてる。さっきカブちゃんが「踊った人にしかわからない感覚を大事にしているDJが〈FUTURE TERROR〉には揃った」という発言をしていたけど、あのCDの空間の捉え方はまさしく、自宅ではない音の響き方を知ってる人たちのものだと思うんだ。
 去年、〈DOMMUNE〉の番組でベルナー・ヘルツォークの映画(『世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶』)を紹介する番組に俺が関わったときに、あの日の〈BROADJ〉をRYOSUKE & KABUTOにお願いしたのも、『Paste Of Time』からの流れなんだよ。あの映画は、それまで言われていた人間の起源を大きく塗り替えた、3万2千年前の洞窟壁画にまつわる作品なんだけど、それを〈DOMMUNE〉の番組前半で紹介するなら、番組後半の〈BROADJ〉は「あのふたりに頼んでみたい」と思ったんだ。

KABUTO:なんだろう、(『Paste Of Time』でやったように)空間をイメージするっていう行為というか、ある空間の中でダンスするとか、みんなパーティでやってることなんですよ。

■五十嵐:俺が素晴らしいと思ったのは、ふたりは映画に合った、洞窟という空間による音の響きを意識した選曲とミックスをちゃんとしてくれたのよ。空間プロデュースという側面でのDJの役割を見事に果たしてくれて、印象深いんだよね。

KABUTO:俺も、「洞窟」っていうテーマは初めてで(笑)、しかも何万年もさかのぼるっていうのは初めての感覚で、悩みましたけどね。

■五十嵐:何万年も前の人も、現代の人も、根本のところでは同じなんだよね。それを音で見事に表現してくれた。

KABUTO:あのときの録音はたまに自分でも聴いてます(笑)。でも、そうやっていろいろな現場でDJやれるのはありがたい話ですよね。いま、同じ〈CABARET〉チームのyone-koやmasda君と出会ったのもそうだし。yone-koに関しては、静岡にDJで行った時に、静岡のKATSUさんから「yone-koってのが東京にいるからよろしくね」って言ってもらったことがあって。でも実は俺は、当時から〈CABARET〉が気になってたんですよ。日本人の音源も結構チェックしてたから、The Suffraggetsも聴いてたし。で、静岡から戻ってきてから、〈CABARET〉に遊びに行って。そこで、「yone-ko君っすよね?」って、俺から話しかけたんですよ(笑)。「今度タイミング合ったら一緒にやろうよ」って。それがファースト・コンタクトですね。
 その後、さっき五十嵐さんが言った『Paste Of Time』を俺とRYOSUKE君とで出した時に、「リリース・パーティやらない?」って話になったんですね。それで「ふたりだけでやるのもなんだから、誰か呼ぼうか」ってなった時に、yone-koがいいんじゃないか、と。そのときにyone-koと初めて一緒の現場でDJやって、yone-koが俺らのDJにも反応してくれて。それですぐyone-koはわかってくれたと思うんですよね。その時、音楽の話はそんなにしてないと思うんですけどね。

■五十嵐:音で通じ合った。

KABUTO:そう、それで俺が「〈LAIR〉でもDJやってよ」って。逆にyone-koは自分が〈SALOON〉でやってた〈Runch〉に呼んでくれたり。そういう風に、とんとん拍子に。
〈CABARET〉のメンバーは、最初yone-koしか知らなかったんですよ。他のメンバーとは誰も喋った事なかったから。顔は知ってたんですけど(笑)、話しかけるのも照れくさいしって感じで。で、〈CABARET〉に遊びに行くようになって、yone-koと話してるときにmasda君が来て、「KABUTO君だよね?」って話しかけてくれて「よろしくっす」みたいな感じで。で、少し経ってyone-koはベルリンに行くんだけど、ある時にmasda君と話してて、「〈CABARET〉どうするの?」って聞いたときに、「パーティは続けたい。手伝ってくれない?」って言われて。で、俺、レギュラー・パーティも〈LAIR〉しかなかったから「いいよ」って。俺、最初、裏方の手伝いかと思ったんですよ。一足早く現場に入っていろいろケアしたりとか、そういう意味での手伝いを頼まれてるのかと思って返事したら「いや、DJで」って(笑)。

■五十嵐:そりゃそうだよ(笑)

KABUTO:それで2012年に〈CABARET〉に正式に入って、いきなりスコーンってやらせてもらって。そのとき思ったのが、「masda君、けっこう腹くくってんなぁ」って。本気だなって思ったんですよ。

■五十嵐:カブちゃんからの影響も強いと思うんだけど。

KABUTO:本当っすか。本気でやろうとしてる人には魅力を感じるし、そういう人じゃないとやりたくないし。

■五十嵐:一緒に本気でやれる新しい仲間ができて、それが〈CABARET〉ということなんだね。それじゃあ、この先の目標は? カブちゃんは〈FUTURE TERROR〉を離れるときから「DJとしても上を目指す」とも話していて、いまは事実、全国津々浦々に呼ばれるようになっているわけだけれど。

KABUTO:目標……大げさですけど、遊びに来てくれた人の人生を変えられるようなパーティをやることですかね。「このパーティがあったから、俺の人生変わっちゃったんだよね」って、来てた人に言わせてみたいですね。それだけかも。俺もパーティで人生狂わされたし(笑)。もちろんいい意味で。〈FUTURE TERROR〉で人生狂わされた人、価値観変わった人結構いると思うんですよ。それを伝えてくってわけじゃないですけど、人生巻き込み型パーティっていうか。生き方に対してもそうだし、全てにつながるじゃないですか。いろんな考えがあってもちろんいいんですけど、やっぱり音楽ってすごい原始的なもので、リズムはずっとあったものだから(人間にとってすごく大切なもの)。それはやっぱ、ずっと伝えないといけないっていうか。テクノだろうがハウスだろうが、基本、根っこの部分は一緒だと思うんですよ。お客さんの人生を変えるぐらいのパーティをしたいっていうのは、永遠のテーマですね。〈FUTURE TERROR〉を抜けてからですけど、やっぱりそれは常に目標というか。

■五十嵐:この生きづらい時代の、パーティの存在意義という話にもつながるよね。ただ楽しみたいだけなのに、どうにかして奪いに来ようとする奴らがいるからね。

KABUTO:それと戦う意味で音楽があると思ってるし。

■五十嵐: 〈LAIR〉に行ったときもさ、あのお客さんの優しさ。

KABUTO:そうなんですよね。

■五十嵐:あれはある意味理想郷だった。あれを目指したいと思ったよ。具合悪そうな奴がいたら「大丈夫ですか?」とか。「金なくて困ってる」っていう奴がいたら……。

KABUTO:一杯おごるとか。そういうことじゃないですか。助け合いの精神。「全てパーティから学んだ」って言ったら大げさかもしれないですけど……俺、元々は凄い人見知りなんですよ。さっきyone-koに自分から話しかけたって言ったじゃないですか。何かそれから、自分からいろんな人に話しかけるようになったんですよ。だいたい酔っ払ってんですけど(笑)。
 最近仲良くしてるSatoshi Otsuki君もそうで。(田中フミヤの)〈CHAOS〉にOtsuki君が来てたときに、「Otsuki君今度一緒にやろうよ!」って話しかけて、そうしたら「MIX聴いてましたよ」なんて言ってくれて「おっ!」みたいな。だからそういう、ベクトルが合う感覚というか、あ、この人全然大丈夫だわ、って嗅ぎ分ける感覚とか、そういうのもパーティから学んだし。だから、自分から行かないと何も開かない、待ってても何も来ない、っていうのは本当に、千葉にいたときに教わったことっていうか。

■五十嵐:ヴァイブスで繋がると、偏見も取れるしね。

KABUTO:そう。例えば〈CABARET〉はマニアックな音を出してるんだけど、みんなシュッとしてて、出で立ちもスマートじゃないですか。最初は俺、〈CABARET〉クルーとこんな仲良くなるなんて思ってなかったけど、なんだろう、〈CABARET〉に入るって決まったときに、俺のキャラがプラスに働くと想像できたんですよ。yone-koやmasda君みたいに知的で、膨大な知識のあるDJと、俺みたいなタイプのDJが一緒にやれたらいいパーティができるなっていうのが。バランスですよね。どっちが行き過ぎてもダメだから。お互い切磋琢磨して、バランスがとれてると凄くいい。それが今の〈CABARET〉なんですよ。

■五十嵐:違う人との調和ってことだよね。本当にここのところね、カブちゃんがずっと前から言ってたことが形になってるという感触を、きっと本人がいちばん感じているはずなんだよ。

KABUTO:そうですねぇ。感じられるようになったかな。

■五十嵐:周りも、そういうステージも用意してきているし。

KABUTO:なんか、DJ度胸じゃないけど、海外のDJが出るパーティで、そのゲストDJの後にやることが何回かあって。その時もまぁ普通に緊張はするんですけど、〈FUTURE TERROR〉のときに比べたら全然余裕、って正直思いましたね。当時は、NOBU君の後にDJすることほど、緊張するものはなかったですね。当時みんなNOBU君を観に来てるって感じもあって、お客さんはNOBU君で散々踊りつくして、DJ変わるとき「次DJ誰? まだ踊れるの?」みたいな空気があるじゃないですか。そういう現場を経験してきたから、外タレのときは緊張は少なくて。やっぱそれは、千葉でやってきた甲斐があったなぁ、っていうのは東京に出てきてから感じましたね。

■五十嵐:俺は、カブちゃんが実際いま好きな音楽とかも詳しくはチェックしてないんだけど、皆がカブちゃんやNOBU君に求めてるものっていうのは、パーティ=人なわけじゃん。

KABUTO:人生捧げてる人たちですから(笑)。

■五十嵐:だから俺はもう、今後の活躍を……。

KABUTO:「このまま散ってやるよ」って感じですね(笑)。

■五十嵐:ガハハハハ(笑)。

KABUTO:だからもう、そこの覚悟を決めてる人と決めてない人との違いは、俺のなかではものすごくデカいんですよ。東京でやってても、辞めちゃう人もいるじゃないですか。

■五十嵐:みんなセンスは凄くいいのにね。

KABUTO:そう。でもなんだかんだ言って、いまは東京で見せてナンボってところは実際あると思う。

■五十嵐:世界との玄関口だしね。

KABUTO:世界中見てもこんなクレイジーな街ってないと思ってるんですよ。本当、東京って独特な狂い方じゃないですか。だからそこで勝負できるっていう幸せも感じないといけないし、ここで生活することの大変さもそうだし、ここでDJできることのありがたみを感じながらプレイして、その気持ちをお客さんに伝えられるかどうかってことですよね。

■五十嵐:プレイがいいのは大前提としてね、そこに気持ちがないと、この街ではサヴァイブできないよね。

KABUTO:ニュースを見てても、これから厳しくなっていく環境のなかで、どれだけ工夫してサヴァイブしていくか。それは、その人がこれまでやってきたことが全部出ちゃう部分だと思うけど、そこからいい音楽は絶対生まれてくると思っていますね。

■五十嵐:だからいま、突きつけられてるんだろうね。

KABUTO:そう、やっとみんな本気で考えはじめたんじゃないかって思ってて。「なぜパーティをやってるのか」ということを。風営法(の問題)もあるし。デトロイトなんか2時までしかパーティできないですからね。それでもたくさんいい音楽が出てくる。普段の生活はキツかったりするのに。厳しい状況になればなるほど、音楽って良くなっていくじゃないですか。それに比べたら東京はまだ恵まれてるんですよ。すごい数のクラブやパーティがあるんですよ。

■五十嵐:本当に、いまの東京は凄いんだよね。

KABUTO:だけど実際は、(本気で)やれてる人はほんの一部じゃないですかね。でも歳とるとだんだん感覚が研ぎ澄まされてくるというか、同じような人が自然と集まってくるんですよね。どんどん辞めて抜けていくから、そういう人しか残んなくなってくるし。それでみんなで協力して盛り上げようとか、そういうことでもいいし。皆でできることがたくさんあると思うんです。

■五十嵐:こないだ俺、ele-kingのチャートで『求めればソウルメイトと必ず会える都内のDJ BAR&小箱10選 pt.1』ってやったけど、「ソウルメイト」ってそういうことなんだよね。若い人に「ソウルメイト」とか言うと笑われるかもしれないけど(笑)。

KABUTO:ジャンルとかじゃないんですよね。だから俺は〈GRASSROOTS〉でパーティやってるし。〈CABARET〉に入る前、〈LAIR〉にmasda君を呼んだ時なんですけど、秋本さん(THE HEAVYMANNERSの秋本武士)とかKILLER-BONGとかがフラッと来たことがあったんですよ。普段やってるクラブじゃ有り得ないですよ。masda君がDJやってるところに秋本さんがいるとか。で、Qさんが「これで秋本さんを踊らせたら凄いよね」とか言うんですよ。俺も本当、そう思って。ジャンルとかは無し。人と人。だから俺も、全然知らない人がやってるパーティ行ったりしてるんですよ。それで新しい感覚を覚えるし、いろんな考え方を知ることもできる。だから〈womb〉も〈AIR〉も遊びに行くし、逆にそこで遊んでる人たちが〈GRASSROOTS〉に来てくれるようになったりするんです。「こんなとこあったんだ、ヤバいね」って言ってくれて「でしょ?」って。でもキッカケがなかっただけで。そのキッカケづくりができたのはデカかったかな。そうすると「ひとりでGRASSROOTS来ちゃいました」とか言う人も出てくるんだけど、何でもいいんですよ。そうやっていろいろな音楽を聴いて、いろんな感覚や価値観を感じてもらえば、やってる意味があるというか。別にDJ巧い人でも、その感覚がなかったら俺はあんまり魅力を感じないし。NOBU君の凄さってそういうところにあるのかなって。〈BERGHAIN〉でやってて、〈GRASSROOTS〉でもやるっていう。

■五十嵐:それをやってたのは、ラリー・レヴァンなのかもね。

KABUTO:そういう感覚を身につけるのはすごい重要だと思いますね。場所を選ぶ嗅覚というか。その場の匂いを感じ取ってそこにガッと行けるというか。

■五十嵐:パーティがあれば幸せでしょ?

KABUTO:幸せですよ。パーティで皆で踊ったり、いろんな人と出会えたり、いろんなジャンルの音楽や人が交じり合う瞬間って、やっぱり楽しいし、幸せだって思います。それがいま自分がいちばん感じやすいのが〈GRASSROOTS〉なのかな、とか思ってますね。そこでいろいろなジャンルの人が交差して新しいものが生まれたら凄くいいし。「俺は違うことやるよ」って思うのもいいし。それを全部含めて、パーティでしかできない感覚というか。そこが全てですね。

■五十嵐:なんか、安心したよ(笑)。さっきからNOBU君、NOBU君、って言ってるけど、カブちゃんにとってはNOBU君発信だったものが、KABUTO君が発信することによって伝わっている人というのが、着実に増えているという風に俺は実感してるんだ。カブちゃんのいないところでね。それこそ、〈CABARET〉にしか行ったことのなかったお客さんが「KABUTOさん良かったです」と。そういうのを耳にしていると、おべんちゃらみたいだけど、カブちゃんは有言実行したんだな、と思う。

KABUTO:俺も意地ありますから(笑)。〈FUTURE TERROR〉を辞めた時の気持ちがずっと原動力になってますから。これからもずっと続いていくでしょうけど。

■五十嵐:いまでも〈FUTURE TERROR〉にはLOVEなんだね。

KABUTO:もちろん。当時〈FUTURE TERROR〉に関わった全ての人には本当感謝してます。お客さんとケンカしてるの五十嵐さんに見られたりとかあったけど(笑)。

■五十嵐:でもちゃんとその後仲直りしてたじゃん(笑)。音楽の前に人ありき、だもんね。

KABUTO:そういうところを感じられたら、また音楽が楽しくなるし。全てですよね、音楽と、人と、その人生。それについてくると思ってるんですよ、パーティって。そこにいるいろんな人に出会って、そこから生まれるものってたくさんあると思うんで。だから、グイグイ来る若い子に「シッシッ、あっち行け」なんて、絶対誰もやらないと思うんですよ。相当ヒドくない限りは(笑)。そういう若い子を増やしたいですね。ちょっとしたことでもいいんですよ。いいパーティだなって思って最後まで遊んだなら、グラス片付けたり、皆に「おつかれさまでした」って声かけてから帰るとか。なんでもいいんで、自分の方からパーティに関わって楽しんでほしいですね。そうすればもっと楽しくなるし。

■五十嵐:そろそろまとめようか。俺が話してほしかったこと、ほぼ全部言ってくれたよ。

KABUTO:あとは〈CABARET〉をよろしくお願いします。これから先も面白い動きがあるし。それで来年で〈CABARET〉は15周年だから、パーッと何かやるか、っていう話もしてて。DJも、〈CABARET〉関連デザインを担当してくれてるMAA君も含めてみんなでいいパーティやりたいと思ってます。

■五十嵐:常に応援してます。これからもその調子で頑張ってください。最近住居がご近所さんにもなったし(笑)。

KABUTO:まだまだ話したいエピソードは山ほどありますけど(笑)、今後の活動を楽しみにしててください。

■ KABUTO on line DJ MIX
CB-157 KABUTO
https://soundcloud.com/clubberia/cb-157-kabuto

Strictry Vinyl Podcast 10 KABUTO
https://soundcloud.com/strictlyvinylpodcast/svp010

■ DJ schedule
12/28(SAT) Mood and Voltage@cafe domina名古屋
12/30 (MON) KARAT@Solfa w DJ SODEYAMA
12/31 (TUE) TBA
1/10 (FRI) GRASSROOTS
1/18 (FRI) CABARET - a leap of faith edition - feat KAI from berlin
2/1 GIFT feat CASSY @AIR afterhours

OGRE YOU ASSHOLE - ele-king

 いま現在、私を完璧にトランスさせることのできる日本のバンドは、オウガ・ユー・アスホールであります。『homely』以降の彼らのライヴは、「ドリーミー」なんて生やさしいものではない、まさしく「サイケデリック」そのもの。「ロープ」という曲は、ヴァージョンによっては「ドープ」と呼ばれているけれど、私はライヴで演奏されるこの曲を世界中の人に推薦したいと思う。ライヴ会場で聴かなければ、この曲の真実は伝わらないし、そして、20分にもおよびであろうこの演奏を聴いたら、その日たとえどんなに嫌なことがあったとしても、1日のうちに2回以上も電車のダイヤルが乱れても、満天の星のなかをドライヴできる。初めての人は、日本にこんなバンドがいたことに驚きを覚えるでしょう。日本にもこんな、強いてたとえるなら、初期ピンク・フロイドとカンが混ざったようなバンドがいるのです。最新号の紙ele-kingの表紙も飾っています。
 というわけで、12月28日恵比寿リキッドルーム。今年最後のフリークアウトを楽しみましょう!


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